日露戦争

読売新聞に見る自由主義史観論争

松山　剛

1.はじめに

　読売新聞に掲載された自由主義史観論争関連の記事のうち、とくに直接的にこのテーマを
取り扱っているものを以下に抜粋する。記事の内容については、基本的にあまり省略するこ
となく、全文抜粋に近い形になっている。

2.関連記事抜粋

①９６年１２月７日夕刊９面 
＜見出し＞私のいる風景 藤岡信勝さん「明治国家が守ろうとした日本人の誇り回復しなけ
れば」
＜内容＞（湾岸戦争を機に藤岡氏は戦後民主主義の呪縛から解き放たれ、改めて歴史教科書
を開いてみて）
「すさまじい暗黒史観、自虐史観なんです。明治の近代化諸政策が現代と比べて不十分だっ
たということをいちいちあげつらい、しかも、日清・日露戦争をアジアへの侵略と決めつけ
てはばからない。一体どこの国の教科書なのか」
「明治国家が守ろうとした人間としての尊厳と日本人としての誇りを回復し、真に自立した
国家を築いていくためにも、歴史教育の改革はぜひとも行われなければなりません」
などの藤岡氏のコメントを紹介している。 氏の活動については、「戦後民主主義教育は国
民と国家をことさら対立的にとらえ、自らの国を愛し誇りをもたせることを『軍国主義』に
つながるものとして極力避けてきたきらいがある。こうした偏った理解を克服し、ごく自然
な人間性を取り戻すべく、たゆまざる努力を続けている」と結論づけている。

②９６年１２月２５日１９面 
＜見出し＞論点 上坂冬子（ノンフィクション作家）「『慰安婦』教科書には尚早」
＜内容＞戦時中日本軍は「女性を慰安婦として従軍させひどいあつかいをした」と書かれた
教科書が検定を通過したが、「ひどいあつかいをした」などという表現は教科書としてあい
まいすぎる。「ひどい」というなら、その具体的な内容が問題になる。しかしいまさら客観
的事実関係を確かめるのは困難であるし、いったん検定を通った文章は余程のことがない限
り、削除されない。そこで、この社会科教科書は製品として未完成であるという点から慰安
婦の項目の削除について論議を深めるよう提案する。
　民間基金としての「女性のためのアジア平和基金」による見舞金を受け入れる元慰安婦た
ちもいる以上、この問題に対する日本の対応は認められ始めたことになる。なのにアジア女
性基金にふれた教科書がないのは、原稿の締め切り後に、この基金にかかわるさまざまな動
きが出たため、間にあわなかったからにちがいない。時間切れで半製品のままの教科書を現
場に送りこむか、それとも慰安婦問題の解決策にふれていないのは今日的な意味に欠けると
して、この際とりあえず慰安婦の項は削除し、いずれ、手間をかけて完成させたものを教室
に送りこむか、教科書はいまぎりぎりの選択を迫られているといえよう。 

③９７年２月２７日夕刊９面 
＜見出し＞論断展望２月「教科書問題の深いテーマ」
＜内容＞『ＴＨＩＳ ＩＳ 読売』の特集、「ここがおかしい歴史教科書論争」での藤岡信勝
氏と吉田裕（一橋大教授）との論争と、それに対する若手評論家たちの声を紹介。
　両氏ともニュアンスの違いはあるが、現在の歴史教育に不満を持つ点は共通。 
藤岡氏・・・「単純な『善玉』『悪玉』史観には与しないとの立場を明らかにしたうえで、
誇りをもった国民の形成という視点から事実に即しながら歴史の多様な側面を教えていくべ
きだ」
吉田氏・・・「自由主義史観が『大東亜戦争肯定論』的な方向に変質してきたのではないか。
歴史の暗い事実を教えることは必ずしも『自虐的』とはいえない。歴史認識についてはアジ
ア諸国と共有できる部分を拡大していく努力が必要」これに対し、
宮崎哲弥氏・・・「東京裁判」など個々の争点に対して、資料や論考を付き合わせ、客観的
な判定を下そうとする藤岡氏らの提言に賛意を示すが、公教育による「国民‐国家意識」の
復興は果たして可能なのか、と首をかしげる。
「資本主義発展に伴う国民国家溶解は必然であり、公教育による『国史‐正史』よりも家族
や地域などの『私史‐稗史』が生き生きと語り継がれる鍵はローカルで多元的な共同体の探
求にある」と主張している。
長山靖夫氏・・・「藤岡氏らを支持する人々のなかには『過去の過ち』を根拠としたジャパ
ン・バッシングに対する嫌悪感があり、愛国的な歴史教育に行き着くことになりかねない。
愛国心の大切さは歴史とは別の教科で教えなければならず、冷静に物事の本質を見極め、現
にそうあったであろう事実に迫っていく姿勢や能力を養う方向で抜本的な教育改革を行うべ
きである」などの意見を紹介する。
「戦後日本の歴史学は民族的なアイデンティティーやナショナリズムの問題を避けてきたが、
グローバリズムの奔流によって近代国民国家が揺らいでいる現在、世界の人々は国家に代わ
るアイデンティティーのよりどころを求めて様々なネットワークづくりを模索している。と
ころが日本では、民族・国家・領土の三 位一体関係が強くネットワーク形成力が弱いので、
このままでは国際社会の巨大な浮遊物になっていく恐れがある。人間であれ、国家であれ、
アイデンティティーのよりどころなしに生きていくことはできないのではないか。教科書論
争はそうした重い課題も含んでいる」と結論。 

④９７年３月７日１７面 
＜見出し＞とれんど「歴史教科書を読もう」
＜内容＞「『従軍慰安婦』が近年の新造語である」ことを指摘したことを取り違えられ、
「従軍慰安婦 否定論者である」とのレッテルを貼られた藤岡信勝氏が大変憤慨しているが、
いわゆる従軍慰安婦問題にはこうした議論の混乱がいろいろある。先週、自民党内に「日本
の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が発足し早速「みんなで教科書を読もうという運
動」を提唱してはどうか、との声が出ている。
　教科書に問題があるにせよ、ないにせよ、とにかく子供を持つ親たちが自分の子供の教科
書を実際に読んでみることが大切だ。

⑤ ９７年６月２８日３面
＜見出し＞社説「歴史教育のあり方を考えよう」
＜内容＞今年の教科書検定を振り返って、近現代史を中心に歴史教育のあり方を強く見直す
時期にあるのではないか、との感を強くする。昨年来、教科書における近現代史の記述をめ
ぐり、政界を含めて激しい論争が起きている。その象徴が従軍慰安婦問題であり、今回の検
定申請でも地理・歴史、公民の５９点中３４点に記述されているが、これらに対し文部省は
すべて日本軍が関与したかのような記述は避けよ、従軍慰安婦の人数や死者についてはまだ
明確ではない、女子挺身隊との区別を明確にせよ、などの検定意見をつけている。
　歴史認識は人それぞれの経験や立場によって多様なものである意味で、今後の歴史教育を
考えるにあたって、次のような視点が必要である。
　事実関係は実証的な歴史研究を踏まえ、同時に過去を見る視点を多面的・複眼的なものと
する。
　発展段階の児童・生徒に自国を必要以上に否定的に学ばせることの非も指摘されている。
　「暗記科目」から脱却し、知識偏重でなく、考えることを中心にした歴史教育を目指した
　い。
　現場教師の指導のありようも重要である。先ごろ、宮城県の民間教育団体による「小学校
近現代史授業プラン」について、県教委が「偏っている」として使用中止の指導に乗り出し
た。授業の展開の仕方にもバランス感覚が必要である。

⑥９７年８月３０日３面
＜見出し＞社説「子供にとって『いい教科書』とは」
＜内容＞「家永教科書裁判」がようやく決着し、検定制度そのものは合憲とされた。とは言
え、これで文部省による教育内容への関与が手放しで認められた訳ではない。これからに向
けて模索すべき課題はいくつかある。執筆者の記述にも、文部省の検定意見にも「バランス
感覚」を最重要視することである。
　検定を執筆者と文部省が、いい教科書作りのための「共同作業」の場にしてほしい。「従
軍慰安婦」問題などの現代史の記述や歴史教育のあり方をめぐる論争が浮上しているが、歴
史教育は次の世代に日本の姿を正しく認識させるためにある。反省すべきものは冷静に総括
しつつ、過去を見る視点を可能な限り、複眼的・多面的なものにする方向で見直すべき時期
に来ている。

⑦９７年１１月２０日夕刊４面
＜見出し＞国の自画像４「保守派内で活発な論議を」
＜内容＞「自由主義史観研究会」や新しい歴史教科書をつくる会」は、戦後教育は日本の歴
史を否定的にとらえ過ぎるとの視点から歴史教育や教科書の見直しを試みている。会の趣旨
や活動は広く共感を呼んだが、「ナショナリズムの鼓舞だ」とか教科書論争自体が「慰安婦
問題に偏り過ぎている」との批判もある。
 「つくる会」が“保守派”のなかに亀裂を生じさせたことも見逃せない。『正論』９・１０
月号に「つくる会」会長の西尾幹二さんと文芸評論家の福田和也さんが論戦を行っている。 
福沢諭吉は『文明論之概略』に「自由の気風は唯多事争論の間に在り」と記しているが、現
代の論壇でも、国家論やナショナリズムの問題をめぐって、実りある「多事争論」を展開し
て欲しい。

２.読売新聞の立場

　読売新聞における自由主義史観関連の記事は量的には他紙に比べ多くないが、この問題に
対して無関心であるというわけではなさそうだ。ここに挙げた記事の内容から、読売新聞の
論争におけるスタンスを推定してみる。
　④の記事では、子供を持つ親たちに教科書論争に対する関心を持つよう呼びかけており、
⑦の記事では、国家論やナショナリズムの問題をめぐる「多事争論」への期待を述べている。
したがって、「教科書論争」や「自由主義史観論争」において様々な意見が交わされること
を好ましいと見ている。
　①の記事では、藤岡信勝氏の取り組みが好意的に紹介されており、自由主義史観側の主張
にもじゅうぶん配慮した内容となっている。
　③の記事では教科書論争を、アイデンティティーやナショナリズムの問題も含むものとし
て重視し、日本においては外国に比べ、アイデンティティーのよりどころとなるネットワー
ク形成力が弱いとの危機感を表明している。
　論争における読売新聞の意見はどうであろうか。
　②は、客観的事実関係が明らかになってから「従軍慰安婦」を教科書に掲載するべきだと
の主張であり、また、⑤で「事実関係は実証的な歴史研究を踏まえ」とあることから事実の
解明を積極的に行うべきで、事実関係のはっきりしないまま教科書で扱うことには否定的な
立場である。
　⑤および⑥に、「過去を見る目をできる限り『複眼的・多面的』なものにする」という表
現が共通して使われていることから、歴史を扱う際に柔軟な姿勢で臨むべきであるとの考え
方がうかがえる。
　教科書検定については、⑥で述べられているように、執筆者と文部省とのバランスが大事
だとしている。
　全体から言えることは、読売新聞としては自由主義史観側の主張には配慮を示しつつも、
どちらのサイドに味方するわけでもないという中立的な立場であると言ってよさそうだ。

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読売新聞に見る自由主義史観論争

松山 剛

1.はじめに

2.関連記事抜粋

２.読売新聞の立場

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