書評

大藪龍介『明治維新の新考察　上からのブルジョア革命をめぐって』（社会評論社、2006年）

永井　和

1

この書は大藪氏による、スターリン主義的なマルクス主義（マルクス・レーニン主義）の明治維新論とその理論的基盤であった「三二テーゼ」の国家論および革命論への批判であり、直接には明治維新によって成立した近代日本国家は絶対主義だとする「講座派」の明治維新論および近代日本国家論への批判である。

本書は三部からなり、「Ⅰ明治維新をめぐる諸論の批判的検証」で「講座派」の先行研究への批判的検討がおこなわれ、さらに「Ⅱ「上からのブルジョア革命」とは何か」で、Ⅰの理論的批判をふまえつつ、大藪氏の明治維新論の理論的前提となる「ブルジョア革命論」が提示されたあと、「Ⅲ明治維新の歴史的特質」において大藪氏の明治維新論の理論的枠組みと、それにもとづく歴史的分析のスケッチがなされている。

大藪氏の明治維新論のキモは、これを「上からのブルジョア革命」とみるところにある。これは、「講座派」の明治維新＝絶対主義の成立論への批判であると同時に、「労農派」の「ブルジョア革命説」の修正の試みでもあるが、「日本資本主義の特性の究明を課題とし、天皇制国家の研究にも力を注ぎ、良くも悪しくも刺激的であったのは、「講座派」理論であった」（本書11頁）との理由で、大藪氏がもっぱら批判的検討の対象にあげるのは、「講座派」の明治維新論であって、「労農派」のそれではない。

Ⅰにおいて、批判対象としてあげられている「講座派」の先行研究は、服部之総、平野義太郎の戦前の業績と、戦後の下山三郎、星埜惇の研究であり、これらは「上からのブルジョア革命」抹殺論であるとして厳しく批判されている。「講座派」（明治維新＝絶対主義の成立論）批判の眼目となる大藪氏の主張は、以下にまとめられよう。

ブルジョア革命は必ずしも民主主義革命ではない（ブルジョア革命≠ブルジョア民主主義革命）。にもかかわらず、「講座派」は両者を一体のものと誤解したために、ブルジョア民主主義革命の未成を理由に、明治維新はブルジョア革命ではなくて、絶対主義の成立にとどまると理解する誤謬をおかした。
同様に、ブルジョア革命は必ずしも農民的土地革命を条件とするものではない（歴史上のブルジョア革命はフランス革命も含めて、地主的土地所有の容認に終わっている）。にもかかわらず、「講座派」は農民的土地革命の不在をもって、明治維新はブルジョア革命ではなくて、絶対主義の成立にとどまると結論する誤謬をおかした。
ブルジョア革命のモデルをフランス革命に求めていた「講座派」は、二重の意味で誤謬をおかしている。ブルジョア革命の意味を誤解しているばかりでなく、フランス革命の実相をも誤解していた。

それでは、大藪氏のいう「ブルジョア革命」とは何か。ひとことでいえば、

その歴史的基本性格は市民的、政治的自由の獲得を目標とし、自由主義国家の樹立をもたらした自由主義的革命（146頁）

であると規定される。さらに、

プロイセン・ドイツや日本のような後進国では、この自由主義的革命が「上から」なされた（「上からのブルジョア革命」）。その場合、自由主義は国家主義的に変形され、市民的、政治的自由よりも国家権力に重きをおき、「政府が国家権力を手段として推進する保守的革命あるいはまた国権主義的な自由主義革命」となってあらわれる。

　要するに、「上からのブルジョア革命」は一九世紀半ば以降に政治体制の「ブルジョア化」（「自由主義化」）に直面せざるをえなかった後進国における政治的近代化の特質であり、その原型はプロイセン・ドイツの一八六六～一八七一年の「革命」であり、日本の明治維新もその類型に属するというのが大藪氏の明治維新論の基盤となる「上からのブルジョア革命論」である。かかる「上からのブルジョア革命論」に基づく明治維新論の骨子を箇条書きすれば左のようになるであろう。

◎大藪明治維新論の骨子

明治維新は「上からのブルジョア革命」
その目標は「独立と立憲政体の樹立」
指導的党派は維新官僚層（旧倒幕派下級武士・公卿の出自）が主導権を掌握。なお、維新官僚層の急進派から政党が生まれた。
組織的中枢機関：政府が主力となって変革を推進。
手段的方法：クーデターと内戦、一揆や反乱の鎮圧、「有司専制」など、全面的な国家権力の発動。
機軸となる思想：尊王思想―天皇制イデオロギー。
「明治維新は、国内の経済的、社会的条件からすると早産であり、近代世界史の抗しがたい潮流に引き込まれて外からの重圧に対応した「上からのブルジョア革命」であった、それはまた、「講座派」などが尺度としてきた史的唯物論の公式に反する革命でもあった。」（14頁）

大藪氏の「上からのブルジョア革命論」の意味するところは明らかであろう。三月革命以降のプロイセンも明治維新以降の日本も絶対主義ではない。近代ブルジョア国家であるということである。従来「講座派」の明治維新論が絶対主義論の根拠としてきた要因あるいは特徴のいくつかが、逆に「ブルジョア革命」であったことの根拠に変更されている。それを可能にする理論的装置が先に紹介した「上からのブルジョア革命論」なのである。

2

大藪氏のいう「ブルジョア革命」とは「ブルジョア国家」あるいは「ブルジョア的政治体制」（自由主義国家）を作り出す革命という意味で使われている。この「ブルジョア国家」とは「近代国家」あるいは「国民国家」とほぼ等価であり、「ブルジョア革命」とは「近代化革命（変革）」あるいは「国民国家形成の革命」と言い換えてもよいだろう。そう判断できる記述が大藪氏自身の言に見られるからである。

たとえば、プロイセンのシュタイン＝ハルデンベルク改革と一八六六～七一年のビスマルク式「上からの革命」、グラムシが「受動的革命」と評価したイタリアのリソルジメント、ロシアの農奴解放と一九〇五年革命、日本の明治維新など、一九世紀後半の後進国における一連の事件（そのほどんどが大藪氏のいう「上からのブルジョア革命」にあたる）をあげて、これらは「既存の国家権力が自の存続を図りつつ近代化の変革に着手した」（148頁）ものだとしている。

また、「一九世紀初め以来のプロイセンの歴史は、（略）近代化のための変革における国家主導主義がすっかり定着してきたことを示している」（113頁）とも記されている。このような国家主導の「近代化のための変革」の原型となるのが、ビスマルクの「上からのブルジョア革命」なのだから、大藪の「ブルジョア革命」とは「近代化のための（政治）変革」あるいは「国民国家形成のための政治変革」とほぼ等価であるといってもかまわないであろう。

念のために付言しておくと、明治維新についても、はっきりと「近代ブルジョア的な国民国家」の創出がなされたと論じられている。すなわち「絶対主義国家からブルジョア国家を分かつ指標の一つは、被支配階級をも等しく国民として包摂する国民国家たることにある」と、絶対主義国家と近代ブルジョア国家のちがいはそれが国民国家か否かにあるとしたうえで、維新の変革は、当時の世界史的状況のもとでは、「国民統合の近代的な性格を備えた中央集権的統一を、先進諸国にならって実現しなければならなかった」、そのため「絶対主義の域にとどまることはできず、近代ブルジョア的な国民国家の創出にまで突き進むことが避けられなかった」と述べられている（175頁）。

つまり、明治維新によって創出されたのは、「近代ブルジョア的な国民国家」だと認識されているのである。そうすると、使われる言葉が「ブルジョア革命／上からのブルジョア革命」なのか、「近代化／国民国家形成」なのか、といったちがいはあるにしろ、明治維新およびそれによって作り出された国家の歴史的性格に関しては、大藪氏の明治維新論と「講座派」凋落後の日本の歴史学界における明治維新研究の認識との間に、それほど大きなちがいは存在しないとみてよい。

なぜなら、明治維新の変革を日本における国民国家形成の過程とみるのが、現在の学界の認識だからである。もちろん、細かい点でちがいはいろいろあるし、学界レベルでは、その細かい点の詮索こそがある意味では重要なのだが、大まかな議論としてみれば、大藪氏の明治維新論は現在の日本の明治維新研究においてもそれほどの抵抗なく受け入れられるものだといってよい。

もっとも、その形成される国民国家をどのように評価するかによって、国民国家そのものに否定的な評価を下す西川長夫氏のようなポスト・モダン的「国民国家論」から、明治維新を民族独立と近代化の「国民の物語」の成功例として肯定的にとらえる坂本多加雄氏や福地惇氏など、あるいは逆に同じ過程を民主革命の不徹底による「国民の＜喪失＞」として否定的にとらえる小路田泰直氏のような、左右のナショナリストまで、かなり大きな幅があるのもまた事実である。

大藪氏の明治維新論がこの幅の広い「国民国家形成論」のスペクトルの中で、どのあたりに位置するのか、これはなかなか難しい問題だが、マルクス主義者である大藪氏が「近代ブルジョア国家」＝「国民国家」そのものに肯定的であろうはずがない。だから、その点では西川氏に近いとは言えるかもしれないが、しかし西川氏の「国民国家論」は明らかにマルクス主義に対しても否定的であるので、同列におくことははばかれよう。

またもはや「講座派」ではないが、その発想において「講座派」の流れを色濃く継承している左派ナショナリストに近いと言えば、こんどは大藪氏が喜ばないであろう。

3

大藪氏の明治維新論が、現在の学界で受け入れられている大きな枠組みとそれほどの距離をもつものでないことは以上から納得されると思うが、ひっかかりがあるとすれば、「ブルジョア革命／上からのブルジョア革命」というタームを積極的に使用するかしないかであろう。

このタームは最近の明治維新史研究ではあまり見なくなった言葉である。「講座派」の絶対主義論が消滅して以降、それと運命をともにするようにして使われなくなったのであろうか。大藪氏の議論と学界の明治維新論とには明瞭な差があるとすれば、このあたりにあるのかもしれない。

だんだん使われなくなった「ブルジョア革命」にかわって、それとほぼ同じ内容を意味するものとして登場したのが、「国民国家」あるいは「国民国家形成」であり、さらにそれ以前から使われていたのは「近代化」であった。しかしこれら両者に相応の互換性があることは、先に引用した大藪氏自身の言葉からも明らかであろう。

つまり、現在の日本史学界の主流と大藪氏の明治維新論は実質内容的にはそれほど大きなちがいはなく、後者があくまでもマルクス主義の概念体系の中で議論しているのに対して前者はマルクス主義の概念体系に拘束されることをやめてしまった点にちがいがあるだけだと言えるかもしれない。

使用されているマルクス主義の用語に抵抗を感じなければ、現在ほとんどの明治維新研究者にとって大藪氏の議論は十分了解可能である。何かとくに新しいことが言われているとは誰も感じないだろう。現在の主流的な明治維新理解を、マルクス主義の概念体系内に位相転換すると、こういうことになるのかとの感想を抱くのではないだろうか。

さらに意地悪く言えば、「講座派」凋落後（「講座派」の凋落と解体は1960年代にはじまり、1980年代に決定的となる）、日本の学界で進められてきた明治維新研究の成果を、マルクス主義の概念体系を使って正当化すればだいたいこういうところに議論が落ち着くのか、よもや「講座派」の亡霊が復活することはないだろうが、怨霊封じの御札くらいには使えそうだ、と思うかもしれない。

現在の明治維新史研究者が、大藪氏の明治維新論に対してそれほど新味を感じないとすれば、その理由は二つある。ひとつは、大藪氏の議論そのものが、「講座派」凋落後の明治維新研究の成果をひととおり参照したうえで、組み立てられているからである。

そのことは、本書の212頁から217頁に注記された文献リストを見れば明らかであり、全部で125点の図書と論文がリスト・アップされているが、そのうち1980年以降に出版されたものが、61点（1980年代21点、1990年代40点）である。すなわち半数近くが「講座派」の凋落が決定的となった後に刊行されたものである。

これらの研究の視点と成果を取り入れつつ、大藪氏の議論は組み立てられているのであるから、その所論が了解可能な範囲にとどまるのは少しも不思議ではない。

大藪氏が本書で「新たな方法的見地」だとされている革命期」の設定にしても、これを「革命期」という言葉そのものではなくて、「明治維新の始点と終点」と置き換えれば、それ自体は前から議論されてきたことである。

大藪氏は「革命期」を王政復古から明治憲法制定・帝国議会の開設に設定しているが、「明治維新の終点」を西南戦争ではなくて、立憲政体の成立の時点まで延ばす議論は前から存在していた。本書の書評を本誌五月号に掲載された毛利敏彦氏もそうであろうし、ほかにも石井寛治氏や中村政則氏が同様の説を立てている。

なお、「上からのブルジョア革命論」では、明治維新の目標である「立憲政体の設立」にまでいたらなければ、革命は完結しないのだから、大藪氏が「革命期」の終りを憲法制定・帝国議会の開設においたのは、論理的にみて当然だが、「革命期」の始点としては、毛利氏も書評で指摘されているように、「開国」にまでさかのぼるべきであろう。そのほうが、大藪氏が「新な方法的見地」の二つ目にあげている「複合的発展」の見地からみても、より妥当であろう。

また、「複合的発展」とは「外部的環境の圧力のもとに、先進国とは異なって、一方で各内外の諸力を、他方では歴史の諸段階を、複雑に合成して発展を遂げることを意味する」（13頁）のだが、こういう考え方そのものは少しも新しくはない。1930年代に「講座派」によって一度清算された「ブハーリン主義」が、スターリン批判後に復活した時にまで、さかのぼることができるからである。

明治維新研究で言えば、1960年代後半から1970年代初めにかけて議論された「明治維新の国際的契機」は非常にプリミティブではあるが、「複合的発展」論のはしりであった。

その後も、同様の議論は「講座派」理論の修正の試みとして繰り返されてきた。もちろん、それらの「講座派」修正理論は絶対主義論を擁護する立場に立っていたから、大藪説とは対立するのだが、明治維新がなぜおこったのか、なぜそれが複雑な過程をたどったのか、なぜそれは「唯物史観の公式」にあわないのか、そういう問題を解決する説明理論として「複合的発展」とほぼ同等の考え方が導入されてきたのである。

そして、説得力を失った「講座派」理論の間隙を埋めるものとして、「国民国家（形成）」という新しいアイデアとともに登場した「世界システム論」が、一九八〇年代に普及するにつれ、「複合的発展」という考えはむしろ主流に位置するようになったとみてよい。

なお付言しておけば、私自身は「複合的発展」論に対しては否定的である。理論的に破産しているに等しい「唯物史観の公式」（＝「世界史の基本法則」）を延命させる役割を果たしてきたと理解しているからである。「明治維新は、国内の経済的、社会的条件からすると早産であり」という表現には、その外的圧力がなければ、日本でも西欧と同じような歴史的発展（「ブルジョア革命」の内生）があったとの理解を内包している。しかし、「世界システム論」からはそのような発想そのものが否定されるはずである。

1980年代には「講座派」の明治維新論は学説としての説得力を完全に失い、いまでは絶対主義論に立つ研究者はほとんど存在しない。このことは大藪氏が批判の対象とした「講座派」の研究の時間的下限が1970年代前半であって、それ以降のものがほとんどないことからも明らかであろう。「講座派」がダメなのは、とっくの昔にわかっていることなので、今さら「講座派」批判でもなかろうという気持ちがある。大藪氏の明治維新論に対して新味を感じない、二つ目の理由がそれである。

たとえば、1975年の時点では、国家類型（近代ブルジョア国家）と国家形態（絶対主義的天皇制）の「ズレ」なる説を提起して、「修正講座派」の一人であることを示した中村政則氏も、1999年になると、明治維新は「上からのブルジョア改革」であり、封建社会からブルジョア社会への転換を実現し、近代国民国家を作り出したが、その政治体制は、ドイツ、イタリア、ロシアなど一九世紀後半の「世界システム」において「半周辺」の位置を占めてる後進国特有の「近代国家（立憲的専制、あるいは絶対主義的立憲制）と呼ぶべきであると再規定」（中村『明治維新と戦後改革』校倉書房、1999年、354頁）するにいたった。

そのうえで「これは学説的にいえば「講座派」の明治維新＝天皇制絶対主義成立説あるいは「労農派」の明治維新＝不徹底なブルジョア革命説とも異なる第三の道を模索したもの」であると、自ら認めている。また中村氏は、「英仏型の古典的市民革命を基準に明治維新の歴史的特質を探るという従来の方法」は、「世界史的な条件を無視した方法であった」とその誤りを認めもした（13頁）。

もちろん、大藪氏としては、1980年代以降の「修正講座派」は、明治維新は「革命」(revolution)ではなくて、「改革」（reform）であると主張し、マルクスやエンゲルスの「上からのブルジョア革命」を「抹消」したままでいるのだから、そんなものと自分を同列視されたのでは、はなはだ心外だと言われるに相違なかろうが、私などからみれば、両者の間にそれほどの差異があるとは思えないのである。

（『季報唯物論研究』98号、2006年11月号に掲載）

【文書の終わり】

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大藪龍介『明治維新の新考察 上からのブルジョア革命をめぐって』（社会評論社、2006年）

永井 和

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