最終更新：2001年7月10日
作成者：永井 和、小山俊樹、冨永 望
清書稿本作成にあたっては、極力原文に忠実な翻刻をめざしたが、漢字は通行の字体にあらためた。また、文中の文の切れ目には句点を適宜おぎなった。さらに、読者の便宜を考え、原文の記載記事の切れ目を表す「○」の直前で改行し、適当なところで、改行、改段をおこなった。日記本文の行側に倉富本人が加えた注記やルビは、内容上いちばん近いとも思われる本文の箇所に〈 〉で括って挿入した。
なお、□は判読できない文字であり、〔 〕内は校訂者による注記である。
また、JIS第１、２水準にない漢字の表示は、e漢字プロジェクト
の漢字フォントを使用した。記して謝意を表したい。
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○三月一日午前八時後山口貞昌、鈞ニ電話シ今日午後六時三十分予ニ朝鮮ホテルニ来リ呉ルヽ様伝ヘ呉ヨト云フ。午後六時三十分朝鮮ホテルニ行ク。会スル者三十余人ナルヘシ。八時後鈞ノ家ニ帰ル
○三月二日正午後十二時頃ヨリ山辺勇輔ノ招ニ其ノ家ニ赴カントス。会々草場謹三郎来リテ予ヲ訪フ。乃チ之ト同ク行ク。正ニ戸ヲ出ツ。木下源蔵其母及婦ヲ伴フテ来リ予ヲ訪フ。予戸外ニテ数語ヲ接シテ行ク。山辺ノ家ニテ文之助及ヒ山辺ノ妻ニ遇フ。予将ニ帰ラントス。会々福助往テ予ヲ訪フ。予カ在ラサルヲ以テ電話ニテ山辺ノ家ニ赴クニ付待チ呉ヨト云フ。予之ヲ諾ス。更ニ草場及福助等ト話スルコト二十分許ニシテ帰リ去ル
○午後七時長谷川好道ノ招ニ其官邸ニ赴ク。九時帰リ去ル
○午後往テ大久保□蔵勅使河原健之助草場林五郎□沢某ヲ訪フ。又清水潔ノ遺族ヲ弔ス
○三月三日午前八時ヨリ東大門外訓練院ノ李太王葬儀場ニ到ル。予葬列ニ従ハス先ケテ葬儀場ニ到ル。長谷川好道野田卯太郎既ニ焉ニ在リ。待ツコト少時葬列到ル。乃チ出テヽ柩ヲ迎ヘ復タ休処ニ休ス。既ニシテ儀ヲ始ム。乃チ場ニ到リ次々循テ玉串ヲ捧ケ直ニ帰リ来ル
○午後臼井水城来リ訪フ
○夜深沢新一郎ノ妻某来リ訪ヒ菓物一籠ヲ贈ル
○午後往テ長谷川好道ヲ訪ヒ名刺ヲ交シテ去ル。直ニ国分三亥ヲ訪フ。三亥在ラス其妻女ト話スルコト少時ニシテ去ル。午後木下源蔵来リ訪フ
○三月四日午前八時鈞ノ家ヲ出テ南大門駅ニ到リ野田卯太郎古賀廉蔵等ト倶ニ発ス。鉄道監督者久保要蔵野田ヲ送リ汽車ニ同乗シテ斡旋シ釜山ニ到ル。午後七時後釜山ホテルニ少憩シ汽船新羅丸ニ乗ル。航程安穏ナリ
○午前八時後文之助来リ別レ菓子一箱ヲ贈ル菓子ハ文之助ト福助トニテ贈ル所ナリ
○鈞予ヲ送リテ南大門駅ニ到ル
○木下源蔵ノ母及妻送リテ南大門駅ニ到ル、此日南大門駅ニ来ル者多シ。然レトモ野田ヲ送リタル者ト予ヲ送リ来リタル者トヲ区別スヘカラス。裁判所職員渡辺暢其他ハ意フニ予ヲ送リ来リタルモノナルヘシ
○小原新蔵停車場ニテ支那ノ玉ニテ製シタル風鎮一対及掛物ノ軸一対ヲ贈ル
○午後七時後釜山ニテ羽田又兵衛等ニ遇フ
○三月五日午前八時頃船下ノ関ニ達ス。西野英男ニテ手荷物ヲ川卯ニ預ケ且ツ予シメ明六日ニ七日午前七時十分発ノ汽車ノ寝台券及急行券ヲ購ヒ置クコトヲ命シ予ハ直ニ門司ニ到リ八時四十分発ノ汽車ニ乗リ久留米ニ向フ。初メ下ノ関ニテ午前十時四十五分門司発ノ急行車ニ乗ル積リニテ西野ヲシテ急行券ヲ購ハシメタルモ既ニ門司ニ到リタレハ急行車ノ前、八時四十分発ノ汽車アルヲ以テ急行券ハ之ヲ赤帽ニ与ヘ直ニ久留米ニ向ヒタルナリ。十二時後久留米ヘ達シ一時後ヨリ軌道車ニ乗リ秋成ヘ向フ。三時後達ス。此日隆等兵役ノ事ニ付村役場ニ到リ居リタルヲ以テ来リテ予ヲ迎フルモノナシ。乃チ手提革鞄、信玄袋、及浅草海苔ヲ包シタル風呂敷包ヲ松原ノ茶屋ニ預ケ置キテ秋成ニ到リタリ。隆及強五郎啓二郎等村役場ヨリ帰リ来ル。乃チ隆ヲシテ予ガ松原ノ茶屋ニ預ケ置タル革鞄等ヲ取リ来ラシム
○強五郎啓二郎啓二郎母強五郎妻鏡山□清等来レリ
○此日久留米ヨリ秋成ニ赴ク軌道車中ニテ林田守隆ニ遇フ。暫ク話シテ別ル
○三月六日雨午前之内麟之助倉富賢吾来リ訪フ
○午後雨止ム。考妣ノ墓ニ謁ス
○午前啓二郎及ヒ強五郎ノ家ニ到ル
○午後妹阿禮来ル
○午後黒岩芳子来ル
○晩ニ強五郎啓二郎及ヒ阿禮ヲ招キ予及隆ト倶ニ飲喫ス。隆ヲシテ九一郎ニ予カ明日博多ヲ通過スル時刻ヲ電報セシム
○三月七日午前十一時後秋成ヲ発シ久留米駅ニ赴ク。強五郎啓二郎等送リテ松原ニ到ル。隆及阿禮送リテ久留米駅ニ到ル。阿禮、吹春熊代ヲ伴ヒ来ル。午後二時五十三分汽車久留米駅ヲ発シ門司駅ニ向フ。隆ヲシテ予ガ今日出発帰京スルコトヲ東京留守宅及鈞ニ電話セシム。午後六時二十分後下ノ関ニ達ス。西野英男来リ迎ヘ予ニ寝台券乗車券、急行券ヲ交ス。乗車券ハ予カ一昨日西野ニ託シ置タルモノ。寝台券急行券ハ西野ガ予メヨガ為メニ購ヒタルモノナリ。直ニ汽車ニ乗リ七時十分発車東京ニ向フ。川卯旅館ノ雇人停車場ニ来リテ予ヲ送ル
○三月八日午前牧野某菊之助（東京地方裁判所長）大坂ヨリ汽車ニ乗ル。牧野モ李太王葬儀ニテ朝鮮ニ行キ帰途大坂ニ宿シタルモノナリ
○午後八時三十分東京駅ニ達ス。九時後家ニ帰ル。廣津和郎宇佐美冨五郎東京駅ニ来リテ予ヲ迎フ。和郎ヲシテ予ガ無事東京ニ帰着シタルコトヲ鈞及隆ニ電報セシム。和郎ハ二月廿四日ヨリ来リテ予ガ家ヲ守リ其父直人モ二月廿六日頃ヨリ予ガ家ニ来リタルカ会々腹胃ヲ傷ヒ且ツ神経痛ヲ発シタルニ付今尚ホ滞留シ居ルト云フ。九時後西野英男来リテ予ガ無事帰京シタル事ニ付挨拶ス。予将ニ浴セントス。西野予ガ浴ヲ終ハルヲ待チ数語ヲ交ヘテ帰リ去ル
○三月一日頃東久邇宮妃殿下ヨリ大磯ノ土産トシテ煎餅ヲ贈ラレタルヲ聞ク
○三月九日朝腹激痛下痢二回懐炉ヲ以テ之ヲ暖ム
○午後二時後西野英男来リ旅行中ノ費用計算書ヲ示ス.。之ニ西野カ立替ヘ居リタル十一円五十五銭ヲ渡ス。予西野カ下関ニテ支払ヒタル西野ノ費用全部ヲ償フヘキ旨ヲ告ケタルモ西野其金額ヲ告ケス。止タ川卯旅館ノ茶代十円ヲ遣ハシタルコトヲ告ケタルニ付今日ハ其十円ノミヲ支払ヒ置ケリ
○午後一時後有馬家ニ電話ス。今日ハ日曜ナルヲ以テ吉田篤太郎等出勤シ居ラス。永田某ニ電話シ予ガ昨夜朝鮮ヨリ帰リタルコトヲ告ケ且伯爵進位ノ祝宴ニ付祝品ヲ贈ルコトヲ吉田ニ依頼スルコトヲ嘱ス
○午後一時後荒井カスエニ電話シ予ガ昨夜朝鮮ヨリ帰リタルコト鈞一家及ヒ須磨子カ無恙ナルコトヲ報ス。カズエ荒井賢太郎カ前週月曜日頃ヨリ風邪気ニテ今尚ホ頭痛止マサル旨ヲ報ス。予熱度ヲ問フ。カスエ最早三十七度五分位ナリシモ既ニ解熱シタリト云ヘリ
○午後三時頃復下痢ス午後八時頃体温ヲ検ス。三十七度アリ。尚ホ入浴ス。不快ヲ覚フ。乃チ直ニ浴ヲ出テ寝ニ就ク。更ニ体温ヲ検ス。三十七度七分アリ。乃チ医坂田稔ヲ招キ之ヲ診セシム。九時頃坂田来リ。十時ヘリチネ油ヲ服用ス。十二時下痢ス。体温三十八度一分ニ進ム。今夜ヨリ内子ヲシテ別室ニ寝セシム。予カ病流行性感冒ノ疑アルヲ以テナリ
○三月十日午前一時後復下痢ス。昨夜ヨリ咽喉痛ム
○午前十時頃病アリ二三日出勤セサル旨ヲ宮内省帝室会計審査局ニ電話セシム
○今日ノ体温ハ三十七度八九分ナリ
○午前九時頃坂田稔来診ス
○広津直人鎌倉ニ帰ル
○三月十一日午前体温三十七度ヨリ。三十六度四五分ニ下リ午後復タ上昇シテ三十七度以上トナル
○三月十二日体温復タ上リ午後六時三十八度ニ至ル
○十三日ノ下ニ十二日ノ追記アリ
○三月十三日午前坂田稔ノ来診ヲ求ム。午後ニ至リ坂田来ル。予予ガ病症ハ流行性感冒ナルヘキ疑アリ家人ニ伝染シテハ困ルニ付看護婦ヲ雇ヒ入レ度旨ヲ謀ル。坂田流行性感冒ノ症候ハ備ハサルモ看護婦ヲ雇ヒ入レラルヽコトハ宣シカルヘキニ付自分（坂田）ヨリ其旨ヲ看護婦会ニ交渉スヘシト云ヘリ
○午後三時頃看護婦松本某来ル
○今日以後体温三十七度四五分以下ナルモ予平温ニ比スレハ尚ホ一度弱ノ高度ナリ
○午後岩倉熊一郎来リ予カ病ヲ問フ
○此日頃西野英男来リ予カ病ヲ問ヒ且伊夫伎準一ノ意ヲ伝ヘ予カ十分摂養スルコトヲ望ムノ意ヲ致ス
○今日頃廣津和郎ヲシテ予ニ代ハリ花井卓蔵ニ贈ル書ヲ作ラシメ之ニ渡辺暢カ欧米視察復命書及予カ昨年三月渡辺ヲ法学博士候補者トシテ博士会ニ推薦シタルノ推薦書写ヲ添ヘ予カ病中ニテ推薦書提出手続ヲ為シ難キニ付花井カ推薦手続ヲ為シ呉度旨ヲ嘱スル旨ヲ記セシム。会々西野英男カ来リテ追加予算ノ書類ニ予カ捺印ヲ求メタルヲ以テ花井ニ贈ル書状ヲ西野ニ托シ其宮内省ニ返ルトキ司法大臣官舎ニ過キリ之ヲ花井ニ致サシム。今日ハ少年法案ノ委員会ニテ花井カ司法大臣官舎ニ来リ居ルヘキ日ナルヲ以テナリ
○午前十時後廣津和郎ヲシテ予ニ代リ渡辺直達ノ長女ノ告別式ニ参セシム（是ハ十三日ナリ）
○西野英男カ来リタルコト、西野カ伊夫伎準一ノ意ヲ伝ヘタルコト、西野ニ托シテ書状ヲ花井卓蔵ニ贈リタルコトヲ三月十三日ノ條ニ記シタルハ誤リニテ是ハ十二日ニ記スヘキモノナリ
○十二日ノ追記西野英男宮内省ヨリ電話ニテ司法大臣官舎ニ到リタレトモ其時マテハ花井カ来リ居ラサリシニ付予カ予メ西野ニ嘱シ置キタル如ク書状ヲ司法属高橋某ニ渡シ高橋ヨリ花井ニ渡スコトヲ嘱シ置タル旨ヲ報ス。十二日午後四時西野英男復タ来リ追加予算書ノ謄本ヲ致ス。此謄本ハ前刻予ニ渡シ置キヘキモノヲ誤リテ持チ返リタルニ付之ヲ持チ来リタルナリ
○三月十四日病状依然タリ
○此日頃小原
吉電話ニテ予カ病ヲ問フ
○今日午後ヨリ（オキシヘーラ）ヲ用ウ
○三月十五日此日頃松根豊次郎電話ニテ予カ病ヲ問フ
○此日頃金井四郎電話ニテ予カ病ヲ問フ
○西野英男来ル。林恭次郎、西野ニ嘱シ予カ摂養ヲ望ム意ヲ致サシム
○今日頃橋爪慎吾電話ニテ予カ病ヲ問ヒ且ツ有馬伯爵陞位ニ付予ヨリ祝品ヲ贈ルコトハ他ノ相談人ト同様ニ取斗ヒ置タル旨ヲ報ス。橋爪又予カ病快クナリタラハ話シ度コトアルニ付病状ヲ報シ呉ヨト云ヘリ
○此日頃矢野茂来リ。前日其末女死亡ノトキ予カ往テ弔シ内子カ葬ニ会シタルコトニ付謝ヲ述フ。内子之ニ面ス
○午後西野英男来ル。之ニ予ガ朝鮮ニ居ル知人ニ贈ル挨拶状ヲ作ルコトヲ嘱ス
○三月十六日病状未タ可ナラス
○午前鈴木重孝来リテ予カ病ヲ問ヒ玄関ヨリ辞シ去ル
○午後二時頃有馬秀雄来リテ予ガ病ヲ問フ。内子之ニ面ス。有馬、予ガ病癒ヘタラハ橋爪慎吾ト倶ニ来リ訪フヘキコトヲ約シ置ケリ其内来訪スヘシト云ヘリ
○三月十五日ノ追記午後一時後西野英男来リテ予ノ俸給ヲ致ス。予カ西野ニ朝鮮ニ在ル知人ニ贈ル挨拶状ヲ作ルコトヲ嘱シタルハ此時ナリ。予内子ヲシテ金ヲ西野ニ渡シ紙及封筒ヲ購フコトヲ嘱セシム。西野、宮内省ニ長官用ノ紙及封筒アルニ付之ヲ用ユヘシト云フ。予更ニ宮内省ノモノヲ用ヰス之ヲ購フヘキ旨ヲ告ケシム
○三月十七日朝西野英男来リ朝鮮ニ送ル挨拶状ハ昨日十六日午後一時頃投函シタル旨ヲ報ス
○昨十六日マテハ体温三十七度ニ上リタレトモ今日ハ最高三十六度八分強ナリシナリ
○午前松田正之電話ニテ予カ病ヲ問フ
○午後白根松介電話ニテ其昨日葉山ヨリ帰リ今日マテ予カ病ヲ知ラサリシ旨ヲ告ケ病状ヲ問フ
○此朝西野英男ニ予カ病ハ二三日ニテ癒ユル積リニテ今日マテ宮内大臣ニ何トモ云ハス。朝鮮ヨリ帰リタルコトヲ報告シ居ラサルニ付明日林恭次郎ヨリ大臣ニ病気ノコトヲ告ケ呉ルヽ様嘱シ呉度旨ヲ嘱ス
○三月十八日体温三十六度八分ニ止マル
○金井四郎電話ニテ往訪シタラハ面会スルコトヲ得ヘキヤ否ヲ問フ。予面会シ難キ旨ヲ答ヘシム
○三月十九日午前小川平吉電話ニテ貴族院ニテ予ニ面セント欲スル旨ヲ告ク。蓋シ予カ尚ホ貴族院議員ノ職ニ在リト思ヒ居ルナリ。予婢ヲシテ目下臥病中ナル旨ヲ告ケシム
○午前金井四郎電話ニテ本月二十一日ヨリ二夜宿リニテ郷里ニ行ク積リニ付承知シ置呉ヨト云フ。金井ノ祖父故金井烏洲先頃贈位セラレタルニ付其祭ヲ修ムル為メニ郷里ニ行ク趣ナリ
○午前李王世子邸ヨリ使ヲ遣ハシ羽二重一疋ヲ致サシム。羽二重ハ李王ヨリ予ニ贈ルモノニテ朝鮮ヨリ世子邸ニ届ケ来リタルニ付之ヲ転致スル旨ヲ伝フ。是レ李太王ノ遺物トシテ予ニ贈ルモノナラン
○午後一時後橋爪慎吾電話ニテ予ノ病状ヲ問フ
○午後一時頃西野英男電話ニテ至急官務アリ往訪シタラハ面会スルコトヲ得ヘキヤ否ヲ問フ。予面会スヘキ旨ヲ答ヘシム。二時西野来ル。調査課ニテ立案シタル会計処務規程中ノ改正案ニ付予ノ捺印ヲ求ム。予之ニ捺印ス。予西野ニ本月二十二日ノ春季皇霊祭ニハ参拝シ難キニ付断リ書ヲ出シ呉度旨ヲ嘱ス
○午後三時後金井四郎電話ニテ予カ病中如何ナル物ヲ食スルヤヲ問フ。予牛乳ノ外何モ食セサル旨ヲ答ヘシム。金井、婢ニ対シ果物ヲ食スルヤヲ問ヒ婢ハ之ヲ食セサル旨ヲ答ヘタル趣ナリ
○此日西野英男ヨリ林恭次郎カ予ノ嘱ニ依リ昨日波多野敬直ニ予ノ病気ノコトヲ話シタル旨ヲ報ス
○午後内子谷中ニ行キ墓ニ謁ス。三時後家ニ帰ル
○三月二十日午前東久邇宮邸ヨリ使ヲシテ予カ病気見舞トシテ鶏卵八十顆ヲ贈ラシメラル
○此日小川平吉カ昨日予ニ贈リタル書状ヲ国分三亥ニ転送シ之ニ予ノ書状ヲ添ヘ朝鮮総督府判事両角彦六カ病気ニテ久シク欠勤シ居ルモ休職トナサヽルコトヲ得ルナラハ今暫ク現職ノ侭療養セシメ呉度旨ヲ依頼ス。小川ノ書状ハ予ヨリ国分ニ前顕ノコトヲ依頼スルコトヲ嘱シタルモノナリ。予ノ添書ハ廣津和郎ヲシテ代筆セシメタリ。小川ノ書状ハ写ヲ取リ置タリ
○午後三時後広津和郎ヲシテ予ニ代ハリ東久邇宮邸及李王世子邸ニ到リ予ノ名刺ヲ致シ鶏卵及羽二重ヲ贈ラレタルコトニ付謝ヲ述ヘシム
○午後看護婦松本某ヲ返ス。予カ病殆ント癒ヘタルヲ以テナリ
○午後七時後広津和郎鎌倉ニ帰ル
○三月二十一日午前永島巌来リ訪フ。予カ病ヲ知ラスシテ来リタルナリ。予之ニ面ス。永島其第二女ノ一タヒ人ニ嫁シテ離レタルモノ先日更ニ某会社員某ニ嫁シタルコトヲ告ク
○午前西野英男来リ。春季皇霊祭ノ不参届書ハ之ヲ出シ置タル旨ヲ報ス
○病後始メテ鈞及隆ニ贈ル書ヲ作リタリ
○午後橋爪慎吾電話ニテ病状ヲ問ヒ往訪シタラハ面会スルコトヲ得ルヤ否ヲ問フ。予長キ用談ニ非サレハ面会スヘキ旨ヲ答ヘシム。橋爪若シ今日往訪スルナラハ更ニ電話スヘキ旨ヲ答フ
○午前電話ニテ予カ浴シテ宜シキヤ否ヲ坂田稔ニ問ハシム。坂田後刻往診シタル上可否ヲ告クヘキ旨ヲ答フ。午後来診シ明日ニ至リ浴スル方宣シカルヘキ旨ヲ告ク
○三月二十二日春季皇霊祭病アルヲ以テ参拝セス。午前内子ヲシテ花井卓蔵ニ電話セシム。花井家ニ在ラス。家人一時間許ニシテ帰リ来ルヘキ旨ヲ告ケ既ニシテ花井ヨリ電話シ主人カ帰リ来リタル旨ヲ告ク。予内子ヲシテ先日（三月十二日）書状ヲ以テ依頼シタルコトハ取斗ヒ呉レタルヤヲ問ハシム（渡辺暢ヲ法学博士候補者トシテ推薦書ヲ提出スルコト）。内子、花井自ラ電話スルニ付予ニ電話セヨト云フ。予内子ノ取次ニテ可ナル旨ヲ告ク。内子前記ノ事ヲ問フ。花井取斗ヒ置タル旨ヲ告ケ且ツ往テ病ヲ問フ積リナルモ宜シク意ヲ致シ呉度ト云ヒタル由ナリ
○午後病後始メテ髭ヲ剃ル
○午後三時後花井卓蔵来リ訪フ。予病後未ダ浴セサルヲ以テ内子ヲシテ面会ヲ辞セシム。花井面会セント欲スル旨ヲ告ク。乃チ出テヽ話ス。花井ハ予カ病ヲ問ヒタルナリ花井、渡辺暢ノ推薦書ト本月廿一日ニ提出シ置タル旨ヲ語ル。花井又
間ノ額ニ礫武トアルハ何人ナルヤヲ問フ。礫武ハ小石川ノ武田耕雲斎ノ略ナリ。予急ニ之ニ答フルコト能ハス。曖昧ナル事ニテ話ヲ終ハレリ。話スル二十分許ニシテ去ル
○午後八時頃入浴ス。病後始メテ浴シタルナリ
○今夜ヨリ内子同室ニ寝ス。予カ病癒ヘタルヲ以テナリ
○三月二十三日午前九時後鈴木重孝来リテ病ヲ問フ。話スルコト少時予将ニ髪ヲ理セントス。鈴木乃チ去ル
○午前九時後髪ヲ理ス。朝来花井卓蔵ニ電話スルコト二回花井在ラス。復タ電話シテ其在否ヲ問ハシム。花井家ニ在リ予乃チ理髪ヲ停メ花井ト電話ス。予渡邉暢ノ推薦者ノ氏名ヲ問フ。花井取調ヘタル上答フヘシトテ書類ヲ調査シ其氏名ヲ報ス。予其氏名ヲ用ユルニ付各自ノ承諾ヲ得ル必要ナキヤト云フ。花井イツレモ昨年承諾シタル人ナル故更ニ承諾ヲ求ムル必要ナカルヘシ司法省ニテモ昨年承諾シタル人ハ今年ハ更ニ承諾ヲ求メス其侭推薦書ヲ提出シタル趣ナリ若シ連名者ノ中不同意ヲ唱フル人アラハ自分（花井）ヨリ陳謝スヘシト云ヘリ。予又本月廿九日ノ推薦会ノトキハ渡邉ノ推薦ノ理由ハ君ヨリ述ヘ呉ルヽヤト云フ。花井説明ハ君（予）ヲ煩ハシ度ト云フ。予然ラハ先日君（花井）ニ渡シ置タル渡邉ノ欧米視察報告書ヲ返シ呉度当方ヨリ使ヲ遣ハスヘキニ付君（花井）カ不在ニテモ弁スル様取斗ヒ置呉ヨト云フ。花井右報告書ハ昨日豊島直通ヨリ自分（花井）ニ返シ来リタリ。今日直ニ郵便ニテ君（予）ノ処ニ返送スヘシト云フ。予使ヲ遣ハスヘシト云ヒタルモ花井ヨリ返送スヘシト云ヘリ。電話既ニ終ハル。乃チ復タ髪ヲ理セシム。病来始メテ髪ヲ理シタルナリ。
理髪纔ニ終ハル。松本重敏来リ訪フ。之ト話ス。松本本月二十九日ノ博士推薦会ノトキ自分（松本）ヲ推薦シ呉ル人アルニ付賛成シ呉ヨト云フ。予約束ハ致スヘキコトニ非ス。話ハ聴キタル旨ヲ答フ。話スルコト二十分許ニシテ去ル。予前年松本重敏カ東洋拓殖会社ノ職員トナリタルトキ身元保證人トナリ保證書ヲ会社ニ差シ入レ置タリ。松本カ退社シタルニ付保證書ヲ取戻スコトヲ松本ニ話シタルコトアリシカ今日松本ヨリ保證書ハ会社ニ於テ債務ノ時効ニカヽル迄ハ之ヲ返サストテ返戻セス。何カ会社ヨリ君（予）ノ方ニ照会シ来リタル様ノコトナキヤト云フ。予別ニ申来リタルコトナシ。但君（松本）ガ退社シタル砌ニハ宇佐川一正ヨリ君（松本）カ事務引継ヲ為サストテ批難シタルコトハアリタリト云フ。松本ハ其当時ニ於ケル宇佐川ノ処分ヲ非難シ居リタリ。宇佐川ハ一旦松本ノ部下ニ居リタル社員ヲ免職スルコトニ同意シタルカ右社員ハ秘書役嶺八郎カ入レタルモノニテ嶺ヨリ宇佐川ニ話シ免職ヲ止メタルノミナラス松本カ免職ノコトヲ持チ出シタル内情ヲ右本人ニ嶺ヨリ内報シタルニ付烈シク松本ニ反抗スル様ニナリ其結果松本ハ終ニ辞職スルコトヽナリタル趣ヲ話シ居リタリ
○午後三時後山根武亮電話ニテ往訪シテ差支ナキヤヲ問フ。予差支ナキ旨ヲ答ヘシム。四時前坂田稔来リテ予ガ病ヲ診ス。山根正ニ来ル。診シ終ハリテ山根ト話ス。五時後ニ至ル。山根其長男住男正ニ米国ポートランドニ在リ。米国人某ニ就キ修学シ居ルコトヲ話ス。山根ポートランドノ地名ヲ忘シ久シク之ヲ思ヒ出サス。辞シ去ル少時前厠ニ行キ之ヲ思ヒ出セリ。其他寡婦ノ養子ニシテ寡婦ノ娘ニ配シ其娘ハ死亡シ養子ハ疾ク戸主トナリ居ル者寡婦ノ気ニ合ハス之ヲ離縁スルコトヲ得ルヤヲ問フ。予容易ニ離縁スルコトヲ得サル旨ヲ答フ。山根人種差別撤廃論ノ不当ナルコト、高等教育機関増設ノ為メ下賜セラレタル金ヲ通常費ニ組込ミテ支払出スルハ不可ナルコト、開墾会社ニ八朱ノ補助ヲ与フルハ不可ナルコト、真鍋十蔵ノ養母ニ先代ガ過分ノ遺贈ヲ為シタルコト等ヲ話シタリ
○坂田ハ明日ヨリ予カ出勤スルモ差支ナキコト、今晩ヨリ常飯ヲ食シテ宜シキコトヲ告ケタリ。予ハ病来粥ヲ食シ居リタルヲ以テナリ
○午後五時頃花井卓蔵ヨリ昨年三月渡邉暢ヲ推薦シタルトキノ推薦書写ヲ郵送シ来ル。予ハ前刻渡邉暢ノ欧米視察報告書ヲ返送スルコトヲ求メタルニ花井カ誤解シテ推薦書写ヲ返送シタルモノナルヘシ
○三月二十四日午前九時頃西野英男来リテ病ヲ問フ。予之ニ面シ今日ヨリ宮内省ニ出勤スル旨ヲ告ク
○内子感冒ノ気味ニテ咽喉カタルヲ起ス。之ヲシテ吸入ヲ為サシメ且ツ度々体温ヲ検シ三十七度ニ上リタラハ坂田稔カ診察ノ為外出セサル前ニ診察ヲ求ムヘキコトヲ命ス
○午前十時ヨリ宮内省ニ出勤ス
○午前林恭次郎ヨリ予カ欠勤中ニ生シタル局務ヲ話ス、早川政吉ヲ内匠寮ニ採用セント〔シ〕タルコトハ早川カ式部職ノ職員某ニ転任ノ得失ヲ相談シ其事カ内匠寮ノ高橋其三ノ聞ク所トナリ。高橋ヨリ馬場三郎ニ話シ早川ハ転任ヲ希望セサルモノト認メ採用ヲ止ムルコトヽ決シタル旨ヲ高橋ヨリ通知シ来リタルコト、審査官ノ実況審査ニ出張スルコトハ審査局長官ヨリ命令シ之ヲ命令スル前宮内大臣ノ認可ヲ経ルコトノ案ヲ立テ総務課ニ出シ置タル処其内容ニハ異論ナキモ形式ニ付テハ大谷正男抔モ異見アリ。結局石原健三ヨリ長官ニ話シタル上ニテ決スルコトヽ成リ居ルコト、長官ノ旅行経歴書ハ審査官ト熟議シタル処馬関ヨリ東京マテニ三泊シタル旨ノ書面ヲ作リタラハ何モ差支ナシトノコトニ一致シタルコト。其書面ハ西野カ作製シ居ル筈ニ付同人ヨリ提出スルコトナルヘシトノ三事ニ過キス
○午前十一時頃石原健三出勤ス。予往テ之ヲ其事務室ニ訪フ。石原正ニ大島義脩ト話ス。大島ノ用談終ハルヲ待チ予ガ朝鮮ノ用務ヲ終ハリ帰京後感冒ニテ昨日マテ引篭リ居リタルコトヲ話ス。
石原、田中光顕問題ハ何処辺マテ聞キ居ルヤト云フ。予予ガ出発前波多野敬直ニ遇ヒタルトキ波多野ハ臨時編修局ノ所管換ヲ為シテ解決スル意思ナル旨ヲ話シタリト云ヒタル処其後所管換ノ儀出タル処編修局ノ連中即チ藤波元〔言カ〕忠等カ承知セス。終ニ田中ニ迫リテ辞職セシムルコトヽナリタリト石原カ此処マテ話シタルトキ戸田氏共渡辺直達吉田某等カ暹羅皇族ノ事ニ関シ急用アリトテ石原ノ処ニ来リタル故予ハ其室ヲ出テ去リ総務課ニ過キリ白根松介ニ面シ白根カ先日電話ニテ予カ病ヲ問ヒタルヲ謝ス。
白根、審査官ノ実況審査ノ出張ニ関スル形式ハ未タ決定セス。次官ハ長官（予）ニ話シテ決セント云ヒ居リタリ。自分（白根）ハ理論ハ貫徹セサルモ訓令ニテ出張ヲ命スル権限ヲ長官ニ委任スルコトヽナリタラハ円満ニ解決スルナラント思フト云ヒ居リタリ
○午後零時頃金井四郎ヨリ電話ニテ予カ病改〔カ〕ヲ祝シ今日ハ宮内省ニ往テ君ニ面スルコトヲ昨日約シ置タルモ差支アリ宮内省ニ往キ難キニ付之ヲ告クト云ヘリ。
予妃殿下ヨリ大磯土産並ニ予カ病気見舞ノ品ヲ贈ラレタルコトニ付挨拶シ近日参殿スヘキ旨ヲ告ケ且王殿下妃殿下王子殿下方ノ御機嫌ヲ問フ。金井妃殿下方金沢ニ御帰リ後妃殿下二王子殿下トモ感冒ニ罹ラレタルモ最早総テ御全快トナリタル旨ヲ告ク
○午前九時後花井卓蔵カ郵送シタル渡辺暢カ欧米司法事務視察復命書達ス。予昨日ハ花井カ予ノ電話ヲ誤リ聞キテ推薦書ノ写ノミヲ返送シタルナラント思ヒタレトモ電話ヲ誤リ聞キタルニ非ス。推薦書ノ写シト視察復命書トヲ各別ニ投郵シタルモノナリシナリ
○午前十一時後小原吉ヲ其事務室ニ訪ヒ先日小原カ電話ニテ予ノ病ヲ問ヒタルヲ謝セントシタレトモ小原出勤セス。其後給仕ヲシテ小原カ出勤シタルヤ否ヲ見セセシメタルモ今日ハ出勤セサル旨ヲ報シ来レリ
○午後三時ヨリ退省。三時三十分頃家ニ帰ル。内子曰ク午十二時頃体温三十六度六分ニ過キス故ニ医ヲ迎ヘス。十二時後暫時眠ル。一時三十分頃体温三十七度一分ニ上リ二時三十分三十七度二分トナル。故ニ坂田稔ノ来診ヲ求メタレトモ坂田ハ既ニ外出シ居リタルヲ以テ坂田ノ家ヨリ往診先ニ電話シテ来診スルコトヲ求メセシメ置タリ。三時頃ハ体温三十七度ニ下リタリト云ヘリ。
四時頃坂田来診咽喉カタルヨリ生シタル微熱ニテ流行性ノモノニ非ス。体温上ルモ三十七度五六分ヨリ進ムコトハナカルヘシト云ヘリ。坂田既ニ去ル。四時三十分頃三十六度八分ニ下リタリ。坂田ハ吸入ヲ為スヘシト云ヒタリ
○午後鏡山忠雄来リ帰県スル旨ヲ告ケタル由ナルモ下婢徳ノ取次明瞭ナラサリシ旨内子ヨリ報告セリ
○午後五時後松田正之電話ニテ予ノ病状ヲ問フ。婢徳既ニ回復シタル旨ヲ答ヘタルコトヲ報ス
○午後五時後橋爪慎吾電話ニテ予ノ病状ヲ問ヒ婢徳ヨリ既ニ快キ旨ヲ告ケ橋爪ヨリ既ニ出勤シタルヤヲ問ヒ徳ハ今日ヨリ出勤シタル旨ヲ答ヘタルコトヲ報告セリ
○朝来雨フリ夜ニ入リテ甚シ
○夜内子ノ体温三十五度九分乃至三十六度二三分ニ下レリ
○書ヲ穂積陳重ニ贈リ其著書（諱ニ関スル疑）ヲ贈リタルコトヲ謝ス
○午後矢野茂電話ニテ予ト話セント欲スル旨ヲ告ク。予正ニ宮内省ニ在リ。婢其旨ヲ告ク。矢野、内子ト話セント欲スト云フ。婢、内子ハ臥病中ナルヲ告ク。矢野後刻更ニ電話スヘキ旨ヲ告ケタル由予カ家ニ帰リタル後内子ヨリ之ヲ報ス。予乃チ矢野ニ電話ス。矢野ノ妻先ツ電話ス。次テ矢野ニ代ハル。予先刻ノ電話ノ意ヲ問フ。矢野明後二十七日亡女ノ為メニ知人ヲ招キ間話シ度ニ付来リ呉ヨト云フ。予先日来引篭居リタル為メ公務堆積シ居リテ繰合セ難シト云フ。矢野午後四時頃ヨリ来リ呉ヨト云フ。予病後ナル故夜間ハ困ルトテ之ヲ拒メリ。予更ニ先日矢野ヨリ内子ニ対シ予ノ作詩ヲ請ヒタル趣ナルカ亡女ノ遺編ノ名ハ何ト云フヤヲ問フ。矢野未定ナリ亡女自ラ（花吹雪）ト仮リ名付ケ居リタルモ未タ決定セスト云ヘリ
○三月廿五日天明前ヨリ快晴缺月枕ヲ照ス
○内子病快ク。体温ハ七時ハ三十六度二分同九時ハ三十六度八分ナリ
○午前九時三十分ヨリ宮内省ヘ出勤ス
○午前十時後金井四郎来リ。東久邇宮妃殿下大磯ニ転地セラレ居リタル内ニ体重四百目余ヲ増シテ十二貫五百五十目トナラレ二王子殿下ハ各百四五十目宛ヲ増サレタルコト、侍女川崎某ハ病気引篭三ヶ月以上トナリタルニ付御用取扱永山某ヨリ辞職ヲ勧告シ既ニ辞表ヲ出シ居ルニ付自分（金井）ガ先日金沢ヨリ帰リタル後既ニ聞届ノ手続ヲ為シテモ宣シカリシモ貴官（予）ノ病中ナリシニ付一応話シタル上決行セントテ今日マテ延ハシ置タリ。
川崎ヲ解雇シ某跡ニハ別ニ老女ヲ置クコトハ王殿下御好ミナキ故侍女取締ノ名義ニテ菊枝ト云フ者ヲ取締ト為シ之ニ月俸十五円ヲ給シ川崎ニハ解雇ノ際表ヨリ慰労金五十円奥ヨリ廿五円ニ縮緬一疋ヲ賜ハルコトニ致スヘシ。先頃老女某〈内田カ〉解雇ノ時ハ表ヨリ百円ヲ賜ヒ奥ハ〔ヨ〕リハ廿五円ト縮緬ノ外ニ七八円ノ硯箱ヲ添ヘラレタリ。全体ハ川崎ノ待遇ハ今少シ薄クシテモ差支ナキモ妃殿下ハ先ノ老女ヨリモ寧ロ川崎ニ同情ヲ有セラルヽニ付奥ヨリノ賜品ハ前述ノ通リニ致シ度シ。
川崎ハ金沢ニテ感冒ニ罹リタルトキ王殿下ヨリ川崎ハ肺患ノ疑アリ永山ハ近侍シテモ差支ナキモ川崎ハ近クヘカラストノ御話アリ。病状ハ寧ロ永山ノ方重カリシニ右ノ如キ御話アリタル故川崎ハ不平ヲ懐キイツマテモ引篭リ居リタルモノナルヘシト云フ。予金井ノ意見通リニ処分シテ異見ナキ旨ヲ答フ、金沢ニ居ル服部某馬ニ蹴ラレ手術ヲ受ケタル等ノコトニテ人不足ニ付更ニ一人ヲ金沢ニ遣ハスヘキ旨ノ申越アリ。王殿下ハ祖式某ヲ遣ハスヘキ様ニ御考ヘアリシモ片岡久太郎ヲ遣ハスコトヽナセリ。夫ハ四月二十九日皇太子殿下御成年式ノトキハ王殿下妃殿下トモ御上京ノ筈ニテ其時若シ若宮方ガ金沢ニ御残リ成サヽル〔ルヽ〕様ノ事アラハ祖式某丈ケニテハ心細キ故片岡ノ方ニ為シタル訳ナリ、
来月ハ照憲皇太后ノ五年祭アルニ付妃殿下ハ御参拝ノ為メ京都ニ御出成サヽル〔ルヽ〕筈ナリ。夫レニ付キ御旅館ノ必要アリ久邇宮ノ京都ノ御邸ニ宿泊成サルルコトヲ久邇宮ヘ相談シタルモ久邇宮家ニテハ女王カ本願寺ニ帰嫁セラルヽ為メ久邇宮妃殿下カ女王ト共ニ京都ノ邸ニ御出アルコトヽナリ居ル概ニテ御宿ヲ断ハリ来レリ、京都ニハ賀陽宮ノ邸アルモ同宮ノ佐紀子女王ハ先年来病気ニテ肺患ノ疑アリ。妃殿下ハ賀陽宮邸ニ行クコトヲ好マレサル模様ナリシヲ以テ自分（金井）ヨリ賀陽宮事務官ニ対シ佐紀子女王ハ御病気ノ様ニ伝承セリ若シ御病気ナラハ東久邇宮ヨリ御見舞ヲ進セラルヽ必要アルニ付有ノ侭話シ呉レヨト云ヒタル処事務官ハ先年一寸御不快ノコトアリタルモ只今少シモ御異状ナク学校ニモ御通学成サレ居ルト云ヘリ。依テ更ニ仙石政敬ニ問ヒ合セタル処仙石モ先年ハ一寸御不快ノコトアリタルモ只今ハ別ニ御病気ナシ。行々自然ハ肺患デモ起リハセサルヤノ懸念ハナキニ非スト云ヘリ。其趣ヲ自分（金井）ヨリ妃殿下ニ申上ケタル処京都ノ御旅館ハ賀陽宮邸ニテモ差支ナキコトヽナレリト云ヘリ。
予ヨリ妃殿下ヨリ大磯ノ御土産并ニ予ノ病気御見舞ヲ頂戴シタルコトニ付挨拶ス金井ハ貴官ハ牛乳ノ外何モ用ヰストノ話ヲ聞キ見舞品ニ困リ笑シキ品ヲ贈ラレタリト云ヘリ
○午前十一時前小原
吉ヲ其事務室ニ訪ヒ小原カ先日電話シテ予カ病ヲ問ヒタルコトヲ謝ス。話次田中光顕カ愈々辞意ヲ決シタル趣ナルコトヲ話シ臨時編輯局ノ所管ヲ移シテ宮内省ノ所管ヲ離レ其ノ為メ田中ハ職務カ自然ニ消滅スルコトヽナレハ内実ハ兎モ角表面丈ハ波多野敬直ノ責任トナラスシテ済ム訳ナルモ田中カ辞職スルコトヽナラハ波多野モ責任ヲ免レサル訳ナリ。然ルニ波多野モ石原健三抔モ田中ガ辞職スルコトヽナリタリトテ喜ヒ居リ楽観ノ体度ナルコトハ了解シ難キ旨ヲ話シ小原モ同感ナル旨ヲ答ヘタリ。
小原ハ先日伊東巳代治ヲ訪ヒタルトキ種々ノ話ノ末ニ伊東ヨリ波多野敬直ニ顧問アルコトヲ知ルヤト云ヒ自分（小原）ハ之ヲ知ラス部内ニアリヤ部外ニ在リヤト問ヒ伊東ハ部外ナリト云ヒ自分（小原）ハ之ヲ知ラスト云ヒタル処伊東ヨリ国民新聞社ニ居ル（某）（某ノ氏ハ小原ハ之ヲ告ケタルモ之ヲ忘レタリ〈某ハ永瀬ト云フモノナル由〉）ナリト云ヘリ。某ナラハ栗原広太ト懇意ナル者ニ付栗原ニ問ヒタラハ分カルヘシト思ヒ栗原ニ問ヒタル処栗原ハ顧問ナルヤ否ハ知ラサルモ某ハ殆ント毎日波多野ノ家ニ出入シ波多野ト研究会トノ間ノ取次ヲ為シ居ルコトハ確カナリ。先日自分（栗原）カ波多野ヲ訪ヒタルトキモ某ハ丁度波多野ノ家ニ在リ田中カ辞職スルコトハ此際極メテ必要ナルニ付君カ（栗原）是非周旋シ呉ヨト云ヒタル由ナリ（某カ永瀬ト云フモノナルコトハ三月廿六日ニ石原健三ヨリ聞キタリ）。
予ハ小原ニ対シ先日宮内省ノ自動車ガ埼玉県ニテ人ヲ轢殺シタルコトヲ話シ出シタル処小原ハ慰籍金千円ヲ遣ハスコトヽナリ遺族モ満足シタルコトヲ語レリ、此日金井四郎ヨリ前記ノ事ノ外現在宮家ニテ給仕ヲ勤メ居ル橘ト云フ者ヲシテ自動車運転ノ助手タルコトヲ見習ハシムル積リト云フニ付予其年齢ヲ問ヒタルニ十六年ナリト云フ予責任ヲ負ハシムルニハ年齢不足ナルヘシト云ヒ金井ハ今直ニ宮内省ノ試験ヲ受ケシムル訳ニハ行カス少クモ今後一年位稽古セサレハ受験スルコトヲ得ズ。要スルニ田村某ガ自動車ヲ運転シ其助手ヲ養成スル積リナリ。橘ハ自動車ノ技手トナルコトヲ熱心ニ希望シ自ラ之ニ関スル書籍ヲ購ヒ研究シ居ル模様ナリ。
一昨年ノ暮ニハ七円ノ慰労金ヲ与ヘ昨年ノ夏ニハ五円ノ慰労金ヲ与ヘタル処本人ハ一昨年ノ暮ヨリ減シタリトテ不平ヲ起シ辞職スルトテ荷物ヲ取形附ケタルコトアリ。其時片岡久太郎初メ属官連中カ協議シテ自分（金井）ノ処ニ来リ。橘ノ慰労金ハ朝香宮ノ金額ヨリ少ク本人モ不平ヲ起シテ辞職スル積リナルニ付何トカ取斗ヒアリ度ト云ヒ橘ノ目前ニテ右様ノ事ヲ云ヒタル故自分（金井）ハ他ノ振合モ調査シタル上取斗ヒタル事ニテ朝香宮ノ振合ヨリ本人ニ利益ナル筈ナリ。単ニ慰労ノ金額ノ多少ノミヲ見テ利益不利益ヲ云々スヘカラス。殊ニ君等カ心附アラハ竊ニ自分（金井）ニ注意スルハ可ナレトモ本人ノ聞ク所ニテ右様ノ事ヲ云フハ不都合ナリ。橘カ不平ニテ給仕ヲ罷ムルナラハ勝手ニ罷ムルカ宣シ。自分（金井）ハ決シテ之ヲ留メスト云ヒタルニ片岡等ハ橘ハ事ニ慣レ居リテ惜ムヘシト云フ故五年モ給仕ヲ勤メ居レハ事慣ルヽハ当然ナリ。是ハ誰レテモ出来ル事ニテ惜ムニ足ラスト云ヒテ取合ハサリシ処結局橘カ謝シテ留マルコトヽナリ今日ニ至リタルナリ。
右ノ如キ事モアリタル末ニ付橘ヲシテ運転手見習ヲ為サシムルコトヽナレリ。自動車ノ掃除ヲ担当セシムルコトヽ為シ其廉ニ対シ橘カ学校ニ行ク月謝デモ補助シ一ヶ月三円位ヲ増給シテハ如何アランカト思ヒ居レリ。先年一度自分（金井）カ橘及其母ヲ召シ橘ハ年若キ事ニ付今日ノ如キ時節ニ宮家等ニ奉公セス世ノ中ニテ働キテハ如何ト云ヒタル処母子トモ終身宮家ニ仕ヘ度ト申出テ自分（金井）其考ヘナラハ含ミ置クヘシト申聞ケ置キタル事モアリト云ヘリ
○内子ノ体温午後ハ三七度ニ上リ頭痛殊ニ烈シ
○今日ハ午喰ヲ喫セス病アル為メニ非ス
○零時十分ヨリ麻布山之町善福寺ニ行キ広瀬温ノ葬ニ会ス。温ノ父犬塚勝太郎横田某（法制局長官）松村真太郎、馬場某（法制局参事官）平塚虎太郎、俵孫一等ト遇フ、帰途李王世子邸ニ過キリ高羲敬ニ遇ヒ之ト話シ世子ノ機嫌ヲ問フコト、尚〔昌〕徳宮ヨリ羽二重ヲ贈ラレタルコトヲ謝スル意ヲ伝フルコトヲ嘱ス。予将ニ去ラントス。会世子、其勤務先ナル軍隊ヨリ帰リ来ル。乃チ之ニ面シ機嫌ヲ候シ退テ復タ高及金某〈応善〉（世子附武官）ト長話シテ家ニ帰ル
○午後六時頃橋爪慎吾電話ニテ明日又ハ明後日ノ晩有馬秀雄ト倶ニ往訪セント欲ス差支ナキ日ヲ通知シ呉ヨト云フ。予明日ノ晩差支ナシ何時頃来ルヤヲ問ハシム橋爪午後六時カ七時頃ニ来ルヘシト云フ
○三月廿六日今朝内子ノ体温三十六度八分ニテ昨朝ヨリ少シク高シ
○午前十時後林恭二郎ヨリ自分（林）ハ正ニ調度寮ノ実況審査ヲ為シ居リ。直接ニ審査ノ関係アリト云フニハ非ラサルモ御内儀ノ方ニモ新ニ設備セラレタル所アリ。其模様モ見度旁々一度御内儀ノ模様ヲ拝見シ度旨先日主殿頭市来政方ヘ相談シ置タル処明後日ハ還幸啓アルニ付明日ニナレハ差支アリ今日ナラハ支ナキ故自分（市来）カ案内スヘシト云ヘリ。依テ自分（林）ヨリ審査局長官モ未タ一度モ御内儀見ラレサルヘキニ付同行シテ差支ナキヤト云ヒタル処夫レハ固ヨリ差支ナシトノコトニ付今朝拝見セラレテハ如何ト云フ。予之ヲ希望スル旨ヲ告ケ十時頃林ト倶ニ将ニ市来ノ事務室ニ至ラントス。廊下ニテ主殿寮ノ属官某カ来リテ午前中ハ御内儀ノ女官カ困ルト云フニ付午後一時頃ヨリ案内スヘシト寮頭ノ言ヲ伝フ。乃チ自己ノ事務室ニ返ル。
既ニシテ予カ先頃流行性感冒ニ罹リ未タ十分ノ日子ヲ経過シ居ラス。奥殿ニ参入スルコトハ規則上差支ナキヤヲ懸念シ伝染病予防規則ヲ検シタルニ流行性感冒ニ罹リタル者ハ全快後其翌日ヨリ七日間側近ニ奉仕シ又ハ臨時進謁スルコトヲ得サル旨ノ規定アルノミニテ宮中ニ参入スルコトニ付テハ何等ノ禁止ナシ。然レトモ此趣旨ヨリ考フルトキハ予ガ解熱後ハ既ニ十日以上ニナリ居ルモ遠慮スル方穏当ナルヘシト思ヒ其旨ヲ林ニ告ケ林ヨリ之ヲ市来ニ話シタル処市来ハ夫レハ少シモ差支ナカルヘシ審査局長官カ拝見セラルヽナラハ石原次官（健三）モ一緒ニ拝見セント云ヒ居リタルニ付長官カ懸念セラルヽナラハ一応長官ヨリ次官ニ打合セテ決セラレテハ如何ト云フニ付尚ホ再考セラレ度ト林ヨリ申来レリ。依テ直ニ石原ヲ其事務室ニ訪ヒタル処市来正ニ此処ニ在リテ丁度予カ懸念シ居ルモ一応貴官（石原）ニ話シ見ラレテハ如何ト云ヒ置キタリト云ヒ居リタル処ニテ石原ハ夫レハ少シモ差支ナシ一緒ニ行クヘシト云ヒ井上勝之助亦倶ニ来リ。
林恭次郎及審査局属官三名随行シテ御内儀ニ至リ皇后宮職〃員某及女官冨田某案内シテ各所ヲ拝見セリ。拝見シタル個所ハ御食堂、御膳所、御格子ノ間、剣璽ノ間、皇后陛下ノ更衣室、両陛下各別ノ御浴室、表御座所、御学問所等ニテ枚挙スルニ遑アラス。御格子ノ間トハ御寝室ノコトナリ。表御座所、御学問所ハ御内儀ニ非ス侍従ニテ所管スル所ナリ。二時後見終ハリテ自己ノ室ニ返ル
○午後二時後石原健三ヲ其事務室ニ訪ヒ審査官ヲ実況審査ノ為メニ出張セシムルコトニ付先日書面ヲ提出シ置キタル処其形式ニ付異論アル趣ニテ未タ決セサル由内実ハ相違ナキニ付強ヒテ議論スル程ノ事ニ非サルモ審査局議ノ通リ決定シテハ如何ト云ヒタル処石原ハ出張ノ形式ニ付テハ他ノ部局ノ分モ一緒ニ研究ノ必要アルニ付今年ノ実況審査ニ〔付〕テハ従前ノ如ク宮内大臣ノ命令ニテ出張スルコトニ致置度ト云フ..。予強ヒテ之ヲ争ハス他日ノ詮議ニ譲リテ石原ノ希望ノ如ク同意セリ。局ニ返リタル上林ニ対シ石原ト話シタル模様ヲ告ケ従前ノ手続ニ改ムルコトヲ談ス。林之ヲ諾シ且先刻、白根松介ニ遇ヒタル処白根ヨリ審査局ノ提案ニテハ石原次官カ承諾セサルニ付今年迄ハ従前ノ通リニ致シ相当ノ手続ニテ改正スルコトニ致シ度ト云ヒタルニ付其事ヲ長官（予）ニ話サント思ヒ居リタル所ナリト云ヘリ
○内子ノ体温三十七度二分ニ至ル
○午後七時後有馬秀雄橋爪慎吾来ル。橋爪先ツ本月廿十九日ニ相談会ヲ開カルヽコトヽナレリ出席出来ルヤヲ問フ。予廿九日ニハ午後ヨリ博士会アリ出席シ難シト云フ。橋爪有馬ヨリ君ノ出席ヲ望ム為メ病気回復ヲ待チタル次第ニ付是非ノ出来ル日ニ致シ度シ。三十日カ三十一日ニテハ如何ト云フ。予三十日ナラハ差支ナシト云フ。有馬然ラハ有馬家ノ都合ニテ三十日ニ変更スル手続ニナス方宜シカルヘキ旨橋爪ニ勧メ其事ニ決セリ、
橋爪ヨリ中島武ガ非行ハ先日話シタルガ其後更ニ綸子ノ夜具（覚焉君ノ遺物）ヲ窃ニ持出サントシタルコトヲ発見セリ。其次第ハ女中松野及外一名ヨリ自分（橋爪）ニ対シ実ハ相済マサルコトヲ為シタリトテ御膳番ノ佐和ガ中島ノ使トナリテ来リ。覚焉様ノ遺物ノ綸子ノ夜具アリ中島カ今夜寒キニ付其夜具ヲ渡シ呉度遺物ノ帳簿ハ中島カ宜シキ様ニ改メ置クト申スニ付悪シキコトハ知リナカラ中島ハ覚焉様ノ事ヲ引受ケ居ル人ニテ之ヲ渡スヨリ外ナシト思ヒ之ヲ渡シアリト云フニ付ナゼ早ク之ヲ云ハサリシヤト叱責シ直ニ人ヲシテ其夜具ノ有無ヲ取調シメタル処既ニ車ニ積ミテ引出シ居ル故之ヲ追掛ケ途中ニテ之ヲ取調ヘタル処風呂敷ノ下ノ方ニ包ミ込ミアリタルヲ以テ之ヲ取リ戻シ其侭保存シ居ケリ。小泉義代ノ死シタル時モ其遺物ノ中大分中島カ私シタル事顕レタリ。中島ノ処分ニ付テハ有馬ヲ煩シタル故有馬君ヨリ其顛末ヲ話シ呉ヨト云フ。
有馬ハ自分（有馬）カ家令時代ニ中島ヲ採用シ此ノ如キ結果トナリタルハ慙愧ニ堪ヘス。先日君（予）ヨリ当面ノ処分ハ勿論将来ノ面倒ナキ様ニスル事マテ自分（有馬）ノ責任ト云ハレタル由ナルカ云々ト云フニ付予ハ其通リ云ヒタルモ有馬ハ君カ此ノ如ク云ヒ居ル趣ナルコトヲ頼寧君ニ話シタル処頼寧君ハ中島カ非行ヲ為シタリトテ何モ君（有馬）ノ責任ニ帰スル訳ニ非スト云ハレタリ。然レトモ橋爪君ヨリノ話モアリ元来中島ヲ採用シタルハ上田某及旧家臣関某ヨリ依頼シタルコトモアルニ付上田及関ノ両人ヲ立合ハセ中島ヲ蛎殻町ノ別邸ニ召ヒ寄セ其不都合ヲ詰責シタル処中島ハ御膳所ノ雇女二人ハ予テ之ヲ籠絡シ居リ。二人ハ中島ノ為メニ不利益ナル事ハ云ハサルモノト信シ自分（中島）カ御膳所ノ米其他ノ物ヲ取出シタルコトアラハ二人ノ雇女ハ之ヲ知ラサル筈ナシ。事実ノ有無ハ二人ニ聞キ糺セハ分明スヘシト云ヒ張リ橋爪君カ其二人ヨリ事実ヲ聞キ居ルコトハ知ラスシテ頻リニ二人ノ取調ヲ請求スルニ付自分（有馬）ヨリ橋爪君ハ正確ノ取調ヲ為シ十分ナル証拠ヲ握リ居ルトノコトニ付右様ノ弁解ニテハ信ヲ措キ難シ。君（中島）二人ノ女カ窃ニ自分（中島）ノ処ニ米其他ノ物ヲ運ヒ居ルナラハ兎モ角自分（中島）ヨリ之ヲ命シタルコトナシト云フモ君（中島）ノ家ニテハ近頃米ヲ買ヒタル事実ナク又女カ不正ノ事マテ為シテ君（中島）ノ処ニ物ヲ運フト云フコトカ抑々笑シキ事ニ非スヤ。然シ君カ二人ノ女ニ聞キ呉ヨト云フナラハ一応之ヲ問ヒ合ハスヘシ。自分（有馬）モ君（中島）ヲ推薦シタル責任上君カ非行ナキコトヲ希望シ君ノ弁明ノ如クナランコトハ真実希望スル所ナリト云フテ橋場邸ニ電話ヲ掛ケ橋爪君ニハ今夜此方ノ話カ済ム迄橋場邸ニ残リ居リ呉ヨト云ヒ二人ノ女ノ取調ヲ申入レタル処二人ノ申立明瞭ニシテ中島モ弱リタル故自分（有馬）ヨリ上田、関ニ話シ二人ヨリ懇々中島ニ忠告セシメ結局中島ヨリ謝罪書ヲ差出ス運ヒトナリタルモ最初ニ出シタル書面ハ普通ノ進退伺ノ如キモノナリシ故是ニテハ不可ナリトテ更ニ十分謝罪スル趣意ニ書キ易ヘシメタリ。
中島ノ処分ニ付テハ君（予）カ第一穏便ノ処分ヲ希望セラレ又頼寧君モ成ルヘクオトナシクセヨトノ注文ナリシニ付事実ハ懲戒免職ニシテモ足ラサル位ナルモ過激ナル処置ヲ為サス本人カ謹慎致シ居ラハ其内ニハ何トカ恩遇アルコトモアルヘシ位ノ意ヲニホハセ置タリ。然ルニ先刻橋爪君ヨリ話サレタル如ク解雇ノ処分後更ニ夜具ヲ取出サントスル如キ不都合アリタルニ付最早何等恩恵ヲ施スニ余地ナキコト故其侭ニ致シ居レリ。中島ハ昨年子供ヲ喪ヒ先頃妻ヲ喪ヒタル趣ニテ気ノ毒ノコトナレトモ致方ナシト云ヘリ。
又有馬ヨリ先年有馬及境豊吉等ノ評議ニテ伯爵家ノ公債証書五万円男爵家ノ公債証書二万円ヲ志岐信太郎ニ貸シ渡シタルモノヽ内保証人大葉某ヨリ数回ニ伯爵家ノ分三万五千円ハ返戻シ残一万五千円ト男爵家ノ分二万円ハ尚ホ未済ニテ大葉モ是迄返済ノ約ニ違ヒ居故先頃ヨリ幾度モ催促シ結局境ヨリ催告状ヲ発スル手続ヲ為シタル末三月ヨリ一ケ月ニ五千円宛ヲ償還シ九月マテニ皆済スルコトニ約定シタリ。夫レニ付大葉モ志岐ノ為ニ一人ニテ返済スル訳ニ付志岐及他ノ保証人某（松尾トカ何トカ云フ者）ヨリ償還ヲ得ル為メニ有馬家ヨリ債権譲渡ノ形式ヲ執リ呉度トノ相談ヲ為シ。境ハ其事ヲ承諾シ居レリ。此事ヲ一応君（予）ニ話シ置ク必要アリト思フ。尤モ債権譲渡ハ公正証書ニテモスレハ面倒ナル故私署証書ニスル積リナリト云フ。予大葉カ返済スレハ譲渡ノ形式ニセサルモ志岐ニ対シテ請求権ヲ生スルハ勿論他ノ保証人ニ対シテモ分担額丈ノ請求権ハ当然生スル筈ニ付右ノ如キ面倒ナルコトヲ為ス必要ナキニ非スヤト云ヒタルニ有馬ト橋爪トノ説明十分明了ナラス。今一度境豊吉ニ逢ヒタル熟議スルコトヽナセリ。
又頼寧カ狎妓小鈴ト関係ヲ断チタル旨他ニ話シタルコトアル故其虚実ヲ確ムル為メ有馬カ小鈴ニ逢ヒタル事ニ付有馬ハ左ノ如ク語レリ。
先頃新橋ノ待合増田屋ニ到リ。小鈴ヲ召ヒ頼寧ト絶チタルヤヲ問ヒタル処小鈴其事ナシ頼寧ヨリ小鈴ニ対シ絶チ度ト云ヒタルモ洋行中ハ五年テモ何年テモ待チ居ト云ヒタリ。頼寧ヨリ小鈴ニ贈リタル書状ハ小箪笥ニ一杯アリ。如何ナルコトアリテモ小鈴ヲ見捨テスト云フ趣意ハ幾度モ書キ居リテ今更頼寧ヨリ関係ヲ絶ツト云フコトヲ云ヒ出ス訳ニハ行カスト云ヒ居リタリ。併シ此節ノ頼寧ノ考ヘハ那辺ニ在ルヤ分カラス。又待合菊月ノ女将ノ考ヘモ分ラサルコトヽナレリト云ヘリ。
有馬ハ小鈴ニ対シ予ガ此処（増田屋）ニテ汝ニ逢ヒタルコトハ頼寧ニモ菊月ニモ絶対ニ秘シ置クヘキコトヲ固ク約シテ別レタリ。有馬ハ有馬聡頼ノ旧情人某カ先頃ヨリ芸妓トナリ居ルコトヲ聞キ之ヲ見ル為メ増田屋ニ到リ某ヲ召ヒタル席ニ小鈴ノコトヲ問ヒタル処丁度家ニ在リタルニ付小鈴ヲ召ヒタル趣ナリ。其後菊月ヨリ電話ニテ自分（有馬）来リ呉ヨト云ヒタルニ付行キ見タル処先日増田屋ニ行キ小鈴ヲ召ヒタルヤト云フニ付其事ナシト云ヒタルニ小鈴ハ増田屋ヨリ有馬ト云フ人カ召フト云フニ付行キ見タルニカツガレタリト云ヒ居レリ。誰カ召ヒタルモノナルヘキヤト云ヒ菊月ハ頼寧実ハ此節ハ非常ニ小鈴ガ厭ヤニナリ是非関係ヲ絶チ度トノコトニ付何トカ取斗ヒ様ナキヤト云フニ付自分（有馬）ハ全ク取合ハスニ置タリ。
然ルニ小鈴ヨリ自分（有馬）ニ電話ヲ掛ケ（有馬ノ話ニテハ有馬カ菊月ニ居ルトキ小鈴ヨリ有馬ニ電話ヲ掛ケタル様ニ聞エタレトモ果シテ有馬カ菊月ニ居リタル時ナルヤ又ハ有馬カ家ニ在ル時ナルヤ詳カナラス）先日増田屋ニテ話シタルコトヲ云々スルニ付小鈴ヨリ其事ヲ菊月ニ話シテハ困ルト思ヒ自分（有馬）カ汝ノ家ニ行クヘシト云フテ電話ヲ切リ更ニ小鈴ノ家ニ行キタルカ小鈴ハ頼寧ノ為ニハ芸妓トシテ為スコトノ出来ヌコトマテ為シタリ。此事ハ絶対ニ云ヒ難シト云ヒタルモ自分（有馬）カ強ヒテ之ヲ問ヒタルニ小鈴ハ頼寧ノ依頼ニ因リ若奥ノ時計ノ鎖、櫛（鼈甲）頼寧ノ時計鎖等ヲ七十円計ニ売却シテ其金ヲ頼寧ニ渡シタリ。但櫛ハ余リニ価カ安キ故之ヲ売却セザリシナリ。其後又古洋服外套等ヲ持チ来リ売却方ヲ頼マレタルモ此方ハ芸妓トシテ売払ヒ難キニ付自分（小鈴）ノ従兄弟某ニ頼ミ売却セントシタルモ尚ホ売レス。外套ハ従兄弟カ自ラ引受ケタリト云ヒ居リタリト云ヘレリ。
有馬又原熙カ頼寧ノ外国留学ニハ絶対反対ニテ君（有馬）カ之ニ同意シタリトノコトナルカ君（有馬）ハ既ニ頼寧ヲ見捨テタル訳ナルヤト云ヒタル趣ヲ話セリ、
橋爪ハ水天宮大正八年度ノ予算ハ先般協議シタル振合ニテ編成シ東京府ノ認可ヲ求メタル処直ニ認可シタルコトヽ水天宮信徒総代タル有馬秀雄ニ一ヶ月四十円同境豊吉ニ年二季ニ五十円宛其外橋爪、及ヒ吉田篤太郎ニ若干円宛給スルコトヲ頼寧カ決シタルコト、伯爵カ橋場ノ本邸改築ヲ止メ其代ハリニ現在ノ住居ヲ修繕スルコトヽ為シ其費用ハ七千円許ナリ。自分（橋爪）ハ大ニ之ヲ賛成シ置タリ。相談会ノトキハ此ノコトハ頼寧ヨリ説明セス橋爪ヨリ説明スルコトヲ伯爵カ希望セラルヽコト、久米子ノ嫁装費用カ予算一万円ニテハ不足ナル模様ニテ困リ居ルコト頼寧カ久米子ニ対シテハ必要ノ物丈ハ品書ヲ出セト云フ故久米子ハ多数ノ物ヲ持チ出シテ予算額一万円ノ上ニ四千円モ超過スル模様ニテ久米子ハ伯爵ニ申出テ予算増額ヲ求メントスト云ヒ居ルコト、橋爪ハ殆ント毎日二三十分間宛久米子ニ対シ久米子自ラ節約ヲ為サシメント思ヒ其趣意ヲ久米子ニ説キ居ルコト、頼寧ハ近日又々行先キ不明ノ旅行ヲ為シ居ルコト先日頼寧カ行先不明ナリシトキ橋爪ヨリ若夫人ニ対シ行先不明ニテハ急用アル時ニ困ルニ付今後ハ右様ノコトナキ様セラレ度旨橋爪ヨリ若夫人ニ話シ置若夫人ヨリ此節ノ旅行ニ付テモ行先ヲ問ハレタルモ頼寧ハ両三日位ノ旅行ニ付強ヒテ行先ヲ告ケ置カサルモ宜シクハナキヤト云ヒ若夫人モ其位ノ日数ナラハ宜シカラント云ハレタル趣ナルコト、
御膳所ノ品物ヲ私シタルハ中島武ノミニ非ス。津留崎某及ヒ伯爵ノ気ニ入リ居ル先ノ車夫ニテ現今家丁トナリ居ル某抔モ膳所番ノ佐和ヨリ貰ヒ居ルコト、伯爵カ家丁某ノ事ニ付非常ニ心配シ橋爪ヨリ某ノ非行ヲ伯爵ニ話シ語未タ終ハサル内ニ某ヲ免職スルハ可愛想ニ付若シ免職スルナラハ何処ニカ世話シ呉ヨト云ヒタルヨリ橋爪ハ今日ハ未タ処分ノコトヲ申スニ非ス。只事実ヲ申上クルマデナリ。某ハ過失ハアレドモ此節マデハ篤ト訓戒ヲ加ヘ将来ニ注意セシメハ夫レニテ宜シカラント思フ旨ヲ話シ。夫レニテ安心セラレタルコト、等ヲ話シ又有馬ハ菊月ノ女将ハ頼寧ト（ミドリ）トノ媾合ヲ為居ル疑アル旨ヲ話シタリ十一時後ニ至リ有馬橋爪辞シ去リタリ
○三月廿七日午前十時後金井四郎来リ。東久邇宮家ノ予算書及ヒ大正七年ノ決算書ヲ示シ予算書ニ付テハ熟覧ノ上可否ヲ考ヘ置呉度旨ヲ述ヘ且昨夜片岡久太郎ヲ金沢ニ遣ハシタルコトヲ告ク
○午後零時後小原吉来リ。先日栗原広太ニ逢ヒ田中光顕問題ニ付栗原カ関係シタル模様ヲ探リタル処栗原カ波多野敬直ノ官邸ニ行キ居リタルトキ国民新聞ノ永瀬モ其席ニ在リ永瀬ヨリ栗原ニ対シ是非トモ田中カ辞職スル様周旋セヨト云ヒタルモ自分（栗原）ハ別ニ答ヘモ為サス波多野モ永瀬カ余計ナル事ヲ云フト云フ様ナル顔色ヲ為シ居リタリ。
自分（栗原）ハ更ニ其翌日波多野ヲ訪ヒ其意ヲ確メタル処波多野モ周旋ヲ依頼スル意アリトノコトニ付田中ニ対シ止タ辞職セヨト云ヒタリトテ承知スルモノニ非ス何トカ優遇ノ考アリヤト云ヒタルニ波多野ハ極力其事ヲ図ルヘシト云ヘリ。然レトモ漠然ト尽力スヘシト云ヒタルノミニテハ何事ナルヤ分カラサルニ付自分（栗原）ヨリ試ミニ前官礼遇デモ賜フ様ノ事ハ出来サルヤト云ヒタルニ波多野ヨリ其事ハ至難ナルヘシ先頃芳川顕正カ罷メタルトキニモ其論アリタルモ二上兵治カ取調ヘタル結果実行出来ズト云フコトニナリ終ニ多額ノ金円ヲ賜ヒ旭日桐花大綬章ヲ賜ハ〔ル〕コトヽナレリ。田中ニ前官礼遇ヲ賜ハントスルニハ勅令ノ改正ヲ要スヘシト云ヘリ。
自分ハ勅令ノ改正ヲ要スト云フハ解シ難シ。前官礼遇ハ勅令ニ依リテ賜フモノニ非ス。芳川ハ原官カ枢密院副議長ナリシニ付大臣ノ礼遇ヲ賜フコトガ六ケシキコトナリシナラン。田中ハ宮内大臣罷メタルモノニ付其礼遇ヲ賜フ途ハアルコトヽ思ヘトモ此事ハ余リ論究セズ。辞職問題ハ重要ナルコトニ付又後日ニ至リ行違ヲ生シテハ不都合ト思ヒ自分（栗原）書キ取リヲ出シ此ノ如キ書面（田中ヨリ時機ヲ見テ辞表ヲ出スヘキ旨ヲ記シタルモノ）ヲ田中ヨリ出サシムレハ宜シキヤト云ヒタルニ波多野ハ是ニテ結構ナリト云フニ付夫ナラバ交渉シ見ルヘシト云ヒ波多野ハ田中ニ面会シタル上其模様ハ電信ニテ報知シ呉ヨト云ヘリ。
依テ田中ヲ岩渕ニ訪ヒ其趣旨ニテ話シタル処初ハ応セサリシモ段々懇談ヲ重ネ結局田中ニ於テ承諾シ宮内大臣モ心配シ居ルヘキニ付承諾ノコトヲ電信ニテ通知シテ宜シト云ヒタリ。然レトモ電信ニテハ委細ヲ報シ難ク単ニ都合ヨク運フ旨ヲ報シ置帰京シテ波多野ニ逢ヒタル処電信丈ケニテハ明瞭ナラサルニ付研究会ノ連中ニモ未タ何事モ話シ居ラスト云ヘリ。田中ハ既ニ決心シタル上ハ此事カ世間ニ漏レテモ差支ナシト云ヒタル故其旨モ波多野ニ話シ波多野ヨリ田中カ辞職ノ決心ヲ為シタルコトヲ研究会ノ連中ニモ話シタル筈ナリト小原ハ云ヘリ。
右ノ次第ニ付昨日ノ新聞ニ田中カ辞職ノ決心ヲ為シタルコトガ世間ニ漏レタル上田中ハ又モ辞意ヲ翻シタル旨ノ記事アリタルハ事実ニ非サルヘシ。先日食堂ニテ波多野カ新聞ニ依レハ大木遠吉抔カ結党シテ宮内大臣ニ逼ル旨ノ記事アリ。若シ大木抔カ右ノ如キ事ヲ為スナラハ宮内大臣ハ華族ヲ監督スル職権ヲ以テ之ヲ取締ルマデナリト云ヘ居リタルカ大臣ハ余計ナル事ヲ云フモノト思ヒタル旨ヲ話シタリ。
予ハ田中カ辞職ヲ為セハ世間ハ案外静カナルヤモ斗リ難ケレトモ実ハ田中カ辞スレハ宮内大臣ノ責任ハ免レ難キコトナリ。大臣カ渡辺千秋ト田中トヲ奏薦シ数日内ニ両人トモ辞セサルヲ得サル様ノコトヽナリタルハ畢竟不当ノ奏薦ヲ為シタル責ヲ免カルヽコトヲ得サル筈ナリト云ヒ置ケリ
○三月廿八日午前十時ヨリ出勤シ午後一時後ヨリ花井卓蔵ヲ訪ヒ前日花井カ予ノ病ヲ問ヒタルヲ謝ス.。花井在ラス。直ニ司法大臣官舎ニ到リ法律取調委員会ニ列ス。会ハ午後二時開会ノ筈ナリ。予カ行キタルハ一時三十分ニテ時尚ホ早シ。会々穂積陳重ハ午後一時開会ノ積ト思ヒテ予ヨリ先キニ来リ居レリ。依テ穂積ト話シテ開会ヲ待チタリ
○午前十時前ヨリ東京駅ニ到リ天皇皇后両陛下ノ葉山ヨリ還リ給フヲ奉迎ス。駅ニテ清浦奎吾ニ逢フ。清浦予カ朝鮮ニ出発スル前清浦ニ贈リタル書状ハ領承シタルカ該件（田中問題）モ程克解決スルコトヽナリ好都合ナリト云ヘリ。又仁田原重行ニ遇フ。仁田原隈本繁吉ノ依頼ニ因リ隈本ノ身事ヲ中橋徳五郎ニ依頼シ隈本ノ転任ヲ承諾スル様明石元次郎ニ書状ヲ贈リ置タル旨ヲ話セリ
○午後司法大臣官舎ニ行キタル時鈴木喜三郎ヨリ鈴木等カ推薦シ又ハ鈴木等ト交換的ニテ依頼セラレタル法学博士候補者ノ氏名書ヲ予ニ交シ此等ニ投票シ呉ヨト云フ。予之ヲ見ルニ予等カ推薦シタル渡辺暢ノ氏名ナシ。依テ之ヲ花井卓蔵ニ示シ其コトヲ告ケタル処花井予ヲ別室ニ招キ鈴木等ノ所行ハ失敬ナリ。依テ予等（花井）モ鈴木等ノ推薦シタル候補者全部ニハ投票セサルコトニ致シ度シト云フ。予之ヲ諾ス。
法律取調委員会閉会後（五時後）予ト花井ハ渡辺ニ投票スル人ヲ捜カシ花井ヨリ其人ニ交渉スル分ト予ヨリ交渉スル分トヲ別ツ。時ニ豊島直通其席ニ在リ。予等豊島等カ渡辺ヲ疎外シタルコトヲ詰ル。豊島不注意ナリシ今夕山崎覚次郎ニ遇フニ付十分依頼シ置クヘシト云ヘリ。午後六時頃家ニ帰ル。午後七時後中川□太郎岡田朝太郎ニ電話シ渡辺暢ニ投票スルコトヲ依頼ス。両人トモ之ヲ諾ス
○三月廿九日午前九時頃花井卓蔵電話シ土方寧及ヒ某ニ遇ヒ渡辺暢ニ投票スルコトヲ依頼シタルニ両人トモ承諾セリ。其外某々等数人ニハ電話ニテ依頼シイツレモ承諾セリト云フ。予中川□太郎岡田朝太郎ニ依頼シ承諾ヲ得タルコトヲ報ス。花井秋山雅之助ニ書状ヲ出シタルヤト云フ。予昨日花井ト別ルヽ時秋山ノ住所ヲ問フコトヲ失念シタル故書状ヲ出スコトヲ得サリシ旨ヲ告ク。花井今日会場ニテ秋山ニ遇ヒタラハ之ニ依頼スヘシ君モ注意シ呉ヨト云ヘリ
○午前十時ヨリ出勤ス。十時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ朝鮮ヨリノ帰途感冒ニ罹リタルコトヲ告ケ李太王葬儀ニ列シタルコトヲ報ス。又田中光顕辞職ニ決シタル趣ナルコトヲ話ス。波多野最早辞表ヲ出シテヨキ頃ト思ヒ居ルモ未タ之ヲ出サス遇々之ヲ出スヘキコトヲ周旋シ居ル人アルニ付遠カラス之ヲ出スヘシ。男爵連中ハ議会開会中ニ之ヲ出サシメヨト云ヒタルモ自分（波多野）ノ責任ヲ以テ之ヲ決行スル旨ヲ告ケタリト云ヘリ
○予又制度審議会ノ事モ進行出来サル旨ヲ話ス。波多野余リ進行シテモ困ルカ左リトテ李王世子ノ結婚ニ付テハ現在ノ如ク何モ忌服ニ関スル成規ナクシテハ朝鮮ニテハ矢張リ三年ノ喪ヲ主張スルモノアルヤモ斗リ難シ是ハ少シク困ル訳ナリト云フ。予先日朝鮮ニテ長谷川好道ニ遇ヒタルトキ長谷川ハ李太王ノ薨去ノ為メ世子ノ結婚ヲ延期スルハ当然ナルモ支那ノ式ニ依リ三年間喪ニ服スト云フ様ナルコトニテハ不都合ナリ。一年ノ後ニハ結婚式ヲ挙ケサルヘカラサル旨ヲ予メ話シ置タリト云ヒ居リタルコトヲ話シタルニ波多野ハ長谷川ヨリ話ス人ハ李完用其他同種類ノ人ニテ彼等ニ異論アルヘキ筈ナク彼等ノ外ニ三年説ヲ主張スル人アルヘシト思ハル。李王ハ必ス三年弔喪ニ服スルコトナルヘシ。左スレハ世子モ続柄ハ父子ナル故必ス同様ノ論アルヘク仮リニ世子ハ一年ニテ喪ヲ終ハルトスルモ李王ガ喪中ナレハ結婚ハ出来サル訳ナリ。此事ニ付テハ王公家規範ニテ喪期ヲ定ムル必要アリト思フ。其外ニハ別ニ審議会ニテ急ニ制定ヲ要スルモノナシト云フ。
予只今朝鮮ニテハ一般ニ忌服ニ関スル制ナシ。旧慣ヨリ云ヘハ内実ハ兎モ角表面ハ三年ノ喪ナルヘシ。然シ日本ニ併合シタル以上日本ノ制ニ従ハシムルコトトナシテモ非常ニ無理ナルコトモ非サルヘシ。審議会ノ事務ハ格別必要ナルコトハナキモ若シ何事モナサヽルナラハ其侭会ヲ存シ置クコトハ不都合ナルヘシト云ヒタルニ波多野モ夫レハ其通リナリト云ヘリ
○午後零時二十五分ヨリ徒歩シテ文部省ニ到ル。法学博士会ニ列スル為メナリ。休憩室ニテ秋山雅之助松井茂ニ渡辺暢ニ投票シ呉度旨ヲ嘱ス。二人之ヲ諾ス。昨夜嘱シ置タル中川□太郎ハ今日ハ缺席セリ。午後二時後会員初メテ定足数ニ達シ開会ス。従前ハ候補者一人ニ付推薦者ヨリ五分間ヲ限リテ推薦理由ヲ説明シタレトモ今日ハ候補者四十八人アリ説明ノ為時間ヲ費スコト多キヲ以テ会員中ヨリ一切説明ヲ略シ度トノ意見ヲ提出スルモノアリ。之ヲ会員ニ謀リ。予ハ其説ニ賛成セサリシモ大多数ニテ説明ヲ止ムルコトヽナリ。
但今日会場ニテ候補者トシテ推薦シタル山川端夫ニ付テハ未タ推薦理由書ヲ提出シ居ラサル故山川丈ケニ付テハ説明ヲ許サレ度旨推薦者ヨリ請求シ衆議之ヲ容レ山川ノ推薦理由ヲ説明スルコト七分間ニシテ会長ヨリ休憩ヲ宣告シ四時前ヨリ候補者ニ対スル投票ヲ始メ開票ノ結果合格シタルモノ十一人。予カ推薦シタル渡辺暢ハ僅ニ五十票ヲ得タルノミニ付不合格トナレリ。今日ノ出席者百六人ニテ其三分ノ二七十二票ヲ得ルニ非サレハ合格セサルナリ。午後六時頃家ニ帰ル
○今日内子ノ体温復タ三十七度二分ニ進ム
○午後二時花井卓蔵使ヲシテ
子（カラスミ）及馬関産若布ノ□漬ヲ贈ラシム
○三月三十日午前十一時頃寺崎良山来リ予ニ面センコトヲ請フ。予差支アル旨ヲ以テ之ヲ拒ム。寺崎其自作シタル画（夏山新時）一枚ヲ交シテ去ル。一昨年寺崎カ画会ヲ始ムル趣ニテ有馬秀雄ヨリ予〔ニ〕相談シ其画ヲ購フコトヲ請フ。予之ヲ諾シ一昨年ヨリ昨年七月頃マテ毎月其代価ヲ払込ミ既ニ全額ヲ払ヒタルモ寺崎其画ヲ致サス。昨年中予ヨリ有馬ニ其旨ヲ話シタルコトアリ。有馬ヨリ寺崎ニ催促シタル趣ニテ今日ハ之ヲ持チ来リタルナリ
○午後一時ヨリ橋場有馬邸ニ到ル。相談会ニ列スル為ナリ。橋爪慎吾相談会開会前伯爵カ予ニ逢ヒ度ト云ハレ居ル旨ヲ告ク。予乃チ伯爵ノ室ニ到ル。伯爵ヨリ昨年中自分（伯爵）ノ居室改築ノコトヲ頼寧ヨリ勧メ御前〈マエ〉（予）モ賛成シタル故改築スル積リノ処経費多額ヲ要スル趣ニテ相談会ハ再調ヲ要求シタリ。依テ熟考ノ結果改築ハ之ヲ止メ大修繕ヲ加フルコトニ決心セリ。修繕ヲハ手ヲ抜カス完全ニ致シ度シ殊ニ現在ノ土蔵ハ朽腐シテ気カ入リ品物ヲ損スル故土蔵ヲ完全ニシ度シ。費用ハ一万五千円位ニテ出成スル趣大工ヨリ申出テ居ルトノコトナルカ改築ヲ止ムルニ付二万円位ハ費用ヲ掛ケテモ宜シカラント思フ。今日相談会ノ席上ニテ此事ヲ提出スヘキニ付賛成シ呉ヨトノ話アリ。予之ヲ領承セリ。但修繕ニ付テハ其仕様ヲ示シ其仕様通リニ出成スレハ夫レニテ宜シカルヘク是非トモ二万円ヲ掛クル必要ハナカルヘシト思フ旨ヲ告ケ伯爵モ夫ニテ宜シトノ話アリ。
夫レヨリ橋爪ニ遇ヒ事情ヲ質シ見タル処修繕費ノ金額ニ付テハ是迄何事モ話シ居ラス。只上田邦蔵ヲ伯爵カ召ヒテ費用額ヲ問ハレタルトキ上田ヨリ一万五千円位ノ話ヲ為シタルモノナルヘシ。自分（橋爪）カ大工ニ概算ヲ為サシメ見タル処ニテハ七八千円位ニテ出成スヘシトノコトナリシモ予算トシテハ一万円ヲ請求シ置ク積リナリト云フ。予伯爵ハ一万五千円ニテモ不満足ノ模様ニ付先ツ今日ハ一万五千円ノ予算ヲ出シ若シ不足シタルトキハ更ニ追加スル旨ヲ話シ置キテハ如何ト云ヒタルニ橋爪モ之ニ同意シタルニ付予ハ更ニ伯爵ニ遇ヒ修繕費ハ新築費ト云ヒ愈々着手シタル上ニ非サレハ材料ノ用立ツヤ否正確ニ分リ兼随テ費用額モ決シ難キ趣ニテ今日ノ処概算ニ過キス。依テ一万五千円ノ予算ト為シ置キ不足シタルトキハ更ニ追加スルコトニ橋爪ニ相談致シ置キタル旨ヲ報シタルニ伯爵ハ夫レニテ異議ナシトノコトナリシナリ。
既ニシテ相談会ヲ開ク。予年長ノ故ヲ以テ議事ヲ整理ス。議案大正七年度収支ニ付事後承認ヲ求ムルモノナリ。予会計主任吉田篤太郎ニ対シ七年度ノ収支ニ付今日承認ヲ求ムルハ会計規程ニ違反スルコトヲ詰ル。吉田陳謝スルノミニテ弁明ナシ。乃チ将来ヲ警告シテ承認スルコトニ決ス。次テ大正七年度決算ヲ議ス。前議案ノ承認問題ハ決算ニ関係スルモノニテ此問題ノ外別段ノ議論ナシ。
決算ノ議事及財産ノ実地調査ヲ終ハリタル後有馬秀雄ヨリ伯爵家ヨリ志岐信太郎ニ貸渡シタル公債証書ノ返済方ニ関スル保証人大葉某〈久吉〉ノ差入タル契約書ヲ示シ予ノ意見ヲ問フ。予契約書完全ナル旨ヲ答フ。次テ其事ニ関シ境豊吉カ大葉ノ代人ト口頭ニテ大葉カ一人ニテ有馬家ニ返済スル以上ハ大葉ノ希望ヲ容レ有馬家ヨリ大葉ノ関係人某ニ対シ債権譲渡ノ手続ヲ為スコトヲ約シ置タル旨ヲ報告ス。予其口約ハ事実ニ違ヒ若シ債権譲渡ヲ受ケタル某カ第三者ノ形ニテ共同保証人タル松尾寛三ニ対シ訴訟デモ提起スレハ債権ヲ譲渡シタル有馬家ハ必ス証人トシテ訊問セラルヽヘシ。其時ニ債権譲渡ノ趣意ヲ全クセントスレハ事実ニ違ヒタル陳述ヲ為サヽルヘカラス。予ハ有馬家トシテ右ノ如キ立場ニ立ツコトニハ同意スル能ハスト云ヒ境ハ幾分抗弁シタレトモ他ノ相談人仁田原重行、松下丈吉モ境ノ説ニ同意セス。結局予ノ意見ニテ有馬家ヨリハ今日直ニ志岐ニ対スル債権ヲ有馬秀雄ニ譲渡シ秀雄ヨリ更ニ債権ヲ第三者タル某ニ譲渡スコトヽナサバ境ノ口約モ全ク取消スニ及ハス。有馬家ニモ面倒ナル事ナクシテ済ムヘシトノコトニ決シ更ニ有馬秀雄ニ債権ヲ譲渡セント欲スル旨ノ議案ヲ相談会ニ提出シテ之ヲ可決セリ。此議案ヲ可決シタルトキハ頼寧ハ腹ノ工合悪シトテ既ニ家ニ帰リタル後ナリシナリ
○最終ノ議案トシテ伯爵ノ居室修繕費一万五千円ヲ要求スル案ヲ出シタル処其但書ニ若シ不足シタルトキハ二万円迄支出スルコトノ承認ヲ請フ旨ノ記載アリ。有馬秀雄ヨリ寧ロ予算ヲ二万円ト訂正シ但書ヲ削除スル方可ナルヘシトノ意見ヲ出シ松下モ仁田原モ之ニ賛成シ終ニ其事ニ決シタリ。更ニ橋爪ヨリ有馬家ニ財務顧問ト云フ如キモノヲ置キ有価証券ノ相場等ニ注意時機ヲ失セス財務顧問ノ意見ノミニテ之ヲ売買シ相談会ヲ開カサルコトヽ致シ度シ是ハ頼寧君ノ希望ナリト云フ。予先ツ家範ニ違フ旨ヲ以テ之ニ反対シ松下モ絶対反対ヲ唱ヘタリ。伯爵ハ財務顧問ノコトヲ今日マテ伯爵ニ話サス橋爪ト頼寧トノ相談ニテ突然右ノ如キコトヲ云ヒ出シタリ〔ル〕ヲ不快ニ思ヒ無言ニテ相談会場ヲ立テ去ラレタリ。其時ハ誰モ伯爵ノ去ラレタル理由ヲ知ラサリシカ有馬秀雄カ伯爵ノ居室ニ行キテ伯爵ニ面シタルトキ伯爵ヨリ其旨ヲサレタル趣ナリ。
伯爵カ会場ヲ去ラレタル後ニ至リ予ヨリ修繕費ノ事ニ付予ト橋爪ト内談シ置タル事情ガ他ノ相談人ニ通スル暇ナカリシ為メ終ニ増額ノ結果ヲ生シタル旨ヲ告ケテ一笑セリ
○午後八時後ヨリ仁田原、境、橋爪ト自動車ニ乗リテ帰途ニ就キ九時後家ニ帰リタリ
○今日有馬邸ニテ啓二郎カ予ニ依頼シタル故真木和泉ノ所持シタル刀ノ
ノ巻替方ヲ職工ニ命スルコトヲ津留崎某ニ頼ミ又村山元ノ学資貸与継続願書并ニ元ノ転居届ヲ吉田篤太郎ニ渡シ置タリ。又橋爪慎吾ヨリ頼寧ノ夫人カ頼寧、先ノ雇女（ミドリ）ト私シ之ト共ニ横浜其他ニ宿泊シ又ハ菊月（待合）ノ女将カ其媒合ヲ為シ居ルコト頼寧カ金千円ヲ（ミドリ）ノ父ニ渡シタル事実ヲ探知シ居ラルヽコトヲ話セリ
○松下丈吉ヨリ
〈サン〉甲ノ義ヲ問ヒタレトモ予之ヲ知ラス
○三月三十一日今朝内子ノ体温三十六度トナル
○午前宮内省ニテ広文庫、熟語字典等ニ就キ甲ノ義ヲ調ヘタレトモ其熟語ナシ。昨日松下丈吉ヨリ甲ノ義ヲ問ハレタルニ付今朝佩文斎韻府ヲ検シ甲字ノ作例ヲ杜牧之ノ□其他数例ヲ載セ居レトモ出典ハ明カナラサルノミナラス其義モ酒ノコトナルヤ杯ノコトナルヤ詳カナラス。当ニ之ヲ博雅ノ人ニ質スヘシ
○今日頃山崎元幹来リ。明日午後四時ノ汽車ニテ出発朝鮮ヲ経テ満州ニ帰任スル旨ヲ告ク。予ハ不在内子ハ臥蓐中ニテ面会セス。山崎カ来リタル日ハ今日ナルヤ昨日ナルヤ明日ナルヤ確ナラス。
山崎カ来訪シタル翌日予、荒井賢太郎ノ妻（カズエ）ニ電話シ山崎カ昨日来訪シ呉レタルモ予ハ不在妻ハ臥蓐中ニテ面会シ得サリシコト、予カ朝鮮ヨリ帰リタル後臥病シタルコト、明日山崎カ出発ノトキ見送リヲ為シ得サルコト等ヲ話ス。（カズエ）昨日山崎ヨリ夫人（内子）病気ノコトヲ聞タル故電話ナリトモ掛ケテ容子ヲ問ハント思ヒ居リタル所ナリト云ヘリ。
山崎カ来訪シタル日確カナラサル故随テ此ノ電話ノコトモ其日判然セス。然レトモ山崎ノ来訪ハ三月三十一日ニテ電話ヲ掛ケタルハ四月一日朝ナリシナランカ
