最終更新：2003年12月2日
作成者：永井 和、冨永 望、小山俊樹、李 昇燁、杉本 竜、西岡山奈仁子、川嵜 陽、浅田広明、金玄、鄭知喜,
清書稿本作成にあたっては、極力原文に忠実な翻刻をめざしたが、漢字は通行の字体にあらためた。また、文中の文の切れ目には句点を適宜おぎなった。さらに、読者の便宜を考え、原文の記載記事の切れ目を表す「○」の直前で改行し、適当なところで、改行、改段をおこなった。日記本文の行側に倉富本人が加えた注記やルビは、内容上いちばん近いと思われる本文の箇所に〈 〉で括って挿入した。
著者が備忘のために日記帳の上欄に付した小見出は、翻刻にあたり、本文のいちばに関連が深いと思われる部分に記入した。また、その小見出しを抽出して、目次を作成し、冒頭においた。また、欄外に記された注記は「原注」として本文内に付記した。
なお、□は判読できない文字であり、〔 〕内は校訂者による注記及び訂正である。
また、JＩＳ第１、２水準にない漢字の表示には、e漢字プロジェクト
の漢字フォントを使用した。記して謝意を表したい。
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○六月一日午前七時頃内子（フキ）カ家ニ行キ下婢雇入ノコトヲ嘱ス。八時頃帰リ来ル
○午前七時後村山咸一郎昨夜十一時頃上京シ明日午後五時頃来訪スル旨ヲ電話ス
○午前野田乕七来リ転所米国遊学ノ得失ヲ謀ル其趣旨ハ名刺ニ記シ置ケリ
○午前菊池剛太郎来リ訪ヒ話スルコト一時間許別段ノ用事ナシ
○午後一時頃ヨリ内子倶ニ往テ荒井賢太郎ヲ訪フ
豊川稲生〔荷〕前ヨリ電車ニ乗ル。予既ニ乗ル内子将ニ乗ラントス。運転手満員ノ故ヲ以テ之ヲ拒ム
予赤坂見附ニテ車ヲ下リ内子ノ来ルヲ待ツ。内子次ノ車ニ乗リ来ル。予乃チ之ニ乗ル。荒井及ヒ其家人ト話スルコト一時間余。山崎元幹及其妻須磨子亦荒井ノ家ニ在リ。予等将ニ辞シ去ラント石原八重子亦来ル、四時後家ニ帰ル
○菊池剛太郎今日午前来リタルトキ帝室林野管理局木曽支局長内藤善助ハ福岡県三井郡ノ人ニテ林学士ナリ。先般上京ノトキ貴官（予）ヲ訪問スル積ナリシモ遂ニ之ヲ果サス。其内訪問スヘキニ付自分（菊池）ヨリ予メ紹介シ置呉ヨト云ヒタル旨ヲ話セリ
○六月二日午前電話ニテ大日本明道会ニ勤王文庫第一巻発刊ノ遅延ヲ詰ル。婦人電話シテ要領ヲ得ス。後刻マテ何日ニ第一巻ヲ発刊スルヤヲ確答スヘキ旨ヲ告ケ置タリ
○午前十時後白根松介来リ。貴官（予）ヨリ鈴木重孝ヲ審査官トナスコトノ上申アリ。鈴木カ審査官トナリタル上ハ何人カ審査官補トナル者アリヤト云フ。予別ニ其人アルニ非サルモ初メ審査官補ノ定員ヲ二人ト定ムルトキ一人ハ空位ト為シ置クコトヲ約シ置タル故其約ニ従フ積リナリト云ヘリ。白根皇子御殿詰ノ武宮雄彦カ鈴木ヨリ一ヶ月前ニ七等官トナリ居ル故鈴木ヲ六等ニ進ムルコトニ付権衡論ヲ生スルナラント懸念スル旨ヲ話シタリ
○午前十一時前林恭次郎出勤ス。他ヲ廻ハリタル為メ遅刻シタリト云フ。予先刻白根松介ヨリ話シタルコトヲ告ク
○午前八時頃内田靴店ニ電話シ靴ノ修繕シタルモノヲ早ク持チ来ルコトヲ促ス。店員今日ハ相違ナク届クルコトヲ答フ
○午前九時前番町ノフキノ代人ヨリ電話ニテ下婢雇入ニ関スルコトハ明日フキガ来リテ成否ヲ報スヘキ旨ヲ告ク
○午前十一時頃金井四郎電話ニテ明日ハ朝香宮妃殿下着帯式ヲ行ハルヽニ付此事ヲ報告ス。但シ自分（金井）等ハ御祝儀ニ行クモ朝香宮ノ宮務監督山崎四男六当宮妃殿下御着帯ノトキハ来ラサリシニ付此事モ併セテ報告スト云フ。予予ハ往テ奉祝セサルモ可ナラント思フト云フ。金井夫レニテ宜シカラント云ヘリ
金井又宮家所有五分利公債証書ノ利札今六月マテニテナクナルモノアリ。多分元金ヲ償還スルコトナラント思フ。然レハ其ノ元金四万円許ハ住友銀行ニ預入置カント思ヒ既ニ其事ヲ銀行ニ利子受取リニ行ク者ニ命シ置タリ。夫レニテ宜シキヤト云フ。予元金ノ償還アレハ夫レニテ宜シキモ利札カナクナリタリトテ必シモ元金ヲ償還スル訳ニ非ス。其辺ハ篤ト取調ヘ見ルヘキ旨ヲ答ヘ置タリ
○午後一時頃予正ニ林恭次郎伊夫伎準一ト話ス。石原健三来リ。王公家軌範修正案及之ニ対スル予ノ意見書並ニ石原ノ意見書ヲ持チ来リ。明三日波多野敬直富井政章石原健三及予ト倶ニ本案ニ付協議スル旨ヲ告ク
○午後三時頃仙石政敬来リ。宗秩寮審議会ニ対スル宮内大臣諮問ノ形式ヲ謀ル。予仙石ノ意見ニ同意ス。仙石既ニ去ル。予審議会規則及宮内省官制ヲ閲ス。少シク疑フヘキ所アリ。乃チ仙石ヲ其事務室ニ訪フ。仙石正ニ井上勝之助ノ室ニ在リ。予乃チ其室ニ行キ仙石井上及酒巻某ト共ニ官制ノ義ヲ研究シ其議ヲ決ス。結局前刻仙石ノ意見ニ同意シタル所ト異ナルコトナシ
○午後四時頃家ニ帰ル。内子今日広津直人来リ金三十円ヲ借リ今月末ニハ償フヘキ旨ヲ約ス。電話ニテ許可ヲ請フモ面白カラサルニ付擅ニ之ヲ貸シタル旨ヲ告ク
○午後六時後村山咸一郎来ル之ニ飯ヲ供ス。話シテ九時後ニ至ル
○午後十時前厠ニ上ル血ヲ見ズ
○午後五時後大日本明道会ニ電話シ勤王文庫発刊遅延ヲ詰ル。留守番ヲ為ス者確答スルコト能ハサルニ付明日主任者ヲシテ答ヘシムヘキ旨ヲ約ス
○六月三日午前六時後英和字書ニテpropagandaプロパガンダノ義ヲ検ス（千六百二十二年羅馬教弘布ノ為メニ羅馬府ニ設ケタル教会）ノコトニテ今日ハ宣伝ノ義ニ用ウルモノナリ
○午前七時前内田靴店ニ電話シ修繕シタル靴ヲ届クルコトヲ怠リタルコトヲ詰ル。店員今日午前中間違ナク届クルコトヲ約ス
○午前八時林田守隆ノ書状達ス。予ヨリ去月二十九日ニ発シタル書状ニ対スル返書ナリ
○午前七時後有馬秀雄電話ニテ今日午後七時頃往訪セント欲ス差支ナキヤヲ問フ。予差支ナキ旨ヲ答ヘシム
○十二時頃木村甚三郎来リ石原健三ノ意ヲ伝ヘ只今富井政章ガ来リ居ル旨ヲ告ク。今日富井ト王公家規範修正案ニ付協議スル約アルヲ以テナリ。予木村ニ最早午餐ノ時刻ナリ午餐前ニ協議ヲ始ムルヤト云フ
木村一タヒ去リ復来リテ今日午後ハ富井差支アリ明日午前十一時頃ニ来ルヘキニ付其時ヨリ協議スルコトニ致シ度ト云フ旨ヲ伝フ
十二時後予往テ石原健三ヲ其事務室ニ訪フ。石原在ラス。食堂ニ到リ石原ヲ問フ。学習院評議会室ニ在リト云フ。予白根松介ニ嘱シ明日協議スルナラハ今日ヨリ書類ヲ富井ニ送致シ置ク方宜シカルヘク之ヲ送致スルコトヽナラハ其書類ハ予ノ処ニ在ルニ付其事ヲ石原ニ伝ヘシム
○十二時頃金井四郎来リ公債証書ノ利札尽タル分モ元金ヲ償還スル訳ニ非サルコトハ昨日君ヨリ電話ニテ話サレタル通リナリシト云ヒ金井宮内省ヨリ各宮家ニ資金ヲ分配スル内議ノ模様ヲ問フ。予之ヲ語ラス。金井ハ今夜ヨリ金沢ニ行ク旨ヲ告ケタリ
○午後一時二十分頃白根松介来リ。石原健三ノ意ヲ致シ明日ノ協議会ノ書類ハ予メ富井政章ニ送リ置呉ヨト云フ。予予ハ富井ト直接交渉シタルニコトニ非サルヲ以テ君ヨリ石原ニ話シテ送ルコトニ取計ヒ呉ヨトテ王公家軌範修正案ヲ渡シ且此修正案ニ付予ト石原ノ意見書アリ是ハ富井ニ送ル必要ナカルヘシト思フモ為念一度石原ニ話シ見呉ヨト云ヒ白根諾シテ去ル
一時三十五分頃白根電話ニテ石原ニ問ヒタル処軌範修正案丈ケヲ送レハ夫レニテ宜シトノコトナリ
富井ハ明日ノ協議会ノ時刻ヲ知リ居ルヘキヤト云フ。予予ハ木村甚三郎ヨリ時刻ヲ聞キタリ。富井ガ承知シ居ルヤ否ハ木村ニ問ヒ呉ヨト云ヘリ
○今朝林田守隆ノ書状達シタルヲ以テ将ニ有馬頼寧ヲ訪ハントシ宮内省ヨリ電話ニテ頼寧ノ在否ヲ問フ。頼寧在ラス
○午後四時後修繕シタル靴ヲ届クルコトノ遅ヲ内田靴店ニ詰ル。店員忽チ電話ヲ止ム。少時ニシテ復タ之ヲ詰ル。店員既ニ使ヲシテ之ヲ届ケシメタリト云フ。五時頃使来リ靴ヲ致ス。然レトモ代価領証ヲ持チ来ラス。又予ガ屢々命シ置タル靴箱ヲ持チ来ラス。故更ニ領証ト箱ヲ明日持チ来ルヘキコトヲ命シ今日ハ修繕料ヲ払ハス
○午後五時後大日本明道会ニ電話シ勤王文庫発刊ノ遅延ヲ詰ル。会員六月十五日第一編ヲ発行スル旨ヲ答フ。予其ノ再三違約シタルヲ責メ今日ノ答ハ誤ナキヤヲ問フ。会員誤ナキ旨ヲ答フ
○午後七時有馬秀雄来ル。今朝ノ約ニ従フナリ
有馬前日大工前田某ヲ罷ムルコトハ初メ橋爪慎吾ニ相談シ橋爪モ夫レハ宜シカラント云ヒタルモ終ニ頼寧君モ同意セストテ前田ヲ罷メサルコトヽナレリト云フ。予此事ハ予モ前田ヲ罷メサルコトガ宜シト考ヘタル旨ヲ話セリ
有馬又是モ自分（有馬）不徳ノ致ス所ナルカ本月一日吉田篤太郎遺族ノ事ニ付相談ヲ為シ其帰途夜ニ入リ有馬邸ニ立寄リタルカ伯爵ヨリ奥ニ来レト云ハレ奥ニ行キタル処伯爵ヨリ今日頼寧来リ此ノ家ニ邪魔ナル者アル故其者ノ言ヲ聞キ入レラレサル様之アリ度若シ其者ヲ信セラルヽ様ナラハ橋爪モ家令ヲ辞スルト云ヒ居ル旨ヲ話スニ付邪魔ニナル者ハ誰ナルヤヲ問詰メタル処汝ガ事ヲ指シテ云ヒ居リタリ。予（伯爵）ハ大ニ怒リタリ
又頼寧ヨリ何トカ云フ会ヲ設ケ建築ヲ為ス為メ邸前ノ明地所ヲ貸セト云ヒタリトノ話ヲナサレタリト云ヘリ
予伯爵ニ対シ頼寧君及橋爪ノ外ノ言ヲ信セラレサル様予ヨリ勧説シ呉ヨト頼寧君ノ意ヲ承ケテ橋爪ヨリ依頼シタレトモ予ハ右様ノ話ハ有害無益ナリ右様ノ事ヲ説ヒテ有効ナル様ナラハ何モ困難ナルコトナシ右様ノ事ヲ言ハルヽ様ニテハ頼寧君モ未タ事情ヲ解シ居ラスト云ヒ置タルガ終ニ頼寧君ヨリ其事ヲ持チ出シタルカ困リタル事ナリ
頼寧君カ君ガ父子間ヲ離間スル様ニ思ヒ居ルハ根元ノ誤解ナルモ此誤解ヲ生セシムルニハ久米子ノ告ケ口モ余程手伝居ル様ナリ。久米子カ嫁シタラハ幾分カ宜シクナルヘキニ付当分何事モ隠忍シテ時機ヲ待ツ様セラレ度ト云ヘリ。其他種々ナル不平談ヲ為シテ十時ニ至リ辞シ去リタリ
○午後七時後青山有馬家ヨリ電話ニテ頼寧ノ帰宅シタルコトヲ報ス。予頼寧ニ電話シ今日林田守隆ヨリ書状達シタルニ付往訪シテ相談セント思ヒタレトモ不在ナリシ為メ果サス。明日ハ差支アリ。往訪シ難キニ付林田書状ノ趣旨ヲ通知ストテ林田ヨリ吉田篤太郎ノ後任ノ人選ヲ為シ恵利千次郎、高橋吉澄両人ヲ申越シタル旨ヲ告ケ尚ホ林田ノ書状ノ趣旨ヲ概説セリ。頼寧此事ハ橋爪ト相談シテ宜シキヤト云フ。予其方カ宜シキ旨ヲ答ヘタリ
此電話ハ有馬秀雄モ聞キ居リタリ。予カ席ニ復リタル上此事モ有馬ニ話シタリ
○咸一郎ヨリ電話ニテ明日午前六時東京駅ヲ発シ山田ニ帰ル旨ヲ報シ内子之ト電話セリ。予ハ正ニ有馬秀雄ト話シ居リタルヲ以テ之ト話セス
○六月四日午前五時頃咸一郎電話ニテ昨夜十一時頃山田ノ留守宅ヨリ電信ニテ無事ナル旨ヲ報シ来リタリ昨夜電話シタルトキマテハ電信達セサル旨ヲ報シ置タルニ付為念此事ヲ告クト云ヘリ予電話シテ無事帰着セヨト云ヘリ
○午前六時後橋爪慎吾ニ電話シ昨日林田守隆ヨリノ書状達シ有馬頼寧ニ書状ノ趣旨ヲ報シ頼寧ヨリ橋爪ニ相談スト云ヒ居リタルニ付然ルヘク相談スヘク林田ヨリ候補者タル恵利千次郎高橋吉隆ニハ未タ何トモ申シ居ラス当方ニテ雇ヒ入ルヽコトニ決シタル上ハ更ニ林田ニ交渉シ林田ヨリ本人ニ相談スヘキ順序ナリ此事ノ相談ハ内論ニテハ先ツ頼寧君ト協議セサルヘカラサルモ場合ニ依リテハ伯爵ノ意ヲ問ヒタル上頼寧君ニ相談スル様ノ体裁トナス必要モアルヘキニ付其辺ハ抜カリナク注意セラレ度又恵利ニシテモ高橋ニシテモ家従ニテハ宜シカラス家扶トナス必要アル旨ヲ話シ置ケリ
○午前十一時ヨリ波多野敬直ノ官房ニテ波多野、富井政章、石原健三ト倶ニ王公家軌範修正案ニ付協議会ヲ開キ結局波多野ヨリ起案者岡野敬次郎ニ対シ修正案中襲系ニ関スル規定ハ法律事項ナルヲ以テ修正案ノ侭ニテハ枢密院ノ同意ヲ得難カルヘキ旨ヲ談シ尚ホ其趣意ヲ以テ伊東巳代治ニ相談シ伊東カ其規定ヲ修正スルコトニ同意シタラハ更ニ修正案ヲ作リ若シ同意セサルトキハ波多野ハ伊東ノ意見ニ拘ハラス別案ヲ作リテ枢密院ニ内議スル趣ヲ伊東ニ告ケ制度審議会ニ関係ナク取計フコトニナスヘキコトヽ協議セリ
予ガ波多野ノ官房ニ赴クトキ清浦奎吾ニ廊下ニテ遇ヒタル処清浦ヨリ王公家軌範案ニ関スル問題ヲ議スルナラントノ趣意ノ話ヲ為スニ付予ハ然リト答ヘ且襲系ニ関スル規定ヲ存シ居ルカ是ハ適当ナラスト思フト云ヒ置キタリ
○午前十一時波多野敬直ノ官房ニ到ラントシタルニ会々金子堅太郎カ波多野ト話シ居ルヲ以テ暫ク石原健三ノ事務室ニテ待チ居ルトキ杉栄三郎ヨリ予カ先日杉ニ話シ置タル広文庫中忌服及喪ニ関スル部分ヲ蒟蒻版ニテ謄写スルコトハ今日漸ク原本出来タルヲ以テ是ヨリ印刷スル積リナリト云ヒ
又夢ノ世界ト云フ雑誌中ニ本荘幽蘭ト予ノコトニ関スル記事アル旨ヲ告ケ其雑誌ヲ予ニ渡シタル故之ヲ閲シタルニ
幽蘭カ本荘幽蘭ナリトテ予ニ電話ヲ掛ケタルニ予ヨリ本荘久代ト云フ者ハ知リ居ルモ本荘幽蘭ト云フ者ハ之ヲ知ラスト云ヒタルコトヲ幽蘭カ話シタル趣ヲ記シ居リタルモノナリ是ハ先頃久代カ予ニ電話ヲ掛クルトキ幽蘭ト云ヒタル故久代ニ逢ヒタル上自分（予）ニ対シテ電話ヲ掛クルトキ幽蘭ト云ヒタルコトヲ詰リ久代ハ代人ヲシテ電話ヲ掛ケシメタル故幽蘭ト云ヒタルナラント弁解シタルコトアリ久代カ演壇ニ立チテ自分ノ経歴談ヲ為ストキ前段ノ話ヲ更ヘテ予カ幽蘭ヲ知ラスト云ヒタル様ニ話シタルモノナルヘシ
○午後二時三十分ヨリ司法大臣官舎ニ行キ少年法案委員会ニ列ス
開会前河村善益、江島信一ノ犯罪事実ハ前日東京区裁判所ニテ判決シタル如ク事実ヲ認定スルヲ適当トスヘシ東京地方裁判所ノ第二審判決モ同様ニ認定セリト云フ予裁判ニテ決シタルコトニ付彼ノ事件ハ判決ノ如ク決スルヨリ外ナク宮内省ハ判決ニ依リ村松某ニ対シ烟草箱ノ代価ヲ償フ義務ヲ生シタルモ判決ハ全ク誤リ居レリ宮内省ハ村松某トハ少シモ関係ナク村松ハ江島ヨリ烟草箱ヲ騙取セラレタルモノニナルニ裁判所カ村松ヨリ宮内省ニ対シ代価ヲ請求スルコトヲ得ル如キ裁判ヲ為シタルハ意フニ江島カ技手トシテ是迄購買ノ注文ヲ為シ村松ハ江島ヲ宮内省ノ代人ト信シタリト為スモノナルヘシ若シ此ノ如キ理由ニテ宮内省ヲ被害者トナスナラハ宮内省ニテハ少シモ知ラサル内ニ江島カ村松ヨリ品物ヲ騙取シタル場合ニテモ矢張同様ノ決定ヲ為サヽルヘカラス此ノ如キ決定ノ不当ナルコトハ別ニ論スルノ必要ナカルヘシト云ヒタルニ河村ハ右ノ如キ場合ハ別ナリト云ヒタルモ少シモ其ノ理由ナク結局辞屈シテ止ミタリ
○午後五時頃内子ヨリ電話ニテ雨降リ出セリ迎ヒノ人力車ヲ遣ハスヘキヤト云フ予急ニ之ヲ遣ハスヘキ旨ヲ答フ五時十分頃委員会終ル予玄関ニ出テ車夫ノ来ルヲ待ツ五時三十分ニ至ルモ来ラス乃チ電話ニテ車夫ニ直ニ遣ハシタルヤヲ聞ク婢徳直ニ出テタリト云フ又待ツコト十分許尚ホ来ラス復電話シテ何時頃車夫ヲ遣ハシタルヤヲ車屋ニ確ムヘキコトヲ命ス又十分許ニシテ復タ電話シ車屋ノ答ヲ問フ婢徳車夫カ誤リテ他ノ処ニ行キ居ル趣ナリト云ヒ内子亦誤リテ総理大臣官邸ニ行キタル趣ニ付車屋ヲシテ更ニ他ノ車夫ヲ遣ハシメント思ヒタルモ車屋ハ此方ヨリ総理大臣官舎ニ電話ヲ掛ケ司法大臣官舎ニ行ク様車夫ニ伝ヘ呉ヨト云ヘリ此事ハ之ヲ拒絶シ置タルカ司法大臣官舎ヨリ総理大臣官舎ニ電話ヲ掛ケ車夫ヲ召ヒテ帰ラルヽコトハ出来サルヤト云フ予夫レハ面倒ナル故予ハ電車ニテ帰ルヘシ車夫ハ車屋ヲシテ呼戻サシメヨト云ヒ将サニ出テントス
司法大臣官舎ノ当直者某其ノ蝙蝠傘ヲ貸ス予其厚意ヲ謝シ明朝返スヘキ旨ヲ約シ電車ニ乗リテ帰ル豊川稲荷前ニテ車ヲ下ル婢徳傘ヲ持チ来リテ予ヲ迎ヘタリ途車夫[ママ]ノ前ヲ過ク車夫其処ニ在リ総理大臣官舎ニ行キタル車夫ハ既ニ帰リタルヤヲ問フ車夫今正ニ他ノ車夫ヲシテ迎ニ行カシメタル所ナリト云ヘリ一事ノ誤ヨリ此ノ如キ齟齬ヲ生シタリ
○午後二時三十分後予将ニ司法大臣官舎ニ行カントス宮内省ノ西口玄関ノ前ニテ小原
吉ニ遇フ小原今日大臣官房ニテ会議アリタル様ナルカ先日自分（小原）ヨリ話シタル様ノコト（調査局ヲ置キ岡松参太郎ヲ局長ト為スコト五月三十日ノ日記ニ在リ）ニハ非ラサリシヤト云フ予只然ラスト云フテ別レタリ
○夜雨降ル
○内子三越ニ行ク染物間違ヒタルニ付他ノ染物ニ付間違ナキ様注意スル為メナリ
○午後浅田恵一電話ス時ニ予未タ帰ラス（午後五時後）浅田、予カ帰リタラハ電話シ呉ヨト云ヒタル趣ヲ内子ヨリ伝フ七時前予電話ス浅田正ニ浴ス予浴後浅田ヨリ電話スヘキコトヲ其家人ニ告ク居ルコト一時間許電話セス乃チ復タ電話ス浅田正ニ外ニ出タリト云フ予予ヨリ用事アルニ非ス復タ電話セスト云ヒ置タリ二十分許ニシテ浅田ヨリ電話シ本月十四日制度審議会ノ総会ヲ開カント欲ス差支ナキヤト云フ予差支ナキ旨ヲ答フ
○六月五日午前九時三十分出勤ノ次司法大臣官舎ニ過キリ官舎ノ番人某ニ面シ昨日某ヨリ借リタル蝙蝠傘ヲ返ス。
吉来リ総務課ニテ擅ニ御下賜金ヲ同情会ニ寄付シタルコト話ス○午後二時前小原吉来リ 皇太子殿下御成年式ニ付宮内高等官ヨリ 両陛下ニ鮮鯛ヲ献シ其代価九十六円ナリシ処之ニ対シ御満那料トシテ金百円ヲ下賜セラシタルコトハ総務課長ヨリ通知シ来タレリ。然ルニ聞ク所ニ依レハ其差金四円ハ多数ノ人ニ分配シ難キ理由ニ因リ之ヲ同情会ニ寄付シタリトノコトナルガ其事実ヲ承知シ居ルヤト云フ。予之ヲ知ラスト答フ。小原如何ニ少額ニテモ下賜セラレタルモノヲ擅ニ寄付シタルハ不当ナリ。今日ハ同情会ノ会議アルニ付之ニ出席シ同情会ハ何人ヨリ寄付ヲ受ケタルヤヲ詰問シ見ント思フト云へリ
予制度審議会ノ現状ハ解スへカラサルコトヲ説ク。小原審議会ノ事モ不都合ナルモ宮内省全体ガ今日ノ現状ニテハ致方ナシ。従来モ惰気ヲ生シタルコトナキニ非サルモ今日ノ如ク甚シキコトハナカリシナリ
宮内大臣ハ行幸啓ノ事ニ付一般ノ迷惑トナラサル様ニスルコトノミ苦心シ居リ。其事モ勿論必要ナレトモ他ニモ一層重要ナルコトアルへシ。行幸啓ノ事ニ関シ数日前ニモ地方ノ迷惑トナラサル様ニ注意スルコトニ付陸軍並ニ地方官等ニ訓示ヲ発シタレトモ此事モ宮内省関係者カ其心得ニナラサレハ効能ナシ。今少シ関係者ヲ集メテ評議スル必要アルへシト云へリ
吉制度審議会御用掛ヲ辞セント欲スト云フ予葬儀令ノ修正ハ如何ナリ居ルヤヲ問フ。小原未タ成ラス。先年来葬儀令ノ案文アルニ付実際御大喪ノトキモ案ニ準拠スルコトヲ得ル丈ケハ之ニ準拠シテ施行スル例ナリシニ拘ハラス近頃ハ次官総務課長抔ハ案ハ未成ノモノナル故如何ニ之ヲ変更スルモ差支ナシトテ勝手ナル取計ヲ為スニ付此ノ如キコトニテハ骨折リテ案ヲ作ルモ無益ナル故伊東総裁ニ申出テ御用掛ヲ辞センカト思ヒ居ルモ一ト通リ案ノ修正ヲ終ハリタル上ノコトニスへシト云へリ
吉ニ河村善益ト江島信一ニ対スル判決ノ当否ヲ論シタルコトヲ告ク予昨日司法大臣官舎ニテ河村善益ト江島信一ニ対スル判決ノ当否ヲ論シタルコトヲ小原ニ告ク。小原裁判所ハ今少シハ事実ノ取調ヲ為シソウナルモノナリ。共犯ノ有無抔ハ当然取調フへキモノニハナキヤト云へリ
○午前三時前亥角某(先年朝鮮総督府警務部ニ居リ現今鳥取県内務部長トナリ居ル者)来リ。内務省ノ会議ニ出席シ宮内省ニ用事アリテ来リタル故一寸訪問スト云フ。予中野有光カ先頃当地ニテ病ニ罹リ病院ニ入リ居リタルコトヲ話シ亥角ハ中野カ大連ノ民政署長トナリタルコトヲ話セリ
○午後三時後杉栄三郎来リ。広文庫ヨリ忌服及喪ニ関スル部分ヲ抜抄シタルモノヲ致ス(五月二一日及ヒ六月四日ノ日記参看)
○午後四時頃家ニ帰ル。内子、婢徳カ病アルヲ告ク。乃チ体温ヲ検ス。三十九度二分ナリ直ニ徳ヲシテ寝ニ就カシメ電話ニテ医坂田稔ヲ招ク。坂田在ラス。其代診生亦在ラス。坂田ノ家人ヲシテ坂田ニ其家ニ電話セシメント欲ス。此時電話通知セス。乃チ静ヲシテ車屋ニ到リ車夫ヲ呼ヒ来ラシム。車夫来ル。之ヲシテ坂田ノ家ニ到リ坂田ノ家人ヲシテ坂田ニ電話セシメント会々坂田ヨリ家ニ帰リタルコトヲ電話シ来タリタルヲ以テ直ニ来診ヲ求ム。車夫ヲシテ自家ノ電話ニテ電話局ニ電話シテ予カ家ノ電話機ヲ修繕スへキ旨告ケ且徳ノ家ニ到リ徳ノ病ヲ告ケ其母ヲ呼ヒ来タラシム
午後頃坂田来診シ徳ノ病ハ別段ノ兆候ナシ感冒ナルへキ旨ヲ告ク。坂田既ニ去ル。静ヲシテ車屋ニ到リ使ヲシテ坂田ヨリ薬ヲ取リ来ルコトヲ命セシメ且徳ノ母カ来ルヤ否ヲ問ハシム。静帰リテ徳ノ母ハ直ニ来ルへキ旨ヲ答へタルコトヲ報ス
予宇佐美富五郎ヲ召ハント欲ス。電話通セス乃チ自ラ車屋ニ到リ其電話ヲ借リ富五郎ノ近傍人某ニ電話ス。某予ノ語ヲ解スルコト能ハス。乃チ車夫ヲシテ予ニ代ハリ電話セシメ某ヲシテ富五郎ヲ召ハシム。其家人電話ス。車夫ヲシテ富五郎又ハ其妻ニ直ニ来リ呉ルへキ旨ヲ伝へシム。且車夫ヲシテ電話局ニ電話機ノ修繕ヲ促サシム。
既ニシテ富五郎来ル。之ヲシテ炊事ヲ為ス者ヲ雇ハシム。一時間許ニシテ富五郎来リ。処々雇人ヲ捜カシタルモ応スル者ナシ。某家ニテ麻布ノ親族ニ一人アルニ付書状ヲ出シテ問合セ見ント云ヒタル故之ヲ嘱シ置ケリ。差向キ肴屋ノ老婆カ朝夕ノ手伝イハ為スへシト云ヒタルニ付只今同伴シ来レリ。是ハ夜ハ自宅ニ帰ラサルヲ得サル趣ナリト云フ。乃チ老婆ニ遇ヒ手伝イヲ嘱ス。六時頃徳ノ母来リ。徳ヲ看護シ宿ス
○午後三時後宮内省ニテ伊夫伎準一松根豊次郎ニ明日ハ他家ノ法会アリ。其方ニ行キ度ニ付午後ニ出勤スルコトヽナルへキ旨ヲ告ク
○六月六日午前九時前ヨリ麻布祥雲寺ニ到リ有馬精蓮院及有馬慈性院ノ七周忌法会ニ参ス
有馬頼寧ニ林田守隆ノ書状ヲ交シ且橋爪慎吾ニ書状ニ書状ヲ頼寧ニ交シ置タルコトヲ告ク十二時後有馬家ノ人ニ先チテ墓ニ謁シ有馬秀雄ト倶ニ帰途ニ就キ広尾停留場ニテ有馬ニ別レ一時三十分頃家ニ帰ル
祥雲寺ニテ橋爪慎吾ヨリ有馬伯爵ハ先日頼寧君ヨリ邸前ノ地所ヲ頼寧君カ細川護久木戸某等ト共同ニテ計画シ居ル慈善団体ノ事務所ニ借リ度旨ヲ相談セラレ且有馬家ノ事ハ頼寧君カ橋爪カノ言ヲ信シ他ニ相談セラレサル様ニアリ度旨ヲ申出テラレタル事ニ付癇癪ヲ起シ居ラレ今日モ祥雲寺ニ来ラレサル旨ヲ話ス予其事ハ先日予ヨリ伯爵ニ話シテハ宜シカラサル旨ヲ君ニ告ケ置タルニ矢張頼寧君ヨリ之ヲ話サレ家政ノ邪魔ニナル者アル故其者ノ言ヲ信セラレサル様申述ヘラレ若シ此言ヲ聞キ入レラレサルナラハ橋爪ハ辞職スルト云ヒ居ルトマテ云ハレ邪魔ヲスル者トハ誰ノ事ナルヤトノ問ニ対シ有馬秀雄ナル旨ヲ答ヘラレ而シテ伯爵ヨリ其日ノ内ニ其次第ヲ有馬ニ告ケタル趣ニテ此事ハ非常ニ有害ノ結果ヲ生シタリト云ヘリ此日有馬秀雄ノ来ルコト晩カリシ故或ハ来ラサルヤト思ヒ居リタルモ法会ノ始マリタル後ニ至リテ来レリ
橋爪ヨリ法会ニ付有栖川宮ヨリト故威人親王妃ヨリト二封ノ香料ヲ贈ラレタル処伯爵カ其内威人親王妃ノ分ハ橋場ノ内仏ニ供フルトテ之ヲ取ラレタル故此処仏壇ニ供フルコトヲ得ス如何スヘキヤト云フニ付有栖川宮ノ代拝者カ一封ノ不足ニ気附ク様ニテハ不都合ニ付此処一封ヲ補ヒ置キテハ如何ト云ヒタルモ夫レモ面白カラサルニ付結局之ヲ止ムルコトヽナセリ
○予ト有馬秀雄ト帰リ去ラントスルトキ橋爪ヨリ故小泉美代（伯爵生母）ノ墓石ノ標準ヲ謀ル予大概故喜佐（故小松宮妃ノ生母）ノ墓ニ準シタラハ宜シカラント云ヒ秀雄モ同意ノ模様ナリシナリ
○午後二時前西野英男ニ電話シ今日ハ別段ノ用事ナクハ出勤セサルヘキ旨ヲ伊夫伎準一ニ伝ヘシム西野、伊夫伎カ用事ナシト云ヒタル旨ヲ伝フ
○六月六日ノ続 午後零時後九鬼隆一ヨリ電話ニテ本月十六日午後六時ヨリ晩餐ヲ共ニセント欲ス差支ノ有無ヲ聞キ度ト云ヒ内子主人不在ナル旨ヲ告ケタル処帰宅後返答致シ呉度ト云ヒタル由予カ帰宅後内子ヨリ之ヲ告ケタリ六時頃九鬼ニ電話シ十六日ノ招ニ応スヘキ旨ヲ告ケ且本月二日ノ招ニ応セサリシ理由ヲ告ク九鬼ノ家人主人在ラサルニ付帰宅後之ヲ報スヘキ旨ヲ答フ
○婢徳熱解ク
○祥雲寺ニテ岩波稲子ニ遇フ予時機ヲ得テ話ヲ聞キ度コトアリト云ヒ岩波モ参考ノ為メ話度コトアリト云ヘリ
○六月七日午前十一時頃石原健三来リ調査課ヲ拡張セント欲スルハ予テ話シタル所ノ如シ然ルニ寮トナスモ面白カラス如何ニスヘキヤト云フ予寮ハ古来ヨリノ分掌事務ヲ処理スル所ノ名称ニテ新設ノ部ニハ寮名ヲ附セサル振合ナルニ付矢張調査局ト為ス方宜シカルヘシト云ヒ石原モ其外ニハ別段ノ工夫ナカルヘシト云ヘリ石原又現在ノ官名ニ書記官事務官ヲ区別スルコトノ理由ナキコト等ヲ話セリ予現今行幸啓主務官ノ制モ宜シカラスト云ヘリ石原行幸啓主務官ヲ置カサレハ各部局ノ長カ供奉スヘシト主張スルニ付之ヲ防ク為メ主務官制度ト為シタルモノナリト云ヘリ
吉待罪書ノコトヲ謀ル○十二時前小原吉来リ江島信一ノ犯罪事件ノ判決モ確定シタルニ付自分（小原）ノ待罪書ヲ出ス積リナルカ前二回伊東直吉ノ名義ニテ請負ヲ為シタル事ハ審査局ニテハ如何ニ処理スル積リナリヤト云フ予審査局ニテハ證憑ヲ有セサルニ付前二回ノ伊東直吉ハ今回ノ伊東直吉ト同一ノモノナルヤヲ調度寮ニ問合スル積リナリト云ヘリ小原其外ニ杯ノ不足スルモノアリ此等ハ各部局ノ庁用品ノ不足ニ付整理スル必要アリ之ト同時ニ整理シテモ妨ケナケレトモ江島信一カ関係シ居ル疑アル分ハ特別ニ待罪書ニ記載シ置カント思ヒ居ル所ナリ杯ノ不足ニ付テハ伊東太郎カ立会ノ上箱ニ封印ヲ施コシタルモノナルカ此クノ如クシタルニ拘ハラス杯ヲゴマカサレタルニ付伊東太郎モ過失ヲ免レサルヘキモ此方ハ已ムヲ得サルニ至ルマテハ待罪ノ手続ヲ為サシメサル積リナリト云ヘリ小原又石原カ先日来人ヲ求メ居ルコトニ付少シク聞キ出シタルコトアレトモ今日ハ退庁時間迫マリ居ルニ付他日ヲ待チテ話スヘシト云ヘリ（五月三十日ノ日記参着）
○十二時前宗秩寮属某宗秩寮審議会ノ書類一袋ヲ致ス
○午後零時後理髪ス
○午後三時頃宇佐美富五郎妻雇人千代ヲ連レ来ル内子カ嘱シ置タルモノナリ
○肴屋ノ老婆、千代カ来リタルニ付暇ヲ乞フテ帰ル
○午後八時頃橋爪慎吾電話ニテ恵利千次郎ヲ有馬家ノ家扶トシテ雇ヒ入ルヽコトハ林田守隆ノ推薦ノ通リ頼寧君モ異議ナキニ付更ニ君ヨリ林田ニ発柬シ林田ヨリ恵利ニ交渉シ呉ルヽ様取計ヒ呉ヨト云フ予已ニ褥ニ在リ褥ヲ出テヽ橋爪ノ電話ヲ聴キ承諾ノ旨ヲ答ヘタル後尿所ニ入ル放尿後橋爪ニ電話シ有馬家ノ家則ニテ家扶ノ俸給其他給与ニ関スルコトヲ問フ橋爪、俸給ハ最多額百円ナルコトハ記憶スルモ最少額ハ記憶セスト云フ予先年ハ五十円ナリシナリ其後改正シタルモ最少額ハ変ヘサリシ様ナリ有馬秀雄モ祥雲寺ニテ五十円ト云ヒ居リシニ付多分五十円ナラント云フ橋爪臨時手当ハ月給ノ二割五分即チ月給ヲ七十円トスレハ十七円五十銭、舎宅料ハ一ケ月十八円其外ニ一年二季ニ若干ノ慰労金アリ尚ホ水天宮ノ会計事務ハ従来有馬家ノ家扶ニ嘱託スル例ニテ是モ嘱託スルコトヽナレハ一ケ月廿円位ハ手当ヲ給スル故月給ハ七十円ニテモ百二十円余トナルナリ前刻橋爪ヨリ林田ニ発柬スルコトヲ嘱シタルトキ予ガ昨六日祥雲寺ニテ橋爪ニ話シ置タル通リ恵利千次郎ヲ家扶トシテ雇ヒ入ルヽニハ月給七十円位ニテ相談致シ度然シ本人ノ希望モアルヘキニ付林田守隆ノ見込ニ任スルコトニシテ頼寧モ異議ナキ旨ヲ通知セリ
○六月八日午前林田守隆ニ書ヲ贈リ有馬家ニテ恵利千次郎ヲ家扶トシテ雇入レ度趣ニ付本人ヘ交渉シ呉度月給ハ七十円位臨時手当ハ月給ノ二割五分舎宅料ハ十八円位一年二季ニ若干ノ慰労金アリ其外ニ水天宮ノ会計事務ヲ嘱託スルコトヽナルヘク左スレハ其手当一ケ月二十円許ヲ給スヘシ月給ハ本人ノ希望モアルヘキニ付林田ノ見込ミニテ相談シテ差支ナキ旨ヲ照会ス
○午前宮内省ヨリ電話ニテ本月ノ部局長官会議ハ休会トナリタル旨ヲ通知シ来ル
○午前東久邇宮邸ヨリ電話ニテ金井四郎ハ金沢ヨリ九日頃帰京スル予定ナリシモ王殿下ノ御思召ニテ本月十三四日頃帰京スルコトヽナリタル旨ヲ報シ来ル
一時頃マテナラハ差支ナシ之ヲ過クレハ外出スルニ付午後三時頃来訪セヨト云フ田代三時頃ニ往訪スヘシト云フ
○午後一時後ヨリ往テ徳大寺実則ヲ弔ス
○午後車屋老爺ヲシテ厨房ノ日除ヲ作ラシム
○午後三時後田代豊吉郎来リ開墾会社ヲ発起スルニ付御料局ノ人ニ紹介シ呉ヨト云フ予御料地払下ノコトハ既ニ官報ニ出テ居リ従来ノ借地人其他縁故アル人ニ払下クルコトヽナリ居ルニ付紹介スルモ無益ナルヘシト云ヒ田代モ強ヒテ紹介ヲ請ハス右様ノコトモ承知セサリシト云ヘリ田代ハ俊治ノ四男ニテ其親族ノコト其他自己現在ノ境遇等ニ付話ヲ為シ一時間許ニシテ去レリ
○六月九日午前八時頃有馬家家職給与規則ヲ閲ス。家扶ノ給与ハ一ヶ月七十円以上百円以下ニテ予ガ昨日林田守隆ニ贈リタル書状ニ五十円以上百円以下ト書シタルハ誤リナリシコトヲ発見セリ
依テ橋爪慎吾ニ電話シ其旨ヲ報シ更ニ書ヲ林田ニ贈ルコトヲ謀ル。橋爪更ニ書ヲ贈リ呉ヨト云フ。乃チ書ヲ贈リ昨日ノ書ノ誤ヲ正ス
○午前追加予算第五号ヲ調査シ午後宗秩寮審議会ノ事務ニ付華族令ヲ調査ス
○午前西野英男ニ嘱シテ牛乳代ヲ金庫ニ払ハシム
○内子腹微痛
○六月一〇日午前十時ヨリ予算委員会ニ列ス。議題ハ皇族費中ニ王妃ニ対スル特賜金、明治神宮賛同新設費補助金皇族ニ対スル特別賜金ナリ。十二時前議了ス
吉来ル 予在ラス○予カ予算委員会ニ列シ居リタルトキ小原吉来リ予ガ事務室ニ返リタラハ通知呉レ度旨ヲ伊夫伎準一ニ嘱シテ去リタル由伊夫伎ヨリ之ヲ予ニ伝ヘタリ
○今ヨリ三十日計リ前予晩餐ノ時（コチ）「魚名」ノ小骨ヲ噛ム。骨上齶ノ右方ヲ刺ス。然レトモ痛ナシ。舌ヲ以テ之ヲ探レハ舌端ニ触ルヽノミ。一二日ニシテ全ク之ヲ忘ル昨夕ヨリ復タ舌ニ触ル。毛抜ヲ以テ之ヲ抜カント欲スルモ抜ケス。楊枝ヲ以テ之ヲ取ラントシタルモ亦同シ。今日午食後楊枝ニテ之ヲ探ル。骨少シク出ツ。乃チ指ヲ以テ之ヲ取ル。長サ五六分許アリ。此ノ骨数十日間留マリ居リテ痛マサリシハ不思議ナリ
吉来ル○午後二時後小原吉来ル
小原先日貴族院男爵議員ノ団体出来タル事ニ付事情ヲ問合ハスル為メ柳田国男ニ逢ヒタルトキ自分（小原）ヨリ君ハ図書頭トナル話アルニ非スヤト云ヒタル処柳田ハ其話ハアリ。徳川議長（家達）カ自分（柳田）ヲ嫌ヒ居ルニ付多分徳川ヨリ岡野敬次郎ニ話シタルモノナルヘシ。岡野ヨリ波多野敬直ニ話シ波多野ハ自分（柳田）ヲ図書頭トナスコトハ承諾シタル趣ニテ岡野ヨリ其話アリタレトモ自分ハ固ヨリ就職ノ望ナシ。岡野ハ岡野ノ考ヘニテ自分（柳田）ノ友人トシテ図書頭ニ転任スル方利益ト思ヒ宮内大臣ニ推薦シタリト云ヒ徳川ノ依頼ナリトハ云ハサルモ徳川カ河井弥八ヲ書記官長ト為シ度為メ自分（柳田）ヲ転任セシメント思ヒテ為シタルコトニ相違ナシ。然シ岡野カ自分ノ意向モ問ハス波多野ニ相談シ波多野モ亦自分ノ意向モ知ラスシテ採用ヲ諾シタルハ共ニ不都合ニテ岡野モ（タガ）ガ弛ミタリ。
図書頭ハ現在ハ陸軍ノ医者タル森林太郎カ兼務シ其前ニハ理学ヲ修メタル山口鋭之助カ兼務シタルモノナルニ専務トシテ自分ヲ転任セシメントスルハ侮辱ノ甚キモノナルニ付自分ハ決シテ就職セス。徳川モ自分（柳田）ヲ罷メント欲スルナラハ右様ノ事ヲ為サヽルモ自分ハ辞職スルニ馬鹿ナル事ヲ為シタルモノナリ。徳川ハ河井ヲ抜擢セント欲スル為メニ為シタルコトナルモ夫レハ行ハレ難ク河井ヲ統計局長ト為シ牛塚乕太郎ヲ書記官長ニ為スヘキ模様ニテ結局徳川ノ拙ヲ現ハス丈ノコトヽナルヘキ旨ノ話ヲ為セリト云ヒ
夫レヨリ柳田ノ性質談ヲ為シ御即位礼ノ時柳田カ大嘗祭ハ宵ノ祭暁ノ祭ニテ完了スルモノナリ。宵ノ祭ノミニ参スルコトヲ予定スル位ナラハ初メヨリ辞退スヘキ旨ヲ以テ山県有朋ニ説キ又大礼ノ時ノ席次ノ事（有爵議員ヲ議員トナリタル順序ニ依リ席次ヲ定メタルコト）ニ付山県ニ説明シ席次令ノ結果ナリ。席次令ヲ枢密院ニテ可決シ置キナカラ其結果ヲ不当トスルハ不都合ナル旨ヲ述ヘ山県ヲ怒ラシメタルコトアル旨ヲ話シタリ
○午後権藤喬電話ニテ来訪セント欲スルカ差支ナキヤト問ヒ晩間更ニ問合ハスヘシト云ヒタル由予帰宅後家人ヨリ之ヲ報ス
○午後五時頃伊夫伎準一電話ニテ今日林恭次郎ニ代ハリ事務官会議ニ出席シタル処小者ノ給与変更ニ関スル議案アリ。其結果判任官ニ関スル問題モ提出セラレタリ。夏期判任官ノ増俸ハ明日発表セラルヽ筈ノ処会議ノ都合ニテ御用召延引シ明日ハ略服ニテ出勤スル人モアルヘキモ其侭増俸ノ辞令書ヲ渡スコトニ協議セリ。小者ニ関スルコトハ明日出勤ノ上話スヘシト云ヘリ
○午後四時後水口敏子来リ訪フ。内子正ニ臥蓐ス。起チテ之ニ面ス。正ニ水口ト話ス。予正ニ帰ル。予亦水口ニ面ス。内子先日水口ヲシテ予ガ家ニ来リ家ヲ守シムルコトヲ嘱ス。水口未タ全ク決セス。此事ヲ謀ルヘキ者正ニ旅行シ居ルニ付其京ニ帰ルヲ俟チ熟議シタル上留守スルヤ否ヲ答フヘシト云ヘリ。水口ヨリ粕テイラ一箱ヲ贈ル
○午後先日臨時ニ雇ヒ入レタル千代ヲ返ス。宇佐美富五郎ノ妻ヲシテ之ヲ送リ其家ニ到ラシム。五時後富五郎ノ妻来リ千代ヲ其家ニ送リタルコトヲ報ス
○午後二時後小原吉ガ来リタル時小原ヨリ安藤信昭ヲ侍従トナスヘキ旨御内沙汰アリタルニヤ聞キタルコトアリ。之ヲ聞キタリヤト云フ。予之ヲ聞キタルコトナシ。安藤カ其希望ヲ有シ居ルコトハ曽テ聞キタルコトアレトモ侍従ノ職ハ安藤ニハ勤マラサルヘシト思ヒ本人ニハ右様ノ考ヲ起サヽル様戒メ置タリト云ヒタルニ小原ハ自分（小原）安藤ヨリ侍従トナリ度トノ話ヲ聞キタルトキ之ヲ止メ置キタレトモ此節ハ御沙汰トノコトニ付早晩実行セラルヽコトナルヘク閑院宮殿下モ其様ニナレハ御満足ナルヘシト云ヘリ
今月七日ノ日記ニ小原ガ石原カ先日来人ヲ求メ居ルコトニ付少シク聞キ出シタルコトアレドモ今日ハ退庁時刻迫リ居ルニ付云々ト記シタルハ誤リニテ小原ガ話ヲ聞キタルハ今日ノ日記ニ記シタル柳田国男ヲ図書頭トナサントシ居ルコトナリ。石原カ調査局長ト為ス為メニ岡松参太郎ニ相談シタルコトニハ非サリシナリ
○六月十一日午後零時三十分後ヨリ往テ徳大寺実則ノ告別式ニ会ス
一タヒ家ニ帰リ司法大臣官舎ニ行キ少年法案ノ委員会ニ列ス。午後六時前家ニ帰ル。予法律取調委員会ヘ出席スルヤ欠席スルヤヲ通知スルコトヲ怠リタル為メ午前司法省ヨリ宮内省ノ西野英男ニ電話シテ予カ出席スルヤ否ヲ問ハシメタリ
○午後六時後ヨリ雷鳴。八時後ニ至リテ止ム
○午後六時後権藤武雄来ル。委細ハ持参セル書状ノ封皮ニ記シ置ケリ
○六月十二日午前十時ヨリ宗秩寮審議会ニ列ス。十二時後議了ス宮内省ヨリ午餐ヲ供ス
○午後宮内大臣波多野敬直ヨリ宮内大臣官房総務課第一二七号
大正八年六月十二日
宮内大臣波多野敬直
帝室会計審査局長官倉富勇三郎殿
内牒
邦彦王第一女良子女王ヲ
皇太子妃御内定被為在候
追テ参賀ニハ不及候
ヲ送リ来レリ。書状ハ西野英男ニ渡シ秘密ニ保管セシム
○午後二時後調査課ニ行キ制度審議会ハ十四日午後一時ヨリ総会ヲ開クヘキ予定ナリシニ委員中差支者少ナカラサルヲ以テ延期スル旨ノ通知ヲ受ケタルカ初メ委員ノ差支ナキ日ヲ選シテ会日ヲ定メタルニ非ズヤト云ヒタルニ杉栄三郎初メ差支ノ有無ヲ問ヒテ期日ヲ定メタルモ此前ノ枢密院会日ニ伊東総裁（巳代治）ヨリ延期ノコトヲ話サレタリ。二上兵治カ差支アル模様ナリト云ヘリ
予序ニ明日ノ事務官会議ニハ林恭次郎ノ代理トシテ伊夫伎準一ヲ出席セシムルコトヲ告ク
杉、皇族ニ対スル特別賜金ノ管理規程ニ付テハ本月十日予算委員会ノトキ貴官ノ意見アリタルカ其後次官（石原健三）カ山県公（有朋）ヲ往訪スルニ付急ニ規程案ヲ作ルヘキ旨ヲ命セラレタル故之ヲ作リタリ。蒟蒻版ニテ刷成スルニ付其上ニテ廻覧スヘシト云フ。予予ハ関係ナシ但シ宮務監督トシテ規程ノ趣旨ニ違ハサル様注意スヘキノミト云ヒ置タリ
○午後二時頃予カ宗秩寮審議会ヲ終ハリテ事務室ニ帰リタルトキ片岡久太郎来リ。今日宮附職員会議ノトキ宗秩寮ヨリ宮附職員ニ対シ邦彦王殿下ノ第一女良子女王殿下、皇太子殿下ノ妃ニ御内定ノ旨ヲ報告シ各宮殿下ハ 両陛下ニ御祝詞ヲ申上ケラレ然ルヘク皇太子殿下ニハ改メテ御祝詞御申上ケニハ及ハス御会見ノトキ御祝詞ヲ言上ナサレ然ルヘキ旨ヲ通達シタル由朝香宮附折田有彦ヨリ伝承セリ。東久邇宮殿下ハ金沢御在勤中ニ付其旨ヲ申上ケ金沢ヨリ御祝電デモ発セラルヽ方宜シカルヘキヤト云フ。
予金井事務官金沢滞在中ニ付其事ヲ事務官ニ報告シ事務官ヨリ両殿下ニ伺ヒタル上御祝詞ヲ申上ヲ成サルヽ方宜シカルヘク
又皇太子殿下ニ対シテハ在東京ノ各宮殿下ハ御序ニ御祝詞ヲ言上成サレテ宜シトノコトナルモ東久邇宮両殿下ハ御序ナキコトニ付皇太子殿下ニモ御祝詞ヲ言上成サルヽ方宜シカルヘク此事ハ在東京ノ宮ハ御序ニテ宜シキ趣ヲ金井ヘ通知シ金井ヨリ殿下ノ御指揮ヲ受ケテ取計フ様申遣ハスヘキ旨ヲ告ケタリ
片岡又東宮妃御内定ニ付東久邇宮両殿下ヨリ久邇宮殿下ヘ御祝品ヲ進ンセラルヘキモノナルヤ否ニ付テハ朝香宮、梨本宮ノ御振合アルコトニ付折田ニニ[ママ]打合セ外様ノ御振合通リニ致シタラハ宜シカラント思フト云ヒ予其事ニ致シテ宜シカルヘキ旨ヲ答フ
予金井四郎帰京ノ期ヲ問フ片岡本月十六日帰京ノ予定ナル旨ヲ答フ
片岡其増俸ニ付謝ヲ述フ
予竹田宮五十日祭及ヒ徳大寺実則薨去ニ付テハ金井ノ出発前夫々相談致シ置ク旨ヲ告ケ居リタルニ因リ予ヨリ何事モ申サヽリシカ定メテ夫々取計ヒタルナラント云ヒ片岡ヨリ夫々供物ヲ為シ御代拝ハドチラモ朝香宮附折田有彦ニ頼ミタリト云ヘリ
○午前八時頃荒井賢太郎方（サカエ）電話ニテ昨夜荒井ノ妻安産男子出生母子トモ安産ナル旨ヲ報ス
○午後東久邇宮邸ヨリ電話ニテ本月十六日ノ皇族講話会ニ出席スルヤヲ問フ。予給仕ヲシテ出席セサル旨ヲ答ヘシム
○六月十三日午前八時頃使ヲシテ書状及鮮鯛二尾ヲ荒井賢太郎ニ贈ラシム。其妻ガ出産シタルニ付見舞ノ為メニ贈リタルナリ
○午後二時後杉栄三郎来リ経済会議ノ書類ニ捺印ヲ求ム。本月十日ニ議決シタル追加予算ヲ経済会議ノ議ニ付スル為メナリ
杉又皇族特別資金管理規程修正案ヲ示シ予ノ意見ヲ問フ。予之ヲ閲ミシ案第二条ニ資金ノ元資ハ之ヲ費消スルコトヲ得ス、適当ノ時期ニ於テ遺留財産設定ノ資ニ供スルモノトス）[括弧ママ]トアルヲ二ヶ条ニ別チ、其一条ハ之ヲ費消スルコトヲ得スニ止メ他ノ一条ハ資金ハ適当ノ時期ニ於テ云々ト改ムル方適当ナルヲ認メ之ヲ杉ニ告ケント思ヒ其事務室ニ到リタル処杉ハ事務官会議ニ出席シ居ルトノコトニ付追フテ会議室ニ到リテ之ヲ告ケ暫時会議ヲ傍聴ス
○午後広文庫中ヨリ忌忌服穢服忌喪ニ関スル部分ヲ抄シタルモノヲ読了ス
○午後三時後加瀬欣一郎来リテ挨拶ス。昨年来久シク病ニ罹リ居リタルカ回復後未タ面会セサリシ為メナリ
○気候過冷
○竹田宮ヨリ使ヲシテ故恒久王五十日祭ヲ済マセラレタルヲ以テ菓子一折ヲ贈ラシメラル。菓子ハ饅頭三十個ナリ
○六月十四日朝ノ気候昨日ニ比スレハ一層冷ニシテ華氏寒暖計六十度未満ナリ
○予左眼下ニ黒班アリ。何時ニ生シタルヲ知ラス。年ヲ経テ漸ク大ナルカ如シ。
医土肥慶蔵ヲシテ之ヲ診セシメント欲シ午後一時後ヨリ土肥ノ家ニ到ル。火曜木曜土曜ノ午後二時ヨリ六時マテ土肥カ患者ヲ其家ニテ診スルコトヲ今朝電話ニテ聞キタルヲ以テナリ。然ルニ今日ハ土肥病アリ人ヲシテ代リ診セシムル趣ナルヲ以テ診セシメスシテ帰リ来ル。時ニ三時前ナリ
○午後有馬正頼方河窪敬直ニ電話シ本月十八日故有馬頼多ノ法会ノトキ花ヲ供スルコトヲ嘱シ且十八日ニハ予ハ参会スル積リナルガ都合ニテハ臨時ニ断ハルコトアルヘキ旨ヲ告ク
○六月十五日午前慶野直次郎来リテ久闊ヲ叙ス
○午前十一時後向井巌来訪ヒ雑談時ヲ移シ午後二時前ニ至ル
向井麹町区三年町ニ御料地アリ初メ佐野常民[ママ]ヲ拝借シ次ニ佐野ヨリ之ヲ鈴木久五郎ニ転貸シ後又鈴木ヨリ之ヲ津田信太郎ナル者ニ転貸シタル由ニテ其地上ニ家ヲ建テ居ル者ニ対シ津田ガ度々地代ノ値上ケヲ為シ家屋所有者ガ困リ居ル趣ニ付御料地ノ関係ヲ取調フルコトヲ依頼ス。予取調ヘ見ルヘキ旨ヲ答フ
○午後四時東久邇宮邸ヨリ電話ニテ金井四郎ハ十三日頃金沢ヨリ帰京スル筈ナリシモ殿下ノ御用御都合ニテ延引シ明日午前帰京スル旨ノ報知アリタルコトヲ報ス
○午前九鬼隆一ノ家ヨリ電話ニテ先日明十六日午後六時ヨリ御出下サレ度旨案内致シ置タル処御話致シ度事アルニ付午後五時ニ御出ヲ乞フト云ヘリ。予之ヲ諾スル旨ヲ答ヘシム（日曜）
○六月十六日午前九時三十分ヨリ日比谷公園ニ到リ東京府知事井上友一ノ葬ニ会ス。十二時前儀終ハル直ニ宮内省ニ出勤ス
○午後一時後石原健三来リ先日話シ置タル調査局ノ事ヲ謀ル。予内制寮又ハ内制局ト称スルコトニシテハ如何ト云フ。石原一般ノ官制中ニ入レ度左サスレハ他ニハ局ト称スルモノナキニ付成ルヘクハ寮ト称シ度内制ノ字モ余リ事立ツ様ナリト云フ。予然ラハ制度寮ト称スル方然ルヘシト云フ。石原内制ヨリモ制度ノ方ナリ。但寮頭トナスニ適当ナル人ヲ得難シ
富井政章ハ君（予）ヲ推薦ス自分（石原）モ其事ハ疾ク気附キ居ルモ会計審査局長官ハ兼任ヲ得サル故是モ行ハレス
富井ハ又岡松参太郎ヲ薦メタルモ岡松ハ夜勉強シテ朝ノ十時頃ヨリ眠ル習慣アリ。局長ノ如キ服務規律ヲ守ルコトハ応シ難シト云ヘリ
其外ニ柳田国男アリ自分（石原）ハ柳田ニテモ宜シト思ヘトモ大臣ハ之ヲ好マス。他ニ適当ノ人ナキヤト云ヒ居レリ。大臣モ初メハ柳田ニテモ宜シカラント云ヒ居リタルカ此節ハ之ヲ好マサルコトヽナレ〔リ〕ト云フ。予柳田ノコトハ岡野敬次郎ヨリ大臣ニ推薦シタル様ニ伝聞セリ。是ハ調査局長トナス趣意ニ非ス。他ノ職務ニ薦シタル趣ナルモ他ヨリ持チ掛クレハ之ヲ好マサルコトヽナルハ人情ナルニ付其ノ為メ好マサルコトヽナリタルモノナルヘク岡野カ柳田ヲ薦メタルハ多分徳川議長（家達）ノ意ヲ承ケタルモノナルヘシト云ヒタリ
石原又大臣ヨリ王公家規範修正案ノコト皇族処分案ノ事ヲ伊東巳代治ニ相談シタルヤヲ問ヒ見タル処未タ相談セストノコトニ付王公家規範修正案ノ方ハ難問題ナル故此方ハ跡廻ハシトナシ皇族処分ノ案ノ方丈先キニ相談スル様催促致シタルモ王公家規範修正案ノコトモ何トカ云ハサル訳ニ行カズト云ヒ居リタリ。皇族処分ノコトハ山県公（有朋）カ東京ニ滞在シ居ル中ニ話ヲ纏メ度思ヒ居ルト云ヘリ
○午後二時頃給仕二人ヲ召ヒ今日日給ヲ増加シ今月ハ二度日給ヲ増加セラレタルハ物価騰貴ノ為メ家計ノ困難ヲ慮カラレタルヨリ出タルコトナルニ付濫費セサル様注意スヘキ旨ヲ戒メタリ
○午後二時頃神山正良ニ嘱シ麹町区三年町ニ在ル御料地ヲ仲買人津田信一郎ニ貸附ケアルヤヲ取調ヘシ〔ム〕。是ハ昨日向井巌カ取調ヲ依頼シアルモノナリ。松根豊次郎其御料地ニ関スル書類ヲ有シ居リ。津田ニ貸シ附ケアル御料アリ。其坪数ハ六百四十坪余一坪一ヶ年ノ借料ハ九十六銭即チ一坪一ヶ月八銭ニテ来大正九年十一月マテノ貸借期限ナリ。但シ津田自身ノ住居用トシテ借リタルモノニテ転貸ハ多分之ヲ禁スル旨ノ附約アルナラント云ヘリ
○石原健三ノ話ニ波多野敬直カ柳田国男ヲ好マズト云ヒタルカ波多野ガ之ヲ好マサル原因ハ自然ハ本月十日小原吉予ニ話シタル如ク柳田ガ山県公ニ嫌ハレ居ル事実アルナラハ波多野ハ其ノ為メニ之ヲ採用スルコトヲ憚リ居ルヤモ計リ難シ
○午後四時三十分ヨリ九鬼隆一ノ招ニ赴ク。九鬼直ニ予ニ面シ他客ノ来ラサルニ先チ依頼シ度コトアリ。自分等（九鬼）カ先年来組織シ居ル忠勇顕彰会ハ第一級ノ人少数ニテ真面目ニ処理シ居リ。極メテ小規模ナルモ其効果ハ少ナカラス。官務ノ外絶対ニ関係スルコトヲ拒絶スル東郷元帥（平八郎）モ顕彰会丈ニハ副総裁トナリ居リ。皇室ヨリモ創立早々五千円ヲ賜ハリタル様ノコトナリ
是迄竹田宮殿下ヲ総裁ニ仰キ居リタルモ殿下薨去ニ付東久邇宮殿下ヲ総裁ニ仰キ度。是ハ会員一同ノ熱誠ニ希望スル所ナリ。依テ此趣意ヲ殿下ニ申上呉度イツレ会ニ関スル書類ハ取纏メ君ノ所ニ廻ハシ置クヘシト云ヘリ。予殿下ハ金沢御在勤ニテ書面ニテ申上ケテハ事情ヲ尽クシ難シ。其内殿下御上京ノ時カ又ハ宮附事務官カ金沢ニ行ク時カ口頭ニテ申上クルコトヽナスヘシ。事務官ハ先日ヨリ金沢ニ参リ居リ今日帰京スルコトヽナリ居ル故今後金沢ニ行クコトナリトシテモ少シクハ後ノ事ナルヘキニ付右様承知スヘキ旨ヲ答フ。
此話未タ終ハラサル中ニ有吉某（忠一カ）（兵庫県知事）来ル。九鬼、有吉ニ断ハリテ予トノ話ヲ続ケタリ。既ニシテ鵜沢総明、平沼騏一郎、玉利喜三（名不確）目賀田種太郎小橋一太相次テ来ル。八時前食堂ニ入リ九時三十分後会散ス
鵜沢朝鮮ニ於ケル騒擾鎮圧ノ手段乱暴ナリシコトヲ話セリ。殊ニ水原ニ於ケル殺人焼尽ノ善後処分トシテ家屋建築代若干ヲ被害者ニ給シ千五百円ヲ教会堂建築費トシテ給与シ穏便ニ済マスコトヲ依頼シタル事抔ハ如何ニモ拙劣ナリシト云ヘリ。九時五十分頃家ニ帰ル
○午後水口敏子来リ。来月ヨリ予ガ家ニ来リ家ヲ守ルヘキ旨ヲ答ヘタル由内子ヨリ報告ス。水口ヲシテ家ヲ守ラシムルコトハ内子ガ郷里ニ行クトキノ為メニ先日依頼シタルコトナリ
○広津直人妻清来リ。先日（本月二日）借リタル金三十円ヲ返シ蚊帳一張ヲ借リテ去リタル由内子ヨリ報告セリ
○炊婢（サイ）端書ヲ贈リ暇ヲ乞フ
○六月十七日午前八時頃大日本明道会ニ電話シ勤王文庫第一編ヲ十五日ニ配本スルコトヲ誓ヒ置ナカラ又違約シタルコトヲ責ム。会員明十八日ニハ相違ナク配本スル旨ヲ答フ
○午前八時前土肥慶蔵ノ家ニ電話シ今日午後ニハ土肥自ラ患者ヲ診察スルヤ否ヲ問フ。土肥ノ家人土肥病アリ。今日ハ代診者カ午前ノミ診察スル旨ヲ答フ
○午前八時頃橋爪慎吾ニ電話ス。橋爪在ラス其家人間モナク帰ルニ付帰リタラハ橋爪ヨリ電話スヘキ旨ヲ告ク。
既ニシテ橋爪ヨリ電話ス。予先日有馬家々扶人選ノコトニ付林田守隆ニ一回発翰シタル処林田ヨリ十一日附ノ書状ヲ以テ其日ニ久留米ニ行キ恵利千次郎ニ家扶ト為ルコトヲ勧メ其結果ハ更ニ報知スヘキ旨申来リ居リ。今朝第二回ノ書状達シ其書状ニハ恵利ノ書状ヲ封入シ恵利ノ書状ハ久留米ヲ去リ難キ家情アルト老朽ニテ職ニ堪ヘサルトノ理由ニテ就職ヲ承諾セサル旨ヲ記シ林田ハ其代ハリトシテ水野光衛ナルモノヲ推薦シ来レリ。水野ハ京町ノ元卒士ニテ年齢ハ五十四歳学問アリ性質正直算術ノ技能ハ恵利ニハ及ハサル旨ヲ申来レリ。
林田ヨリ先日ノ書状ニ高橋某ヲ推薦シ来リ居ルニ付高橋ニ相談スヘキカ又ハ水野ニ相談スヘキカ明日頼多ノ法会ニ付祥雲寺ニ行クナラハ予モ明日ハ同寺ニ行ク積リニ付其前ニ頼寧ニ相談シ明日祥雲寺ニテ誰レニ相談スルカヲ決スル様ニ致シ度旨ヲ告ク。橋爪其通ニ致スヘキ旨ヲ答ヘ
又橋爪ヨリ頼寧カ先日来産業組合ノ如キモノヲ組織シテ貸家ヲ建テ住居難ヲ救済スルコトノ企ヲ為シ頼寧自其委員長トナル積リニテ其事ヲ至急君（予）ニ相談セヨトノコトナリシガ自分（橋爪）ヨリ倉富ニ相談スル前先ツ主管省ナル農商務省ノ意向ヲ問ヒ合ハスル必要アルヘキ旨ヲ告ケ頼寧自ラ之ヲ問合セタル処全体ノ計画ハ宜シキモ共同ニテ事ヲ為サントスル某抔ハ不可ナリ。此等ノ人ト事ヲ共ニスルコトハ見合ハセヨトノ忠告ヲ為シタル趣ニテ君ニ相談スルコトモ見合ハセトナレリ。
頼寧ヨリ共同者ニ判然同意ノ旨ヲ告ケ居リタル模様ニテ之ヲ断ハルコトハ余程困リタル模様ナリシモ初メヨリ自分（頼寧）ハ同意ナルモ相談人ニ相談セサルヘ〔カラ〕サルニ付其結果ニ因リ決セサルヘカラサル旨ノ条件ハ附ケ置タリトノコトナリシ故然ラハ其趣意ニテ断ハルカ宜シトテ其事ニ取計ラヒタル筈ナリ。一応ハ断ハリタルモ尚ホ其後発起人等ガ中央亭ニテ会合スル故更ニ其席ニ出テ断ハラントノコトナリシモ一度断ハリタラハ夫レニテ十分ナリ左様ノ所ニ出席スルハ宜シカラストテ之ヲ止メ置ケリト云フ。
予イツモ軽率ニ承諾スル故困ルコト多シ。先年ノ屑煙草ノ問題ノトキモ同様ノ事ナリシナリ。此節モ余程注意セサレハ不安心ナリト云ヒ置ケリ
橋爪又伯爵ハ只今旅行中ニテ新潟ヨリ金沢ニ廻ハリ本月廿一二日頃帰京ノ予定ナリト云ヘリ
○午前十時頃金井四郎予ノ事務室ニ来リ。昨夜十時頃金沢ヨリ帰京シタルヲ告ク。王殿下妃殿下王子殿下共ニ御機嫌ヨキコトヲ報ス。予昨夜九鬼隆一ヨリ予ニ嘱シタル事ノ大略ヲ告ク。金井来月末頃復タ金沢ニ行クコトニナルヘシト云フ
金井又先日御用取扱永山チセ（名不確）ヨリ自分（金井）ニ書状ヲ贈リ非常ニ怒リ居リタルコトヲ話シタルカ其原因ハ盛厚王ガ独逸人某（高等学校ノ教師）ノ子ト屋外ニテ御遊戯成サルヽコトハ王殿下モ御承知ノ上之ヲ御許シ成サレ居リタル処誰レモ其事ヲ永山ニハ之ヲ知ラセサリシ為メ永山ハ其事ヲ聞キ盛厚王ガ敵国タル独逸人ノ子ト御遊ヒ成サルヽハ宜シカラストテ此事ニ付盛厚王附ノ侍女并ニ王殿下ノ生母寺尾某ニモ不都合ヲ鳴ラシタル由。
然ルニ王殿下ハ自分（殿下）カ許シタル事ヲ彼此申スハ不都合ナリトノ御考ヘアリタル由ニテ自分（金井）カ金沢ニ着キタルトキ殿下ヨリ御殿ニ参ル前先ツ軍隊ニ来ルヘシトノ御命アリ。其方ニ参リタル処御洋行ニ関スル御話ガ済ムト直クニ永山ノ事御話アリタル故東京出発ノ頃月事アリ其為メ昂奮シテ不敬ナル事ヲ申出シタルコトモアルヘキ旨ヲ以テ之ヲ取リ成シ殿下ノ御意モ解ケタリ。
畢竟永山カ殿下ガ盛厚王ノ独逸人ノ子ト御游ヒ成サルヽコトヲ御許シ成サレ居ルコトヲ知ラサリシカ主ナル原因ナリシ様ナリ。其他ニモ永山ハ親族等ヨリ種々ナル圧迫モ受クル模様ニテ此等モ精神ヲ昂奮セシムル原因ナルガ如シト云ヘリ
金井又佐田菊枝ハ侍女取締ノ名義ハ附ケサル積リナリシモ殿下ヨリ名義ヲ附ケヨトノ御話アリタルニ付取締心得ト云フ名ヲ附クルコトヽナレリ
其他侍女ノ俸給ニ付テハ此前ニ相談致シ置タレトモ殿下ノ御趣意ニテ余程変更セリト云ヘリ
予ヨリ金井ニ対シ窃ニ遠カラス特ニ各宮家ニ資金トシテ金五十万円宛ヲ賜ハルヘキ模様ナリ。此ノ元資ハ費消スルコトハ行ハレサルヘシ。但当分絶対ニ秘シ置クヘキ旨ヲ話シ置ケリ。金井既ニ去ル
予更ニ給仕ヲシテ宗秩寮総裁室ニ到リ金井ヲ召ハシメ先日良子女王殿下皇太子殿下ノ妃ニ御内定アリタルトキノ御祝詞ハ如何取計ヒタルヤヲ問フ。金井早速両陛下并ニ皇太子殿下ニ御祝電ヲ発セラレタリト云ヘリ
○午前八時後内子一ツ木郵便局ニ行キ為替ヲ作ル
○午後三時前杉栄三郎来リ。明日午前十時ヨリ経済会議ヲ開カルヽ旨ヲ告ク
予乃チ橋爪慎吾及ヒ河窪敬直ニ電話シ明日ノ頼多ノ法会ニ参会シ難キコトヲ告ケ橋爪ニハ林田守隆ヨリノ書状ニテ申越シタル家扶人選ノコトハ明日頼寧ト評議シテ決定シ其結果ヲ予ニ報知スヘキコトヲ告ク
○午前十時頃金井四郎ガ来リタルトキ左ノ話ヲ為セリ。
東久邇宮殿下ガ御見学ノ為メ徴兵官ト共ニ御出張成サレタルコト両三度アリタリ。然ルニ当局者ハ左ノ如ク云ヘリ。是迄ハ当地方ニテハ徴兵忌避者ノ多キニ困ミタルカ此度ハ実ニ異例ニテ身体不合〔格〕者ハ其不合格ヲ憾ミ籤ニ当ラサリシモノハ其落籤ヲ憾ミ居レリ。是皆王殿下ノ感化ナリト。
自分（金井）ハ右ノ話ヲ聞キタル故王殿下ニ対シ陸軍当局者ヨリ此ノ如キ話ヲ聞キタリ。実ニ喜フヘキコトナリ。然ルニ此事ニ付テモ殿下ノ御注意ヲ請ハサルヘカラサルコトアリ。殿下ノ一挙手一投足ハ此ノ如キ影響ヲ及ホスモノナリ。此ノ如キ好影響アル代リニ殿下ノ行動宜シカラサレハ之ト同シク悪影響ヲ生スルニ付其事ハ平素十分ノ御注意ヲ願ハサルヲ得ス。近来尊貴ノ人ヲ称スルニ彼方ハ実ニ平民的ナリト云フ。尊貴ヲ狭ムヘカラサルハ勿論ニテ殿下カ一個ノ大隊長トシテ御執務成サルヽトキハ普通ノ大隊長ナル様ニ御振舞成サルヽ様ニ希望スレドモ皇族トシテノ御行動ハ矢張皇族タルノ御威望ヲ損セラレサル様之御注意ヲ願フト申上ケ殿下モ之ヲ領セラレタリ。
徴兵官御見学ノ影響ハ自分（金井）ヨリ殿下ニ対シ此事ハ参謀総長ニモ宮内大臣ニモ序ヲ以テ話シ置クヘシト申上ケ置タリ。貴官ヨリ序ノ節宮内大臣ヘ御話ヲ請フト云ヘリ。予之ヲ諾シ置タルガ徴兵官ノ話ハ多少割引シテ聞ク必要アルヘシ
○六月十八日午前九時二十分ヨリ出勤シ十時前波多野敬直ヲ其官房ニ訪フ。会々南部光臣正ニ話ス。予南部ニ対シ三年町御料地ヲ津田信太郎ニ貸シ渡アルコトヲ告ケ其原因ヲ問フ。南部之ヲ記憶セサルモ若シ払下ケタルモノニ非ス今尚ホ借地ナリトスレハ必ス之ヲ貸渡ス縁故アリタルナラント云フ。南部既ニ用談ヲ終ハル
予波多野敬直ニ対シ東久邇宮附事務官金井四郎一昨日金沢ヨリ帰リ左ノ事ヲ告ケタリ。是ハ金井カ石川県知事ヨリ聞キタル所ナル由格別ノ事ニハ非サルモ一応之ヲ報告ス。
東久邇宮殿下ハ先頃来徴兵検査員カ各地ニ出張スルトキ見学トシテ出張セラレタル処全体殿下ノ在勤ハ地方ニ好影響ヲ及ホシタル模様アリ。是モ其一ツナルヘク従来ハ概シテ徴兵ヲ忌避スル傾向アリタル処今年ハ兵役ニ当ラサル者却テ之ヲ遺憾トシ兵役ニ就クコトヲ志願スル者アリタリトノコトヲ話シタル趣ナリト
予又波多野ニ対シ九鬼隆一ヨリ東久邇宮殿下ヲ忠勇顕彰会ノ総裁ニ戴キ度ニ付予ヨリ其事ヲ願ヒ置呉ヨト云ヒ、自分（予）ハ此事ハ書面抔ニテ尽ク訳ニ行カス其内殿下御上京アリタルトキカ又ハ事務官金沢ニ行クトキカ御内意ヲ伺ヒ見ルヘシト云ヒ置タリト云フ。波多野夫レハ宜シカルヘシ殿下洋行ヨリ御帰リアリタル後位ニテ宜シカラント云フ。予予モ其事ヲ考ヘタルモ之ヲ九鬼ニ話ス訳ニ行カサル故前述ノ如ク答ヘ置タリト云フ。
波多野全体顕彰会ハ何事ヲ成スモノナルヤト云フ。予予ハ之ヲ知ラサルモ九鬼ヨリ話ヲ聞キタル後同人ヨリ出版物ヲ送リ来リタルカ之ヲ見レハ戦死者等ノ小伝ヲ出版スル事ヲ主ナル事ナル模様ナリト云フ
波多野全体他ヨリ寄付金集メ置ナカラ年ニ人ヲ招キテ饗応ヲ為スハ穏当ナラス。自分（波多野）ハ毎度晩餐ノ案内ヲ受ケタルモ一度モ招ニ応シタルコトナシ。晩餐抔ニ寄付金ヲ費スハ不当ナリト思フト云ヘリ。予会ニテハ村井吉兵衛抔ノ伝ヲ出版シ居レリ。是モ金ヲ出シタル為メナルカ如シト云ヘリ
○午前十時前予ガ波多野ニ面スル前金井四郎ニ電話シ東久邇宮殿下カ徴兵検査ノ御見学トシテ御出張ナサレタルハ何時頃ニテ何回位ナルヤ又兵役希望者アリトノ事実ハ如何ナルコトニテ何人ヨリ之ヲ聞キタルヤヲ問フ。金井殿下ノ御出張ハ五月頃ヨリ六月マテノコトニテ度数ハ七回ナリ。兵役希望ノ事実ハ詳細ハ聞カサリシモ兵役ニ当ラサル者カ役ニ就キ〔度〕旨ヲ申出テタル者アル趣ニテ之ヲ自分（金井）ニ話シタル〔ハ〕石川県知事ナリ。知事ハ多分郡長等ヨリノ報告ヲ受ケタルモノナラント云ヘリ
○午前十時ヨリ西一ノ間ニ到リ皇室経済会議ニ列ス。議スル所ハ御資会計収支部追加予算第四号及通常会計追加予算第五号ニテ第四号ハ第五号ノ財源ヲ示スマテナリ。第五号ハ王妃ニ対スル賜金、明治神宮参道開設費補助費十五万円皇族特別賜金六百万円ナリ。此議案ハ議了シタル後波多野敬直ヨリ皇族処分内規案ニ付意見ヲ問フ。山県言フ所アリ。予亦之ニ対シテ説明ヲ為セリ。山県、松方トモ原案ヲ賛成セリ。案ハ予ガ起草シタルモノナリ
○午後五時頃九鬼隆一ヨリ電話ニテ相談シ度事アリ。九鬼自身ニ来ル筈ナルモ病気ニテ往訪シ難シ代人ヲ遣ハシ度シ今晩カ明晩カ差支ナキトキヲ通知シ呉ヨト云ヒ後間モナク此申込ヲ取消シタル由予ガ家ニ帰リタル後内子ヨリ之ヲ報セリ
○午後二時三十分ヨリ司法大臣官舎ニ行キ刑事訴訟法改正案委員総会ニ列ス。会ハ第一編第六章以下ニ付質問ヲ為シ第八章マテニテ閉会ス。午後六時前家ニ帰ル
○午後四時頃雇人請宿ノ婆炊婢見習モトヲ連レ来リタル由内子ヨリ之ヲ報告ス
○午前内子三越呉服店ニ行ク
○内子電話ニテ荒井カズエノ産後ノ状ヲ問フ。栄ヨリ肥立宜シキ旨ヲ答ヘタル由ナリ
○有馬正頼ノ家ヨリ菓子一箱及斎料一円ヲ送リ来ル。故頼多七周年忌ナルヲ以テナリ
○午後八時前橋爪慎吾ニ電話ス在ラス未タ帰ラスト云フ。乃チ橋場ニ電話ス。今日ハ来ラス祥雲寺ヨリ直ニ青山ニ到リタル趣ナリト云フ。乃チ復タ青山ニ電話ス。橋爪電話ニ掛ル。予家扶ノ候補者ハ誰レニ決シタルヤヲ問フ。橋爪家扶トシテハ伎能ヨリモ人格ヲ重ニスルニ付水野光衛ヲ第一ノ候補者ニナシ度事ニ決シタリト云フ。予有馬秀雄ハ水野ヲ知リ居リタルヤヲ問フ。橋爪今日有馬ニ問フ積リナリシモ有馬ハ亡母ノ一週忌ニ当リ祥雲寺ニ来ラサリシニ付問合ハスルコトヲ得サリシト云フ。予予ヨリ林田ニ発柬シテ水野ニ交渉スルコトヲ依頼シテ宜シキヤト云フ。橋爪其事ニ取計ヒ呉ヨト云フ
予又久米子ノ結婚ニ付予ヨリ祝品ヲ贈リ度ニ付取計ヒ置呉ヨト云フ。予〔ママ〕承知ノ旨ヲ答ヘ且来月十一日結婚後直ニ披露宴ヲ開ク筈ナルカ其日ノ午後四時ニスルカ五時ニスルカ未定ナリ。孰レ案内状ヲ出ス筈ニナリ居ルト云ヘリ
○午後十一字後九鬼隆一ノ家ヨリ是非相談致シ度コトアリ。九鬼往訪スヘキ筈ナルモ病気ニテ往キ難シ明日夕晩餐ヲ共ニシ度ニ付来リ呉度旨電話ス。予明夕ハ公務アリ行キ難シト云フ。九鬼ヨリ明後日ノ昼又ハ晩ニ来リ呉ヨト云フ。予昼ハ公務アリ晩ハ前約アリ行キ難シ若シ至急ノ用事アラハ明朝出勤途次過訪スヘシト云フ。九鬼之ヲ熱望スル旨ヲ答フ。予之ヲ約ス
○眠ラスシテ翌午前一時後ニ到ル
○六月十九日午前八時前橋爪慎吾ニ電話シ有馬家ニテ水野光衛ヲ雇ヒ入ルヽニハ家扶ノ名義ニシテ其ノ俸給等ハ前日恵利千次郎ヲ雇ヒ入レントシタルトキト同ジク林田盛隆ノ見込ニ任セテ宜シキヤヲ問フ。橋爪夫レニテ宜シキ旨ヲ答フ。乃チ書ヲ林ニ贈リ水野ニ相談スルコトヲ嘱ス。
○午前八時前内子ヲシテ土肥慶蔵ノ家ニ電話シ今日ハ土肥ガ患者ヲ診察スルヤヲ問ハシム。土肥ハ病アリ。今後一二週間ハ自ラ診察シ難キ旨ヲ答ヘテ報ス。
○午前九時ヨリ九鬼隆一ノ家ニ至ル。九鬼聞ク所ニ依レハ今年ヨリ帝国大学ノ卒業式ニ陛下ノ御臨幸ナキコトヽナリタル由是ハ遺憾ノコトナリ。新ナル事ハ十分ニ注意シテ始メサルヘカラス。一度始メテ跡カ続カサル様ノ事アレハ人心ニ影響スルコト大ナル故其辺ノ注意ハ極メテ肝要ナリ。大学ヘノ御臨幸ハ既ニ毎年ノ例トナリ居ルコトニ付キ之ヲ止ムルハ人心ニ及ホス影響モ少ナカラサルヘシ。此事ハ予カ気附キタルニ非ス。上原勇作ノ気附ニテ予ニ話シタルコトニテ陸海軍学校ノ卒業式ニハ是迄ノ通リ御臨幸アリ。最高学府ナル大学ノミ御止メアルハ面白カラスト思フ。是ハ文部省ノ事ニ付文部大臣秘書官ヲ召フ事ニ致シ置ケリ。此趣意ヲ宮内大臣又ハ宮内次官ニ伝ヘ呉ヨト云フ。
九鬼又前夜話シ置キタル忠勇顕彰会総裁トシテ東久邇宮殿下ヲ推戴シ度趣意ヲ陸軍大臣参謀総長ニ内談シタル処イツレモ大賛成ナリ。然ルニ上原勇作ハ昨日態々来訪シ其事ニ付急ニ話シ度出来セリ。上原ハ東久邇宮殿下ノ事ヲ称揚スルト同時ニ是ハ極々秘密ナルモ現今ノ皇族中殿下ノ如ク立派ナル方ナシ。依テ殿下ハ将来ノ為メ十分ノ御修練ヲ必要トシ御洋行ノ御希望アリ。而カモ普通游覧ノ如キ洋行ニ非ス。年数モ長キ模様ナル故殿下ヲ総裁ニ戴クコトハ顕彰会ニテモ困ルコトアルヘシト云ヘリ。
依テ自分（九鬼）ヨリ殿下ニ於テ二三ノ事ヲ御許諾下サルレハ如何ニ永ク御洋行游ハサレテ会ニテハ差支ナシ。夫レハ第一、年次総会ノトキ令旨ヲ賜ハル例ナルカ是ハ其時ノ模様ニ因リ幾分ノ取捨ヲ要スルニ付予メ文言ヲ一定シ置ク訳ニ行カス。併シ副総裁トシテ上原元帥アリ。副会長ニ某々大将アリ。此等ノ人ヲ御信用アリテ令旨ヲ御委任下サルコト。第二ハ総会ノトキ全員ニ菓子ヲ賜ハル例ナル故是ヲ御承認下サルコト。第三ハ会員ニハ婦人モ少ナカラサル故ニ年ニ一度カ三年ニ一度カ妃殿下ガ御臨場下サルレハ此上モナキコトナリ。併シ第三ハ要件ニ非ス。第一第二サヘ御許容下サルレハヨシトシテ仮令御洋行游ハサレテモ総裁ニ推戴致シ度ト思フ。君ノ見ル所御許容アルヘキヤ如何ト云フ。
予先夜顕彰会ノ話ヲ聞キタルトキ東久邇宮殿下御洋行ノ事ヲ話ス必要アリトハ思ヒタルモ上原モ云ヒタル如ク此事ハ今日マテハ極々秘密ニ付予ヨリ之ヲ話スコトヲ得ス。依テ已ムヲ得ス殿下ハ只今地方御在勤ニ付会ニテ不便ナルヘシト云ヒ見タルモ夫レハ不便ナラストノコト故殿下御上京ノトキカ又ハ事務官カ金沢ニ行クトキカニ殿下ノ御意向ヲ伺ヒ見ルヘシト云ヒ置タル次第ナルガ殿下ハ元来責任ヲ重ンセラルヽ方ナル故御洋行アリテモ尚ホ総裁タルコトヲ御許諾アルヤ否ハ予測致シ難シト云ヘリ。
九鬼ハ若シ殿下ニ御願ヒ申上ケタル上御許諾ナキトキニ至リ更ニ他ノ殿下ニ御願ヒ申上クルコトハ甚タ不都合ナル故如何ニモ遺憾ナルモ此事ハ断念シ他ノ殿下ニ願フコトヽスヘシ。上原ハ東久邇宮殿下カ御許諾ナキトキハ久邇宮殿下カ梨本宮殿下ニ願フ方宜シカルヘク其内ニテモ久邇宮殿下ニ願フ方宜シカルヘシト云ヒ居リタリト云フ。
予久邇宮殿下ハ東久邇宮殿下ノ兄ニ当ラセラルル方ナル故東久邇宮殿下御許諾ナキトキニ至リ久邇宮殿下ヘ御願ヒ成サレテハ愈々不都合ナルヘシト云ヒ九鬼モ愈々断念シテ全ク新ニ久邇宮殿下ニ御願申上クル事ニナスヘシ。就テハ宮内大臣ニ東久邇宮殿下ニ御願ヒ申上クル積リナリシコトハ之ヲ絶対ノ秘密トナス様ニ話シ置呉度旨ヲ告ク。
予之ヲ諾シ且本月十七日送付シタル忠勇顕彰録ハ如何取計フヘキヤ。東久邇宮殿下ヘ総裁ノ事ヲ御願ヒ申上クルナラバ其時殿下ニ差上クル積リニ致シ居リタルモ之ヲ中止スル上ハ其訳ニモ参ラスト云ヒタルニ彼ノ書籍ハ君ノ手元ニ御留メ置下サレ度ト云ヘリ。
○十一時前宮内省ニ出勤シ波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ将ニ九鬼ヨリ嘱シタル二事ヲ話サントス。会々吏員来リ波多野ニ御召ノ旨ヲ伝フ。予更ニ暇ヲ得テ話サントス云フ。波多野夫レニ及ハサル旨ヲ告ク。乃チ九鬼ヨリ嘱シタル二事ヲ略説ス。大学御臨幸ノ件ハ簡略ヲ主トシタル為メ陸海軍学校云々ノコトハ之ヲ略シタリ。波多野大学御臨幸ノコトハ先頃山川健三郎来リ。今年ヨリ御臨幸ヲ願ハサル旨ヲ申出テタルカ其後更ニ其申出ヲ取消タリ。宮内省トシテハ御臨幸ハ何時ニテモ差支ナキモ大学ノ方ニテハ年ニ一定ノ時ニ御臨幸ヲ願フコトヲ希望スル趣ナルカ卒業式ヲ止ムレハ他ニハ適当ノ時ナキ為メ困リ居ルトノコトナリ。
大学ニテ御臨幸ヲ願ハサルコトヽナシタル真ノ原因ハ取締困難ナル為メ〔ト〕云フコトニ付途中ノ取締位ハ何デモナキコトニ非ヤト云ヒタルニ山川ハ途中ノコトニ非ス。学生中ニ如何ナル者居ルヤヲ懸念スル趣意ト云ヘリ。審査局ニ返リ金井四郎ニ電話シ先日九鬼ヨリ云々ノ旨ヲ話シ置タルコトハ都合アリ絶対ニ秘シ置キ呉度。面会ノ上詳カニ話スヘシト云ヒ金井之ヲ諾ス。
九鬼ノ家ニ電話シ今朝話ノ件ハ夫々取計ヒタルコトヲ主人ニ伝ヘヨト云ヒタル処只今来客アリ。後刻之ヲ伝フヘキ旨ヲ答フ。
○午後零時後向井巌来リ。三年町御料地ノ件ヲ問フ。予現在津田信太郎ガ借主トナリ一坪一ヶ月ノ借賃八銭ニテ期限ハ来年十一月マテナル由、津田ニ貸シアル原因ハ昨日南部光臣ニ問ヒタルモ記憶セス。取調フヘシト云ヒ居リタリ。都合ニテハ林野管理局ニ行キ問ヒ合ハセ見ル方宜シカラント云ヒ向井ハ吉田平吾ヲ知リ居ル故之ニ問ヒ見ルヘシト云ヒ余談トシテ浪華節ノ話ヲ成シテ去リタリ。
吉来リ。宮内省ニ岡松参太郎ヲ採用セサルコトヲ話ス○午後二時前小原吉来ル。予正ニ伊夫伎準一松根豊次郎ト話ス。伊夫伎等去ル。小原先日石原健三カ岡松参太郎ヲ調査局長ト為スコトヲ図リ居リタルガ其後自分（小原）カ中村是公ニ遇ヒタルトキ中村ハ岡松ガ任用資格ニ缺クルトノ理由ニテ石原ヨリ之ヲ断ハリ岡松モ元来希望シ居ラサリシコトニ付丁度好キ都合ナリト云ヒ居リタル旨ヲ話シ居リタリ。然ルニ岡松カ資格ナキコトハ相談スル初ヨリ分リ居ルコトニテ岡松ニ相談スルカラニハ任用令ノ改正マテモ覚悟シテ掛リタル訳ナルヘシ。相談シタル後ニ至リ資格ノコトニテ断ハルハ面白カラスト云ヘリ。
予予モ其事ヲ聞キタルカ岡松ノ方カ執務時間等ノ覊束ヲ受クルコトヲ好マサルニ非サルヤト云ヒタルニ小原本人ハ好マサレトモ仕事カ面白ク出来ナラハ執務時間ノ窮屈ハ忍フ積リナリシ様ナリ。全体彼ノ事ハ石原一個ノ考ヘナリシヤ大臣ニモ熟議ノ上ナリシヤ大臣トノ協議ハ十分熟シ居ラサリシ様ニモ思ハルヽト云ヘリ。
予第二ノ候補者トシテ柳田国男ノ話モ出テタルモ是ハ波多野カ賛成セサリシ由。予ハ柳田ハ不適任トハ思ハス。波多野ガ之ヲ好マサルハ自然ハ先日君カ話シ居リタル山縣トノ関係デモ考ヘタルニハ非スヤト思フト云フ。
小原波多野ハ陛下ニハ勿論皇后陛下ニモ御信用アリ。皇后陛下ニシテモ隔意ナク御話アルハ皇后大夫ヨリモ寧ロ大臣ナルヘシ。故ニ何人カ大臣ニ代ハリテモ此点ニ付テハ大臣ニ及フモノナシ。大臣カ今少シ強剛ナル所アレハ宜シキモ其ハ固ヨリ望ミ難シ。
夫レニシテモ石原ガ今少シ働ケハ十分ニ効果ヲ挙クルコトヲ得ヘシ。今日ノ様ニ不振ナルハ石原ノ責任ト云ハサルヘカラス。石原ハ兎角真面目ニ事ヲ為サス責任ヲ避クル嫌アリ。此事ハ何人モ認メ居ル所ナルヘシト云ヘリ。
○林野管理局ノ加瀬欣一〔郎〕審査官室ニテ話シ居レリ。予三年町ノ御料地ヲ津田信太郎ニ貸渡シアル事情ヲ問フ。加瀬モ之ヲ記憶セスト云ヘリ。
○午後五時前予家ニ在ルトキ金井四郎ヨリ電話ニテ今日上原勇作（参謀総長）ヲ訪ヒ先日来王殿下御洋行等ノ事ニ付上原カ種々周旋シ呉レタルニ付殿下ヨリノ謝意ヲ伝ヘタル処上原ヨリ田中義一（陸軍大臣）カ自分（上原）ニ対シ先日宮内大臣ヨリ王殿下ヲシテ洋行セシメラルヘキ旨御沙汰アリ。夫レニ付殿下ハ洋行ノ準備ヲ成サルヘキ処金沢ニテハ万事不便ニ付東京ヘノ転任ヲ御希望相成リ居レリ。而シテ転任ノ時期ハ秋季ノ演習ヲ終ハラレタル後ニシ度トノ御希望ニ付御希望ノ達スル様取斗ヒ呉ヨトノ話アリ。自分（田中）之ヲ諾シ置タル故此事ニ付意見ヲ問フトノ話アリ（田中ヨリ上原ニ）。自分モ（上原）大賛成ノ旨ヲ答ヘ置タリトノ話ヲ為セリ。依テ之ヲ報告スト云ヘリ。
予ヨリ王殿下徴兵検査御見学成サレタル事ニ関スル石川県知事ノ話ノコトハ昨日宮内大臣ニ話シ置タリト云ヒ金井ヨリ自分（金井）モ上原ニ話シタル処上原ハ自分（上原）ハ未タ之ヲ聞カス。師団長ヨリノ書状達シ居リ。未タ之ヲ披見セズ。或ハ右様ノ報告ナラント云ヘリ。
予又金井ニ対シ今朝電話ニテ九鬼云々ノ話ヲ為シタルカ只今ナラハ今少シ詳シク話スコト出来ス上原ヨリ九鬼ニ対シ王殿下御洋行ノ事ヲ告ケ忠勇顕彰会ニテ殿下ヲ総裁ニ戴クハ不便ナルヘシトノ話ヲ為シタル結果九鬼ヨリ予ノ意見ヲ問ヒ予モ殿下カ果シテ御許諾成サルヽヤ否予測シ難シト云ヒ九鬼ハ殿下ニ願ヒタルモ御許諾ナキ為メ更ニ他ノ殿下ニ願フコトヽナリテハ甚タ面白カラサル故遺憾ナカラ之ヲ中止シ新ニ他ノ殿下ニ願フコトヽナスヘキニ付先日ノ話ハ絶対ニ秘シ置呉ヨト云ヒ予モ其方宜シキ様ニ考フルニ付君モ絶対ニ秘シ置呉ヨト云フ。金井承諾ノ旨ヲ答ヘタリ。
○午後七時ヨリ霊南坂制度審議会事務所ニ至リ委員会ニ列ス。議案ハ皇族後見令再査案ニテ是ハ午後十時頃少許ノ修正ヲ加ヘテ議了セリ。
第二議案ハ皇室遺言令再査ニ関スル予決問題遺命ノ制ヲ設クルヤ又ハ之ヲ削除スルヤノ問題ナルカ富井政章ヨリ特別委員会ノ経過ヲ報告シ岡野敬次郎特別委員会ニテハ自分（岡野）一人ノ外遺命ニ関スル規定ヲ削除スル意見ナリシモ自分（岡野）ハ其趣意ヲ了解スルコト能ハス。併シ其削除ヲ不可トスルニ非ス。唯其当否ヲ疑フトテ一時間余予等ノ意見（特別委員会ノ時ノ意見）ヲ反駁シ牽強ノ弁ヲ弄シ平沼騏一郎ハ削除説ヲ主張スル者ハ遺命ヲ以テ大傳ヲ任スル場合ニ付テハ特別ニ其形式ヲ定ムル積リナリヤ。又ハ此ノ場合ニ付テモ形式ヲ定メサル積リナリヤト問ヒ富井之ニ答ヘ二上兵治ハ遺命ト公式令ノ規定トニ付質問シ十一時三十分頃会ヲ閉チ次回ハ七月三日午後七時三十分開会スルコトニ定メテ散会ス。
平沼ト共ニ自動車ニ乗リテ帰ル。十二時ニ近シ。
○炊婢モトヲ雇フコトニ決ス。
○六月二十日宮内省ニ出勤スルトキ金嚢ヲ携フルコトヲ忘ル。予既ニ宮内省ニ達ス。尚ホ之ヲ覚ラス。十時後内子電話ニテ之ヲ告ケ且ツ午後車夫ヲ遣ワストキ之ヲ届クヘキヤト云フ。予之ヲ届クヘキコトヲ答フ。既ニシテ復タ内子ニ電話シ車夫カ懐中物ヲ持チ来リタルトキハ特ニ受附ヲシテ之ヲ予ニ致サシムルニ及ハス。予カ車ニ乗ルトキ之ヲ予ニ渡スヘキ旨ヲ命ジ置クヘキコトヲ告ク。
○午後二時前近藤久敬来リ。鈴木重孝ヲ審査官ト為シ高等官六等ニ達スル趣意ヲ問フ。予鈴木ハ試験ニ合格シタルモ欠位ナキ為メ久シク属官ニ止マリ居リタリ。故ニ之ヲ斟酌シタルノミナラス六等マテハ年月ニ拘ハラス進ムルコトヲ得ルニ付之ヲ上申セリ。加之審査補ノ地位ハ定員一人ヲ明ケ置クコトハ大臣ト約シ置タル故其約ヲ果ス為メニモ必要ナリト云フ。近藤更ニ次官ト詮議スヘシト云フテ去レリ。午後二時後近藤復タ来ル。予正ニ厠ニ在リ。予局ニ返リタル後西野英男、近藤ガ来リタルコトヲ報ス。予乃チ近藤ノ事務室ニ行ク。近藤将ニ予ガ室ニ来ラントシ廊下ニテ之ニ遇フ。近藤、鈴木ハ増俸後六月ニ満タス。今年暮マテ待ツコトヲ得サルヤト云フ。予予ガ増俸セシムルニ非サルヲ以テ出来サルコトナラハ已ヲ得サルモ増俸シテ宜シキニ非スヤ。次官ニモ相談シタル上ナルヤト云フ。近藤二回マテ相談シタルモ他ニ影響スル故ニ今六ヶ月計リ待ツ方宜シカラント云ヘリト云フ。
予鈴木ノコトハ他ニ関係ナキ故ドウシテモ出来サルナラハ已ムヲ得サルモ若シ今年暮ニ高橋其三五味逸平ヲ増俸スルナラバ其時ハ伊夫伎準一ハ六ヶ月ニテモ増俸スル必要アリ。此事ハ含ミ置キ呉ヨト云フ。近藤、鈴木ノコトハ尚ホ次官ニ話シタラハ宜シカラント云フ。予石原ハ只今事務室ニ在リヤト云フ。近藤、石原ハ皇子御殿ニ行キ居ルヲ直ニ帰リ来ルヘシト云ヘリ。三時前総務課員来リ。石原ガ帰リ来リタルコトヲ報ス。三時頃往キテ石原ヲ訪ヒ将ニ鈴木増俸ノ事ヲ談セントス。
石原昨夜ノ制度審議会ノ模様ニテハ遺命ノ規定ヲ存スヘシト云フ者多数ナルヘシ。然ルニ宮内大臣ハ一旦枢密院ヨリ撤回シ格別改メタル所ナクシテ復タ之ヲ提出スルコトハ到底為シ難シ。宮内大臣ヨリ伊東巳代治ニ注意スル必要アルヘシト思フト云フ。予勿論ナリ。予モ今日其事ヲ大臣ニ話サント思ヒタルモ今日マテハ見合セタリ。全体伊東岡野平沼抔ハ如何スル積リナルヘキヤ。議論ハ別トシテ彼ノ案枢密院ヲ通過セサルコトハ明瞭ナルニ尚ホ彼ノ如キ議論ヲ為スハ不思議ナリ。一旦成案トナレバ宮内大臣ハ非常ナル窮境ニ立チ再ヒ通過セサル案ヲ提出スル様ノ事アレハ其節ハ真ニ責任ヲ負ハサレハ済マサルコトヽナルナリ。全体今頃何ノ用モナキ後見令遺言令案等ヲ再査スルコトガ間違イニテ同シ事ニテモ皇統譜令案テモ議スル方ガ幾分カ理由アリト言ヒタルニ石原ハ自分ヨリ大臣ニ話スガ君ヨリモ話シ呉ヨト云ヘリ。石原又皇族降下ニ関スル内規案ノコトモ王侯家規範案ト引キ離シテ伊東ニ相談スルコトヲ幾度モ勧メタレトモ未タ相談セス。先日松方侯抔ハ大臣ハ皇族処分ノコトヲ為ス積リナルヤ為ササル積リナルヤト云ヘリト云ヘリ。
予鈴木増俸ノコトヲ謀ル。石原皇子御殿ノ武宮雄彦ト同様ノ経歴ニテ鈴木ヲ増俸スレハ武宮モ増俸セサルヘカラス。武宮ノ方ハ上申モナキ故今六ヶ月待ツコトニ致シ度ト云フ。予之ヲ諾ス。
予大臣ハ田中光顕処分後ノ処置ニ付当惑致シ居ル様ノコトハナキヤト云フ。石原一件ハ引キ受ケ居レリ。夫レハ年末ニ五千円計リノ金ヲ賜ハリ居リタルヤ禮遇ヲ辞シタルトキヨリ之ヲ止メタリ。此賜金ハ復活スルコトヽナレリ。賜金ヲ止メタル故田中ハ近藤ヲヒドク悪口スル訳ナリト云フ。
予隣室ニ過キリ近藤久敬ニ鈴木増俸ノコトハ石原ガ他ニ影響スルト云フテ承諾セサルニ付致方ナシ。上申書ハ撤回セサルモ宜シカラント思フト云フ。近藤承知ノ旨ヲ答フ。
○午後四時後ヨリ偕楽園ノ（サツキ）会ニ赴ク。既ニ園ニ達ス。四時三十分ナリ。一人モ来リ居ラス。六時ニ至リ宴ヲ開ク。七時後ヨリ家ニ帰リ八時頃達ス。夜眠ラス。内子亦同シ。
渡邊勇雄ノ妻ヨリ明日来リ呉ヨト云フ
○午後八時後頃家ニ帰リタルトキ内子ヨリ今日渡邊妙子ヨリ電話ヲ掛ケタルニ付キ主人不在ノ旨ヲ告ケタル処自分（内子）ニ話シ度ト云ヒ未亡人自ラ電話ニ掛リ明日廿一日ハ驥ノ忌日ニ付キ午後ヨリ御夫婦ニテ御出ヲ請フ。明日来ル者ハ横田秀雄小松謙次郎宮本淑等ノ外孫共計リナル故面倒ナル人ナリト云フニ付主人帰宅ノ上電話ニテ返答スヘシト云ヒ置キタルカ渡邊ニハ電話ナキコトヲ其後ニ気付キタル旨ヲ報セリ。
八時後小松謙次郎ニ電話ス。小松在ラス。其家人ニ小松ガ帰リタル上明日ハ渡邊勇雄ノ家ニ行クナラハ予等カ差支エアリ。渡邊ノ家ニ行キ難キコトヲ小松ヨリ渡邊ニ伝フルコトヲ小松ニ嘱シ呉度旨ヲ嘱ス
大正八年
六月二十一日ノ続
令ノ如キ必要ナキ案ヲ審議スルヨリモ皇統譜令案デモ議シタラバ幾分宜シカルヘシト云ヘリ。石原皇統譜令案ニ付テハ先ニ伊東ヨリ御歴代ノ代数ヲ決定スル為メニ委員会ヲ組織スヘキ旨ノ建議ヲ為シ居リ。此事ニ付テモ宮内省ヨリ未タ何トモ云ヒ居ラサル故伊東ノ方ニテハ皇統譜令案ヨリモ此方ガ先キニ決スヘキモノト思ヒ居ルヤモ計リ難シト云ヒ其事ヨリ種々ノ餘談ニ渉リ
皇統譜令案ノ参考トシテ平沼騏一郎カ不必用ナル書籍ヲ自分(石原)ニモ相談セスシテ印刷セシメタルコト。平沼カ井上頼圀ノ遺書ヲ引受ケ居リ出版シタル参考書ハ主ニ其材料ナルコト等ノ話ヲ為セリ。
○予既ニ局ニ返ル西野英男、金井四郎ガ尋ネ来リタルコトヲ報シ宗秩寮ニ到リ予ガ返リタルコトヲ金井ニ報ス。金井来リテ東久邇宮ヨリノ手当金二百五十円及妃殿下ヨリ心附品物代二十円ヲ致ス。予謝辞ハ如何ニシテ殿下ニ呈スレハ宜シキヤト云フ。金井其手続ヲ為スニ及ハスト云ヘリ
予又金井ニ対シ前日妃殿下誕辰ノ酒肴料ヲ賜ヒタル旨君ヨリ予ニ伝ヘタルカ実物ハ未タ受領セス若シ君ノ手ニ残リ居ルナラハ勿論夫レニテ宜シキモ万一君ヨリ他ノ職員ニ渡シ其侭ニナリ居ル様ノコトナラハ弊ヲ生シ易キコトニ付予自身ニ関スルコトナルモ一応取調ヘ見呉ヨト云ヒ金井モ尤ナリト云ヘリ
予又金井ニ先日電話ニテ通知シタル九鬼隆一ヨリ話シタル忠勇顕彰会ニ関スル事ヲ金井ニ告ケ上原勇作カ九鬼ヲ訪フテ殿下ノ御洋行ニ関スルコトモ話シ其結果九鬼ヨリ殿下カ顕彰会総裁タルコトヲ御許諾アルヘキヤ否ニ付予ノ意見ヲ問ヒ予予測出来難キ旨ヲ答ヘ九鬼ハ殿下ニ願フコトヲ止メタル始末ヲ告ケ此事ハ絶対ニ秘密ニスルコトヲ注意シ置ケリ
○波多野敬直予ヲ召フ。予往日波多野ヨリ山口鋭之助ガ皇族降下ニ関スル意見ハ宮号ヲ標準トスルハ不可ナリトテ十世ヲ限リテ皇族トナス表ヲ持チ来レリトテ之ヲ示セリ。波多野ヨリ岡野敬次郎カ修正シタル王公家規範案ニ対シ君カ作リタル修正案アリタルニ非スヤト云フ。予ノ作リタルハ対案ニ非ス昨年山県公ノ注文ナリトテ君ヨリノ話アリタルニ付一案ヲ作リタルコトアリ。其案ハ其節ニ君ニ渡シ置ケリト云フ
波多野其案ノ所在ヲ忘レ居レリ。予予ハ対案ハ作ラサリシモ岡野ノ修正案ニ対スル意見書ハ作リタリト云ヒ其意見書ハ何処ニ在ルヤト波多野カ云ヒタルトキ予ヨリ是ハ先日君ニ渡シ置タリト云ヒ波多野ハ石原ノ手ニアルヘシトテ之ヲ問ハントスルトキ予ハ先日此事ニ付波多野等ト評議ヲ為シタルト自然ハ予ニ返リ居ルナラシト思ヒ波多野カ石原ニ問フコトヲ止メ置キ
局ニ返リテ袱包ノ中ニアル書類ヲ検シタルニ其中ヨリ之ヲ見出シ石原カ巻紙ニ書キタル岡野案ニ対スル意見書モアリタルニ付予意見書石原ノ意見書并ニ昨年予ガ昨年予ガ起草シタル王公家規範案ノ再稿ヲ持チテ官房ニ到リ之ヲ波多野ニ渡シ置タリ
波多野、予ガ草シタル皇族降下ニ関スル内規案ニ附加フヘキモノアリト云フニ非スヤト云フ。該内規案ニハ附則トシテ博恭王邦芳王多嘉王ニハ内規ヲ適用セサル旨ヲ規定スルノ必要アリト云フ。波多野人名ヲ揚ケサルモ既定ノ事実ハ動カサスト云フ様ナル工夫ハナキヤト云フ。予博恭王丈ハ夫レニテモ済ムヘキモ邦芳王多嘉王ノコトハ既定ノ事実トハ云ヒ難シト云ヒ置ケリ
○午後十時頃予波多野敬直石原健三ト話シタルトキ御代数御即位ノ年月日等ノ定マサラサルモノアリトノ話ヨリ石原ハ図書寮ニテ段々取調ヘタル処今マテ未定ト思ヒ居リタルコトモ実ハ決定シ居リテ当該所司モ之ヲ知リ居ラサルモノ大分之アル趣ニテ是マテ未定問題ト云ヒ居リタルモノモ大概決定シ居ル趣ナリト云ヒ談長慶天皇ノコトニ及フ。予長慶天皇ノコトハ大日本史ニハ天皇ニ掲ケ居ルト云ヒタルモ予ノ記憶モ十分ニハ確カラス
波多野官房ヲ出テ局ニ返ルトキ調査課ニ立チ寄リ浅田恵吉〔一〕ニ大日本史ノ有無ヲ問ヒ課員ヲシテ之ヲ持チ来ラシメタル処志類等ニテ本紀ナカリシナリ
予局ニ返ラントスルトキ総務課ニ過キリ白根松介ニ逢ヒ昨日ノ（サツキ）会費ハ補足ヲ要スヘシ其額幾許ナルヤヲ問フ。白根之ヲ要セスト云フ。予強ヒテ問フ白根計算シタル後之ヲ報スヘシト云フ
予既ニ廊下ニ出ツ。白根追ヒ来リ鈴木重孝ノ陞等ハ行ハレサリシ趣ナルヤ実ナルカト云フ。予総務課長ヨリ其事ヲ聞キ石原ニモ話シ見タレトモ武宮ニモ影響ヲ及ホストテ承諾セサルニ付致方ナシ。但鈴木ハ格別ノ関係ナキ故夫レニテモ致方ナケレトモ万一今年冬高橋其三五味逸平ノ増俸ヲ行フ様ナラハ其時ハ伊夫伎準一ハ増俸後六ヶ月ノミナルモ高橋等ト同時ニ増俸スル必要アル旨ヲ総務課長ニ話シ置ケリト云ヒ、白根モ此事ハ自分（白根）ヨリモ十分話ス積リナルモ多分今年暮マテハ高橋等ノ増俸モ行ハレサルヘシト云ヘリ
○午十二時前小原吉来リ少シク意見ヲ聞キ度コトアリ。主猟官鍋島精ニ付テハ平素面白カラサル風評アルカ先日鷹匠一人ヲ罷免シ其後一人ハ自ラ退職セリ。其内ノ一人自分（小原）ニ逢ヒ鍋山カ昨年冬鴨場ニテ鴨五百羽ヲ私シタルコト其他種々ナル非行ヲ話シタルモ自分ハ聞キ流シタリ。其者カ審査官松根豊次郎ヲ訪フト云ヒタルトキ夫レハ汝ノ勝手ナリト云ヒ置タリ。然ルニ戸田氏共（主猟頭）ハ自分ノ旧主ナル故之ニ逢ヒタルトキ主猟頭ハ名義ノミニテ実務ヲ執ラサルコトハ兼テ承知シ居ルモ鷹匠抔ノ進退ニハ少シク注意ナサレ鍋島ノ申出アリトテ軽率ニ処分セラレテハ宜シカラサル旨ヲ話シ思ハス鍋島ノ非行ノ一端ヲ話シタル為メ戸田ハ其侭鍋島ヲ置クコトハ自分（戸田）ノ職責上為シ難シト云ヘリ。依テ自分（小原）左様ナル事ハ軽率ニ為スハ宜シカラサル旨ヲ話シ置ケリ。然ルニ自分（小原）モ実ハ如何ナル処置ヲ執ルコトガ適当ナルヤ判断出来サルニ付御意見ヲ聴キ度ト云ヘリ
予部下ニ非行者アリテ監督者カ気附カサレハ不明ノ責任ヲ免レサルモ予ノ考ヘニテハ戸田君ガ迂闊ニ手ヲ着ケテモ事実ヲ明確ニスルコトハ難カルヘシ。罷免セラレタル鷹匠抔カ処々言触スナラハ他ヨリ暴露シテ戸田君ニ不明ノ誹ヲ来タスコトナキヲ保スヘカラサルモ予ハ今日戸田君ノ立場トシテハ寧ロ不明ヲ甘ンスル方カ宜シカラント思フト云ヒ鍋島ノ身柄ヲ問フ
小原鍋島ハ肥前武雄ノ男爵ニテ其父ハ立派ナル人ナリシ由大隈侯抔ハ其人ノ世話ヲ受ケタル事アリ。其父某カ上京スルトキハ大概大隈ノ家ニ滞留シ自分（小原）ノ妻ノ祖父石井忠恭ト棋ヲ打チ他ノ人トハ殆ント交際セサリシ由。主猟官ノ鍋島ハ其次男ニテ私ニ家ヲ出テ大隈ヲ手依リ大隈ノ周旋ニテ東京〔宮〕侍従ト為リ斎藤桃太郎ガ東京〔宮〕大夫タリシ頃ニテ鍋山ハ常ニ同僚ヲ離間スル様ノ事ヲ為シタル為メ免官セラレ其後主猟官トナリタルカ兎角自身ニ都合ヨキ者ノミヲ用ヰ少シク理窟ヲ云フ様ナル人ハ之ヲ黜クル人ナリ。自分（小原）モ戸田ハ進ンテ手ヲ下タサヽル方ガ宜シカラント思フト云ヘリ
吉ノ親族関係石井忠恭ノ娘カ丹羽龍之助ノ妻ト為リ。丹羽ノ娘カ小原ノ妻ナル由ナリ
○午前八時頃小松謙次郎ニ電話ス。小松今日渡辺勇雄ノ家ニ行ク趣ニ付予カ行キ難キ旨ヲ伝ヘシム。小松渡辺驥ノ忌日ハ今日カ正当ニテハ今年ハ真ノ忌日ニテ祭ヲ為ス訳ナルモ忌日ハ余リ暑キ故是迄ハ大概五月頃ニ祭ヲ為スコトヽナリ居レリ。来年ノ祭日ニハ多分案内スヘキニ付其節ハ繰リ合セ呉ヨト云ヘリ
○午前九時前旧炊婢（サイ）来リテ其荷物ヲ取ル（サイ）昨日其郷栃木県ヨリ来リ宇佐美富五郎ト倶ニ来リテ挨拶ヲ為シ今朝其弟茂及富五郎ノ妻ト倶ニ来レリ
○内子臥蓐ス
○六月二十二日午前九時後荒巻正信会議ノ為メ上京シタルニ付往訪セント欲ス差支ナキヤヲ問フ。差支ナキ旨ヲ答ヘシム。三十分許ニシテ荒巻来ル。話スルコト一時間許
荒巻ト話スルトキ東久邇宮邸ヨリ電話ス。予之ヲ聞ク。片岡久太郎本月二十四日ノ宮附職員会議ニハ山口鋭之助（諸寮頭）ヨリ話スコトアルニ付宮務監督モ出席セラレ度旨宮内省ヨリ通知アリタルニ付之ヲ転報スト云ヘリ
○午前十時頃瓦田元良来リ昨夜牧場実況審査ヨリ帰リタル旨ヲ報シ榲桲（マルメロ）二缶及ニシン薫製一箱ヲ贈ル。予瓦田カ人ニ媚ル嫌アルコトヲ忠告シ其贈ヲ却ク。瓦田強ヒテ之ヲ収メンコトヲ請フ。今後決シテ贈ラサルコトヲ約シテ之ヲ受ク。十一時頃帰リ去ル
○瓦田カ去ルト同時ニ青山操来リ昨日出張ヨリ帰リタルコトヲ報ス
青山京都ニテ井波潜影ニ逢ヒ井波ヨリ予ノ話ヲ為シタルコトヲ告ク。井波ハ浮羽郡ノ僧ニテ東本願寺派トナリ前年京城ノ別院ニ在リ。其時之ヲ識ル。今京都ニ在ル由ナリ。青山話スルコト二十分許
○午前十一時三十分頃藤野宗次来リ。昨日出張ヨリ帰リタルコトヲ報シ且先日増俸シタルコトヲ謝ス
○内子尚ホ臥蓐ス
○午後六時後端書ヲ法律評論社ニ贈リ社ヨリ法律評論ヲ送付スルモ閲読ノ暇ナキヲ以テ送付ヲ止ムヘキ旨ヲ照会ス。社主高窪某〔喜八郎〕法律博士ニ推薦セラルヽコトヲ望ミ今年初頃ヨリ評論ヲ郵送ス。博士会ニテハ高窪ハ当選セサリシカ引続キ評論ヲ郵送シ今日モ評論達シタルニ付端書ヲ出シタルナリ
○六月二十三日午前十時頃波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ大日本史本紀ヲ示シ長慶天皇ヲ代数ニ加ヘ居ルコトヲ告ク
○内子尚ホ臥蓐ス
吉来リテ陞等ヲ報ス○午前十時後小原吉来リ高等官一等ニ陞叙セラレタルコトヲ報シ
吉、伊東巳代治ノ話ヲ伝フ且前日伊東巳代治ヲ訪ヒタルニ伊東ハ昨年制度審議会総裁ヲ辞セント思ヒタルコトアリタルモ今日ニナリテ考フレハ之ヲ辞セサリシハ好都合ナリシナリ。朝鮮ニテ先般来騒擾アリ。其理由トスル所ハ独立等ニ在ルモ若シ自分（伊東）カ李家ニ対スル待遇問題ニ付他ト意見ヲ異ニシタル為メ辞職シテ其辞職ノ理由カ他間ニ漏レタラハ朝鮮騒擾ノ理由ニ日本ハ韓国ヲ併合スルトキハ李家ヲ優遇スト云ヒ置ナカラ今日ニナリテハ臣籍ニ在ル者トシテ待遇スルハ不信ナリト云フ如キコトヲ云ヒタルヤモ計リ難シト云ヒ居リタリトノ話ヲ為セリ
予予ハ其事ニ付テハ全然反対ノ意見ヲ有ス。朝鮮人ハ李家トハ没交渉ナリ。朝鮮人カ独立ヲ主張スルモ独立シテ李家ヲ立テントスルニ非ス。仮ニ独立スルコトヲ得ルトスレハ勿論共和政治トナス考ヘナルヘシ。日本ニテ李家ヲ酷遇セバ朝鮮人ハ之ヲ以テ日本ニ反対スル口実トハナスヘキモ李家ヲ優遇シタリトテ朝鮮カ治マルコトハ絶対ニ考ヘラレス。
或ル人ハ王公家軌範ヲ以テ更ニ李家ニ恩遇ヲ与ヘントスル如キ考ヘニテ叙勲等ノ規定ヲ設ケ居ルモ予ハ根底ヨリ異ナル考ヲ懐キ居レリ。李家ニ対スル優遇ハ併合当時ノ詔書ニテ既ニ之ヲ尽クシ居レリ。今日ニナリテ詔書以上ノ恩遇ヲ与ヘラルヽ必要ナシ。故ニ予寧ロ軌範ニテ李家ノ遵守スヘキ規定ヲ設ケルコトガ適当ナラント思フ。但軌範ヲ以テ詔書ニ示サレタル御趣意ヲ変更スヘカラサルハ勿論ナリト云ヒ小原ハ理論ハ其通リナルヘキモ少シハ恩意示シ度様ナリト云ヘリ
○午後久留米ノ人（ヒカシ）ト云フ者訪ヒ来リ。予ガ不在ナルコトヲ聞キ更ニ電話ニテ予ノ都合ヲ問ヒタル上来訪スヘキ旨ヲ告ケテ去リタル由。其何人ナルヲ知ルヘカラス。静カ取次ヲ為シタル趣ニ付其状ヲ問ヒタルニ三十歳位ニテ和服ヲ著ケ居リタリト云フノミ
○午後五時前松根豊次郎来リ。同六時後伊夫伎準一来ル。皆其今日増俸シタルコトヲ謝スルナリ。松根ハ玄関ヨリ去リ。伊夫伎ハ話スルコト十四五分許ニシテ去レリ
○六月二十四日午前八時後小松数馬森徳次郎来リ。二人ハ朝鮮総督ノ命ヲ受ケ看守ヲ募集スル為メニ出張シ小松ハ今夜上野発ノ汽車ニテ金沢ニ行キ看守志願者ヲ率ヒテ帰任スル積リナリト云ヒ小松ヨリ粉末朝鮮人参二缶ヲ贈レリ
○午前十時前金井四郎来リテ酒肴料二円五十銭ヲ致ス。酒肴料ハ本年五月東久邇宮妃殿下ノ誕辰ニ祝トシテ贈ラレタルモノナリ。其時金井ヨリ之ヲ報告シタルノミニテ之ヲ致サス。本月廿一日予之ヲ金井ニ告ク。金井取調タル処予ニ致スコトヲ忘レ居リタリトテ今日之ヲ持チ来リタルナリ
○午前十時後宮附職員会議ニ列ス。議スル所ハ皇族ノ墓ノ管理ニ関スル事ナリシカ議論区々ニシテ終ニ決スル所ナク次会ヲ期シテ散会セリ
○午後三時頃石原健三ヲ其事務室ニ訪フ。在ラス。調査課ニ過キリ杉栄三郎浅田恵一ト話ス。
会々石原健三来ル。石原予ガ室ニ来リ今日伊東巳代治ニ遇ヒ遺言令ノ事ヲ話シタル処伊東ハ遺命ニ関スル規定ヲ削除スルコトニ同意スルコトハ困難ナル模様ナリ。故ニ皇室典範ニ認メタル大傅ヲ任スルコトノ遺命ノミニ付其形式ヲ定ムルコトハ出来サルヤト云ヘリ。
予大傅ヲ任スル遺命ハ固ヨリ之ヲ認ムルモ形式ヲ定ムル必要ナシ。若シ此遺命ノミニ付形式ヲ定ムレハ他ニハ遺命ナキコトヽナリテ不都合ナリ。予ハ遺命ヲ認メ成ルヘク之ヲ尊重スルモ已ムヲ得サル場合ニハ之ヲ取捨スル余地ヲ存シ置カント欲ス。是即チ嗣天皇ノ孝道ヲ全フスル所以ナリト云ヘリ
石原、波多野敬直カ皇族降下ニ関スルコトヲ伊東巳代治ニ相談スルコトヲ決行セスシテ困ルト云ヒ予ハ昨日来君ヲ訪ヒタルハ先日波多野カ皇族降下ニ関スル内規案ヲ披キ此案ノ何ノ点ニ付伊東ニ相談スル必要アリヤト云ヒタリ。右ノ様ナルコトニテハ伊東ニ相談シテモ要領ヲ得ルコトハ難カルヘシト思フ旨ヲ話シタリ
吉来リ官等陞叙ヲ謝ス○午前小原吉来リテ官等陞叙ニ付謝意ヲ表シタル内帰宅後家人ヨリ之ヲ報告セリ。予ハ小原ノ陞叙ニハ別ニ力ヲ致シタルコトナク単ニ昨年暮波多野石原ニ対シ陞叙ノ遅延ヲ詰リタルノミナリ
○午後西野英男ヨリ総務課ヨリ本月三十日横須賀ニテ独逸ノ潜航邸ヲ観セシムルニ付希望アラハ今月中ニ氏名ヲ通知スヘキ旨申来リタルコトヲ報ス。予往テ観サル旨ヲ答フ
○午前西野英男ニ嘱シ潮恒太郎ニ賻ヲ贈ラシム
○今朝森徳次郎ガ来リタルトキ国分三亥ノ父病気ニ付三亥ハ明夜上京スル趣ナルコトヲ話シタリ
○午後内子、荒井賢太郎ノ家ニ行キ其妻ノ出産ヲ賀シタリ
○午後広津直人ノ妻来リタル由帰宅後内子ヨリ之ヲ報ス。直人ノ妻正人ノ石碑代ノ内ニ直人及和郎ヨリ出金シ度トテ金十五円ヲ内子ニ致シタル由ナリ
○午前七時後土肥慶蔵ノ家ニ電話シ土肥カ患者ヲ診察スルヤ否ヲ問フ。土肥病未タ癒ヘス今後一週間位ハ尚ホ診察セサル旨ヲ答フ
○今日明道会ヨリ漸ク勤王文庫首編一冊ヲ郵送セリ
○午後八時後久留米ノ東昇ナル者隈本有尚ノ紹介名刺ヲ持チ来リ面会ヲ請フ。時ニ予既ニ寝ス。起テ之ニ面ス。東ハ黒田清輝ノ弟子ニテ洋画ヲ学ヒタル者一ヶ月五円宛年一ヶ年間計六十円ヲ払ヒ一年後ニ油絵一枚ヲ分ツコトノ計画ヲ立テタル故加入ヲ請フト云ヘリ。予之ヲ拒ム。東肖像ヲ画カシメンコトヲ請フ。亦之ヲ拒ム。話スルコト二十分許ニシテ去ル
○六月二十五日朝林田守隆ノ書達シ其勧誘ニ因リ水野光衛ガ有馬家ノ家扶トナルコトヲ承諾シタル旨ヲ報シ来ル
午前六時後橋爪慎吾ニ電話シ林田書状ノ趣旨ヲ報ス。林田ノ書状ニ水野ハ直ニ上京スヘキ筈ナルモ家事整理ノ都合ニテ二十日又ハ三十日間計リ猶予ヲ請フ旨申来リ居ルニ付予ヨリ橋爪ニ対シ水野ニ家扶ヲ嘱託スルニハ相談会ノ議ヲ経サルヘカラス。水野ガ自ラ上京スルハ適当ナラス。予ヨリ林田ニ書状ヲ出シ有馬家ヨリ水野ノ上京ヲ求メタルトキ上京スル様申遣ハスヘキ旨ヲ話シ橋爪モ其通リニ致シ呉ヨト云フ
橋爪又頼寧ノ末子頼義〈チカ〉先日来大腸カタルニテ大病ナリ。北白川宮家ヨリ加藤照麿ヲ遣ハシテ診察セシメラレタリ。有馬家ニテハ唐沢ト云フ小児科ノ医師ヲ頼ミ居ルモ唐沢ハ毎日来診スル訳ニハ行カサル故四谷ノ某カ毎日来診シ居レリ
又池尻興ガ先日来大病ニテ数日絶食シ衰弱甚シク大学病院ニ入院セシメタルカ容体宜シカラス。結局活路ナカルヘキ模様ナリ
伯爵ハ土曜日（本月二十一日）ノ夜ニ帰京セラレタリ。此節ノ旅行ハ初メ新潟ニ行キ同地ニテ観劇スル希望アリタルモ其興行ナク転シテ金沢ニ行カレタルモ同シク興行ナク又名古屋ニ行カレタルモ是亦同様ニテ遂ニ観劇ノ目的ヲ達セス。
伯爵ハ平素東京ニテ観劇スルコトヲ望マラルヽモ他ヨリノ批評アルニ付地方ニテ観劇スルコトヲ計画セラレタル模様ナリ
伯爵ガ観劇ヲ望マルヽコトハ伯爵ノ帰京前夫人ヨリ聞キタル故左様ノコトナラハ東京ニテ観劇ナサルヽ様勧メラレ度旨ノ話ヲ為シ夫人ハ伯爵帰京ノ夜ニ帝劇ノ方ニ桟ヲ約束シ置伯爵ノ帰ヲ待チテ観劇ヲ勧メラレタリ。夫レハ久米子嬢モ近々結婚セラルヽ故送別ノ名義ナリシナリ。
然ルニ伯爵ハ観劇ヲ承諾セス。夫人ノ取計ヲ咎メラルヽ模様ニテ夫人ハ当惑シ伯爵カ承諾セラレサルナラハ婦人ノミニテ行カンカト相談セラルヽ故自分（橋爪）ハ夫レハ宜シカラス。橋爪カ御供シテ行ク旨ヲ以テ勧メ見ラレ度旨ヲ話シ夫人ヨリハ其旨ヲ以テ勧メラレタル処伯爵ハ夫レナラハ自分（伯爵）モ行クトテ機嫌モ直リ
自分（橋爪）ガ随行シテ観劇シ其後ハ機嫌モ宜シク伯爵ガ旅行ヨリ帰ラルヽトキハ青山ハ混雑中ニテ頼寧君ハ停車場ニ迎ヒニ来ラレサルハ勿論今日マテモ橋場ニ来ラレサルモ伯爵ハ青山ハ混雑ナルヘシトテ少シモ頼寧君ノ来ラレサルヲ咎メラルヽ模様ナク此前京都ヨリ帰ラレタルトキ頼寧君ノ出迎ナキヲ怒ラレタルトハ大違ヒナリ。
観劇ノコトハ自分（橋爪）カ随行スレハ其費用ハ表ノ計算ニナルモ左モナケレハ手元費ノ支弁トナル慣例ナルニ付夫人ノ勧メニハ同意セラレサリシ様ナリト云ヘリ
橋爪又有馬頼義病気ニ付伯爵夫人ニ明日見舞ニ行カルヽコトヲ勧メ其事ニナリ居ル旨ヲ報ス
○午前七時頃橋爪慎吾ヨリ電話ニテ水野光衛ノ久留米ノ住所ハ分リ居ルヤト云フ。予分カラス。林田ニ贈ル書状ニテ之ヲ問フ積リナリト云ヒ橋爪ハ水野ノコトハ東京ニテハ誰モ熟知セサルニ付本人ノ略履歴書デモアレハ好都合ナリト云ヘリ。予其事モ林田ニ申遣ハスヘシト云ヘリ
○午前六時後橋爪慎吾ト電話シタルトキ予ヨリ林田ノ書状ニ水野ヨリハ待遇ノコトニ付何事モ申出テサルモ林田ガ勧誘シタル関係上俸給ハ八十円以上九十円位給与セラルヽコトヲ希望スル旨ヲ申来リタルコトヲ話シ置ケリ
○午前八時後河窪敬直ニ電話シ先日予ガ河窪ニ嘱シ有馬頼多ノ墓ニ供ヘタル花代ヲ問フ。河窪是マテハ二円五十銭ナリシモ物価騰貴ニ付此節ヨリ三円ニナリタリト云フ。予近日之ヲ届クヘキ旨ヲ告ク
○午前十時皇后陛下誕辰ニ付会計審査局判任官ノ拝賀ヲ受ケ其旨ヲ宮内大臣ニ告ク
○十一時頃皇后陛下ニ拝賀シ豊明殿ニテ饌ヲ賜フ
予上田有澤（陸軍大将）ト卓ヲ共ニス。鍋島直大ノ妻〔栄子〕九条道実ノ妻〔恵子〕大森鍾一ノ妻〔齢子〕目賀田種太郎ノ妻〔逸子〕次テ来リ卓ヲ共ニセリ。予上田ニ朝鮮ノコトヲ話ス。目賀田ノ妻予ニ対シ朝鮮ニ在リタルヤヲ問フ。予然リ七年間許朝鮮ニ在リタリト云ヒ目賀田ノ妻ノ氏ヲ問フ。
予明治四十年九月朝鮮ニ行クトキ目賀田夫妻ニ巌島ニテ逢ヒタルコトアリシモ之ヲ忘レ居リタリ。鍋島ノ妻ニモ朝鮮ニテ逢ヒタルコトアルモ是亦忘レ居リタリ
○午後一時ヨリ皇子御殿ニ到リ帳簿ニ署名テ淳宮殿下ノ誕辰ヲ賀シ
一タヒ家ニ帰リ衣ヲ更ヘテ司法大臣官舎ニ到リ刑事訴訟法改正案ノ委員会ニ列ス。午後五時後家ニ帰ル
○午前九時金井四郎ヨリ電話ニテ昨日宮内省ヨリ電話ニテ明後二十七日午後〔前〕十時ニ自分（金井）ト貴官ト共ニ総務課ニ来ルヘキ旨ヲ通知シ来リタル由昨夜遅ク之ヲ聞キタルニ付之ヲ報告ス。多分昨日貴官ヨリ聞キタル東久邇宮ニ対スル特別賜金ノコトナラント思フト云ヘリ
○午前十時後宮中西溜間ニテ坂〔阪〕谷芳郎ニ逢ヒタルトキ坂〔阪〕谷カ総裁トナリ居ル勤王文庫出版延引ノコトヲ話シタルニ坂〔阪〕谷ハ編輯上ノ事ハ丈ケニ責任ヲ負フ積リナリシカ出版者ノ事ヲ確メタル上ニ非サレハ容易ニ名ヲ出シ難シト云ヒ
予ハ風教叢書出版ノ不都合ナリシコトヲ話シ坂〔阪〕谷ハ風教叢書ノ方モ出版者ヲ更ヘ三冊計リハ既ニ出版シタル筈ナリト云ヒ居リタリ
○又西溜ニテ高羲敬ニ朝鮮婦人ノ名前ノコトヲ問ヒタリ
○予カ審査局ニ返リタル後金井四郎来リ今日総務課ニテ宮家ノ歳費ノ補足、地方御在勤費、内親王御手当ヲ受領シタルコトヲ報ス。予内親王御手当ハ一ヶ年三万円ニ増サレタリヤト云フ。金井増額シテ三万円トナスコト昨年末ニ決シ居リタルモ総務課長カ其施行ヲ怠リ居リタル趣ナリ。然ルニ此節ノ特賜金アリタル為メ終ニ増額セラレサルコトヽナリタル趣ナリ。今年末殿下カ東京ニ御転任アレハ御移転費トシテ一万円カ一万五千円位ハ下賜セラルヽコトヲ相談シ宗秩寮ニテモ承諾シ居リタルモ是モ此節ノ賜金ニテ御止メニナリタル趣ナリト云ヘリ。
予前田家ノ別邸御借入レノ報酬ニ多額ノ費用ヲ要スルナラント云ヒタルニ、金井ハ金沢ニ御出ノ時別邸ノ修繕費三千円許ヲ支出シ居リ。是ヲ其侭ニ致シ置ケハ別ニ金ヲ御遣ハシ成サルヽニハ及ハサルヘク只今千二百円カ千円位ノ花瓶ヲ製作致サスル積リナリ。先年北白川宮殿下名古屋御在勤ノトキ徳川家ノ別邸御借用成サレ其報酬トシテ八百円ノ花瓶ト金千円ヲ遣ハサレタル由ニテ是ハ相当ノ先例ト思ハルヽト云ヘリ
予今日宮内大臣ヨリ皇族ノ旅行ニ付テモ人民ノ迷惑トナル事例アリト云ヒタルモ東久邇宮殿下ニハ右様ノ事ナキ筈ナリ。宮内大臣ガ云ヒタル如キ事アル宮家ハ略ホ分リ居リタルモ予ハ故ラニ皇族ノ旅行ニ付テモ迷惑トナル如キ事例アリヤトノ問ヲ出シタリ。是ハ主トシテ某宮ノ事ナラント思ハルト云ヒ金井モ其外ニハナカルヘシト云ヘリ
○午後二時後調査課ニ到リ来月三日ノ制度審議会ハ愈々延期スルコトヽナリタルヤヲ問フ。浅田恵一延期ニ決シタリ。其次ニ開クヘキ期日ヲ定ムル所ナルカ来月七日以後ナラハ何日ガ差支ナキヤト云フ。予十一日ノ外ナラハ差支ナシト云ヘリ
南部光臣正ニ調査課ニ在リ談会々宮務監督ガ宮附職員ナルヤ否ノ事ニ及フ。浅田、其事ニ関スル宮内省ノ決定書ヲ示ス。之ニ依レハ宮務監督ハ宮附職員ニ非ストナシタルコト明瞭ナリ。而シテ先頃竹田宮薨去ノトキ宮務監督ハ喪ヲ[喪ニ]服スヘキモノトシタル[ハ]甚シキ矛盾ナリ
○午前十時会議室ニテ未タ議ヲ開カサルトキ南部光臣ヨリ先日予ガ波多野敬直ノ官房ニテ南部ニ話シタル三年町御料地ヲ津田信太郎ニ貸シ渡シアル件ハ取調ヘタル処津田ニ貸シアルニ相違ナシ。先日向井巌カ自分（南部）ノ処ニ来リ問ヒタル時マテハ取調出来居ラサリシモ取調ヘタル所ニテハ初メ佐野常民ニ貸渡シ佐野自己ノ所有地ヲ鈴木久五郎ニ売リタル時貸渡地モ佐野ニ貸シタルト同様ノ理由即チ元佐野所有地ノ附属トシテ同シク鈴木ニ貸渡スコトヽナリ。其後更ニ転シテ津田ニ移リタルナリ。佐野ニ貸ストキハ無代ニテモ宜シトノコトナリシモ無代ト云フテハ名義ガ立タズトテ坪一銭ニテ貸渡シタル由。其沿革アル為転貸ノ時ニテモ急ニ貸賃ヲ増ス訳ニ行カス。只今ガ漸ク坪八銭トナリ居ル所ナリ。然ルニ借地人カ之ヲ他ニ転貸スルコトハ明カニ契約ニ違反シ居ルニ付何トカ処置スル積リナリ。期限ハ来年十二月マテナルニ付其時マテ待テハ容易ニ処置スルコトヲ得レトモ契約違反アルニ付其前ニモ何トカ処置シ度コトニ考ヘ居ルト云ヘリ○[ママ]
○午後四時後渡邉驥ノ寡婦某及ヒ其女妙来リ訪フ。予夫妻昨年往テ寡婦某ヲ訪フ。某居ラス。唯妙夫妻ニ面会セリ。先日驥ノ忌日ニ付予等ノ往訪ヲ請ヘリ。予等往カス。故ニ今日来リテ疎濶ヲ叙シタルナリ
○午後六時前松田正之電話ニテ七時頃往訪セント欲ス差支ナキヤヲ問フ。予差支ナキ旨ヲ答ヘシム。
松田来リ本月二十一日波多野敬直ノ官邸ニテ蜂須賀正韶ノ女某ト相見ル。兄頼寧松田正久ノ寡婦、蜂須賀正韶モ亦来リ会ス。自分（正之）モ寡婦モ結婚シテ異存ナキニ付今日電話ニテ寡婦ノ意ヲ頼寧ニ伝ヘ結納ノ事等然ルヘク取計ヒ呉度旨ヲ依頼シタル処頼寧ハ有馬家ニテ嫁ヲ貰フ訳ニ非サル故自分（正之）ト寡婦ト相談シテ然ルヘク取計ヒタラハ宜シカルヘシト云ヘリ。結婚ノ事ハ初メヨリ頼寧ノ思立チタルコトニテ右ノ如キ返答ハ頗ル意外ナリシモ兎モ角寡婦ニ対シ頼寧ノ返答トハ云ハス松田家ノ結婚ナル故第一ニ寡婦ノ希望ヲ聴キ度旨ヲ話シタル処寡婦ハ此事ハ万事頼寧君ニ依頼スヘキ旨ヲ告ケタリ。依テ已ムヲ得ス頼寧ノ返答ハ云々ナリト云ヒタル処然ラハ結納ハ此方ニテ取計フコトニシテ差支ナシ。其費用ハ自分（寡婦）ヨリ半分ヲ出スニ付其元（正之）ヨリ半分ヲ出スヘシ。結納ノ事ハイツレニテモ宜シケ[レ]トモ先年有馬秀雄ヨリ其元ノ住居ハ有馬家ニテ設備シ生計費モ有馬家ニテ支弁スヘキコトヲ申出テ居リ。且自分（寡婦）ト其元ト別居スルコトハ頼寧君ヨリモ希望ノ一条件トシテ申出テ居ルコトニ付別居ト云フ以上ハ其家ハ有馬家ニテ設備スルガ当然ナリ。依テ家ト生計費ノ事ハ此際是非トモ有馬家ニテ引受クルコトニ相談シ置カサルヘカラス。若シ引受ケサルナラハ自分（寡婦）ニモ考アリト云ヘリ。
依テ自分（正之）ノ考ニテハ寡婦ノ希望ノ如ク有馬家ニテ引受ケ呉ルヽナラハ結婚問題ヲ進行シテ宜シキモ若シ其事カ出来サルナラバ結納ヲ済マサヽル内ニ結婚談ヲ止ムル方宜シカラン。然ラサレハ処置ニ困ムコトヽナルヘシ依テ此事ニ付頼寧ニ相談シ呉ヨト云ヘリ。
予家屋ノ事并ニ生計費ノ事ニ付有馬秀雄ヨリ如何ナル話ヲ為シ居ルヤ夫レハ分ラサルモ予等ハ最初持チ行カレタル五万円ノ外ニ尚ホ出金セラルヽ様ノ話ハ聞キ居ラス。然レトモ結婚問題ハ頼寧君ガ始メラレタル事ニ相違ナク此事ニ付テモ松田家ノ寡婦カ総テ自分（頼寧）ニ任スルト云フテ困ルトノ話ハ聞キタルコトアルモ全然無関係ト云ハルヽ訳ニハ行カサルヘシ。今朝関係セスト云ハレタルナラハ予ヨリ話シテモ万事ヲ引受ケラルヽ訳ニハ行カサルヘキモ兎モ[角]一応意向ヲ問ヒ見ルヘシ。明日午後頼寧君ノ都合宜シケレハ往訪スヘキニ付其結果ハ電話カ書状ニテ通知スヘシ。電話ヲ掛クルナラハ何処ニ掛クレハ宜シキヤト云ヒタル処松田ハ兎モ角明後朝自分ヨリ電話ヲ掛ケ見ルヘシト云フ。予頼寧君ノ都合ニテ明後朝マテハ様子分ラサルヤモ計リ難キモ電話ヲ掛ケ見ラレ度ト云ヘリ
松田ハ博物館ノ勤務ハ面白カラサル故審査局ニ転任シ度ト云フ。予審査局ハ事務ガ面白カラサルノミナラス審査官ガ出張スルトキ随行セサルヲ得サルニ付是ハ君ガ堪フル所ニ非ス。波多野敬直ガ宮内省ニ転任スルコト丈ケハ寡婦ニ対シテ承諾シ居ル趣ニ付審査局以外ノ処ニ転任スル方宜シカラント云ヘリ
○予ガ松田ト話シ居トキ橋爪慎吾ヨリ電話ス（午後七時後）。橋爪ヨリ今日二度君ヨリ電話アリタル趣ナルモ不在ナリシガ何ノ用事ナルヤト云フ。予今日ハ予ヨリハ電話セス何カ間違ナルヘシ。然シ君ニ話シ度コトアリト云ヒタル処橋爪モ面会シ度コトアリ明日デモ電話ニテ都合ヲ問ヒ合セタル上往訪スヘシト云ヘリ
予頼寧ノ子頼義ノ病状ヲ問フ。橋爪既ニ血便モ止ミ塩梅宜シト云フ。又池尻興ノ病状ヲ問フ。此方ハ快方トハ云ヒ難キモ危篤ト云フ程ニ非ス。養子ニテ北海道ニ居ル者今日夫婦連ニテ着京セリト云ヘリ
○渡邉驥ノ寡婦森永製ノウェファークリーム一箱ヲ贈ル
○午後内子三越呉服店及伴伝等ニ行キ物ヲ買フ
〔※「伴伝」とは日本橋の伴伝商店（近江商人の蒲団屋、本店は近江八幡）か〕
○午後炊婢モトノ母某来ル。予モ内子モ在ラス。某菓子一箱ヲ贈ル
○六月二十九日午前九時前ヨリ有馬頼寧ヲ訪ヒ松田正之結婚ノ事ニ付頼寧ノ考ヲ問フ。頼寧先日相見済ミ双方トモ異議ナク蜂須賀ノ方ハ来月五日マテニ結納ヲ済マシ度ト云ヒ松田ノ寡婦ハ今月中ニ之ヲ済マシ度ト云ヒ双方トモ非常ニ急キ居ルニ付自分（頼寧）カ結納ノ事ヲ取斗フ訳ニ行カス橋爪ニ命スレハ寡婦ハ秀雄ガ万事ヲ取斗ヒタルトキ家職ハ相手ニセスト云ヒタルコトモアル位ニ付結納位ハ松田家ニテ取斗ヒテ宜シカラント思ヒ其趣旨ヲ電話ニテ正之ニ答ヘタルマテニテ絶対世話セサル趣意ニ非ス。自分（頼寧）ト蜂須賀トノ間ニハ既ニ相当ノ黙契アリ。正之ノ生計費ノ幾分ニテモ寡婦ヨリ出サシメントスレハ寡婦ガ承諾セサルコトハ初メヨリ分カリ居ルニ付右様ノコトハ少シモ考ヘ居ラス。兎モ角一応正之ヲ召ヒテ話ヲ為スヘシト云フニ付予ハ夫レナラハ趣意ハヨク分カリタリ。結局電話ニテ趣意ヲ尽クサヽリシナラント云ヒタルニ頼寧ハ正之ニハ自分（頼寧）ノ考ハ既ニ話シ置タルコトアルニ付全体ハ右様ノ誤解ヲ為スヘキ筈ハナキコトナリト云ヘリ。頼寧、家人ヲシテ博物館ニ電話ヲ掛ケ正之ヨリ此方ニ電話ヲ掛クル様正之ニ伝フルコトヲ嘱セシム
頼寧家屋建築組合ヲ設クル筈ニテ初ハ自分（頼寧）ヲ組合長トナス様ノ話アリタルモ農商務省ノ友人等ノ意見ヲ問ヒタル処第一勧業銀行等ヨリ金ヲ借入ルレハ組合ノ有限責任ニテハ満足セス個人ノ無限責任ヲ約スル例ナルニ付非常ノ危険アリ。第二仲間カ信用モ資産モ乏キニ付此等ノ人ト事ヲ共ニスルコトハ危険ナリト云ヒ石黒某（農商務省ノ官吏忠徳〔悳〕ノ子）モ予ヲ止ムルニ付一旦ハ拒絶シタレトモ友人等ノ計画ニテ初メヨリ自分ニ相談シタル末ニ付全然関係セサル訳ニモ行カス普通ノ組合員トナル丈ハ承知シ置ケリ。自分（頼寧）カ組合長タルコトヲ拒ミタル故其跡ニハ星野錫ヲ組合長ト為シタル由普通ノ組合員ハ是ハ五十円一口ニテ最多ノモノガ五十口ナリ。第一回ハ四分ノ一ヲ払込メハ宜シキ故格別ノ事ナシ。十口モ加ハリタラハ宜シカラント思ヒ居ルト云ヘリ
又渡辺竹次郎ト云フ資産家（無抵当無紹介ニテ資本ヲ貸附ケタル人）百万円ノ資本ニテ家屋ヲ建築シ中流以下ノ人ノ困難ヲ拯ハントノ計画ヲ立テ自分（頼寧）ヲ其会社ノ顧問ニ依頼シ度云フニ付之ハ承諾シ置ケリ。此方ハ株ノ引受等ハ必要ナキ方ナリ
又自分等同族ノ者数人（細川、木戸、岡部、其外五六人）ニテ計画シ居ル労働者指導ノ事モ追々進行シ自分ヨリ橋場ノ邸ノ前ノ地所ヲ借ルコトヲ願ヒテモ到底承諾ヲ得ラレサル模様ナリシモ橋爪ヲシテ父ニ相談セシメタル処此事ニ付費用ヲ要セサルナラハ貸スコトヲ承諾ストノコトニテ漸ク其事丈ハ決定セリ。近ク玉姫小学校長ヲ華族会館ニ招キ其意見ヲ徴シ其上ニテ農商務省ノ某ノ話モ聞キ結局労働者ノ頭株トナル様ノ者ヲ養成スル事ニ為シ度目的ナリ
又敏四郎ノ結婚問題ハ本年一月ニ敏四郎カ熱海ニ行キ同地ニテ友人ノ石川某横尾某及其母娘等ニ出逢ヒ母ノミハ尚ホ熱海ニ滞留シ石川ト横尾ノ兄妹ト敏四郎ト同道シテ帰ルトキ横尾ノ娘カ車ニ酔ヒタルトキ敏四郎カ介抱シタルコトガ交際ノ初ニテ其後書状ノ往復ヲ始メ横尾ニテハ母モ本人モ結婚ヲ諾シ居ルトノ事ナリ。依テ敏四郎ヨリ婚約ノ事ヲ逼ル故横尾ノ親ニ逢ヒテ話ヲ聞キタル上ニ非サレハ何事モ分カラスト云ヒタル処敏四郎ハ其丈ノ事ヲ先方ニ通スルニハ書状ニテ宜シキコトナルニ自身熱海ニ出掛ケテ数日滞留シタル様ノコトナリ。横尾ノ母ハ華族ノ某家ヨリ来リ娘ノ父ノ姉カ妹カモ華族ノ某家ニ嫁シ居リ。横尾ハ栃木県ノ資産家ニテ多額納税者トモナリタルコトアル趣ナリ。父ハ濫費者ニテ別居シ居リ。娘ノコトハ一切母カ処置スルコトヽナリ居ル趣ナリ。自分（頼寧）ハ敏四郎ノ性質カ極メテ小気ナル故婚約丈ハ為シテ本人ヲ安心セシムル必要モアランカト考ヘ居ルト云ヘリ
十一時三十分頃ニ至リ始メテ正之ヨリノ電話来ル。頼寧ヨリ予ニ電話シ呉ヨト云フ。予一応自ラ電話セラレ度其上ニテ予ガ電話スヘシト云ヒ頼寧ハ正之カ倉富ニ話シタル趣意ハ自分ノ考ト相違シ居ルニ付今日来リテ話ヲ為スヘキ旨ヲ告ケ予モ頼寧ノ考ハ一昨夜聞キタル所トハ異ナルニ付兎モ角来リテ相談スベキ旨ヲ告ケタリ
頼寧ハ最早自分ノ娘モ縁談ヲ受クル様ニナリタリ。然シ余リ早キニ付断ハリ置ケリ。右様ノ訳ニ付敏四郎ノ事モ婚約丈ハ為シ置ク必要アラント思フト云ヘリ。十二時前家ニ帰ル
○内子近日胃ノ工合宜シカラス。午前九時前予カ青山ニ行クトキ倶ニ坂田ノ家ノ処マテ行キ診ヲ請ヒタリ
○午後河窪敬直使ヲ遣ハシ月計報告（有馬正頼ノ分）ヲ致サシム。予其使ニ托シ故頼多ノ七周忌ノ法会ノトキ予カ供ヘタル花代三円ヲ正頼ニ償フ
○午後二時後理髪ス
○午前頼寧ヲ訪ヒタルトキ予ヨリ頼寧ニ対シ水野光衛ノ事ニ付林田守隆ヨリ予ニ贈リタル書状ノ趣旨ヲ話シ置ケリ
又橋爪慎吾ヨリ聞タル伯爵カ旅行中観劇ガ主タル目的ナリシトノコトナルモ之ヲ信スルコトモ出来サル位ナリト云ヒタル処頼寧モ右様ナルコトハナカルヘシト云ヒ居リタリ
○予頼寧ノ家ヨリ帰ルトキ歩ミテ青山六丁目停留場ニ至ル。未タ場ニ達セサル一丁目許ニシテ一老人ニ遇フ。其人帽ヲ脱ス。予亦之ニ倣フ。然レモ予其何人ナルヲ識ラス。之ヲ問フ。曰ク長谷。予尚ホ之ヲ記セス。其人問フ所アルガ如シ。予之ヲ解セス。更何ヲ問フヤヲ問フ。曰ク国分三亥上京セリヤト。予曰ク上京セリ昨之ニ逢ヘリ。曰ク病人如何。曰ク予昨之ヲ問フ既ニ快シト。曰ク此処ニテ君ニ遇フ或ハ君カ国分ヲ訪ヒタルナラント謂ヒ之ヲ問ヒタルナリト。曰然ラス国分ハ昨之ヲ訪ヒタリト。乃チ別ル。竟ニ其何人ナルヲ知ラス。意フニ国分ハ応ニ之ヲ知ルヘシ。応ニ他日ヲ待テ之ヲ問フヘシ
○午前八時後宇都宮運送店ニ電話シ昨日運送ヲ託シタル小供寝台ハ今日発送スルヤヲ問フ。店員今日之ヲ発送スル旨ヲ答フ。内子之ヲ知ラス。午後復タ婢徳ヲシテ之ヲ問ハシム。答前ノ如シ
