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最終更新：2005年12月1日
作成者：永井 和、冨永 望、李 昇、川嵜 陽、鹿雪瑩、Janusz Mytoko
清書稿本作成にあたっては、極力原文に忠実な翻刻をめざしたが、漢字は通行の字体にあらためた。また、文中の文の切れ目には句点を適宜おぎなった。さらに、読者の便宜を考え、原文の記載記事の切れ目を表す「○」の直前で改行し、適当なところで、改行、改段をおこなった。日記本文の行側に倉富本人が加えた注記やルビは、内容上いちばん近いとも思われる本文の箇所に〈 〉で括って挿入した。
著者が備忘のために日記帳の上欄に付した小見出は、翻刻にあたり、本文のいちばん関連が深いと思われる部分に記入した。また、その小見出しを抽出して、目次を作成し、冒頭においた。また、欄外に記された注記は「原注」として本文内に付記した。
なお、□は判読できない文字であり、〔 〕内は校訂者による注記及び訂正である。
また、一部漢字の表示に、e漢字プロジェクト
の漢字フォントを使用した。記して謝意を表したい。
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○十二月四日午前九時三十分頃婢徳ヲシテ電話ニテ西野英男ニ予カ今日出勤セサルコト本月二日総務課ヨリ予ニ致シタル判任官以下年末手当ノ割合ニ関スル通牒ヲ持チテ予カ家ニ来ルヘキコトヲ告ケシム。
十時後西野来ル。予総務課ノ通牒ヲ一覧シ西野ヲシテ伊夫伎準一ニ此通牒ニ依リ判任官以下ニ対スル手当金額ヲ取調ヘ置クヘキコト及ヒ予ガ出勤セサルモ会計審査報告書案ニ付審査官会議ヲ開クヘキコトヲ告ケシム。
又西野ニ嘱シ有馬家ヽ扶及寺内寿一ニ贈ル端書ヲ書セシム。今月七日晴雲院ノ法会及同日故寺内正毅ノ法会並ニ寿一ヨリ招タル晩餐ニ会シ難キコトヲ告クルナリ。又穂積陳重ニ名刺ヲ送リ昨夜ノ饗ヲ謝スルコトヲ西野ニ嘱ス。
○午前十一時頃坂田稔ニ電話シ今日午後来診スルコトヲ依頼ス。二時頃坂田来ル。内臓ニ異状ナシ。咽喉カタルノ為メ微熱ヲ起シタルモノナルヘシト云フ。散薬ヲ投シ咽喉ニ薬ヲ塗布ス。
昨夜ノ熱ハ詳カナラサルモ三十八度前後ナルヘシ。今朝ハ三十七度三分午後三十七度一分時ニ激シク悪寒アリ。食味常ノ如ク晩酌正常ノ如シ。
○内子時ニ褥ヲ出テ時ニ褥ニ在リ。
○十二月五日午前六時後体温三十六度六分気色宜シ。
午前八時後高成田渉ノ家ニ行キ一昨日来ノ病候を告ク。高成田舌根ニ腫起シタル所アリ蓋水胞ナラン。腫起増大ヲ防クノ要アリ。吸入ヲ為シ練布ヲ用フヘシト云フ。
予今朝ハ宮内省ニ出勤セント思ヒ居リタルモ之ヲ止メタリ。
○午前十時後金井四郎電話ニテ予カ病状ヲ問ヒ今夜ヨリ故賀陽宮ノ十年祭ニテ東久邇宮殿下ノ名代トシテ京都ニ赴クコトヲ告ク。
○内子今日ヨリ褥ヲ払フ。
○内子婢ヲシテ安ノ寝衣ヲ洗ハシム。
○十二月六日午前九時三十分ヨリ宮内省ニ出勤ス。
○午前審査官及審査官補ト判任官以下ニ対スル年末慰労金ノ額ヲ議定シ西野英男ヲシテ之ヲ総務課ニ致サシム。
○午前十一時後波多野敬直予ヲ召フ。乃チ其官房ニ到ル。石原健三亦在リ波多野皇族処分内規案ノコトハ伊東巳代治岡野敬次郎平沼騏一郎ニ謀リタルニ岡野ト平沼トハ宮号ヲ用ヰテ内規ヲ設クルモ異議ヲ唱ヘス。唯伊東ハ宮号ヲ用ヰルコトニハ同意シ難シト云ヘリ。
又王公家軌範案ノコトハ伊東等モ財産ニ関スルコトハ法律ニ譲ルニ付襲系ノ事丈ケハ是非皇室令ニテ定ムルコトニ致シ度ト云フ。依テ此事ニ〔ヲ〕清浦奎吾ニ話シ枢密顧問官若干名ヲ加ヘテ内協議ヲ為ス積リナリト云フ。予皇族処分ノコトニ付テハ是迄種々考案シ見タルモ宮号ヲ外ニシテハ範囲ヲ定ムル工夫ナシ。伊東ハ何カ考案アルヤト云フ。波多野唯不同意ヲ唱フル丈ケニテ之ニ代ハルヘキ考案アルニ非スト云フ。予又王公家軌範ノコトハ襲系ノミヲ譲ルコトハ出来難カルヘシ。然レトモ協議整ヘハ好都合ナル故兎モ角内議ヲ開キ見ルコトハ宜シカルヘシト云フ。
〔原注〕未完此ノ後ハ此ノ日記ト様式ノ異ナル冊子ニテ大正八年十二月六日以後ノ日誌 第十八（紙数百枚）ト題スルモノニ続ク。
石原王公家軌範ノ方ハ急ニ纏マルヘキ見込ナク。亦実際ニ於テモ左程急ヲ要スルコトナシ。皇族処分ノ方ハ之ニ反シ教育其他ノコトニ関シ非常ニ決定ヲ急ク必要アリ。一応倉富君ヲシテ伊東ニ交渉セシメ見テハ如何ト云フ。
予伊東ハ宮号ニハ初メヨリ反対シ居ル故到底承諾スル見込ナシト云フ。石原兎モ角一応協議致シ見呉ヨト云ヒ波多野亦之ヲ依頼ス。予効能ナカルへキモ協議致シ見ルヘシト云フ。
波多野伊東ニ逢ヒタラハ王公家軌範ノコトハ清浦カ病気回復シタ〔ラ〕ハ同人ニ相談ノ上内議ヲ遂クルコトニ致ス積リナルコトヲ話シ置キ呉ヨト云フ。予予ハ襲系ヲ譲ルコトハドコマデモ不同意ナリト云フ。波多野自分（波多野）ハ初メヨリ王公族ハ併合当時ノ詔書ニテ皇族同様ノ取扱ヒニテ宜シト思ヒ居ル故襲系ノコトハ法律論ヲ止メ呉ヨト云フ。予然ラハ襲系ノコトニ限ラス総テ原案ノ通リニテ宜シキ訳ナリト云フ。波多野自分（波多野）夫レニテ宜シト思ヘトモ君等カ喧シク云フニ付所謂互譲妥協ヲ望ム訳ナ〔リ〕ト云フ。
吉ト話ス○十二時前小原吉ヲ其事務室ニ訪フ。小原カ本月三日上野駅ニ面談致シ度コトアリト云ヒ今日午前ニモ予カ室ニ来リ五六分間面談致シ度ト云ヒタルヲ以テナリ。
小原先日自分（小原）御猟場ニ行キタル処主猟官鍋島某ニ対シ土地ノ人民反感ヲ懐キ御猟ニ関スル人ハ一切宿泊ヲ拒絶シ警察ノ周旋ニテ漸ク御猟ヲ始ムル前夜ニ至リ宿泊ヲ承諾シタルコトヲ聞キタリ。
鍋島非行ニ付テハ種々ノ話アリ。戸田氏共ハ宮内大臣ヨリ適任者アル迄名義ノミ主猟頭ヲ引受ケ呉度、事務上ノ責任ハ決シテ負ハシメストノ依頼ニテ引受ケ居ル所ナルモ鍋島ノ行動此ノ如クナルニ付テハ自分（小原）ヨリ其事実ヲ告クレハ必ス鍋島ヲ免職スルコトヲ主張スルナラン。然レトモ此事ハ非常ニ困難ナル事情アリ故ニ自分（小原）ハ寧口戸田ヲシテ井上勝之助ヲ後任トシテ推薦セシメ戸田ノ主猟頭兼任ヲ辞セシムル方宜シカラント思ヒタル処西園寺八郎ハ井上ハ温順ナル人ニテ鍋島カ之ヲ欺クコトハ容易ナリ。左スレハ宮内省ノ為メニハ非常ニ不利益ナル故今暫ク戸田ハ仕事ヲ為サヽルモ今日ノ侭ニテ過コス方宮内省ノ為メニ利益ナルヘシトテ自分（小原）ノ意見ニ賛成セス如何致シタラハ宜シカルヘキヤ。君ニハ嘗テ鍋島ノコトヲ話シタル関係モアル故一応相談スト云フ。
予先頃松根豊次郎カ主猟寮ノ実況審査ヲ始メ未タ之ヲ終ハラサル内ニ免官トナリタルトキ戸田ヨリ実況審査ニ関シ希望ヲ述ヘ松根ノ代リニ実況ヲ審査スル人ニ之ヲ伝ヘ置呉ヨトノ依頼アリ。予ハ当時戸田ノ真意ハ主猟寮ニ非行アラバ遠慮ナク之ヲ摘発スルコトヲ望ムニ在ルコトナラント察シタルモ松根ニ代ハリテ実況ヲ審査シタル青山操ハ別段何事モ発見セサリシニ付審査官トシテハ別ニ手ノ附ケ様ナシ故ニ西園寺ノ意見ハアル趣ナルモ戸田自ラ其職ヲ辞スルカ又ハ鍋島ヲ処分スルカ二者中一ヲ選フヨリ外ニ方法ナキニ非スヤ。尤モ鍋島ヲ処分セントスレハ余程十分ノ準備ヲ為シタル上ニ非サレハ困難遭遇スルコトアルヘシト思ハル。全体ハ石原健三ニ話スヨリモ波多野ニ話ス方ガ容易ナルコト多ケレトモ此事ハ即チ石原ニ話ス方ガ宜シカト思ハルヽ様ナリト云フ。小原領承セリト云フ。
小原、安藤信昭ハ嘱託ノ名義ニテ手当モ月々ノ支給ニ非サル為メ割増手当モ受ケ居ラサルモ強ヒテ支給ヲ受ケサル必要アル訳ニモ非ラスト思ヒ先日内匠頭ニ其旨ヲ話シ内匠頭モ来年ヨリ毎月ノ手当ト為シ随テ割増手当モ支給スルコトニ為スヘシト云ヒ居リタリ。実ハ本人ノ意思ヲ聴ク暇モナカリシ為メ自分ノ考ヘ丈ケニテ其相談ヲ為シ置キタリト云フ。予其厚意ヲ謝シ置タリ。
小原又九年度予算ニ自分（小原）ヨリ自動車十六台ノ購入ヲ要求シタルニ石原カ其半数ヲ削リ置ナカラ先日自分ニ対シ自今皇太子殿下皇子殿下等ノ市中御往来ハ総テ自動車ニ致シ度ガ引受クルコトヲ得ルヤト云フ。自分ハ自動車ヲ減シタルコトヲ理由トシテ之ヲ拒マンカトモ思ヒタレトモ精々工夫シテ間ニ合ハスヘク時トシテ御用ヲ缺クコトアルヤハ計リ難キモ成ルヘク其様ナルコトナカラシムへシト云ヒ置ケリ。
宮内大臣ハ疾クヨリ殿下方ガ馬車ニテ御往来アルハ仰山ニテ目立チテ宜シカラス自動車ニ致シ度ト云ヒ居レリ。宮内省ノ事ハ総テ此ノ如ク無方針ナリト云フ。予石原カ殿下方ノ往来ヲ自動車ニ改ムルコトヲ相談シタルハ先日予算会ノトキ主馬寮ノ河原某ニ致シ頻リニ馬車ノ需要ハ減スル筈ナリトノコトヲ主張シ居リタル結果ナルヘシト云フ。
小原又先日ノ予算委員会ニテ辛フシテ通過シタル青山御所内ニ省丁休息所ヲ移築スルコトハ其後澄宮御養育掛長田内三吉カ絶対ニ不同意ナル故之ヲ止メヨト石原ヨリ云フニ付自分ハ移築ヲ止ムルコトハ差支ナシ。但シ宮内省ニテ決シタルモノヲ田内カ反対スル故止ムルト云フテハ条理カ立タサルヘシ。上官ハ下僚ノ意見ハ成ルヘク採用スルコトハ美事ナルモ下僚カ反対スル故之ヲ止ムルト云フテハ官規ヲ紊ル訳ナリ。此事蜂須賀笛子ノ結婚披露ノ時浜尾新カ田内ト立談シタル結果ニテ此クナリタルモノナル故之ヲ止ムルコトハ止ムルニシテモ名義ハ立ツ様致シ置カレ度ト云ヒ其後大臣ヨリ之ヲ止ムヘキ旨ヲ話サレタルトキモ同様ノコトヲ述ヘ置タリト云フ。
○午後一時ヨリ会計審査報告書案ニ付審査官会議ヲ開キ四時頃閉会ス。
○午後八時頃司法省職員課長ヨリ書留書状達ス。予ガ曩ニ法律取調委員タリシトキノ手当金八百円ヲ給スル旨ノ書ヲ致シタルナリ。
○十二月七日午前八時後高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。高成田舌根ノ腫起一昨日ノ通リニテ増減ナキ旨ヲ告ク。
○高成田ヨリノ帰途坂田稔ノ家ニ過ル。予尚咳嗽アルヲ以テ之ヲ診セシメント欲シタルナリ。坂田在ラス。
○午前九時頃坂田稔ノ家ヨリ坂田ガ帰リタルコトヲ報ス。往テ診ヲ請フ。坂田予ガ昨夜入浴シタルハ宜シカラサリシト云ヒ散薬ヲ投ス。
○午前十時後伊東巳代治ノ家ニ電話シ予ガ今日往訪セント欲ス差支ナキヤヲ問フ。其家人伊東ハ今日ハ外出ノ用アリ。明朝来訪スルコトハ出来サルヤト云フ。予明朝更ニ電話ニテ交渉スヘシト云フ。
○午前十時頃東久邇宮殿下使ヲ遣ハシ銅香炉一漆器煙草箱一ヲ贈ラシメタマフ。殿下金沢ヨリ帰ラレタルヲ以テナリ。
○吸入ヲ為シ夜湿布ヲ以テ喉ヲ巻ク。
○十二月八日午前九時後ヨリ会計審査報告書案ニ付審査官会議ヲ開キ午後零時後ニ至ル。
○午前八時頃伊東巳代治ノ家ニ電話シ予ガ往訪セント欲スル旨ヲ告ク。伊東其家人ヲシテ今日ハ予約ノ面会人アリ。明朝ニ致シ呉度旨ヲ答フ。
○午後一時三十分ヨリ波多野敬直平田東助平山信成〔成信〕石原健三山崎四男六南部光臣ト倶ニ帝室経済ノ方針ヲ議ス。午後四時頃予風邪気ナルノ故ヲ以テ他ニ先チテ帰リ去ル。
○午前伊夫伎準一先刻白根松介ヨリ梶田分太郎ニ対スル年末手当ノ金額ハ判任官ヨリ少額ナルヘキモ同人ガ高等官ニ進ミタル日浅キ為メ致シ方ナシ。此事ヲ長官ニ話シ置呉度旨話シタルコトヲ告ク。
○午後一時三十分ヨリ皇室経済ノ方針ヲ議スル為メ大臣官房ニ至リタルトキ総務課ニテ白根松介ニ逢ヒ同人カ伊夫伎ニ話シタル趣意ヲ確メタル処年末手当ヲ下賜セラレタルトキニ至リ梶田ノ金額過少ナリトノ苦情アルヤモ計リ難シト思ヒ念ノ為メ予報致シ置ク迄ナリト云フ。予梶田ノ金額ヲ問フ。白根三百七十円計ナルヘシト云フ。予已ムヲ得サルコトナルヘシト云フ。予既ニ経済協議会ヲ辞シ局ニ返リタルトキ白根ト談シ合ヒタル模様ヲ伊夫伎ニ告ケタリ。
○午後五時前家ニ帰ル。内子先刻山崎四男六ヨリ電話ニテ明九日午後一時三十分ヨリ今日ニ引続キ皇室経済ノ方針ヲ協議スルコトヽナリタルニ付キ出席セラレタキ旨ヲ報シ来リタルコトヲ告ク。
○夜吸入ヲ為シ湿布ヲ以テ喉ヲ巻ク。咳嗽アリ。
○十二月九日午前七時後伊東巳代治ノ家ニ電話シ今朝往訪セント欲ス差支ナキヤヲ問フ。差支ナキ旨ヲ答フ。八時十分ヨリ往テ訪フ。
予皇族処分ノコトニ付テハ先頃協議シタルコトアリ。処分内規案ニ宮号ノ文字ヲ用ユルコトノ不同意ナルハ疾ク之ヲ知リ居レトモ他ニ之ヲ書キ現ワスヘキ方法ナシト云フテ予カ起草シタル案文ヲ示ス。伊東昔日ノ四親王家位ニ限リ之ヲ存スルコトヽ為ス様ノ工夫ナキヤ君ガ草シタル案ノ如クスルトキハ現在ノ皇族即チ皇室トノ血縁極メテ遠キ人ヲ永世皇族ト為ス様ニ見ユル嫌アリト云フ。予予ガ案ハ固ヨリ姑息ノ案ナリ。然レトモ現在ノ皇族ヲ世数ヲ限リテ臣籍ニ下スト云フ如キコトハ理由ハ十分ニアルモ事情出来難シト当局者ヨリ云フ故止ムヲ得サルコトナリ。昔日ノ四親王家モ今日ヨリ見レハ他ノ皇族ト区別スヘキ所ナシト云フ。
結局近日中岡野敬次郎平沼騏一郎石原健三及予ヲ加ヘテ協議スルコトノナスヘシト云フ。伊東ヨリ予カ案ニ依リ処分スルトスレハ何人位アルヤト云フ。予十人カ十一二人位ナルヘシト云フテ其調書ヲ出ス。
伊東予ノ原案ト其調書及予ガ宮号ヲ用ヰスシテ起草シタ別案並ニ皇室令中宮号ノ字ヲ用ヰ居ル例ノ抜書トヲ暫時借リ置度ト云フ。予乃チ之ヲ貸ス。
予伊東ニ向ヒ憲法制定ノ時陪審ニ関スル問題アリタルヤヲ問フ。伊東今日ニ至リ右ノ如キ問ヲ受クルハ実ニ案外ナリ。
是ハ極内々ナルモ先日一木喜徳郎ヨリモ其問ヲ受ケタルニ付君等カ右様ノコトヲ云フハ実ニ驚クト云ヒ置タリ。憲法制定ノ時井上毅ヨリ陪審ノコトヲ持チ出シタルモ誰レモ対手ニセス問題トナラサリシ位ナリ。自分（伊東）等ハ陪審ハ封建ノ遺物ト思ヒ居ル位ナリト云フ。予予等モ憲法ノ解釈上疑ヲ存シ居ラサルモ治外法権撤去後ハ陪審制度ヲ設クル予約アリトマテ云フ人アル故一応之ヲ問ヒタルナリト云フ。
伊東夫レハケシカランコトヲ云フモノナリ。誰ガ右様ノコトヲ云フヤト云フ。予人名ハ之ヲ秘シ置度ト云フ。伊東司法権ノ独立尤ハ是非傷ケサル様ニ致シ度。憲法ニ抵触セスシテ陪審ヲ設クルコトヲ得ルヤト云フ。予内容如何ニ因リテハ抵触ヲ避クルコトヲ得サルニ非サルヘシト云フ。伊東如何ニスルヤト云フ。予裁判所ニ事実認定ノ職権ヲ有セシメ陪審ノ決定ヲ取捨スルコトヲ得セシメタラハ憲法ニハ抵触セサルヘシト云フ。伊東然ルヤト云フ。
夫レヨリ伊東ハ呂運亨ヲ東京ニ招致シタルコトノ不当ナルコトヲ説ク。予彼事ハ誰カ之ヲ為シタルモノナルヤト云フ。
伊東古賀廉造カ為シタリトノコトナリ。自分ハ水野廉〔錬〕太郎ヲ詰責スル積リナリシ処水野ハ知ラサルコトニテ困リ居ル趣ナリト云フ。
伊東、京都裁判所ニテ為シタル人権蹂躙問題ハ不都合ノコト為シタルモノナリ。抑木内重四郎カ辞職スレハ刑事処分ヲ為サストノ条件ニテ辞職セシメ置ナカラ其約ニ違ヒテ起訴シタル不徳義ナリト云ヒ又監獄内ニ豚箱ノ必要アリヤト云フ。予豚箱ハ当然アルヘキモノニ非スト云フ。
伊東自分（伊東）ハ使用方ヲ誤リタル丈ケノコトヽ思ヒ居リタルニ元来右様ノ物ヲ用ユヘカラサルコトナラハ尚更不都合ナリ。陪審問題モ右ノ事件カ余程火ノ手ヲ高メタル趣ナリ。木内起訴セラレタル時自分（伊東）ガ京都ニ行キ調査スル積リナリシモ差支アリタル為後藤新平ヲ遣ハシタルコトアリト云フ。其他近事ヲ談シ十時後ヲ至リテ辞シ去リタリ。
○午前十時後石原健三ヲ其事務室ニ訪ヒ予ガ今日伊東巳代治ヲ訪ヒ皇族処分ニ関スルコトヲ談シタル模様ヲ告ク。
○午後一時三十分頃波多野敬直ヲ其官房ニ訪フ。波多野正ニ大森鍾一ト話ス事ハ歳末ニ服地料ヲ賜フ人ノ範囲ニ関スルコトナリ。大森既ニ去ル。
予波多野ニ予ガ今日伊東巳代治ヲ訪ヒ皇族処分ノコトヲ談シタル模様及ヒ波多野ノ意ニ依リ清浦奎吾ガ病気回復ヲ待チ王公家規範案ノコトヲ内議スル積リナルコトヲ伊東ニ伝ヘ置タル旨ヲ告ケ直ニ其隣室ニ入リ皇室経済方針ノ協議ニ列ス。
○午前十時後波多野敬直ノ官房ニ訪ヒタルトキ波多野ハ石原健三国分象太郎井上勝之助ト共ニ李堈ガ朝鮮ヲ脱走セントシタル事ニ関スル処分ヲ議シ居リタリ。予亦其議ニ加ハリ民法ノ規定ニ依リ李堈ガ隠居ヲ為スコトハ出来ルモ民法ニ依ラスシテ隠居セシムルコトハ出来難シト云フ。既ニシテ原敬水野錬太郎来ル。波多野ト李堈ノ処分ヲ議スル為メナリ。原ヨリ李堈ヲ東京ニ召ヒ宮内省ヨリ之ニ住宅ヲ給シ此節ノ脱走事件ニ付テハ本人ヨリ謹慎ノ意ヲ表スル丈ニ止メ別段ノ制裁ヲ加ヘサル方宜シカルヘシトノ意見ヲ述ヘ此事ニ決定ス。
○午後予ガ皇室経済方針ノ協議会場ニ在リタルトキ審査局ノ給仕会場ニ来リ。柳田来リタリト告ク。予局ニ返ル。柳田直平ヨリ電話ヲ掛ケタルコトニテ来リタルニハ非サリシナリ。
柳田ヨリ山内山彦自分（柳田）ノ家ニ来リ居リ君ニ面会セント欲スル旨ヲ述フ。何日ナレハ面会出来ルヤト云フ。予次ノ日曜日（十四日）午前ナラハ差支ナカラント云フ。柳田宮内省ニテハ面会出来ルヤト云フ。予宮内省ナラハ大概差支ナシ。山内カ予ガ宅ニ来ルヤ宮内省ニ来ルヤ予ガ家ニ帰リタル後電話ニテ通知シ呉ヨト云フ。柳田之ヲ諾ス。
午後八時頃柳田電話ニテ山内ハ来ル十四日午前ニ君ノ家ニ行クトノコトナル旨ヲ告ク。
○夜吸入ヲ為ス。湿布ヲ以テ頚ヲ巻クコトヲ止ム。
○皇室経済方針ノ協議ハ今日午後四時後マデニテ一応終了セリ。
○十二月十日午前八時後ヨリ東久邇宮邸ニ到ル。先日殿下ヨリ香炉及烟草箱ヲ贈ラレタルニ付謝ヲ述フル為メナリ。殿下既ニ陸軍士官学校ニ出勤シ居ラレ金井四郎ハ未タ京都ヨリ帰ラサルヲ以テ片岡久太郎ニ嘱シ予ノ謝意ヲ殿下ニ申サシムルコトヽ為シ将ニ辞シ去ラントス。
片岡妃殿下ニ謁シタラハ宜シカラント云ヒ侍女ヲシテ妃殿下ノ都合ヲ問ハシム。侍女妃殿下正ニ髪ヲ理ス。二十分間許ニシテ終ハルヘシ之ヲ待タルヽヤト云フ。予宮内省ニ出勤スル故之ヲ待チ難シト云ヒ既ニ車ニ上ル。侍女又来リ妃殿下ハ既ニ理髪ニ著手セラレタルコトヽ思ヒタルモ尚ホ著手前ニテ引見セラルヘシトノコトナリト云フ。予乃チ妃殿下ニ謁シ贈物ノ謝辞ヲ述ヘ直ニ辞シ去リ九時後宮内省ニ出勤ス。
○午前十時頃ヨリ会計審査報告書案ニ付審査官会議ヲ開キ午後零時後ニ至ル。
○午後一時後ヨリ司法大臣官舎ニ行キ臨時法制審議会主査委員会ニ列ス。
会場ニ到ルニ先チ会計課ニ行キ元法律取調委員ニ対スル手当金ノ仕払切符ヲ受領ス。
此日主査委員会場ニテ委員長一木喜徳郎ヨリ先日委員会閉会後富谷鉎太郎ガ衆議院ヨリ陪審制度ヲ設クルコトニ付建議シタルモ必シモ民意ヲ代表スルモノト認メ難シト云フ様ナル趣意ノ言ヲ発シ之カ為メ委員中ニ紛議ヲ生シタルハ不本意ナル故前日ノ言ヲ取消ス旨本人ヨリ申出アリ。依テ自分（一木）ヨリ之ヲ一同ニ伝ヘ一同和協シテ審議スルコトヲ希望スル旨ヲ述ヘ磯部四郎ヨリ富谷ガ前言ヲ取消ス以上ハ更ニ意ニ介スル所ナシ。此事ニ付委員長ノ配慮ヲ煩ハシタルコトヲ謝スル旨ヲ述ヘタリ。
予江木衷ヨリ提出シタル追加意見書中世上ニ憲法ニ違反スルトテ陪審制度ヲ拒マントスルモノアリトアルハ本人（江木）ノ口頭説明ニ依レハ予及美濃部達吉ノ所論ヲ指シタルコト明カナルカ美濃部モ予モ陪審制度ヲ拒ム意ヲ以テ云々シタルモノニ非ス。依テ此意ヲ言明スト云ヒ江木ヨリ意見書ハ弁護士中ノ一二人ニ反対意見ヲ述フル者アル為ニ云々シタルモノニテ君等ノ所論ヲ指シタルモノニ非ストノ遁辞ヲ設ケリ。午後四時後閉会ス。
○夜吸入ヲ為シ又半身浴ヲ為ス。
○午後二時頃金井四郎ヨリ電話ニテ明日午後二時頃宮内省ニテ面会セント欲ス差支ナキヤト云フ。予給仕ヲシテ差支ナキ旨ヲ答ヘシ〔ム〕。
○午後金井四郎使ヲ遣ハシ京都産ノ蒲鉾七個ヲ贈ラシム。
○十二月十一日午前十時頃ヨリ会計審査報告書案ニ付審査官会議ヲ開キ午後四時後閉会ス。
○午後二時後金井四郎来リ宮附職員ニ対スル宮家ヨリノ慰労金品ノ事ニ付予ノ意見ヲ問フ。予慰労ハ殿下金沢ニ在勤セラレ職員モ金沢ニテ勤労シタル為メ賜ハルモノトシテハ稍々薄キ様ノ感アルモ金沢勤務中特ニ手当ヲ賜ハリ居リタル故此位ノコトニテ宜シカルヘシト云フ。金井、宮務監督ハ余リ厚キ方ニ非サルモ平素ノ手当アリタル為メ此原案ニ同意シタルコトヲ殿下ニ言上シ置クヘシト云フ。予其コトハ言上シテ差支ナシト云フ。
金井又本月二十日ノ土曜ニハ東久邇宮ノ主催ニテ皇族講話会ヲ催フサルヽ筈ナリ。話題ハ思想ノ変遷ニ関スルコトヲ択ハレタル故講師ハ服部卯〔宇〕之吉ニテ宜シカルヘキ旨ヲ言上シタルモ殿下ハ服部ハ論語ヲ講シ居リ現代ノコトヲ講スルニハ不適当ナリト云ハレ姉崎某（大学教授ニ相談スルコトニナリ居ルカ其事ニ付テハ宗秩寮ニテハ姉崎ハ売名ノ嫌アル人ナリトテ賛成セスト云フ。予現今ノ思想界ノコトハ十分ニ説明スル必要アリ。吉野作造ノ如キ人ニ講話セシムルハ適当ナラサルヘキモ宗秩寮ニテ講師ノコトニ干渉スル理由ナシト云フ。
金井又自分（金井）ハ慰労ノ品ヲ受クル必要ナキモ永山某等ニ対スル権衡上何カ賜ハル様ニ取調ヘ置ケリ。又五年以上宮邸ニ奉仕シタル者ニ紋章附ノ（ピン）ヲ賜ハルコトニ内定シ居ルコトハ先日話シタル通リナルカ萩原某永山某ハ五年ニ満タサルモ紋章附ノ帯止デモ賜ハリテ宜シカルヘキヤト云フ。予差支ナカルヘシト云フ。金井然ラハ君（予）ニモ紋章附烟草入デモ賜ハル必要アルヘシト云フ。
○半身浴ヲ為シ吸入ヲ為ス。
○十二月十二日午前十時頃ヨリ会計審査報告書案ニ付審査官会議ヲ開キ午後四時後閉会ス。今日マテニテ報告書案ノ会議ヲ終ハル。
○内子午後ヨリ荒井賢太郎ノ妻ヲ訪フ。
○婢キミ昨夜ヨリ腹痛アリ。今日其姉ノ麹町ニ在ル者ノ家ニ行キ病ヲ療ス。
○夜吸入ヲ為シ又半身浴ヲ為ス。
○午前調査課ニ行キ浅田恵一ニ伏見宮邦香〔芳〕王ノ継嗣ヲ止メ博恭王ヲ継嗣ト為スコトノ願書ヲ見ルコトヲ求ム。浅田之ヲ持チ来リ大冊ナル故写ヲ作リテ渡スヘシト云フ。予之ヲ嘱ス。
○午前秋山源蔵ニ嘱シ予ガ九月十二日ニ図書寮ヨリ借リタル各国憲法類纂一冊国民教育憲法大意一冊憲法彙纂一冊英仏独米普対照帝国憲法正解一冊計四冊ヲ返ス。昨十一日西野英男カ図書寮ヨリ返戻ヲ促シ来リタルコトヲ告ケタルヲ以テナリ。
○夜吸入ヲ為シ又半身浴ヲ為ス。
○午後二時頃浅田恵一審査局ニ来リ只今伊東巳代治ヨリ電話ニテ先日来訪シテ話サレタル事ハ岡野敬次郎ニハ相談シタルモ平沼騏一郎ハ病気ニテ未タ面会ヲ得ス平沼ガ回復シタル上相談会ヲ開クヘク其期日ハ直接倉富ニ通知スヘキニ付其趣ヲ伝ヘ置クヘキ旨申来リタルコトヲ報ス。予之ヲ諾ス。
○午前十一時後金井四郎審査局ニ来リ今日宮附事務官会議ニテ宮限リノ雇員ニ対スル年末手当ハ俸給四ヶ月分雑仕ハ三ヶ月分女子ハ其待遇ニ従ヒ男子ノ半額ニ決シタル旨ヲ報ス。金井又片岡久太郎ト田部某（此氏名ハ確ナラス）トノ年末手当ハ四ヶ月分其他ハ四ヶ月分ト三分トシテ上申シ其通リニナリタリト云フ。
金井又此年末ニハ自分（金井）ハ増俸スルコトヲ得ヘキヤト云フ。予予ハ出来ルコトヽ思ヒ居レトモ終局ノ決定ハ如何ナリタルカヲ知ラスト云フ。金井百円ノ増俸ニ一年半モ留メラル様ナラハ殿下ニ対シテハ勿論不平ナキモ宗秩寮ニ対シテハ不平アリト云ヘリ。
○夜吸入ヲ為シ又半身浴ヲ為ス。
○十二月十三日午前十時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ昨日伊東巳代治ヨリ皇族処分ノコトニ付岡野敬次郎平沼騏一郎ニ相談スル積リニテ岡野ニハ面会シタル〔モ〕平沼ハ病気ニテ未来タ面会ヲ得ス平沼ガ回復シタル上ニテ詳議スルコトニ致シ度旨ヲ電話ニテ通知シ来リタルコトヲ告ク。
波多野此事ハ制度審議会ノ議ニハ付セス岡野等丈ケノ相談ニテ確定スルコトニ致シ度ト云フ。予予等モ其積リナリト云フ。
予又近日朝鮮人呂運享ノ件ニ付世論喧シキ様ナルガ宮内省ニテ御苑ヲ拝観セシメタルハ何人ヨリノ申込ナリシヤト云フ。
波多野自分（波多野）最初ハ其氏名モ記憶シ居ラス。物議ヲ起シタルニ付取調見タル処大演習行幸供奉中ノコトナリシナリ。陸軍大臣ヨリ申込ミテ拝観ヲ許シタル由ナリ。民間ノ人ガ宮内省ニ来リ申込ミタル官庁ヲ問ヒ合ハスルハ不都合ナリ。宮内省トシテハ之ヲ答フヘキ筋ニ非スト云フ。
予世人ハ宮内省カ申込ミタル官庁ヲ告ケレハ宮内省ノ責任ハナキモ之ヲ告ケサレハ宮内省ノ責任ナリト云ヒ居ル如キモ責任アルモノナレハ之ヲ告ケタリトテ責任ヲ免カルヽコトヲ得ス。之ヲ告クルト告ケサルトハ責任ニ関係セスト云フ。波多野其通リナリト云フ。
京都裁判所ニテ人権ヲ蹂躙シタル事件アリトノコトナルカ其事実アリトスレハ其事ノ悪シキハ勿論ナルモ之ヲ取調フル為弁護士ガ判検事ヲ訊問スル如キ事ニナリテハ言語同〔道〕断ナリト云フ。
予正ニ波多野ト話シ居ルトキ石原健三其室ニ来ル予伊東巳代治電話ノ趣旨ヲ告ク。
波多野御前ニ伺候ス。予尚ホ石原ト話ス。石原皇室経済方針ノ協議ハ別段ノ意見ナキモ彼ノ如キ機関ヲ設ケタル効能ニテ陸軍ヨリ請求シ居リタル予後備軍人救助金ノ下賜ハ之ヲ拒ムコトヲ得タリ。山県公モ最初ハ非常ナル熱心ナリシモ此節ハ之ヲ下賜セラレサルモ宜シト云フ様ニナレリト云フ。
○午前十一時後浅田恵一来リテ予ガ昨日嘱シ置タル伏見宮継嗣変更願ニ関スル書類ノ謄本ヲ致ス。予之ヲ謝ス。
○午前十一時後審査局判任官以下ニ年末慰労金ヲ賜フニ付其旨ヲ伝達シ西野英男ヲシテ金円ヲ各自ニ交付セシム。
○午前十時後昨日議了審査報告書案中ノ一二句ヲ修正スルコトヲ青山操ニ命ス。
○午前十一時後伏見宮継嗣変更願ニ関スル書類ヲ閲ミス。誤字アリ。浅田恵一ヲ調査課ニ訪ヒ原本ニ対照セントス。浅田在ラス。予乃チ局ニ返ル。十二時前浅田予ガ室ニ来リ用事ヲ問フ。予之ヲ告ク。浅田謄本ヲ持チ行キ原本ニ照シテ誤ヲ正シ更ニ来リテ之ヲ予ニ交ス。
○夜吸入ヲ為シ六日夜ノ後始メテ全身浴ヲ為ス。
○予九月以来高成田渉ニ就キ咽喉ヲ療ス。本月初ニ至リ咽喉腫起シ之ヲ療スレハ更ニ悪シキヲ加フルノ感アリ。十二月三日薬ヲ塗布シタル後声嘎レ五日亦同シク七日更ニ甚シキヲ加ヘタルヲ以テ七日以後高成田ノ家ニ行カス。坂田稔ヨリ内服薬ヲ取リ毎夜吸入ヲ為セリ。
○十二月十四日午前八時後山内山彦来ル。
山内旧イヅミ藩（元出羽国ナリト云フ〔※陸奥国（磐城）泉藩・本多家二万石〕）ニ山井某アリ。一藩佐幕論ナリシトキ某ハ勤王論ヲ唱ヘ其議用ヰラレサル為メ自刃シテ死セリ其子山井清水来リテ先年贈位ノ恩典ヲ願ヒタルモ行ハレ〔ス〕更ニ之ヲ願フコトニ付相談セリ。自分（山内）ヨリ波多野宮相ニ事情ヲ話サント欲スルカ面会スルコトヲ得ヘキヤト云フ。
予叙位ノコトハ宮内省ノ所管ナルモ内閣ニテ奏請シ裁可ヲ得タル上宮内省ニ廻ハシ宮内省ハ之ヲ執行スル丈ケノコトヽナリ居ルニ付波多野ニ話シテモ益ナカルヘシト云フ。山内其意ヲ領シ波多野ニ話スコトハ止ムヘシト云フ。
山内人心ノ変遷ニ付慷慨談ヲ為シ国体維持ノ困難ナルコト朝鮮統治ノ緊要ナルコト等ヲ談シ十一時前ニ至リテ去ル。
山内ヨリ支那製茶牌一個及菓子一箱ヲ贈ル。
予之ニ朝鮮人蔘ヱキス一罐同粉末一箱ヲ贈リ又鱒重康ヨリ贈リタル文丹〔旦〕漬五切ヲ贈ル。
○夜吸入及全身浴ヲ為ス
○十二月十五日午前八時後橋爪慎吾ヨリ電話ニテ有馬家ノ相談会ヲ開カント欲ス本月廿日カ廿一日カ差支ナキ日ヲ聞キ度ト云フ。予廿日ハ差支アリ廿一日ニ致シ度ト云フ。橋爪其積リニテ他ノ方ニ相談シ見ルヘシト云フ。
○午前十時後伊夫伎準一ヨリ一昨日林恭次郎ヲ訪ヒタル処其病候ハ漸次軽快ニ向ヒ居レリ。先日医師土谷某カ引籠三ケ月ニ及フモ出勤セスシテ出勤シタル如キ事ニ取計ヒ出来ル様長官ノ話アリタル旨ヲ本人ニ伝ヘタル趣ニテ鈴木重孝ガ林ヲ訪ヒタルトキ本人ヨリ其話アリ。鈴木ヨリ其事ニ付長官ノ意ヲ確メタル処土谷ノ誤聞ナルコト分カリタルニ付一昨日自分（伊夫伎）ガ往訪シタルトキ其旨ヲ林ニ告ケ林モ右ノ如キ取計出来サルハ当然ノコトニテ初メヨリ土谷ノ話ヲ疑ヒ居リタル訳ニ付其趣意ヲ長官ニ伝ヘ呉度旨ヲ依頼セリト云フ。予之ヲ諾ス。
○午前会計審査報告書案ヲ綴ルコトヲ秋山源蔵ニ命ス
○午後二時後岩倉熊一郎来リ内子ノ名ヲ問フ。先日新年賀状ヲ書スルコトヲ岩倉ニ嘱シタルヲ以テナリ。岩倉モ内子ノ名ハ宣ナラント思フモ為念之ヲ質スト云ヘリ。
予岩倉カ年末慰労幾許ヲ受ケタルヤヲ問フ。岩倉二百三十円ヲ受ケ俸給ノ四ケ月六分ニ当ル。調度寮ニテハ俸給ノ五ケ月分ヲ受ケタル者属官ニテ二三人五ケ月五六分ヲ受ケタル者技手ニテ若干人アリタリト云フ。
○午前午後各国ノ陪審制度ヲ調査ス。
○夜吸入及全身浴ヲ為ス。
○十二月十六日午前十時後金井四郎来リ年末ニ付宮家ヨリ職員侍女等ニ賜ハルヘキ慰労金額ヲ謀ル。
○午前十一時頃国分象太郎来リ朝鮮ノ近時容易ナラサルコトヲ談シ独立派ハ従前ハ李氏ヲ眼中ニ置カサリシモ貴族両班等ガ共和ニ賛成セサル為人心ヲ統一スル手段トシテ先ツ李氏ヲ推シ然ル後之ヲ処分スルノ方針ヲ定メ平安道辺ノ者ガ主トシテ独立ヲ主張シ居リ。李氏ハ二十八世ニテ亡フルコトハ帝鑑録〔鄭鑑録〕ニモ記載アル故一時ノ手段トシテ李氏ヲ担クコトニ変更シタル様ナリト云フ。話スルコト五分間許ニシテ去ル。国分ハ総督府カ余リ急ニ親日派ト手ヲ切リ最早貴様等ニ用ナシト云フ如キ体度ヲ取リタルコトモ確カニ今日ノ状勢ヲ致シタル原因ナリト云ヘリ。
○午前十一時頃西野英男ヨリ皇后宮大夫大森鍾一ノ書ヲ致ス。書ハ明十七日御内儀ニテ賜物アルニ付参入スヘキコトヲ報スルモノナリ。予西野ニ審査官ニモ来書アルヤヲ問フ。西野林恭次郎ニ対スル書アリ他ニ之ナシト云フ。
予伊夫伎準一ヲ召ヒ審査官ニ服地料ヲ賜フハ何年頃ナリヤヲ問フ。伊夫伎自分（伊夫伎）カ審査局ニ就任スル前ヨリノコトナリト云フ。予是迄ハ審査官賜物アリシモ今年ハ林ニ対スル外大夫ノ来書ナシ。或ハ賜物ヲ止メラルヽヤモ計リ難シト云フ。伊夫伎先日皇后宮職ニ実況審査ノ為行キタルトキ三室戸某〔敬光〕（主事）カ服地料ヲ賜フ範囲ヲ制限スル必要アル様ノ話ヲ為シタルコトアリ。或ハ之ヲ実行セラレタルナラント云フ。
○午後一時頃ヨリ建議案ニ付審査官会議ヲ開キ三時後議了ス。次テ給仕ニ対スル慰労金ノコトヲ議ス。
青山操ヨリ成蹟書及報告書編成体裁変更ノ意見書ヲ提出ス。予ガ先日希望ヲ述ヘ置タルヲ以テナリ。決定ハ之ヲ他日ニ譲ル。
○三時後予、内匠寮ニ行キ同寮技師ニ服地料ノ下賜アルヤ否ヲ問ハントス。馬場三郎在ラス高橋其三ニ対シテ之ヲ問フ。高橋、技師ニモ一同下賜セラルヽコト〔ヽ〕ナリ居ルト云フ。予直ニ波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ服地料下賜ノ範囲ヲ縮小シタルヤヲ問フ。波多野右様ノコトナシト云フ。予審査官ニ対スル大夫ノ来書ナキヲ告ケ皇后宮職ニ就キ之ヲ質シ見ルヘシト云ヒ直ニ皇后宮職ニ行ク。
大森鍾一在ラス。之ヲ杉某ニ質ス。某従来審査官ニハ服地料ヲ下賜セラレサリシニ非スヤト云フ。予否下賜セラレタリト云フ。某取調見ルヘシト云フ。予明日ノコトニテ切迫シ居ルヲ以テ直ニ取調ヘ呉ヨト云フ。某事務所ニ到リ之ヲ取調ヘ自分（某）ノ記憶間違ヒタリ一同ニ下賜セラルヽ筈ナルカ大夫ノ通知書ハ林恭次郎ニ対スルモノニ連名トナリ居レリト云フ。予之ヲ領シ局ニ返ル。途波多野ノ官房ヲ窺フ。波多野既ニ在ラス。乃チ局ニ返リ西野英男ヲシテ林ニ対スル書ヲ開封セシム。果シテ連名トナリ居リタリ
○夜吸入及全身浴ヲ為ス
○十二月十七日午前十時三十分御内儀ニ行キ服地料ノ下賜ヲ受ク。帳簿ニ署名シテ御礼ヲ述フ。
○午前十時頃波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ昨日問ヒタル服地料下賜ノコトハ行違ヒニテ是迄ノ通リ一同ニ下賜セラルヽコトヽナリタルコトヲ告ケ行違ノ原ヲ話ス。波多野伊東巳代治ヨリ皇族処分ノコトニ付未タ何トモ申来ラサルヤト云フ。
予未タ申来ラス多分平沼ノ病未タ癒ヘサルナラン。今日司法省ニ行ク故平沼ノ病状如何ハ分ルヘシト云ヒ
又先日伊東巳代治ニ逢ヒタルトキ序ニ陪審制度ノコトヲ話シタルニ伊東ハ大反対ナリト云ヘリ。然シ此節ハ内閣ヨリ之ヲ唱ヘ出シタルニ付何トカ制度ヲ設ケサレハ済マサルヘシト云ヒ弁護士協議ニテ官吏ニシテ陪審制度ニ反対スル者ニハ辞職ヲ勧告スルコトヲ決議シタルモ其実行ハ見合セタル模様ナルコトヲ話ス。
○午前十一時頃金井四郎来ル。服地料ヲ拝受シテ局ニ過キリタルナリ。
金井先日協議シタル職員慰労金ノコトハ既ニ決行セリ。王殿下ヨリ萩原某ニ紋章入物品ヲ賜ハルニ付其物品ヲ取調フヘキ旨ヲ命セラレ自分（金井）ヨリ之ヲ取調ヘテ差出シタル処殿下ハ各自ノ希望アルヘキニ付萩原ノ意見ヲ問ヒテ決定セヨト命セラレタリ。
永山千香ニ対シテハ之ヲ賜ハサルニ付永山ハ大分不平ノ様ナリト云フ。
金井又妃殿下ノ服装時好ニ後ルヽニ付萩原ヨリ其事ヲ王殿下ニ申上ケ呉ヨト云ヒタルモ自分（金井）ハ萩原ト永山ト両人ニテ困ルト云フナラハ自分（金井）ヨリ先ツ妃殿下ニ申上ケ御聞入レナキトキハ王殿下ニ申上クヘキモ只今直ニ王殿下ニ申上クルコトハ致シ難シト答ヘ置タリト云フ。
予金井ニ対スル服地料ノ増減如何ヲ問フ金井是迄ハ七十円ナリシカ今年ハ百二十五円ナリト云フ ○伊夫伎準一ニ同様ノコトヲ問ヒタルニ是迄ハ高等官五等以上ハ七十円五等官以下ハ六十円ナリシガ今年ハ其区別ナク皆百円トナレリ但梶田文太郎ハ日浅キ為メ五十円ナリト云フ。
○午後一時三十分ヨリ司法大臣官舎ニ行キ臨時法制審議会委員会ニ列ス。今日ヨリ陪審制度ヲ設クルトシテ其綱領ヲ議ス。午後五時頃散会ス。
○午前内子一ツ木郵便局ニ行キ隆ニ送ル為替ヲ作リ書留書状ヲ以テ之ヲ隆ニ送ル。
○十二月十八日午前七時後東久邇宮邸片岡久太郎ヨリ電話ニテ今日午前五時頃ヨリ久邇宮邸火災アリ。洋館全部焼失シ最早鎮火セリ。金井四郎外属官数名ハ久邇宮邸ニ行キ居ル旨ヲ報ス。
○午前八時ヨリ久邇宮邸ニ行キ火災ニ付御機嫌ヲ候ス。仙石正敬酒巻某金井四郎田内三吉南部光臣木村英俊等ニ遇フ。金井予ヲ誘ヒ洋館ノ焼跡ヲ見セシム。
邸ニ在ルコト三十分許去テ東久邇宮邸ニ行キ殿下ノ御機嫌ヲ候セントス。殿下既ニ士官学校ニ出勤セラレ居リタリ。片岡久太郎妃殿下ニ謁スルコトヲ勧ム。予之ヲ辞シ直ニ宮内省ニ出勤ス。
○午前十一時前東久世秀雄大正八年度追加予算ヲ持チ来リ承諾ヲ求ム。御資収支部ニハ予算上収入ノ不足アリ。単ニ通常会計ニ移入スル歳出ノミヲ計上シ収支部ノ予算外ノ増収ヲ以テ之ヲ支弁スルコトヽ為シ居レリ。予収入ナキ歳出予算ニハ同意スルコト能ハサル旨ヲ告ケ捺印ヲ拒ム。東久世山崎四男六ニ謀ルヘシトテ去ル既ニシテ復タ来リ。
収支部ニハ実際ハ剰余金アリ。但既ニ之ヲ収入シ居リテ今日之ヲ計上スルハ予算ト云フヘカラサルニ付予算上収入ヲ増サヽリシモ貴官ノ意見アルニ付編成ヲ改メ収入ヲ増シテ支出金額ト一致セシムルコトヽナスヘシト云フ。
東久世ガ去リタル後予此事ニ付青山操伊夫伎準一等ノ意見ヲ問フ。皆収入ナキ支出ハ不可ナリト云フ。
○午前十一時前工藤一記来リ。
休職会計審査官安江孝ノ休職期限今月ニテ満期トナルニ付同人カ先年来閑院宮ノ御用ヲ勤メ居ル縁故ニテ之ヲ宮内省御用掛ト為シ閑院宮ノ用務ヲ執ラシムルコトヽ為シ度コトニ付自分（工藤）ヨリ松井某及田内三吉ニ相談シ同人等モ之ニ同意シ其書面ヲ宮内省ニ提出シタルニ近藤久敬モ異議ナキガ石原健三カ承諾セサル趣ニ付君ヨリ石原ニ話シ呉度今朝此事ヲ依頼スル為メ君ノ家ニ行キタルモ既ニ他出後トナリ居リタル故此迄来リタリト云フ。
予安江ノ希望ハ予モ疾ク承知シ居ルガ予ヨリ申出スヘキコトニ非サル故本人ニモ其旨ヲ話シ置タリ。閑院宮ヨリ其事ヲ申出サレタル上ハ名義ハ立ツコトナルモ石原ハ元来余リ好意ヲ有シ居ラス。且同人ノ性質トシテ一旦言出シタルコトハ中々承知セス。審査官補ノ特別任用規定ヲ設クルコトニ付テモ波多野敬直ハ疾ク承知シタルモ石原ガ承知セサル為メ遂ニ波多野ノ命令ニテ之ヲ設クルコトヽ為セリ。安江ノ事ハ局務ニ関係セサル故予ヨリ強ヒテ争フ理由ナシ。
兎モ角一応近藤久敬ニ模様ヲ問ヒ合ハセ石原ガ絶対ニ拒絶スル模様ニ非サルナラハ石原ニモ話シ見ルヘク若シ石原ガ拒絶ノコトヲ断言シ居ルナラハ之ヲ言フモ益ナキコトニ付見合ハスルコトヽナスヘシ。要スルニ近藤ニ話シタル上見計ヒニテ処置スヘク又其模様ハ別段通知ハ致サヽルヘキニ付其事ニ承諾致シ呉ヨト云フ。工藤其内ニ来リテ様子ヲ問フヘシト云フ。
○予昨日司法大臣官舎ニテ平沼騏一郎ノ病状ヲ問ヒ未タ出勤セサルコトヲ知リタルヲ以テ之ヲ波多野敬直ニ告ケント思ヒ午前十時後官房ニ行キタルモ波多野在ラス。十一時後復タ行キタルモ尚ホ在ラス。
安江孝ノ事ヲ問フ為メ近藤久敬ノ事務室ニ行キタルモ亦在ラサリシナリ。
○午前十一時後秋山源蔵ニ嘱シ本月廿三日午前八時十分伏見宮博義王賢所前ニテ結婚式ヲ挙ケラルヽニ付内子モ参列スヘキ処不参ニ付届書ヲ式部職ニ出サシム式部長官戸田氏共ヨリ昨十七日予及内子ニ参列ノコトヲ通知シ来リタルヲ以テナリ。
○午後二時後波多野敬直ノ官房ニ到ル在ラス。
石原健三ノ室ニ到ル亦在ラス。
遂ニ近藤久敬ノ室ニ到リ今日工藤一記ヨリ聞キタル安江孝ヲ御用掛ト為スコトハ石原ハ何ト云フヤヲ問フ。近藤今日マテハ正式ニ申立タルニハ非サルモ先年伏見宮邸ニ奉仕スル為メ田中某ヲ御用掛ト為スコトニ付他ノ宮邸ニ関係スト云フノ反対論アリ。当時田中ハ伏見宮家トハ数代ノ縁故アリトノ理由ニテ漸ク実行出来タル様ノ次第ニテ此節ノ事ハ出来難カルヘシト云フ
予。北白川宮邸ニテハ松根豊次郎カ御用掛トシテ奉務シタル故同人ノ跡ニ安江ヲ入ルヽコトハ出来サルヤト云フ。近藤北白川宮ニテハ人ヲ入ルヽ必要ハアレトモ其人選容易ナラス。適当ノ人ヲ得サル為今日マテ補欠セサル訳ナリ。安江ヲ採ルト云フ訳ニハ参ラス。安江ノコトハ其内ニハ何トカ都合附クコトモアルヘシト云フ。予然ラハ此節ハ予ヨリ無益ナル申立ヲ為サヽルヘキニ付時機ヲ見テ然ルヘク取計ヒ呉ヨト云フ。
○午後二時後審査官ト各部局ノ庁用図書ハ調度寮ニテ保管スルモノナルヤ又ハ各部局ニテ保管スルモノナルヤヲ審議ス。
会石原健三来リ窺フ。予石原ニ室ニ到ルヘキ旨ヲ告ク。石原参事官室ニテ談スヘキ旨ヲ告ク。乃チ行ク。石原先日岡野敬次郎来リ倉富ヨリ伊東巳代治ニ話シタル趣ハ伊東ヨリ聞キタリ。倉富ノ起案シタル皇族処分内規案ニハ沢山ノ疑問アリト云ヒ居リタリ。君ヨリ伊東ニ案ヲ示シタリヤト云フ。
予之ヲ示シタリ。宮号ヲ用ユレハ斯クノ如キコトヽナリ之ヲ用ヰサレハ王名ヲ列記スル様ノコトヽナサヽルヘカラス。宮号ヲ用ヰスシテ之ヲ書キ顕ハス工夫ナキヤト云フ。両案及参考書ヲ示シタル処伊東ガ之ヲ借リ度ト云フニ付之ヲ渡シ置タリ。昨日司法大臣官舎ニ行キ平沼ノ病状ヲ問ヒタル処余程快方ナリシモ二三日前ヨリ更ニ発熱シタリトノコトニテ未タ出勤シ居ラストノコトナリト云フ。
石原先日山縣公ヨリ更ニ皇族処分方針ヲ定ムルコトニ付催促アリ。今年初頃ノ様ニ霊南坂ノ事務所ニテモ会合スルコトヽナレハ栗原広太モ浅田恵吉〔一〕モ来ルコトヽナリ協議纏リ難キニ付自分（石原）ヨリ大臣ニ話シ此節ハ大臣官舎ニ会スルコトヽ為シテハ如何ト云ヒタルニ大臣モ夫レハ差支ナシト云ヒ居リタリ。
岡野敬次郎ニ逢ヒタルトキ同人ヨリ最早年末トナリ宮内省モ多忙ニテ協議会ヲ開クコトハ出来サルヘシト云フ故自分（石原）ハ多忙ナルモ此事ノ為メナラハ如何様ニモ繰リ合ハスル旨ヲ答ヘ置タリ。然シ平沼ガ出勤セサルナラハ伊東ハ平沼ヲ除キテ協議スルコトハ承諾セサルナラン。此上伊東ニ催促スル訳ニハ行カサルヘク左スレハ年内ニハ間ニ合ハス。
岡野ヨリ王公家規範案ノコトモ話シ居リタルモ此方ハ到底急ニハ出来ス。
昨日清浦（奎吾）モ出勤シ大臣ヨリ伊東ノ話シヲ伝ヘタル処清浦ハ急ニ伊東ト相談スヘシト云ヒタル趣ナリ。皇族処分ノコトハ種々ノ関係ニテ急ニ之ヲ決定スル必要アリ。
君モ既ニ聞キ居ルナランカ是迄ハ皇族ハ総テ陸海軍人ト為ラルヽコトヽナリ居ルカ陸海軍省ヨリ皇族ニ付テモ幾分ノ制限ヲ加フルコトヲ申出テ居リ。一ト通リノ体格検査ヲ為ス必要アリト云ヒ居レリ。身位令ニハ特別ノ事由アル場合ノ外云々トアルニ付身体不合格ノ場合ニハ身位令ノ規定ニ矛盾スルコトハナキモ兎モ角是迄ハ方針モ更ハル訳ナリト云フ。
予皇族ヲ総テ軍人ト為スコトハ不都合ナリ。太平無事ノ時ナラハ宜シキモ一朝事アルトキ殊ニ百姓一揆デモ起リタル様ノトキニハ別シテ不都合ナリト云ヘリ。
○夜吸入及全身浴ヲ為ス。
○十二月十九日午前十時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ一昨日司法省ニテ平沼騏一郎ノ病未タ癒ヘサルコトヲ聞キタルコトヲ報ス。波多野到底年内ニハ協議スル訳ニ行カサルヘシト云フ。
予又朝鮮ノ近状ハ国分象太郎ヨリ聞キタル所ニテハ余程面白カラサル様ナルコトヲ話ス。又明晩々餐ノ案内ヲ受ケ居レトモ東久邇宮家ノ用事アリ招ニ応シ難キ旨ヲ告ク。
予ガ波多野ノ官房ニ到リタルトキ白根松介正ニ在リ。省員陞叙ノ上申書ヲ持チ来リテ案ノ趣旨ヲ説明シ居レリ。其内ニ李王職次官国分象太郎ヲ一等ニ陞叙スルコトハ官制ノ解釈上穏当ナラサルニ付見合セタリト云フ。波多野国分ヲ陞叙スル為メ折角官制ヲ改正シ置ナカラ実行出来サル様ノ改正ヲ為シタルハ不都合ナリト云ヒ居リタリ。
予其次第ヲ問フ。白根李王職次官ニシテ満五年以上在職云々トアリ国分ハ他官ヨリ転任シタルモノニテ次官トシテハ五年ニ満タサルナリト云フ。波多野李王職ヨリノ上申ハ如何アリテモ宮内省ノ立案者ガ不注意ナリト云ヘリ。
○午前十一時前東久世秀雄追加予算案ヲ持チ来リ捺印ヲ求ム。昨日予ヨリ述ヘタル意見ニ依リ改案シタルモノナリト云フ。東久世カ予ニ渡シタル副本ハ改案シタルモノナルモ予等ノ捺印スヘキ紙ニ添ヘタル分ノ予算案ハ昨日ノ侭ニテ未タ改正セサル案ヲ附ケ居リタリ。予東久世ノ言ヲ信シテ之ニ捺印セリ。
○午前十一時頃安江孝来リ今年末ニテ休職満期トナリ来年ヨリ恩給ヲ受クヘキ処其請求書ハ審査局ヨリ提出スル筈ニ付宜シク取計ヒ呉度。履歴書ハ簡略ナルモノヲ作リ来リタリ詳細ナルモノハ審査局ニ在ル筈ナリト云フ。予恩給ハ各自ヨリ請求スルモノニハ非サルヤ。予ハ其手続ヲ知ラス。青山操ニ相談シタラハ宜シカラント云フ。安江青山ニ相談スヘシト云フ。
安江既ニ恩給ノ相談ヲ終ハリ将ニ去ラントスルトキ其身上ノコトハ如何ナル都合ナルヘキヤト云フ。予昨日工藤一記ヨリ話ヲ聞キ尚ホ近藤久敬ニモ逢ヒ相談シタルモ急弁ノ見込ナシ。近藤ハ其内ニハ何トカ時機アルヘシト云ヒ予ヨリモ之ヲ依頼シ置タルモ別段是ト云フ見込アル訳ニハ非スト云ヒ昨日近藤ト話合ヒタル模様ヲ告ク。
○午前十時後波多野敬直ト談話シタルトキ予昨日久邇宮邸ノ火災ニ付テハ宮内省ニテ更ニ支出ヲ要スヘシト云フ。波多野然リ今朝ハ又蜂須賀正韶ノ家ニ火災アリタリト云フ。予予ハ之ヲ知ラサリシカ何時頃ナリシヤト云フ。波多野午前三時後ナリシ由自分モ之ヲ知ラス宮内省ニ来リ之ヲ聞キタル故見舞ニ行タル処蜂須賀ハ高輪（不確）ノ別邸ニ避難シタリトノコトテ面会セサリシト云フ。
○午後一時後波多野敬直予ヲ召フ乃チ行ク波多野君ニ相談シ度コトアリト云フ。予何事ナリヤト云フ。波多野李王世子ノ世話ヲ為シ呉レサルヤト云フ。予如何ナル趣意ナリヤト云フ。波多野予テ宮内省ヨリ確カナル人ヲ附ケ置ク必要アリト思ヒ居リタルカ最早結婚期モ近スク。愈々其必要ヲ感スル訳ナリト云フ。左スレハ世子ノ品行ト云フヨリ寧ロ思想ニ注意スル必要アルヘシト云フ。波多野然リト云フ。
予ハ朝鮮ニ行キ居リタル縁故モアリ多少ノ便宜ナキニ非ス。殊ニ高羲敬ハ高永喜ノ子ニテ予テ懇意ナル故便宜ト思フ。近来ノ朝鮮ノ模様ニテハ何時世子ヲ誘惑スル者アルヤモ計リ難ク結果ニ付テハ何トモ云ヒ難キモ従事致シ見ルモ妨ナシト云フ。波多野先日来松室致ニセンカトモ考ヘタルコトアルモ君カ引受ケ呉ルレハ好都合ナリ。
左スレハ東久邇宮ノ方ヲ兼ヌルハ面白カラス。此方ハ誰ニテモ宜シキニ付代員ヲ捜カシ見ルヘク又閑院宮ノ別当田内三吉モ澄宮御養育ト兼務スルハ無理ナルニ付此方モ人ヲ捜カサヽルヘカラス。君カ承諾スルナラハ其積リニテ進行シ見ルヘク年内ニハ間ニ合ハサルヤモ計リ難シト云フ。予何トカ名義ハ附クル必要アリト云フ。
波多野名義ハ必要ナリ。宮務監督ト云フ訳ニモ行カス。イツレ宮内省御用掛ノ名義ニテ世子ノ世話ヲスル様ノコトニナス必要アルヘシト云フ。予世子ハ地方ニ在勤スル様ノコトナキヤト云フ。波多野左様ノコトハナカルヘシ。仮リニアリトシテモ東久邇宮ガ金沢ニ在勤セラレタル位ノコトナルヘシト云フ。予之ヲ試ミルコトハ差支ナシト云フテ去ル。
○午後零時自宅ニ電話シ内子ノ在否ヲ問フ。婢徳内子ハ先刻外出セリト云フ。予今朝ハ午後三時三十分ニ迎ヒ車ヲ持チ来ルヘキ旨申聞ケ置タルモ午後二時ニ来ルヘキ旨申聞ケヨ。又内子ガ帰リタラハ蜂須賀家ニ火災アリタル故二時ヨリ其方ニ見舞ニ行クコトヲ告ケヨト云フ。
○午後二時前ヨリ三田綱町蜂須賀正韶ノ家ニ行キ災ヲ見舞フ。家人焼跡ヲ見セシム。半焼ケ居レリ。正韶等ハ高輪ノ別邸ニ行キ居レリト云フ。予松田ノ妻ハ最早来リタルヤヲ問フ。家人来リタリト云フ。予又高輪ノ別邸ハ住居スルニ不便ナキヤト云フ。家人格別ノ不便ナシ。然レトモ先代ノ寡婦ガ住シ居ルニ付少シハ手狭ナリト云フ。
午後三時家ニ帰ル時ニ内子ハ既ニ帰リ居リタリ。
内子ハ水口敏子ヲ麹町ノ寓ニ訪ヒタルモ水口ハ在ラサリシ由ナリ
○今夜ヨリ吸入ヲ止ム
○十二月二十日午前十時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪フ。波多野正ニ省員ニ辞令書ヲ交付ス。其終ハルヲ待チテ話スルコトアラントス。
加藤友三郎亦来リテ波多野ヲ訪フ。波多野カ辞令書ヲ交付シ終ルヲ待チ予其室ニ入リ加藤カ来リテ待チ居ルヲ告ク。波多野乃チ其官房ニ返リテ加藤ト話ス。予食堂ニテ加藤ノ去ルヲ待ツ。十分許ニシテ加藤去ル。
会々入江為守明治天皇御歌集編纂成ルヲ告ケ御歌集ヲ持チ来リ之ヲ波多野ニ示ス。予亦其処ニ到リ之ヲ拝観ス。
入江既ニ去リ波多野其官房ニ返ル。予之ヲ追ヒ行キ昨日波多野ヨリ予ガ宮務監督ヲ解キ李王世子ノ事ヲ執ラシメントスル意アルコトヲ告ケタルトキ予ハ其表面ノミノ言ヲ聞キ諾意ヲ答ヘタルカ或ハ東久邇宮殿下又ハ其他ノ者ヨリ予ガ宮務監督ヲ解クコトヲ勧メタル者アルニ非サルヤト云フ。波多野決シテ然ラス。自分ハ君カ諾ヲ得テ東久邇宮殿下ニ君ノ解任ノコトヲ言上スルモ或ハ殿下ノ諾ヲ得サルニ非サルコトアランカヲ恐レ居ル所ナリト云フ。予宮務監督ノ命ヲ拝シタルトキヨリ如何ニ執務スヘキモノナルヤヲ考ヘタルカ宮務監督ニ付テハ官制モナク同シ宮務監督ニテモ其人ニ因リ執務ニハ大ナル差アリ。或ハ別当又ハ事務官ノ如キ務ヲ執リ居ルモノナキニ非サルモ予ハ是ハ適当ナラス宮務監督ハ殿下ノ朝夕ノ用ヲ弁スル為メニ置カルヽモノニ非スト思ヒ多少ノ不平ヲ懐ク人アルニ拘ハラス其心得ヲ以テ今日ニ至リタルニ付自然ハ予ノ解職ヲ希望スル者アルニ非サルカト思ヒタル訳ナリト云フ。
波多野君ノ後任ヲ求ムル必要モアリ多分今年内ニハ更迭スル訳ニハ行カサルナラント云フ。予尚ホ言フ所アラントシタルモ波多野他ノ用事アリテ緩話スヘカラサルヲ以テ話ヲ止メタリ。
予ガ食堂ニ待チ居ルトキ上野季三郎今日東宮御所ニ行クトキ自動車ニ乗ルコトニ致シ居ルヤト云フ。予否ト云フ。上野石原健三ト同乗スルコトヽ為シテハ如何ト云フ。予人力車ヲ用意シ居ルヲ以テ必要ナシト云フ。上野試ミニ石原ニ問ヒ見ヨト云フ。予之ヲ問フ。石原他ニ同乗者アリ君ヲ容ルヽ余地ナシト云フ。
午前十一時五分頃将ニ東宮御所ニ赴カントシ玄関ニ到ル。伊東巳代治ニ遇フ。伊東先日君ヨリ聞キタル事ハ未タ内議ヲ開クニ至ラス。昨日平沼騏一郎ノ病状ヲ問フ為メ其家ニ行キタルニ平沼ハ昼間ハ熱ナキモ夜間ニハ微熱アリトテ尚ホ褥上ニ坐シ居リタリ。同人カ回復スルマテ内議ヲ尽クシ難シ。今日ハ波多野ニ面会セサルヘキニ付君ヨリ自分ガ平沼ヲ訪ヒタルコトヲ告ケ呉ヨト云フ。予之ヲ諾シテ別レ東宮御所ニ赴ク。
十二時前達ス。既ニシテ波多野亦来ル。予乃チ伊東ノ言ヲ伝フ。波多野伊東ハ王公家軌範案ノ事ニ付清浦奎吾ト会談シタルコトハ話サヽリシヤト云フ。予伊東トハ立談シタルノミニテ其事ニ付テハ何等ノ話モ聞カサリシト云フ。
南部光臣予ニ対シ梨本宮ノ方子女王ガ李王世子ニ嫁セラレタル後女王ノ称号ヲ有セラルヽ工夫アリヤ。昨年皇室典範ヲ増補セラルヽトキ其事ノ詮議ハナカリシヤト云フ。
予予ノ解釈ニテハ王世子ニ嫁セラルヽハ即チ臣籍ニ嫁セラルヽモノニテ皇室典範ノ規定ニ依リ勅旨ニ依リ女王ノ称号ヲ有セシメラルヽ途アルモ典範ノ規定ヲ適用スレハ王世子ヲ以テ臣籍ニ在ル人ト為スコト確定スルニ付一部ノ人ハ之ヲ断行スルコトヲ難カルヘシ。予等ハ初メヨリ些ノ疑問ヲ有シ居ラス。皇室典範増補ノトキモ其話ハアリタルモ王公族ニ嫁スルトキ特ニ女王ノ称ヲ有セシムルコトヲ得ト云フ規定ヲ設クルコトハ出来難カリシナリト云フ。
南部領解セリト云フ。
午後零時後松方正義波多野敬直内山小二郎（侍従武官長）井上勝之助正親町実正大森鍾鍾一外三十人許ト順次皇太子殿下ニ謁シ終ハリテ一同ニ午餐ヲ賜フ。卓上殿下松方波多野等ト談話シタマフ。餐ヲ終ハリタル後別室ニテ茶ヲ賜フ。
亦談話アリ。松方十七年前前独逸ノ前帝ニ謁シ井上ノ通訳ニテ金貨制ノ得失其他ノ種々ノ事ヲ談シ将ニ別レントスルトキ前帝ヨリ明治天皇ニ（ワルデルゼー）カ日本ニ行キタルトキ皇室ヲ始メ日本国民ヨリ歓待ヲ受ケタルコトニ付感謝ノ意ヲ奏上スルコトヲ依頼セリ。君主タル者カ自己ノ臣下ノコトニ付注意スルコトハ感スヘキコトナル旨ヲ談シ浜尾新ハ誠ニ有益ナル談ナリト云フ。時将ニ二時ナラントス。殿下殿ニ入リタマフ。一同乃チ退ク。
帳簿ニ署名シテ賜餐ノ謝ヲ表シ直ニ霞ヶ関離宮ニ赴キ皇族講話会ノ講話ヲ聴ク。
時既ニ二時ヲ過キ服部卯〔宇〕之吉ガ日本ノ婦道ニ関スル講話ヲ始メ居リタリ。服部ニ次キ桑木巌翼カ現今ノ思想及其由来ニ付講話シ四時頃終ハル。茶菓ノ饗アリ。石原健三等ハ更ニ帝国ホテルニ波多野敬直ノ招ニ赴キタルモ予ハ予メ之ヲ辞シ置タルヲ以テ之ニ赴カス。
山辺知春折田邦彦金井四郎ト宮家ヨリ年末ニ御用取扱ニ対シ慰労金ヲ賜ハル方宜シカルヘキコト及其金額ヲ議シ七時頃辞シ帰ル。
片岡久太郎予ニ茶菓ノトキ卓上ニ置タル盛花一籠ヲ持チ帰レト云フ。予徒歩ナル故之ヲ用ヰスト云フ。金井人力車ヲ召ハシメ之ヲシテ予ヲ送ラシム。
○東宮御所ニテ小原■吉ヨリ先刻自動車ヲ供セント思ヒ審査局ニ申遣ハシタルモ既ニ出掛ケラレタル後ナリシナリ。今後乗車ノコトハ申込マレ度。大概都合出来ルヘシト云フ。
○午前八時後有馬聰頼ヨリ電話ニテ自分（有馬）方相談会ノ期日ハ本邸相談会ノ翌日ニ為ス積リナリシ処本邸ノ方カ明二十一日ノ日曜トナリタルニ付テハ自分（有馬）モ第十五銀行ノ方多用ニテ明後日以後ニテハ確約致シ難シ。如何致シタラハ宜シカルヘキヤト云フ。予明日ノ本邸ノ相談会ノトキ橋爪慎吾松下丈吉境豊吉モ来会スルニ付橋爪ニ相談シ同人ヨリ他ノ相談人ニ予算原案ニ対スル意見ヲ問ハシメ夫レニテ決議スルコトノ便法ヲ取リ差支ナカルヘシト云フ。
有馬原案ニハ本家ヨリノ補助額ヲ二千五百円ト致シ置タルモ本家ノ予算ニテハ二千円ト為リ居ル趣ニ付収入五百円ヲ減シテ意見ヲ問フコトヽスヘシト云フ。
○午前八時後河窪敬直ヨリ電話ニテ男爵家相談会ノコトハ貴君モ繰合出来サル趣ナルカ他ノ相談人（元田作之進、菅虎雄、橋爪慎吾）モ本月二十九日後ニ至ラサレハ繰合出来ストノコトナリ。依テ差向キ原案ノ通リ決シタルモト仮定シ置キ来年ニ至リ更ニ相談会ヲ開キテハ如何ト橋爪ニ相談シタル処橋爪ハ予算ハ大切ノ事ニ付其手続ハ不可ナルヘシトノコトナリ。如何シタラハ宜シカラント云フ。予相談人ニ書状ヲ贈リ書面ニテ原案ノ承認ヲ求メタラハ夫レニテ宜シカラン。
本邸ヨリノ補助金ハ幾許ト記載シアルヤト云フ。河窪橋場町ノ邸宅売却出来スルマテ一ヶ年千円ヲ補助セラルヽコトヽナリ居リタル処邸宅ノ売却出来タルニ付大正九年度ノ予算ニハ五百円ヲ減シ五百円ト計上シ置タリト云フ。予夫レナラハ宜シト云フ。
○十二月二十一日午前十時前伊藤景直来リ訪ヒ共有不動産ニ対スル強制競売ノ手続ヲ問フ。予民事訴訟法強制執行ノ部第六百八十九条ヲ示ス。伊藤明瞭セリト云フ。
伊藤又共有不動産ニ対シ一人ニ対スル債権ニ付抵当権ヲ設定スルコトヲ得ヘキヤト云フ。予民法民事訴訟法登記法等ヲ閲ミスルモ適条ヲ見ス。然レトモ条理上之ヲ許サヽル理由ナキ旨ヲ答フ。又共有不動産ニ対シ質権ヲ設定スルコトヲ得ヘキヤト云フ。予質権ハ抵当権ト異ナリ占有スルコトヲ要スルニ付之ヲ設定スルコトヲ得スト云フカ穏当ナルヘシト云フ。
又貸家主カ其貸家ヲ他ニ売渡シ民法ニ定メタル猶予期間ヲ過キタルニ拘ハラス借家人カ立退カサルトキハ裁判所ニ訴ヘテ之ヲ立退カシムルコトヲ得ルヤト云フ。予道理ニ於テハ之ヲ立退カシムルコトヲ得ルモ今日国民新聞ニ最近ノ東京地方裁判所ノ判決ノ趣旨ヲ載セ居ルカ其趣旨ニ依レハ借家主ガ登記ヲ為シ居ラサルモ貸家主ハ立退ヲ請求スルコトヲ得サルコトヽナシ居レリ。其理由ハ解シ難キモ裁判所ニテ此ノ如キ判決ヲ下ス位ニ付イツレニシテ上訴等ヲ為シ急速ニ結了スルコトハ期シ難カルヘシト云フ。
伊藤又家ノ売主ハ買主ニ対シ明渡期限ヲ怠ルトキハ代価ノ五分ニ当ル金額ヲ賠償スル契約ヲ為シ居レリ。借家主カ立退カサル為賠償ヲ出サヽルヘカラサル場合ハ借家主ヲシテ賠償金ヲ出サシムルコトヲ得ヘキヤト云フ。予是ハ理由ナキコトナリト云フ。伊藤共有不動産ニ関スルコトハ同県人奥鞏保〔保鞏〕ノ実際問題ニテ奥カ共有権ヲ持チ居ル方ナリト云フ。十一時後伊藤辞シ去ル。
○午前八時前内子鎌倉ニ行キ広津直人ヲ訪フ。昨夜上直侍従ヨリ御思召ニ依リ御猟ノ鹿肉一折ヲ頒ケ来ル。内子予ト安トカ今日ノ午餐ニ食スヘキ量ヲ残シ余ハ之ヲ携ヘ行キテ直人ニ贈リタリ。
○予午餐後松田正之ヲ訪ヒ遂ニ橋場ノ有馬邸ニ行キ相談会ニ列セント思ヒ居リタルモ時刻晩レタルヲ以テ松田ヲ訪フコトヲ止メ午後零時三十分ヨリ橋場ニ赴ク。
豊川稲荷前ニテ上野行ノ電車ヲ待ツコト三十分許纔カニ来リタルモ満員ニテ停車セス。乃チ歩シテ赤坂見附ニ到リ九段両国行ノ電車ニ乗リ浅草橋ニテ乗替ヘント欲スルモ満員ニテ乗ルヘカラス。乃チ乗合自動車ニ乗リ雷門前ニ到リ更ニ電車ニ乗リ山谷ニ到リ有馬邸ニ達ス。時ニ二時二十分頃ナリ。
松下丈吉境豊吉有馬秀雄来リ会ス。午後四時頃ヨリ大正八年度追加予算及大正九年度予算ヲ議ス。纔議事ヲ始ム仁田原重行亦来ル。七時前議事ヲ終ル。伯爵及頼寧橋爪慎吾水野光衛並ニ前記ノ人々ト共ニ飲喫シ八時後ヨリ松下境仁田原及頼寧ト自動車ニ同乗シテ家ニ帰ル。自動車ハ各自ノ家ニ過キリ次第ニ下車シ予ハ第四番ニシテ頼寧ハ最終ナリ。九時後家ニ達ス。
○有馬邸ニテ頼寧ヨリ自分（頼寧）カ貧児ノ為メニ学校ヲ始メタルコトニ付宮内省辺ニテ何カ風評ナキヤト云フ。予別段ノ風評ナシ。但シ其事ニ付日本魂（雑誌）ニ意見ヲ掲ケラレタルトキ一二ノ文字例ヘハ（欲シクモナキ地位）云々等ノ語ニ付テハ自分（予）ニ対シ日本魂ヲ見タリヤトノ問ヲ出シタル人アリタリ。要スルニ大体ノ趣旨ハ宜シキモ些細ノ用語等ノ為メ物議ヲ招カサル様ニハ注意セラレ度ト云フ。
○伯爵ヨリ先夜渡辺直達ヨリ帝国ホテルニテ伯爵ニ渡シタル明治二十一年中有馬家ノ紛擾事件ニ関スル書類ノ有栖川邸ニ残リ居リタルモノヲ予ニ交シ之ヲ見置キ呉ヨト云フ。予之ヲ諾シ書類ヲ持チ返ル。
○内子ハ午後三時後鎌倉ヨリ帰リタリト云フ。
○有馬邸ニテ境豊吉ニ共有地ニ対スル強制執行ノコト抵当権設定ノコト質権設定ノコトニ付意見ヲ問フ。境ノ意見ハ予カ伊藤景直ニ答ヘタル所ト異ナルコトナシ。境ハ尚ホ取調ヘ見テ通知スヘシト云フ。境又三浦周行ノ著シタル法制史ノ研究ト題スル書一冊ヲ予ニ貸シタリ。
○十二月二十三日午前七時三十分ヨリ賢所前ノ参集所ニ行キ博義王殿下一条朝子ノ結婚式ニ参列ス。十時前式終ハル。式ノ始マル前参集所ニテ波多野敬直ニ昨夜伊東巳代治ヨリ電話シタルコトヲ告ケ帝室制度審議会事務所ニテ協議スルヨリモ波多野ノ官舎ニテ協議スル方都合宜シカルヘキ旨ヲ謀ル。未タ決セス。
舎人波多野ニ幄舎ニ入ルコトヲ促ス。予亦次テ幄舎ニ入ル。式既ニ終ハル。予参集所前ニテ石原健三ノ来ルヲ待チ波多野ノ官舎ニテ協議スル方宜シカルヘキ旨ヲ謀ル。石原、波多野ニ協議シテ其事ニ変更スヘキ旨ヲ答フ。
○予直ニ伏見宮邸ニ到リ博義王殿下ノ婚儀ヲ賀シ帳簿ニ署名ス。邸人予ヲ誘フテ応接室ニ入リ祝酒ヲ供ス。浜尾新工藤一記亦次テ入ル。予家ニ帰リ午喫シ午後零時後ヨリ宮内省ニ出勤ス。出勤前皇族処分ニ関スル内規案（本年五月十四日再考シタルモノ）ノ謄本ヲ作リ又本日修正シタル案ヲ写シ午後一時頃石原健三ヲ其事務室ニ訪ヒ之ヲ交セントス。今朝参集所前ニテ石原ニ約シ置タルヲ以テ石原正ニ食堂ニ在リ。予亦之ヲ逐フテ食堂ニ入ル。波多野敬直亦在リ。
之ト話スルコト瞬時白根松介波多野ヲ促カシテ其室ニ返ラシメ予ニ波多野ノ室ニ入リ年末手当ヲ受クヘキ旨ヲ告ク。予之ヲ知ラサリシ旨ヲ答フ。白根先刻審査局ニ電話シ之ヲ告ケ置タル旨ヲ告ク。予一タヒ家ニ帰リタルヲ以テ其不在中ニ電話シタル訳ナルヘシト云ヒ直ニ波多野ノ官房ニ入ル。波多野予及ヒ審査官ニ対スル慰労金券ヲ交ス。予石原健三ノ室ニ入リ慰労金券ヲ受ケタルコトヲ告ケ皇族処分案二通ヲ石原ニ渡シ前案ハ之ヲ伊東ニ示シ置タルモ後案ハ未タ之ヲ示サヽル旨ヲ告ケ直ニ審査局ニ返リ審査官ニ慰労金券ヲ交シ西野英男ニ嘱シ金券ヲ金ニ換ヘシム。
少時浅田恵一来リ帝室制度審議委員ニ対スル手当金券ヲ交ス。予又西野ニ嘱シ之ヲ金ニ換ヘシム。宮内省ノ慰労金ハ千七百円ニテ制度審議会ノ手当金ハ五百円ナリ。
○午後二時前仙石政敬来リ休職審査官安江孝ニ対シ位二級進メラレ度旨ノ上申書ヲ出サレタルモ二級ノ陞叙ハ先例ナク行ハレ難シ。宗秩寮総裁ヨリ其旨ヲ予告シ置クヘシトノコトニ付之ヲ告クト云フ。予已ムヲ得サル旨ヲ答フ。
仙石又先日故賀陽宮ノ祭ニ付京都ニ行キタルトキ京都府ノ警察署長カ殺人犯桑原某カ捕ニ就カサルコトニ付非常ニ閉口シ居リタル旨話ス。
予仙石ニ対シ松田正之ヲ宗秩寮ニ入ルヽコトハ如何ナリタルヤト云フ。仙石先日大臣次官列席ノ処ニテ総裁ヨリ談判シタル処次官ハ絶対ニ反対シ松田ヲ本省ニ入ルヽナラハ自分（石原）ノ処ニハ尚ホ三人ノ申込アル〔リ〕此三人モ本省ニ入レサルヘカラスト云ヒ大臣モ結局次官ガ夫程迄ニ云フナラハ来年二月一般ノ任用令改正ヲ施行スル迄之ヲ待ツヘシト云フ。其侭中止セラレタル趣ナリト云フ。予宗秩寮ニテハ夫レマテ補欠セスシテ待チ居ルヤト云フ。仙石行懸リニ付之ヲ待チ居ル積リナリト云フ。
○午後六時頃金井四郎ヨリ電話ニテ今日午後三時頃陸軍大臣参殿シ殿下ニ対シ来年四月頃洋行成サレテハ如何アルヘキカノ旨ヲ言上シ殿下ハ自分（殿下）ノコトハ陸軍ニ一任シ居ルニ付夫レニテ異議ナシトノ御言ナリ。陸軍省ニテハ只今在仏国大使ニ交渉シ同国ノ模様ヲ取調ヘ中ナル由ナリ。然ルニ四月マテハ船ノ都合出来サル模様ニ付多分幾分カ御延引相成ルヘシ。明日宮内省ニテ面談致シ度カ差支ナキヤト云フ。予午後ハ司法大臣官舎ニ行クモ午前ナラハ差支ナキ旨ヲ答フ。
○十二月二十四日午前八時頃金井四郎電話ニテ昨夜ハ今日宮内省ニテ面会スヘキ旨ヲ約シ置タルモ身体不和ニテ今日ハ宮内省ニ行キ難キニ付承知ヲ請フ旨ヲ報ス。予承知ノ旨ヲ答ヘシム。
○午前十時後皇族処分案前案後案各一通ヲ作リ波多野敬直ノ官房ニ行キ前案ハ伊東巳代治ニ示シ置タリ後案ハ未タ之示サヽル旨ヲ告ケテ之ヲ渡ス。遂ニ石原健三ノ室ニ入リ処分案ヲ波多野ニ渡シ置タルコトヲ告ク。
石原明治元年ニ達セラレタル皇族降下継承等ニ関スル書類ヲ示ス。会々仙石政敬来ル。石原其書類ヲ仙石ニ示シ此書類ハ一時ニ発セラレタルモノニハ非サルナラン。原案ニ付之ヲ取調ヘ呉ヨ。又書類中ニアル照高院〔智成親王〕トハ如何ナル院ナルヤ是亦取調呉ヨト云フ。仙石既ニ去ル。
予陛下年内御避寒ノコトハ御模様変リタルヤ新聞ニハ開院式ニハ皇太子殿下御名代トシテ行啓アラセラルヤモ計リ難キ旨ヲ記載シ居レリ。是ハ誤ナラント云フ。石原一度ハ年内御避寒ノコトニ内定シ居リタルモ侍従中ノ二三人カ勅語ハ御差支ナキ旨ヲ申出テ其ノ為メ御臨幸アルコトヽナリ居レリ。先日ハ二三人ノ人カ御前ニテ勅語ヲ拝聴シ今後今一度御練習アル筈ナリ。自分（石原）等ハ甚タ不安心ナルモ侍従ノ保証アルニ付其事ニナリタリト云フ。
予侍従カ保証シタリトテ責任ヲ避クルコトヲ得サルニ非ズヤト云フ。石原夫レハ勿論大臣ノ責任ナリ。予此事ハ実ニ重大ナル問題ニテ又至難ナルコトナリ。当局者ハ十分ニ考慮セサルヘカラスト云フ。石原何トモ致方ナシト云フ。
○午後一時後ヨリ司法大臣官舎ニ行キ臨時法制審議会主査委員会ニ列ス。陪審ニ付スル刑事々件ノ範囲ヲ議ス決スル所ナシ。五時前散会ス委員会場ニテ穂積陳重ヨリ法学博士名簿ヲ渡ス。
○午後内子第一銀行ニ行キ金三千円ヲ預ク。
○午後有馬伯爵家ヨリ使ヲ遣ハシ手当金百円及特別手当金百五十円ヲ致サシム。
○午後二時前司法省職員課ニ行〔キ〕谷村某ニ就キ堤一馬ノ履歴書ヲ借覧ス。谷村急ニ之ヲ出シ難シ。後刻審議会委員会場ニ持チ行クヘシト云フ。予之ヲ依頼ス。既ニシテ谷村之ヲ持チ来ル。予之ヲ一覧シテ之ヲ返シ法制局参事官馬場鋭〔鍈〕一ニ堤一馬ヲ台湾総督府ヨリ統計官トシテ推薦シ居ル趣ニ付詮衡ノ通過スル様配慮シ呉ヨト云フ。馬場堤ハ学歴ナキ為メ反対論アリ未タ決シ居ラス。尚ホ再議スヘシト云フ。
○職員課ニテ谷村ヨリ審議会ノ慰労金四百円ヲ交ス。
○夜橋爪慎吾ニ電話ス家人橋爪ハ未タ有馬家ヨリ帰ラスト云〔フ〕。乃チ又有馬家ニ電話ス家職橋爪ハ今日ハ出勤セスト云フ乃チ止ム。
○朝左眼充血ス。
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