映像で見る占領期の日本

－占領軍撮影フィルムを見る－

降伏調印式関係史料集

海軍少将横山一郎の回想

書誌：横山一郎『海軍少将　横山一郎回顧録/ 海へ帰る』1970年、原書房、.より引用。作者の生まれ育った環境から海軍教育、アメリカ駐在武官、海軍省高級副官、マニラ会談・降伏調印式時体験など述べてある。特に米駐在武官時の日米交渉、マニラ会談の推移が詳細。野村吉三郎大使らとの写真、マニラ会談の際の写真、作者略歴つき。

九月二日東京湾碇泊の米戦艦｢ミゾリー｣号艦上に於いて行われた降伏文書の調印式に出席する全権の人選は、大分ゴタゴタがあったが、結局政府代表として外務大臣、大本営代表として参謀総長の二名が任命された。随員は陸海外三名宛ということで左の通り発令された。

    全権
    外務大臣　　　　　　　　重光　葵
    参謀総長、陸軍大将　　　梅津　美治郎

    随員
    大本営陸軍部第一部長陸軍中将　　宮崎　周一
    終戦連絡中央事務局長官　　　　　岡崎　勝男
    大本営海軍部第一部長海軍少将　　富岡　定俊
    内閣情報部第三部長　　　　　　　加瀬　俊一
    大本営陸軍参謀陸軍少将　　　　　永井　八津次
    軍令部出仕兼海軍省出仕潅軍少将　横山　一郎
    終戦連絡中央事務局第三部長　　　太田　三郎
    大本営海軍参謀海軍大佐　　　　　柴　　勝男
    大本営陸軍参謀陸軍大佐　　　　　杉田　一次

　私が受けた正式辞令は左の通りであった。

「連合国最高司令官に対し派遣する全権委員随員を命ず

　昭和二十年八月三十一日　内閣」

九月一日米内さんに「明日降伏調印式に行って参ります」と挨拶に行くと「最後の御奉公と思ってよろしく頼む」と言われた。「マニラ」行の時にも米内さんは「最後の御奉公」と言われた。一日夜は海軍側随員は華族会館に宿泊した。二日0340起床総理官邸に赴く。この日のいでたちは第三種軍装で略綬佩用長短剣はつらず丸腰であった。重光、梅津両全権と随員九名計十一名集合した。朝食後0510発0610神奈川県庁着、0645岸壁横付の米駆逐艦「ランスダウン」号に乗艦し横浜出港、横須賀沖碇泊の米戦艦「ミゾリー」号に向かった。士官室に案内されたので窓から外の景色を見ようとしたが、舷窓は一切無い。それにしては涼しいと思ったら、扇風枚が十基ばかりソファの上方でフルスピードで回っていた。日本海軍であったら扇風枚は必ずガタゴトと音をたてる。それが全然無音で回っていたのには驚いた。そして敗北の一原因はこんな些細な事にも現われている技術力の相違だと思った。0855「ミゾリー」号附近に到着。駆逐艦のモーターボートに乗り移ったが、駆逐艦の舷梯が小さいので義足の重光全権は椅子にかけたままかごにのせて吊りおろした。「ミゾリー」号には立派な舷梯があったので重光全権も困難なく最先に登って行った。上甲板から階段を登って最上甲板に行く。三番砲塔の左舷に式場が出来ていて、署名するテーブルに向って全権二名は前方、随員九名はその後方に五名四名の二列に並んで立った。テーブルの反対側には署名する各国代表者が並び、砲塔に寄った側に英米陸海軍の将軍が列を作って並んだ。私の友人の米海軍の提督の顔が見えて私は非常に恥ずかしかった。

数日後水陸両用部隊指揮官リッチモンド・ケリー・ターナー大将は、横浜から副官をして海軍省に電話をかけさせ「横山少将の家族は無事か」と聞いて呉れた。

戦後1955年渡米した時、ターナー大将をモントレーの自宅に訪問したら、彼は「降伏調印式では、君がきまり悪かろうと思ってなるべく君の方に視線を向けないように注意した」と言ってくれた時にはその友情に感激した。彼はなお「沖縄に於ける神風特攻隊の攻撃はすさまじかったが、特攻機が命中したにも拘らず爆弾が炸裂しなかった場合が少くなかった」と言って米海軍の機密戦史を開けて見せてくれた。あちらにもこちらにも" Unexploded "（不発）という記事が見えた。

砲塔の上やマストや艦橋など式場が見渡せる場所には至るところ新聞記者や写真班や米下士官兵が鈴なりでのぞきこんでいた。

定刻の0900「マッカーサー」元帥は姿を現わし拡声器を用いて次の要旨の演説を行った。

「本日ここに主要交戦国代表参集し平和克服を目的とする厳粛な協定締結の儀式を執り行わんとしている。対立する思想、理念の衝突は一切世界の戦場で決定された次第で今や論議の余地がないものである。更に我々は相互不信、悪意又は憎悪の念を抱いてここに参集したものではない。寧ろ戦勝国と戦敗国たるとを問わず人類のより高い威厳に到達することを祈念するもので、我々は無留保に旦忠実に我々の責務を受諾する。この式典を機会とし過去の流血の惨事から信頼と諒解の基礎に立つ良い世界が招来せられ自由と寛容と正義を実現する世界が樹立されることを期待する。これは余の最大の希望であって同時に人類の希望である。日本軍隊の降伏条項は降伏文書中に明示されておるところ、余は連合国最高司令官の資格に於て、余の代表する諸国の伝統の下に正義と寛容とを以て余の責任を果し、降伏条件が完全迅速且誠実に遵守せらるるようすべての必要な措置を執る決意であることを声明する。ここに日本天皇陛下、政府及び大本営の代表に対し調印を求む」

右の要請に応じ岡崎随員から全権委任状二通を提示し、米側準備の書類に誤なきを確めた上、加瀬随員が天皇詔書を「マッカーサー」に手交し、重光全権が降伏文書に署名したのが0904、続いて梅津全権、「マッカーサー」元帥が0908、各国代表が次々と署名した。

   連合国最高司令官          ダグラス・マッカーサー
     合衆国代表者              シー・ダブリュー・ニミッツ
     中華民国代表者            徐永昌
     連合王国代表者            ブルース・フレーザー
     ソビエト社会主義共和国連邦代表者　　クズマ・エヌ・デレヴイャンコ
     オーストラリア連邦代表者　ティー・エー・プレーミー
     カナダ国代表者　　　　    エル・ムーア・コスグレープ
     フランス国代表者　　　    ル・クレール
     オランダ国代表者　　　    シェルフ・ヘルフリッヒ
     ニュージーランド国代表者　エス・エム・イシット

「マッカーサー」元帥は「これを以て平和は回復せられた。神よ願わくは之を維持せられんことを」と述べ、調印式終了を宣言した。0920であった。調印式終了直後一般命令第一号を受領した。｢カナダ」代表が降伏文書の所定の署名欄に記入せず誤って次の順位の「フランス」代表の欄に署名したので、「サザランド」参謀長と交渉し訂正を行わしめ之にイニシアルして解決した。この問連合国側代表者退場、全権一行も米側係官針導で退艦した。0930であった。この調印式を以て日本帝国なるものは滅び新しい日本となった。

調印式の最中に飛行機多数艦上空を飛び、お祭騒ぎの感があった。式場の砲塔の側壁にはペルリ提督来航の時用いた星条旗が額に入れて掲げられてあった。全権一行は1115総理官邸に帰り報告した。午食後海軍側随員は海軍省に帰り大臣総長次官次長に報告した。全権は総理官邸から宮中に参内陛下に復命した。

降伏の式より戻り蝿を打つ　山人

戦後の私の作である。山人は私の俳号で、この日降伏調印式に参列した者の、どこへぶっつけたらよいかわからぬ憤悶やる方のない気持をよんだものである。