、川嵜 陽、松山幸二、鹿雪瑩倉冨日記研究ホームページ-->このページ｜8月の日記｜10月の日記｜
最終更新：2005年1月4日
作成者：永井 和、冨永 望,、小山俊樹、李 昇、川嵜 陽、松山幸二、鹿雪瑩
清書稿本作成にあたっては、極力原文に忠実な翻刻をめざしたが、漢字は通行の字体にあらためた。また、文中の文の切れ目には句点を適宜おぎなった。さらに、読者の便宜を考え、原文の記載記事の切れ目を表す「○」の直前で改行し、適当なところで、改行、改段をおこなった。日記本文の行側に倉富本人が加えた注記やルビは、内容上いちばん近いとも思われる本文の箇所に〈 〉で括って挿入した。
著者が備忘のために日記帳の上欄に付した小見出は、翻刻にあたり、本文のいちばん関連が深いと思われる部分に記入した。また、その小見出しを抽出して、目次を作成し、冒頭においた。また、欄外に記された注記は「原注」として本文内に付記した。
なお、□は判読できない文字であり、〔 〕内は校訂者による注記及び訂正である。
また、JＩＳ第１、２水準にない漢字の表示は、e漢字プロジェクト
の漢字フォントを使用した。記して謝意を表したい。
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 |
○九月一日午前十一時頃細見保其末子某及ヒ島田義太郎来リ訪フ
細見、久留米水天宮社司樋口某カ東京水天宮ニ対シ守札分与ヲ拒絶スル書状ヲ贈リタル顛末及ヒ信徒総代ノ意見ヲ橋爪慎吾ニ報告シタルコト、有馬家所有篠山町別邸地ヲ売却シ度旨頼寧君ノ話アリ島屋足袋ノ経営者某カ買ヒ受ケ度ト云フニ付其旨ヲ東京ニ報シタル処買主カ幾許位ノ代価ヲ出スヤヲ問ヒ来リタル故買主ニ問ヒ合セタル処六萬円位ナリト云ヒ余リ廉価ニテ時価ニ相当セス。自分（細見）等ノ考ニテハ十三四萬円位ナラント思フ。全体有馬家ニテハ該地所ヲ如何ニ処分セラルヽ積リナルヤ田中熊蔵モ方針不明ニテ困リ居ルコト、久留米別邸ノ小使ノ給料ハ十二円ニテ臨時手当二割五分ニテ計十五円ニ満タズ市役所等ノ小使ハ二十円以上ニテ不権衡ナルコト等ヲ話シ
島田ハ素盞男神社修繕ニ関スル有馬家ヨリノ寄附金ノ事ハ寄附セラルヽ様尽力シ呉ヨトノ話ヲ為セリ。予久留米別邸地売却ノコトハ伯爵カ不同意ノ模様アリ且林田守隆モ内心不満足ニ付当分実行出来難カルヘキ旨ヲ話シタリ。細見等話スル三四十分間許隆ノ温室ヲ覧テ帰リ去レリ
○午後西野英男ヨリノ書状達ス
其書状ノ封皮ニ依リ昨日西野ニ発シタル書状ノ封皮ニ巣鴨村大字巣鴨千六百八十五番地ト書シタルハ巣鴨村宮下千六百八十五番地ト書スル方宜シカリシコトヲ知リタリ
又東京留守宅ヨリ趙重応ノ子趙大鎬ヨリノ訃書ヲ廻送セリ。之ニ依リ八月二十六日ニ発シタル電信ニ趙重鎬ト書シタルハ誤ナリシコトヲ発見セリ
○午後四時後雷雨アリ森部ニテ十六歳ノ女震死ス
○九月二日清子ノ女直子三十九度余ノ熱ヲ発ス往テ観ル者数次
○午前三浦直次郎来リ訪ヒ啓二郎ヲ福岡県会議員候補者ト為スニ至リタルコト啓二郎カ辞退シタルコト中島某ヲ候補者ト為スコト中島ガ絶対ニ承諾セサルトキハ更ニ啓二郎ニ勧ムルヤモ計リ難シ依テ予ガ啓二郎ノ考ニ任カス位ノ体度マテニ致シ呉度ト云フ。予ハ啓二郎カ既ニ辞退シタル後ニ話ヲ聞キ辞退ニ賛成セリ。今日ニテモ候補者トナルコトハ不同意ナレトモ本人カ候補者トナルコトヲ望メハ之ヲ差止ムル考ハ有シ居ラサル旨ヲ答ヘタリ。午後啓二郎ヲ訪ヒ其始末ヲ告ケ置ケリ
○午前内子ノ請ニ依リ自ラ厨下貯水桶ノ蓋ヲ作ル
○九月三日午後鈞ノ書達ス。直ニ答書ヲ作ル。午後六時頃隆田主丸ニ行キ之ヲ郵 ニ投ス
○強五郎予ノ戸籍謄本ヲ致ス。数日前予カ嘱シ置タルモノナリ
○九月四日午前十時頃浮羽郡書記井上茂太来リ浮羽郡長吉原憲一ノ名刺ヲ致シ吉原来訪セサルコトヲ謝シ且浮羽郡学生ノ便ヲ図ル為メ浮羽郷友会ヲ組織シ郡長カ会長ト為リ郡ニ本部ヲ置キ東京ニ支部ヲ置キ学生ノ状況ヲ通信シ多数ノ学生アル地ニテハ時ニ懇親会ヲ開クノ計画ニテ其費用ニ充ツル為メ郡ヨリ百円ヲ支出スルノ議ヲ決シ一昨日発会式ヲ挙ケタルニ付右ノ会ニ対シ指導ヲ請フ旨ヲ述フ。
予右類似ノ会ハ先年来屡々之ヲ組織シ現在ニテモ種々ノ会アルモ格別ノ効能ナシ。予ハ十分ノ望ヲ嘱スルコト能ハス。随テ別段ノ意見ナキ旨ヲ答ヘ置タリ
○午後一時ヨリ隆船越小学校ニ行ク。今月執行スヘキ県会議員ノ選挙ニ関シ吉井ノ警察署長カ選挙人ノ心得ヲ告クル為集会ヲ求メタル為メナリ
○吉原憲一ハ予カ帰郷ノ事ハ一昨日怡土原ヨリ聞知シ怡土〔原〕ハ最早帰京シタルヤモ斗リ難シト云ヒ吉原ハ補充兵ノ簡閲点呼等ノ用務ニテ暇ヲ得難キ旨井上茂太ヨリ申述ヘタリ
○九月五日午後一時ヨリ隆簡閲点呼予習ノ為船越小学校ニ行ク
九月六日午前六時後ヨリ隆簡閲点呼ノ為メ船越小学校ニ行ク。十二時後帰リ来ル
○浮羽郡長吉原憲一、来リテ挨拶ヲ為シ玄関ヨリ辞シ去ル。吉原ハ簡閲点呼ノ為メ今日船越小学校ニ来リ其次ヲ以テ強五郎ノ紹介ヲ請ヒ予ヲ訪ヒタルナリ
吉原ヨリ一昨四日井上茂太ヨリ話シタル浮羽郷友会ノ事ニ付指導ヲ請フ旨ヲ話シタリ
○夜強五郎、啓二郎、及ヒ其家族等来リ話ス
○午後隆及ヒ啓二郎ト倶ニ先塋ニ謁ス
○午後法音寺森温興来リ訪ヒ予ニ面セスシテ辞シ去ル
○展墓ノ時啓二郎ト墓地ノ周囲ニ牆ヲ作ルコトヲ協議ス。家ニ帰リタル後内子及ヒ隆ト其塋ノ模様ヲ議ス
○九月七日午前十一時内子ト倶ニ郷ヲ発シ東京ニ帰ル。初メ内子ハ十月頃マテ郷ニ滞ル積リナリシモ安カ上京スルコトヽナリタルト内子帰京ノ時ノ同伴者ナカルヘカラサル等ノ為メ予ト倶ニ帰京スルコトニ変更セリ。出発ニ先チ内子ト倶ニ本家ニ行キ祠堂ニ拝シ家人ニ別ヲ告ク強五郎ハ安ヲ伴ヒ予等ニ先チテ久留米ニ行キ予等ヲ待テリ
啓二郎蛍雪軒叢書ヲ予ニ贈ル
本家及ヒ新家ノ家人送リテ松原ニ到リ三浦直次郎ノ妻子及ヒ三浦麟之助義路ノ妻子亦松原ニテ予等ヲ待テリ。直次郎ハ田主丸ニテ強五郎カ軌道車中ニ在ルヲ見予等亦其中ニ在リト謂ヒ其車ニ乗リタルモ予等カ在ラサリシヲ以テ田主丸ヨリ徒歩シテ松原ニ来リ予等ヲ送リタリ。隆ハ予等ヲ送リテ久留米ニ来リ手荷物ノ世話ヲ為セリ。午後二時五十分久留米ヲ発シ五時後門司ニ達シ駅ニテ山陽線ノ寝台ノ有無ヲ問フ。寝台ナシ。七時後下ノ関ヲ発ス
此日松原ニテ野瀬善三郎予ニ挨拶ヲ為セリ。野瀬ハ有馬家ヨリ学資ヲ借ルコトニ付予ニ依頼シタルコトアルモノナリ
山陽線ノ車中ニテ藤岡某ニ遇フ。大学教授デモ勤メ居ル如キ人ナリ
又会社員佐々木トカ久保田トカ称スル者夫妻乗リ組ミ某カ妮妓アルコトニ付夫妻相争ヒ他ノ眠ヲ妨ケタリ
○久留米ニテ魔法瓶及竹器ヲ買フ。竹器ハ金井四郎ニ贈ルモノナリ
○九月八日午前七時後神戸ニ達シ旅館浅勢ニ投シ休息ス
雇人ヲシテ今日午後六時二十分発ノ汽車カ又ハ七時発ノ汽車カニ下段ノ寝台アルヤヲ問ハシム。雇人返リテ上段ノ寝台アルモ下段ハナキ旨ヲ報ス。乃チ寝台ナクシテ乗車スルコトニ決シ電信ヲ鈞隆及東京留守宅ニ発ス
午後三時後ニ至リ念ノ為メ安ヲ神戸駅ニ遣ハシ下段寝台ノ有無ヲ問ハシメタル処下段ノ寝台アリト云フ。乃チ之ヲ購ヒ七時ニ出発スルコトニ変更シ更ニ留守宅ニ電信ヲ発シ其旨ヲ報ス
○九月九日午前五時頃汽車興津辺ヲ過ク。天晴富士山全形ヲ見ル
八時四十分東京駅ニ達ス。西野英男、宇佐美富五郎、斎藤某及ヒ川瀬宇之吉ノ子吉次来リ迎フ。西野ニ托送手荷物ヲ受取ルコトヲ嘱シ予等直ニ家ニ帰ル
宇佐美次テ来ル。之ヲシテ第一銀行ニ到リ預金ヲ受取リ来ラシメ又一ツ木郵便局ニ到リ為替ヲ作ラシム。郵便局員既ニ十二時ヲ過キリト云ヒタルモ依頼者カ予ナルコトヲ知リテ異議ナク証書ヲ発シタル由ナリ
午後書留書状ヲ鈞ニ贈リ金二百五十円ヲ送ル
○東京駅ニテ宇佐美富五郎ニ嘱シ電信ヲ鈞及ヒ隆ニ発ス。予等カ無事京ニ帰リタルコトヲ報スルナリ
○午前西野英男来リ早稲田高等予備校ノ在学証書用紙ヲ致ス。先日西野ニ嘱シ安入学願書ヲ予備校ニ致サシメタルトキ安カ為メニ受領シ来リタルモノナリ
予西野ニ嘱シ予ガ虎列剌流行地ナル福岡県山口県ヲ経テ帰リ来リタルヲ以テ宮内省伝染病予防規則ニ依リ宮内省ニ出勤スルコトヲ差控フル必要アルヤ否ヲ取調ヘ報告セシ〔ム〕。西野明日出勤シテ取調ヘタル上報告スヘキ旨ヲ答ヘテ去ル
○午後金井四郎ニ電話シ予カ今日帰京シタルコトヲ報ス。金井何日頃金沢ニ行キ王殿下ノ御機嫌ヲ候スルヤヲ問フ。予近日伺候スル積リナルモ日ハ未定ナル旨ヲ答フ。金井十五六日頃ハ殿下御不在ナラント思フト云フ。金井又先日仙石政敬ノ姉ノ死亡シタルニ付他ノ振合ニ依リ君ノ名ヲ以テ香料二円五十銭ヲ贈リ置タル故承知ヲ請フト云フ。予其手数ヲ煩ハシタルコトヲ謝シタリ
○午後橋場有馬邸ニ電話シ橋爪慎吾ノ在否ヲ〔問フ〕。橋爪蛎殻町ニ行キ居レリト云フ。又水野光衛ヲ問フ。水野モ橋爪ニ同シト云フ。誰カ邸ニ在ルヤヲ問フ。上田某及某々在リト云フ。予何人ニテモ宜シキニ付電話ニ掛リ呉ヨト云フ。上田電話ス。予予カ今日帰京シタルコトヲ告ケ之ヲ橋爪ニ転報スルコトヲ嘱シ又伯爵ノ近況ヲ問フ。上田腫物生シ居ルモ全体ハ宜シト云フ
○九月十日午前西野英男宮内省ヨリ電話シ福岡県山口県ハ宮内省ニテ虎列刺有病地ト認定シ居ラサル故貴官ノ出勤ハ少シモ差支エナシトノコトナリ今日出勤セラルヽヤト云フ。予其意ヲ領シ今日ハ出勤セサル旨ヲ答フ
予又西野ニ嘱シ予ノ帰京届ヲ宮内省ニ出サシム西野之ヲ諾ス
○午前内子一ツ木郵便局ニ行キ為替ヲ作ル書留書状ヲ隆ニ贈リ金四百円ヲ送ル
○午後一時後西野英男来リ昨日ノ約ニ従ヒ安ヲ伴ヒ早稲田高等予備校ニ到リ。安カタメニ教科書買入ノコトマテモ周旋シ午後三時頃安ヲ送リ来ル
○九月十一日午前九時三十分ヨリ宮内省ニ出勤ス
○午前十時頃石原健三ヲ其事務所ニ訪フ石原在ラス。戸田氏共在リ予戸田ニ石原ノコトヲ聞ク戸田自分モ石原ヲ待チ居ル所ナリ総務課長（近藤久敬）ノ話ニ石原ハ一寸外出シ居リ直ニ帰ルトノコトナリト云フ。予モ之ヲ待ツ少時石原帰ラス予乃チ局ニ返ル
十一時後復タ石原ヲ訪フ伊藤博邦正ニ話ス予差支ナキヤヲ問フ石原伊藤共ニ差支ナシト云フ乃チ入ル伊藤辞シ去ル予一昨日帰京シタルコトヲ石原ニ告ケ近事如何ヲ問フ石原別事ナシト云フ
予参事官ハ未タ任命セサルヤヲ問フ石原大蔵省所管ノ人ニ候補者アル只今交渉中ナリト云フ。予勅任参事官ニ非サルヤト云フ石原勅任ニ非ス勅任ハ波多野敬直カ今暫ク見合セ置ケト云フニ付未タ着手セス奉任参事官ハ只今一人ニテ何事モ為サシメ居ラス
今一人任命シタラハ宮内省ノ法規整理ヲ為サシメンカト思ヒ居ル所ナリ但政府ニテハ宮内省ノ法規モ政府ノ法規ト共ニ政府ニテ統一スル積リト云ヒ居ルニ付夫レナラハ政府ニ任セ置キテモ宜シト云フ。予政府ニテ宮内省ノ法規マテ整理スルコトハ不都合ナリト云フ。石原ドレ丈ケノ事ヲ為ス積リナルヤ分リ難シト云フ
石原又松根豊次郎ノ事ニ付不思議ナル話ヲ聞ケリ然モ其話ハ只今聞キタルコトナリ。山尾三郎ハ君ハ之ヲ知ルヤト云フ。予之ヲ知レリト云フ。石原山尾其妻ヲ去リタリ妻ハ故三条公ノ女ナリ之ヲ去リタル原因ハ松根ト私シタリトノコトナリ。山尾ヨリ松根ニ対シ君ハ実ニ不都合ナリ此上ハ君ト絶交スルヨリ致方ナシト云ヒタルニ松根ハ君ヨリ絶交セラルヽモ少シモ頓着ナシ但其原因ガ今始マリタルコトニ非ス其事ヲ今ニナリテ彼此云フ必要ナキニ非スヤト云ヒタル由ナリト云フ。
予然ラハ山尾カ結婚スル前ヨリノ事ナリヤト云フ。石原然ラサルヘシ。松根ハ初ヨリ山尾ト懇意ナルニ非ス。松根カ山尾ノ家ニ出入スル様ニナリタルハ小原
吉カ同伴シテ行キタルヨリノコトナル由ト云フ。
予山尾ノ妻ハ閑院宮妃殿下ノ妹ナルヘシト云フ。石原然リ故ニ余程ノコトナキ以上ハ離婚セサル筈ナリ。松根トノ関係ハ間違ナキ事ナルヘシト云フ。
予松根ノコトニ付テハ予ヨリ先頃相談シタルコトアリシカ他ニ工夫ナシトノコトナルユヘ其侭ニ致シ居レリ。他ニ転セシムルコトヲ得レハ審査局ノタメニモ極メテ好都合ナリト云フ。
石原此ノ如キコトアリテハ宮内省ニ奉職セシムル訳ニ行カス。之ヲ罷ムルヨリ外致方ナシト云フ。予昨年中調度寮事務官ニ欠員ヲ出シタルトキ予ヨリ小原吉ニ松根ヲ採ルコトヲ勧メタルニ小原ハ松根ハ採リテモ宜シキモ自分ト懇意ナル丈自分カ採リテハ面倒ナリト云フテ承諾セサリシコトアリ。松根ト小原ハ懇意ニ致シ居ルコトハ確カナリト云フ。石原夫レハ非常ニ懇意ナリ。小原ヲ嫌フ者ハ式部職ノ事モ松根カ小原ノ手先トナリテ掻キ廻ハストテ非常ニ之ヲ嫌ヒ居ル位ナリト云フ。
予君等カ確カニ決心スルナラハ予ハ何時ニテモ松根ヲ罷ムルコトニスヘシ。然シ松根ハ辞職ヲ承諾セサルヘキニ付休職トナスヨリ外致方ナシ。而シテ松根ハ元カ国民新聞社員ナリシ趣ニ付之ヲ罷ムレハ新聞ニテ報復ヲ図ルコトヲ覚悟シ居ラサルヘカラス。初メハ誰カ松根ヲ採用シタルヤト云フ。
石原誰カ之ヲ採用シタルヤハ之ヲ知ラス。松根ハ何ノ学校ヲ出テタルモノナリヤト云フ。予京都帝国大学ヲ出テタルモノナルヘシト云フ時ニ十二時ヲ報ス予乃チ辞シ去ル
○午前西野英男来リ本月九日牛乳代納入告知書ヲ届ケ来リタルニ付翌十日代ハリテ払ヒ置タル旨ヲ報ス。乃チ之ヲ償フ
又西野ニ嘱シ朝鮮総督府ニ書ヲ贈リ朝鮮金石総覧一部ヲ贈リタルコトヲ謝シ内閣記録課長下条康麿ニ書ヲ贈リ法令輯覧追録ヲ贈リタルコトヲ謝セシム
吉来リ話ス調査課ノ通牒ノ解釈○午後一時頃小原吉来リ話ス。話次調査課長杉栄三郎カ命ニ依リ市町村長カ身元証明ヲナス場合ニ自今特別ノ必要ナキトキハ効力消滅シタル刑事裁判ニ関スル事項ハ之ヲ省略スルコトヽナリタル旨ノ通牒ヲ発シタルカ其通牒ノ趣旨不明ナリト云フ。
予其通牒ヲ一見シタルニ格別不明ナカリシ様ナル故其旨ヲ小原ニ告ケ小原ト之ヲ論究シタル処成ル程通牒ノ文字一部分不穏当ノ処アリ之ヲ論究スレハ解スヘカラサルコトニ帰シタリ
小原又調度寮ハ職員不足ナル故新任参事官某ヲ調度寮ノ兼務トナスコトヲ相談シタルニ石原健三ハ参事官ハ是ヲ置キタルモ其担当事務等ハ未タ少シモ定マリ居ラスト云ヒテ承諾セサリシカ随分無責任ノ話ナリト云フ
又小原宮内省ノ仕事ハ総テ外形丈ケヲ繕ヒ事実ヲ閑却シテ責任ヲ避クルノ風アリ。皇族ノ旅行ニ警察官ノ取締リ寛ニスルコトヲ新聞ニ公ニスル如キモ其一例ナリ。宮内省カ如何ニ吹聴スルモ警察官トシテハ責任上取締ヲ弛ムルコトヲ得ス。宮内省ハ之ヲ吹聴スル丈ケニテ満足シ居ルモノト云ハサルヲ得スト云ヒ其他種々ノ雑談ヲナセリ
○午後西野英男明治聖訓一冊ヲ致ス之ハ発行者ヨリ宮内省ニ献シ総務課ヨリ分配シタルモノナル由ナリ
○松根豊次郎使ヲ遣ハシ京都ノ豆菓子、大坂ノ小イカ煮、マッチ箱ヲ贈ラシム
○九月十二日午前十時後南部光臣来リ木曽電気製鉄会社内藤敬信カ同社支配人村瀬某ニ出シタル報告書及同社員稲山常吉ヨリ同社主事内藤敬信ニ出シタル報告書ヲ持チ来リ。松根豊次郎カ木曽御料地ニ行キ実況審査ヲ為シタルトキ稲山常吉及ヒ内藤敬信ヲ呼出シ会社カ林野管理局ニ対シテ為シタル契約ニ依リ材木運搬ノ為メ林野管理局ノ為メニ敷設スヘキ鉄道敷地ノ買ヒ上ケ遅延スルコトヲ詰責シタル事実ヲ告ケ審査官ニ右ノ如キ権限アルヤヲ詰ル。
予会社カ契約履行ヲ遅延スルコトハ予等モ懸念スル所ニテ此点ハ松根ト同感ナルモ審査官トシテ他人ヲ呼出シ取調フル如キハ勿論職権ヲ有セス。是ハ不都合ナリト思フ。会社員ハ林野管理局ニ如何ナル事ヲ申出テタルヤト云フ。
南部、会社ノ重役ヨリ此ノ如キコトヲ成サレテハ困ル。審査官ニハ此ノ如キ職権アリヤト云フニ付自分（南部）ヨリ松根審査官ハ職権アリトシテ取調ヘタル訳ニ非サルヘク管理局ニ対シテ問ヒタルモ不明ナリトテ会社ニ問ヒタルマテノコトナルヘシト軽ク答ヘ置タリト云フ
南部又王公家軌範案ハ自分等ノ考ニテハ枢密院ヲ通過シ難カルヘシト云フ。予予モ同様ニ考フルカ既ニ皇室典範増補出成シタルニ付規範ノ成否ハ実際ニハ格別関係ナキニ非スヤト云フ。南部結婚丈ケニハ差支ナキモ間モナク王子生誕スル様ノコトヽナルヘシ。軌範ノ必要ヲ見ルコトヽナルヘシト云フ
予予ハ王公ニ対スル優遇ハ既ニ併合ノ詔書ニテ之ヲ悉クシ居ル故軌範ニテハ更ニ優遇ヲ加フルニ及ハス。詔書ノ趣旨ヲ実行スル丈ケノ規定ヲ設クレハ夫レニテ足ルト思ヒ居ルカ一部ノ人ハ詔書以上ノ優遇ヲ軌範ニテ定メントスルニ付是カ根本ノ相違アリト云ヒ南部モ其通リナリト云ヘリ
○午前西野英男昨日予カ借用ヲ嘱シ置タル帝国憲法類纂、憲法彙纂、憲法大意、憲法正解ヲ致ス
○午後一時頃金井四郎来ル。午前十時後金井電話ニテ今日宮内省ニ往キ面会セント欲ス。何時頃マテ宮内省ニ在ルヤト云ヒタル趣西野英男ヨリ報シタルヲ以テ午後三時後マテハ宮内省ニ在ル旨西野ヲシテ答ヘシメ置キタリ。故ニ来リタルナリ
金井予ニ何日頃金沢ニ往キ王殿下ニ候スルヤト云フ。予十五六日頃ハ王殿下御不在ナル旨前日君ヨリ電話ニテ聞キタルヲ以テ其後ニ往候スル積リナリ。何日頃ナレハ宜シキヤト云フ。
金井殿下ハ十九日カ二十日カニ金沢ニ御帰アルヘシト云フ。予然ラハ二十一日カ二十二日カニ往クヘシト云フ。金井汽車ノ寝台其ノ他ノ準備アル故成ルヘク早ク日時ヲ通知シ呉ヨト云フ
予之ヲ諾シ且予ガ往候スルニ付殿下ニ献スヘキ物ヲ片岡久太郎ヲシテ調査セシメ呉ヨト云フ。金井其事ハ先日御用取扱永山ニ相談シ置ケリ。粽及粕テーラカ宜シトノコトナリ。玩具ハ御帰リノトキ荷物カ多クナル故好マストノコトナリト云フ。予実ハ久留米ニ行キタル故何カ献スヘキモノナキカト思ヒタルモ適当ノモノナカリシ故何モ持チ来ラサリシナリト云フ
金井、金沢ニ行カルヽトキハ給仕橘某ヲシテ随行セシムヘシト云フ。予随行ノ要ナシト云ヒタルモ金井橘ヲシテ金沢ニ行カシムル要アリ。故ニ随行セシメント欲スルナリト云フ
金井又車中ニテハ麦酒ヲ飲ムヤ又ハ日本酒ヲ飲ムヤト云フ。予夜中ハ飲料ノ要ナシト云フ。金井翌朝之ヲ要スヘシト云フ。予朝モ之ヲ要セサレトモ強ヒテ之ヲ選ムナラハ日本酒ニスヘシト云フ。金井車中ノ弁当ハ食スヘカラサルニ付弁当ト日本酒并ニ平ノ水テモ用意シ置クヘシト云フ
金井又先頃第九師団カ西伯亜ニ出兵スル様ノ噂アリ。王殿下ハ予テ出征ノ御希望アリタルニ付自分（金井）ヨリ内々前ニ金沢ノ聯隊長タリシモノニテ只今参謀本部ノ課長タル某ニ話シ置タルコトアリシガ其後第十三師団ガ出征スルコトヽナリタルニ付其話ハ消滅セリト云フ。予西伯亜ノ出征ハ面白クナキコトニ付仮令ヒ第九師団カ出征スルトシテモ予ハ寧ロ御止メヲ希望スル位ナリト云フ
予又先頃九鬼隆一ヨリ殿下ニ願ハントシテ中止シタル忠勇顕彰会総裁ノコトハ既ニ久邇宮殿下ニ願ヒタルヘキヤト云フ。金井其事ハ知ラサルカ殿下ニ願ハントシタル頃ニ某ヨリ御附武官隈岡ニ書状ヲ贈リ交渉シタル由ニテ殿下ヨリ自分（金井）ニ対シ此事ハ知リ居ルヤトノ御話アリ。自分（金井）ヨリ承知シ居レリ其頃宮務監督ヨリ聞キタリト申上ケタルニ殿下ハ自分（殿下）ハ洋行スル故云々ト御話アリタリト云フ
金井又先頃徳大寺公爵ノ告別式ノ帰途宮附事務官三四人一緒ニ落合ヒ宮附職員ノ俸給第三号表トナリ居ルカ是ハ勤務ノ繁閑ヨリ看ルニ甚タ失当ナリ。之ヲ二号表トセサレハ宮附職員ニハ官舎ヲ給スルニ付幾分俸給ヲ減シテモ差支ナシトノコトナリシ趣ナルモ宮附職員ノ官舎ハ勤務上必要ノ為メ給セラルヽモノニシテ皇后宮太夫又侍従長カ自宅ナキ為メ官舎ニ居ルモノト同視スルコトヲ得ス。
但シ事務官ガ自己ノ増俸ヲ申出スハ穏当ナラサル故自分（金井）等ヨリハ宮附判任官ノ俸給表改正ノ事ノミヲ主張スル談合ヲ為シ其後川島令次郎（東伏見宮別当）村木雅美（竹田宮宮務監督）南部光臣（梨本宮々務監督）ニ話シタル処三人トモ大賛成ニテ暑中休暇後ニ別当宮務監督ノ相談会ヲ開キ当局者ニ交渉スヘシトノコトニナリ居ル故賛成シ呉ヨト云フ。予之ヲ諾ス
金井又宮附職員ニ午餐ヲ給スルコトハ十二月二日殿下ノ誕辰日ヨリ之ヲ実施スルコトニ致ス積リニテ殿下ニモ其旨ヲ言上シ置タリト云フ
金井又両殿下東京ヘ御帰リノ上ハ慰労トシテ永山ヘハ幾分ノ御心附アル方宜シカラント思ヒ居ルト云フ。予之ニ同意ス
金井又宮家ノ小使等ハ一般ノ振合ニ比シ給金少シ各宮家トノ権衡モアルコトニ付格外ノ取計ハ出来サルモ幾分時勢ニ応スル様ノ取扱ヲ為ス必要アラント思フト云フ。予之ニ確答セス。止タ婢僕ノ給金ハ地方ノ方ガ却テ都下ヨリモ貴キ様ニ思ハルヽ旨ヲ話シ置ケリ
○此日南部光臣カ来リテ松根豊次郎ノ事ヲ話シタルニ付午前一度石原健三ヲ訪ヒタレトモ南部カ正ニ之ト話シ居リ時既ニ十二時トナリタル故予ハ何事モ云ハスシテ返リ去リ午後復タ行キタルモ石原室ニ在ラス
三時半頃更ニ行キタル処馬場三郎正ニ石原ト話シ居リ。予其終ハルヲ待チ居リタル処山崎四男六亦来リ京都御所其他二条離宮等四ヶ所ノ掃除ヲ請負ヒ居ル者ヨリ請負金ノ増額ヲ申請シ来リタルニ付其処置方ヲ議セントシ急ニ終ハルヘキ模様ナキ故予ハ明日話スヘキ旨ヲ石原ニ告ケタル処石原別室ニテ話ヲ聴カント云フニ付波多野敬直ノ官房ニ到リ松根豊次郎カ山尾三郎ノ妻ト私シタル事実ハ之ヲ確ムル工夫ナキヤ
松根ハ先ニ木曽ニ出張シタルトキ云々ノコトアリ（南部光臣ヨリ聞キタル事実ノ概略ヲ告ク）。是ハ単ニ職務上ノ成否ハ実ニ懸念スヘキ理由アリ。此点ハ予等モ同感ナルモ松根カ果シテ会社員ヲ呼出シ之ヲ詰問シタル事実アラハ是ハ職権ヲ有セサル事ニ付十分ニ戒告スル必要アリ。然シ私行ノ問題ノ為メ処分スル訳ナラハ其戒告モ暫ク見合セ置カンカト思フト云フ。
石原事実ハ相違ナカルヘキモ伝聞ニテ之ヲ軽信スル訳ニ行カス。田内三吉ニ問ヒタラハ之ヲ明カニスルコトヲ得ルナラント思ヒ居ル所ナリ。戒告ハ今暫ク見合セ置ク方宜シカルヘシ。近日大臣モ帰京スル故相談ヲスヘシ
唯少シク松根ヲ処分スル故障トナルヘシト思フハ東久世ノ事ナリ。君ハ該件ハ聞キ居ルヘシト云フ。予之ヲ知ラサル旨ヲ答フ。
石原東久世ノ兄ノ妻ハ土方久元ノ女ニシテ離婚トナレリ。何デモ東久世ノ兄ニ対スル民事訴訟ナリシ様ナリ。東京地方裁判所ニ繋属シ其審理ノ結果東久世ノ弟（即チ宮内事務官トシテ既ニ内蔵寮ニ勤務シ居ル者）カ其嫂ト私シ居ルコト発覚シ司法省ヨリ其事ヲ宮内省ニ通知シ来レリ。然ルニ東久世ハ皇后職ニ奉仕シ内情モ十分ニ承知シ居ルモノニテ之ヲ罷ムルニ便ナラス。山崎モ之ヲ使フテ宜シト云フニ付之ヲ内蔵寮ニ入レ相当ニ用立テ居レリ。此事ハ松根モ小原抔モ必ス承知シ居ナラント思フト云フ。
予他ニ寛容シタルモノアリトテ松根ニ処分スルコトヲ得サル理由ナク又本人ヨリ之ヲ理由トシテ抗辯スルコトヲ得ス。然レトモ松根ヲ処分スレハ必ス報復ヲ図ルコトハ十分ニ覚悟シ置カルヘカラス。尚ホ考ヘ置クコトヲ望ムト云フテ別レタリ
○午前九時頃安ヲシテ予ノ名刺ヲ持チ表町警察署長警視柳田清一ノ官舎ニ到リ柳田先日予カ不在中ニ来リテ着任ノ挨拶ヲ為シタルニ答ヘシム
又安カ本月九月ヨリ予カ家ニ寄留スル旨届書ヲ赤坂区役所ニ出サシム
○午後宗秩寮ニ到リ仙石政敬ニ遇ヒ山尾三郎カ離婚シタル事情ヲ問ハント〔ス〕。仙石出勤シ居ラス
酒巻某ニ之ヲ問ハント欲ス。誤テ某ヲ認メテ酒巻ト倣シ之ヲ仙石ノ席ニ呼フ。某来ル予其ノ酒巻ニ非サルヲ知リ軽忽ヲ謝シ酒巻カ出勤セサルヤヲ問フ。某酒巻ハ今日日光ニ行キタリト云フ。某ハ意フニ神田某ナルヘキカ
○四谷税務署ヨリ所得税納税告知書ヲ致ス。未タ所得金額決定書ヲ致サスシテ納税告知書ヲ致シタルハ穏当ナラス
○九月十三日午前十時後石原健三給仕ヲシテ予ノ来議ヲ請フ。乃チ往ク。南部光臣及管理局技師和田及ヒ山崎四男六在リ。
南部大正九年度ニ於テ箱根附近ノ御料林ニ接スル故諸戸清六所有ノ森林九百町歩余ヲ買ヒ上クルコトヲ提議シ山崎カ之ニ反対シ石原モ余リ賛成セス。南部カ之ヲ主張スルヲ以テ其可否ヲ議スル為メ予ヲ加ヘタルナリ。予其地勢ヲ問フ。和田本件ノ稟申書ニ図ヲ添附シ置タリト云フ。
其書正ニ調査課ニ在ルヲ以テ石原、課長杉栄三郎ヲ召ヒ図ヲ持チ来ラシム。杉其書類ハ浅田恵一カ日光ニ持チ行キ居レリト云フ。乃チ口頭ノ説明ヲ聴キ予ハ之ヲ買ヒ上クルハ森林経営上ノ便宜ハアルヘキモ必要トハ認メ難ク現今ノ時勢ニ顧ミ御料林ヲ増殖スルコトハ好マレカラストノ理由ヲ以テ之ニ反対シ石原山崎モ之ヲ延ハ［ス］コトヲ主張シ南部ハ九年度ニ於テ之ヲ延ハセハ諸戸ハ之ヲ他ニ売却スヘキニ付之ヲ買上クルコトヲ得サルニ到ルヘシト云フ。予其時ハ現在ノ御料地ヲ併セテ払ヒ下クルモ可ナリト云ヒ、遂ニ其事ニ決ス
南部又御料地ニ孕在又介在スル小面積ノ民有地ヲ買ヒ上ケテ御料地ヲ整理スル案ヲ提出シ居リ。南部ハ九年度ニ於テ其代価六万円ヲ要求シ居リタルニ山崎カ之ヲ削減シテ二万円ト為シ石原ハ全部之ヲ削除セント云ヒ予ハ二万円ニテ整理スルコトニ同意セリ
南部又八王寺［子］ニ造林試験場ヲ設クル為メ地所買上代ヲ要求シ居リ。石原ハ地所ヲ買ヒ入レサルモ御料地ノ内ニ適当ノ処アルヘシト云ヒ南部和田ハ遠隔ノ地ニテハ不便ナリト云フ。予ハ既ニ十二時トナリタルヲ以テ議決スル前ニ辞シ去レリ。蓋シ試験場ヲ設クルコトヽナリタルヘシ
此日石原事務室ニ到リタル処石原在ラス。近藤久敬ノ室ニ到リ石原ノ所在ヲ問フ。近藤、石原ハ波多野敬直ノ室ニ在ルヲ告ク。予乃チ往ク
近藤ノ室ニテ下条康麿ニ遇フ。下条カ法令輯覧追録ヲ贈リタルコトニ付謝辞ヲ述フ
○午後一時頃ヨリ理髪ス。未ダ終ハラス。青沢得三来ル。之ヲシテ理髪ノ終ルヲ待タシム。青沢ハ弁護士試験ヲ受クル為メ本月十日ニ上京シ三崎町森田館ニ止宿シ居ルト云フ
青沢ノ話ニテ朝鮮総督府ノ法務局及ヒ鉄道部ハ高等法院ノ隣元ノ土地調査局跡ニ移転シタルコトヲ聞キタリ。青沢ハ話スルコト三十分許ニシテ去レリ
○午後三時頃永嶋巌来リ訪フ。話スルコト三十分許永島ハ本月九日ニ来訪シ予等カ其日ニ帰京スルコトヲ婢徳ヨリ聞キタル趣徳ヨリ之ヲ予ニ報シタリ
○午後四時後橋爪慎吾来ル
橋爪、松田正之ノ婚儀ハ本年十月頃之ヲ行ヒ度旨松田ノ寡婦ヨリ申出居リタルカ寡婦ハ正之ニ対シ於前ノ住居ハ頼寧子カ引受ケ居ラルヽ故先ツ家ヲ買ヒタル上結婚スルコトニナサヽルヘカラス。家ヲ買ヒ入ルヽマテハ婚期ハ之ヲ定ムヘカラスト云フ趣ニテ正之氏ヨリ頻リニ其事ノ話アリ。自分（橋爪）ヨリ有馬家ニテモ精々家ヲ捜カスヘキモ正之氏モ心掛ケ居ラレ度ト申シ置ケリ。夫レハ寡婦ヨリ前段ノ話アリタルニ付正之氏ヲシテ寡婦ニ対シ家ヲ買ヒ入ルルコトヲ結婚ノ条件トスルハ家カナケレハ結婚出来サルコトヽナル。蜂須賀家ニテハ借家ニテモ差支ナシト云フニ付家ト結婚トハ別ノコトニ致シ度旨ヲ話サセタルニ寡婦ハ家ハナキコトナシ有馬家ニテ捜カシテナキナラハ自分（寡婦）カ捜カサント云ヒタル趣ニニテ寡婦カ捜カセハ価額ニ頓着セサルヘキニ付大畧頼寧君ノ意向ヲ問ヒ一万円前後ナラハ宜シカラントノコトニ付其標準ニテ家ヲ捜カスコトヲ正之氏ニ話シ置タリ。然ルニ正之氏ヨリ八千円計ノ家アリトノ話アリタルカ其家ハ直ニ他人ノ手ニ渡リ更ニ一万円計リニテ転売セラレタル由ナリ。
其後正之氏ヨリ更ニ木戸侯爵所有地内ニ技師某カ自己ノ住居トナス積リニテ建築シタル家アリ之ヲ売却スル趣ニテ其代価ハ一万五千円ナリトノコトナリ、自分（橋爪）ヨリ蜂須賀ノ家職某ニ其話ヲ為シタル処某モ大層之ヲ勧メ一万円ヲ標準トセラルヽ処ニ五千円ノ超過アルモ其超過額位ハ蜂須賀ノ方ニテ如何様ニ処置スルコト出来［得］ヘキニ付是非之ヲ買ヒ入レラレ度ト云ヘリ。依テ頼寧君ニ其話ヲ為シタル処同君モ之ヲ買ヒ入ルヽコトヲ望マレ其代価ニ付相談人全体ニ相談致シ居リテハ又他人ニ買ヒ取ラルヽ恐レアル故兎モ角貴君（予）ニ話シ同意ヲ求メヨトノコトナリト云フ。
予予カ蜂須賀ニ逢ヒタルトキモ同人ハ借家ニテモ差支ナシト云ヒ居リタルモ結局買入ノ必要アルモノニ付之ヲ買ヒ入レラルヽコトハ異存ナシ
然レトモ松田家ノ結婚ニ付テハ結納丈ハ松田家ニテ取計フモ婚儀ハ有馬家ニテ取計フコトヽナリ居リ。殊ニ正之氏ノ住居及生計費ニ付テハ松田ニテハ一切関係セス。総テ頼寧君カ引受ケラルヽコトニ決シ居ルコトハ其砌頼寧君ヨリ聞キ居レリ。松田ニテハ住居ノコトモ生計ノコトモ総テ有馬家ニ一任シ自分（寡婦）ハ何ノ世話モ為サスニ家ヲ買フ迄ハ婚期ヲ定メストハ余リニ我侭ナル申分ナリ。予ハ此事ハ十分頼寧君ヨリ寡婦ニ交渉セラレ一切干渉ケマシキコトヲ為サヾル様取極メラルヽ必要アリト思フ。故ニ家ヲ買ヒ入レラルヽニシテモ松田ヨリノ注文ニ非ス有馬家ノ発意ニテ買ヒ入レラルヽコトニ致シ度ト云フ
橋爪、寡婦ヨリ正之氏ニ対シ蜂須賀ヨリ持チ来ル嫁装ハ総テ松田家ニ運ヒ入レ入用ノ分丈ケ新夫婦ノ住居ニ持チ行ク様ニセヨト云ヒタル由ト云フ。予言語道断ナリ。右様ノ事ヲ為シタラハ品物ハ総テ寡婦カ差押フルコトヽナルヘシ。右ノ如キコトヲ云フナラハ尚ホ一切ノ干渉ヲ杜絶シ置ク必要アリ。
全体寡婦トノ関係ハ有馬秀雄ハ根底ヨリ解決スル積リナリシモ頼寧君カ姑息ノ取扱ヲセラレタル故ドコナテモ面倒ハ残リ居ル訳ナリト云フ。橋爪成程此事ニ付テハ頼寧君カ寡婦ヲ訪フテ十分ニ取極ヲ為シ置カルヽ必要アルニ付其事ヲ頼寧君ニ話スヘシト云ヘリ
橋爪又寡婦ヨリ正之氏ニ対シ正之氏ノ持参シタル公債証書五万円ハ既ニ之ヲ売却シテ株券ヲ買ヒ入レ配当金一万五千円計ハ収入スルコトヽナリ居レリ。正之氏カ寡婦ニ対スル行動宜シケレハ其資産ハ正之氏ニ譲ルモ左モナケレハ他ニ遣ハスト云ヒタル趣ナリト云フ
橋爪又頼寧氏ハ近頃貧民夜学校ノコトニ付大分熱心ニテ（ミドリ）ノ関係モ大分疎遠ニナリ居レリ
然ルニ夜学校ノ費用ハ発起人各自分担ノ模様ニテ頼寧君モ予算ノ農事研究費ノ内ヨリ大分支出セラレ居ル模様ナリ。右ニ付相談人ニ於テ予算ノ目的外ニ支出シタリトノ論アル様ニテハ困ルニ付内々貴君ニ話シ置呉ヨトノ話アリタリト云フ。予夫レハ全体ハ宜シカラサルコトナリ。然レトモ予ハ初メ農事研究費ノ予算ハ真ニ有益ニ支出セラルヽモノトハ思ヒ居ラス。云ハヽ一種ノ道楽費ト考ヘ居ル故夜学校ノ費用ニ充テラレタリトテ彼此云フ考モナシ表面サヘ不都合ナキコトニナリ居ラハ黙過スルコトヽスヘシ。
但シ有馬秀雄カイツゾヤ頼寧君ハ研究費ヲ目的外ノコトニ費用シ居ラルヽト云ヒタルコトアリ。同人ハ之ヲ知リ居ル模様ナリ。同人モ別ニ之ヲ評ク様ノコトハ為サヽルヘシ。夜学校ノ事ニ費用サルヽマテハ尚ホ宜シキモ（ミドリ）ノ父ノ住居ヲ設クルニ付費用ヲ要シタル趣ナルカ其方ニモ幾許カ支出シ居ルヽニハ非スヤト云フ。橋爪其事ハ分ラサルモ幾分カ支出シアルヤモ計リ難シト云フ
橋爪又（ミドリ）ノコトハ一時ハ妾ニテハ本人カ承知セス本妻トナスコトハ出来ズ依テ同人ヲ外国ニ連レ行キ外国ニテ本妻トナス約束ヲ為シ居ラレタルコトハ事実ナル由ナリ
然ルニ洋行モ止メトナリタル故同人父ヨリ頼寧君ニ対シ只今ノ通リニテハ出入モ出来ス困ルニ付何トカ処置セラレ度ト頼寧君ニ迫マリタル由ニテ他ニ相談スルコトモ出来ス一人ニテ非常ニ煩悶シ居ラルヽ模様ナリト云フ。予実ニ馬鹿気タルコトナリ。如何ナル約束アリテモ無駄ナルコト故道理ニテハ困ラサレトモ地位ノ懸隔アル故結局金銭ヲ取ラルヽコトハ覚悟セサルヘカラス。無一物ノ吉之助サヘ四十円ヲ取ラレタル故イヅレ数万円ヲ取ラレズシテハ済マサルヘシ。兎モ角此事ニ付テハ誰モ関係セス当分一人ニテ煩悶セシメ置ク方宜シカルヘシト云ヒ橋爪モ其積リナリト云ヘリ
橋爪又松田ノ家ヲ買フニハ代金ノ支出ニ付相談人ノ同意ヲ得サルヘカラス。正式ノ会議ヲ開カス廻覧ニテ宜シカルヘキヤト云フ。予夫レニテ宜シカルヘシ。予算面収入不足ニ付借入ヲ要スヘキモ実際ハ支出差支ナキヤト云フ。橋爪実際モ借リ入レハ差支アリ
加之正金銀行朝鮮銀行ノ払込ニ付八万円ノ借入ヲ要ス。是モ追加予算ヲ出ス積リナリトテ其案文ヲ示セリ
橋爪又敏四郎ノ結婚問題ニ付先方ノ人ト懇意ナル柴四郎ノ妻ニ面会シタル処同人ヨリモ結婚ヲ勧メ先方ノ親族モ同意ナリトノコトニ付婚約丈ハ致スコトニ決シ其方針ニテ進行スル積リナリ。但シ結婚ハ三四年後ナルヘク婦人モ尚ホ在学中ナル故直ニ結婚スルコトハ出来サルナリト云フ
橋爪又有馬家所有ノ株券ノ内幾分ヲ売却スルコトハ相談会ニテモ承認セラレ居ルカ鐘ヶ淵紡績会社株式ハ只今三百八十円余ナリ。三百九十円ニ達シタルトキ是ヲ売却セント思ヒ居ルト云フ
橋爪又有馬家ヨリ志岐組ニ貸シタル公債証書ハ度々督促シテ漸ク有馬本邸ノ分丈返済セリ。分家ノ分二万円ハ十一月マテ延期ヲ請ヒタル故秀雄氏トモ相談ノ上公正証書ニテ直ニ執行スルコトノ出来ル様ニスルコトノ条件ヲ附ケ十一月マテ延期スルコトニスヘキ旨境豊吉ニ通知シ置タル故多分其事ニ決スヘシト云フ。此事ハ予ノ問ニ対シテ橋爪ヨリ答ヘタルモノナリ
橋爪又伯爵ノ足部ニ皮硬アリ而シテ点々膿ヲ漏ラシ土肥ノ治療ヲ受ケ居ラルヽモ癒ヘサル故近日中ヨリ修善寺ニ行カルヽ積リナリト云フ
予ヨリ橋爪ニ対シ林田ニ面会シタル事細見ヨリ予ニ話シタル篠山町代価ノコト久留米別邸小使給料過少ナルコト瀬ノ下水天宮社司樋口某ニ関スルコト等ヲ話シ午後六時頃橋爪辞シ去レリ
○宮内省ニテ西野秀雄ニ嘱シ文書課ヨリ熟語字典ヲ借リ（三清剣）ノ語ヲ検ス。其成語ヲ出シ居ラス。此成語ハ佩文二百[カ？]韻府ニアレトモ其義ヲ知ラス。故ニ之ヲ検シタルナリ。
姪啓二郎カ剣ヲ愛ス。予ニ其堂ニ名ケンコトヲ請フ。先日郷ニ在ルトキ韻府ヲ閲シ三清ノ字ヲ得タレトモ其義ヲ詳ニスルコトヲ得ス。故ニ名ケ難シ
九月十四日午前安ヲシテ往テ西野英男ヲ訪ヒ西野カ種々周旋シタルコトニ付謝ヲ述ヘ久留米絣一反ヲ贈ラシム
○午後使ヲ遣ハシ金井四郎二藍胎漆器花挿一及同菓子鉢一ヲ贈リ松根豊次郎ニ同盆一ヲ贈ラシム
○午前九時頃鈴木重孝来リ明日ヨリ上野博物館ニ行キ実況ヲ審査スルニ付昨日宮内省ニテ内話スル積リナリシモ他ニ人アリテ其機ヲ得サリシニ付今日来訪セリ。自分（鈴木）ノ友人警視庁ニ在リ其者ヨリ聞ク所ニテハ博物館主事神谷初之助及技手某カ借地人等ヨリ金銭ヲ収受シタル事件アリ。取調ノ結果収賄罪トハナラサルモ官規ニハ抵触スルモノト認メ警視庁ヨリ宮内次官ニ内報シタリトノコトナリ。何カ次官ヨリ聞カレタルコトアリヤト云フ。
予何モ聞キタルコトナシ実況審査ニハ何モ形跡ヲ留ムル様ノコトハ致シ居ラサルヘシ。然シ内心ニ其事ヲ含ミ精密ニ審査スルコトヲ望ムト云フ。鈴木之ヲ諾シ其他雑談ヲ為シ三十分許ニシテ辞シ去ル
○午後一時後四谷税務署ヨリ今日ニ至リ始メテ所得金額決定書ヲ致サシム
○本月十日後毎日雨フル。今夜半ヨリ暴風雨トナル
○午後西野英男来リ物ヲ贈リタルコトノ謝ヲ述ヘ玄関ヨリ辞シ去ル
○九月十五日朝雨尚ホ歇マズ。
○午前七時後昨夜ノ風ニテ倒レタル庭上ノ（コスモス）ヲ起ス
○官報ニテ徴兵事務条例及施行細則ノ改正ヲ発布ス。之ニ依リ安カ為メニ入営延期ヲ出願スル手続ヲ研究ス。之ニ該当スル規定ヲ見出サス。研究ノ結果一年志願兵ニ関スル細則ハ後日之ヲ定ムルコトヽナリ居リ今日ノ官報ニテハ之ヲ知リ難キコトヲ発見セリ
○午前十時後石原健三ヲ其事務室ニ訪ヒ博物館主事神谷某ニ関シ聞込ミ居ルコトナキヤヲ問フ。石原アリトテ警視庁ニテ神谷ニ対シ内偵シタル書類ヲ示ス。予之ヲ一見シタルニ公園内ノ借地人ノ家ニテ飲食シタル位ノ事ナリ。此事ハ警察署長カ屋外演説ヲ上野公園内ニテ為スコトヲ許可シタルトキ神谷ガ警察署ノ不都合ヲ厳シク詰責シタル頃ニ起リタルモノナルヲ以テ其動機ニハ大分疑フヘキ所アリ。然レトモ警察ニテハ関係人ヲ取ヘ居ルヲ以テ其侭ニ看過スル訳ニモ行カス館長ニ話シ之ヲシテ神谷ヲ調ヘシメタル処神谷カ飲食シタリト云ヘ〔ヒ〕タル家ハ其兄ト神谷ト懇意ニテ神谷ノ妻ト其家ノ妻トモ懇意ナリ。右様ノ関係ニテ品物ヲ貰ヒタルコトモアレトモ其返礼モ為シタリト云ヒタル由ナリ。
但シ博物館ニハ幾分ノ弊アルヤハ計リ難シトハ館長モ話シ居リタリ。館長カ就職シタルトキ精養軒ヨリ鰹節ノ箱ヲ贈リ来リ些細ノモノ故之ヲ受ケ置カント思ヒ蓋ヲ開キタルニ其中ヨリ指環ト何カ今一品入レタル故鰹節丈ヲ受ケ他ノ品ハ書附ヲ添ヘテ之ヲ返シタリト云ヒ居レリ。館長（森林太郎）ハ此ノ如キコトニテ神谷ヲ処分スルコトハ不可ナリト幾度モ申シ居レリト云フ
石原又昨日小田原ニ行キタル処山県ハ非常ニ機嫌悪シク宮内省ハ只今ノ様ニテハ困ルト云ヒ実行セサル事ナラハ初メヨリ其旨ヲ明言スレハ宜シキニ自分（山県）ニ対シテハ受合ヒ置ナカラ何事モ之ヲ実行セスト云ヒタリ。其事ハ山県ヨリ平井政遒ヲ宮内省御用掛トナスコトヲ申出シ松方モ波多野モ賛成シタルモ其後ニ侍医寮ニテ反対論アリ今日マテ実行セサルコトヲ不足ニ思ヒ居ルナリ。侍医ノ土谷〔屋〕某ノコトヲ山県ニ悪口シタルモノアル模様ニテ土谷〔屋〕ハ自分（石原）ト同県ニテ自分カ土谷〔屋〕ヲ庇護スル様ノ話シアル模様ナリ山県ヨリ氏名ヲ指シテ話ハナサヽルモ右ノ趣意ヲ含ミテ侍医寮ノ事ヲ批難セリ
自分（石原）ヨリ経済会議員ニ西園寺侯ヲ入ルヽハ至極宜シキカ近来ハ経済問題モ多キニ付平田東助牧野伸顕位ハ之ヲ加ヘテハ如何ト云ヒタルニ山県ハ牧野ガ何ニナルヤトテ全ク話ニナラスト云〔フ〕。予牧野ハ不得要領ノ処カ長所ニテ全体ハ話ノ分ラヌ人ナリト云フ
石原又波多野ハ全体ドースル積リナルヘキヤ何事モ決行セス一事モ決定スルコトナシ其内ニテモ 御健康ニ関スルコト抔ハ急施ヲ要スルコトナルニ是モ放擲シ居リテ実ニ困リタルコトナリ
三浦謹之助ヲ侍医頭ニ任スル積リニテ急ニ帰朝スル様照会シタリ同人ノ帰朝ハ予定ノ事ニテ別ニ其為メニ急キタルニ非サルヤモ知ルヘカラサレトモ帰朝後未タ波多野ヨリ相談シタルコトナカルヘシ。全体同人ヲ御用掛ト為シタルトキハ松方侯ノ考ヨリ出テタルモノニテ松方侯トハ縁故モアル故自分（石原）ハ侍医頭ノコトモ松方侯ヨリ話サスル方便宜ナラント思ヘト波多野ハ自ラ話スト云フニ付其以上勧ムル訳ニモ行カス其侭ニ致シ置タルモ就職ハ中々承諾セサルヘシト云フ。予省員ノ採用ヲ他ニ托シテ交渉スルコトハ面白クハナキモ本人カ承諾セサルトキニ至リ松方侯ニ依頼スルヨリモ初メヨリ依頼スル方体裁モ宜シク結果モ宜シカルヘシト云フ
石原宮内省ノ事ヲ誰レカ山県ニ告ケルヤ分リ難シト云フ。予松方侯ニ話ス方ハ幾分見込モ附キ居ルモ山県公ニ話ス人ハ知リ難シ清浦抔モ一時ハ大分憤慨シ居リタル故時トシテハ話ヲ為スコトモアルナラント云フ。石原、清浦ノ憤慨シタルハ伊東巳代治処分ノ時ナルヤト云フ。予然リト答フ。石原、山県モ松方モ宮内省ノ事ニ付非常ナル不平アルモ相談シテ処分スル様ノコトハナシ。大山公ニ対シテハ山県公ヨリ相談シ居リタルモ松方侯ニ対シテハ話ヲ為ス訳ニモ行カスト云フコトアリト云フ
予公侯トモ不平ハアルモ波多野ニ対シ格別注文ヲ為サヽルハ遠慮シ居ル訳ニ非ス最早波多野ニ対スル厚意カ薄クナリ居ル様ノコトニハ非サルヤト云フ。石原然ルナラント云フ。石原又波多野ハ全体ドースル積リナルヘキヤ本人モツラクモアルヘク又持チ切レサルヘシト云フ
石原又松根ノ事ハ一応事実丈ハ調ヘ置呉ト云フ。予予カ直接ニ調ヘヨト云フヤト云フ。石原然リト云フ。予予カ調ヘテモ本人ハ自白セサルヘシ夫故ニ内端ニテ事実ヲ調ヘ証拠ヲ握リ居リテ調フル方可ナルヘシト云フ。石原松根ノ私行ニ関スル問題ニ非ス此方ハ直接取調フル訳ニ行カス田内モ近日帰ルヘキニ付其方ニテ取調ヘ見ルヘシ君ノ取調ハ松根カ木曽出張中製鉄会社々員ヲ取調ヘタル事ナリ該件ハ南部光臣ヨリ君ノ処ニ持チ出シタルモノナルヤト云フ。予会社々員ノ木曽ニ在ル者ヨリ本社ニ報告シタル書類ヲ南部ニ示シテ話シタルマテニテ正式ニ会社ヨリ南部ニ書面ヲ出シタルニ非ス又南部ヨリモ其書面ヲ予ニ示シテ話シタルマテナリ。予南部ヨリ其書面ヲ借リ置タリ。此事ハ直接予ノ職務ニ関スルヲ以テ予ヨリ取調ヘ見ルヘシト云フ
○午前西野英男先刻松根審査官（豊次郎）ヨリ電話ニテ頭痛ノ為メ今日ハ出勤シ難キ旨ヲ報シ来リタル趣ヲ告ク
○午餐後林恭次郎青山操伊夫伎準一ト内匠寮ヨリ提出シタル弁明書ニ付会議ヲ開ク。伊夫伎ノ主査ニテ入札後ニ随意契約ヲ為シタル件ナリ
○午後三時頃橋爪慎吾使ヲ遣ハシ追加予算書ヲ致シ予ノ捺印ヲ求メシム時ニ予未タ帰ラス使ノ者一寸他家ニ行キ再ヒ来ルヘキ旨ヲ約シテ去リタル由。四時頃使ノ者復タ来ル乃チ予算書ヲ捺印シ収入ノコトヲ議案ニ加フヘキ旨ノ小書ヲ添ヘテ之ヲ返ス
○午後内子三越呉服店ニ行キ朗子ノ衣ヲ買フ
○九月十六日午前十一時後金井四郎予ノ事務室ニ来リ貴官ノ金沢行ハ同処ニ宿セサルナラハ殿下ノ官務アル日ニテハ面謁セラルヽモ余リ早卒ナルヘシ。故ニ本月二十三日夜出発二十四日午前ニ金沢ニ着セラルヽコトヽナサハ二十四日ハ秋季皇霊祭ニテ殿下モ休暇アル故直ニ面謁セラルヽコトヲ得ヘシ。二十一日ヨリモ二十三日ノ方便宜ナルヘシト云フ。予其事ニスヘキ旨ヲ答フ
金井又殿下洋行ノトキハ宮内省ヨリ其費用ヲ支出スルナラントハ思フモ念ノ為大臣次官ノ意向ヲ聞キ置キ呉ヨト云フ。予次官ノ意向ハ之ヲ聞クモ何ノ効モナシ。十八日ニハ還幸アリ。大臣モ帰京スルニ付予ノ金沢行ヲ二十三日トスレハ其前ニ波多野ニ話スルコトヲ得ヘシト云フ。
金井東伏見宮ノ御洋行ハ宮内省ヨリ二十六万円ヲ支出シタル由東久邇宮殿下ノ洋行ニ付宮内省ヨリ費用ヲ支出スルコトニナラハ多分金額ノ参考トシテ東伏見宮ノ費用ノ過不足ヲ問合ハスルコトナラント思ハルヽ故問合アリタルトキハ東伏見宮附事務官高橋某ヨリ余リハナキモ格別不足モナカリシ旨ヲ答フルコトニ答申スルコトニ打合セ置タリト云フ。
予東伏見殿下ノ洋行ハ公式ノ使命ヲ帯ヒラレタルモノニテ東久邇宮殿下ノ留学トハ全然異ナル故右ノ如キコトヽ同様ノ支出ヲ望ムハ不当ナリ。先年来皇族留学ノ例ハ幾許位ノ費用ヲ出シアルヤト云フ。金井一年二万五千円位ナラント云フ。予物価騰貴ノ為メ増額ノ必要アルヘキモ大体ハ其方カ標準ナルヘシト云フ
金井金沢ニ在ル隈岡邦彦ヨリノ書状ヲ示ス。其書第一段ハ第三期検閲ノトキ殿下ノ大隊ハ抜群ノ成績ニテ連隊長ヨリ特ニ之ヲ称揚シタルコトヲ報シ第二段ハ殿下東京御転勤ノコトヲ金井ヨリ参謀総長ニ内談シテハ如何トノ趣旨ヲ申来リタルモノナリ
金井又自分（金井）モ本月二十五日頃ヨリ金沢ニ行クコトヽナルヘキ旨ヲ話シタリ
○午前十時後ヨリ林恭次郎ガ提出シタル帝室林野管理局札幌支局ノ実況審査報告書ニ付審査官会議ヲ開キ午後二時後ニ至リ終了ス
○午後三時頃松根豊次郎ヲ召ヒ同人カ木曽支局ノ実況審査ニ行キタルトキ木曽電気製鉄会社社員稲山常吉ニ面会シ同社主事内藤敬信ニ面会セントシテ果サス同人ト電話ニテ鉄道敷設ノ事ヲ談シタル状況ヲ問フ。松根答フル所アリ。
予林野管理局カ製鉄会社ヲシテ鉄道ヲ敷設セシメ之ヲ宮内省ニ受領セントスル契約ニ付テハ予等モ初ヨリ懸念シ且今後ノ事モ懸念シ居リ。其点ハ全ク君ト同感ナリ。然レトモ君カ其事情ヲ知ル為メ管理局職員ノ答ニ満足セス会社員ニ対シ直接取調ヘタルハタトヒ強制シタル事実ナキモ正当ノ職権ト云フコトヲ得ス。既ニ此事ニ付他ヨリ予ニ対シテ云々シタル人アリ。其方ノ言ノミヲ信スル訳ニ行カサル故一応君ニ問ヒ質シタル訳ナリ
君ハ長野県庁ニモ行キタル趣ナルガ事実ナルヤト云フ。松根然リト云フ。予誰ニ面会シタルヤ。松根知事ニ面会シ知事ヨリ土木課長ヲ紹介シテ之ニ面会セリ。土木課長ノ話ニテ会社カ契約ヲ履行セサレハ水力電気ノ許可ヲ取消ス旨ノ話ヲ聞キタリト云フ
予君ノ話ハ一ト通リ了解セリ。概略ニテ宜シキ故此事ニ付君カ稲山及内藤ト交渉シタル事実ヲ筆記シテ提出セヨト云フ。松根県庁ノ関係ハ記載スルニ及ハサルヤト云フ。予其事ハ略シテ差支ナカルヘシト云フ
予松根ニ対シ県庁ニ行キタルヤヲ問ヒタルトキ運送人ニモ面会シタリトノコトナルカ如何ト云ヒタルニ松根、名古屋大坂〔阪〕ノ運送人ニ面会セリト云フ
○内子小包郵便二個ヲ隆ニ送ル
○予カ家ニ帰リタルトキ草場林五郎ノ妻コト来リ内子ト話シ居レリ。予モ之ト話スルコト少時コト九谷焼茶碗二個ヲ贈ル
○九月十七日午前十時前上省ノ次牛鳴坂ノ下ニテ予ノ人力車ト他ノ自転車ト衝突シ車夫倒レ予モ車ヨリ堕ツ。微シモ傷ク所ナシ。十一時頃ニ至リ内子電話ニテ車夫ノ家人ヨリ之ヲ聞キタル由ニテ予カ無事ナルヤ否ヲ問フ
午前十時後石原健三予ノ事務室ニ来リ君モ多分聞知シタルコトナルヘシ。昨年頃西園寺公望平田東助平山成信ヲ御学問所出仕ト為ス内議アリ。其頃波多野敬直ハ山県ニ対シ此事ハ西園寺カ仏国ヨリ帰リタル後ノ事ニシタシト云ヒ置タル処本月十四日自分（石原）カ小田原ニ行キタルトキ山県ヨリ御学問所出仕ノ事ハ西園寺ガ帰ルマテトノコトナリシカ最早西園寺モ帰リタルニ之ヲ実行セサルハ何事ナルヤト云フニ付平山ハ他ト比較シテ不権衡ナル嫌アリト云ヒタルニ山県ヨリ自分（山県）ハ人ヲ定メテ云フニ非ス平山カ不適当ナラハ他ニ選ヒテ宜シキニ非スヤ。波多野ハ反対ナラハ初メヨリ其旨ヲ明言スレハ宜シキニ之ヲ実行スルト云ヒ置ナカライツマテモ等閑ニ付スルハ不都合ナリ。此事位ハ速ニ之ヲ実行シテ宮内省ノ信用ヲ保ツ様ニセサルヘカラストノ話アリ。
初メハ奨学ノ目的ノ為メノ様ナリシモ山県ノ考ヘニテハ奨学ニ止マラス君徳輔佐カ主タル目的ノ様ナリ。兎ニ角此事テモ実行シテ元老ノ非難ヲ緩和スル必要アリト思フガ御学問所出仕ト云ヒテハ余リニ陛下ニ接近シ過キル嫌アリ奨学院ト云フモ文部省ノ職権ト抵触スル様ナリ。何カ適当ノ工夫ナキヤ。又平山ニ代ハルヘキ適当ノ人ナキヤ。平山ヨリ牧野伸顕ノ方カ宜シカラント思ヘトモ牧野ハ所詮山県ノ同意ヲ得ル見込ナシ。又平山ノコトハ松方ノ推薦ニテ之ヲ代ユルコトハ牧野ナラハ格別他ノ人ニテハ松方カ承諾セサルヘシ。何カ工夫ナキヤト云フ。
畢竟屋上屋ヲ架スルモノニテ面白クハナシ。西園寺ト平田トアレハ止タ平山丈ヲ用フルヨリモ異リテ格別ノ非難モナカルヘキモ不権衡ナルニハ相違ナシ。名称ハ西園寺平田等ヲシテ考ヘシメテハ如何ト云ヒタルニ石原夫レニテハ仰山ナル名称ヲ持チ出スヘシ。御学問〔所〕出仕モ平田ノ考ナリト云フ
予西園寺ハ明治天皇ノ御事蹟編纂ノ総裁ニモ任セラルヽ訳ニ非スヤ。波多野ハ西園寺ヲ総裁ト為ス旨ノ話ヲ為シタルコトアリト云フ。
石原、波多野ハ其考ナリシモ山県ハ是非トモ末松謙澄ヲ総裁トナサヽルヘカラスト云ヒ居リ是モ非常ナル難問題ナリ。初局ヲ置タルトキ波多野ハ末松ヲ総裁トナス筈ニテ本人ノ承諾ヲ得タル後ニ至リ山県ヨリ御事蹟ハ末松ヨリモ先帝ニ近侍シタル人ヲシテ編纂セシメサルヘカラストテ土方ヲ推シタル故波多野ハ当時非常ニ当惑セリ。其時ハ末松モ大ニ憤慨シ山県ニ対シテ激烈ナル書状ヲ贈リテ不平ヲ唱ヘタルコトアリ。其書状ハ伊東巳代治カ自ラ之ヲ作リタリト云ヒタルコトアリ。山県モ彼ノ書状ハ之ヲ保存シ居ルト云ヘリ。右様ノ事情アル為ナルヘキカ此節ハ山県ハ是非トモ末松ヲ総裁ト為スヘシト云ヒ居レリ。先年末松ヲ排斥シタルトキモ波多野ヨリ陛下ノ御意ヲ伺ヒタル上ト云ヘハ勿論反対セサルモ単ニ波多野一己ノ考ト云ヒタル故意見ヲ述ヘタリト云ヒタルコトアリト云ヘリ
予石原ニ対シ御学問所出仕ニ代フルニハ麝香間錦鷄間ト云フ如キ間ヲ設ケ其出仕トシテハ如何。錦鷄ノ間モ新設ノモノニハ非サルヤト云ヒタルニ石原左ニ非スイツレモ古来アリタル名称ナリ。右ノ二間ノ外ニ今一ツ〔原文空白〕ト云フ間アリタルカ是ハ前関白及皇族ノ祗候スル所ニテ其名ハ余好過キルナリト云フ。
予然レトモ此節ノ人ハイツレモ優遇セラレ居ル人ナル故好過ルコトモナカルヘシト云フ。石原尚ホ考ヘ置呉ヨト云フ
予石原ニ対シ松根豊次郎ニ対シ木曽出張中松根カ製鉄会社員ニ対シテ為シタル行動ヲ一ト通リ取調ヘ書面ヲ出スヘキ様命シ置タルコトヲ話シ松根ニ対シテハ君カ社員ヲ取調ヘタルコトハ例ヘハ君ト社員トノ関係ヲ取調フル為メ予ガ社員ニ対シテ君ノコトヲ取調フルト異ナルコト職権上為スヘカラサルコトナリト云ヒ置タル旨ヲ話シ置ケリト云ヒ置タリ
石原カ末松ヲ編纂局総裁ト為スコトノ話ヲ為シタルトキ予ヨリ末松ヲ総裁トスレハ金子カ副総裁トナリ居ル訳ニ行カサルヘシト云ヒタルニ石原夫レハ勿論、金子ヲ罷ムル積リニテ之ヲ罷メシムルコトハ清浦カ受合ヒ居レリ。金子ハ維新史料編纂局ノ総裁ヲ為シ居ル故一方ハ罷メテ差支ナキ訳ナリト云フ
○午後五味逸平来リテ林恭次郎ト話ス。予五味ニ対シ法制局ニテ法規整理ヲ為シ居ル趣ナルカ宮内省関係ノ法規ハ如何ナル方針ニテ調査シ居ルヤヲ問フ。五味明治十八年以前ノ法規ノミハ未宮内省トノ区別ナキ故其分ノミヲ調査シ居レリト云フ
○午前十時後松根豊次郎昨日命セラレタル書面ハ是ヨリ浄写シテ差出スヘシト云フ。予之ヲ諾ス
○午前十一時頃西野英男ニ嘱シ明日両陛下還幸還啓ノトキ上野停車場ニ奉迎スル為メ宮内省自動車ニ乗ルコトヲ調度寮ニ交渉セシム。西野調度寮ニ交渉シタル処明日ハ屹度間ニ合ハスヘシ午後マテニ委細ヲ通知スヘシトノコトナリト云フ
○午前十一時後松根豊次郎製鉄会社員ト面会シ又ハ談話シタル顛末書ヲ致ス
○午餐後内匠寮ノ弁明書ニ付審査官会議ヲ開ク
○午後三時前松根豊次郎ガ製鉄会社社員ヲ取調ヘタル事ニ関シ先日南部光臣ヨリ預リ置キタル書類及ヒ松根ヨリ今日提出シタル書類ヲ石原健三ニ渡ス積リニテ其事務室ニ至リタル処石原正ニ波多野ノ官房ノ隣室ニテ会議シ居リタルヲ以テ一応審査局ニ返リ三時後復タ石原ヲ訪ヒ之ヲ致シ且ツ予ガ近日金沢ニ行キ東久邇宮殿下ニ奉候スル積リナルコトヲ話ス
石原殿下ノ成績良好ナルコトノ報告書来リ居レリ之ヲ覧タリヤト云フ。予之ヲ覧ス話ハ之ヲ聞タリト云フ
石原東久邇宮殿下ノコトハ陸軍ニテ頻リニ之ヲ誉ムレトモ朝香宮殿下ノコトハ反対ニテ困ルト云フ。予世ノ中ノ事ハ兎角比較ノ結果右様ノ傾ニナリ易キモノナリト云フ
予又先頃金沢ニテ侍女等ノ間ニ小事故アリタルモ殿下ノ処置ニ因リ直ニ治マリタリト云フ
○安学校ニ行キタルモ気色悪シトテ早ク帰リ来リタル由ナリ
○午後五時頃久徳栄昭来リ訪フ話スルコト三四十分許別段ノ要事ナシ予之ヲ促シテ去ラシム
○午後三時前西野英男ヨリ明日ノ上野行ノ自動車ハ石原健三ト同乗セラルヽコトニ致シ置タル旨調度寮ヨリ申来リタルコトヲ報ス
○九月十八日安学校ニ行カス。気色未タ常ニ復セサルヲ以テナリ
○午前十時三十分ヨリ石原健三、伊藤博邦、近藤久敬ト倶ニ自動車ニ乗リ上野停車場ニ行キ両陛下ノ日光ヨリ還リタマフヲ奉迎ス。停車場ニテ原敬蜂須賀正昭〔韶〕野田卯太郎富井政章二上兵治徳川家達大岡育蔵〔造〕牧野伸顕等ニ遇フ
九月十八日午前ノコトナラント思フ。伊藤博邦予ニ対シ亡父ノ十年祭ニ付朝鮮ニ在リタル人ニ案内セント思ヒ只今人名調査中ナリ出来タラハ一応之ヲ閲シテ漏レ居ル人ヲ補ヒ呉ヨト云フ。予予モ忘レ居ル人アルヘキモ兎モ角之ヲ閲シ見ルヘシト云ヒ置ケリ
蜂須賀先日橋爪慎吾ニ遇ヒ自分（蜂須賀）方ノ家職モ蛎殻町ノ有馬家別邸ニテ橋爪ニ面会セシメタルコトヲ話シ且ツ明日ハ根岸ノ病院ヘ自分ノ三男ヲ入レ居ル者ヲ看ニ行ク故其序ニ松田氏ノ住居ニモ立寄ラントモ思ヒ居ル旨ヲ話ス。予先日橋爪ヨリ話ヲ聞キ松田ノ寡婦ヨリ家買入レノコト嫁装ヲ松田家ニ運ヒ入ルヽコト等ノ注文ヲ為ス趣ヲ聞ケリ。家ハ必要ナルモノナル故之ヲ買ヒ入ルヽハ宜シキモ寡婦ノ注文ニテ之ヲ買ヒ入ルヽコトヽナサス当方ノ考ヘニテ買ヒ入ルヽ様為スヘキ旨橋爪ニ話シ置且荷物ヲ松田家ニ運ヒ入ルヽコト抔ハ絶対ニ不可ナル旨ヲ話シ置タルコトヲ告ク。蜂須賀、娘ニ対シテモ寡婦ノ性行カ普通ナラサル故何事モ軽卒ニ言ハス夫婦ノ間ノ意思ノ齟齬セサル様ニ注意スヘキコトヲ訓示シ置ケリト云フ。蜂須賀又松田正之氏ガ近日更ニ自分方ニ来リ呉ルヽ都合ニナリ居ルト云フ
二上兵治ト平和条約ニ付枢密院ノ審査ノ模様ヲ談シ且帝室制度審議ハ当分休会ナルヘキ旨ヲ話ス二上審議会設置以来三年ニ近キモ皇室令一件モ成立セス余リ緩漫ナルコトナリト云フ
十二時前四人同乗シテ宮内省ニ返ル
○午後一時後女子学習院ハ昨年モ工事ヲ為シタルモ今年実況審査ヲ為スコトハ属官藤野カ多忙ナル為メ実行シ難キニ付来年ニ延ハシ度旨伊夫伎準一ヨリノ話アリ。之ニ決ス
○林恭次郎ヨリ松根豊次郎カ担当シ居ル実況審査ノ中主猟寮ノ分モ未済ナルカ是ハ既ニ松根カ着手シ居ル故同人カ終結スルコトヽナスヘク同人カ未着手ノ大膳寮、皇后宮職ノ分ハ他ニテ分担スルコトハ松根モ寧ロ希望スル模様ナルニ付事務ノ進行ヲ図ル為メ他ニテ分担スルコトヽナシテハ如何ト云フ。予松根ノ意ヲ問フ。異存ナシ。乃チ林ヲシテ大膳寮ノ審査ヲ担当セシメ伊夫伎ヲシテ皇后宮職ノ審査ヲ担当セシムルコトニ決ス
○午後一時後金井四郎来リ宮家園丁某カ五月以来病気ニテ順天堂病院ニ入リ居リ病症ハ肺壊疽ニテ回復ノ見込ナキ故之ヲ解雇シタルコト金沢ニ在ル料理掛ノ女先頃癌ヲ病ミ入院シ居ル処働ハ出来ズ言語計リ多ク評判宜シカラサル故退院次第解雇ノ積リニ付承知ヲ請フコト
永山ヨリ自分（金井）ニ対スル返書イツモ不十分ナル故之ヲ詰リタル処姑ノコト妹ノコト等ニテ神経ヲ悩マシヒステリーヲ起シ居リ書状モ不行届ナリ先日マテハ東京ニ帰ルコトガ楽ミナリシモ此節ハ却テ苦ニナル趣ヲ申来リタルコト
君（予）ノ金沢行ハ本月二十三日夜出発二十四日殿下ニ謁シ一応旅館ニ入リ同日午後七時金沢発ニテ帰京セラルヽコトニ準備致シ置クヘシトノ話ヲ為セリ
○午後二時後頃白根松介来リ日光ヨリ帰リタル挨拶ヲ為ス
○午後三時後橋爪慎吾電話ニテ予ガ既ニ家ニ帰リタルヤヲ問フ。時ニ予未タ帰ラス。婢徳其旨ヲ告ケ橋爪更ニ何時頃帰ルヲ問ヒ徳大抵四時頃ナルヘキコトヲ答ヘタル由。四時後橋爪来リ
松田正之氏ノ結婚ノ事ニ付テハ先日一タヒ話シタルコトアリ。其後自分（橋爪）ヨリ頼寧君ニ話シ頼寧君ヲシテ松田寡婦ニ交渉セシメント思ヒ之ヲ訪ヒタル処頼寧君不在ナリシニ付夫人ニ話シ頼寧君ニ転告ヲ請ヒタル処夫人ヨリ其事ハ頼寧君ハ非常ニ大儀ニ思ハレ居ラルヽニ付必ス困ラルヽコトナラントノ話アリタルモ自分（橋爪）ヨリ一応ハ兎モ角頼寧君ヨリ話サレサルヘカラスト云ヒ置キ翌日更ニ頼寧君ヲ訪ヒタル処既ニ夫人ヨリノ話ヲ聞キ居ラレ種々懸念ノ趣ヲ話サレタルモ自分ヨリ此事ニ付タトヒ寡婦ノ感情ヲ害スルモ差支ナキ旨モ話シ漸ク行クコトニ決心セラレタルモ容易ニ決行セラレス。幾度カ日ヲ定メテ又之ヲ変更シ且寡婦ニ話ス趣意ニ付テモ種々相談セラレタル後漸ク昨十七日寡婦ヲ訪ヒ正之ノ結婚ニ付テハ先般本人ヲシテ話サセ置タル如ク正之ノ住居并ニ結婚費用ハ有馬家ニテ引受ケ松田家ノ世話ヲ煩ハサス又結婚後ノ生計ニ付テモ不足ノ分ハ有馬家ト蜂須賀家ト協議ノ上処置スルコトニ決シタルニ付今日改メテ此事ヲ自分（頼寧）ヨリ話ス旨ヲ述ヘラレタル処寡婦モ感謝ノ意ヲ述ヘタル由。之ニ次キ頼寧君ヨリ住宅ノコトハ精々差急キ穿鑿致シ居ルモ是ハ右ヨリ左ト云フ風ニ速弁スルモノニ非ス。如シ強ヒテ急ニ之ヲ求メントスレハ非常ナル高価ヲ払ヒテ悪キ家ヲ得ル様ナルコトヽナル故万ニ一都合ヨキ家ヲ得サルトキハ已ムヲ得ス借家ニテ間ニ合ハスル様ノコトアルヤモ計リ難シト云ヒタル処此事ニ付テハ寡婦ハ可否ノ返答ヲ為サヽリシ由ナリ。又結婚ノ事ハ有馬家ニテ引受クル以上ハ重大ナル事ニ付テハ寡婦ニ協議シテ処置スヘキモ左モナキコトハ有馬家ト蜂須賀家ト相談シテ取極ムヘキニ付其事ハ承知セラレ度旨ヲ話サレ此事ニ付テハ異議ナカリシ由ナリ。依テ家屋ノコトハ可否ノ返答ヲ為サヽリシモ之ヲ黙諾シタルモノト認メ其積リニテ諸事進行スヘキ旨頼寧君ヨリ話アリタリト云フ
橋爪又鐘ヶ渕紡績会社株券ハ村井銀行ニ托シテ売払フコトヽ為シ一株三百八十五円ナラハ売払フテモ宜シト云ヒ置タルモ銀行ニテ百株ハ三百九十円ニ五十株ハ四百円ニ売払ヒ呉タリ今日マテハ尚ホ四百円ノ価ヲ維持シ居ル故更ニ二百株ヲ売払ハント思フト云フ。予異議ナキ旨ヲ答フ
橋爪又頼寧夫人カ紡績株二十株ヲ所有シ居ラレ頼寧君カ之ヲ売払フコトヲ望ミ居ラルヽモ境氏ヨリモ之ヲ売払ハルヽコトハ宜シキモ其代価ヲ消費セラルヽ様デハ不都合ナリトテ之ヲ止メタルコトアリ。此節モ売払ヲ望マルヽ故自分（橋爪）ヨリ代価ノ処置方ヲ問ヒタル処本邸ニテハ正金銀行ノ新株ヲ沢山引受クルコトヽナリ居ルニ付其内ヨリ分与ヲ受クルコトヲ得レハ好都合ナリト云ハレ自分（橋爪）モ本邸ノ為メ幾分利益ヲ失フモ其位ノ事ハ差支ナカラント思フガ如何ト云フ。予夫レハ差支ナカ〔ラ〕ン併シ新株ハ既ニ本邸ニテ引受ケタルコトヽナリ居ルヘキニ付之ヲ分与スルニハ矢張リ相談会ノ議ヲ経ル丈ケノ手続ヲ為シ置クコトハ必要ナルヘシト云ヒ橋爪其手続ヲ為スヘシト云フ
橋爪又久留米別邸詰職員旅費規則改定案ヲ示シ意見ヲ問フ。予別邸職員ノ旅費ニ付些細ナル区別ヲ設クルヨリモ寧ロ一般職員ノ規則ヲ適用スルコトニ為シテハ如何ト云フ。橋爪再考スヘシト云フ
橋爪又久留米水天宮ヨリ守札代ノ増加ヲ請求シタル事ニ関スル若宮卓蔵細見保ノ書状ヲ示ス。予之ヲ一覧シ此事ハ水天宮信徒総代ノ協議ニテ決定シタラハ夫レニテ宜シカルヘシト云フ。橋爪此事ニ付水野光衛ノ感想ヲ聞キタルニ水野ハ久留米ニテハ久留米ノ守札ナルカ故ニ信者ノ信用アリト思ヒ居リタルモ東京ニテハ少シモ右等ノ模様ナキハ意外ナリ又東京ニテ別ニ守札ヲ作リテハ法規上大層面倒ナルコトテモアル様ニ思ヒ細見等モ其辺ニ懸念シ居タル模様ナリト云ヘリ。然ルニ東京府ニテ取調ヘタル処ニテハ東京ハ久留米ノ分社トハ認メ居ラス随テ東京ニテ別ニ守札ヲ出スハ当然ナリ。是迄久留米ヨリ守札ヲ取寄セ居リタル事実アラハ是ハ単ニ印刷ヲ依頼シタルモノト認ムヘシ。念ノ為メ内務省ノ意向モ問合ハスヘキニ付守札代ノ受取書并ニ守札ノ版ヲ注文シタル書類アラハ之ヲ提出セヨトノコトナリシカ版ノ注文書ハ見当ラス版代ノ受取書ハアリタル故之ヲ出シ置ケリ。内務省ノ意見分カレバ最高庁ノ意見モ確マル訳ナリト云フ
橋爪又只今来年ノ予算取調ヘ中ナル処伯爵ヨリ物価騰貴ニ付手元費不足スル故増額ノ希望ヲ申聞ケラレタリ。
又頼寧君ヨリモ物価騰貴ニ付職員俸給ヲ増ス必要アルヘシ然ルニ財源ノ関係モアル故減員シテ増俸スルコトハ出来サルヤトノ話アリ。自分ヨリ旅行ノ御供等ノ為メ職員ハ差向キ減シ難カルヘシト云ヒ置タリ。
頼寧君ヨリ手元費増額ノ請求アリ。伯爵ニ対シテモ頼寧君ニ対シテモ予算編製ノトキ十分考慮スヘキ旨ヲ答ヘ置ケリ。伯爵ハ豊子抔ハ衣類ヲ作ルコトモ出来スト云ヒ頼寧君モ貞子抔ハ非常ニ困リ居ルト云ハレタリト云フ。予物価騰貴ノ為メ手元費ヲ増加スルコトハ一応ノ理由ハアレトモ伯爵ハ実ハ手元費ヲ支出セラルヽ必要ノコトハ極メテ少ク頼寧君ノ手元費ハ実ハ先年千五百円ヲ増シタルハ芸妓（小鈴）関係ノ費用ナリシナリ。只今ノ額ニテ左程不足ナル筈ハナキ訳ナリト云フ。
橋爪又伯爵ノ理髪費鼻紙代ハ先年病中ヨリノ慣例ニテ表ヨリ支出スルコトヽナリ居レリ。此事ニ付一度自分（橋爪）ヨリ是ハ表ヨリ出シ居ルモ手元費ヨリ出サルルカ正当ナリ併シ之ヲ改ムル必要ハナシトノ話ヲ為シタルコトアリシカ之ヲ記憶致シ居ラレ手元費ヲ増シテ理髪費等ハ手元費ヨリ支出スルコトニ致シ度ト云ハレタリ。理髪費鼻紙代等ハ一ケ月十円余ニテ理髪者ハ蛎殻町ヨリ呼寄セ一度ニハ一円五十銭ナリト云フ
橋爪又先日予ガ追加予算ニ収入ノ記載ナキコトニ付注意シタルコトヲ謝シ予ノ注意ノ如ク記載シ置タルコトヲ告ク
予松田正之ノ家屋買入ハ如何ナルコトニナリ居ルヤヲ問フ。橋爪一万五千円ヨリ幾分カ減額スルコトヲ得サルヤ只今交渉中ナルモ未定ナリト云フ
予今朝上野停車場ニテ蜂須賀正昭〔韶〕ニ逢ヒ松田正之結婚ノコトニ付話シタル事実ノ概略ヲ告ケ置タリ
橋爪又頼寧君カ松田寡婦ト交渉セラレタル事情ハ正之氏モ承知シ居ラルヽ必要アリト思ヒ今日之ヲ告ケ置ケリト云フ
予橋爪ト話シ居ル中橋爪ガ昨夜ハ育英部ノ銓考会ヲ開キタルニ付云々ト云ヒタル故安ヲシテ実藤修作ノ氏名ヲ書セシメ橋爪ニ対シ此者ノ貸費願書アリタルヤト云フ。橋爪書類ヲ捜シタルニ其氏名ナシ。依テ安ニ今期ノ銓考会ハ既ニ済ミタル趣ヲ実藤ニ通知スヘキコトヲ命シ置タリ
○橋爪、伯爵ハ今日ヨリ修善寺ニ行カレタルコト、
伯爵ノ手元ニハ紡績株五十株定期預金五千円許アルコトヲ話ス
○九月十九日安尚ホ学校ニ行カス
○午前九時前鈞ニ電信ヲ発ス本月九日鈞ニ書留書状ヲ発ス。今日ニ至ルマテ之ヲ受領シタル旨ノ通知ナシ故ニ其達否ヲ問ヒタルナリ
○午前十一時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪フ在ラス
○午前十一時後山辺知春来リ松根豊次郎ノ辞表ヲ致ス。予山辺ニ対シ辞官ノ原因ヲ問フ。山辺私行上ノ事ナリ。貴官ハ之ヲ聞知セラルヤト云フ。予之ヲ聞カサルニ非ス然レトモ未タ之ヲ詳カニセス。但シ先日予ヨリ職務上ノ事ニ付松根君ニ対シ少シク問糺シタルコトアルモ是ハ固ヨリ些細ノ事ナリ。私行上ノ事ニ関シテハ未タ松根君ニ対シテ問ヒ糺ス程ノ心証ヲ得居ラサリシモ松根自ラ決シ辞表ヲ出タシタル上ハ無事解決スルコトナラント云フ。
山辺成ルヘク速ニ免官トナル様取計ヲ請フト云フ。予此事ニ付予ガ未タ大臣ノ意向ヲ知ラサル故確言スルコトハ出来サルモ本人ノ自決ニ因リ解決スルコトハ多分大臣モ希望スルコトナラント思フ。本人ハ如何ナル都合ニテ辞表ヲ出シタルヤト云フ。山辺云ハヽ爪腹ヲ切ラセタルナリト云フ。予直ニ大臣ニ辞表ヲ出シテ速ニ処置スル様話スヘシト云フテ大臣ヲ其官房ニ訪フ
波多野正ニ食堂ニ在リ。予食堂ニ行キ食後急ニ話シ度事アリ食事済ミタラハ通知シ呉ヨト云ヒ石原健三ヲ其事務室ニ訪ヒ松根ノ辞表ヲ示シ波多野ノ食事後話ヲ為スコトヲ約シ置タリ。後刻更ニ来ルヘシト云フテ局ニ返ル。
吉後刻来リ話スルコトヲ約ス十二時後小原吉来リ後刻話シ度事アリト云フ。予大臣ニ面会スルコトニ約シ置キタリ其後ナレハ差支ナシト云フ
一時頃波多野ヲ其官房ニ訪フ。石原亦来ル。予松根ノ辞表ヲ示シ速ニ免官スルコトヲ望ミ且辞表ニハ医師ノ診断書ヲ添付スル旨ヲ記載シ居ルモ其添付ナシ。後ヨリ追完スル由ナリ。又松根ハ式部官ノ兼官アル処予ヨリ式部職ノ方ニハ何事モ話シ居ラサル故総務課ヨリ通知セラレ度ト云フ。大臣次官之ヲ領シ速ニ処分スヘシト云フ
○午後一時後各部局ヨリ提出済ニ係ル証憑書類ノ貸渡ヲ請求スルトキハ主任嘱限リニテ之ヲ貸渡ス慣例ナル処貸付中書類ヲ加除シタル疑アルモノアリ。自今一切之ヲ貸渡サヽルコトヽ致シ度トノ議ヲ伊夫岐準一ヨリ提出ス。予部局長官ヨリ書面ヲ以テ借用ヲ申来リ差支ナキトキハ之ヲ貸渡スコトニシタラハ宜シカラント云ヒ其事ニ決ス
吉来リ松根豊次郎ヲシテ辞職セシメタルコト談ス○午後二時後小原吉来リ。今朝ヨリ山辺知春ト倶ニ松根豊次郎ヲ北白川宮邸ノ楼上ニ招キ其山尾三郎妻ニ私通シタルコトヲ責メ此上ハ社会ヨリ存在ヲナクスルコトヲ務ムルヨリ外致方ナキ旨ヲ懇ニ説諭シ漸ク辞表ヲ書カシメ自分（小原）ヨリ取次キテ君ニ提出セント思ヒタルモ朋友ト云フノミニテハ面白カラサル故宮家ニ同勤ノ関係アル山辺ヲシテ提出セシメタル次第ナリ。君ハ既ニ事実ヲ聞知シ居リタルヤト云フ。
予幾分之ヲ聞キ居リタルモ確カニ之ヲ知ラサリシカ本人ヨリ辞表ヲ出シタルハ好都合ナリ。大臣モ速ニ処分スヘシト云ヒ居リタリト云フ。小原成ルヘク速く免官シ原因カ他ニ聞ヘサルコトヲ望ム
山尾ノ話ヲ聞キ其忍耐ニハ実ニ同情セリト云フ。予此関係ハ昨今ノ事ニ非サルカ如シト云フ。小原五年計リ前ヨリノコトナルヘシ
松根ハ山尾ノ妻カ離婚トナリタルコトハ自分（小原）話ヲ為スマテ知ラサリシ模様ナリト云フ。話スルコト二十分許ニシテ去ル
○午餐後証憑書類貸渡手続ノコトヲ議シタル後予ヨリ林恭次郎等ニ対シ松根ハ暫ク欠勤スヘキニ付同人ノ担当シ居ル主猟寮ノ実況審査ハ他ニテ担当シ呉ヨト云ヒ青山操ヲシテ之ヲ担当セシムルコトヽナセリ
○午後三時頃波多野ヲ訪ヒ松根ノ免官ハ今日決行スルヤヲ問ヒ石原健三モ其室ニ在リ明日トナルヘシト云フ
○予局ニ返ルトキ白根松介ヲ其事務室ニ訪フ。白根、松根ノ辞表ハ如何ナル原因ナルヤト云フ。予辞表ノ文字ノ通リニ解釈セラレ度松根ハ式部官兼任ナルニ付辞表聞届前式部職ニモ一寸通知スル必要アリト思ヒ大臣次官ニ話シタル処夫レニ及ハスト云ヒタルモ通知ハ致シ置ク方可ナルヘシト云フ。白根其事ニ取計フヘシト云フ
三時後近藤久敬予カ事務室ニ来リ松根辞表ノコトハ承知シ居ルヤト。予承知スル旨ヲ答フ
白根来リテ式部職ニハ電話ニテ通知シタルコトヲ報ス。少時アリテ又来リ辞表ハ明日大臣ノ決ヲ採リ上奏スルコトニ取計フヘキ旨ヲ報ス
○午後一時後林恭次郎ノミニハ単ニ松根カ辞表ヲ出シタルコトヲ告ケ置タリ
○午後七時後内子ト倶ニ赤坂通ニ行キ浴場（ホース）及日除用（トタン）張リ金ヲ買フ
○午後五時後橋爪慎吾ヨリ電話ニテ昨日協議シタル久留米別邸管内ノ旅費規則ノコトハ一般ノ旅費ト区別スル方相当ナルヘシトノ意見多ク今日有馬秀雄来リタルニ付之ニモ相談シタル処是モ区別論ニ付先日ノ案ニ少修正ヲ加ヘテ議案ト為シ送付シ置タル故同意ヲ請フト云フ。予之ヲ諾ス
予伯爵ハ何日頃帰京セラルヽヤト問フ。橋爪来月一日頃ノ予定ナリト云フ
○今日午前十時頃鈞十四日ノ書達シ本月九日予ヨリ発シタル書留書状達シタルコトヲ報シ来ル
○九月二十日午前七時後鈞昨十九日午後二時発ノ電信達ス。電信ハ予ノ昨日ノ電信ニ答ヘ予ヨリ本月九日ニ発シタル書留書状ハ之ヲ受領シタル上十四日ニ其旨書状ヲ以テ報シタルコトヲ通知スルモノナリ
○午前八時頃日除用（トタン）ノ張金ヲ張ル
○午前十一時前林恭次郎ヲ召ヒ松根豊次郎カ調製スヘキ林野管理局木曾支局ノ実況審査復命書ノ調整方ヲ協議ス
○午前十一時前白根松介ヲ訪フ。在ラス。近藤久敬ノ事務室ニ到リ松根豊次郎ノ免官ハ今日発表スルヤヲ問フ。近藤今日発表スヘキ旨ヲ答フ
○午前十一時後白根松介、総務課員某ヲ遣ハシ松根豊次郎ノ免官ハ今日発表後刻其辞令書ヲ送致スヘキ旨ヲ告ケシム。少時某来リ。辞令書ハ二通ヲ致ス。予某ニ対シ北白川宮御用掛ヲ免スル辞令ハ本局ニ関係ナキモ本局ヨリ之ヲ本人ニ致シテ差支ナキヤト云フ。某慣例然リト云フ。予乃チ之ヲ受ケ西野英男ニ交シ之ヲ松根ニ致サシム
○午前十一時後白根松介来リ。松根免官辞令ハ受領シタルヤヲ問フ。予之ヲ受領シ既ニ発送ヲ西野英男ニ命シ置タリ。松根ノ辞表ニハ医師ノ診断書ヲ添附スル旨ノ記載アリタルモ添附ナカリシニ付予ヨリ次官ニ其旨ヲ話シタル処総務課ニ於テ追完セシムヘキ様ノ話アリタリ。君ノ方ニテ取計ヒ呉ルヽヤト云フ。白根辞令ハ既ニ発送シタリヤト云フ。乃チ西野ヲ召ヒ之ヲ取調ヘシメタル処文書課ニテ使ヲ出シタル旨ヲ報シ来ル。乃チ白根ニ対シ診断書追完ノコトハ君ノ方ニテ取計ヒ呉ヨト云フ。白根之ヲ諾ス。
此時予白根ニ対シ先刻総務課属官某カ松根免官ノ辞令ヲ持チ来タル処北白川宮御用掛ヲ免スルノ辞令アリ御用掛ノコトハ審査局ニハ少シモ関係ナキ故其旨ヲ某ニ告ケタル処本人ヲ呼出サスシテ辞令ヲ交附スルトキハ所管部局長官ニ送付シ他ニ辞令アレハ之モ併セテ送付スルハ従来ノ慣例ナリト云フニ付御用掛ヲ免スル辞令モ当局ヨリ本人ニ送付シ置ケリト云フ。白根右ノ如キ慣例ニナリ居レリト云フ。予白根ニ対シ辞職ノ原因ハ既ニ之ヲ聞知アリヤト云フ。白根畧之ヲ聞キタリ残念ノコトナリト云ヒ
且松根ニ対スル恩賜ノ取調ヲ為ス積リナルカ何カ意見ナキヤト云フ。予別段ノ意見ナシ本人ヨリ辞表ヲ提出シタル故表面ハ何事モ済ミタルヲ以テ相当ノ恩賜アラハ目立タスシテ済ムヘシ。然シ予ヨリ恩賜ニ付上申書ヲ出ス程ノ必要ナカルヘシト云フ。白根奉職十三年許アル故御紋章附ノ物品ニ賜金アル例ナリト云フ。予然ルヘク取計ヒ呉ヨト云フ
○午前十一時後林野管理局員管内旅費支給方ニ付北海道ノ支局ヨリ出シタル弁明書ニ付林恭次郎早川某ト討論ス
○午後六時後俵孫一来リ。木内重四郎京都府知事在職中贈賄シタル事件近日公判ニ付セラルヽ都合ナルカ右ニ付事件ノ処分ニ付他ヨリ容喙スヘカラサルハ論ナキモ平沼騏一郎、鈴木喜三郎抔ガ事件ヲ外ニシテ木内ニ対シ悪感情ヲ懐キ居ル様ニ思ハルルコトアリ。木内モ其点ニ付苦心致シ居リ。仮令幸ニ第一審裁判ニテ無罪トナルコトアルモ検事総長タル平沼カ悪感ヲ有スル結果検事ヲシテ上訴セシムレハ大阪控訴院ノ検事長小林芳郎ハ元来此事件ヲ起シタル発頭人ニテ罰セサレハ措カサルノ体度ヲ採ルハ必然ナルニ付平沼、鈴木等ノ悪感ヲ解ク手段ナカルヘキヤ。此事ハ木内ヨリ君ニ相談スルコトヲ依頼セラレタル訳ニ非サルモ自分（俵）ハ友人トシテ相談スル次第ナリ。
或［人］ヨリ平沼ニ対シ木内カ数百円ノ金ヲ人ニ遣ハシタリトテ京都裁判所ニテハ大騒キヲ為シ居ルモ自分（木内）ニハ数百円ノ金ハ何デモナシト言ヒタル趣ヲ告ケ平沼ハ木内ハ不都合ノコトヲ言フトテ怒リ居ルトノ話アリ。又木内カ心配ノ余鳩山一郎ニ話シ鳩山ヲシテ其親族ナル鈴木喜三郎ノ感情ヲ和ラケシメントシタルコトアリ。此事ヨリ木内ハ金銭ヲ使用シテ裁判ヲ左右セントシタリトノ風聞ヲ生シタルコトモアリ。旁々本人ハ非常ニ心配シ居ルト云フ。
予実際ハ或ハ事件外ニ感情ノ好悪アリトスルモ其本人ニ対シテ事件外ノ感情ヲ和ラケ呉ヨト云ハヽ一モ二モナク事件外ノ悪感アリトハ云ハサルヘシ。又他ヨリ職務上ノ事ニ付云々セラルヽハ誰レニテモ面白ク感セサルモノニテ其結果ハ却テ不利益ニナルコトナシトモ保セラレス。故ニ成ルヘク平沼鈴木等ト懇意ニシテ且伎倆アル人ヲ選ヒテ弁護人ト為シ之ヲシテ弁護ノ職務上公廷外ニテモ幾分タリトモ木内ノ利益ヲ図ラシムルコトガ得策ナルヘク弁護ヲ担当シ居ル事件ノ事ヲ内談スルハ全体ハ有リ得ヘカラサル事ナルモ平素懇意ノ間柄ナレハ全然其話ヲ為ス機会ナキニモ非サル様ナリ。依テ花井卓蔵江木衷抔ニ弁護ヲ依頼シ其他ニハ別段手段ヲ取ラサル方宜シカラント云フ。
俵如何ニモ其通リナルヘシ。弁護ハ原嘉道ヲ主任トシ之ニ花井卓蔵鵜沢総明ト京都ノ弁護士某ヲ加フルコトヽナシ居レリト云フ。予既ニ依頼シタリヤト云フ。俵既ニ之ヲ依頼セリト云フ。予然ラハ結構ナリ原等三人ナラハ孰レモ申分ナシト云フ
俵ト朝鮮ノ近事ヲ談ス。俵ハ長谷川好道ノ措置最モ拙カリシコトヲ談セリ
俵ヨリ本月二十三日石塚英蔵ノ招宴ニ赴クヤト云フ。予ハ旅行ノ為メ断ハリ置ケリ。全体何ノ為メノ宴会ナルヘキヤト云フ。俵山県伊三郎ノ為メノ宴会ナルヘシ。今日池田十三郎来リテ其様ノ話ヲ為シタリト云フ。予石塚ニ宜シク意ヲ致シ置クコトヲ依頼ス。話スルコト三十分許ニシテ去ル
○九月二十一日午前六時ヨリ内子前橋ニ行キ広津愈ノ病ヲ問フ。愈ノ養子寅雄ヨリ愈ノ病重キコトヲ報スルノ書昨日達シタルヲ以テナリ
○午前八時後ヨリ京橋区南伝馬町二丁目十一番地田村商店ニ行キ山高帽ヲ買フ。価二十五円物価ノ騰貴驚クヘシ
○午前十時後内閣記録課長下条康麿使ヲ遣ハシ大礼記録一部ヲ致サシム。蓋予カ曾テ大礼使参与官トナリシコトアルヲ以テ之ヲ贈リタルナラン
○午後七時前内子前橋ヨリ帰ル
○午後三時頃鋳掛屋某来リ浴場ヲ修ム
○九月二十二日午前八時前金井四郎ニ電話シ予カ明夜ヨリ金沢ニ行クコトヲ告ケ其準備ヲ為シ置クコトヲ嘱ス。金井既ニ準備ヲ為シ終ハリタルコトヲ答ヘ且王殿下洋行費ヲ宮内省ヨリ支出スルヤ否ヲ波多野敬直ニ問ヒ呉度旨ヲ語ル。予之ヲ諾ス
○午前十時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪フ。石原健三正ニ在リ。石原麻布有栖川宮所有地ヲ分割シテ皇族ノ住居ヲ造クルコトノ承諾ヲ求ムルコトヲ波多野ニ相談シ居リ。其理由トシテ東久邇宮御殿モ成ルヘク速ニ建築ニ取掛カルヽ様セサレハ同宮現住ノ麻布御用邸ノ入用差迫リ居ルト云ヒ居ル故予傍ヨリ東久邇宮ハ洋行セラルヽ故不在中ノ建築ハ困難ナリト云ヒタルモ波多野モ石原モ設計サヘ定メ置ケハ不在中ノ方便宜ナリト云ヒ石原ハ朝香宮ノ御殿出来ノ上東久邇宮ガ現住ノ処ヲ明ケ朝香宮ノ現住所ニテモ移転セラルレハ暫クハ猶予出来サルコトモナカルヘキモ左モナケレハ成ルヘク速ニ建築セラルヽ必要アリト云フ。
予朝香宮ノ建築出成スルハ早クモ二三年後ナルヘク其頃ニナレハ東久邇宮モ帰朝セラルヽ頃トナルヘシト云ヒタルモ建築ヲ急クノ意見ハ波多野モ石原モ之ヲ変更セス
予予ガ明日ヨリ金沢ニ行クコトヲ波多野ニ告ケ且王殿下ノ洋行費用ハ当然宮内省ヨリ支出スルコトナルヘシト云フ。波多野夫レハ勿論ナルカ成ルヘク随従者ハ少クスルコトヲ望ム。武官一人属官一人位ニテ可ナラン其ノ費用ハ宮内省ヨリ支出スヘシト云フ。予予モ随従者ハ二人位ニテ宜シカラント思ヒ居ルト云フ
予又先日波多野ヨリ会計審査局ニ松根豊次郎ノ後任ヲ採用スルナラハ他ニ融通ノ出来ル様ノモノヲ採リ度トノ話アリタルカ如何ナル趣意ナルヤト云ヒタルニ波多野ハ書記官等ヲ採ルニイツモ困ルニ付審査局抔ニテ相当ノ人ヲ養成シ置書記官等ニ欠員アルトキハ転任セシムルコトヲ望ムトノ趣旨ナリト云フ。
予モ石原モ伎倆アル人ハ容易ニ得難カルヘシト云フ。石原左程急ヒテ補欠スル必要モナカルヘシト云フ。予審査局ハ是ヨリ最モ多用ノ時期トナル故急カサル訳ニモ非ス尤モ採用シタリトテ急ニ用立ツコトハ出来スト云フ
○王殿下洋行ノコトヲ話シタルトキ石原ヨリ波多野ニ対シ朝香宮モ北白川宮モ洋行ノ希望アリ順序ヲ定メ置ク必要ナキヤト云フ。波多野東久邇宮ノ洋行ハ既ニ内奏シ置ケリ。朝香宮抔ハ他ガ洋行スルナラハ自分モ行カサルヲ得サルヘシ位ノ考ヘニハ非サルヘキヤト云フ。石原左ニ非サルヘシ。頻リニ語学ヲ修業セラレ居ル模様ナリト云フ。波多野初メハ独逸語ヲ学ヒ居ラレタルモ夫ニテハ不可ナル故仏語ヲ学ヒ居ラルヽ所ナリ。北白川宮ハ洋行ノコトガ決シ居リサヘスレハ夫レニテ宜シク急カルル訳ニハ非スト云フコトナリト云フ
○午前十時後西野英男ニ嘱シ内閣記録課長下條康麿ニ書ヲ贈リ其昨日大礼記録ヲ贈リタルコトヲ謝セシム
○午十二時前白根松介来リ松根豊次郎ハ高等官在職十年ナルモ日数少シク足ラス宗秩寮ノ内規ニテハ特旨敍位ノ詮議出来ス。尤モ特別ノ功労アリタル旨ノ書面ヲ添フルノ詮議ノ途アル趣ナルモ此節ハ之ヲ添附スル必要ナカルヘシト思フ。如何ト云フ。予敍位内規ニ適合スルナラハ詮議アリ度モ特別ニ功労ヲ上申スル必要ナカルヘキ旨ヲ答フ
白根又宗秩寮勤務ノ梶田文太郎ヲ松根ノ後任ニ採用スルコトヲ依頼ス
○午前市来政方来リ話ス。別段ノ要事ナシ。安藤則命及安藤則光ノ事抔ヲ話セリ
○午後一時前戸田氏共来リ。松根豊次郎カ主猟寮ノ実況審査ヲ為スコトヽナリ未タ着手スルニ至ラスシテ辞職セリ。イツレ他ノ審査官カ代ハリテ審査スルコトナルヘシ。自分（戸田）ヨリ松根ニ対シテハ十分精密ニ審査シ自分ノ心得ヘキコトハ秘密ニ報告スルコトヲ依頼シ置ケリ。此後審査ヲ為ス人モ自分ヨリ松根ニ依頼シ置タル趣意ヲ以テ審査スル様伝ヘ置呉ヨト云フ。
予話ノ趣意ハ領シタルモ一概ニ秘密ニスルコトハ約シ難シ。背規ノ事ヲ発見スレハ推問ヲ発シ弁明ヲ聞キテ検定スルハ法規ノ命スル所ナリ。但シ公然ノ手続ヲ取ルニ便ナラサルコトアル場合ニ於テ内密ニ貴官ニ話スコトモアルヘシト云ヒ
戸田カ去リタル後戸田ト話シタル始末ヲ林恭次郎ニ告ケ之ヲ主猟寮ノ審査ヲ為スヘキ青山操ニ通知セシム
○午後一時後東久世秀雄廊下ヲ過キルトキ審査局ニ過キリ（サツキ）会ノ費用金二円ヲ出スコトヲ求ム。乃チ西野英男ニ嘱シ之ヲ東久世ニ致サシム
○午後二時前林恭次郎ヲ召ヒ松根豊次郎後任ノコトヲ議シ宗秩寮勤務梶田文太郎ノ履歴書ヲ借リ来ラシメ之ヲ観ル
○時ニ金井四郎来ル。予之ヲシテ暫ク他所ニ待タシム。金井御内議ニ行キタル後復タ来ラント云フ。
予石原健三ノ事務室ニ到リ梶田文太郎ヲ採用スルカ又ハ朝鮮総督府判事堀部広ヲ採用スルコトヲ謀ラントス。石原正ニ森林太郎及ヒ某ト話ス。予石原ト話セスシテ局ニ返ラントシ食堂ヲ過ク。伊藤博邦、市来政方、上野季三郎在リ予亦之ト話ス。伊藤松根辞職ノ事ヲ取計ヒタルコトニ付挨拶ス話スルコト少時ニシテ局ニ返ル
金井復タ来リ予ガ在ラサルヲ以テ宗秩寮ニ行キタル趣ナルヲ以テ西野ヲシテ之ヲ召ハシム。西野金井在ラサルコトヲ報ス。
少焉金井来リ内閣ニ行キ居リタルコトヲ告ク。予金井ニ対シ今日波多野石原ト談シタル王殿下洋行費ノコト東久邇宮殿邸建築ヲ急ニスルコトヲ告ケ又予カ明夜金沢ニ赴クコトニ付協議ス。金井一切ノ準備ヲ為シ置タルニ付明夜八時三十分ノ発車ナルモ成ルヘク早ク上野駅ニ行キ呉ヨト云フ。予予ガ殿下ニ献スル菓子ハ既ニ整ヒ居ルヤヲ問フ。金井既ニ出来居ルヤ否ハ知ラサレトモ長崎ノカステーラト粽トヲ注文シ置ケリ代価ハ二十円四十銭ナリト云フ。
金井又貴官カ王殿下ニ謁セラルヽトキ洋行費及建築ノコトハ殿下ニ言上セラレ度ト云フ。予之ヲ諾ス
吉ト話ス 小児ヲ轢殺ス 松根豊次郎ニ関スル話○午後三時頃予復タ石原健三ノ事務室ニ行ク。石原在ラス。小原吉在リ。小原今日宮内省ノ自動車カ誤テ他家ノ小児（四歳）ヲ轢殺シタルコトヲ話ス。石原カ返ラサルヲ以テ予将ニ局ニ返ラントシ小原松根豊次郎ノコトヲ話シ在官日数僅ニ不足ナリシ為メ特旨敍位ノ詮議出来サリシコトヲ語ル。小原松根ニハ敍位ノ必要ナシ。御紋附ノ器物モ下賜セラレサルコトヽナリタル由。自分（小原）モ同意ナリト云フ。
予予ハ白根ニ対シ松根ニハ総テ成規ノ通リニ取扱ハシタラハ宜シカラン成規ニテ出来ルコトヲ故ラニ止メタラハ目立チテ却テ宜シカラサラント云ヒ置タリト云フ。小原自分モ同様ノ考ナルモ成規ニテハ御紋附ヲ賜ハリテモ宜シキモ是ハ次官カ止メタル由其方カ宜シカラント云フ
吉梶田文太郎ヲ採用スルコトヲ望ム小原又梶田文太郎採用ノコトヲ依頼ス。予将ニ局ニ返ラントス。小原亦倶ニ廊下ヲ歩ス。予梶田ノ性行ヲ問フ。小原遂ニ予カ室ニ入リ先頃梶田ヲ地方ニ出シテ高等官トナス積リナリシ処本人ガ断リタル為メ其侭トナレリ。梶田ハ現在ニテハ温循過キル嫌アルモ是ハ余程境遇カ然ラシムルコトナリト云フ
小原又先日鎌倉ニテ松方ニ逢ヒタルトキ宮内省ノ現状ニ付松方ヨリ不平談ヲ為スニ付自分（小原）ヨリ現任大臣ヨリ適任者ハナカルヘシト云ヒタルニ松方ヨリ何ヲ以テ云フヤト云フニ付現任大臣ハ両陛下ノ御親任厚ク何事モ御腹蔵ナク大臣ニ御沙汰アリ又御性行ヲ知ルコトモ大臣ニ若クモノナカルヘシト云ヒタルニ松方ハ然ラハ是カ最適任ト思フヤト云ヘリ。
自分ヨリ前述ノ点カ適任ト思フ訳ナリト云ヒタルニ松方ヨリ自分（松方）是迄ドレ丈注文シタルカ分ラスイツモ不同意ノコトナリ至極宜シカラント云フ丈ケニテ一事ニテモ実行シタルコトナシ。一例ヲ挙ケレハ自分（松方）ハ俸給ヲ頂戴シ居ルカ俸給中ヨリ恩給金額ヲ控除シテ渡サルルハ実ニ不快ヲ堪ヘス寧口俸給ヲ頂戴セサル方カ宜シキ位ニ感スル故其事ヲ大臣ニ話シ大臣モ之ニ賛成シ居ルモイツマテ立チテ何等ノ処置ヲ為サス何事モ此通リナリトノ話ヲ為セリト云フ
予予モ此話ハ聞キタルコトアリ。大臣モ改正ノコトヲ望ミ次官ニハ催促シ居ル模様ナルモ今日マテモ其侭ニナリ居レリ。兎モ角決断ナキハ事実ナリ。然シ是カ波多野ノ長所トナル訳ナルヘク田中問題抔ハ時日ノ経過ノ力ニテ解決シタルモノナリ。但何事モ此方針ニテ解決セントシテハ困ルコトナリト云フ。小原話スルコト三十分余ニシテ去ル。時正ニ四時ナリ
○小原又戸田氏共ガ主猟寮ノ実況審査ノコトニ付相談シタルヘシト云フ。予然リト云フ。小原先刻戸田ヨリ相談シテ宜シカルヘキヤト云フニ付差支ナキ旨ヲ答ヘ置タリト云フ。予戸田ニ答ヘタル概畧ヲ告ク。小原戸田カ秘密ト云ヒタルハ些細ノコトニテ摘セラルル程ノコトニ非サルモ心得ニナルコトハ話シ呉ヨトノ趣意ナリシナラント云フ
○九月二十三日午前七時後安、前田珍男子ヲシテ眼ヲ治療セシムルコトヲ謀ル。予之ヲ諾セス
○午前十時後石原健三ヲ其事務室ニ訪ヒ審査官ノ補欠ハ朝鮮ヨリ之ヲ採レハ相当ノ人ナキニ非サレトモ宗秩寮ノ梶田文太郎カ久シク沈滞シ居ルニ付之ヲ採用スル方宮内省ノ為メニ便宜ナラント思フ旨ヲ談ス。石原之ヲ望ム旨ヲ答フ。石原松田正之ノコトモイツレ何トカ話ガ出テ来ルヘシト云フ。予既ニ土岐某ヲ本省ニ取リタル以上ハ松田モ本省ニ入レテ差支ナシト云フ。石原土岐ハ大学ヨリノ推薦アリタル為メ之ヲ採リタリト云フ。予大学ヨリノ推薦ト云フモ山田三郎〔良〕一人ノ推薦ナラスヤト云フ。石原山田ノ推薦カ乃チ大学ノ推薦ナリト云フ。予イツレニシテモ試験ニ合格セサル者ヲ採ル以上ハ誰彼ヲ区別スヘキ謂ナシト云フ。石原然ラス試験合格スヘキ実力アル者ナレハ試験前ニモ之ヲ採ルハ当然ナリト云フ。
予予ハ先年松田ノ事ヲ相談シタルトキ松田ハ試験ニ合格シ居ラサル故之ヲ採リ難シトノコトナリシ故君ノ方針ハ単ニ試験ニ合格シタルモノヲ採ルモノト考ヘ居リ。先般君カ試験ニ合格セサル土岐ヲ採リタル故君カ方針ヲ改メタルモノト思ヒ之ヲ喜ヒ居リタリ。而シテ此事ハ予一人此ノ如ク思ヒ居ルノミナラス誰レモ予ト同様ニ思ヒ居レリト云フ。石原夫レハ誤解ナリ自分ハ既定ノ方針ノ通リ実行シタルモノナリ。実力アル人ニテモ試験ニ合格シタル上ニ非サレハ之ヲ採用セスト云ヒテハ誰レモ来ル人ハナキコトヽナル故見込アル人ナラバ試験前ニテモ之ヲ採ルハ当然ニテ土岐ヲ採リタルコトニ付非難アルハ意外ナリト云ヘリ
予局ニ返ルトキ廊下ニテ仙石政敬ニ遇フ立ナカラ梶田ヲ採用スルコトハ差支ナキヤト云フ。仙石、総裁ニ話シ総裁ヨリ貴君ニ相談シ貰ハント欲シ居ル所ナリト云フ。予今暫ク本人ニハ話スコトヲ見合セ置クヘキコトヲ告ケテ別ル
予局ニ返ル西野英男、金井四郎ガ来リタルコトヲ告ケ宗秩寮ニ行キ金井ヲ呼ヒ来ル。金井来リ予カ金沢行ノ日当三百十八円ヲ渡ス。予汽車賃其他ノ立替金ヲ払ハントス。金井右等ノ費用ハ宮家ニテ支弁スル旨ヲ告ク。予然ラハ日当ノ謂ナキ旨ヲ告ク。金井一般ノコトニテ貴官カ之ヲ受ケサレハ自分等ガ困ルト云ヘリ
金井ニ対シ神式ノ式年祭ニハ如何様ナルモノヲ贈ル例ナルヤヲ問フ。金井霊前ニハ鏡餅ヲ贈リ遺族ノ見舞分トシテハ菓子ヲ贈ルコト多シト云フ
○予今朝石原健三ト話ストキ昨日麻布ノ高松宮所有地所分割ノコトニ付承諾ヲ得ルコトノ相談アリ居リタルガ右ハ有栖川宮大妃ノ承諾ヲ得ル訳ナリヤト云フ。石原然リト云フ。予故威仁親王ノ妃ナリヤト云フ。石原然リ故熾仁親王妃ハ柔和ナル方ナルカ威仁親王妃ハ中々強キ方ニテ種々ノ意見アル趣ナリト云フ
○午前十一時後田内三吉来リ安藤信昭ヲ式部官ニ採用スルコトヲ式部長官ニ相談セント欲ス。御同意ナラハ長官ニ頼談セラレ度ト云フ。予固ヨリ之ヲ望ムモ本人ハ未タ全ク世事ニ熟セサルカ之ヲ勤ムルコトヲ得ヘキヤ甚タ懸念ナリト云フ。田内其辺ハ自分（田内）カ保証スト云フ。予然ラハ長官ニ依頼スヘキガ突然之ヲ談スモ不都合ナルヘシ。如何ナル手続ニテ誰レヨリ申込ムコトニ相成リ居ルヤト云フ。
田内渡辺直達ヨリ申出ス事ニナリ居ルニ付一応同人ニ打合セタル上其都合ニテ話シ呉ヨト云フ。予之ヲ諾ス。田内安藤ハ侍従ニトノ希望モアルモ侍従ハ一寸欠員モナク其勤務モ面倒ナル故式部職ノ方宜シカルヘク式部官ノ内ニテモ外国人関係ノ方ニ廻ハサレサルコトニスレハ左程困ル様ノコトナシト云フ。予予モ先年安藤ニ侍従ノ希望アルコトヲ聞キタルコトアリシモ其時ハ不慣ナル人カ側近ニ奉仕シテ失敗スレハ取返シノ附カサルコトナル故当分右様ノコトヲ希望セサル方宜シカルヘキ旨ヲ以テ止メタルコトアリトノ話ヲ為セリ
○午十二時前工藤一記、青山操ト談シ居リ予モ其処ニ到リタル処工藤予ヲ請フテ予ガ室ニ来リ。宮附事務官ノ俸給ハ二号表ニナリ居リ待遇薄ク今後ハ適当ノ人ヲ得難カルヘシ。依テ今日宮附職員会議ノ後二三人残リテ其協議ヲ為シ馬場三郎デモ宗秩寮総裁ニ話シ其内俸給令改正ノ期アル模様ニ付一号表ニ改ムルコトニ尽力スルコトヲ謀ル積リナル故貴官モ其事ニ尽力シ呉ヨト云フ。
予現在二号表トナリ居ルハ事務官ナルカ属官モ同シク俸給令ヲ改ムル必要アルヘシト云フ。工藤勿論ナリト云フ。予現在ノ如キ俸給令ヲ作リタル理由トシテハ宮附職員ニハ官舎アルコト賜金アルコト等ヲ拳クルモ宮附職員ハ執務時間モ長ク気苦労モ多ク官舎ハ必要官舎ナル故俸給ヲ減スル理由ト為スハ不当ナリ。宗秩寮総裁ヨリ其職務ヲ以テ改正ヲ求ムルカ最モ有効ナルヘシト云ヒタルニ工藤ハ其通リナリト云ヒ尚ホ配慮ヲ請フト云ヘリ
○石原健三ヨリ追加予算書類ヲ配布シ来ル。会議ハ廿六日ニテ大木喬任ノ祭日ト抵触ス。依テ内子ニ電話シ既ニ宇佐美富五郎ヲシテ大木ニ贈ル供物ヲ注文セシメタルヤヲ問フ。内子既ニ之ヲ注文シタル旨ヲ答フ。乃チ其侭ニ致シ置クコトニ決ス
○十二時後林恭次郎ニ対シ仙石政敬ニ梶田文太郎ノコトハ宗秩寮総裁ニハ別段ノ照会ヲ為サスシテ直ニ上申シテ宜シキヤヲ問ハシメ又梶田ヲシテ予カ室ニ来ルコトヲ命スルコトヲ告ケシム。仙石総裁ニハ何等ノ照会ナクシテ上申セラレテ差支ナシ。梶田ハ後刻審査局ニ遣ハスヘキ旨ヲ答ヘタルコトヲ報シ来ル
○十二時前伊藤博邦来リ其亡養父博文ノ十年祭ヲ行フニ付朝鮮ニテ博文ノ部下ニ在リ且現今東京ニ住スル者ノ氏名ヲ問フ。予荒井賢太郎、大屋権平、池田十三郎、小松緑、向井巌、永島巌、俵孫一、黒川穣、荻田悦造ヲ拳ケタリ。而シテ後ヨリ考フレハ尚ホ石塚英蔵、佐竹義準、久芳直介ヲ遺シ居リタリ
○午後一時頃梶田文太郎来ル。予之ト話シ其所掌事務等ヲ問フ。梶田ヲ会計審査官補トシテ採用セントスルニ付其適否ヲ検スル為メナリ。終リニ若シ採用スルコトヽナラハ之ヲ希望スルヤヲ問フ。之ヲ希望スト云フニ付執務上ノ心得ヲ概説セリ
○午後一時後林恭次郎ヲシテ審査官補鈴木重孝ヲ審査官ニ任シ梶田文太郎ヲ審査官補ト為スコトノ上申書ヲ作ラシメ直ニ之ヲ提出スルコトヲ西野英男ニ命ス
○午後一時渡辺直達ヲ其事務室ニ訪ヒ安藤信昭ヲ式部官ニ任スルコトヲ式部長官戸田氏共ニ依頼スルコトニ付渡辺ノ意見ヲ問フ。渡辺之ヲ依頼スル方可ナルヘシ。但小原
吉ニ話シ小原ヨリ戸田ニ説カシムル方効果多カルヘシト云フ。予之ニ同意シ直ニ小原ノ事務室ニ到リ之ヲ説ク
吉ニ依頼ス小原之ヲ諾ス。予又宗秩寮ノ梶田文太郎ヲ審査官補ニ採用スル上申書ヲ出シタルコトヲ話ス
吉ニ談ス小原、梶田ノ跡ニ松田正之ヲ入ルヽコトニ致シ度ト云フ。予予モ其希望アリ既ニ仙石政敬ニモ其事ヲ話シ仙石モ同意ナリ。然ルニ今朝梶田ノコトヲ石原健三ニ謀リタルトキ石原ヨリ松田ノコトモ行々問題トナルヘシト云フニ付予ヨリ先年松田ヲ採用スルトキ松田カ高等文官試験ヲ経居ラサル廉ヲ以テ君カ反対シ其結果松田ハ博物館ニ入リ居レトモ其後君ハ試験ヲ経サル土岐某ヲ総務課ニ採用シタル故最早松田ヲ宮内本省ニ入ルヽモ異議ナキ筈ナリト云ヒタルコトヨリ今朝石原ト争ヒタル始末ノ概略ヲ話シ此ノ如キ始末ニ付仙石ニモ其事情ヲ話シ仙石ハ是迄ノ事情ヲ井上総裁（勝之助）ニ話シ実行セラルヽ様務ムヘシトハ云ヒタルモ石原ハ容易ニ承知セサルヘシト云ヒタルニ小原ハ大臣ハ度々松田ヲ採用スルコトヲ明言シ居リ。次官ノ故障ノ為メニ実行セスシテハ大臣カ食言スルコトヽナル故石原カ尚ホ反対スルナラハ大臣ヨリ命令シテ実行セシムルコトヽナス必要アルヘシ。自分（小原）モ関係者ノ一人ナル故大臣ニ其旨ヲ話スヘク仙石モ井上モ確固ニ意見ヲ主張スルコトハ出来ザル人ナリ。君ヨリモ大臣ニ其採用ヲ迫ラレタシ度ト云フ予之ニ同意ス
○午後七時ヨリ家ヲ出テ上野停車場ニ行キ金沢ニ赴ク。金井四郎、田村捨吉西野英男送リ来ル。東久邇宮邸ノ給仕橘某予ニ随行ス。八時三十分発車ス
○九月二十四日午前五時頃寝台ヲ出ツ。汽車正ニ高田ヲ過ク。午前十一時後金沢ニ達ス
木寺真蔵及旅館古今亭ノ主人某来リ迎フ。予ハ直ニ古今亭ニ入ル。橘ハ東久邇宮邸ニ行ク
木寺来リ今日ハ祭日ニテ王殿下ハ休暇ナル筈ノ処軍隊ニ検閲アリ。今日午後二時三十分頃ヨリ軍隊ニ御出アル筈ニ付午後一時三十分頃参殿アリ度旨殿下ヨリ御話アリタリト云フ。予之ヲ諾ス
一時ヨリ古今亭ヲ出テ東久邇宮御殿ニ参ス。永山某出テヽ予ニ接シ予カ来リタルコトヲ殿下ニ報ス
殿下予ヲ会見室ニ延キ妃殿下ト倶ニ予ヲ見ル。又盛厚王殿下ヲ召ヒ予ヲ見セシム
予殿下ニ対シ起居ヲ伺ヒ且ツ王殿下洋行中ノ費用支出方ニ付先日金井四郎ヨリ予ニ謀リタルコトアリ。是ハ他ノ皇族ノ洋行中宮内省ヨリ費用ヲ支出シタル先例少カラサルヲ以テ別ニ研究ヲ要セサルコトヽ思ヒタルモ念ノ為メ予一己ノ考トシテ先日波多野敬直ニ問ヒタル処波多野モ洋行中ノ費用ハ勿論宮内省ヨリ支出スヘシ。但殿下ノ洋行ハ成ルヘク簡便ヲ旨トシ随行員ヲ少クシ附武官一人ト属員一人位ニテ洋行セラルヽコトヲ望ムトノ話ヲ為シタルコトヲ申ス。殿下予（殿下）モ平素其考ヘニテ金井ニハ其旨ヲ話シタルコトモアリタリト云ハレタリ
予又先日波多野敬直ノ官房ニ到リタルトキ石原健三カ麻布森岡町〔盛岡町〕ノ元有栖川宮ノ所有地ニシテ現今高松宮ノ所有トナリ居ル地所ヲ二分スルコトニ付或ル方ノ承諾ヲ求ムルコトヲ波多野ニ求メ居リ。其理由トシテ麻布ノ御用邸ハ現今東久邇宮ニテ使用セラレ居ルカ宮内省ニテ該御用〔邸〕ヲ使用スル必要アル故東久邇宮ノ殿邸ヲ速ニ建築スル必要アリ高松宮所有地ノ一部ヲ東久邇宮ノ邸地ニ充ツル必要アリト云ヒ居リタル故予傍ヨリ東久邇宮ハ洋行セラルヽコトヽナリ居ル故帰朝後ニ非サレハ建築スルコトハ出来サルヘシト云ヒタレトモ波多野モ石原モ洋行中ニ建築ヲ竣ハリ帰朝ノトキハ新殿ニ住セラルヽ方便宜ナル旨ヲ主張セリ。此事ハ勿論決定シタル訳ニ非ス。且殿下ニ申上クル筋ニハ非サルモ御含マテ申上ケ置ク旨ヲ陳ス
予又建築ノ話ヲ為シタルトキ石原ヨリ東久邇宮殿下カ若シ只今朝香宮殿下カ住居セラルヽ高輪ノ邸ニ住セラルヽコトヽナラハ麻布ノ御用邸ヲ宮内省ニテ使用スルコトヲ得ル故東久邇宮邸ノ建築ハ少シ位延ハスコトモ出来サル訳ニハ非サルヘシトノ意ヲ漏ラシタリ。然レトモ此説ニハ波多野ハ賛成ハナサヽリシコトヲ申ス
此事ニ付殿下ハ現在ノ朝香宮邸ハ狭キコトハ狭キカ幾分ノ建増デモナサバ一時該邸ニ住居スルコトハ出来ザルコトナカルヘシトノ話ヲナサレタリ
殿下又高松宮ノ麻布ノ邸地ハ故威仁親王カ好ミテ求メラレタル所ナル趣ニ付之ヲ分割スルコトハ承諾セラレサルヘシト云ハレタリ。予予ガ聞キタルトキハ分割ニ付何人ノ承諾ヲ求ムルコトナルヤ明カナラサリシ故其翌日石原ニ対シ分割ニ附テハ誰レノ承諾ヲ求ムルヤト云ヒタルニ故威仁親王妃ナリト云ヘリ。聞ク所ニ依レハ妃殿下ハ御意見多キ方ナル由。全体ヨリ云ヘハ建築ノ為メニハ成ルヘク速ニ邸地ノ定マル方宜シキニハ相違ナキモ只今ノ事情即チ成ルヘク建築ヲ延ハスコトヲ便宜トスル場合ニテハ実ハ邸地ノ定マ〔ラ〕サル方カ都合宜シキ旨ヲ陳ヘタルニ殿下ハ其通リナリトテ笑ハレ居リタリ
予又御殿ノ建築ハ成ルヘク広大ナラサル方宜シカラント云ヒ殿下ハ成ルヘク立坪ヲ少クスルニハ西洋建築ノ方ガ便宜ニハ非サルヘキヤト云ハレタリ。予一時ノ建築費ハ洋風ノ方多カルヘキモ立坪ヲ減スルコトヽ修繕ヲ要セサルコトヽハ洋風ノ方便ナルヘシ。此等ノ事ニ付テハ十分ノ講究ヲ要スヘシト云ヘリ
予又先日波多野敬直ノ官房ニテ御洋行ノコトヲ話シタルトキ石原健三カ傍ニ在リ朝香宮北白川宮両殿下トモ洋行ノ希望アリイツレヲ先キニスル考ヘナリヤト云ヒタルニ波多野ハ東久邇宮洋行ノコトハ既ニ内奏モ致シ置ケリ。他ノ両宮ハ未タ其運ヒニ至リ居ラス。北白川宮ハ洋行ノコトガ決定致シ居レハ時期ノコトハ遅速ヲ争ハサル旨ノ話ヲ聞キ居レリト云ヒ居リタリ。是ハ殿下ニ申上クヘキコトニハ非サルモ聞知ノ侭ヲ申上クト云ヘリ
予又麻布ノ御用邸ハ澄宮殿下ノ御殿トナル模様ナルカ澄宮殿下モ永ク麻布ニ御住居游ハサル訳ニモ行カサルヘシ。既ニ淳宮殿下ノ為メニモ軍隊ニ仮ノ御住居ヲ作リ高松宮殿下ノ為メニモ呉ノ兵学校内ニ仮リノ御住居ヲ造ルコトヽナリ居レリト云ヒタルニ
殿下ハ高松宮ハ海軍ニ入ルコトハ御嫌ヒトノコトナルガ無理ニ御好ナキコトヲ為サシムルハ宜シカラサルヘシト云ハレタリ。予此事ハ殿下平素ノ御意見モ承ハリ居リ波多野モ全然殿下ノ御意見ニ賛成シ是非御意見ノ通リ各殿下ノ御性質ニ適スル様御取計ヒアルコトヲ希望スト申シ居レトモ之ヲ実行スル為メノ施設ハ未タ為シ居ラスト云ヒ殿下モ其通リナリト云ハレタリ
麻布御用邸ニ澄宮御殿ヲ移スコトノ話ヲ為シタルトキ殿下ハ皇太子殿下カ青山御殿ニ御移リアル趣ニ付其ノ為メニ澄宮御殿ヲ麻布ニ移ス必要アルナラント云ハレタリ
予又御殿ノ建築費トシテ朝香宮ニモ東久邇宮ニモ五十万円宛賜ハリ居ルカ朝香宮ニテハ到底五十万円ニテハ建築出来サル旨ヲ申シ居ル趣先日石原健三ヨリ波多野敬直ニ話シタル処五十万円ニテ不足スルナラハ相当ノ増額ハ必要ナルヘキモ只今漫然十万円トカ二十万円トカ増額スレハ又不足スルコトヽナルニ付先ツ切詰メ設計ヲ為シ見其設計テ幾許不足スト云フトキニ至リ其不足ヲ補フト云フコトニ致ス方宜シカラント波多野ヨリ申シ居リタル旨ヲ陳シタル処殿下ハ朝香宮ニテハ既ニ設計ヲ為シタルヤト云ハレ予ハ左ニ非サルヘシ。意フニ宮務監督山崎四男六カ竹田宮北白川宮等ノ建築費ト今日ノ物価トニ付概算シテ五十万円ニテ不足スル見込ヲ立タルモノナルヘシト思フ旨ヲ申シ置ケリ
殿下ハ此節ハ一般カ富豪ガ広大ナル邸宅ヲ構フルコトヲ喜ハサルコトヽナリ居ル故自分（殿下）等カ先チテ質素ヲ示ス必要アルヘシト云ハレ
予ハ殿下ノ御殿ニ広大ナル饗宴堂ヲ設ケラルヽコトヽスレハ立坪モ増スハ勿論ニシテ結局十分ナル設備ハ出来サル故御殿ニハ少人数ノ御食事ヲナサルヽ場所ハ必要ナルヘキモ客ノ饗宴ハ皇室ノ離宮カ御用邸カニテナサルヽ方針ニ決セラルヽ方宜シカルヘシト云ヒ殿下ハ親族打チ寄リテ食事ヲ為ス場所アレハ宜シク十人余位ノ食堂ニテ宜シト云ハレタリ
夫レヨリ労働問題薄給者ノ罷業等ノ事ニ付少時話ヲ為ス。時正ニ二時ニ達ス予乃チ退ク
永山某ヲ別室ニ招キ妃殿下近日微熱アル趣ナルカ近候如何ヲ問フ。永山先頃感冒後一時ハ平温ニ復セラレタルモ其後三七度五六分ノ熱アリ。最高カ三十七度七分ナリシナリ。今ヨリ三日前ヨリ三十七度一分カ最高ニナリ居レリ
医師ノ診察ノ定日アルモ先日一度臨時ニ診察セシメタル処医師ハ咽喉ニ（カタル）アル故其為メノ熱ナラント云ヘリ
然シ自分（永山）ハ妃殿下ノ御容体カ第二ノ王子師正王ノ懐妊ノトキト同様ナル故必ス懐妊ナラント思ヒ居ルト云フ。予予モ其事ヲ問ハント思ヒ居リタル処ナリト云フ
永山妃殿下ハ十月ニハ御帰京ノ予定ナリシ処御懐妊ト定マレハ御旅行ハ出来ス。第一ノ王子盛厚王御懐妊ノトキハ妃殿下モ御承知ナク三四ケ月位ノトキ仙台ヨリ御帰京アリタルコトモアル趣ナレトモ御懐妊ノコトガ分カレハ右ノ如キ乱暴ノコトハ出来ス。此事カ一番難問題ナリト云フ。
予此事ハ最モ大切ナル故先ツ医師ノ意見ヲ聴キ其上ニテ金井四郎トモ熟議シテ決スルコトヽナスヘシ。王殿下ハ十一月頃御帰京ノ予定ナル故十月ノ御帰京出来サルモ十一月ニ両殿下御一緒ニ御帰京出来レハ好都合ナルモ只今カ御懐妊ノ初期トスレハ十一月ニナツテモ御旅行ニハ尚ホ早キニ過クヘシト云ヒ
又永山カ先頃苦心ノコトアリタル趣ナルガ此節ニ左程ノ事ナキヤト問ヒタル処永山ハ親族間ノ事ニテ苦心セリト云フ。予親族間ノ事ニ非ス。御殿奉仕ノコトニ付苦心ノコトアリタル様ニ聞キタルカ最早右様ノコトナキヤト云フ。永山只今ハ別段ノコトナシト云ヘリ
二時三十分頃王殿下営所ニ出勤セラレタリ。予ハ永山ノ案内ニテ殿内ヲ一覧セリ。殿ハ前田利為ノ別邸ヲ宮家ニテ借用セラレ居ルモノナリ
予木下真蔵ニ嘱シ金沢名産ノ寿煎餅ヲ購ハシム。其価一罐（五十枚入）ニテ一円七十銭ナリト云フ。店員之ヲ持参スル筈ナル故之ヲ待チタルモ尚ホ来ラサル故橘カ停車場ニ来ルトキ之ヲ持来ラシムルコトヲ木寺ニ嘱シテ古今亭ニ返リ五時頃晩餐ヲ喫シ
六時二十分頃ヨリ停車場ニ赴ク。東久邇宮附阿部某及ヒ古今亭主人某送リ来ル。古今亭ノ食料其他ノ費用ハ宮ニテ仕払フトノコトニテ予ハ之ヲ償ハス。汽車賃モ往復トモ宮ノ費用トナレリ
此日予ヨリ（カステーラ）及粽ヲ献ス其価二十円七十銭
殿下ヨリ品物料三十円ヲ賜フ。七時十分汽車金沢ヲ発ス駅長某予カ為メニ周旋セリ
○九月二五日軽井沢ニテ天明ク十時三十分上野ニ達スヘキニ汽車晩レタルヲ以テ十一時後ニ至リ纔ニ達シタル。西野英男片岡久太郎来リ迎フ。直ニ人力車ニ乗リ宮内省ニ行ク
金井四郎約ニ従ヒ来リ待ツ。予金沢ニテ殿下及永山ト話シタル始末ヲ告ク。金井今夕ヨリ金沢ニ行クヲ以テ之ニ嘱シ意ヲ木寺永山等ニ致サシム
○午後零時後内子ニ電話シ汽車延着シテ十二時前ニ宮内省ニ達シタルコトヲ報シ且今日ハ二時後ニ家ニ帰ルコトヲ報ス
○午後一時後渡辺直達電話ニテ往訪セント欲ス差支ナキヤヲ問フ。予差支ナキ旨ヲ答フ。少時渡辺予ガ事務室ニ来リ。安藤信昭ヲ式部官ニ推薦スルコトヲ戸田氏共ニ依頼シ置タルガ田内三吉ノ話ニテハ此事ハ未タ安藤ニハ何事モ話シ居ラストノコトナリ。安藤ガ式部官ヲ好マサル様ノコトハナカルヘキヤト云フ。
予田内ガ此事ヲ思ヒ立ツニハ何処カラカ話ノアリタルコトナルヘク自然ハ閑院宮殿下又ハ同宮妃殿下ヨリノ話アリタル訳ニハ非サルヤ。兎モ角安藤ハ侍従モ望ミ居ルコトハ予テ聞キ居リ。式部官ノコトハ聞キ居ラサルモ本人カ之ヲ好マサルコトハ之アルマジキニ付本人ノ意ヲ確メズシテ進行シテモ差支ナカ［ラ］ント云フ
渡辺、松根豊次郎ハ式部官ヲ罷メタルモ是ハ兼官ナリシ故今直クニ補充スルコトヲ得ル訳ニモ非サルニ付今ヨリ依頼致シ置キテ宜シカルヘシト云フ
渡辺明日ハ結構ナリ自分（渡辺）モ立会フ筈ナリ云々ト云フ。予何ノ意ナルヤヲ解セス。之ヲ問フ。渡辺親授式ナリト云フ。予未タ叙勲ノ年限ニ達シ居ラスト云フ。渡辺此節ハ特別ナリト云フ。予何ノ為メナリヤト云フ。渡辺調査会トカ云フモノアリシニ非スヤト云フ。予法律取調会ナルヘシト云フ。渡辺自分（渡辺）ハ明日ト思ヒ居リタルモ明日ニ非サルナラン。一応問合セ見ルヘシトテ予カ室ノ電話ニテ式部職ニ電話ス。式部職員親授式期日ハ未定ナル旨ヲ答ヘタル由ナリ
此日渡辺ヨリ予ガ洋袴ノ釦ノ掛リ居ラサルコトヲ注意ス。汽車中ニテ厠ニ上リ釦ヲ掛クルヲ忘レタルナリ
○午後一時頃伊藤博邦ヲ式部職ニ訪フ在ラス。吉田某ニ逢フ之ニ伊藤ノ所在ヲ問フ。吉田、伊藤ハ総理大臣官邸ノ午餐ニ会シ今日ハ復タ宮内省ニ来ラサルコトヲ告ク
予乃チ伊藤ニ贈ル書ヲ式部職ノ吏員ニ托シ明日之ヲ伊藤ニ致サシム。書ハ予メ作リタルモノニテ一昨二十三日伊藤ニ語リタル朝鮮ニテ故博文ノ部下ニ在リタル者ノ氏名ニ石塚英蔵、佐竹義準久芳直介ヲ追加スルコトヲ報スルモノナリ
○午後三時頃金井四郎電話ニテ東久邇宮妃殿下第一回妊娠ノトキハ三ケ月目位ニ仙台ヨリ旅行セラレタルコトアル由ナリト云フ。予此事ハ予モ永山ヨリ聞タリ。然シ其時ハ妃殿下懐妊ノコトヲ知ラレサリシ為メナリト永山ハ云ヒ居リタリト云フ。金井夫レハ困リタリト云フ
○九月二六日予今日故大木喬任ノ二十年祭ニ会セント欲シ本月二十三日其旨ヲ喬任ノ子遠吉ニ告ケ置キタリ。然ルニ其後ニ至リ今日宮内省ニテ予算委員会ヲ開クコトヽナリ。祭ニ会スルコトヲ得サルヲ以テ今日午前七時ヨリ使ヲ遣ハシ其旨ヲ遠吉ニ告ケ菓子一折ヲ贈ラシム
○午後一時ヨリ宮内省ニテ予算委員会ニ列ス。追加予算ヲ議ス。議既ニ終ハル。石原健三ヨリ皇室財産ニ関スル今後ノ方針ニ付謀ル所アリ。山崎四男六、南部光臣意見ヲ述フ。決スル所ナクシテ散会ス。会議ヲ開クニ先チ濱尾新、故大木喬任ノ祭ニ会シ度旨ヲ述フ。石原会議後協議ヲ要スルコトアリ時ヲ費スヲ以テ今日ハ祭ニ会スルコトヲ止メ呉ヨト云ヒ
馬場三郎カ祭ニ会スルヲ以テ之ニ濱尾ノ名刺ヲ托シテ大木遠吉ニ致スコトヲ勧ム。予再名刺ヲ馬場ニ托シテ大木ニ致サシム。波多野敬直モ祭ニ会スル積リナリシモ会議ヲ終ハリタルハ午後四時後ナリシヲ以テ祭ニ会スルコトヲ止メント云ヒ居リタリ
○午後八時頃内子鎌倉ニ行キ直人ヲ訪ヒ午後五時後家ニ帰ル
九月二十七日午前十一時頃渡辺直達ヲ式部職ニ訪ヒ小原吉未タ出勤セス。小原ガ既ニ戸田氏共ニ話シタルヤ否ヲ聞クコトヲ得サレトモ戸田ニ依頼シ置ク方宜シクハ話スコトニ致サント思ヒ其事ヲ相談スル為ニ来リタルモ戸田ハ出勤セサル趣ニ付今日ハ話スコトヲ得ス。尚ホ小原ノ様子ヲ聞キタル上ノコトニスヘシト云フ
予又君ヨリ一昨二十五日ニ内話シ呉レタル叙勲ノコトハ昨二十六日ニ召状ヲ受ケタリ。親授式ハ如何ナル式ヲ行ハルヽヤト云フ。渡辺式ノ概略ヲ語リ式ノ次第書ヲ交シ且ツ二十九日ニ親授セラルヽ旭日大綬章ヲ授ケラルヽハ松室致平沼騏一郎瑞宝章ヲ授ケラルヽハ予ト鈴木喜三郎ナルコトヲ内報ス。予将ニ局ニ返ラントス
吉来ル 安藤信昭ノコトヲ謀ル廊下ニテ小原吉ニ逢フ。予ガ前刻小原ヲ訪ヒタルモ小原ガ未タ出勤シ居ラサルヲ以テ小原出勤後予ヲ訪ヒ予ガ局ニ在ラサル為メ予ヲ追ヒテ来リタルモノヽ如シ。小原予ト倶ニ予ノ事務局ニ来ル。
予小原ニ安藤信昭ノ事ハ戸田氏共ニ話シ呉レタルヤ否ヲ問フ。小原未タ話サス今日午後戸田ノ私邸ヲ訪ヒテ之ヲ話ス積リナリト云フ。小原又現ニ式部職ニ欠員アル訳ニ非サル故左程急クコトニハ非ス。然レトモ式部職ニハ其内欠員ヲ生スルニハ相違ナカラン。慈光寺某モ其内辞スルナラン。又前田某等抔モ辞職ヲ条件トシテ勅任ニ進メタルモノ［ナル］処稲葉某カ之ヲ止メタル趣ニテ今尚ホ留任シ居ルモ是等モ長ク在職スル訳ニハ行カサルヘシト云フ
○予ガ今朝小原吉ヲ訪ヒタルトキ小原ガ出勤シ居ラサルヲ以テ伊東太郎ガ出勤シ居ルヤヲ問ヒタルニ是亦未タ出勤シ居ラサリシガ少時ニシテ伊東予ガ局ニ来リ用事ヲ問フ。予予ガ君ヲ問ヒタルハ私事ニテ君ガ来リ呉タルハ気ノ毒ナリト云ヒ伊東ハ他ノ寮ニ行ク途ニテ一寸過キリタルナリト云フ。予其父巳代治カ咽喉ノ治療ヲ託シ居ル医者ノ氏ヲ問フ。伊東（高成田）ト云ヒ赤坂ノ芸者屋林屋ノ側ニ住スト云フ
○今日午前鈴木重孝ハ帝室会計審査官ニ任セラレ梶田文太郎ハ同補ニ任セラレタリ
○午後三時頃花井卓蔵ノ家人電話ニテ今月三十日ノ招宴ニハ出席シ呉ルヽヤ否ヲ問フ。予出席ス旅行ノ為メ返答遅延シタル旨ヲ告ク
○午後五時頃梶田文太郎来リ任官ヲ謝ス玄関ヨリ辞シ去ル
○九月二十九日午前九時三十分出勤十時二十五分ヨリ宮中ニ行キ西溜ニ入ル。松室致鈴木喜三郎既ニ在リ平沼騏一郎亦次テ来ル。式部官某来リ勲章親授式ノ順序ヲ指示シ更ニ予メ式場鳳凰間ニ導キ其順序ヲ説ク。復西溜ニ来リテ待ツ。既ニシテ式部官予等ヲ呼フ。
平沼先ツ御前ニ進ミ旭日大綬章ヲ受ク。松室次テ進ミ同章ヲ受ク。予之ニ次キ瑞宝一等勲章ヲ受ク。鈴木之ニ次キ同章ヲ受ク。東伏見宮依仁親王及ヒ博恭王陛下ノ後ニ侍立セラレタリ。各自新授ノ章ヲ佩ヒ復タ御前ニ進ミ拝謝シ賞勲局総裁児玉秀雄ヨリ勲記ヲ受ケ退ク。其順序前ノ如シ。別室ニテ領証ニ署名捺印ス。
東車寄ニ至リ御礼ノ為メ帳簿ニ署名スヘキヤ否ヲ問フ。主者定見ナシ之ヲ式部官ニ問フニ署名スルト否ハ随意ナル旨ヲ告ク。乃チ皆署名セスシテ退出ス。
予審査局ニ過リ青山操ニ今日早退スル旨ヲ告ケ波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ叙勲ノ挨拶ヲ為ス。波多野、君ハ既ニ勲一等ニ達シ居ルコトヽ思ヒ居リタリト云フ。岡野敬次郎正ニ波多野ト語リ居リタリ。予一二語ヲ交ヘテ去ル。
西溜ニテ叙勲ノ御礼トシテ皇族邸ニ行クヘキヤ否ヲ謀ル。松室平沼等行カサル旨ヲ告ク。故ニ予亦行カサルコトヽナセリ。親授式ノ順序ハ一昨二十七日渡辺直達カ予ニ交レタル次第書ニ詳カナリ。
十二時前ヨリ退省内閣総理大臣官邸ニ過リ叙勲ノ挨拶ヲ為ス。総理大臣原敬ハ兼任司法大臣ニテ予カ法律取調委員タリシ故ヲ以テ今日ノ叙勲ヲ奏請シ且ツ総理大臣トシテ親授式ニ立会ヒタルモノナリ
○午前九時前安眼科医前田珍男子ノ治療ヲ受クルコトヲ謀ル。予一応前田方ニ行キ診療料等ノコトヲ問ヒ来リタル上ニ決スヘキコトヲ答フ
○午後一時後ヨリ内子荒井賢太郎ノ家ニ行ク
○午後一時前耳鼻咽喉科医ノ高成田某ノ家ニ電話シ診察時刻ヲ問フ。家人毎日午前七時ヨリ十二時マテ午後三時ヨリ六時マテナリト云フ
○午後零時頃帰家叙勲ノコトヲ祠堂ニ奉告ス
○午後二時三十分ヨリ田町二丁目十四番地高成田渉ニ就キ咽喉ヲ療セシム。治療既ニ終ル。予将ニ去ラント伊東巳代治来ル。之ト一二語ヲ交ヘテ去ル
○午後四時後内子、荒井ノ家ヨリ帰ル
○夜咽頭筋怒張唾液ヲ嚥ムニ困ル。湿布ヲ以テ頸ヲ包ム
○高成田ノ家ニ行ク途上田町ニテ元田作之進ニ遇フ。立談シテ有馬正頼カ□暴ニテ他ノ学生ヲ殴打スル様ノコトアリ。学校ニ置キ難キ故転学セシムル積リナリ。古賀モ嘆息シ居レトモ致方ナシト云フ。予未タ何等ノ話モ聞カスト云フ
○九月三十日午前九時ヨリ高成田渉ニ就キ咽喉ヲ療セシメ直ニ宮内省ニ出勤ス
○午前十時頃西野英男前刻宗秩寮ヨリ朝香宮先日ヨリ仮ニ芝離宮ニ住セラレタル処今般高輪ノ本邸ニ帰リ住セラレタル旨ヲ報シ来リタルコトヲ報ス
○午前十一時後石原健三来リ内大臣府ニ出仕ヲ置クコトニ関スル官制案ヲ示シ意見ヲ問フ。予意見ナキ旨ヲ答フ
予石原ニ対シ先日金沢ニ行キタルトキ東久邇宮殿下ヨリ皇族子弟ノ教育ニ関スル問題ニ付話アリ。此問題ハ今日ニ始マリタルニ非ス。結局皇族処分問題ヲ解決スレハ教育問題モ解決スルコトヽナル。予ハ将ニ君ヲ訪フテ此事ヲ謀ラントシタル所ナリト云フ
石原先日ヨリ波多野敬直ニ対シ皇族処分問題ヲ速ニ決定スルコトヲ迫マレトモ未タ決セス
先日平沼ガ波多野ヲ訪ヒ制度審［議］会ガ何等ノ用モ為サス日月ヲ経過スルハ相済マスト云ヒタルトキ波多野ハ皇族処分問題ハ速決スル必要アリ。之ヲ決スル為メニハ宮号ヲ本トシテ規定ヲ設クルヨリ外致方ナシ。宮号ハ現存スルモノニ付之ヲ争フ必要ナキニ非スヤトノ旨ヲ以テ平沼ニ話シ平沼ハ異議ナキ旨ヲ答ヘタル由ナリ
又平沼ヨリ波多野ニ対シ遺命ニ関スル規定ニ付遺命ニ関スル形式ヲ定ムル必要ナシト云フ説ニハ絶対ニ同意スルコトヲ得サレトモ遺命ノコトハ重要ナルコトニテ差向キ遺言令案中ヨリ遺命ニ関スル部分ヲ削除シ更ニ審議スルト云フコトナラハ同意シテモ宜シト云ヒタル趣ナリト云フ。石原話スルコト十分許ニシテ去ル
○十二時前予波多野敬直ノ官房ニ往キ東久邇宮殿下ヨリ皇族子弟ノ教育ニ関スル話アリタルコトヲ告ケ皇族処分問題ノ解決ヲ速ニスルコトヲ促サント思ヒ官房ニ入リタル処正親町実正石原健三正ニ波多野ト話シ居リタルニ付避ケテ石原ノ室ニ入リ少時ニシテ復タ行キタルモ正親町等尚ホ在リタルヲ以テ審査局ニ返ル
吉ヨリ安藤信昭ノコトヲ戸田氏共ニ依頼ス○午後一時頃小原吉来リ前ノ日曜ニ（九月二十八日）戸田氏共ヲ其私邸ニ訪ヒ今後式部官ノ欠員ヲ生シタルトキハ安藤信昭ヲ採用スルコトヲ以来シ此事ハ閑院宮殿下ノ意ニ非サルモ殿下ノ意ヲ察スルハ当然ナルヘク自分モ結婚当時ヨリ関係アルニ付之ヲ依頼ス。倉富ヨリモ直接ニ依頼スヘキ旨ヲ話シ居リタリト云ヒ戸田モ事情ハ之ヲ了解シタルモノヽ如シト云フ。予之ヲ謝ス
○午後一時後青山操ヨリ昨日白根松介来リ奏任官ノ旅行ニハ随行者ヲ附セサルノ内議アリ。審査局ノ出張ニハ属官同行ノ必要アルハ勿論ナルガ随行ノ名義ヲ止メテ差支ナキヤト云ヒタル旨ヲ報ス。一二ノ意見アリタルモ決定スルニ到ラスシテ止メタリ
○午後二時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ皇族子弟ノ教育ニ関スル東久邇宮殿下ノ話ヲ告ケ皇族処分問題ノ決定ヲ促ス。波多野、平沼ト話シタル次第ヲ告ケ処分方ヲ決スヘキ旨ヲ答フ。
波多野又遺命ニ関スル平沼ノ話ヲ告ク。予理由ハ異ナルモ遺言令案中ヨリ遺命ニ関スル規定ヲ削レハ夫レニテ差支ナシ。遺命ニテ太傅ヲ任スルコト丈ハ皇室典範ノ規定アル故予等モ之ヲ争ハサルモ遺命ヲ以テ財産処分ノコトヲ規定セントスルハドコマテモ不同意ナリト云フ。波多野、財産処分ハ生前処分トシテモ天皇単独ニテハ出来難シ生前ニ出来サルコトガ遺命ニテ出来ル訳ナキニ非スヤト云フ。予然シ出来ルト云フカ委員多数ノ意見ナル故困ルナリト云ヒ予ノ意見ノ理由ヲ概説ス
○午後二時後石原健三ノ事務室ニ過ル石原在ラス。山口鋭之助在リ之ト話スルコト少時山口桃山陵ノ取広ケ及石段築造ノコト今年ハ否決セラレタルガ明年ハ之ヲ遂行セント欲ス。君ノ意見如何ト云フ。予実際ヲ知ラサル故即答シ難シト云フ。尚ホ審査局ヨリ推問書ヲ発シタルコトニ付（羽咋神社ノ明渡未済ナルニ賠償金ヲ渡シタルコト赤間陵ノ土塀ノ築造不都合ナルコト）話ヲ為セリ
○午後二時後戸田氏共ヲ其室ニ訪在ラス。入ラスシテ返ル。将ニ安藤信昭ノコトヲ依頼セントシタルナリ
○午前十一時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ正親町実正カ在リタル為メ入ラスシテ審査局ニ返ルトキ廊下ニテ有吉忠一ニ遇フ。世態ノ激変シタルコトヲ立談ス。有吉川崎造船会社ノ職工ノ罷業事件ハ職工ノ全勝ニ帰シタル旨話シテ嘆息セリ
○午後二時後予ガ石原健三ノ事務室ニテ山口鋭之助ト話シ居ルトキ白根松介事ヲ以テ来リ。昨日白根ヨリ青山操ニ話シタル審査官ノ出張ノトキ随行員ナクシテ宜シキヤト云フ。予属官ハ元来附属ノ職務ナル故単ニ出張ヲ命セラレテモ本来ノ職務ヲ変スル理由ナキ故差支ナシトハ思フモ尚ホ研究シ見ルヘシト云ヒ置ケリ
○午後五時ヨリ花井卓蔵ノ招ニ築地三丁目ノ（蟠蜒）ニ赴ク。会スル者江木衷秋山雅之介牧野英一岡田朝太郎美濃部達吉宮岡恒次郎岡村某（故輝彦ノ弟）奥田剛郎（故義人ノ子）佐藤某木村某原嘉道松本烝治等十四五人ナリ。江木陪審制度必要ヲ説ク。花井予ニ要事アリ往訪セント欲シタルモ果サヽリシト云フ。予木内重四郎被告事件ニ付花井等カ弁護ヲ引受ケタル趣ニ付此上木内カ彼此運動スルハ宜シカラサル旨ヲ説ク。花井同意ノ意ヲ答フ。花井司法部刷新ノ必要アルコトヲ説キ平沼騏一郎鈴木喜三郎小林芳郎等ノ事ニ及ヒ鈴木ハ既ニ司法大臣ト為ル望ナキコトヲ話セリ。九時後家ニ帰ル
（九月三十日朝ヨリ湿布ヲ以テ体ヲ摩刷スルコトヲ始ム）
○午後安ガ前田珍男子ヲシテ眼ヲ療セシムルコトヲ許ス
倉冨日記研究ホームページ-->このページ｜8月の日記｜10月の日記｜
