現代文化学基礎演習2（2000年度：永井）

映像で見る占領期の日本

－占領軍撮影フィルムを見る－

研究報告

最終更新：2000年6月9日

アメリカの日本占領政策

五百旗頭真『米国の日本占領政策』の紹介

菊地隆之

五百旗頭真『米国の日本占領政策』（中央公論社、1985年）をもとに、第二次世界大戦後半における日本占領政策形成の全体像をアメリカ政府による政策形成過程を中心に概観する。

1 カイロ会談

1-1 国務省の排除

敗戦日本の運命が、予定される勝者によって初めて公的に示されたのが、「カイロ宣言」である。その重要な声明を行った会談からローズベルトは国務省を排除したのである。国務省内に集められた日本専門家グループは、すでに相当な研究を蓄積し、多くの文書を作成していたが、彼らはまったくといってよいほど助言を求められなかった。極東部の誰一人としてカイロへ随行することを許されなかった。極東部はおろか、国務省の代表すらカイロ会談に出席できなかった。あえていえば、駐ソ大使ハリマンがモスクワから合流したが、彼は国務省の人というより大統領の個人的代理人として主要な戦時外交を担う人物であった。ほかには、ホプキンズとマックロイ陸軍次官補が出席したにすぎず、｢軍事的性格｣の会談という理由のもとに、軍人ばかりが出席した。ローズベルトは、ハルの国務省の力を借りることではなく、なるべくそれを除外して外交を行うことに、格別の熱意を示していた。

そうした政府内環境が、「カイロ宣言」の形成過程に影響を与えた。国務省内の極東専門家を排除したことにより、戦後日本の領土を定めるに際して、その歴史的な正当性や地域の実情にに関する綿密な検討、さらには米国の利益への微妙な影響についての分析がおろそかになった。そうした仕事は国務省しかなしえなかったのである。大統領の分身ホプキンズもそのような準備をするゆとりを持たず、軍人たちにはお門違いの問題であった。それは、とりわけ日本にとって恐るべき状況であった。侵略を行った〈犯罪者〉にして無力化さるべき〈敵国〉日本にとっての、最低限の正当性や必要を擁護する知識と動機を持つ者が米国政府内にあるとすれば、それは国務省内の専門家をおいてなかった。

もちろん、ローズベルトとてまったく国務省と話し合わなかったわけではない。ハル国務長官がモスクワ会談に出席したあと、その帰国と入れ替わりに大統領がカイロ、テヘランへ旅行することになったが、こうした一連の重要会談を前に、打ち合わせ会談が持たれた。その主要な論点は、ソ連が不同意の意向を伝えてきた国際機構をめぐる四国共同宣言案であり、ついでドイツ分割問題であった。しかし、地球上の他のさまざまな問題についても駆け足で言及された。第七番にして最後の論点が「信託統治案」であった。ローズベルトは、世界中の地位の微妙な重要地域を、この便利なバスケットのなかにことごとく収めてしまう考えを好んだ。

いずれにせよ、国務省は考えられるもっとも低いレベルでの日本領土に関する短い会話の機会を大統領との間に持った。会話というよりも、大統領の独り言を聞かされたといった方が実情に近いであろうが。ともかくも、「委任統治諸島」、「小笠原諸島」、「千島列島」という言葉が、大統領の口から国務省幹部たちの前で出された。後者はそれに対応することを求められなかったようであるし、事実しなかった。ただひとつの例外的に、軍部が強い関心を持っている「南太平洋の諸島」についてのみ、国務省は勧告を求められ、それは調査部幹部のレベルにまでは降りてきた。委任統治領を日本から切り離すことについては、国務省内においても異論のないことであった。極東専門家と領土小委員会が準備していた一つ一つの微妙な問題をはらむ日本領土に関する研究は、全体として顧慮されなかったのである。

日本の領土問題に知識の乏しいローズベルトが、国務省の助言をなるべく受けまいとしたとすれば、彼はなにによって決定を下そうとしたのであろうか。戦略的に重要な諸島については、軍部から説明を受けたことはいうまでもない。それ以外の要因として彼にとって重要なのは、パートナーたる大国の意向であった。なかでもカイロ会談に関するかぎり、ひとえに彼は中国の意向を尊重し、その希望を質して、およそのことであれば何であれ聞きいれてやろうという態度をとった。なぜなら、中国は戦後の大国なのであり、東アジアの中心勢力として日本処理についての主導権を与えらるべきだと彼が考えていたからである。

1-2 中国大国化の確定

その意味で、中国大国化の完成こそが「カイロ宣言」の大前提であった。一九四三年中にこの問題をめぐって二つの相反する方向を持つ変化があった。一つは、一九四三年春までローズベルトをたしなめる発言を繰り返していた英国指導者が、中国を大国とすることを支持する立場を明らかにしたことである。八月の第一次ケベック会談において、ハル国務長官が国際機構樹立のための協力を謳った｢四大国｣声明草案を示した時にも、英国側は中国を含むことに、もはや異議をさしはさまなかった。いま一つは、逆に米国政府と世論のうちに、蒋介石の政権に対する不信をあからさまに表明する声が強まったことである。ローズベルトは一九四三年後半には、蒋政府の腐敗と非能率や中国民衆の惨状への共感の喪失には我慢ならない、と口にしつつ、それでもなお蒋の中国に期待し、その大国化を支持する立場を堅持した。十月十八日から月末まで行われたモスクワ会談には、米英ソ三国の外相が集まり、中国は除外されていた。しかし、その成果として共同声明を発するにあたり、米国は強硬に中国を含めた四国共同声明とすることを主張した。イーデンもこれを支持し、六日間のやりとりのあと、ソ連はようやくこれを受け入れた。ただ｢四大国｣とはいいながら、中国は会談には招かれず、アメリカの絶大な支援によってようやく声明の原署名国として名を連ねたに過ぎないという事実は、象徴的といわねばならない。この点はポツダムでも繰り返されるわけであり、中国が重要な瞬間に、米英ソと同等な世界の大国として遇されたことは、一度もないのである。戦後における真実の世界的強国という意味では米ソのみが大国であり、堅い結びつきを期待できるという意味では米英のみが同盟国であった。中国はどちらの要件に照しても数段劣っていた。もっとも、アジア地域については別であった。「カイロ宣言」は、米中英の対日戦を行う｢三大国｣の名において発出されたし、その内容も主として米中間の話し合いによって決定された。

1-3 領土問題

一九四三年十一月二十二日、カイロにおける三国会談が始まった。その主要部分は｢軍事的｣討議であり、二十三日午前に開かれた最初にして最後の全体会議では、ビルマ作戦が討議の中心を占めた。それが日本打倒のための最重要と主張する蒋と、それに多くの艦船を集結することはできないとするチャーチルが激しく応酬した。

日本問題が討議されるのは、大統領が蒋夫妻を招いた二十三日の夕食会の席であった。英国抜きで行われたこの米中会談の冒頭、まずローズベルトは、中国が｢四大国グループの機関において、すべての決定につき平等な立場で参加｣すべきであると述べた。領土問題については、｢蒋政府とローズベルト大統領は、日本が武力により中国から奪った中国の東北四省、台湾、澎湖島を、戦後、中国が回復することにつき同意した｣。この合意は、｢満州、台湾、澎湖島｣という表現で、そのまま「カイロ宣言」に組み込まれることになる。

中国が日本より回復すべき領土として、これ以外が米中首脳の間で問題にならなかったわけではない。とりわけ｢琉球諸島｣が取り上げられた。といっても、蒋介石がこれを要求し、ローズベルトが難色を示したのではなく、その逆であった。｢一度ならず、中国が琉球を欲するかどうか｣、大統領が好意を持って訊ねたのに対し、蒋の方が、米中両国による共同占領や信託統治になら同意する、と答えて、琉球の領有を辞退したのである。蒋介石側の資料は、その理由について、領土帰属の歴史的正当性のほかに、｢米国を安心させるため｣、および｢米国と共同管理にした方が、わが国の専有とするよりは穏やかであるため｣の二つをあげている。蒋は、ローズベルトも本心では中国の野心を警戒しているとの認識を持っていたようである。しかし、ドイツとともに日本を決定的に弱体化し、その再興を監視することに意を注ぐローズベルトは、中国やソ連が日本からなにがしかの領土を持ち去ることに必ずしも反対ではなかった。少なくとも蒋が望みさえすれば、快くその意向を支持する用意があったことに疑いはない。ローズベルトのこうしたやり方では、領土帰属の合理性が看過される危険が強かったが、皮肉なことに、中国側の消極性によって救われることになったのである。

1-4 日本占領と天皇制

これについても領土問題と同じく、ローズベルトが気前よくオファーしたのに対して、蒋が慎み深く辞退するというパターンが繰り返された。大統領は「戦後の日本占領において中国が主導的役割を果たすべきである」と述べた。これに対して蒋は、「中国にそのような重い責任を負う備えはない。それは、米国のリーダーシップのもとで遂行さるべきであり、その時に必要とあらば中国はそれを支援する立場で参加できよう」と辞した。

大統領はまた「日本の天皇制を戦後は廃止すべきか」と問うたが、「それは日本の政治体制に関わる問題であり、日本国民自身の戦後における決定に委ねるべきである」と、蒋は答えた。蒋自身の説明によれば、「大統領もこれに深く同感した」ということであるが、大統領は蒋の言葉に不意を衝かれた思いだったのではなかろうか。なぜなら、琉球問題と同様に、重慶は天皇制打倒を求めているものと、米国政府に受け取られていたからである。

しかし、こうした〈水平原理〉が一般向けの総論であって、ローズベルトの実際的構想は、大国管理と無条件降伏を結ぶ〈垂直原理〉を中心軸としていたことを知らなかったのであろうか。ドイツや日本の〈犯罪者〉までが「大西洋憲章」の恩恵を十全に受けるべきものとは、米英ソの首脳が考えていなっかた。蒋に実際的考慮があったとすれば、それは、まちがいなく日本からは領土を奪回できるにせよ、ソ連、英国など勝者たる大国との関係で、満州や香港の回復が微妙な中国にとって、「大西洋憲章」の原則の完全実施こそが、利益であるとの読みであったと思われる。

しかし、より重要な要因は、カイロを前に蒋をとらえたソ連脅威観であったと思われる。帝国主義的態度を示してたえず蒋を憤激させた英国も、前記のように、一九四三年夏からはアメリカの中国大国化論に同調したなかで、ソ連だけはモスクワ会談においてもなお頑固に中国が四強の一つに連なることに反対を続けた。蒋は、そのことを「中国共産党を操り、中国内部からソ連の属国化を図るソ連にとって、中国がソ連と対等な指導的国家として台頭することはどうしても不都合」なのだと解釈した。

中国共産党と連動すると彼が信じるソ連の野心が恐るべきものであればあるだけ、蒋としては「大西洋憲章」の原則をも活用してそれを抑制せねばならないし、それ以上に米国指導者の暖かい理解と支持をつなぎとめねばならなかった。さらに、日本弱体化を追求しすぎてソ連に利せられてもならないわけである。それがカイロ会談を前にした蒋の立場であったし、その後も「暴に報ゆるに暴をもってせず」との対日立場の背後にある基本認識だったと思われる。

2 対日戦後計画の原型

2-1 極東班における初期の作業

特別調査部の設置は、何といっても、十一年間のハル国務長官の事績のなかでも異彩を放つものである。国務省内の主流は、伝統的に諸外国との関係増進に日常的に携わる地域局であったが、ハルは、さらに長期的な戦後計画のための新機関を併設するという制度上の革命的措置をとったのである。しかし、国務省とその調査部の雰囲気は、士気を鼓舞するものではなかった。第一の問題は、国務省内の戦後計画機関は、トップの信任ゆえではなく、不信任にもかかわらず樹立されたものであった。そうである以上、大統領がハル長官の勧告を斥ける可能性、ハルの国務省からこの分野に関する権限を薄めたり奪ったりする可能性、さらにはハルを辞職させる可能性すら、将来にないとはいえなかった。当面はハルに戦後研究をさせておくほかはない。しかし、政策決定と実施が現実の問題となったとき、ハルの予備的仕事が役に立つかどうか疑わしい。それには拘束されずに自分は広い視点から決定を下すつもりだ。そういったところが大統領の本心ではないかと、調査部の人々は疑わずにはおれなかったのである。第二に、省内指導者層の対抗関係である。第三に、省内の根強い外交官中心主義であろう。戦後計画のための外交関係協議会から大挙入省した人々が、より古くからいた人々と衝突したのである。しかし、古手と新入りを問わず、戦後研究の専門家集団は全体として、外交官エリート集団に対して〈傍流〉グループの地位に甘んじなければならなかった。このような境遇において、調査部が高い士気を維持して、戦後計画の仕事にうちこむには、格別の動機づけや努力を必要とした。

以上のような環境にあった調査部のなかで、極東班はもっとも高い士気と生産性を維持しえたグループであった。それは主として老教師ブレイクスリーの指導力の賜であった。彼は一方で、極東班が省内で忘れられたり孤立したりしないよう、着実で賢明な省内〈外交〉を行った。調査部や領土小委員会の中心メンバーとたえずコンタクトをたって良好な関係を維持したことはもちろん、キャリアー外交官とも親密な協力関係を固めていった。

一九四二年秋に活動を開始した極東班の最初の仕事は、検討すべき問題が何であるかについてのリストを作成することであった。この作業はボートンに課せられたが、それは彼にとって歓迎すべき任務であった。というのは、ボートンは国務省に入る前に、占領統治を行えば実際にどのような問題に直面するかについて考察する機会を持ったからである。

アメリカが第二次大戦に参戦して間もないころ、前大戦時にラインランドにおける軍政の経験を持つハント大佐が、占領統治に備えて軍政官の訓練を早期に開始することを提唱した。その必要は速やかに認められ、陸軍省憲兵司令部によって、シャーロットビルのバージニア大学構内に陸軍軍政学校が設立された。同校では、第一次大戦やフィリピンなどでの経験を持つ将校などが中心となって、占領時に直面する諸問題に対処する上で必要な知識を、将来の軍政官に教えたが、同時に占領するであろう各地域に関する講義をも行うことになった。わずか三ヶ月程度のコースにおいて、それはごく基礎的な教育にとどまらざるを得なかったし、当初の二年間、卒業生はほとんどヨーロッパに派遣された。しかも軍政学校は、創設時より日本に関する授業をも予定し、それをボートンに依頼したのである。軍務につくことは望まなかったボートンであるが、将来日本統治に関わるかもしれぬ軍人達の日本理解を増すことを願って、軍籍には入らず民間の専門家として六月よりシャーロットビルに赴き、夏の間教鞭をとったのである。彼はその際に、他の軍政経験を持つ将校の講義を聞き、彼らと討論するなかで、何が占領における問題であるかにつき理解を深めることができた。

十月十九日付で入省したボートンは、翌十一月には広汎な日本に関する問題表をブレイクスリーに提出した。それには、対日目的や領土処理、戦犯問題など、国務省で一般に論じられる問題が含まれていたが、同時に、日本占領の範囲と期間、占領軍の国家的構成、占領軍政の権限、天皇制の取扱いなど、戦闘の終了と同時に直面する具体的な重要問題が列挙されていた。

2-2 政治小委員会の〈三段階論〉

政治小委員会におけるヨーロッパの終戦期を扱ううえでの三期の設定。

休戦期政治条件をある程度まで含む休戦協定を締結するとともに、現地の暫定政権のあり方や国際機構樹立の方向性を明らかにする一年以内の短期間。
移行期国境や新政府の形態を決定する第一期よりも長い期間。
恒久平和期国際機構を樹立するとともに講和条約を完成する時期。

この〈三段階論〉には重要な基本方針が含まれている。第一には、前大戦時のように、ただちに全般的講和を行わないという方針である。第二には戦闘終了後、法的には戦争状態を終わらせることなく、戦後体制の基礎を確立するためのかなり長い移行期を設け、その間、敵国を軍事占領下で変革することを想定した点である。

極東班にあって、「日本帝国」に侵攻した際に自動的に生ずる軍事占領と軍政のみならず、政治目的からなされる占領管理政策をも考慮に含めることは、当然の前提だったのである。換言すれば、敵国の敗北と降伏が、いつ、どのような仕方でなされるかを顧慮することなく、戦後計画の基本的枠組みのなかに、敵国の占領と改編という目的が、ア・プリオリに組み込まれていたのである。

その意味で、日本が沖縄以外の本土を失う前に降伏したにもかかわらず、本土まで占領されるという史上稀な事態は、一九四五年の夏に突然決定されたわけではない。「無条件降伏」なる主題歌のうちに組み込まれることになったこの方針は、すでに一九四二年春に、すなわち日本研究が開始される半年も前に、戦後計画全体の基本的枠組みとして用意されたのである。それは〈政策決定〉といえるものではなかった。むしろ問題を検討し決定する前提となる〈概念枠組〉の共有にすぎなかった。

2-3 対日戦後目的

ブレイクスリーが領土小委員会に提出した四三年七月の「日本の戦後処理に適用すべき一般原則」は、アメリカの対日戦後目的を「領土」・「軍事」・「経済」・「政治」・「究極」目的の五項目に区分しつつ、はじめて簡潔な文書にまとめたものであり、日本専門家による〈原型〉を端的に示すものである。

同メモは、まず戦後日本の「領土」についての基本的観点を示した。それは『カイロ宣言』の四ヶ月前に書かれたものであるが、二つの原理から構成されている。第一は、「満州を含む軍事占領下のすべての地域から日本は撤退する」。すなわち、侵略による獲得地域の喪失である。第二は、「民族自決の原則」であり、独立すべき地域（朝鮮）や他国に帰属すべき地域（台湾）を日本は失うとした。

「軍事」面については、「日本が再び国際平和を脅かすことを防ぐ」ことが絶対的な原則であった。そのために、「少なくとも委任統治諸島」を奪うとともに、軍縮、軍事査察、重工業の制限などの措置を考慮するものとした。このように領土的・軍事的条件は、日本から帝国としての版図と能力を奪うことを予期したのである。ここには無条件降伏の方針が色濃く影を落としていた。

他方、「経済、財政」面については、一転して「日本国民が豊かに生存する機会を奪うべきではない」と、日本が平和的である限り、「世界貿易と原料への平等な機会」という『大西洋憲章』第四項の恩恵を享受すべきことを説いた。

「政治」面の目的は、端的に「他国の権利を尊重する政府を日本に樹立」することであった。日本国内のそうした勢力を強化する条件を作ることは当然としながら、基本的自由の保障や憲法改正など内政への直接的介入をすべきかどうか、さらには一定期間、日本の教育を国際的に管理するか否か、については研究課題とした。

最後に「究極的な目的」は、「日本を完全にして平等な諸国民の家族の一員として復興させること」にあるとした。すなわち、日本帝国の死を宣言しつつも、経済的な活動の場を日本に残し、究極的には「国際組織によって結び合わされ、効果的な安全保障体制によって守られる」新世界に、日本を再復帰させることが、ブレイクスリー・メモの描いた戦後日本像であった。

2-4 戦後日本の経済

ファイアリーの日本経済論

ファイアリーは、一九四一年春に駐日大使グルーの個人的秘書となったがその年のうちに〈真珠湾〉を迎えたので、彼の日本経験は一年余りでしかなかった。四二年十月に正式に国務省入りし、若い調査員として、日本経済の分析に四三年初めにはとりかかったのである。

安全保障上の観点から戦後日本経済を考える際に、米国には三つの学派がある。第一は、日本からすべての近代的産業をはぎとり、対外貿易を禁じて、江戸時代段階の農業経済に後退させようとする極論である。第二は、日本から重工業と海運力を奪う立場である。第三には、日本を非武装化はしても、ごく一部の例外を除き、主要産業には手をつけず、経済復興の機会を与える考え方である。

ファイアリーは彼の分析結果を説明して、もし第一の選択を行えば、日本の全人口の四分の一は死滅せねばならない。第二の途を選べば、日本を再起不能とすることになる、と論じた。それゆえ、安全保障上の制約内で日本経済を復興させ、最低限の生活水準に到達する機会を与える第三の方途を追求せねばならない。

3 四つの日本変革論

侵略戦争を開始した日本を処罰し、半永久的に無力化する要求が、「無条件降伏」なる一般方針の裏付けを得て、軍事目的や領土目的に濃い影えお落としていた。他方、経済面においては、そうした要素を含みつつも、〈国際復帰〉という建設的な側面が追求された。このような二面的分裂的要素をはらむ対日戦後政策は、どこかで調整され統合されねばならなかった。

対日政治方針に関しての議論を四つに類型化し、それに即して議論と問題点を検討していく。四つの立場のいずれも、軍国主義日本を容認しなかった。何らかの政治変革を必要と考える点で一致していたが、その程度や内容について大きな隔たりがあった。変革については日本自身に任せれば良いという考えから、勝者の手で共和政体に変える考え、さらには戦後日本を国際社会から排除・隔離する考えまで、広く存在した。

それらは、〈介入慎重論〉、〈積極誘導論〉、〈介入変革論〉、〈隔離・放置論〉の四グループに整理される。

Ａ介入慎重論

領土小委員会において、〈介入慎重論〉を展開したのは、バランタイン、ブレイクスリー、そしてボーマン議長であった。そのうちもっとも積極的に議論した日本専門家は、バランタイン極東部長であった。彼は軍国主義日本が、ほんの過去十年ほどの間に生じた、一時的・例外的脱線現象にすぎない、との見方を示した。第二次大戦において日本を軍事的完敗に追い込みさえすれば、〈不敗の記録〉を破られた「軍部の威信のみならず、その再支配の危険性の九五パーセントは失われる」であろう。そのあとは、近代日本政治の〈本流〉たる親西洋派の穏健な指導者が、自然に主導権を得て、米国の欲する政治を発展させるだろう、とバランタインはたびたび強調した。

バランタインはボーマン議長の求めに応じて、戦闘停止後の状況を描いてみせた。――軍部の代表に降伏文書を署名させる。これはすべての咎が軍部にあったことを国民に印象づけるうえで重要である。軍部に全面的責任をとらせたあと、われわれには日本の内政を管理する必要はない。日本の穏健派にわれわれの目的を告げ、どのような政治を行えばわれわれの信頼と敬意を受けることが出来るかを知らせれば、十分である。われわれが日本の制度を作り変えたり、ああせよこうせよと命令することは好ましくない。外部から強制したものは、結局、長期的に定着し得ない。終局目標と必要な改革の大筋を示して、あとの細目は日本人に任せればよい。こうして、直接介入することなく、われわれは対日目的を達成することができる。

また彼は、日本社会の結合の絆であり安定的要素である天皇制を重視し、それを米国政府が終戦や占領統治に際して用いれば、大きな〈資産〉たりうると考えた。

戦争を終えるためにも、天皇の効用は大きい、彼は論じた。軍部をふくむ日本国民に対して、効力ある戦闘停止命令を発しうるのは天皇のみである。そして、天皇に対する寛大な取り扱いは、日本国民から安堵と好感をもって迎えられ、彼らの占領政策への協力を引き出すことが出来る。逆に、もし天皇を攻撃すれば、日本人はいっそう強固に一致団結し、絶望的に抗戦するであろう。「われわれの目標は、日本国民を軍部から分離させることにある」が、天皇攻撃は逆効果しかもたらさない、とバランタインは説いた。

こうしてみれば、〈介入慎重論〉は、保守的な自由主義の立場から、敵国に対してもその国に適した政治制度を容認する多元主義をとり、伝統的・安定的要素を重視しつつゆるやかな改革を期待するものであった、といえよう。

Ｂ積極誘導論

〈積極誘導論〉は、厳密な意味で唯一の日本専門家であるボートンによって代表されていた。

政府と軍部の分極化を助長する二元的制度こそ日本軍国主義の根因であると考えたボートンは、この問題に関する限り、バランタインとのあいだに意見の相違を明らかにした。バランタインは、明治憲法が「どのような政体にも適合するほどに漠然としている」と考えており、したがって憲法改正を試みなくても、日本の政治権力の中心的担い手を移行させればそれですむと説いた。すなわち、バランタインが、〈運用〉によって明治憲法の欠点は克服されるとしたのに対し、近代日本史が軍部の過大な政治的特権に苦しんできた経緯を研究したボートンは、「軍部が二度と優位を奪えぬよう、日本の国内政治体制は再編成されねばならない」と制度変革を主張したのである。

ボートンが不可欠とみなした戦後日本の政治的変化は、（１）内閣の強化と軍部の抑制、（２）議会の強化、（３）天皇制の存続と改革、（４）報道の自由と権利章典（基本的人権の尊重）などを柱としていた。これらの実現は、憲法改正をともなわずにはすまなかった。ただ、彼は憲法改正を進める場合にも、「日本人の考えに影響を及ぼすもっとも効果的な方法は、道義的説得である」とし報道の自由を回復し、民主主義国の思想と事情に触れる機会を拡大すれば、日本人が堰を切ったようにそれらを吸収することを期待した。

Ｃ介入変革論

〈介入変革論〉とは、日本が「過去からの完全な断絶」を行わずして、いかなる改革もなしえないとする立場である。天皇制は軍国主義や保守的封建勢力と不可分に結び合わされており、ある部分を切り離すことなど不可能である。これら複合体の全面的破壊によって、はじめて日本における軍国主義の抹殺と民主化が可能となる、との見方であった。戦時のアメリカ国民の多数とローズベルト大統領周辺も、そのような考えになじんでいた。

また、〈介入変革論〉者は、天皇制の存続が日本軍国主義再興に結びつくきけんせいを強く指摘した。「天皇制が日本に残されるかぎり、それは軍事機構再興を欲するすべての者の目標として留まるであろう」（アームストロング）。「戦後の十年間、日本においては軍国主義者と自由主義者が支配権を争うであろう。われわれがいつまでも日本の番兵を努められない以上、軍国主義社が再び支配する可能性もないではない。この際きれいさっぱりと天皇制をなきものにして、そうした危険を除去するのが賢明ではないか」（バンデンボッシュ）

〈介入変革論〉は、アメリカ的共和制を軸とする民主主義を普遍的価値と考え、その日本への直接的適用を求め、とりわけ旧体制のシンボルたる天皇制の廃止を強く求める立場であった、といえよう。彼らは日本知識を欠いていため、説得的な対日方策を提示することはできなかったが、たとえば権利章典を日本に強制する議論については、他のメンバーからかなりの支持を得た。

Ｄ隔離・放置論

ホーンベックは、アームストロング以上に厳しく否定的な日本観を示した。アームストロングが天皇制・軍国主義複合体の打倒を叫ぶとき、その前提には、強力に日本の内政に介入して民主化しさえすれば、世界のすべての国民と同様に、日本人もアメリカ的な価値観を受容するであろうとの楽観的な前提があった。ホーンベｯクにとって、日本はもっと容易ならぬ国家であった。

「日本の国内的発展の行方にアメリカ政府が大きな影響力を持ちうるなどと自分は信じることができない。日本から何かを取り上げ、軍隊を派遣して日本を占領することはできる」。しかし、「日本人の思想・信条に大きな変化を与えうるなどと期待すべきでない」とホーンベックは領土小委員会のメンバーに訓した。その理由は、一つには、そもそも「政治制度が内的成熟の産物であり、宗教・人種・政治的価値の概念は、何世紀もかけて多くの国民の間で徐々に発展すべきものである」との多元論的自由主義にも立つ一般認識にもとづいていた。

しかし、より重要な特殊的理由は、「日本人の変えることのできない国民性」とホーンベックが信じるものにあった。

このように膨張主義を日本人の不可変な国民性と信ずるホーンベックは、それでは敗れた日本をどうせよというのか。「日本国民の地球上からの抹殺」をも、「論理的可能性」として、彼は口にしないではなかった。しかし、そのようなカルタゴ的処断が許されない以上、〈隔離論〉以外に答はなかった。さいわいにも、ヨーロッパ社会と不可分に結び合わされたドイツとは違って、日本は「他国民と緊密な関係を必ずしも持たない孤立した集団」であった。それゆえ、日本を「隔離」することは比較的容易であり、それによって他国が打撃を受けることもない、との持論をホーンベックは繰り返した。

4 米国の対日戦後目的

ＣＡＣ文書のなかにブレイクスリー議長の起草になる「米国の対日戦後目的」がある。

ＣＡＣ一一六＝ＰＷＣ一Ｏ八

一九四四年三月十四日

一領土的目的日本は、満州、委任統治諸島および軍事占領下の全地域より撤収する。朝鮮、台湾および第一次大戦の開始後に獲得した全諸島を、日本は奪われる。

二軍事的目的日本が米国および他の太平洋諸国に対する脅威となることを阻止する。この目的達成のため、武装解除、軍事的監視、経済活動の統制、および連合国が安全保障のため不可欠とみなす特定産業の長期的制限、などの措置をとる必要がある。

三経済的・財政的目的国際的安全保障上必要な制限の枠内で、また賠償問題を考慮しつつ、日本は被差別の原則に基づく世界経済の発展に与ることを許され、徐々により高度な生活水準に向かうことができる。

四政治的目的他国の権利と国際的義務を尊重する政府を日本に樹立することが、アメリカの利益にかなう。それは、軍部支配からの自由であり、平和の維持を望む文民によって支配される政府でなければならない。そのため、（１）陸海軍から政治的特権を剥奪すること、（２）新聞とラジオを通して、民主主義諸国との間に知的コミュニケーションの自由を確立すること、（３）日本の穏健派政治勢力を強化する措置をとること、が必要である。

五終局的目的太平洋地域における平和と安全の条件を高めるため、諸国民の家族の中での、完全にして平等なる一員として、友好的な日本を復興することが、米国の終局的な目的である。米国は、日本を含む世界の諸国民が、国内的・国際的生活において、平和と協調と繁栄に向かうことを願うものである。

5 対日戦後目的の修正

日本の国際復帰を謳った経済目的と終局的目的について、厳しい批判の雨が降った。こうして、「対日戦後目的」は、極東地域委員会にさしもどされ、一週間後の四月二十一日のＰＷＣに修正案「ＰＷＣ一Ｏ八ａ」が提出される。

それには、根本的といってよい修正が施された。内容的には、ハル長官の命に従って、日本の国際復帰を高らかに謳う部分が削除された。文書の構成についても、ブレイクスリーの五分野にわたる目的の列挙方式が廃され、基本目的をはじめに提示したあと、占領を三期に区分する三段階論が示された。

基本目的は二点に集約された。

（ａ）日本が米国および他の太平洋諸国に対する脅威となることを阻止する。

（ｂ）他国の権利と国際的義務を尊重する政府を日本に樹立する。

さて、占領を三期に区分する方策は、一九四二年の第二次諮問委員会の段階で提示されながら、その後の諸文書から姿を消していた。しかし、ＰＷＣ幹部の激しい批判を受けた日本派は、これを再生させることにより、ＰＷＣの修正要求に応じつつ、その厳しい対日措置に時期的限定を設けようとした。時期的な変化という原理の導入により、ＰＷＣと自らの多様な要請にそれぞれの位置を与えんとするのである。

〔第一期〕 日本の降伏直後の第一期においては、領土的・軍事的措置を中心とする降伏条件が仮借なく履行される。海外領土の剥奪、軍隊の武装解除が実施され、日本は「軍事侵略の避けられぬ報いとして、厳格な占領統治下に置かれる」。

ブレイクスリー原案は、日本の非軍事化と民主化とを目標の一部として掲げつつも、それを実施する主体を占領軍政府とも日本政府とも明記せず、どちらかといえば間接的な手法を基本的なトーンとしていた。それに対し、ＰＷＣの批判の洗礼を受けた後の本案では、「厳格な占領統治下」での物理的な措置を第一期の課題として明記したのである。

〔第二期〕 第二期は、内政変革が遂行される重要な時期である。この時期にも、日本は引き続き占領軍政による「緊密な監視」下に置かれるが、同時にそれが「徐々に緩和」される時期でもある。その速度は、日本が「他国と平和的に共存する意欲と能力」をどの程度発揮するかによる。つまり、占領軍政の緩和度と撤収度は、日本国民の占領改革への協力度との相関関数であると規定されたのである。

しょせん一時的なものに過ぎない対日軍事的勝利を、占領下で国内構造化することにより、長期的な政治的勝利に転化せんとの米国政府の目的は、この第二期に集約的に実施されるものとされた。修正案はそのための措置として次の六項目を列挙した。

再軍備阻止のための軍事査察
潜在的な戦争能力の発展を防止するための経済統制
新聞、ラジオ、映画、学校を通じての民主主義思想の奨励
日本の穏健派に対してその責務――すなわち、軍国主義は日本国民の真の利益にとって破壊的であることを国民に確信させる任務――を自覚させること
もっとも効果的に自由主義的な政治勢力と思想を強化し、かつ真に国民に対して責任を負う文民政府の発展を助長するために、必要な措置を採用すること
超国家主義的諸団体の根絶

〔第三期〕 占領終結に向かう第三期について、本案は、ハル長官の指示に従い、そのときの様相を「現段階で具体的に決定できない」としながらも、なお「日本は平和的な諸国家の中で完全に平等な一員として」国際復帰しうるとの保証を書き込んだ。

6 ヤルタからポツダムへ

第二次世界大戦が終結を迎える一九四五年には、二つの米英ソ三国首脳会談が開かれた。二月のヤルタ会談と七月のポツダム会談である。両会談の間に、ドイツは無条件降伏を余儀なくされた。日本は八月に『ポツダム宣言』を受諾し、降伏した。

「ヤルタとポツダムの間」においてこそ、日本処理に関する米国政府と連合国の公的な政策が決定された。それはさまざまな不協和音をはらんでいた対日占領政策が一気に統合された時期であった。

6-1 単独占領・共同占領・分割占領

ドイツが分割占領されることになったのは、ローズベルトやスターリンの意向によるという以上に、東西から連合軍がドイツ本土に侵攻したという軍事的現実を反映したものであった。日本の場合、ほとんど米国が単独で降伏を強いた点でドイツとは基本的に事情を異にしていた。「ＳＷＮＣＣ七Ｏ／一／Ｄ」の国務省よりの補足文書「樺太を含む日本本土における軍政への連合国の参加」は、六月七日のＳＦＥ（極東小委員会）会議で検討された。その主な内容は次のとおりである。

連合国最高司令官はアメリカ人であり、日本におけるすべての軍隊は彼の直接の指揮を受ける。
万一、ソ連が対日戦争に参加して日本本土のある部分を占領し、最高司令官の指揮を受けずに独自の軍政を布く場合には、米ソの政策の統一を計るため何らかの管理委員会を設置する。
ソ連以外の連合国軍を軍政に参加せしめるため諮問委員会を設置する。
他の連合国が大規模な軍隊を送れば、日本のある地域を任せてよいが、その軍隊も最高司令官の指揮に服する。
それは分割占領回避の線に沿って、米国の一元的な統率を確保するよう立案されており、そうである以上、ソ連に対する警戒的なニュアンスがこめられていた。ソ連が参戦し日本本土の一部を占領した場合には、他国と異なり、米国の指揮下に置き得ないことを前提とするに至っている。

6-2 トルーマン新政権

四月十二日突然ローズベルト大統領が死去しトルーマン副大統領が大統領に昇格した。

トルーマン新政権が置かれた状況はジレンマに満ちたものであった。一方で、偉大な前大統領の対外政策を変えることなく継承すべきあらゆる理由がありながら、他方で、それを改めざるを得ない事由も存在した。特にヤルタ協定の実施をめぐる対ソ政策がそうであった。

トルーマン新政権は、第一段階においては、一方で敵国に対する無条件降伏の方針を堅持しつつ、他方で対ソ協調政策の修正に向かって動いた。しかし、対ソ協調政策の変更は、二つの理由で対日政策の変化をもたらす前提となった。

第一に、ソ連との関係悪化は、ローズベルトの〈垂直原理〉に立つ戦後構想の崩壊を意味した。〈大国の協調〉と〈敵国の無条件降伏〉はローズベルト構想において一セットであり、日本の降伏と戦後処理については、日本との取引きを斥け、ソ連との取引きを選ぶことがその基本的立場であった。ソ連との取引きに実りがないとトルーマン大統領が判断することは、日本との取引きを阻む枠の一つが外されることを意味する。さらに、もしソ連との対決を将来に予期するとすれば、戦時の〈敵〉と〈友〉についての構図を戦後にも継続する方針は根底から揺らぎ、新たな〈敵〉に備えるため、現在の〈敵〉を将来の〈友〉とする可能性すら考慮されることになる。日本に対して無条件降伏を貫徹する方針は、大国間国際政治の枠組みからは、堅持するよりも変更する動力が加えられることになるのである。

第二に、政策決定過程における非ローズベルト化を無視することはできない。トルーマンは政権についた日から、故人の政策は踏襲するが、その政策決定の方式は変更することを決意していた。官僚機構の権限が回復され、大統領を取り巻く主要閣僚たちの合議が実質的な政策決定の場となった。外交政策について知識と経験を欠くトルーマンは、国務省の助言に依存せざるを得なかった。

6-3 ドイツの降伏

五月八日のドイツ降伏により、日本は三国同盟などの条約上の拘束から解放され、もはや日本だけが戦いつづける国際的義理はなくなった。否、義理以上のものが失われた。そもそも、日本が三国同盟を結んだのも、南進を行って第二次大戦に突入したのも、実はドイツ軍の短期的成功に刺激を受け、勇気づけられた結果であった。そのドイツが崩壊し、見渡してみれば日本がただ一国、世界を相手に戦っていたのである。今後は連合国の全軍事力が日本一国に降り注ぐことになる。「はっきりしている事は独逸降伏の今日我には絶対に勝ち味のなくなったことである」。こうした認識が日本指導層の間で広がるなかで、東郷茂徳外相は早期終戦に向かっての行動を開始する。

五月八日、午前八時三十五分からのホワイト・ハウスにおける記者会見でトルーマン大統領は、ドイツに対する勝利声明文を読み上げた。大統領は引き続いて日本についての声明文をも読み上げた。それは、日本国民と軍部とを区別し、対比しながら、「完全な破壊」と「日本国民のこうむる全く無益な苦難」とを避けるよう警告した。「日本の陸海軍が無条件降伏により武器を置くまで、われわれは攻撃の手を止めないであろう」。

日本軍の無条件降伏は、日本国民にとって何を意味するか。

それは、戦争の終わりを意味する。

それは、日本を現在の破局の淵へと導いた軍事指導者の影響力の終焉を意味する。

それは、陸海の兵士たちが家庭、田畑、職場へ帰還する準備を意味する。

そしてそれは、日本国民が勝利の希望なく受け続けている現在の苦難と苦悶を、これ以上引き延ばさないことを意味する。

この声明は無条件降伏に関する政策の実質的な修正の始まりであった。その定義が穏やかであり、処罰的言辞ではなく、平和と平時への復帰を告げようとしている事も印象的である。しかし、それ以上に重要なのは、日本国家の無条件降伏を語らず、日本軍の無条件降伏のみが要求されている点である。言い換えれば、日本国家が降伏するための条件を勝者が提示する可能性が開かれたのである。

6-4 日本本土侵攻作戦――ホワイト・ハウスの会議

六月十八日月曜日は、第二次大戦の終結方式にとって重要な日となった。大統領は、午前九時半からグルーと会見し、午後三時半からは軍関係指導者との会合を持った。この会議の目的は、ＪＣＳが四日前に内定した日本本土上陸作戦について大統領に訪問し、その裁可を仰ぐことであった。大統領の方では、対日戦争を完了するうえでのもろもろの手段と問題点とを、首脳会談を前に全体的に掌握したいと考えていた。

〔陸軍の戦略〕 会議の議論をリードしたのは、陸軍のマーシャル参謀総長であった。ノルマンディ上陸作戦ガ対独勝利に不可欠であったように、本土侵攻が日本打倒のため避け得ない、と彼は口を切った。十一月一日に開始する九州上陸作戦（オリンピック）によって、南九州に陸上基地を確立する。それには、二重の目的がある。第一には、「封鎖と空襲を強化して日本を締め上げること」であり、第二には、次の「東京平野侵攻作戦（コロネット）により日本に降伏を強いる」ための条件を整えることである。この定義に示されるように、マーシャルが説明した陸軍の日本打倒案は、陸軍による侵攻作戦が決定的な作戦であり、海空軍による封鎖・空襲が補助的・準備的役割を果たす、という位置づけを基本としていた。それは、たとえば「十一月一日」という予定日の設定理由として、それまでに海空軍が日本の工業力、海軍、交通をほとんど不能にすることができることを、気象条件とともに挙げているところにも示されている。主たる手段＝侵攻と、従たる手段＝封鎖・空襲に、マーシャルが加えた外的要因が、ソ連の対日参戦であった。「ロシア参戦のインパクトは、すでに絶望的状況にある日本にとって決定的な行動となるかもしれない」。

この立場を裏書きするマッカーサー司令官の電報を、マーシャルは会議で読み上げた。「私は考えられる作戦のうち、この作戦が労力と人命の点でもっとも経済的なものと信じる。……もし予定日よりかなり前にシベリア方面からの攻撃が開始され、日本がこれへの応戦を強いられるなら、われわれの手間と犠牲は大いに減ぜられるであろう。私は‘オリンピック’に何らの変更も加えないことを切に勧告する」

〔海空軍局の同調〕 海軍と空軍の代表者がオリンピック作戦を支持したことにより、会議の方向は定まった。

陸海軍に意見の相違があったとすれば、海軍のキング提督が陸軍のソ連参戦待望論に水をかけたことであろう。「ソ連の参戦は不可欠な条件ではない。なるほど日本打倒のためのコストは増大するだろうが、われわれだけでやり遂げることができることも間違いないと思う。この事実を認識するならば、来る首脳会談における大統領の立場は飛躍的に強化されよう」。

〔リーヒ議長の疑念〕 三軍の責任者は口々にオリンピック作戦の実施とコロネット作戦の準備を説いた。しかし三軍を調整し、大統領との間の連絡に当たる立場にあるリーヒＪＣＳ議長は、日本上陸作戦に積極的ではなかった。「九州作戦に要する死傷者の代価がどれほどであり、はたしてそれを支払いうるのかどうか、大統領は知りたいと思っておられる。沖縄では軍隊の三五パーセントが死傷したと聞く。同じ比率が九州にも適用されうる」のではないか、とリーヒは論じ、「九州作戦に投入される兵力をうかがっておきたい」ととうた。マーシャルは、九州上陸作戦の総兵力は七六六、七００であると答え、対する日本側守備兵力は八個師団もしくは三十五万と楽観的な見通しを語った。日本各地から九州へ南下する兵力はどうかとの大統領の問いに対し、軍人達は、九州は島であり、本州との交通を遮断できると、と答えた。

〔ステｲムソン陸軍長官〕 大統領はオリンピック作戦の実施をいちおう了承した上で、ステｲムソン陸軍長官に意見を求めた。スティムソンは、ＪＣＳの要求に同意を表明しながらも、「私は軍事的考察よりも政治的考慮から大統領に助言する責任を個人的に負っている」と、「軍部大臣」ながら文民政治家としての責務を語って、政治的代案を説いた。その要点は、「日本国内に潜む大きな隠れた階層」、すなわち和平派を立ち上がらせ、その影響力を拡大するための措置をとることであった。大統領は、政治的手段について「その可能性はつねに追求する必要があると」と一般的に同意した。フォレスタル海軍長官は、当面は九州作戦だけを進め、主要な決定は、その後の事態を見極めた上で判断することを求めた。マックロイ陸軍次官補はスティムソンの語った政治的考慮の重要性を再度強調する発言を行った。

リーヒ議長は、スティムソン、マックロイの発言をうけて、軍事的決着に突進せんとする趨勢に、もう一度疑念を表明した。「日本に対し無条件降伏を貫徹しなければ、戦争に負けたと同然だという意見があるが、私は同意できない。たとえ無条件降伏が得られなくても、予見できる将来に日本の脅威などを恐れる必要はない。私が真に恐れるのは、われわれが無条件降伏に固執し、その結果、日本人を絶望的心境に追い込んで、われわれの犠牲を莫大にすることである」。

大統領はリーヒの観点に同意しつつも、自身の政権にとっての拘束要因を語って斥けた。「無条件降伏について議会が適当な行動をいつでもとれる余地を私があけているのは、そうした〔リーヒの主張のような〕考慮に基づいている。しかし、この問題について世論を変更させるためのいかなる行動も、今はとりえない」。そう語って、トルーマンはさきにフォレスタル海軍長官が語ったとおりの決断を下した。

7 ポツダム宣言の成立

原爆実験成功の報が届く直前に書いた七月十六日の大統領宛てのメモの中で、スティムソンは、「日本に対する通告を実施すべき心理的契機を迎えたように思われる」との判断を示した。その理由として、日本に対する軍事的圧力の強化と、ポツダム会談へのソ連の参加が日本にソ連の対日参戦の脅威を感じさせている効果をあげたうえ、「さらに、最近の日本による対ソ工作のニュースは、警告を速やかに発することを迫るものと私には思える」と説いた。スティムソンは、こうして原爆投下後の通告という元来の考えを、日本の和平への動きを見て改めた。その可能性があるとは考えていなかったが、日本がソ連の懐に飛び込むことを、スティムソンは嫌った。米国の極東政策を担った経験のあるスティムソンにとって、日本が戦後においてもソ連ではなく米国に友好的な国でなければならないことは自明と思われた。まずこの会談でただちに三人委員会（国務・陸軍・海軍）で用意した対日声明を発する。それでも日本が受諾しない場合には「新兵器」の行使と「ロシアの実際の参戦」を背景に、いっそう強力な警告を再度日本に発することを提言した。日本が米国の懐に飛び込むようしむけなければならなかった。

七月二十四日、対日声明草案が英国政府に手交された。翌日、チャーチル首相は、英国政府の修正案をトルーマン大統領に返した。米国政府が英国の修正提案をすべて受け入れた結果、対日条件が確定した。

英国政府が改めたのは、内容的にわずか三点である。第一に、声明が呼びかける相手を、「日本国民」から「日本」または「日本政府」に戻したことである。第二に、民主化政策の主体を「日本政府」と明記したことである。第三に、占領の範囲を「日本領土」から「日本領土内の諸地点」に限定したことである。

以上三種の修正であるが、それは限りなく重要な意味を持つ。声明が「日本政府」に呼びかけられるだけでなく、日本改革の主体も「日本政府」と明記された以上、占領下に日本政府が存続する事が含意されることになった。

中国政府は、国名の順を変えること以外、内容には何の修正も求めなかった。米英両国により内容が固められたあと、ソ連に声明案が示されたが、意見は求められなかった。米国、中国、英国の三国共同宣言として、七月二十六日に発せられた『ポツダム宣言』は、簡単にいえば、日本本土の水際にまで迫った連合国軍が、総攻撃前に行った降伏勧告である。もし総攻撃による死闘のあとの降伏であれば、条件は不要であるが攻撃側の犠牲も甚大である。こうした状況での降伏勧告は戦史における常識であって、むしろそうしないことのほうが例外的な手落ちとみなされよう。しかし、二十世紀の総力戦下で米国政府によって打ち出された「無条件降伏」のドクトリンは、例外的な対処をあえてするよう米国政府自身を縛った。その制約の中で、総攻撃前に降伏するならば穏当な条件を与えるという「コモン・センス」を回復する努力が、グルーやスティムソンによってなされたのである。グルーやスティムソンが「天皇制」にこだわったのは、それが本気の提案であることのシンボルと日本側に見られると解したからである。そしてその洞察は、当時の日本政府における論議を見れば、的を射たものであったといえよう。二人の提案は、その点に関する限り斥けられたが、英国が「日本政府」全体の存続を示唆するよう修正した結果、天皇制の問題もそのなかで了解可能となった。

8 日本分割占領案

七月のポツダム会談に至る時期、米国政府の最高指導者層がくり返し口にした一連の言葉があった。「米国人生命の損失」、「死傷者数」、「コスト」、「犠牲」といった言葉が、グルー、リーヒ、スティムソンらが対日戦争終結を語る際のキーワードとなった。それは、終戦方式をめぐる議論だけではなく、日本占領方式にまで影を落とすに至った。七月六日付のリーヒによる短いメモに次のようなものがある。

もし日本が占領軍により統治されねばならないとすれば、コストを節減し可能なもっとも早い時期に米軍を帰国させるため、アメリカ人将校と軍隊の数は最小限にとどめるべきだというのが私の意見である。今のところ米国が占領下の日本軍政において主たる責任を負うべき何らの理由もないということは、私には明らかと思われる。

連日寄せられる数限りない手紙や覚書のなかで、この短いメモが「ＪＣＳ一三九八／二」という文書番号をあたえられて重視された理由の一つは、差出人が「陸海軍総司令官付参謀長」、すなわち大統領の側近として常に影のごとく添うリーヒだからであろう。リーヒの個人的意見として送られたにせよ、このメモに大統領の意向が反映されていると、ＪＣＳが考えたとしても不思議ではない。

七月上旬、ポツダムへ向かう直前の米国軍部には、なんとか「支配的発言権」を守れるならば、可能な限り米軍の負担を軽減するため、連合諸国による日本の共同占領を実質化する方向性が顕著となった。この流れを極限まで推し進めたのが、統合戦争計画委員会（ＪＷＰＣ）が起案した日本占領案である。

三十七ページの本文と多数の地図からなる大部の研究「ＪＷＰＣ三八五／一＝日本および日本領土の最終的占領」が完成したのは、日本降伏の翌日、八月十六日であった。「日本領土」とは朝鮮半島のことであるが、ここでは日本本土の占領計画のないようのみを簡単に紹介しておきたい。

占領開始期は、予想される終戦時の軍事的状況から米国がほぼ単独で占領せざるを得ず、二十三個師団・八十五万人の米軍を投入する。彼らは日本の抵抗を高く評価し、組織的抵抗が終わったあとも、日本各地における反乱やサボタージュに備えるため、一年間はこの大軍を維持する必要があると考える。他方、米軍を早急に帰国させるべきは、リーヒ・メモの強調するとおりである。それゆえ、三ヶ月目からの第二局面には、五十三万五千人の米軍を撤収させ各国軍に肩代わりさせる。さらに一年を経た後の第三局面では各国兵力を半数以下に削減し、米軍は十三万五千人、全体の三分の一強を占めるのみとなる。

実務的対応を基調とするＪＰＷＣの作戦専門家たちは、米国一国ではまかないきれないほどの大軍の必要性と主導権堅持の必要性というジレンマのなかで、三つの技術的解決法に光明を見出したように思われる。一つは、「ＪＣＳ一三九八／一＝ＳＷＮＣＣ七Ｏ／三／Ｄ」に明記された方法、すなわち、「支配的発言権」を左右するのは日本に進駐させる軍隊の比率のみではなく、周辺海域に配備する海空軍の威圧によっても補いうるという考えであり、「ＪＷＰＣ三八五／一」はこれをうけて、海空軍による支援体制を再三強調している。第二には、七月四日の第二百十回ＪＰＳ会議においてケリー大佐が提案した方法、すなわち、「全占領軍の大部分を提供することなく主導権を確保しうるよう、連合諸国に占領軍を分け持たせる」考えである。多くの国が少しずつ提供すれば、米国は単独で過半数を占めていなくも、相対多数を持って群小を制することができよう。こうして、ＪＷＰＣ案は、第二、第三局面において、総占領軍の半分には満たないが、三分の一をこえる相対多数の兵力を米国が醵出することを予定した。

9 マッカーサー司令部の日本進駐作戦（ブラックリスト）

日本の突然の崩壊や降伏に備えて日本を占領する計画を作成せよ、とＪＣＳがマッカーサーとニミッツに指示したのは、六月十四日のことであった。東京の鈴木内閣が終戦の糸口を探し求めて会議をかさねていたのと時期的に一致しているのは、まったくの偶然にすぎない。ＪＣＳの指示には、日本の突然の降伏や崩壊を示す証拠は何ら入手していないが、との断りが記されていた。マッカーサー司令部は「ブラックリスト」、ニミッツの司令部は「キャンパス」の暗号名を付した日本への平和的進駐計画を急ぎ立案することになる。

マッカーサー司令部が占領下の軍政に関心を示すようになったのは、四十四年秋のことであった。軍政問題には四十四年末まで対処する予定はないとＪＣＳに伝えていたマッカーサー司令部であったが、予定よりも早くレイテ上陸作戦が間近に迫った四四年九月、陸軍省に対して「民政用の将校二百二十六名と下士官三百八十名」を至急用意するよう求めた。沖縄作戦中の四五年四月三日、マッカーサーは、日本を占領する米国陸軍の指揮を命ぜられ、五月九日には、樺太・対馬を含む日本本土における軍政の最高責任者に任ぜられた。こうした経緯の後、六月十四日の日本進駐計画の立案命令が発せられたのである。

「日本の降伏」と題する報告が、マーシャル参謀総長の大統領宛メモ（七月二十五日付）に添付されている。その要点は次のとおりである。

マッカーサーの日本占領計画は、七月十五日以降であればいつでも実施できるよう準備されている。第一期においては、東京、名古屋、大阪―神戸、下関海峡、函館地域の五戦略地域を、海空の支援を受けた陸軍十五個師団によって速やかに占領する。当然抵抗があるものと予期され、日本占領を完成する初期には、総計二十三個師団を要する。しかし一年後には八個師団に縮小できると見込んでいる。

マッカーサーは、他国軍の日本占領への参加に消極的であった。「米軍であるにせよ、連合国軍であるにせよ」と、他国軍の参加の可能性を認めながらも、「全土と全占領軍に対して完全に指揮権を行使することを、マッカーサー将軍は望んでいる」。自身が一元的に日本本土全体を統治することを、この誇り高い軍人は要求したのであり、それに従う以上、他国軍がたとえ参加するにせよ、独自性をもって一定地域を管理することは許されなかった。

マッカーサーは、他国軍の参加に消極的な反面、日本国民の希望には進んで応じ、その協力を取り付ける姿勢を示した。「国民の管理と統治については、現存行政組織を用いたいと考えている」。広く散らばった日本軍の降伏と非武装化を容易にするために、軍部機構と天皇個人を用いる希望をも、マッカーサーは表明した。外部の影響を極力排除しつつ、直接日本国民と結びつきながら権威を高める「帝王」の輪郭が早くも示唆されている点で注目される。

以上のマッカーサー司令部における「ブラックリスト」の計画要綱を、統合計画参謀は全般的に評価した。「日本と朝鮮占領の最上の方式は、全土に軍隊を展開せんとしたドイツとは異なり、まず主要戦略地域を占拠・駐屯するやり方であるとの結論に達した」という書き出しのＪＰＳのメモは、八月十五日の日本降伏を想定しつつ、マッカーサーの意見を全面的に採用した。特に、日本政府を用いて統治するというマッカーサーの意向は、ポツダムにおける討議にも関係する問題であろうから、速やかに伝えることを勧告した。それをうけて、マーシャルの七月二十五日付の大統領宛メモは、(1)米軍のみによる、(2)重要地域のみの、(3)現存政府組織を用いての、「初期」占領を強調したのである。これらについてのワシントンの指示を待ちながら、マッカーサーの司令部は日本進駐案の完成を急いでいた。

七月二十五日、「ブラックリスト」の改訂版が完成し、三日後にそれを携えた急使がワシントンに向かった。第一局面において占領すべき重要地域は、(1)関東平野、(2)下関―福岡、(3)京阪神、(4)青森―大湊の四つに絞られた。第二局面では、(5)長崎―佐世保、(6)名古屋、(7)札幌の順に改められた。人口、工業、食料生産などの要地を押さえ、武装解除を断行するとともに交通の支配を確立することを企図したのである。

「ブラックリスト」の最終版である第三版が完成したのは、八月八日のことであった。それはＪＣＳが暫定的に指示した次の目的（ＪＣＳ一二七五）に沿って作成されたものであった。

（１）日本軍の戦闘停止と速やかな武装解除
（２）日本政府の全権限の軍司令官への委譲
（３）日本人官吏と警察による法と秩序の維持
（４）軍需物資と施設のの廃棄、および復員

マッカーサー当初の希望であった日本政府を全面的に用いての統治は、（２）と（３）の形へと改めさせられたことが示されている。これにより国務省案を基礎にした「ＳＷＮＣＣ一五Ｏ」の線と整合的に、下部行政機関を利用するにせよ日本政府の最高機関は解消されることとなった。「総司令官は、立法、行政、司法の最高権力と権威を掌握する」のである。

日本占領軍の主力をなすのは、第六軍と第八軍であり、糸魚川―小田原を結ぶ線以西の西日本を第六軍、東日本を第八軍が担当することになった。陸海空の総兵力は、第一局面において五十六万を投入し、第二、第三局面で十六万を見込んだ。つまり日本全土を総計七十二万、ほかに第十軍が十一万の兵力をもって朝鮮に進駐することを予定したので、日本・朝鮮の全体を八十二万余で占領する計画であった。

マッカーサー司令部の作成した「ブラックリスト」第三版の特徴は、第一に、日本の早期降伏にともなう全面的抵抗のない占領作戦として用意された点にあった。第二に、そのうち初期のみを扱い、最終的占領計画についてはオープンのまま残された。第三に、マッカーサー司令部が日本本土全体を単一的かつ統合的に占領するプランであり、他国軍の自律的役割は排除されていた。第四に、日本政府の最高部を解消し、その権力をマッカーサー司令部が奪って、下部行政機構を用いて日本全土を統治することを予定していた。第五に、重要地点占領方式をとり、東京、大阪のような日本社会の神経中枢部と、対馬海峡や津軽海峡に面したアジア大陸との交通の要衝を最優先していた。

原爆投下、ソ連参戦とあり最終的に日本はポツダム宣言に基づいて降伏をした。十四日、マッカーサーが正式に連合国日本占領軍の最高司令官に任命された。陸軍省は、八月二十二日、マニラで日本進駐の準備を急いでいたマッカーサーに対して、間接統治の方針に変更されたと「ＳＷＮＣＣ一五Ｏ／三」の要旨を通知した。二十九日には、まだ最終版ではないと断りつつ初期対日方針の全文を送った。八月八日の「ブラックリスト」第三版を改定するいとまは、もはやマニラの司令部にはなかった。そこで二十八日と三十日に「作戦司令第四号」を発して、マッカーサーは日本占領軍には伝統的意味における軍政の任務は無くなり、日本政府に政策を実施させることになったと重要な変更を指示した。

間一髪間に合ったというべきであろう。当初から、日本の突然の降伏のあと進駐まで、三週間の準備期間を要すると見込んでいた。十九日にマニラに連絡のため赴いた河辺虎四郎を全権とする使節に対して、マッカーサー司令部は、二十六日先遣隊、二十八日マッカーサー最高司令官の日本進駐、三十一日降伏文書調印という日程を示した。ところが二十二日から猛烈な台風が関東地方を襲い、通信・輸送を復旧するのに手間取ったため、日本側の受け入れ準備が間に合わなくなった。先遣隊進駐予定の前日、マニラは「四十八時間」の繰り延べを認めた。この二日間に日本側の準備が出来ただけでなく、一部軍人の不穏な動きも収まり、米軍側が驚きかつ拍子抜けするほどの平和的進駐となった。日本自身による武装解除と平穏な進駐のための事務に携わっていた陸軍の責任者有末精三少将は台風による二日間の猶予を与えられて、やっと「神風」が吹いたとすら感じた。

しかし二日間の延期で「救われた」のは、むしろマッカーサーの方ではなかったか。直接軍政から間接統治への切り替えが行われたのは、二十八日から三十日のことであり、この両日はまさしく先遣隊とマッカーサーの日本到着の日であった。もし予定どおり、それぞれ二日前に占領が開始されておれば、占領軍は直接軍政方式にもとづく行動をより多く実施していたはずであり、それは日本政府との対立と、占領軍側の撤回による威信の低下という問題を生じていた可能性が高い。その意味で、台風は占領者の側にとって劣らず「神風」だったといえよう。