日露戦争

中川　真沙子

前注

一応、課題レポートが出来上がったので提出したが、ただ、筆者としては次の点で不十分で
あると感じている。
①歴史的事実の流れを調べるのに力を入れすぎた結果、自由主義史観問題に関する意見をほ
とんど書けていない。 
②同じく、歴史全般を書くあまり、肝心の外交過程がまだ不完全である。（歴史はあくまで
背景として外交過程のみに焦点を絞った方がいいかも。）
③重要な点である日露直接交渉の具体的なやりとりが、資料不足と時間不足のために 省略さ
れてしまっている。
いずれ、これらの点を補足・追加して、再提出したいと考えている。

Ⅰ自由主義史観と反自由主義史観

(１) 日露開戦外交の性格

　自由主義史観がさかんに議論されるようになった結果、日露戦争の性格を問う必要が再燃
した。はたして日露戦争は、自由主義史観者たちの言うように、暗黒史観、被虐史観に染め
られた最たるものであり、侵略戦争などではなく防衛戦争と呼べるものだったのだろうか。
その検証を行ってみる必要がある。それでなければ、自由主義史観は、単なる愛国心から出
たにすぎないものとなり、それこそ過去の過ちを繰り返す結果となるかもしれないからであ
る。
　日露戦争が侵略戦争であったか、防衛戦争であったかという問いに関しては、それは、全
世界的帝国主義を考慮に入れたとしても、侵略戦争ではなかったと言う権利の無いことは間
違いないと考える。しかし、自由主義史観論争において問題となるのは、日本とロシアのど
ちらがより侵略的であったか、どちらがより積極的に仕掛けたかということであり、それを
検証することによって論争解決の手がかりとなるかもしれない。
　特に、戦争を始める前の解決手段としての外交を見て、外交上の戦争回避への努力が、日
本とロシア、どちらの側でより行われたか、試みられたかと言う問題点への答えは、自由主
義史観論争の、日露戦争が侵略か防衛かという問いに少なからずの影響を与えることになる
だろう。
　以下、日清戦争後からの日露開戦外交史をみていくことにする。

Ⅱロシア勢力の南下と日露交渉

（１）朝鮮における日露争覇

　日清戦争（1894～1895）における清国の敗北は、清国の勢力を朝鮮から後退させたが、そ
れは日本に朝鮮半島支配が委ねられることとはならずに、むしろ、ヨーロッパ諸国の関心を
極東に注ぐことになり、極東は帝国主義諸国の争って進出する場となったが、特に日本にと
って重要な要素は、ロシア勢力の南下であった。
　日清戦争で勝ち取った、日本の朝鮮政策への武威を失墜させた三国干渉（1895・4・23）
以後、ロシアは勢いを得て満州に進出したばかりか、韓国にもその勢力を伸張した結果、韓
国において日本の政治圧力は縮小し、親清派に代わって親露派勢力が増大した。

（２）朝鮮におけるロシアの政治的優位と日露間交渉調整

　このような状況に対して、日本の三浦梧楼公使らが、朝鮮宮廷から親露派を一掃し、親日
派勢力の巻き返しをはかるべく、閔妃殺害事件･大院君擁立のクーデター（1895・10・8）を
起こした。しかし、この事件は、一層韓国における親露拒日の傾向を高め、ロシアに韓国進
出の機会を提供しただけだった。翌年、ロシア軍が京城に進駐し、韓国国王はロシア公使館
に逃れて、クーデターによって成立した親日派政権の金宏集内閣を罷免し、かつ金総理とそ
の親日派の要人が暗殺されるという京城政変（1896・2・11）が起こる事態となったのであ
る。
　日清戦争の目的は、清国と朝鮮国との宗属関係を断ち切ることを前段として、朝鮮問題を
処理することにあったが、これらの事態を見ただけでも、日本の戦争の目的が、戦勝によっ
て何も解決されず、かえってロシアの脅威を再確認することになってしまったことが分かる
が、引き続く朝鮮へのロシア勢力の伸張に対して、日本政府はこれを外交交渉によって解決
することを希望し、小村･ウェーバー覚書（1896・5・14）が調印された。
　この覚書では、三国干渉とビン妃殺害事件、そしてその報復としての京城政変によって、
後退を余儀なくされた日本が、ロシアと妥協し、事件の事後措置と、韓国における日露両国
の政治的地位、両国警備兵力の調整などについて取り決めたが、これは、朝鮮半島から外国
の勢力を排除して朝鮮を｢独立｣させるという日清戦争の目的を、問題提起の始源にまで逆行
させるものであった。
　続く山県･ロバノフ協定（1896・6・9）も、小村･ウェーバー覚書とほぼ同内容のもので、
山県の主たる目的である、日露共同で朝鮮の｢独立｣を保証すること、朝鮮の軍隊の訓練を第
三国の手に委ねようという条項はロシア側に受け入れられず、朝鮮の財政改革援助などに合
意しただけで、結局、朝鮮におけるロシアの優位を確認する結果となり、これによって日本
は、ロシアが朝鮮に対して日本が持つのと同じだけの利害を持つことを正式に承認したので
ある。それは、日本の政治的、あるいは外交的敗北であった。

Ⅲ朝鮮争奪と日本の目的

（１）朝鮮宗属･独立論争

　このように、朝鮮の自主独立は、これまでの日本外交の一貫した基本方針とも言えるが、
なぜ日本がそれほどに｢朝鮮の独立｣を主張しつづけるのか、という点についてみてみる必要
があると思われる。
　この主張は、まず、日清両国の朝鮮の地位における意見の相違として表面化し、朝鮮の藩
封･独立論争となって戦争へと点火した。即ち、東学党の乱（1894・3）に際し、日本が｢大清
の藩属｣たる朝鮮に派兵して、朝鮮の内政干渉を画した、というのが清国の対日宣戦（1894・
8・1）の内容であり、これに対して、朝鮮は｢独立の一国｣であるにもかかわらず、清国が、
朝鮮の｢独立国｣としての権利を妨害した、というのが、日本の対清宣戦(1894･8･1)の主張で
あった、というわけである。
　この日清朝鮮論争の由来は、江華島事件(1875･9・20)にさかのぼる。事件善後のために派
遣された黒田清隆全権は、三条実美太政大臣より、｢徳川氏ノ旧例ニ拘ル事無ク｣日鮮間に｢我
彼対等ノ礼ヲ以テ交接｣を開くよう｢訓条｣（1875・12）を受けており、従って、事件の事後措
置として結ばれた日鮮江華府条約（1876・2・27）には、｢朝鮮ハ自主ノ邦ニシテ日本国ト平
等ノ権ヲ保有｣するものであることが明記されたのである。また、この江華府日鮮協議に際し
て、清国から「朝鮮は自主の国である」との言質を得た。ただし、｢自主｣とは｢独立｣を意味
するという日本側の解釈と、｢自主｣と｢属邦｣は両立しうるという清国側の主張とが平行した
ままの水掛論の形で、日清開戦まで持ち越されてきたのである。

（２）朝鮮独立論の矛盾

　明治維新後、征韓論の台頭と敗退などを経て、朝鮮を独立国として位置づける方針を決定
したのは、当時、東アジアに向かって急速に拡大されつつあった、欧米の帝国主義に基づく
国際社会に、朝鮮を独立国として加入させ、清国と欧米列強の圧力との均衡下に置くことが、
同様に欧米の圧力を受けている日本にとって有意義であり、日本の安全保障と商権伸張の前
提であると見出したからであった。
　しかし、日本が、朝鮮の｢独立｣を主張する、その同じ舌で、日本の利益を第一とする朝鮮
の｢内政改革｣を要求することは明らかな矛盾であり、この二つの主張が、朝鮮国に対する支
配権の確立という最終目的に向かって一元化されていることも同様に明らかなことであるが、
矛盾する両主張を、外交における二枚舌として、政治的･外交的に許される範囲のものとする
ことができるのかは、いかに全世界的帝国主義下であったとはいえ、疑問の残るところであ
る。
　いずれにせよ日本政府は、日清交戦中において、名目上、「朝鮮の独立」の目的もとにお
ける朝鮮の内面的指導強化という対鮮政策を確立し、これに基づいて朝鮮の清国からの独立
を実現させたが、それは日本からの独立ではなかったのであり、かつ、戦争目的の前段でし
かなっかたため、そこに、日露戦争に至る道が方向づけられることとなったのである。

Ⅳ日露の妥協と共存

（１）日本の権益とロシアの権益

　日本がロシアと小村･ウェーバー覚書、山県･ロバノフ協定を結んだのと同じ頃、ロシア政
府は、まず、朝鮮との間に露鮮秘密協定（1896・5・26）を結び、続いて清国とも、東清鉄道
の建設経営権を含む露清同盟密約（1896・6・3）を結んでいた。前者は、ロシアの朝鮮国王
に対する保護や朝鮮に対する軍事的･財政的援助のほか、防衛同盟の協約も含んでおり、ロシ
アは、朝鮮の重大な国内騒乱あるいは外国からの独立侵犯があった場合、朝鮮に対して軍事
的その他の援助を供与することを約束していた。
  このようなロシアの積極的な朝鮮進出には、有能な外交家であるロシア公使ウェーバーの
活躍によるところが大きく、日本が、日韓暫定合同条約（1894・8・20）によって朝鮮から獲
得した京釜および京仁鉄道の敷設権についても、朝鮮政府は、京仁鉄道敷設権をアメリカ人
モールスに(1896･3･29)、京城―義州間鉄道敷設権をフランスの１シンジケートに(1896･7)、
それぞれ許可し、さらに残る京釜鉄道敷設権もウェーバー公使の干渉によって、朝鮮政府に
取り消されてしまったのである。
　一方日本も、清国との間に日清通商航海条約（1896・7）を結んでいたが、三国干渉以後の、
朝鮮におけるロシアの政治的優越と日本の影響力の急速な衰退の差は歴然たるものであった。
  しかし、このようなロシアの政治的優位期間においても、朝鮮半島に深い経済的利害関係
を作り出す努力においては、ロシアより日本のほうが積極的であった。日本は、その後アメ
リカ人モールスから京仁鉄道敷設権を譲りうけるのに成功し、また、朝鮮の貿易面において
も、日本が輸入･輸出の両方について、ロシアのそれに対して約50倍ものウエイトを占め、朝
鮮最大の取引相手であったことなど、政治的影響力の衰退期においてさえ、朝鮮との経済的
な関係を深めることに異常な熱意を見せたのである。要するに、三国干渉以後、1897年まで
の朝鮮におけるロシアの優位は、もっぱら軍事力を背景とする政治的圧力によるものであっ
て、決して深い経済関係の基盤の上に築かれた強固なものではなかった。それゆえ、ひとた
び国際情勢の急激な変化によって、ロシアの軍事的･政治的圧力の向かう方向が朝鮮から転換
すれば、朝鮮におけるロシアの政治的優位が揺らぐのは当然のことであった。そして事実、
1897年11月14日、ドイツが膠州湾を占領して、ヨーロッパ列強による中国分割の危機が生じ
たとき、朝鮮に対するロシアの政策は転換するのである。

（２）ロシアの対韓政策･対日態度の変化

　ドイツの膠州湾占領は、欧米列強に強い衝撃を与えた。この事件を皮切りに、ロシア政府
は清国に旅順と大連の租借を要求した(1898･3･3)。その対抗措置として、イギリスは日本を
通じて清国から威海衛の租借を要求し(1898･3･25)、フランスもまた広州湾租借や雲南鉄道
敷設件などを要求した(1898･4・9)。そして、ドイツは３月６日に、ロシアは東清鉄道南満
州支線敷設権とともに３月27日に、イギリスは７月１日に、フランスは４月10日にそれぞれ
清国政府の承認を獲得したのである。
  このような1897年11月から1898年はじめにかけての清国における事態の急変によって、そ
の軍事的･政治的圧力の焦点を韓国（朝鮮国は1897年10月16日に国号を『大韓民国』と改称）
から清国に移し替えたロシアは、日本と宥和する道を選んだ。加えて、日清戦争賠償金をも
とにした日本陸･海軍の着実な軍拡は、極東のロシア兵力に対する日本軍の数的優越を可能に
し、建艦競争と海軍兵力においても日露のバランスを微妙なものにしたため、今やロシアは、
韓国の問題に関して、日本と妥協する政策に転じざるを得なかった。

（３）韓国における日本勢力の回復

　京城政変から約１年間後、朝鮮国王はロシア公使館を出て（1897・2）王宮に帰還したが、
ウェーバー公使からスペール公使への交代（1897・9・5）は、韓国の対ロシア友好感情の冷
却を促進させる一因となった。スペール公使は、イギリス人ブラウンを解雇させ、ロシア人
アレクセーフを実質的に韓国の財政を掌握できる地位に任命させ、その後、露韓合同条約を
締結（1897・11・5）するなど、かなりの強硬外交をとった。これに対するイギリスの不満、
日本の一連のロシア抗議(1897･12･16)などの、日英勢力の後援を背景として、韓国の反露感
情は一層高まり、親露派の貴族院卿金鴻集が襲撃される（1898・2・23）などの事件が起こ
り、ロシアはその報復として在韓の軍事教官･財務顧問の引揚げ（1898・3・7）をもって威
嚇したが、韓国は日本と協議の上、ロシア顧問官の廃止を通告した。この一種即発の事態は、
ロシアがこれ以上の強攻策をとることなく終結したが、ロシア政府が日本との妥協に向けて
交渉を始め、ロシア公使スペールも対韓政策を転換してむしろ後退政策を取ったのは、ロシ
アの主眼が朝鮮半島よりも大陸方面に向けられていたからであった

（４）日露妥協の過程と西･ローゼン議定書の締結

　列強による清国分割争奪のなか、日本と宥和する政策へ転換したロシアは、早くも1898年
１月15日、日本が韓国においてロシア以上に大きな利害関係を持つことを承認することを基
礎として、韓国における日露間の絶えざる摩擦を終らせるよう、日本との協定交渉を提案し
た。日本はこれに対して、①日本およびロシアは韓国の独立を保障する、②ロシアは韓国軍
隊の軍事教官を任命する、③日本は韓国の財政顧問を任命する、④ロシアと日本は、商工業
上の問題について新しい手段をとるに先立って、あらかじめ協議をする、という内容の対案
を提示した(2･16)。韓国に対する反露気運が昂揚するようになると、ロシアは日本の対案を
ほぼ承認する譲歩案、即ち、韓国の自主独立の承認、内政不干渉の立場に立った協商案を示
した。しかし、と同時に、ロシアの旅順･大連租借の意図も伝えてきたのである（3・17）。
これに対する日本の通告は、もし、韓国を日本に委任することをロシアが認めるならば、日
本は、満州およびその沿岸を日本の権益範囲外とすることを黙認してもよい、という、あく
まで韓国を第一義とした、いわゆる｢満韓交換論｣の原則に立脚するものだった(3･19)。1898
年の春には、伊藤博文、井上馨をはじめ、山県有朋も西徳二郎外相も、さらには小村寿太郎
外務次官も、ただ一人加藤高明駐英公使以外のみんなが、｢満韓交換論｣に賛成だったのであ
る。
 ところが、1898年３月27日、ロシアと清国の間に旅順･大連租借条約、続いて29日に遼東半
島の租借が成立して、ロシアの旅順･大連租借が既成事実となると、ロシアは４月２日、日
本に対して、ロシアの勢力を韓国から全く除外させるようなことは容認しない、という意味
の通告を行った。この頃のロシアは、韓国におけるロシアの利益を放棄するというようなは
っきりした約束で身を縛られる愚を避けつつ、韓国から身を引くことを考えていた。韓国に
いたロシア人の軍事教官や財政顧問は４月12日、いっせいに辞任し、また前年12月17日に開
業したばかりの露韓銀行もわずか１ヶ月半営業しただけで閉鎖されてしまった。その上、強
硬外交の代行者として知られたスペール公使も、ブラジルへ転勤を命じられた。この頃のロ
シアにとっては、満州こそが第一義的なものであり、韓国は満州の前衛線として考えられて
いたのである。
　一方、その頃日本もまた、清国分割の機に乗じて｢南清問題｣を積極的に推進し、1898年４
月24日には、清国と福建省不割譲条約を取り交わした。
　このように、日本を含める国際社会が、清国分割争奪に関心を注ぐ事態の下で、ついに韓
国における日露の妥協として、西・ローゼン議定書が成立した（1898・4・25）。その内容
は、①日露両帝国政府は、韓国の主権と完全な独立を確認し、互いに同国の内政に干渉しな
いこと、②日露両帝国政府は、韓国が日本あるいはロシアに対して勧告と助力を求める場合、
錬兵教官あるいは財務顧問官の任命についてはまず相互に協商をとげた上で処理すること、
③ロシア帝国政府は、韓国における日本の商業および工業に関する企業が多いに発達してい
ること、また同国居留日本臣民が多数であることを認め、日韓両国間の商業上および工業上
の関係の発達を妨害しないことというものであり、日本の提案した満韓交換論は拒否される
という結果にとどまったが、この議定書は、ロシアに対して初めて、韓国の経済発展におけ
る日本の特殊的利害関係を承認させた点で非常に意味のあることであり、また、韓国政府へ
の政治的圧力に関しては、ロシアと対等の地位を回復させることに成功した。
　こうして日本とロシアは、日露戦争勃発に至るまでの６年間、この西・ローゼン議定書に
よって、朝鮮半島における一種の「共存関係」を保ちつづけることとなるが、それは、朝鮮
半島における両帝国の力の均衡を目指すものではなかった。そして日本はこれ以降、ロシア
の南進に対する自国の安全保障のために、朝鮮半島が戦略的にいかに重要であるかを、ます
ます深く自覚するようになっていくのである。

Ⅴ日本の積極的大陸政策と日英交渉

（１）日英交渉と協力関係

　日本が、｢満韓交換論｣に立脚してロシアとの妥協を図ろうとした西・ローゼン議定書と前
後して、むしろイギリスと結んで断固たる行動をとるべく、清国における共同の利益をも保
護することを熱心に主張したのは、駐英公使加藤高明であった。加藤公使の意見（1898・3・
26）は、たとえ韓国問題でロシアと一時妥協するにしても、ロシア勢力の南下と韓国進出は
必至であり、また、清国分割に際しても、列強の跳梁を防ぐために、他方でイギリスと結ん
でロシアに対抗できる態勢を整えておかなければならない、ということであり、日英両国の
利害は互いに一致しているとして、威海衛問題を利用し、日英連合勢力を形成しようという
のが、彼の方策であった。というのは、当時、威海衛は、日清戦争賠償金支払いの担保して
日本軍が占領しており、その賠償金残額の支払いと引き換えに清国へ還付することになって
いたが、その威海衛をイギリスが、ロシアの旅順および大連租借への対抗上、清国から租借
することを考えていたからである。
　日本政府は、この威海衛問題については、加藤公使の進言を受け入れ、これを承認した。
この時点において、日本政府の内部に、日露妥協の方向とあい並んで、これと対抗的に、日
英提携の方向が現れてきたことは、それ以後の日本外交の展開を考える上で注目すべき事実
である。

（２）義和団事件と日本の対清政策

　1898年３月に清国山東省で蜂起した義和団は、その勢力を拡大するにつれて帝国主義列強
の中国侵略としての性格をいよいよ強めたため、1900年１月末、北京の列国公使団は清国政
府に義和団鎮圧を要求した。これに対し、清国政府は翌月、義和団厳禁の命を出したが、義
和団による暴動はますます拡大して、５月20日には北京で列国公使会議が開かれ、28日に護
衛兵の招致を決議すると、列国に先駆けて29日には日本陸戦隊22名が上陸、引き続いて６月
14日のロシア陸軍4,000名をはじめとする各国分遣隊が派遣された。
　一方、この間清国政府は、一時義和団を愛国心あるものとして称揚し、北京出兵の列国に
宣戦するなど、その義和団対策は混乱を極めたため、こうした現地情勢の悪化とイギリスの
３回にわたる出兵要請から、日本政府は７月６日第５師団出動を決定した。列国は日本の出
兵に危惧を抱いたが、イギリスは日本の出兵を熱心に要請したのみか、日本に軍事費援助の
申し入れさえしている。ここでも、ヨーロッパ列国共同の外に置かれるのを避けるべく、ま
た韓国問題の解決をつけるべく率先して行動しようとした日本と、ボーア戦争による疲弊か
ら、ロシアの清国進出に対して十分な予防線を張り得ないために｢極東の憲兵｣の登場を欲し
ていたイギリスとの利害が見事に一致したのであった。７月３日清国皇帝は、日本天皇に義
和団の調停を依頼したが、日本は清国との連帯よりもむしろ西国列強との共同行動の道を選
び、この依頼を拒否した。
　このような、義和団事件による北清の騒乱の中、山県首相は、福建省を拠点とする南清政
策、いわゆる｢南方経営｣を論じた(1900･8･20)。これは、義和団事件を韓国問題解決の好機
としながらも、北清が混乱の渦中にあって満州の勢力範囲分布が塗り替えられる可能性をひ
めたこの時期においては、まだ｢満韓交換｣の思想に基づいて満州・韓国の処理を決定するべ
きではなく、ここはまず、南方経営を先にするのが日本のとるべき方針である、という意見
である。そして事実、政府は南清の治安を維持するという理由のもと、８月24日夏門にあっ
た東本願寺(大谷派)布教所が暴徒に襲われて焼失するという事件が起きると、日本は直ちに
陸戦隊を上陸させて夏門の警護のあたらせた。このような、台湾海峡における日本の迅速か
つ果断な独走的軍事行動は、たちまち列強の疑惑を呼び起こし、イギリスも反対したため
（8・29）、政府は夏門上陸の日本兵の引揚げを訓告した（8・30）。 こうして、義和団事
件に乗じて夏門に出兵し、福建省に足場を築こうとした日本の企図は列国の抗議によってあ
えなくついえたが、しかし福建省を日本の勢力下に置こうとする計画は、決して一時の騒乱
によって誘発されただけの単純なものではなかった。1898年の福建省不割譲条約(4・24)に
始まり、八幡製鉄所の建設に伴う1899年の大冶鉄鉱石購入契約（4・7）を経てこの問題を考
え合わせるとき、日本政府の南清に対する関心が決して底の浅いものではなかったことを知
りうるのである。

Ⅵロシアの満州占領と日本

（１）満州問題と日本

　義和団による騒乱が、すでに南満州にまで波及するのを見たロシアは、鉄道その他の在満
権益保護を名目として、1900年９月23日北満を占領し、さらに10月はじめ、全満州の占領を
ほぼ完成させた。この頃日本では、日英同盟論の主唱者である加藤高明が外相に入閣（10・9）
していたが、このような事態に対して加藤外相は、清国の領土保全と門戸開放に関する英独
揚子江協定の成立（10・16）に際して加入を通告することで、英独を防波堤としてロシアの
清国侵略に対する歯止めとし、ロシアの満州占領を抑止しようと企図した。当初、ロシアは、
この軍事占領は一時的なもので、動乱鎮定とともに撤兵すべき旨を列国に通知していた（19
00・8・25）が、他方では、予想以上の強攻政策、即ち、満州占領を合法化させるための満州
保護化条約である満州軍事暫定条約を成立(11・26)させて占領の恒久化を図り、英独と日本
の外交思惑を早速に裏切った。
　この条約がThe Times紙によって報道掲載され（1900・11・3）、露清密約問題として表面
化した直後の１月７日、ロシアは日本に、韓国を列国の共同保障のもとに中立化させること
を提案したが、これに対して日本は、韓国を中立化すれば、満州におけるロシアの行動を有
効に多少抑制しうるところの、韓国における日本の現地位を失わしめることになる上、日本
が韓国における政治上、商業上最大の利益を保持しようという決心および能力は一般に認め
られており、日本の威信に大きな影響を及ぼしかねないことを理由として、満州問題に関連
させなければ韓国の問題は満足ではなく、ロシアが満州中立化に同意するのでなければロシ
ア案を容認すべきではないと指摘し、韓国問題に関しては西・ローゼン議定書が有効である
と回答した。
  一方で日本は、露清密約問題についてロシアおよび韓国に照会するとともに、現在の満州
の事態は明らかに英独揚子江協定の原則に反するとして、英独のこの問題に対する措置を問
いただしたが、ボーア戦争に疲れたイギリスは何らかの行動にうつる策を持ってはおらず、
ドイツもまた、満州はドイツの勢力範囲外と考えていたため、英独協定を適用して英独の力
を借り、日英独共同の圧力によってロシアの満州支配を防止しようと考えていた加藤外相の
方策は失敗に終ったのだった。

（２）日英同盟の成立

　露清密約問題の際、英独を相手に執拗に繰り返された加藤外相の外交交渉を背景として、
その後、日・英・独三国同盟の構想が持ちあがった。ここにおいて日本外交は、日露協商か
日英同盟かという基軸選択の岐路に立たされることになった。このような政情不安の中、伊
藤首相が辞表を提出し、その後１ヶ月の難産を経て第１次桂内閣が成立(1901・6・2)したが、
日本がイギリスとの同盟を本格的に考え始めたのはこの内閣においてであった。韓国問題は、
日本の死活問題であるにもかかわらず、日露両国の間ではいまだ満足のいく解決を見られな
いのが現状であり、加えて、ロシアの政策は満州占領をもって最後とするものではなく、満
州が手に入れば韓国にその手を伸ばすのは必然のことである、というのが政府の見解で、要
するに、｢満韓交換｣の原則に基づく日露協商が成立し、日本がロシアの満州権益を尊重した
としても、それによって朝鮮半島の安全と日本権益の保証は得られないだろうという見通し
から、日露協商を捨てて日英同盟を採ったのであった。
  一方、イギリスにおいても、ヴィクトリア女王が死去（1901・1・22）し、ソールズベリ
首相が静養中であるなどの不安定要因に加え、日本がロシアと結ぶ危険性を憂慮していた。
というのも、元老の伊藤博文と井上馨はかねてからロシアとの協調に熱心であり、特に伊藤
は、井上と相談のうえ、みずからペテルスブルクを訪問してロシアとの妥協の可能性を打診
したいとまで考えていたからである。続く伊藤の訪露が、日露妥協の可能性を示すとして英
国政府に非常な刺激を与え、いよいよ日本と結ぶ決意を固めさせたことは言うまでもない。
日露協商論者の伊藤の行動が日英同盟の締結を促進するのに役立ったことは、歴史の皮肉と
いうよりほかはないであろう。
  こうした事態の中、日本政府は、日英同盟問題についての最終態度を決定するべく元老会
議を開いて、日露協約と日英同盟の利害の得失を比較考慮した。まず、日露協商による場合
は、
  ①一時的に東洋平和を維持するにすぎず、ロシアはやがて全中国を勢力下におこうとして
   いる、
  ②経済上の利益が少ない、
  ③清国人の感情を害し、その結果少なからず我が利益を損なう、
  ④イギリスと海軍力の均衡を保つ必要が生ずる。
これに対し、日英同盟を結ぶ場合は、
  ①比較的恒久的に東洋の平和を維持しうる、
  ②日英同盟の直接の目的は清韓の保全と清国通商上の門戸開放にあり、同盟に対して列国
   の非難を受ける恐れなく日本の主義とも一致する、
  ③清国における我が勢力を増進させる、
  ④韓国問題解決に有効である、
  ⑤財政上の便益を得る、
  ⑥通商上の利益が少なくない、
  ⑦ロシアとの海軍力の均衡を保てばよく、これは比較的容易である。
その結果、元老会議は日英同盟締結方針を採択し、1902年１月30日日英同盟協約が成立した
のである。
　この｢２大外交｣対立の一層深い意味での真相は、日露協商か日英同盟か、といった表面的
な二者択一よりも、韓国を日本の勢力下におこうとする点では一致しつつ、そのために満州
をロシアの自由処分に委ねようとする旧来的なバランス・オブ・パワーに基づく外交政策と、
満韓交換ではなく、韓国確保のみならず同時に満州を含めた清国保全－清国門戸開放の基礎
に立ちつつ、清国に対する経済的進出の機会を得ようとする世界史的な、帝国主義的植民地
政策のレールの上に日本外交を乗せようとする政策、との対立であったのである。

（３）日露交渉

　ロシアの満州占領とそれに続く第１次および第２次露清密約交渉が暴露されるや、各国は
共同して対清警告、対露講義を重ねた。特に日本は、1901年３月24日のロシア抗議に対して
ロシア側が満州問題は全くロシアに専属の問題であると答えると、強硬なる対露抗議を試み
たので、ロシアもついに露清協約の撤回と満州撤兵を宣言し（1901・4・5）、ここに日本の
支那保全の目標は、一応外交手段により達せられたのである。ロシアはその後も、撤兵と引
換えに諸種の特殊権益を得ようとして清国と交渉をかさね、第３次露清密約を企図したが不
成功に終わり、結局さすがのロシアも、満州撤兵条約（露清満州還附条約）（1902・4・８）
に調印した。その６ヶ月後、ロシアは条約の規定どおり第一期の満州撤兵を完了させた（10・
8）。ところが、ロシア政府は、1903年４月８日までに実現するはずの第２次撤兵を実行せず
、むしろ逆に七ヶ条要求を清国に突きつけた（4・18）。このロシアの対外政策の重大な変化
は、ロシア極東政策担当者たちのあいだで起こった権力闘争の結果であった。即ち、ロシア
ではベゾブラゾフ・グループの指導権掌握とウィッテ蔵相の失脚が1902年後半から1903年に
かけて実現されたのであった。ベゾブラゾフ・グループというのは、退役近衛軍人ベゾブラ
ゾフを中心とする宮廷貴族の一団であり、彼らは皇帝ニコライ２世に直結していた。彼らは
1903年８月13日に極東総督府を設置してアレクセーフを総督に任命し、その半月後の８月28
日には、極東において平和的浸潤策を取るウィッテ蔵相を罷免させ、軍事的威圧策へと極東
政策を再転換させた。そしてこれ以後、大津事件の傷を持つロシア皇帝とその近衛貴族の専
制体制が、より固まっていくことになるのある。
  このようなロシアの外交政策変更は、戦争への道を一歩踏み出したともいえるが、他方、
日露開戦の場合に備えて日英同盟を成立させた日本も、この同盟成立以後、対露強硬路線を
とるようになっていた。こうして、日本もロシアも、満韓侵略政策をとる態勢を着実に整え
ており、両者の衝突は時間の問題となっていた。1903年４月21日日本の対露交渉の基本方針
が、まず、桂首相・伊藤、山県両元老による京都無隣庵会談で策定され、ついで御前会議
（6・23）において対露３原則が正式決定された。その内容は、
  ①ロシアの満州還附条約不履行に抗議し、これを機会として朝鮮問題を根本的に解決する、
  ②朝鮮における日本の優越的権利保障については一歩も譲らない、
  ③満州についてはロシアの優先権を認めて多少譲歩する、
というものであったが、同時に注目すべきは、すでにこの交渉開始の時点で、日本政府が、
最悪の場合には戦争になるかもしれないことを覚悟していたことである。というのも、当
時、陸海軍や外務省の中堅幹部、あるいは七博士たち世論などにより、現在の戦略関係は日
本に有利であるが、時を貸せばこの事態は逆転してしまうとして、開戦論がいっそう積極的
に唱えられるようになっていたのである。
  こうして開始された満韓問題解決のための日露直接交渉は、前述したロシアのベゾブラゾ
フ・グループと皇帝による制度改革に阻まれて進展が見られなかったが、ようやく10月５日
以降、東京に場所を移して交渉が再開した。東京における小村・ローゼン会談は、この間の
ロシア第３期満州撤兵不履行問題などもあって難航したまま、約半年間続けられたが、ロシ
アの最終対案（1904・1・6）をもって、ついに日露両国間の断絶は明瞭となった。日本の様
々な修正・妥協案も、ロシアの少なからずの譲歩も開戦時期を引き延ばす時間稼ぎにしかな
らなかったのである。この日露交渉において、両国相対峙して譲らなかった対立の基本点は、
ロシアが、露清間専属の問題である満州に関して、第３国との間に何らかの協定を結ぶつも
りは全くない、と考えていたのに対して、日本が、満州問題と関連させるのでなければ、韓
国問題の解決は完全ではない、と考えていたところにあった。そして、この小村・ローゼン
会談の終結は、とりもなおさず戦争を意味することとなるのである。

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日露戦争

中川 真沙子

前注

Ⅰ自由主義史観と反自由主義史観

(１) 日露開戦外交の性格

Ⅱロシア勢力の南下と日露交渉

（１）朝鮮における日露争覇

（２）朝鮮におけるロシアの政治的優位と日露間交渉調整

Ⅲ朝鮮争奪と日本の目的

（１）朝鮮宗属･独立論争

（２）朝鮮独立論の矛盾

Ⅳ日露の妥協と共存

（１） 日本の権益とロシアの権益

（２）ロシアの対韓政策･対日態度の変化

（３） 韓国における日本勢力の回復

（４）日露妥協の過程と西･ローゼン議定書の締結

Ⅴ日本の積極的大陸政策と日英交渉

（１）日英交渉と協力関係

（２）義和団事件と日本の対清政策

Ⅵロシアの満州占領と日本

（１） 満州問題と日本

（２）日英同盟の成立

（３）日露交渉

中川　真沙子

（１）日本の権益とロシアの権益

（３）韓国における日本勢力の回復

（１）満州問題と日本