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最終更新：1999/3/8

第１部

１．南京への道

  南京での日本人の行動を理解しようとする時、誰しもがいちばん疑問に感じ、答えを知
りたいと思うのは、次のようなことがらであろう。なぜ、南京の日本人兵士は抑制をまった
くかなぐりすててあのようなふるまいに及んだのか。なぜ日本の将校らは、兵士の暴挙を容
認するばかりか奨励さえしたのか。日本政府も事件の共犯ではないのだろうか。あるいは少
なくとも、現地の出先機関からの報告や外国人のもたらした情報から、事件について知りえ
た日本政府はそれにいかに対応したのか。 
  これらの疑問に答えるためには、まず歴史をひも解く必要があろう。 
  二十世紀の日本人のアイデンティティーは、実は、千年も昔の社会制度によって形作られ
た。その制度にもとづき身分秩序が形作られ、戦乱を通じて維持され続けたのである。はる
か昔から、日本の有力な封建領主は絶え間なく続く領主間の戦いに備えて私兵を組織してい
た。中世を迎える頃には、それは日本独自の武士階級へと発展をとげた。その行動規範は、
「武士道」（戦士の道）と呼ばれ、主君のために命を落とすことは、一人の侍の一生として
この上なく名誉なことである、とされていた。 【近葉：完】

　このような名誉についての戒律は、たしかに日本文化だけの発明品ではない。そういうこ
とをはじめて明確に宣言したのはローマの詩人ホラティウスであった。彼は各世代の若者は
その支配者から受けている恩義に報いるべきであり、「祖国のために死すは美しく名誉なり」
と述べている。しかし、サムライの哲学はたんに軍務につくことが好ましくかつ正しい道で
あるとしただけではない、それよりもはるかに先を行ったのである。その戒律はきわめて残
酷であった。というのは、そのもっとも顕著な特徴が以下の点にあったからである。もしも
サムライが、不名誉にもその軍事的な義務を果たすことに失敗した場合には、恥をすすぐた
めに自殺することが絶対的な道徳規範であるとされていた。自殺の方法は、しばしば腹切り
という、非常に儀式ばった、かつきわめて痛々しいやりかたで行われた。武士は立会人の目
の前でひるむことなく割腹し、自分のはらわたをえぐり出して死ぬのであった。
　12世紀には、もっとも有力で他に君臨する武家の頭領、すなわち将軍が登場し、太陽の女
神（アマテラス大御神）の直系の子孫として崇拝されていた天皇に対して軍事的な保護を与
える代わりに、その世俗的な支配権に対する神聖な認可を受けたのであった。取引が成立し
た。侍の戒律にしたがうものは、はじめのうちはかぎられた人々にとどまっていたが、やが
て日本文化の中に深く浸透し、若者が見習うべき名誉ある行動の規範とされるようになった。
　その後時間が経過したが、武士道は決して廃れることはなかった。18世紀にそれはふたた
び盛んとなり、現代にいたってそのもっとも極端なかたちで実行された。第二次世界大戦中
のあの悪名高いカミカゼ自殺攻撃隊がそれである。形ばかりの訓練を受けた飛行士がアメリ
カの飛行機に体当たりし、日本の若者は天皇のために文字どおり命を捧げる用意のあること
を示して、西洋人を驚かせたのであった。しかし、降伏するよりは死を選ぶとの考えを保持
していたのは、一握りのエリートだけにとどまらなかった。驚くべきことに、サイパンや硫
黄島の戦闘で、連合国軍兵士が死者３人に対し捕虜となった者１人の割合であったのに比べ
ると、日本人兵士の降伏率はきわめて低く、なんと死者120人に捕虜１人の割合であった。
　日本の独自性を形作ったもう一つの要因はその孤立性、地理的環境に由来するとともに、
対外政策の産物としての、国際的孤立性である。15世紀終わりから16世紀のはじめに日本で
は徳川家の支配が確立したが、その徳川家は、この島国を外国の影響を受けぬように封印し
てしまったのである。この鎖国政策は、外界からの脅威にそなえて安全保障をはかるもので
あったが、そのかわりにヨーロッパで生じた産業革命の技術革新から日本を遮断させ、結果
的には安全保障上の欠陥を生じせしめた。250年間というもの、日本の軍事技術は弓矢と刀の
水準にとどまり続けていたのであった。【宮沢：完】 
 

　19世紀末までに、日本の力をはるかに超える諸事件が襲いかかり、繭から引きずり出され
た日本は、安全保障上の危機と死にものぐるいの排外主義の嵐のなかに置かれることになっ
た。1852年、合衆国大統領ミラード・フィルモアは、通商のための開港を日本が拒んでいる
ことに業を煮やしていた。また彼は、当時ヨーロッパの膨張主義を正当化するためにどの国
においても採用されていた態度、すなわち「白人は他の非白人社会を文明に導く責務を負っ
ている」との考えを保持していたこともあって、この島国にマチュー・ペリー中佐を派遣す
ることで、日本の孤立を終わらせようと決意したのであった。ペリーは日本の歴史を注意深
く検討した結果、アメリカの軍事力を誇示することで、日本人に衝撃を与え、降参に追い込
む作戦を立てた。1853年７月、彼は黒煙を噴き上げる二隻の船を東京湾に送ったが、それは
日本人にとって、鉄で覆われた蒸気船を初めて目にする機会であった。剣と銃を携えた六、
七十人の攻撃的ないでだちの男達に囲まれて、ペリーは将軍の首都へ大股で乗り込み、日本
の幕府首脳との会談を求めたのである。 
  ペリーの到着によって、日本人は呆然自失の状態に陥った。こう表現しても、まだ控えめ
な言い方であろう。歴史家のサミュエル＝エリオット・モリソンは、この事件に関して以下
のように書いている。「例えて言うならば、正体不明な航空機が宇宙から地球へ向かってい
るということを宇宙飛行士が報告したとしたまえ、ペリーの来航はこれと全く同じ事態だっ
たのだ。」恐れをなした徳川幕府は、戦争の準備をし、金銀財宝を隠し、彼らどうしで混乱
極まる会議を何度も行なった。しかし、最終的には、アメリカの軍事力の優越性を認め、そ
の使節を受け入れるほかに選択の余地はなかった。この一回の訪問で、ペリーは、徳川幕府
に迫って合衆国との条約に調印させただけでなく、イギリス、ロシア、ドイツ、フランスと
いった他の国々に対しても日本市場の門戸を打ち破り、通商の道を開いたのであった。 
  誇り高きこの国民に与えられた屈辱は、猛烈な恨みの感情をあとに残した。裏では、日本
の権力階級のうちの幾人かが、西側勢力と直ちに戦争することを主張したが、他の者が分別
を持つよう忠告し、戦争は外国ではなく日本のみを弱体化させると説得した。後者の立場を
取る者達は、こちらから主導権を発揮して、侵入者をなだめ、彼のやり方を学び、そして密
かに復讐の計画を立てるべきだと主張した。

工業技術の点で我々が外国人と対等でない以上、まずは自由に外国と交流し、彼らの軍事訓練の方法や戦術を学ぼう。そうすれば、日本が統一されて一つの家族となった暁には、海外に撃って出、その戦いで功を立てたものに外国の領土を褒美として与えることもできるであろう。兵士達は自らの武勇を示そうと互いに競うであろうし、それを待って宣戦布告しても遅くはない。

  この見解は広く支持はされなかったが、その後の日本を考えると、十分に予言的だと言え
よう。なぜなら、この言葉は単に日本人が採るべき戦略を描いたのみならず、自分の人生を
個人的な観点でなく、国家的な立場から考える人達の抱いた長期にわたる見通しを示してい
るからである。【佐野：３】

　 とるべき明確な方針がなかったので、徳川幕府は状況を見ながら時機を待つことに決めた。
しかし、この決定は幕府が自らの死亡証明書にサインしたも同然であった。将軍のとった宥
和政策は、日頃から将軍が忠実な家臣に要求したものとはかけ離れていたため、多くのもの
を憤慨させ、幕府に反対するタカ派勢力に絶好の攻撃材料を与えた。彼らの目からすれば、
将軍の慎重な対応は外国の野蛮人に対する卑屈な追従も同然と映ったのだ。将軍は統治権を
行使する資格を失ったと確信した反逆的な大名達は、幕府体制をひっくり返して天皇を再び
権力の座に復帰させるために、同盟を結んだ。
　1868年、明治天皇の名において勝利を達成した倒幕派勢力は、封建諸侯の割拠状態から、
近代的で力強い日本国に衣替えするための革命に火を点けた。彼らは幕藩体制を一掃し国家
を統一するため、太陽崇拝の神道を国教にまで高め、国家の象徴として天皇を利用した。ゆ
くゆくは西洋諸国を打ち負かせると信じて、この新しい帝国政府は、侍の倫理であった武士
道を全国民の道徳規範として採用した。この島国にとって外国からの脅威はカタルシスをも
たらすものとして作用した。後に明治維新として知られるこの時期、日本には「尊王攘夷」
「富国強兵」などの国家主義的なスローガンがなりひびいた。 
　驚くべきはやさで日本は近代に突入した。科学、経済、軍事の面で近代化が進んだ。政府
は、科学技術を学ばせるために優秀な学生を西洋の大学に留学させ、軍需品を生産する工場
を作るために産業の主導権を掌握し、地方ごとに組織された封建的な軍隊を廃止して徴兵制
の軍隊に置き換えた。また、アメリカやヨーロッパの軍事制度や兵学を非常に注意深く分析
したが、とりわけ好んだのはドイツの軍事制度であった。しかし、外国教育を受けた留学生
が持ち帰った西洋の科学技術や国防戦略の知識が広まると、日本の軍隊の優越性に対する古
くからの信頼は打ち砕かれ、将来必ずやおこるであろう西洋諸国との最後の決戦に勝利をし
める自信が根底から揺るがされることになった。 【松本：完】

　十分に力を貯えた日本は19世紀後半に、その軍事力をアジアの近隣諸国に対して試してみ
た。1876年、明治政府は4隻の砲艦と3隻の輸送船からなる海軍を朝鮮に派遣し、朝鮮政府に
対して通商条約を締結するよう迫った。それは、あのペリーがかつて日本に強いたことを彷
彿とさせるような事件であった。
　それから、日本は朝鮮をめぐって中国とぶつかった。1885年の条約［天津条約］によって、
朝鮮は中国と日本の共同保護国とされたが、それから10年たたぬ内に戦争が勃発した。その
きっかけは、中国が朝鮮国内で起こった反乱を鎮圧しようと軍隊を派遣したからであるが、
その反乱の背後では日本の超国家主義者が手を引いていたのであった。宣戦布告後わずか６
週間の1894年９月、日本軍は平壌を攻略した。そればかりか、中国の北洋艦隊をも打ち破っ
たのである。清朝は、屈辱的な条約に調印するよう求められた。「下関条約」である。この
条約で、清朝は賠償金２億両（テール）の支払、台湾、澎湖諸島、満州の遼東半島の割譲、
新たに４港の開港を認めさせられた。
　この後の西洋列強の干渉さえなかったら、日本の勝利は完全なものになるはずであった。
戦争を経て、日本は、戦争から得た最大の商品である遼東半島を手にした。しかしながら、
ロシア、フランス、ドイツのいわゆる「三国干渉」にあって、遼東半島の返還を余儀なくさ
れたのである。今回も同じように、遠く離れた西洋列強の政府がその力を行使して、日本に
かくせよと指示をしたのであるが、それは西洋の圧政者をしのぐ軍事力を手に入れようとす
る日本の決意をますます強固にしたのであった。
　1904年までに日本は兵力を２倍に増やし、兵器生産の自給を達成するまでになった。この
計略はすぐに功を奏し始めた。日本は中国のみならず、ロシアまでも戦争で屈服させる事が
できたのである。1905年に始まった日露戦争では、日本は旅順港を奪回した。更には、海軍
が対馬沖の海戦で勝利したことで、樺太の半分と満州での通商上の特権をも獲得したのであ
る。50年もの間、西洋諸国家によって、屈辱的な立場に置かれていた誇り高き国家にとって、
これは頭脳プレーの所産であった。勝利の美酒に酔いしれて、日本のある大学教授は国民の
感情を代弁して、次の様に声高々と宣言したのであった。日本は「勢力を拡張し、他国を支
配する運命にあるのだ」と。
　この一連の成功に負う所が多いと推測されるが、20世紀初頭は日本にとって至福感に満ち
た時代となった。近代化が進んだ事によって、軍事力を強化させただけでなく、空前の経済
的繁栄がこの国に訪れた。第一次世界大戦時に、繊維産業と貿易ほもちろんのこと、製鉄業
に対しても巨大な需要が生じた。株価は急騰。無一物から大金持になる成り金が続出し、そ
の派手なお金の使い方で人々の目をくらませた。この男性支配社会においては伝統的に家の
中に閉じ込められてきた日本女性でさえもが、賭博場や競馬場で財産を失う姿が見られるよ
うになった。
　もしも、その繁栄が持続したらば、日本にもしっかりとした中産階級が登場していたかも
しれないし、それによって、軍部の影響力を統御しうるだけの力が民衆に備わったかもしれ
ない。しかし、そうはいかなかった。それどころか、現代史において最も悲惨な経済危機に
直面する運命が日本を待ち受けていたのであった。その危機のおかげで、日本はかつて得た
ものを全て失い、餓死の瀬戸際まで追いつめられ、そして、「戦争」という名の道へ、駆り
立てられる事になるのであった。【難波：２】

　1920年代は、日本の繁栄の黄金期に幕が下ろされた時代であった。第１次世界大戦の終結
によって、軍需品に対するそれまでのような飽くなき需要が断たれると、日本の軍需工場は
閉鎖され、何千という労働者達が職を失った。1929年にアメリカで起こった株式相場の大暴
落とそれに続く不況もまた、アメリカ人の贅沢品購入を控えさせ、日本の生糸輸出貿易を麻
痺状態におとしいれた。
　重要なのは、日本は第１次世界大戦において連合国側についていたにも関わらず、戦後の
10年間、世界中の多くの実業家や消費者が、あえて日本製品を避けたということである。第
１次世界大戦の勝利の分け前として海外領土を拡張したという点では、ヨーロッパ列強も日
本も変わらなかったのだが、日本の膨張に関しては、同じものとはみなされなかった。新世
紀の最初の10年間に、日本が中国に対してくわえた攻撃的政策によって投資を排除され、さ
らにまた大戦後の講和条約で日本の支配がみとめられた旧ドイツ植民地において、日本が西
洋風な植民地支配をまねて外国資本を駆逐したこともあって、いまや西洋の投資家達は中国
に多大の資本を投下しはじめた。一方、ベルサイユ条約の取り決めで日本が山東半島におけ
る旧ドイツ権益を手に入れたことから、怒った中国は広範囲に渡る日本製品の排斥運動を組
織することとなった。こういった事態は、日本経済をまたさらに一層悪化させ、われわれは
再び国際的陰謀の犠牲となったとの考えを日本人の間に広める結果となった。
　経済の落ち込みは、一般の日本人大衆の生活を荒廃させた。企業は倒産し、失業者が増大
した。貧困にあえぐ農民や漁師達は、自分の娘を身売りさせた。物価の急上昇、労働者のス
トライキ、そして1923年9月に起こった大地震は、そのような暗い状況をさらに悪化させた。
　不景気の中で、大衆が飢えるのをふせぐために日本は新しい領土を征服する必要があると
いう議論が生まれ、急速に支持者を増やしていった。明治維新の頃にはおよそ3千万人だっ
た人口は、6千5百万人にまでふくれあがり、日本はその国民を養っていくことが次第に困難
となった。日本の農民たちは、多大な努力をもってして単位面積当りの収穫量を増やしてき
たが、ついにそれ以上の増大はのぞめなくなり、1920年代までに農業生産は横ばいとなった。
着実に増大する人口のおかげで、日本は毎年食料の多くを輸入にたよらねばならなかった。
1910年代から1920年代の終わりまでの間に米の輸入は3倍に増えた。それらの支払いは、かつ
ては日本の繊維製品の輸出でまかなわれていたのだが、その繊維製品の輸出も、いまや外国
での需要縮減、競争の激化、差別的関税の増大によりはかばかしくなくなってきた。 
【佐藤：完】

　1920年代までに日本陸軍の若い急進派の者達は、軍備拡張は国家の生存のために必須であ
ると主張していた。橋本金五郎中佐は、「若者への辞」という著書のなかでこう書いている。

　人口過剰の圧力から逃れるために日本に残された道は三つしかなかった。移民、世界市場への参入、そして領土拡張である。移民という第一の扉は、外国の反日的な移民制限政策によって閉ざされていた。第二の扉は関税障壁と通商条約の撤廃によって閉じられようとしている。三つの扉の内二つが閉じられたとき、日本はどうすべきだろうか。

　他の日本人の文章では外国の広大な領土が指摘されており、その不公正さ、特にそれらの
国の国土の大半が日本のような高い単位面積当たりの産出高を得ていないことに不満を述べ
ている。彼等は中国の莫大な土地資源だけでなく、欧米諸国の土地資源まで羨んでいた。軍
事宣伝者である荒木定雄は、オーストラリアやカナダのような国は650万の人口を養うのに
300万平方マイル以上の土地があるのに、なぜ日本は6000万の人口を養うのにほとんどが不毛
の14万2270平方マイルの面積のままでなければならないのかと言っている。これらの矛盾は
不公平だった。極端な国家主義者にとって、アメリカはそれらの最大の恩恵を受けていた。
荒木定雄は、アメリカは本国の300万平方マイルだけでなく植民地の70万平方マイルを有して
いると指摘した。 
　もし太平洋への西方拡張が19世紀のアメリカの領土拡張政策だったとすれば、中国は20世
紀の日本の領土拡張政策だった。この高く評価される同質の人間が、社会的にばらばらでし
っかり統治されていない中国の大地を自分達の利用と搾取の対象にしようと考えるであろう
ことはほとんど不可避だった。そして日本の貪欲な意図はアジアに対してだけにはとどまら
なかった。日本に世界第三位の海軍力という際立った役割を与えたアメリカ、イギリス、フ
ランス、イタリアとの主力艦制限条約に日本が参加してからたった3年後の1925年に、陸軍
参謀幕僚である大川周明は「自由な」アジアへの日本の運命だけでなく、日本とアメリカの
間の世界戦争の不可避性をも主張した本を書いた。その本の最後の章において、二大国間の
ほとんど黙示録的な神の闘いを予想したときに彼がわかっていたよりも彼は予言者的であっ
た。「新しい世界の出現の前に、西洋と東洋の大国の間の破滅的な戦いが起こる。この理論
は日本に対するアメリカの挑戦によって現実化する。アジア最強の国は日本であり、ヨーロ
ッパを代表する強国はアメリカである。この二つの国は戦う運命にある。その戦いがいつ起
こるかは神のみぞ知る」。【西迫：１】

　1930年代までに日本政府は、日本の新技術をより良い社会の設立に活かす事を奨励する者
達が、海外征服という計画に乗り出すために周辺諸国に日本の軍事的優位を活用しようとす
る者達と影響力を争うにつれ、自分たちが陰謀の泥沼に嵌まっているのに気が付いた。領土
拡張主義は、右翼超国家主義者－個人財産の制限、資産を国有とする軍事独裁、そしてアジ
アの支配を主張した－達の熱烈な支持を受けた」。それらの思想は幼年軍事士官（その地方
的背景や若さから、東京の政治家達を信じず、また武力に走りがちだった）の野望を煽った。
士官たちは自身内部抗争をしていたが、共通の使命を持っていた。社会を建て直し、「ヨー
ロッパに復讐し、アジアを支配する」という、彼らが信じる所の神聖な日本の使命への、全
ての官僚的、経済的、政治的障害を排除する、という事である。
　段階的に、内政干渉主義者達は政府内の穏健分子から一連の妥協案を引き出していった。
が、その変化の速度に失望し、領土拡張主義者達は内部で政府転覆を企むようになる。1931
年クーデタが計画されたが途中放棄された。1932年には海軍士官の一段が東京でテロを起こ
し、首相犬養毅を殺害したのだが、戒厳令が発令されるまでには至らなかった。 
　1936年2月26日、徒党を組んだ青年士官達がまさしくクーデタを起こし、幾人かの政治家の
生命を奪った。このクーデタは東京の中心部を三日間以上麻痺させたが、結局の所は失敗し、
首謀者達は収監されるか処刑された。政府内での主導権は、過激論者達からより慎重な派閥
のほうへ移っていった。しかし、この派閥もやはり、日本のアジアでの支配的立場という事
になると、青年士官たちの熱狂的な視点の多くを分かち持っていた、という事を指摘してお
くのは重要な事であろう。
  
　日本の超国家主義者達にとって、彼らがもし中国を支配したいのなら、すぐさま行動を取
らなければならない、ということが直ぐに明らかになった。なぜなら、中国が（1895年の日
本の要求に従う事を強要されていたが）、「国家」として力を付けようとする、兆候があっ
たからである－日本の領土拡張主義者達にとっては、彼らの任務の緊急性を認識させるよう
な兆候であった。 
  中国は実際の所、過ぎ去った20年間に「解体した帝国」から「もがきながらも存続する一
つの共和国」へ変化してきた。1911年反乱軍が清朝帝国軍を破り、２世紀以上にわたる満州
族の支配を終わらせた。1920年代を通じ、蒋介石の下の国家主義者たちは華北の軍閥と中国
統一のために戦い、成功を収めた。．彼らは又、清朝に海外諸勢力が押し付けた不平等協定
の除去も目標として宣言した。蒋の行動が勢いを得ると、日本の満州とモンゴルにおける利
権は脅かされた。中国が征服するにはあまりに強大になってしまう前に、何かを為さなけれ
ばならなかったのである、それもすぐに。 
　日本政府の支持を受け、軍部は中国の事柄により積極的に干渉するようになった。1928年
には張作霖（満州の軍閥の総帥）が全面的に協力しないと知るや、彼の暗殺を計画実行した。
この殺人は単に中国民衆を怒らせ、日本製品に対するより程度のおおきなボイコットが組織
されるようになっただけだった． 
　1930年年代までに日本は中国に対する宣戦布告のない戦争を始めていた。1931年９月18日
には、日本陸軍は何か事件が起きないかと期待し、南満州における日本所有の鉄道線路を爆
破した。爆破による特急列車の脱線が失敗に終わると、日本軍は代わりに中国人歩哨を殺害
し、中国人破壊工作員に関する話を世界の新聞社に対しでっち上げた。この事によって日本
は満州を支配する口実を得、満州国と名を改め、そこに中国最後の皇帝で満州王朝の後継者
たる溥儀を傀儡の支配者として就任させた。満州の占領は、しかし、中国で反日本的風潮を
生み、さらにその風潮は国家主義活動家達によって刺激された。双方の感情が高ぶり、1932
年上海で暴徒が５人の日本人僧侶を襲い、一人を殺害するという流血事態となって爆発した。
日本は直ちに上海を砲撃して報復し、１万人の市民が犠牲になった．上海での大量殺戮が世
界的批判を呼び起こすと、日本は国際社会から孤立し、そして国際連盟から脱退することで
（1933年）、それに反応したのだった。【田中：１】 
 
　日本の学校における軍国主義の歴史的起源は、明治維新にさかのぼる。19世紀後半、日本
の文部大臣は学校は生徒個人のためでなく、国家のためにあると宣言した。尋常小学校の教
師たちは、師範学校生徒のときから、兵舎のような寮に入れられ、まるで軍隊の新兵のよう
に、厳しい訓練と教化を施された。1890年には教育勅語が発布され、それは、生徒と教師の
みならず、日本国民すべての行動を律する倫理規範となった。教育勅語は一般国民にとって、
軍人勅諭が軍人に対してもっていたのと同等の意味をもち、権威への服従と、天皇への無条
件な忠誠とをもって至高の徳目としていた。日本のすべての学校で、その勅語の写しが天皇
の肖像画とともに、ほこらに安置され、毎朝それを取り出し読誦した。たまたまその文句を
とちって読んでしまい、神聖な文書を汚した罪を償うため自らの命を絶った教師も一人なら
ずいると、まことしやかに囁かれていた。
　1930年代には、日本の教育制度は画一的、機械的になっていた。日本の尋常小学校の一つ
を訪ねたある人は、何千もの生徒が完璧な列をつくり一斉に旗を振り行進するのを見て、驚
嘆をの意をあらわした。しかし、彼が、その規律と秩序だけを見て、それらを作り出し維持
するためになされた虐待を見なかったことは明らかである。教師は、生徒の頬を平手で打っ
たり、こぶしで殴ったり、竹刀や木刀で打ちまわしたり、サディスティックな教練担当軍曹
よろしく、日常的に振る舞っていた。生徒は無理矢理、重いものを持たされたり、正座させ
られたり、雪の中を裸足のまま立たされたり、疲労のあまり倒れ込むまで運動場を何周も走
らされたりした。しかし、そのような虐待に抗議するために、学校を訪ねようとする親はほ
とんどいなかった。それどころか、ただたんに子供のことが心配で、そうする親もいなかっ
たのである。
　軍人志望の男子生徒の場合には、権力への服従を求める圧力は、さらに一層強まった。理
不尽ないびりと非情な上下関係によって、彼の中に存在した残り少ない個人主義の精神は、
こなごなに打ち砕かれた。服従することは、優れた美徳として褒め称えられ、個人の自己尊
重の感情は、巨大な組織の中の小さな歯車であることに価値を見いだす価値観にとってかわ
られた。個人主義を公益に昇華させるために、上官や先任の軍人は、何の理由も無しに、新
米兵を打ち叩いたり、竹刀や木刀でひどく殴ったりした。作家の入谷敏男によれば、将校は
私的制裁を正当化するために、よくこう言ったという、「私はお前が憎くて殴るんじゃない。
お前がかわいいから殴るんだ。私がこの手を腫らし、血で汚してまで、こんな事をするのは、
私の気が狂っているとでも言うのか。」このような、野蛮な肉体的極限状況の中で、死んで
いった若者もいたし、自らの命を絶った者もいたが、大多数は鍛え直され、軍の与えた新し
い人生の目標を受け入れたのであった。【吉田：完】

  訓練は大志を抱く士官にとっても厳しいものだった。 1920年代、士官候補生はみんな、市
ヶ谷の陸軍士官学校を卒業せねばならなかった。狭い兵舎に、暖房のきかない教室、そして
不十分な食事。そこは学校と言うよりもむしろ監獄によく似ていた。日本の陸軍士官学校の
訓練の激しさは、西洋のほとんどの国をしのいでいた。例えばイギリスでは、1372時間の授
業と245時間の自主学習の後で士官に任命されるが、日本では、3382時間の授業と2765時間の
自習が標準とされていた。士官候補生たちは、体操や歴史学、地理学に外国語、数学、科学
に論理学、製図法、そして習字の授業など、日々の厳しい訓練に耐えた。カリキュラムのす
べては、完璧さと勝利の獲得のためにむけられていた。何にもまして日本の士官候補生は、
「必勝の信念 」を身につけるよう義務づけられていた。どんなにささいであっても、士官候
補生は失敗するのをひどく恐れたので、自殺を未然に防止するために、試験の結果は秘密に
されていた。
　陸軍士官学校は外部の世界から隔離された、陸の孤島のようなものだった。日本の士官候
補生は、私生活を楽しむことも、指導者としての能力を個人的に発揮する機会も与えられな
かった。読み物は注意深く検閲され、また余暇を楽しむ時間は全くなかった。そして歴史や
科学は歪曲され、優越民族としての日本人のイメージを植え付けた。「このような感受性豊
かな年頃に、彼らは外部の全ての娯楽、関心、影響から隔離されていた」ある西洋の著述家
は日本の士官について、こう述べている。「彼らがそれに則り行動を律している窮屈な規範
がかもしだす雰囲気は、特殊な民族主義的・軍国主義的プロパガンダに満ちあふれている。
民族心理学的に見て、彼らは我々と遠く隔たっているが、それによってその距離はますます
遠くなりつつある。」【御前：１】
　
　1937年の夏に、日本は中国との全面戦争を引き起こすことにとうとう成功した。７月に、
条約に基づき中国の天津に駐屯していた連隊が、古い時代に作られた由緒あるマルコ・ポー
ロ橋の近くで夜間演習をしていた。休憩時間中、その日本隊に向けて何発かの銃が発射され、
一人の日本兵が点呼の時に現れなかった。この地域で権力を行使するための口実にこの事件
を利用しようとした日本軍は、橋に近い宛平県城に迫り、兵士の捜索のため開門するよう要
求した。中国軍司令官がこれを拒否すると日本軍は県城を砲撃した。
  ７月末までに、日本は天津・北京間の全域を掌握し、８月には上海に侵攻した。第２次中
日戦争はもはや後戻り不可能になった。しかし、中国を征服するのは、日本人が予想してい
たよりもずっと困難であることがわかった。上海においてだけでも、中国軍の兵力は日本の
海軍陸戦隊の10倍で、蒋介石は彼の最強の軍隊を温存していた。その８月、３万５千人の新
たな軍隊を上海のドックに上陸させようとしている最中、日本は最初の敗北に直面した。敵
から見えないように配置されていた中国軍砲兵隊に砲撃され、数百名が戦死したのである。
何か月にも渡って中国人は、この大都市を並外れた勇敢さを発揮して防御した。日本人にと
っては悔しいことに、上海での戦闘は、通りから通りへ、バリケードからバリケードへと、
遅々としか進まなかった。1930年代、日本軍の指導者たちは、彼らは本気でそう信じていた
のだが、日本は全中国大陸を３か月で征服できると豪語していた。しかし、中国の一都市の
戦闘だけでも、夏から秋へ、秋から冬へと長引いてしまったことは、日本人の楽勝への幻想
を打ち砕いた。ここで、この素朴でしかも軍事的知識に乏しい人々が、優勢な日本軍を立ち
往生させたのである。11月に上海が陥落した時、皇軍の気持ちは険悪となり、南京進軍途上
で復讐欲をたぎらせたと言われている。【山西：２】

NOTES（原注）

(1) はるか昔から：Tanaka Yuki,Hidden Horrors:Japanese War Crimes in World WarII（田中利幸「隠された恐怖 ―― 第二次世界大戦における日本の戦争犯罪」） Boulder,Co.:Westview、1996年、pp.206－8 （注：｢Tanaka｣は著者の姓である。英語で書かれた同書では、アメリカ式にYuki Tanakaと表記されている）。
　田中によると、近代日本は、昔ながらの武士道の規範を自分たちの都合のいいように改悪したという。本来の規範では、武士がみずからの理想のために命を捨てることはよしとされたが、犬死にはかえって蔑まれた。ところが、第二次世界大戦中には、たとえば規則を暗唱する際言葉をとちった、というようなまったく不条理な理由のために、将校らが切腹するといったことが見られた。武士道の美徳の忠誠が、盲目的な服従にすりかえられ、勇気が無謀な暴力によっておきかえられたのである。

(2)
(3)「例えて言うならば、」：Samuel Eriot Morison,"Old Bruin":Commodore Matthew C.Perry 1794-1858 (サミュエル＝エリオット・モリソン『くまの心－マシュー・ペリー提督』） (Boston:Atlantic-Little ,Brown,1967), p.319。
(4)「工業技術の点で我々が外国人と対等でない以上」：Delmer M. Brown, Nationalism in Japan: An Introductory Historical Analysis (デルマー・ブラウン『日本のナショナリズム：歴史分析入門』）(Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 1955), p75 。（イタリックは筆者による）（ブラウンによる引用： Satow, trans., Japan 1853-1864, or Genji Yume Monogarari, p4 （サトウ訳『源氏夢物語』）

(5)「勢力を拡張し、他国を支配する運命にあるのだ。」：『太陽』1905年７月号、同上書p.144から再引用。
(6)近代化は国を助けた：同上書p.152。
(7)人口はふくれあがり：Paul Johnson,Modern Times:The World From the Twenties to the　Nineties（ポール・ジョンソン「現代世界：1920年代から90年代」）（NewYork:Herper Collins,1991）,p.189.

(8)
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(14)
(15)
(16)神聖な文書を汚した罪を・・：Harries and Harries, Soldiers of the Sun（ハリーズ、ハリーズ著「太陽の戦士」p.41より
(17)尋常小学校の一つを訪ねたある人：Iritani Toshio, Group Psychology of the Japanese in Wartime（入谷敏男『戦時下日本人の集団心理』） (London and New York:Kegan Paul International, 1991), pp. 177, 191.
(18)虐待：同上
(19)「私はお前が憎くて殴るんじゃない」：同上、p.189。
(20)「日本での訓練の激しさ」： 106／5485 February 1928 report,（「1928年2月の報告」）p.136 Papers of the British War Office in the Public Record Office，Kew，London．（イギリス陸軍省文書、イギリス公文書館所蔵）日本の陸軍の訓練についての、OSS（戦略作戦室）のあるレポートはその教育課程を次のように概括している。いわく、「最も些細な規則違反でさえ、即座に過酷な罰が与えられた。そしてまた、このように教育された。粘り強く行動しろ。大声を出せ。私語を慎め。引き締まった顔つきで、ニヤニヤするな。へこたれるな。無欲であれ。故郷の家族のことを忘れろ。決して感情を表に出すな。何事をするにも一生懸命にやれ。自らを甘やかすな。快適さや食料、水を求める欲望を抑えるよう、自らを鍛え、しつけよ。苦痛、苦労に黙って耐えよ。おまえは天皇の赤子である。」report（「報告」）8974－B、dissemination(「報知」)A－17403、1943年12月28日付。 Research and Analysis Branch Divisions，Intelligence Reports ”Regular”Series，1941－45，box621，entry16，record group 226, National Archives.(アメリカ国立公文書館所蔵、調査分析部「定例情報報告集」1941－45年、第621函、第16項、文書番号226）。
(21)「このような感受性豊かな年頃」：106／5485,February 1928 report（「1928年2月報告」）p.84, Papers of the British War Office(イギリス陸軍省文書）。
(22)
(23)

訳注
1)15世紀終わりから16世紀のはじめに日本では徳川家の支配が確立したが：これは初歩的なまちがいである。徳川家康が関ヶ原の合戦に勝利をおさめ、江戸に幕府を開いたのは、17世紀のはじめであった。また、鎖国下で外国の影響がまったくなかったと断定するのは、西洋人的かつ近代的な歴史解釈にすぎない。なぜなら、江戸時代を通じて中国・朝鮮からの文化的影響は持続していたからである。
2)日本の軍事技術は弓矢と刀の水準にとどまり続けていた：:これも初歩的なまちがいである。16世紀中ごろに伝わった銃がそれ以後も、刀ほど主流ではないにせよ武器として使われていた事実、19世紀中ごろには大砲の製造が行われたという事実に反するからである。
3)マチュー・ペリー中佐：ペリーは中佐（Commander）ではなく提督（Commodore）であった。
4)鉄で覆われた蒸気船を初めて目にする機会であった：ペリー来航以前にも、多くの外国船の来航があった。このうちでも、1808 年に長崎へ来航したイギリスの軍艦フェートン号は蒸気船であったと考えられ、日本人が蒸気船を見たのはぺりー来航が初めてではなかった。
5)ペリーは将軍の首都へ大股で乗り込み：実際はぺりーは江戸市中に入っていない。1853年の航海でぺりーが立ち寄ったのは、那覇、小笠原、浦賀の三ヶ所であり、54年の日米和親条約の締結は、横浜で行われた。
6) 第１次世界大戦の終結によって：Changはここで、戦時中の好景気が軍需生産の拡大ばかりによって支えられていたと解釈しているが、この解釈は一面的である。日本の好景気とくに輸出の拡大はむしろ、欧州列強が戦争で民需生産に手がまわらなくなったので、その穴埋めをすることで生じたのだ。アジア市場へは日本製の綿織物が輸出され、そして戦争景気のアメリカへは生糸の輸出が急増するなどして、貿易は大幅な輸出超過となった。また、世界的に船舶が不足し、海運・造船業も空前の好況となった。1914年に11億円の債務国であった日本は、1920年には 27億円以上の債権国になっていた。日本が戦った中国のドイツ軍との戦闘は短期間に済んだので、戦争中の武器・弾薬の生産はそんなにたいしたものではなかった。戦後の不況は、欧州列強が戦時生産から平時生産に復帰したためである。
7)戦後の10年間：Changは、戦後の10年間に世界中で日本製品のボイコットが起こったかのように記しているが、ここも不適切である。日本製品のボイコットは確かに中国では大戦後の10年間にたびたび行われたが、欧米では20年代終わりから始まる世界恐慌期にブロック化がすすみ、それによってはじめて日本製品の排除がおこなわれた。
8)新世紀の最初の10年間に：この部分も時期設定が少しおかしい。「新世紀の最初の10年間」つまり1900～1910年に、確かに日本は中国に植民地を獲得し、アメリカの満州鉄道借款を拒絶したが、中国投資で列強と張り合うまでにはいたらない。ここで指摘されている状況に近いのは1910～1920年の10 年間だ。特に第1次大戦中の対華21ヶ条要求や西原借款が、日本の中国における権益拡大をしめしている。
9)企業は倒産し、失業者が増大した。：この頃（関東大震災前後）、確かに労働争議は頻繁に起こっているが、普通は、倒産、失業、ストライキ、身売りの増大は、1929年以降すなわち昭和恐慌と結び付けて言及される。もっともその時はインフレではなくデフレであった。
10)1931年クーデタが計画：三月事件と十月事件。三月事件は大川周明による、陸相宇垣一成を首班とする軍政樹立を目的とする策謀。失敗。十月事件は陸軍中佐橋本欣五郎率いる桜会による軍部独裁政権樹立の企み。失敗。
11)東京でテロ：五・一五事件。政党内閣の終わり。
12)クーデタを起こし：二・二六事件。陸軍皇道派将校によるテロ。軍部の政治支配が決定的になる。
13)南満州における：柳条湖事件。関東軍は南満州鉄道線を自ら爆破し、張学良軍のしわざとして軍事行動を開始、満州事変となる。日本が国際連盟を脱退したのは、総会で満州撤兵など満州国の存在を否定する決議がリットン調査団の報告にもとづいて採決されたからである。
14)毎朝それを取り出し読誦した：著者は、教育勅語が毎朝読誦されたと書いているが、毎朝のことではなかったと思われる。というのは以下のことからである。
　1890年６月の「小学校祝日大祭日儀式規程」によって、４大節(元日、紀元節など)に行われる記念式典において、校長が勅語を奉読するように定められた。
　また、1941年の「文部省／昭和の国民礼法」では、校長が勅語奉読する際、天皇を現人神として最大限に崇拝するように、その手順が詳しく記されていた。勅語と御真影を奉安室から取り出してきて、校長が奉読している間、生徒が御真影を拝み、またそれらを奉安室に戻すという儀式の段取りが、かなり細かなところまで厳密に定められていたのである。このようなことから、勅語奉読がきわめて神聖な行事で、毎朝毎朝行なう種類のものではなかったといえるだろう。

第１部第１章終わり

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