最終更新：1999年06月07日

日本現代史序説講義ノート

担当：永井　和

第7回（６月９日）

１－3『岩波講座日本歴史』の「時代区分論」の変遷

１－３－１旧版『岩波講座日本歴史』の「時代区分論」

旧講座で時代区分論を論じているのは、遠山茂樹と永原慶二の二人で「時代区分論」別巻１である。その内容を紹介する。

遠山は、ルネッサンス以来、ヨーロッパ史学には伝統的な三区分法（古代・中世・近代＝近世）が定着し、１９世紀にはこれを経済史的な発展段階として編成しなおす試みが生まれ、それが普及するとして、次のような例をあげる。
リスト：未開状態・牧畜状態・農業状態・農工状態・農工商状態
ヒルデブラント：自然経済・貨幣経済・信用経済
ビューヒャー：封鎖的家内経済・都市経済・国民経済

そのうえで、こうした発展段階説を社会構成体の発展段階論としてもっとも体系的かつ論理的に理論づけたのが、マルクス＝エンゲルスの唯物史観であると述べ、さらにマルクス＝エンゲルス以降の時代区分論はそれを継承する者もまた批判する者も、ともにこのマルクス主義の歴史理論を前提に時代区分の議論を行ってきたとする。その時代区分とは人間社会の発展段階を原始共産制社会→古代奴隷制社会→中世封建制社→・近代資本主義社会の４段階に分ける方法である。

ここで、次の２点について、参考までに注解を施しておく。

ドイツ歴史学派の経済発展段階論

Friedrich List（1789-1846）: 有名なドイツの経済学者、歴史学派の祖といわれる。アダム・スミスに代表されるイギリスの古典派経済学を批判。主著《経済学の国民的体系 Das nationale System derpolitischen Okonomie》(1841)において生産力理論を体系化し，後進国ドイツにとって保護貿易の必要なことを主張した。イギリスとは発展段階を異にするドイツでは国民的･国家的観点から経済を把握する必要があり，またそのような観点に立った政策をとる必要のあることを説いた。
Bruno Hildebrand（1812-1878）: ドイツ歴史学派の創始者の一人。《現在および将来の国民経済学》(1848)において，時代と場所を超えた経済法則を発見しようとする古典派を痛烈に批判し、経済生活の変化や発展を考察することが経済学に課せられた課題だと主張した。1862年には人類の発展史を経済学，歴史学、統計学などの諸部門の協力によって考察しようとの目的で《経済学･統計年報》を創刊した。実物経済から貨幣経済へ，貨幣経済から信用経済へという経済発展段階論でとくに知られている。
Karl Bucher（1847-1930）: ドイツ後期歴史学派の経済学者。〈封鎖的家内経済→都市経済→国民経済〉という経済発展段階と〈家内仕事→賃仕事→手工業(代金仕事)→家内工業(問屋制度)→工場制工業〉という工業経営様式の史的展開の図式を唱えた。

この３人はいずれも、ドイツの歴史学派の経済学者、経済史学者。ドイツ歴史学派とは、経済的にも社会的にも後進国であったドイツの現実を背景として台頭した経済学。イギリス古典派経済学のコスモポリタンな性格を批判して、次のように主張した。すなわち、古典派経済学(とくに D. リカードの比較生産費説)は自由貿易こそ万国･万民の利益と説くが、実はそれは生産力の優越した最先進国イギリスに最大の利益をもたらし、後進諸国における自立的国民経済の建設を阻害する先進国ナショナリズムの逆説的表現であって、経済の発展段階がイギリスより遅れている後進諸国にとっては、保護貿易こそ国民の利益である、と。

マルクス主義の唯物史観の公式

マルクスが『経済学批判』の「序言」で定式化したのを土台にして、レーニン・スターリン時代のソ連において公式化・教条化された理論。
その内容を概括すれば、ほぼ次のようになる。

すべての個別歴史＝社会は、基本的には同一の発展法則にしたがって運動・発展する。すなわち、次のような発展段階を順次継起的に通過していく。原始共産制あるいは氏族制社会→古代奴隷制社会→中世封建制社会→近代資本制社会→社会主義・共産主義社会もっとも、マルクスの「序言」では「原始共産制あるいは氏族制」はなくて、かわりに「アジア的（生産様式）」が最初にくるのだが、のちに定式化される時に右のように修正された。「原始共産制あるいは氏族制」がはいるのは、エンゲルスの『家族・私有財産および国家の起源』による。その後マルクスの遺稿『資本主義生産に先行する諸形態』が発見され、マルクスがアジア的生産様式・アジア的共同体社会を一つのカテゴリーとして区分していたことが明白となった。ただし、そのアジア的社会を発展段階のどこに位置づけるかをめぐっては、いまだに諸説がわかれている。
各段階の発展・移行の動因となるのは、個別歴史＝社会の内部矛盾（生産力と生産関係の矛盾、階級闘争）とその展開であり、内部矛盾の弁証法的展開によって、一つの社会は必然的に次の段階へと発展・移行していく。つまり、封建制社会の内部にこれを否定する資本主義の契機が生じ、その矛盾の展開の過程で、封建制が揚棄され、近代の資本主義社会が生み出されてくるのであり、同じ様に資本主義社会の内部矛盾の展開によって、歴史必然的にそれを否定する社会主義・共産主義が生み出されるというのである。

上の公式の１は、「社会構成体Gesellschaftsformationの継起的発展段階論」とでもいうべきもので、すべての社会の　歴史がそれにしたがって推移すべき普遍的な歴史発展のコースを示し、２の部分は「内部矛盾の弁証法的展開による段階移行論」といえよう。「世界史の基本法則」に立脚するマルクス主義の歴史理論は、別名「社会構成体史」ともいわれるように、ひとつの歴史的社会の内部構造がいかなるものであるのかを規定する社会構造論としての側面と、一定の構成を有する社会が他の社会構成体へと発展・移行していく順序とその動因とを明らかにした社会構成体の移行論・運動論という二つの側面を具えていたのであり、そこにこの理論の大きな魅力と、広く受入れられるにいたった理由を求めることができよう。

ところで、遠山の言に反して、またマルクス主義の公式に反して、旧版岩波講座は中世と近代の間に近世を設けている。これは明らかに上の五区分法に反する。近世なる時代区分は社会構成体の発展段階区分に固有の位置付けをもたないからである。後期封建社会をなぜ近世として独立させるのか説得的説明はなされていない。

それはともかくとして、戦後の日本史学界では、原始・古代・中世（封建）・近代・現代の５区分法が共通の時代区分法として受け入れられた。「それは、歴史の変化・発展を、社会構成体の継起的交替と見る唯物史観を前提とするものであるが」、今日では学界の常識化し、文部省の指導要領でさえ基本的にはこれにしたがっていると、遠山は言うのである。今からではなかなか信じられないことだが、たしかに遠山の指摘するように、戦後すぐの日本史学界においてマルクス主義的な公式が歴史学界の共通の時代区分として受け入れられたことを示す例を２つばかりあげておこう。

この考え方が歴史学界のパラダイムとして確立されるのは、1940年代の終わりから50年代のはじめであった。

1950年代初めの日本史の時期区分

中央公論社の『新日本史講座』（1947～1951）
原始時代　古代前期（統一国家の成立まで）　古代後期（律令制国家体制の成立から封建国家体制の胎動、大化改新から保元・平治）総説は西岡虎之助
封建時代前期（鎌倉から織豊）総説は中村平治
封建時代後期（織豊から江戸末）
資本主義時代（明治以降帝国主義時代まで）
律令制国家内に封建的諸関係が発生し、発達し、古い社会構成を変革した。
封建社会内に資本主義的諸関係が発生し、発達し、古い社会構成を変革した。

これは、先ほどの原始共産制社会・古代奴隷制社会・中世封建制社会・近代資本主義社会の時期区分に忠実である。古代がストレートに奴隷制社会と銘打たれていないのは、日本の古（広く言えばアジアの古代社会）が奴隷制社会といえるのかどうか、奴隷制社会としても古典古代の奴隷制とは異なるのではないかといった論争があったためでである。

東大出版『日本史研究入門』1949年古代史研究の展開　藤谷俊雄
中世史研究の起点　石母田正
中世史研究の展望　永原慶二
近世史研究の課題　山口啓二
明治維新研究の成果　遠山茂樹
現代史研究の視点　井上清

いずれも少壮のマルクス主義歴史家（藤谷1913、石母田1912、永原1922、山口1920、遠山1914、井上1913）で、戦後の日本史学界の指導的研究者、戦後の研究者交替（公職追放）により華々しくデビュー。当時の雰囲気を知るのに最適。

（第８回につづく）

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