PATH TO NANKING

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最終更新：1999/4/12

第１部

2.恐怖の六週間

  南京への進軍の中では、少しの容赦もなかった。日本軍の元兵士の回想によれば、彼ら
は小さな農村を襲撃し、目についた者を誰彼なしに打擲し、銃剣で刺したりした。しかし、
被害をうけたのはそれら小さな村村だけではなかった。ほとんどの都市が壊滅させられた
のだ。蘇州(現在はSuzhouと表記されている）の例を見てみよう。 蘇州は太湖の東岸にあ
る都市で、繊細な絹の刺繍製品と宮殿、そして寺院で名高い中国でも最も古い都市の一つ
である。その運河と古い橋のために、西洋では「中国のヴェニス」の愛称をえていた。
11月19日朝、土砂降りの中、日本軍の前進部隊が蘇州の城門を通過した。彼らは雨具の頭
巾をかぶっていたので中国軍の衛兵は日本軍だと気付かなかった。一度中に入ると日本軍
は何日間にもわたり住民を殺害し略奪し、古代の旧跡を焼き払い、何千人もの中国人女性
を性的奴隷として誘拐した。『チャイナ・ウィークリー・レビュー』によると、この侵略
によって35万人いた人口は、500人以下にまで減少した。
  日本軍が通過してから９週間後に、あるイギリス人特派員が上海郊外の松江市の様子を
取材する機会に恵まれた。「倒壊を免れた建物の中で、炎に焼かれずにめちゃめちゃにな
っていないものはなかった。」「くすぶり続ける残骸や、人気のない街路は不気味な光景
であり、生き残っているものといえばただ、死体の肉を食らって異常なまでに太った犬ど
もだけであった。およそ十万人の人口を擁していたであろう松江市の密集地帯全体で、私
はたった５人の中国人しか見かけなかった。彼らは老人で、フランス人教会の構内に泣き
ながら隠れていたのである。」このように、彼は報告している。

朝香宮の司令官就任

　しかし、最悪の事態はまだこれから起きようとしていた。12月７日、日本軍が南京に狙
いを定めた時、松井陸軍大将は蘇州の司令部において高熱を発し、病床に伏していた。持
病の結核が再発したのである。病魔が松井をむしばんだちょうどその時、軍の指揮権が彼
から皇族の一人に移された。裕仁天皇が皇族の朝香宮鳩彦王を松井の代わりとして前線へ
送る一方で、松井を昇格させてこの作戦から外したのは、そのほんの５日前の事である。
新たな命令が出され、松井は華中地方全体の総司令官となる事になっており、一方軍隊に
30年間在籍する陸軍中将である朝香宮は、南京付近の軍隊の新しい司令長官としての責任
を負う事になっていた。皇族の一員として朝香宮は、南京戦線に存在する他のあらゆる権
威を凌駕する権力を有していた。彼はまた、松井より中島陸軍中将や柳川陸軍中将とより
親密な関係にあった。なぜなら彼は、情報将校として彼ら２人と共に３年間、パリで過ご
した事があるからである。【三木：２】

  裕仁天皇が、なぜこのようなきわどい時期に、朝香宮鳩彦王を司令官に任命したのかに
ついては、ほとんど明らかになっていない。ただ、バーガミニは、1936年２月のarmy 
mutiny＊１のあいだ、裕仁天皇は天皇の兄弟＊２である秩父宮と政治問題で対立しており、
この秩父宮と親しい関係にある朝香宮の態度を試す目的でこの人事が行なわれたとしてい
る＊３。宮中文書において、裕仁天皇は朝香宮鳩彦王を「好ましくない」態度を持つ皇族
の一人としており、明らかに彼は、義理の叔父に対して、汚名返上の機会として南京での
任務を与えたといえる。
  その時点では、何でもない変化のようにみえたこの人事は、後に、数万人の中国人の生
命にとって、決定的な意味を持つ出来事となった。 
  日本軍について、舞台裏で起こった本当の出来事を描写するのは難しい。なぜなら、そ
の詳細な説明の多くは、数年後の戦犯法廷の場で松井大将とその同僚により、信頼度の低
い資料をもとに、用心深く行なわれたものだからである。しかし、彼らの証言で信頼する
に足るものについては、もちろん取り入れるべきである。皇族の人間が新しくやってきて、
権力を濫用することを警戒した松井は、南京侵攻に際しての道徳的行動についての一連の
命令を発した。松井は、街の城壁から数キロメートル離れた地点で、軍隊の再編成を命じ
たが、これは統率のとれた数個の大隊だけでこの中国の首都に入城し、占領を完全なもの
にして、軍隊が「中国人の目にその威光を示し、また日本国内での信頼を高める」ためで
あった。

皇軍が外国の首都に入るというのは、我が国の歴史において偉大な出来事であり… 世界中の関心を集める。それゆえ、どの部隊にも無秩序な入城をさせてはならない。…兵士たちには、あらかじめ事情を飲み込ませ、城壁都市においての外国軍の権利と利益についての立場を心得させるように。略奪行為は絶対に禁止である。そして必要に応じて、歩哨を立てる。略奪や放火は、たとえ不注意によるものであれ、断固として禁止する。軍隊警察とその補助を、軍隊とともに多数入城させ、不法行為を防止させること。

  しかし、事態は松井の力の及ばないところで進行しはじめた。朝香宮は12月５日に飛行
機で東京を発ち、その３日後に前線に到着した。そして南京の数十マイル南東に置かれて
いた本営地近くの、空き家になっていた地主邸で、パリ時代をともに過ごした中島中将と
面会した。その頃中島は、左臀部の負傷から回復中だった。中島は朝香宮に、日本軍は３
万の中国軍の包囲を目前にしており、さらに予備交渉において、中国軍が降伏の用意を整
えていることが明らかになったと伝えた。【植松：１】

　朝香宮がこの報告を聞いた後、これまで伝えられる所では、軍司令部は一連の命令を発
し、そこには朝香宮の印が捺され、「極秘、破棄スベシ」と記されていたという。今の時
点で明らかなのは、その指令の内容が「捕虜ハ全部殺スベシ」であったということである。
ただそれが朝香宮自身の命で出されたのかどうかはなお不明である。＊

＊朝香宮の情報参謀であるイサム大佐が後に知人に告げたところによると、その指令は大
佐自身の発案にかかるものだという。また別の将校田中隆吉の証言では、1938年の春、当
時陸軍第74連隊長であった大佐が田中に次のような興味深い話を語ったという。日本軍の
杭州湾上陸後、内陸部へ進攻した際に、退路を断たれた約30万の中国人兵士が武器を捨て、
日本軍に投降した。それを知った大佐は「これ程多くの捕虜に食べさせるよう計らうのは
大変な問題である」と大佐は述べた。
　話は更に続き、心配した大佐は食料問題を片付ける手っ取り早い方法にうったえた。
「私は直ちに全部隊に『捕虜を皆殺しにせよ』との命令を出した。軍司令官の名前でこれ
らの命令を打電した。命令では『絶滅』なる言葉を用いた。」

　この話が真実を伝えるものか否か、我々には知るすべはない。だがそれでも我々が記憶
に止めおくべきは、たとえこの虐殺指令が実際に大佐自身の案出によったとしても、それ
により朝香宮が、あの虐殺に対し免責されはしない、ということである。朝香宮には、虐
殺が開始された時点で中止命令を発し、情報参謀を軍法会議にかけることも可能だったか
らである。

　日本軍が南京に進攻するころには、全ての中国人捕虜を殺せとの命令は文書化されたの
みならず、その指令書は下級指揮官に至るまで配布されていた。1937年12月13日歩兵第66
大隊に次のような命令が届いた。

大隊戦闘詳報
 二時、連隊長より命令を受け取る：旅団司令部からの命令に従い、捕虜はすべて処刑すべし。処刑方法は次の通り：捕虜を十数名ごとに分け，順番に射殺する。
午後三時三十分、捕虜処分の方法について意見を交わすため、各中隊長を集め会議を開く。討議の結果以下の決定に至った。捕虜は各中隊（第一、第二、第四）間で均等に分割され、50人単位のグループで監禁室より連れ出し処刑する。第一中隊は露営地南側の穀物畑にて、第二中隊は露営地南西部の窪地にて、第四中隊は露営地南東部の窪地にて、それぞれ処刑を執行する。

監禁室の周辺は厳重に監視せよ。我々の意図は絶対に捕虜に感知されてはならない。

各中隊は五時までに準備を整えよ。処刑は五時に開始し、七時三十分までに完了すべし。【吹戸：１】

　この命令の論理は情け容赦ないのもであった。すなわち、捕虜に食料を与えることがで
きなかったので、捕虜は殺さなければならない。捕虜を殺してしまえば食糧問題が無くな
るだけでなく、反乱の可能性を減らすことにもなる。加えて、敵も死んでしまえばゲリラ
になりようも無かった。
　しかし、虐殺の命令を実行するのはまた別問題であった。12月13日の未明、日本軍が南
京城の壁を壊して中に入ってみれば、城の中には日本軍よりずっと多くの中国人がいた。
後に歴史家が概算したところによると、都市を占領した日本軍が５万人であるのに対して、
南京城の中には50万人以上の南京市民と、９万人の中国軍が閉じ込められていた。
　中島司令官は、何万もの中国人捕虜を殺すのは非常に厄介な仕事であると考えた。
「千、５千、そして１万もの捕虜達に対処しようとすれば、武装解除をするだけでも非常
に骨が折れる。捕虜達が事を起こそうとしたら大変なことになるだろう。」

捕虜の虐殺

　日本軍は人員が限られているので、主に奸計に頼った。大量虐殺の方法はいくつかのス
テップから成り立つ。まず、まっとうな扱いをすることを中国人に約束して抵抗を止めさ
せ、占領者である日本軍に降伏するよう上手く言い含め、捕虜を１００人から２００人の
のグループに分けて、南京市のちがう地区に誘い出して殺したのだった。中島司令官は次
のように望んでいた。つまり、中国人がこれ以上の抵抗が不可能なことを知って、捕虜の
大半が抵抗する気力を失い、日本軍の命令にすべて従順に従うようになる、ということを。
　日本軍が考えていた以上に事は簡単に運んだ。実際、抵抗運動は散発的であり、実質的
には無抵抗に等しかった。日本軍に包囲された中国軍が南京市から逃げ出す際、かれらは
武器を捨ててしまったので、多くの中国人兵士達は少しでもまともな扱いを受けるのを信
じて町に留まるしかなかった。いったん降伏して手枷をはめることが出来れば、あとは簡
単である。
　中国兵がいかに無抵抗であったかを一番良く描写しているのは恐らく、元日本兵の東史
郎の日記であろう。彼は、南京城の陥落直後に何千もの中国軍が降伏する様子を次のよう
に書き残している。彼の所属する隊が市の一角で歩哨と夜営を命ぜられていると、突如２
万人の捕虜を集めろとの命令を受けた。【田河：２】

　かつて日本軍の伍長であった栗原利一はその出来事の日記とメモを残しているが、彼に
よると日本軍は何千人もの捕虜から武器を取り上げ、衣服と毛布以外のすべてを奪い取っ
て、彼らを仮説の藁葺きの家並みへと護送した。捕虜を殺害せよとの命令を12月17日に受
けて、日本軍は厳重な警戒を行った。その日の午前中、日本軍は中国人捕虜たちを
Baguazhou島へ移送すると発表した。それは揚子江中央の小さな島である。日本軍は捕虜た
ちに移動の際に特に注意が必要で、捕虜たちを後ろ手に縛らなければならないと説明した。
その作業に午前いっぱいと午後の大部分を要した。
　午後４時と６時の間のいつごろかに日本軍は捕虜たちを列に分け、西のほうへと彼らを
歩ませ丘に沿って進み、河の土手に来たところで止まった。「３時間か４時間待ったが、
これから何が起こるのか分からず、捕虜たちは川を渡る準備が全くできていなかった。」
とその伍長は書いている。「それからだんだん暗くなってきた。捕虜たちは日本兵たちが 
すでに自分たちを川沿いに三日月形に取り囲んでいて、自分たちに多くのマシンガンを向
けているということが分からなかった」。 
　死刑執行が始まる前に逃げても遅すぎた。「突然あらゆる銃が１度に発砲された」と栗
原利一は書いている。「銃声と絶望的な叫びや泣き声とが混じり合った」。１時間の間、
捕虜たちはもがき苦しみ、瀕死状態で辺りをのたうちまわった。そしてついにその集団か
らほとんど声がしなくなった。夕方から夜明けまで日本軍は捕虜の身体を１人ずつ銃剣で
突いた。
　遺体の処分は日本軍にとって難しい問題となった。南京とその周辺で死亡した人の総数
のうち幕府山で虐殺されたのは一部分に過ぎない。しかし片づけるのに何日もかかった。
埋葬も１つの方法ではあったが、ナカジマ将軍 は7000から8000もの死体の山を埋めるのに
じゅうぶんな広さの溝を掘るのが難しいという不満を日記に記している。火葬という方法
もあったが、多くの場合日本軍にはその作業をうまく実行するための燃料が不足していた。
例えば幕府山の虐殺の後で、日本軍はドラム缶何缶分ものガソリンを遺体に注いで燃やそ
うとしたが、火が遺体を灰に変えてしまう前にガソリンがなくなってしまった。「その結
果、黒こげになった死体の山ができあがった」と日本軍のある伍長は書いている。多くの
死体は単に揚子江へと放り込まれただけであった。【松山：１】

「一般市民の殺害」

　兵士達が大量に投降したあとは、市民達を守るものは事実上だれも残っていなかった。こ
のことを知って日本軍は1937年12月13日南京に入城し、政府の建築物、銀行、倉庫を占領、
街路にいる人々を無差別に撃った。その多くは逃げようとしたところを背後から撃たれた。
機関銃、リボルバー、ライフルを使って、日本軍は中山北路や中央路、その近くの小路から
集まってきた負傷した兵士達や年老いた女性達、子供達の群集に向けて発砲した。彼らはま
た、市内のあらゆる区域すなわち細い路地や大通り、地下壕、政府の建物、広場などにいた
中国人達を殺害した。犠牲者達は地面に倒れて、うめき、叫び、陥落した首都の街路、路地、
溝は逃げる力を失って息も絶え絶えの人々から流れ出る血で川のようになった。
　日本軍は南京において、中国人兵士達を探して戸別捜索しながら、組織的に市民を殺して
いった。しかし彼らはまた、近隣の郊外や農村部に住む中国人達も虐殺した。死体は城壁の
外や川沿い（文字どおり血によって赤く染まっていた）、池や湖のほとり、丘や山に山をな
していた。南京の近くの村々では日本軍は、元中国兵らしいという憶測のもと、通りがかっ
たあらゆる若い男性を射殺した。しかし彼らはまた、兵士であるはずのない人々、たとえば
老人老女を、ああしろこうしろと日本語で命令された時に躊躇したり、あるいはよく理解で
きなかったりしただけで殺害した。
　12月の最後の10日間、装填されたライフルを担った日本兵があらゆる道路や街路への入口
を警衛すると同時に、日本軍のオートバイ隊がパトロールを行った。兵士達は一軒一軒訪ね
歩き、戦勝軍を歓迎するためにドアを開けるよう要求した。商店主達がそれに従った次の瞬
間、日本兵達は彼らに銃火を浴びせた。皇軍はこのようにして数多くの人々を虐殺し、組織
的に商店から略奪し、不要なものは何であれ焼き払った。【山西：完】

　次に、日本人達は女性に目をつけた。「女性が最たる被害者でした。」たこころこうぞ
う（？）―南京の日本軍第１１４師団の元兵士―は回想した。「老若を問わず、彼女たち
は皆強姦される運命から逃れられなかったのです。我々は多くの女性を捕まえるために、
石炭運搬用トラックを下関から南京市街や周辺の農村に派遣しました。そ してそれから、
彼女たちはをそれぞれ15人から20人の兵士に１人ずつ配分され、性交と性的虐待に対象と
されたのです。」
　生き残った元兵士達は、軍隊は公的に敵国女性に対する強姦を禁止していたと主張する。
しかし、日本の軍隊文化、迷信的習慣の中に強姦行為は深く組み込まれていたので、誰一
人としてその規則を守るものはいなかった。多くのものは、処女を汚すことで戦闘能力が
高まると信じていた。更に、そのような被害者の陰毛で作ったお守りに負傷を避ける魔力
が備わっていると信じて、兵士達がそのお守りを身につけていたことも知られている。 
　強姦を禁止する軍の方針は、かえって兵士達が被害者を後で殺害するのを促しただけで
あった。「天皇の名の下に」というドキュメンタリー映画のインタビューの中で、東史郎
（旧日本軍兵士）は南京での強姦と殺害について次のように率直に語った。

　　初め、我々はピカンカンのような風変わりな言葉を使いました。「ピ」は臀部、「カンカン」は見るという意味で、「ピカンカン」は「足を開いた女性を見よう」という意味です。中国の女性は下着を身に着けていませんでした。そのかわりに、彼女たちは紐で留めたズボンをはいていました。ベルトはありませんでした。我々が紐を引っ張ると臀部があらわになるのです。そして『ピカンカン』するのです。しばらく眺めた後、我々は「私が風呂にはいる番だ」というようなことを言って、交代で彼女たちを強姦したのでした。彼女たちを強姦するだけならまだ良かったのです。本当は良いなんて言うべきではないでしょう。しかし、我々は常に彼女達を刺し殺していたのです。なぜなら死人に口無しだからです。

この件を語るに当たって、たこころこうぞうは東の遠慮のなさを共有している。「我々は
強姦した後、彼女達をしばしば殺害した。」彼は回想した。「我々が行くことを許すと、
彼女達は逃げ出そうとしました。そうしたら我々は彼女達の背中をバンと撃って片づけた
のです。」生き残った元兵士達によると、多くの兵士達は驚くべきことにこの件について
ほとんど罪悪感を感じていなかったのだ。「恐らく我々は、強姦している間は彼女を女性
としてみていた。」東は書いた。「しかし、殺す時には彼女のことを豚のようなものとし
か考えていなかったのです。」
　このような振る舞いは兵士達に限ったことではなかった。あらゆる階級の将校達が蛮行
にふけっていた。（谷寿夫―中将で日本軍第六師団長―でさえも南京での20数名に及ぶ女
性の強姦に関する判決が後に下った。）中には兵士達に街での集団レイプを促すだけでな
く、犯罪の証拠を消すために女性を始末するよう注意する者もいた。
「やった後で金を払うか、それともどこか人目につかないところで始末するなりしろ。」
ある将校は彼の部下に命じた。【松本：２】

松井石根の到着

  まだ病気から回復していない松井石根が入城式のために12月17日に南京入りすると、殺
戮と強姦は鎮静化した。結核による咳が収まったあと彼は海軍のボートで川をさかのぼり、
車に乗り換えて、南京の東端の「中山門」の３本のアーチに向かった。そこで松井は栗毛
の馬に乗って東京の皇居のほうを向き、日本の国営放送に向け天皇を称える万歳三唱の音
頭をとった。「大元帥陛下万歳」。松井は、死体がきれいに片づけられ数万人の兵士が整
列して歓声を上げる大通りを下り、街の北部にある首都飯店に到着した。ホテルではその
晩、松井のための宴会が催された。
　記録によれば、松井はこの宴会の間に、南京で何か異常な事態が起こったと感じたよう
だ。その夜のうちに彼は幕僚会議を招集し、不要な軍隊を街の外に移すように命令した。
翌日欧米のマスコミは、「日本の陸軍は南京での残虐行為の全貌を松井に知らせないため、
共謀して事実を隠そうとした」と報じた。
　市中での暴行・殺人・略奪の全容を知るにつれて，松井は動揺のしるしを見せ始めた。
1937年12月18日、彼は一人の軍属の補佐官にこう語った。「私はいまや、日本人がこの街
に、ひどい悪影響を与えてしまったと認識している。南京から逃げていった多くの中国の
友人たちがこの行為にどういう感情を抱くか、また日中両国の未来はどうなって行くのか、
と考えると、悲観的にならざるを得ない。私は寂しいんだ。この戦闘の勝利を喜ぶ気には
とてもなれない。」その朝松井が新聞に発表したコメントには、残虐行為に対する後悔の
雰囲気がにじんでさえいた。コメントは次のようなものであった。「私は個人的には、こ
の悲劇に対して、当事者である人々に申し訳なく思っている。しかし、中国側が抵抗を止
めなければ日本陸軍もこのような行為を止めることはない。今季節は冬である。この季節
が考える時間を与えてくれる。わたしは百万の無辜の市民に深甚なる同情をよせるもので
ある。」
　その日、その後で、日本の軍司令部が戦死した兵士の慰霊祭をしていた際、松井は300
人の将校・連隊長やその他の指揮官らを、南京で暴行を行ったかどで叱責した。「こんな
ことは始めてだった。」と、日本人の特派員・松本は述べている。「司令官の将軍が他の
司令官たちにこのような容赦ない叱責を浴びせることはそれまでなかった。軍人達は松井
の振る舞いに対して疑念を抱いた。なぜならその中には皇族の軍人もいたからである。」
　12月19日の日曜日までに松井は街の外にある朝香宮の司令部に移動し、翌日駆逐艦に乗
って上海に戻った。しかしそこで彼は、自暴自棄になったとも思える衝撃的な行動を取っ
た。ニューヨークタイムズに悩みを打ち明けた上、アメリカ人の特派員にこう言ったので
ある。「恐らく日本軍は、今の世界中の軍隊の中で最も統制が取れていないだろう。」そ
の月、さらに松井は、朝香宮の幕僚長に思いきったメッセージを出した。その内容はこだ
った。「違法行為が続いているとのうわさがある。とくに朝香宮殿下が指揮官でいられる
のであるから、よりいっそう軍規と風紀は厳格に維持されなくてはならない。違反者は厳
重に処罰されるべきである。」
　元旦、松井は南京での日本兵士の行いについてまだ怒っていた。そして彼は、乾杯のあ
と日本の外交官に打ち明けた。「私の部下が大変悪いことをした。非常に遺憾である。」
　だが、暴行と殺戮はいまだに続いていた。松井には止められそうもなかった。何年か後
の彼の話を信ずるなら、短期間の南京訪問中に彼は怒りのあまり同僚の前で涙を流したほ
どであった。「葬儀の直後、私は高官を集め、彼らの前で怒りの涙を流したのです。」と、
1948年、絞首刑を前にして彼は教誨師に語っている。「朝香宮と柳川中将・・・がそこに
いました。私が「兵士の残虐行為のために全てが一瞬にして失われてしまった」と言うと
想像できますか？　彼等は私を笑ったんです。」 【佐桑：２】

慰安婦：南京の伝説

　南京で起こった無差別レイプが生んだ最も奇妙な結果は、西洋諸国からの強硬な抗議に
対する日本政府の反応である。日本軍の上層部は、罪を犯した兵士を鎮圧したり罰したり
するよりも従軍売春の巨大な地下組織を創ろうと計画した。それはアジアの何十万という
女性を巻き 込むことであった。 「支那派遣軍はこの時期に慰安所設立の命令を出してい
ます」中央大学教授で著名な歴史学者である吉見義明氏は言う。「というのは、日本は上
海から南京への戦闘で起きた大規模なレイプが続くことで、中国、アメリカ、ヨーロッパ
からくる批判を恐れたのです。」
　この計画はそのまま実行された。誘惑されて、あるいは金で売られて、あるいはだまさ
れて、８万から２０万の女性ー大部分は当時日本の植民地だった朝鮮からだったが、中国、
台湾、フィリピン、インドネシアからの女性も多かった。日本軍は現地の女性の無差別レ
イプ事件の減らすこと（そのことで国際的批判を受ける機会をなくすこと）を望んでいた。
避妊具の使用で性病の流行を抑えることを望んでいた。前線で長期間戦う兵士たちに報い
ることも望んでいた。後に世界がこの計画を知ったとき、日本政府は当然責任を認めるこ
とを拒否した。数十年あとに、戦時に従軍売春が行われていたのは個人の事業によるもの
で、大日本帝国政府は関知していないと主張したのである。しかし、1991年、吉見義明氏
は、日本の防衛庁所蔵の「従軍慰安所の女性の採用について」という表題の書類を明らか
にした。この書類には日本の軍最高司令官の印があり、中国の支配地域での軍の女性への
暴行を止めるために「性慰安の設備」をすぐに設立するようにという命令が含まれていた。
　最初の公的な慰安所は1938年に南京郊外で開設された。その女性たちに「慰安婦」とい
う言葉を使うこと、また、その女性たちがいる所を「家」と表現すること、いずれもバカ
げている。「慰安」といえば美しいゲイシャがリュートをかきならし、体を洗ってくれる
男がいて、シアツマッサージをしてくれる温泉をイメージするではないか。実際は、その
売春宿の状況は、多くの知性ある人々の想像を超える不潔なところであった。もの言えぬ
多くの女性たち（彼女たちを日本人は「公衆便所」と呼んだ）は自分の運命を知って、そ
れを受け入れた。一部は病気で死亡し、あるいは殺された。生き残った人間も、恥、孤独、
不妊、あるいは体調を崩して苦しんだ。なぜなら彼女たちは女性の純潔を理想とする社会
に生きており、たとえ生き残りが戦後にまれに発言してもー大部分は最近になるまで発言
しなかったのだがー彼女たちの経験は恥と嘲笑の対象でしかなかったのだ。アジアの儒教
ー特に韓国の儒教ーは女性の純潔を命にまさる美徳とし、そのような品位を落とす経験を
して、自殺を選ばなかった女性は、社会によって侮辱されるという考えが残っているのだ。
それゆえ、何人かの慰安婦が勇気を奮って沈黙を破り、日本政府に自分たちの苦しみにつ
いての経済的補償を求めるまでには50年という月日がかかったのである。【植野：１】

南京の背景にある動機

　さていよいよここで、他の何にもましてややこしい問題、すなわち南京の日本人の精神
状態を取り上げる。銃と銃剣を渡され、あのような残虐行為を犯すように駆り立てられた
十代の兵士達の心の中はいったいどのようなものであったのか。
　多くの学者がこの問題と格闘してきたが、だれもがこれに答えるのは不可能であると考
えている。妻のハルコ・タヤ＝クックと共にJapan at War:An Oral History（「戦時中の
日本-ある口述史」）を著したセオドア＝クックは、南京大虐殺の残虐性が自分を当惑させ
たと認めている。彼は、日本の内戦の歴史には他に類例が見出せないとし、都市の組織的
破壊と住民の大量虐殺は、日本史の一部というよりはモンゴルのそれのようであるという。
彼によれば、南京の日本人の心理状態を調査するのは、ブラックホールを覗き込むような
ものだという。
　多くの人々は、南京で発揮された野蛮性と日本人の美点として評判の礼儀正しさと行儀
のよさを矛盾無く説明するのは困難であると見ている。しかし軍人専門家の中には、うわ
べはかけ離れているように見える振る舞いが実際は絡み合っていると信じるものもいる。 
彼らは昔の侍が持っていた恐るべき身分的特権に注意を促し、武士は百姓が自分の質問に
礼儀正い返答をしなかった場合には、その首をはねても構わない権力を何世紀にもわたっ
て有していた点を指摘する。 「To this day」の中で、あるアメリカ海軍の情報将校は第
二次世界大戦中の日本の文化について次のように述べている。「今日においても、日本で
は返答が礼儀正しいものであるという観念は質問者には満足を与える。しかし、行儀のよ
さが日本人の民族的特性であるというのは驚くべきことではないだろうか。」 
　他の専門家達は、日本の戦時中の残虐行為は日本の文化自体に原因があるのだとしてき
た。アメリカの文化人類学者であるルース・ベネディクトは彼女の「The Chrysanthemum 
and the Sword」という本の中で以下のように述べている。日本社会での道徳的義務は普遍
的なものではなく、地域的で特殊化されたものであるが故に、それらは異郷の土地で容易
に破られてしまう。また、他の専門家達は、日本の宗教がキリスト教でない点に原因を求
め、キリスト教が全ての人間は兄弟である－全ては神の姿に似せて創られた－と主張する
に対して、日本の神道はただ天皇とその子孫達のみが神の姿に似せて作られたと表明して
いるからであると、断言する。このような宗教の差異を根拠に、これらの専門家達は次の
ように結論づけた。すなわち、いかに文化的に洗練されていようとも、種族を構成する個
々人が他の構成員に対して負っている義務と種族外の者に対して負っている義務とが著し
く異なっている限りは、その文化は核心において種族的なままに留まっているといわざる
を得ない、と。
　この推定には本質的な危険性がはらまれる。なぜなら、それは次の二点を合意している
からである。１つ目は、その宗教の故に日本文化が西洋文化に比べてより非人間的なのは
当然であるとみなされ、それゆえ異なる基準で裁かれるべきであるという含意である（私
はそこに無責任と優越感の現われの両方を見出す）。２つ目の含意は、ユダヤ・キリスト
教文化が南京大虐殺のような残虐行為を犯す可能性は、ともかくより少ないというもので
ある。確かナチスは、敬虔なキリスト教国であるドイツで、1930年代から1940年代にかけ
てドイツの精神から人間性を失わせ、彼らがドイツの敵であると宣言した人々を悪魔化す
ることに成功したが、その結果としてもたらされたのは、地球の歴史が始まって以来最悪
の人類に対する犯罪であった。
　過去何千年の歴史を振り返ってみても、いかなる人種や文化といえども戦時の残酷さを
独占したものはなかった（すべての民族・文化に共通に見られる）。文明という表層は非
常に薄いので、容易に剥ぎ取られやすい。特に戦争の圧力のもとではなおさらそうである。 
では我々は南京で何日にもわたって行われたむき出しの暴虐性をどのように説明すればい
いのだろうか。彼らの同類であるナチス党員達はほとんどが獄中で死ぬか、銃殺に処され
ていて、もし生きていたとしても残された日々を逃亡者として過ごしていたのであるが、
多くの日本人戦犯者はいまだに健在で、平和で快適に暮らしており、日本政府に保護され
ている。だから彼らは、国際法廷による処罰の心配なしに、第２時世界大戦の虐殺を行な
っていた期間の考えや感情の一端を作家やジャーナリストに与えることができる地球上の
ほんの一握りの人たちなのだ。
　我々が学んだのはこういうことだ。日本人兵士は単に中国での戦闘のために冷酷非常に
なったのではない。彼らは戦闘員・非戦闘員をとわず中国人を殺害する任務の故に冷酷非
常になったのである。
　たしかに、危害を加えてこない人間を殺害することへの本能的な抵抗感を麻痺させるた
めに、日本軍は様々なゲームや演習を行ったのであった。
【南：２】

NOTES（原注）

(4)蘇州の例をみてみよう：Wu Tien-wei,"Re-study of the Nanking Massacre."　（呉天威「南京大虐殺之再考」）『抗日戦争研究』（中国社会科学院）No4，1994年。『南京大虐殺図証』中央档案館、中国第二歴史档案館、吉林省社会科学院合編『南京大虐殺図証』（長春、吉林人民出版社、1995年）、p.35。Dick Wilson,When Tigers Fight:The Story of the Sino- Japanese War,1937-1945　（ディック・ウィルソン『虎が戦う時－日中戦争1937－1945』）(New York:Viking, 1982), p. 69.
(5)『チャイナ・ウィークリー・レビュー』によると：China Weekly Review（チャイナ・ウィークリー・レビュー）（1938年３月）　
(6)「倒壊を免れた建物の中で」：マンチェスター・ガーディアン紙の記者ティンパレー　（Timperley）が書いた記事で、1938年１月14日、別の特派員によってロンドンに電信で伝えられたものである。
(7)12月７日、日本軍が：この項の、朝香宮が松井に代わることについてはバーガミニの『天皇の陰謀』第１章22ページを参照せよ。
(8)「好ましくない」：
(9)「中国人の目にその威光を示し」：
(10)「皇軍が外国の首都に入る」：
(11)朝香宮がこの報告を聞いた後：バーガミニ『天皇の陰謀』24頁。田中隆吉に関する脚注についての情報は『南京大屠殺図証』35頁。（バーガミニの著書は脚注が不十分であり、参照には注意を要する。しかしながら、引用部分からは、バーガミ二が田中に会見した事が伺える。）
(12)大隊戦闘詳報：吉林社会科学院編『南京大屠殺図証』62頁より引用。この命令の英訳は、 Yin and Young,The Rape of Nanking,115頁に見える。
(13)「千、５千、そして１万もの捕虜達に対処しようとすれば」：Kimura, 「「南京の闘い」第16師団長中島の日記」（中央公論社、1984年１１月24日）、中島師団長の日記は当時の日本像を補足するものであった。彼の日記の英訳はこの本のＰ１０６を参照。
（原注への訳注：中島師団長の日記の抜粋「捕虜を残さない方針を取ったので、全部処理（虐殺）すると決定した、・・・知るところによれば、佐佐木部隊だけで15000人を処理した、太平門を守備する一人の中隊長は1300人を処理した。今仙鶴門附近に集められた捕虜は、約7千か8千人で、その上捕虜はまだぞくぞくと投降してきている。」）（田河）
(14)
(17)「３時間か４時間待ったが」：　『毎日新聞』1984年８月７日付の栗原利一の記事より。
(18)その結果、黒こげになった死体の山ができあがった：本多勝一『南京への道』」（1987年朝日新聞社）。Yin and Youngの前掲書より再引用。
(19)兵士たちが大量に投降したあとは：この項（「一般市民の殺害」）は、高興祖、呉世民、胡允恭、査端珍（南京大学歴史系）の「日寇南京大屠殺記實」ならびにRobert P.Gray（pgray@pro.net.)によるその英語訳 ”Japanese Imperialismu and the Masscre in Nanjing－An English Translation of a Classified Chinese Document on the Nanjing Masscre" を参照せよ。また、China News Digestの南京大虐殺特集号第１部（1996年3月21月号）も参照のこと。
（原注への訳注：「日寇南京大屠殺記實」は、以下のURLから中国語原文と日本語訳を参照することができる。）
http://www.kelly.t.u-tokyo.ac.jp/~xiang/comucation/database/cj/nanjing/nanjing1_c
http://www.kelly.t.u-tokyo.ac.jp/~xiang/comucation/database/cj/nanjing/nanjin1_ｊ

またRobert P.Grayによるその英訳は、
http://www.cnd.org/njmassacre/njm-tran/index.html
を参照せよ。（山下）
(20)死体は城壁の外や（中略）山をなしていた。：Gao Xingzu（高興祖）”On the Great Nanjing Tragedy" Journal of Studies of Japanese Aggression Against China、1990年11月：p.70.
(27)「女性が最たる被害者でした」：Hu-Hua-ling, "Chinese Women Under the Rape of Nanking"(フ・ファリン「南京大虐殺下の中国人女性」) Journal of Studies of Japanese Aggression Against China（『日本侵華研究』） ,1991年1月：p.70。
(28)生き残った元兵士達は：東史郎の1996年の著者に対する日付のない書簡。
(29)兵士達がそのお守りを身につけていたことも知られている。：George Hicks, The Comfort Women:Japan's Brutal Regime ofEnforced Prostitution in the Second World War（ジョージ・ヒックス「慰安婦－第二次大戦下における日本の残酷な強制売春制度－」）(NewYork：Norton,1994年),p.32。
(30)「初め、我々はピカンカンのような風変わりな言葉を使いました。」：ナンシー・トン制作、クリスチャン・チョイ、トニー・チョイ協力の映画「天皇の名のもとに」での東史郎へのインタヴュー（1995年）。
（原注への訳注：映画「天皇の名の下」における東史郎の証言の原文は次のとおり。
「はじめね、変な話が、「ピーカンカン」言うの。「ぴー」ちゅうのはＶだね、セックス、それを「カンカン」、見る。看護婦の看を二つ書く。「ピーカンカン」言うてね、女性にね股広げさしてね、ほて見るわけ。中国の女性はね、ズロースいうのはいてないの。ここもねひもでくくっているだけ、バンドでなしに。それをもってきゅっと引っ張ったらもう丸出しや。ほて、ピーカンカンして、そのうちにまあ、「今日われ欲情す」てなもんで交代交代で彼女を犯す、ね。犯しただけならいいのよ。まあ、いいこたないけれど、後必ず突き殺したね。それは死人に口無し、証拠隠滅のためにね…」【松本】）
(31)「我々は強姦した後、彼女達をしばしば殺害した。」：前掲のフ・フアリン論文70ページより再引。
(32)「恐らく我々は、強姦している間は彼女を女性としてみていた。」：前掲東史郎の著者宛書簡。
(33)20数名に及ぶ女性の強姦："The Public Prosecution of Tani Hisao, one of the Leading Participants in the Nanking Massacre," Heping Daily, December 31,1946. (へピングデイリー紙1946年12月31日付「南京大虐殺の指導的参加者の一人、谷寿夫の公訴」) 。
（原注への訳注：「南京事件資料集Ⅱ中国関係資料編」に収録されている谷寿夫の判決文によると、彼の率いる第六師団は南京攻撃の先鋒部隊をつとめ、入城後は共同攻撃した他の数部隊と南京市内各地区に侵入し、大規模な虐殺及び強姦、略奪、放火などの暴行を行ったとされる。そしてそれは、監督不行き届きによる偶発事件などではなく、それ以前の中国軍の抵抗に対する報復として計画的におこなわれたものであると述べている。しかも、当時南京に滞在していた外国人達が、国際団体の名義で繰り返し日本軍当局に厳重抗議を行ったにもかかわらず、日本軍指導者の谷らは聞かなかったかのように暴行を放置し、兵を放任して暴虐をほしいままにさせていたとしている。つまり、彼をはじめとする日本軍指導者達が犯罪行為を意図し、共同して兵を放ち、手分けして撹乱し、計画的で大規模な虐殺・放火・強姦・略奪を行ったことが有罪判決の理由とされていて、彼の個人的な強姦などについては一切触れられていない。【松本】）
(34)「やった後で金を払うか、それともどこか人目につかないところで始末するなりしろ。」：バーガミニ『天皇の陰謀』４５ページ。
(35)「大元帥陛下万歳」：バーガミニ『天皇の陰謀』39ページから引用
(36)翌日、西洋のマスメディアは：Harett Abend,"Japanese Curbing Nanking Excesses" New York Times, December 18, 1937. （ハレット・アーベンド「南京暴行に対する日本の抑制」ニューヨークタイムズ1937.12.18）。　　
(37)「私はいまや、日本人がこの街に、ひどい悪影響を与えてしまったと認識している」：岡田尚の東京裁判での証言、裁判速記録p.32738
(38)「私は個人的には、」：ibid.,pp.3510-11
(39 )「こんなことは始めてだった。」：ディック・ウィルソン「猛虎たちが戦う時」83ページ
(40)「恐らく日本軍は、」：Ibid.,83ページ
(41)「違法行為が続いているとのうわさがある」：『天皇の陰謀』43ページ、IMTFE exhibit no.2577,"Proceedings"(Canberra)（極東国際軍事法廷、証拠書類2577号、裁判速記録） p.47187　(42)「私の部下が大変悪いことをした。」：日高信六郎の東京裁判での証言、速記録p.21448。
(43)「葬儀の直後、」：花山186ページ、バーガミニ41ページから引用
(44)「支那派遣軍は」：吉見義明「従軍慰安婦の歴史的研究」（「戦争被害と日本：国際公聴会の記録」大阪市ー東方出版、1993より）85ページ。
(45)「しかし1991年吉見義明は」：吉見氏の防衛庁での発見についての英語文献については、日本の中国侵略の研究の記録（1992年２月）62ぺージ、この発見は1992年１月、宮沢喜一首相のソウル訪問にあわせて朝日新聞の１面に掲載された。
(46)「ブラック・ホール」：セオドア＝クックと著者との電話インタビューでの言葉
(47)「To this day」：15年にわたる日本滞在を終えて帰ってきた米国海軍の公式海軍大使館員であるE.H.ワトソン海軍大佐によるいくつかの覚え書きや比較、観察など。 Office of the Chief of Naval Intelligence,general correspondence, 1929-42,folder P9-2/EF16#23,box284,record group38,National Archives.
(48)I彼女の『菊と刀』という本の中で： Ruth Benedict, The Chrysathemum and the Sword : Patterns of Japanese Culture(Boston : Houghton Mifflin,1946)

訳注

1)なぜなら彼は：実際には朝香宮は留学生、柳川は国際連盟への派遣将校としてヨーロッパに滞在していた。
2)イサム大佐：長勇陸軍大佐のこと。当時上海派遣軍参謀兼中支那方面軍参謀であった。
長　勇（ちょういさむ）（一八九五－一九四五）陸軍軍人。明治二十八年一月十九日福岡県に生れる。大正五年（一九一六）陸軍士官学校卒業後、歩兵第五十六連隊付、陸士生徒隊列付を経て、昭和三年（一九二八）陸軍大学校卒業。翌四年歩兵第四十八連隊中隊長となり、のち参謀本部付で支那課に勤務した。軍内革新派が結集した桜会の中心人物の一人で、国家改造案の作成委員となった。同六年の十月事件のときには警視総監に就任する計画が立てられた。同年以降北京、漢口の駐在を経て、八年台湾歩兵第一連隊大隊長、第十六師団参謀となり、日中戦争の勃発とともに上海派遣軍参謀兼中支那方面軍参謀になった。同十三年歩兵第七十四連隊長、十四年第二十六師団参謀長、十六年スマトラの第二十五軍参謀副長となり、太平洋戦争期の十七年には第十歩兵団長、十九年沖縄の第三十二軍参謀長となった。昭和二十年三月中将に進み、同年六月二十三日沖縄戦において戦死した。
3)田中隆吉：元陸軍兵務局長田中隆吉陸軍少将のこと。
田中隆吉（たなかりゅうきち）（一八九三－一九七二）陸軍軍人。明治二十六年七月九日島根県に生れる。田中恒太郎の長男。大正三年（一九一四）陸軍士官学校卒業、山砲第二十三連隊付を経て、十一年陸軍大学校卒業。同十二年参謀本部付、昭和二年（一九二七）支那研究員として北京、張家口に駐在した。同五からは上海に駐在、七年には関東軍の板垣征四郎らに頼まれて上海事変勃発の謀略を行った。その後、野砲第四連隊大隊長、野重第一連隊付をへて、十年関東軍参謀となり、内蒙古特務機関長を兼ねた。十一年華北分離工作推進のため謀略部隊を編成、綏遠事件を起こした。十二年山砲第二十五連隊長、十四年兵務局兵務課長、十五年に少将となり第一軍参謀長、兵務局長を歴任した。十七年予備役となったが、二十年召集となり、羅津要塞司令官として終戦を迎えた。戦後極東国際軍事裁判の検察側証人として注目された。『日本軍閥暗闘史』、『裁かれる歴史』などの著書がある。
4)私は直ちに全部隊に：著者Changが『南京大屠殺図証』35頁から英語に翻訳したこの田中の証言の源は、田中隆吉『裁かれる歴史』と思われるが、原文とは字句の異同がある。参考のため、『裁かれる歴史』の関係部分を以下に引用しておく。
「（自分は）、何人にも無断で隷下の各部隊に対し、『これらの捕虜を皆殺しにすべし』との命令を発した。自分はこの命令を軍司令官の名を利用して無線電話により伝達した。命令の原文は直ちに焼却した」。Changが「命令では『絶滅』なる言葉を用いた。」と訳している部分は、田中の原文では、「命令の原文は直ちに焼却した」が正しい。
5)歩兵第66大隊：正しくは、歩兵第66連隊である。歩兵第66連隊は、中支那方面軍第10軍第114師団歩兵第127旅団所属。連隊長は山田常太中佐、旅団長は秋山充三郎少将、師団長は末松茂治中将。
6)「大隊戦闘詳報」の部分は、歩兵66連隊第1大隊戦闘詳報(12月13日の部分)の訳と思われる。但し、本文と詳報との間には字句の異同が見られる。
参考までに、以下に戦闘詳報の原文（該当部分）を挙げておく。

午後二時零分連隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク
左記旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ。其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ逐次銃殺シテハ如何

午後三時三十分各中隊長ヲ集メ捕虜ノ処分ニ付意見ノ交換ヲナシタル結果、各中隊(第一、第三、第四中隊) ニ等分ニ分配シ、監禁室ヨリ五〇名宛連レ出シ、第一中隊ハ露営地南方谷地、第三中隊ハ露営地西南方凹地、第四中隊ハ露営地東南方谷地付近ニ於テ刺殺セシムルコトトセリ。
但シ監禁室ノ周囲ハ厳重ニ警戒兵ヲ配置シ連レ出ス際絶対ニ感知サレザル如ク注意ス

各隊共ニ午後五時準備終リ刺殺ヲ開始シ概ネ午後七時三〇分刺殺ヲ終レリ。

7)第二：正しくは「第三」。
8)処刑を執行：正しくは「刺殺」。
9)穀物畑：正しくは「谷地」（これは私自身の想像に過ぎないが、現代中国語の『谷』は日本語と同じ意味を表す場合もあるが、むしろ『穀』の簡体字として使用されるほうが多い。なお原注（12）で引用元とされている『南京大屠殺図証』６２頁では、「戦闘詳報」どおりに「谷地」とあり、誤記はない。可能性としては、Changが直接に依拠したYin and Youngの著書にこの史料の英訳が掲載された際に、「谷地」が「穀地」と解釈され誤訳されたのではないかと考えられる。残念ながらYin and Youngの本は時間が無くて目が通せなかったが、作者は恐らく中国系だと思われる。ちなみに、『図証』の史料本文は全て日本語である。
10)第二中隊：正しくは、「第三中隊」。
11)東史朗の日記の抜粋：
「南京城の警備を命ぜられ、郡馬鎮を去る。中山通にある最高法院は、灰色に塗られた大きな建物である。日本の司法省にあたろうか。
　法院の前にぐしゃりとつぶれた自家用車が横倒しになっていた。道路の向こう側に沼があった。
　どこからか、一人の支那人が引っぱられてきた。戦友たちは、仔犬をつかまえた子供ように彼をなぶっていたが、西本は残酷な一つの提案を出した。
　つまり、彼を袋の中に入れ、自動車のガソリンをかけ火をつけようというのである。泣き叫ぶ支那人は、郵便袋の中に入れられ、袋の口はしっかり締められた。彼は袋の中で暴れ、泣き、怒鳴った。袋はフットボールのようにけられ、野菜のように小便をかけられた。ぐしゃりとつぶれた自動車の中からガソリンを出した西本は、袋にぶっかけ、袋に長いひもつけて引きずり回せるようにした。
　心ある者は眉をひそめてこの残酷な処置を見守っている。心なき者は面白がって声援する。
　西本は火をつけた。ガソリンは一度に燃えあがった。と思うと、袋の中で言い知れぬ恐怖のわめきがあがって、こん身の力で袋が飛びあがった。袋はみずから飛び、みずから転げた。
　戦友のある者たちは、この残虐な火遊びに打ち興じて面白がった。袋は地獄の悲鳴をあげ、火玉のようにころげまわった。
　袋の紐を持っていた西本は、「オイ、そんなに熱ければ冷たくしてやろうか」というと、手榴弾を二発袋の紐に結びつけて沼の中に放り込んだ。火が消え袋が沈み、波紋のうねりが静まろうとしている時、手榴弾が水中で炸裂した。
　水がごぼっと盛りあがって静まり、遊びが終わった。
　こんな事は、戦場では何の罪悪でもない。ただ西本の残忍性に私たちがあきれただけである。
　次の時にはこのようなことは少しの記憶も残さず、鼻唄を唄って歩いている一隊であった。」
12)

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