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最終更新：2005年6月6日
作成者：永井 和、冨永 望,、李 昇、川嵜 陽、鹿雪瑩
清書稿本作成にあたっては、極力原文に忠実な翻刻をめざしたが、漢字は通行の字体にあらためた。また、文中の文の切れ目には句読点を適宜おぎなった。さらに、読者の便宜を考え、原文の記載記事の切れ目を表す「○」の直前で改行し、適当なところで、改行、改段をおこなった。日記本文の行側に倉富本人が加えた注記やルビは、内容上いちばん近いとも思われる本文の箇所に〈 〉で括って挿入した。
著者が備忘のために日記帳の上欄に付した小見出は、翻刻にあたり、本文のいちばん関連が深いと思われる部分に記入した。また、その小見出しを抽出して、目次を作成し、冒頭においた。また、日記の表紙や欄外に記された注記は「原注」として本文内に付記した。
なお、□は判読できない文字であり、〔 〕内は校訂者による注記及び訂正である。
また、JＩＳ第１、２水準にない漢字の表示は、e漢字プロジェクト
の漢字フォントを使用した。記して謝意を表したい。
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○十月一日午前七時前ヨリ高成田渉ニ就キ咽喉ヲ療ス。八時前家ニ帰ル。
○午前八時後安江孝来リ休職期ハ本年十二月ニテ尽キルヲ以テ宮内省ト関係ヲ絶タサルヲ得ス。先年神苑会ノ事ニ従ヒタルコトアリ、其廉ニテ勲章ヲ陞敍セラルヽ工夫ナカルヘキヤヲ謀ル。予神苑会ハ私設ノモノナルノミナラス、明治四十三四年頃ニ廃シタルモノナレハ、時期モ後レ居リ、旁々工夫ナカルヘシ。然シ其当時神苑会ヲ主宰シタル様ノ人ヨリ其筋ニ要請シ見ル分ハ差支ナカルヘシト云フ。安江神苑会ハ花房義質、小松原英太郎等ガ管理シ居リタルモ、花房ハ死去シ小松原ハ癌病ニ罹リ居リテ都合悪シキヲ説キ、十分余ニシテ辞シ去ル。
○午前十時頃石原健三ヲ其事務室ニ訪フ。在ラス。
○午前十時頃青山操来リ、昨日命セラレタル奏任官出張ノトキ随行員ヲ附ケサルコトノ問題ハ、昨日マテハ審査官ノ意見ヲ決スルニ到ラサリシ旨ヲ告ク。
○午前十一時前宮内省ニテ予算委員仰付ケラルヽ旨ノ辞令書ヲ受領ス。
○午後一時後ヨリ築地本願寺ニ行キ、松井茂ノ母ノ葬ニ会ス。向井巌、石原健三、宋秉畯、松本重敏、橋爪慎吾、野口謹吾、峯岸某［繁太郎］（朝鮮ニテ新聞紙［『京城新報』］ヲ発行シ居リタルモノ）、花井卓蔵等ニ遇フ。三時頃家ニ帰ル。
○安午前六時前ヨリ駿河台袋町前田珍男子カ家ニ就キ眼ヲ療セシム。診察料二十円薬代九円余リ貪リタル由ナリ。
○午前十一時頃式部職ニ戸田氏共ヲ訪フ。出勤シ居ラス空ク返ル。
○午後五時前、西野英男宮内省ヨリ電話ニテ林恭次郎午後二時後脳溢血ヲ起シタルコトヲ報シ、且先刻ヨリ屡々電話ヲ懸ケタルモ通セサリシト云フ。此日予ガ家ヨリ七八間ヲ隔テタル処ニテ電話線ノ工事ヲ為シ居リタル故、電話通セサリシナラン。
予直ニ宮内省ニ行クヘキ旨ヲ答ヘ、急ニ晩喫シテ行ク。審査局員全部留マリテ林ノ病ヲ看護シ、白根松介、東久世秀雄、医三村清太郎、大波良卿等在リ。林意識ハ明カナルモ右ノ手足不任ニテ、言語ヲ発シ飲食スルコトヲ得ス。
八時頃医土屋岩保来リテ之ヲ診シ、十分ノ手当ヲ為シテ病院ニ送ルヘキコトヲ命ス。是ヨリ先キ看護婦一人来リ居リタル故、林ヲ釣リ台ニ移シ三村及ヒ看護〔婦〕附添ヒ、赤坂ノ順天堂分院ニ入ラシム。予及ヒ伊夫伎準一、青山操、鈴木重孝、西野英男及林ノ娘、某従弟、笠井某々及ヒ故旧二三人送リテ病院ニ行ク。九時前予辞シ去ル。
○十月二日午前二時後、内子褥中ニテ眩暈ヲ発シ予ヲ喚フ。予之ヲ看ルコト二時間余、復タ眩暈セス。内子眩暈シタルトキ極メテ少シク遺尿シタリト云フ。
○午前八時前ヨリ順天堂分院ニ行キ、林恭次郎ノ病ヲ問フ。頗ル快ク言ヲ発シ、飲食スルコトヲ得。予病ニ害アランコトヲ恐レ、病室ニ在ルコト三四分許ニシテ去ル。
直ニ高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。八時後家ニ帰ル。
予カ外出スルトキ水口敏子ヲシテ内子ノ傍ニ在リ之ヲ看セシム。
○午前九時三十分ヨリ出勤シ、伊夫伎準一、青山操、鈴木重孝等ト協議シ、予ハ侍医寮ニ到リ片山某［芳林］（侍医頭）、土屋某、大波某、三村某（皆侍医）、永井某［久録］（属）カ昨日林恭次郎ノ病ニ付世話ヲ為シ呉レタルコトノ謝ヲ述ヘントス。
永井ノ外皆在ラス。侍医相磯某［慥］ニ逢ヒ、土屋等ニ意ヲ致スコトヲ嘱シ、永井ニ予ノ名刺ニ片山、土屋、大波、三村ノ名ヲ記シタルモノヲ托シ之ヲ各人ニ付シ、予ガ意ヲ伝フルコトヲ嘱ス。予初メ永井ヲ識ラサリシヲ以テ永井ニモ其名ヲ記シタル名刺ヲ交シタリ。
侍医寮ヨリ返ルトキ、石原健三ノ事務室ニ到リ、石原ニ先日（九月三十日）皇族処分ノ事ニ付波多野敬直ト話シタル概略ヲ談ス。
石原、今日参事官一名ヲ新任シ、五味逸平モ参事官ニ兼任シ宮内省ノ法規整理ヲ行ハシムル積リナリト云ヒ、尚ホ話ヲ続ケントスルトキ、白根松介来リ、西園寺公望及牧野伸顕ニ賜ハルヘキ物品ヲ大臣室ノ隣室ニ陳シ居ルニ付、来リ観ルヘキ旨ヲ告ク。石原予ニモ之ヲ観ルコトヲ勧メタルニ付同ク行ク。西園寺ニハ銀花瓶一対織物御紋附卓子掛一枚、牧野ニハ銀製花盛器一御紋附卓子掛一枚ナリ
花盛器ハ先日穂積陳重岡野敬次郎ニ賜ハリタルモノト同一ナリト云フニ付、予白根ニ穂積ニハ何時賜ハリタルヤト云ヒタルニ、穂積、岡野ハ法律取調ノ勤労アルモ、敍勲ノ途ナキ故金杯ノ外ニ賜ハリタリト云ヘリ。花盛器ハ一個四百八十円ナリトノコトナリ。
○午後一時頃青山操ノ主管ニ係ル件ニ付、審査官会議ヲ開ク。
○林恭次郎カ担当シ居リタル大膳寮ノ実況審査ハ、鈴木重孝ヲシテ之ヲ為サシムルコトニ変更ス。
○午後七時前順天堂分院ニ行キ、林恭次郎ノ病ヲ問フ。
○昨夜林恭次郎ノ病気ニ付労シタル給仕、馬丁等ニ慰労金ヲ給スルコト。慰労金ハ予カ支出スルコトヲ伊夫伎、青山、西野ニ話シ置ケリ。
○司法省職員課長皆川治廣ニ、叙勲辞令書ノ領証ヲ郵送スルコトヲ西野英男ニ嘱ス。
○午前上野季三郎来リテ林恭次郎病気ノ見舞ヲ述ヘ、市来政方モ来リテ見舞ヲ述ヘ、今朝病院ニ行キタルト云ヘリ。
昨日局ニ来リテ林ヲ見舞タル宮内省員ニハ伊夫伎等ガ挨拶ニ行キタリトノコトナリ。
○午前電話料ノ支払命令ヲ調度寮ニ致スコトヲ西野英男ニ嘱ス。
○十月三日午後七時後ヨリ高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。
吉予算委員ノ選定予算削減等ノコトヲ話ス○十二時前小原吉来リ、宮内省予算委員ノ選定不適当ナルコト、小原ノ提出シタル自動車購入ノ予算（九年度）ヲ理由ナク削減セントシ居ルコト等ヲ談シ、又松田正之ヲ宗秩寮ニ入ルルコトニ付、既ニ波多野敬直ニ話シタルヤト云フ。予仙石政敬ニハ二度計リ話シ置タリ。宗秩寮ヨリ申出スガ正当ニテ予ガ話スコトハ実ハ筋違ヒナル故、今少シク様子ヲ見タル上ノ事ニスル積リナル旨ヲ答フ。
○午後零時後伊夫伎準一、林恭次郎カ本月一日宮内省ニテ病ニ罹リタルトキ順天堂分院マテ医師看護婦ヲ送リタル人力銭及ヒ給仕馬丁等ニ対スル慰労金ハ予ト審査官ト之ヲ分担セント云フ。予ハ予一人ニテ之ヲ支出セント云フ。伊夫伎、青山操等分担ヲ主張ス。乃チ総額八円十銭ノ内四円ヲ予ガ支出シ、四円十銭ヲ伊夫伎、青山、鈴木重孝、梶田文太郎ニテ支出スルコトヽナセリ。
○午後青山操主任ノ事ニ付審査官会議ヲ開ク。
○十月四日午前八時前ヨリ高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。
○午前十一時前石原健三来リ、南部光臣カ起草シタル皇室経費ト皇室財産ト題スル意見書ヲ予ニ交シ、石原ハ今日ヨリ京都ニ行キ五六日ノ後帰京スル旨ヲ語リ、又三浦謹之助ヲ侍医頭トナスコトハ本人ガ承諾セス、松方正義ニ嘱シ一度ハ三浦ニ勧告セシメタルモ、承諾セス。再応ノ勧告ヲ松方ニ嘱シタルモ松方モ之ヲ諾セス。依テ三浦ヲシテ一週間ニ二回拝診セシムルコトヽナサントシ、三浦モ二回ノ拝診ハ之ヲ諾シ居ルモ、陛下カ之ヲ嫌ヒ玉ヘハ二回ノ拝診ハ出来難キニ付此策ハ実効ナカラント思フ旨ヲ語リタリ。
○午前十一時前伊夫伎準一、松根豊次郎ノ実況審査復命書ヲ予ニ交シ、今日午後ヨリ復命書ニ付会議シ度ト云フ。予今日午後ハ差支アリト云フ。月曜日午前九時ヨリ会議スルコトニ決ス。
○午前十一時後経済通信社員某来リ、銀行会社ノ実況調査書ヲ出版スルニ付之ヲ購フコトヲ請フ。予之ヲ諾セス。
○午前八時後青澤得一来リ、今日ヨリ朝鮮ニ帰任スル旨ヲ告ク。青澤ハ昨日来リタルモ、予カ在ラサリシヲ以テ今日復タ来リタルナリ。其依頼ハ名刺ニ記シ置ケリ。
○十月五日午前八時前高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。九月二十九日午後始メテ高成田ヲシテ診察セシメタルトキ、高成田護謨管ト鉄管トヲ以テ左ノ耳ニ風ノ通スルヤ否ヲ試ム。通セス。其後毎日咽喉ヲ療シ且ツ左耳ノ鼓膜ヲ動カス為メ、護謨管ニテ風ヲ送ル。今日又風ノ通スルヤ否ヲ試ム。微シク通シタルモ未タ可ナラス。
今後ハ隔日ニ治療スルコトヲ約セリ。
○午後二時後境豊吉来リ、伊勢海老十個ヲ贈ル。房州ヨリ送リ来リタルモノナリト云フ。蓋シ予ガ叙勲ヲ賀スルナリ。
境ト有馬家ノ事ヲ談シ、有馬家ニテ松田正之ノ家ヲ購ヒタルヘキヤヲ問フ。境多分之ヲ購ヒタルヘキ旨ヲ答フ。予又頼寧カ華族ヲ好マサル旨ノ意見ヲ日本魂（雑誌）ニ掲ケ居ル旨ヲ談シ日本魂ヲ示ス。
又頼寧カ（ミトリ）ニ対シ米国ニ行キテ夫婦トナルコトヲ約シ、米国行ヲ止メタル為メ、（ミトリ）ノ父ヨリ頼寧ニ対シ（ミトリ）ノ処置ヲ迫マリタル趣ナルコトヲ談シ、此処置ニ付テハ数万円ヲ要スヘキ旨ヲ語ル。境モ遠カラス其機ニ至ルヘキ旨ヲ話ス。
予又松田正之ノ寡婦ガ正之ノ住宅ヲ購フコトヲ正之結婚期ヲ定ムル条件トシタルコト、予ガ之ニ反対シタルコト、橋爪慎吾ヲシテ予ガ意見ヲ頼寧ニ告ケシメ、頼寧カ寡婦ニ交渉シタルコト、予ガ蜂須賀正昭〔韶〕ニ面会シタルコト、蜂須賀ヨリ予ニ話シタル次第、予ヨリ蜂須賀ニ話シタル次第、元田作之進カ有馬正頼ノ事ニ付予ニ話シタル事、有馬聡頼カ改心シテ近来ハ行状宜シキ事等ヲ話ス。話スルコト三十分許ニシテ去ル。
境ニ対シ近来有馬秀雄ニ逢ヒタルヤヲ問フ。境逢ハス、有馬ハ天竜川ノ水力電気発起ノ事ニテ繁忙ナル模様ナルコトヲ談ス。
予又帰郷中林田守隆、細見保ニ逢ヒ、細見ヨリ有馬家ノ久留米篠山町別邸他ヲ売却スルヤ否ヲ問ヒタルコト、予ガ之ニ対シ急ニ売却スルコト出来サルヘキ旨ヲ答ヘタルコトヲ話ス。
○境カ海老ヲ贈リタルヲ以テ、金井四郎カ金沢ヨリ帰リ居ルナラハ之ヲ分与セント思ヒ、午後四時後内子ヲシテ電話ニテ金井ガ既帰京シタルヤ否ヲ問ハシム。金井ノ家人、金井ハ本月八日帰京スル予定ナル旨ヲ答フ。
乃チ金井ニ贈ルコトヲ止メ、宇佐美富五郎ヲ呼ヒ海老五個ヲ之ニ与フ。
○午後五時頃東久邇宮邸ヨリ電話ニテ金井四郎ハ本月七日ニ金沢ヨリ帰ル旨ノ通知アリタルモ、時刻ハ分ラサル旨ヲ報シ来ル。金井ノ家人ハ先刻本月八日ニ帰ル旨ヲ答ヘタルモ、七日ニ帰ルコトヽナリタルモノナルヘシ。
○午後六時頃柴山文吾来ル。文吾ハ広津寅雄ヨリ予ニ贈ル茶ヲ届クル為メニ来リタルナリ。茶ハ文吾ノ母シマガ寅雄ノ嘱ヲ受ケ、九月廿九日ニ前橋ヨリ持チ帰リタルモノナリト云フ。文吾ヲ〔ハ〕棋ヲ善クシ只今二段ニナリ居ルトノコトナリ。
○十月六日午前内子自ラ澣濯ス。
○午前九時ヨリ松根豊次郎カ木曽御料地ノ実況ヲ審査シタル復命書ノ草案ニ付、審査官会議ヲ開ク。松根未タ復命書ヲ提出セスシテ辞職シタルヲ以テ正式ノ復命書ナキナリ。午後三時頃会議ヲ終ル。
○午後三時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪フ。波多野将ニ退出セントス。予カ来リタルヲ以テ留マリテ話ス。
予松田正之ヲ宗秩寮ニ入ルヽコトヲ謀リ、石原健三ハ尚ホ之ヲ諾セサルモ松田ヲ宮内省ニ入ルヽコトハ既ニ松田ニ対シ約シ居ルコトナル故、之ヲ決行スルコトヲ望ム旨ヲ説ク。波多野宗秩寮サヘ異議ナクハ之ヲ入ルヽコト〔ニ〕スヘシト云フ。予宗秩寮ニテハ異議ナシ。先日梶田文太郎ヲ審査官補ニ採用セントスルトキ、既ニ仙石政敬ニ松田ヲ採ルコトヲ勧メ、仙石モ之ヲ諾シ居レリト云フ。
波多野イツマテモ松田ヲ博物館ニ置ク訳ニ行カサル故、審査局ニテモ入レ特別任用ニテ審査官補ニテモナサント思ヒ居リタル所ナリト云フ。予今年ハ松田モ文官高等試験ヲ受ケ、既ニ筆記試験ニハ合格シ居レリ。石原カ十分ノ実力アリトテ総務課ニ入レタル土伎〔岐〕某ハ今年モ矢張リ不合格ノ様ナリ。石原カ自己ノ考ヘニテ誰ハ実力アリ、某ハ実力ナシトテ或ハ宮内省ニ入レ、或ハ之ヲ入レサルハ不当ナリト云フ。波多野イツマテモ反対スルハ不可ナリト云フ。
予蜂須賀正昭〔正韶〕ハ如何ナル事ヨリ娘ヲ松田ニ嫁セシムルコトヲ考ヘタルヤ、中々熱心ニテ其事ニ付予ニモ逢ヒ度ト云ヒ、面会ノ上種々話ヲ為シタリト云フ。波多野初メハ末広重雄ヨリ蜂須賀ニ話シテ、蜂須賀モ之ヲ思ヒ立チタル訳ナリ。
蜂須賀カ園遊会ヲ為ストテ大臣等ニモ案内シタリト見ヘ、山本達雄カ蜂須賀ノ園遊会ハ結婚ノ披露ナリヤト云フニ付、自分（波多野）ハ左ニ非サルヘシ、結婚ハ未タ済マスト云ヒタルニ、山本ハ松田ノ寡婦ハ実ニ困リタル人ナリト云ヘリト云フ。
予先頃モ松田ノ婚儀ニ付一寸面倒ナルコトアリタリ。寡婦ハ松田ノ為メニ有馬家ニテ家ヲ買ヒ、之ヲ松田ノ名義ト為シタル後ニ非サレハ松田ノ婚期ヲ定ムヘカラスト云ヒタル由ナリト云フ。
波多野其通リナリシ由。自分（波多野）ハ最早結婚期ニ近キコトヽ思ヒ石井（名ヲ知ラス為吉ナリシカ）ヲ召ヒ、結婚ハ如何ナリ居ルヤト云ヒタルニ今君ヨリ話シタル如キコトヲ云ヒタリト云フ。
波多野又松田ノ家ノコトハ、蜂須賀ノ方ニテハ家ハ自分（蜂須賀）ノ処ニモアル故其処ニ住シニテ〔セシメテ〕宜シト云ヒ居リタル故、自分（波多野）ヨリ其事ヲ石井ニ告ケタル処、石井ハ家マテモ蜂須賀ノ物ニ住ミテハ蜂須賀ノ養子トナリタル様ニナルトテ、寡婦カ承知セサリシト云ヘリト云フ。
予其事ハ有馬頼寧モ蜂須賀ノ邸内ニ住セシメントスルハ余リ極端ナリト云ヒ居リ、頼寧モ不同意ヲ唱ヘタル様ナリ。松田ノ家ハ結局必要ナルモノニ付、寡婦ノ指図ニテ買フコトハ困レトモ、最早有馬ニテ買入レタル筈ナリト云フ。
夫レヨリ労働問題等ノ話ヲ為シ、大蔵省ノ吏員カ増俸運動ヲ為シタル話ニ移リ、波多野ハ昔ナラハ官吏カ彼ノ如キコトヲ為セハ官規上免職セサルヲ得サレトモ、今日ニテハ誰モ怪マサル様ノコトヽナリタリト云フ。
又宮内省ニテモ宮附職員ノ俸給カ三号表ニナリ居ルヲ、二号表ニ改ムルコトヲ宗秩寮ニ申出シ居ル由ト云フ。予其事ハ今日ニ始マリタル話ニ非ス。勤務ヨリ云ヘハ俸給令ヲ改正スルハ相当ノ理由アル様ナリ。現行ノ俸給令ハ宮附職員ニハ官舎アリ、時々ノ賜金アリ等ノ理由ニ因リ三号表トナリ居ルトノコトナレトモ、是等ハ適当ノ理由トナスニ足ラスト云フ。
波多野モ宮附職員ノ職務ハ実ハ気ノ毒ト考ヘ居ル所ナリ。自分（波多野）等ハ俸給制度モ記憶シ居ラサル故、穏当ノ手段ニテ適当ノ人ニ通知シ置ケハ夫レニテ宜シト云フ。予此等ノ人ハ勿論目ニ立ツ如キ運動等ハ為サヽルナラント云ヒ置ケリ。
話スルコト二十分間許ニシテ去リ、戸田氏共ヲ訪ヒ安藤信昭ノ事ヲ依頼セントス。戸田在ラス。既ニ退庁シタルモノヽ如シ。
吉ヲ訪フ 西園寺八郎ト話ス乃チ小原吉ノ事務室ニ到ル。西園寺八郎正ニ在リ。予西園寺カ仏国ヨリ帰リタル後始メテ面会ス。乃チ其挨拶ヲ為ス。西園寺去ル。
吉ノ意見予小原ニ対シ、先刻仙石政敬ニ松田正之ヲ宗秩寮ニ採ルコトニ付大臣次官ニ話シタルヤヲ問ヒタル処、仙石ハ未タ話サス、石原ガ京都ヨリ帰リタル上ニテ、井上勝之助ヨリ石原ト波多野トニ同時ニ話サスルコトニ致サント思ヒ居ルト云ヒタル故、予ハ波多野ニ対シ松田ヲ宗秩寮ニ入ルヽコトヲ相談シタルニ、波多野ハ宗秩寮サヘ異議ナケレハ之ヲ入ルヽコトヽナスヘシト云ヘリト云フ。小原此事ハ結局大臣ノ命ニテ入ルルコトヽナスヨリ外致方ナキ故、井上ヲシテ余リ石原ニ交渉セシメサル方宜シカルヘシト云フ。
吉、石原健三ト山崎四男六トヲ罵ル小原ハ大正九年度ノ予算概算ニ自動車十六輌ヲ買ヒ入ルヽコトヲ申出シ、初メハ山崎四男六カ全然賛成シ置ナカラ、中口次官ノ意ナリトテ十二輌ニ減シ、終ニ八輌ニ減シタリ。山崎ハ次官ノ意ナリト云フモ、石原ハ之ヲ命セスト云ヘリトテ、石原ト山崎ノ処置ニ付大ニ不平ヲ唱ヘタリ。
小原又波多野カ宮内省ニテモ判任官カ増俸運動デモ為シハセサルカト大ニ懸念シ居レリ。懸念スルナラハ今少シ効能アル様ニ金ヲ使ヘハ宜シキニ、イツモ後手ニナリテ効能ナシトノ話ヲ為セリ。話スルコト十四五分許。
予カ仙石政敬ニ松田正之採用ノコトヲ談シタルハ、今日午後三時後ニシテ波多野敬直ニ松田ノコトヲ話ス前ナリシナリ。
○十月七日昨夜来雨甚シ、午前八時頃高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。渉予ノ左耳ニ風ヲ通スルコトヲ試ム。通セスト云フ。予右耳ハ通スルヤト云フ。渉之ヲ試ム亦通セスト云フ。然レトモ右耳ハ通シタル様ナリ。
今朝ハ咽喉ノ左ノ方工合悪シ、之ヲ渉ニ告ク。渉亦其兆アリト云フ。
○午後三時頃金井四郎電話ニテ只今金沢ヨリ帰リタル旨ヲ報シ、且予ガ何時頃家ニ帰ルヤヲ問フ。予四時頃帰ル旨ヲ答フ。金井然ラハ帰家ヲ待チテ更ニ電話スヘキ旨ヲ告ク。
午後四時前家ニ帰ル。少焉金井四郎ノ使来リ書ヲ致ス。正ニ之ヲ観ル。金井電話シ東久邇宮妃殿下仮リニ懐妊ナリトスルモ金沢医学校専門学校〔金沢医学専門学校〕ノ教授田村某〔昌〕（内科）、林某〔篤〕（小児科）、蔵光某〔長次郎〕（婦人科）三人トモ十分ノ注意ヲ為セハ金沢ヨリ東京ニ御帰リ成サレテモ差支ナシト云フニ付、成ルヘクハ十月末ニ御帰京成サルルコトニ致シ度。
尚ホ鈴木某〔愛之助〕（侍医）、磐瀬某〔雄一〕（大学教授婦人科）ノ意見ヲ徴シ、是モ同一意見ナラハ十月末御帰京ノコトニ決シ度旨、王殿下ニ言上シ置タリト云〔フ〕。予若シ衆医ノ意見一致シテ御帰京出来レハ非常ニ好都合ナリ。此話ヲ聞キタル上ハ君ヨリノ書状ニ対シテハ返書ヲ出サスト云フ。金井返書ノ要ナシト云フ。
乃チ使ニ其旨ヲ告ケテ之ヲ返ス。金井ノ書状ハ金沢ノ医師カ妃殿下懐妊ニテモ帰京差支ナキ旨ヲ語ルニ付、本月四日王殿下ニ妃殿下帰京成サルヽ方宜シカルヘキコトヲ言上シタルコトヲ報スルモノニテ、金井ガ今日帰京シタル後使ヲシテ予ニ致サシメタルモノナリ。
○十月八日午前十時後金井四郎宮内省ニ来リ、金沢ニテ妃殿下懐妊ノ疑アリ。御帰京差支ナキヤ否ニ付医師ノ意見ヲ聴キタル次第ヲ談シ、是ヨリ侍医鈴木某〔愛之助〕ノ意見ヲ聴キ、尚ホ磐瀬某〔雄一〕（大学教授婦人科）ノ意見ヲ聴キタル上決定スヘキコトヲ談ス。
金井又御用取扱永山某ハ家事上ノ係累多ク、到底勤務ヲ継続シ難キニ付辞職致シ度、依テ後任ヲ捜カシ呉度旨申出テタルコトヲ語ル。
予後任ハ頗ル困難ナルヘシト云ヒタルニ、金井、隈岡某（附武官）故大寺安純ノ娘ニテ田村某（氏ハ確カニ記憶セス陸軍中佐トカ云ヘリ）ニ嫁シ寡婦ト為リ、子二人アル者御用取扱ヲ希望シ居ルコトヲ話シタリ。候補者ト為シ置ク積リナリト云ヘリ。
金井又王殿下東京御転任ニ付、隈岡ハ士官学校御勤務カ宜シカラント云フモ、殿下ハ之ヲ希望セラレス。自分（殿下）ノ事ハ総テ参謀総長上原勇作ニ任セ居ル故、其考次第ニスヘシトノ御話アリ。依テ自分（金井）ヨリ金井カ上原ニ面会シ殿下ノ事ハ総テ上原ニ御任セ成サレ度御考ヘアリ、然ルニ附武官ハ士官学校カ宜シカラント云ヒ居レリ。自分（金井）等ニハ事情分ラス如何ナル方面カ宜シカルヘキヤ見込ヲ聞キ度。若シ既ニ内定シ居ル様ノコトナラハ之ヲ通知シ呉ヨト云ヒタラバ如何ト言上シタル処、其通リニ致セトノ御命アリタリ。
実ハ今日ニデモ上原ニ面会セント思ヒタルモ、今日ハ医師ニ面会スル必要アル故明日ニデモ上原ヲ訪フ積リナリ。上原ハ初メヨリ殿下ヲ教育総監部カ又ハ参謀本部ニ入ルル考ナルモ、朝香宮殿下カ同時ニ参謀本部ヨリ出テ隊附トナラレ居ル故、王殿下ヲ参謀本部ニデモ入ルレハ朝香宮モ矢張リ同時ニ入レサルヘカラス。其辺ニ苦心シ居ル模様ナリ。或ハ第一師団司令部附ガ宜シカラント云フ人モアレトモ、隈岡ハ殿下ハ勝気ノ方ニテ司令部附トナリ、他ト競争ナサルヽ様ニテハ洋行準備ノ妨害トナルヘシト云ヒ居レリ。
金井又先年殿下仙台ヨリ帰京セラレタルトキノ献上品、贈答品等ニ付テハ何等ノ記録ナキモ、後日ノ参考トモナルヘキモノ故、此節ハ金沢ヨリ帰京ノ時ノ献上品等ニ付テハ略ホ左ノ振合ニ依ルコトニ伺ヒタル上、両陛下ヘノ献上品ハ下賜品代価ノ五割、北白川宮、竹田宮ヘノ贈品ハ到来品ノ六割、朝香宮ニハ七割、久邇宮ニハ八割ニ当ル位ノ品ヲ調ヘ置ケリト云フ。
金井又昨年暮ヨリ只今マテハ宮家ノ事ハ総テ自分（金井）カ決定セリ。是ハ従来属官ニ一任シアリタル弊ヲ矯メタルナリ。最早大概属官モ振合ヲ領得シタル様ナルニ付、両殿下ガ金沢ヨリ帰京ナサレタラハ其時ヲ機トシ、其後ハ属官ノ分担事務ハ其責任トシ、自分（金井）ハ之ヲ統括スルコトニ改ムル積リナリト云フ。
金井又自分（金井）ハ殿下ニ対シ紋章附銀製烟草入ヲ賜ハリ度旨ヲ願ヒ、殿下承諾セラレ帰京ノ上賜与スヘシト云ハレタル故、此事ハ承知シ置呉ヨト云フ。
金井又女ノ料理人某ガ病気ニテ病院ニ入リ居リタルコトハ先頃話シ置タルカ、病院ヨリ本人ハ（シヨウカチ）病アリ、胸ノ処ニ腫物モ発シ居リ、行々之ヲ切開スル必要アルヘク、之ヲ解雇スルナラハ今ガ好時期ナル旨ヲ注意シ呉レタルニ付、先日之ヲ解雇シ其代ハリニ現ニ雇ハレ居ル男ノ料理人ノ弟子ニテ、是迄西野料理屋等ニ居リタル某（氏名ハ忘レタリ）ヲ見習トシテ入レ置タリ。
某ハ好酒家ニテ是迄ハ過飲シタルトキハ一二日位怠ルコトアリタル趣ナルモ、妻ヲ迎ヘタル後ハ大分引締リ居ルトノコトナリ。本人カ雇ハレタル各所ニ付問合ハセタルニ、其答ハ一致シ居レリト云フ。
金井又本月十九日頃ヨリ金沢ニ行ク積リナルカ、伊香保御用邸ノ修繕ヲ無理ニ内匠寮ニ為サシメ、其後妃殿下ノ避暑モナク自分モ往テ観モセサルニ付、内匠寮員ガ不平ヲ云ヒ居ル故、一夜泊リニテ伊香保ニ行ク積リナリト云ヘリ。
予先日波多野敬直ト宮附職員ノ俸給金改正ノ話ヲ為シタルコトヲ説キ、此上目ニ立ツ如キ運動等ヲ為サヽル方宜シカラント云ヒ、
又朝香宮、北白川宮ト東久邇宮トノ洋行ノ順序ニ付先頃波多野カ話シタルコトヲ告ケ、此事ハ他ニ云フヘカラサルコトヲ戒メ置ケリ。
金井ハ朝香宮ノ事陸軍ニテ評判悪シキコトハ東久邇宮殿下ニ申上ケ、殿下ノ自重ヲ望ミ置キタリト云フ。
予金井ニ金二十円七十銭ヲ渡ス。予ガ金沢ニ行キタルトキ両殿下ニ献上シタル（カステーラ）ト粽トノ代金ナリ。
○午十二時前西野英男ニ嘱シ瑞宝二等勲章及ヒ其略綬ヲ箱入ノ侭賞勲局ニ返ス。西野之ヲ総務課ニ致シ、総務課ヨリ之ヲ賞勲局ニ返スコトヽ為シタル旨ヲ報ス。
又同時ニ西野ニ下婢カ誤テ御料牧場ノ牛乳瓶ヲ破リタル故、其事ヲ牧場ニ通知スルコトヲ嘱ス。下婢モトガ昨日誤テ瓶ヲ壊シタルヲ以テナリ。西野直ニ電話ニテ通知シタルコトヲ報ス。
○午後一時頃杉栄三郎来リテ経済会議ノ書類二通ヲ致シ、予ノ捺印ヲ求ム。予之ヲ検スルニ、杉ノ捺印アルノミニテ省議未決ナル故、西野英男ヲシテ経済会議ハ省議決定後ノコトナル旨ヲ告ケ、其書類ヲ杉ニ返サシム。
○午後一時頃ヨリ松根豊次郎ノ木曽御料地実況審査復命書草案ニ付、審査官会議ノ決ニ依リ林野管理局ニ対シ発スヘキ推問書案ニ関シ審査官会議ヲ開ク。
○午後二時頃皇宮警部茅野安衛ナル者来リ、林恭次郎カ病ニ罹リタル為メ世話ニナリタルコトノ挨拶ヲ為ス。予茅野ト林トノ関係ヲ問フ。茅野、林ト同村ニテ懇意ナリト云フ。
○午後二時頃伊夫伎準一ヨリ林恭次郎カ順天堂分院ニ入院スルトキ送リ行キタル三村某〔清太郎〕ニ謝礼ヲ為ス必要アルヘキ旨、白根松介ヨリ注意セリ。如何スヘキヤト云フ。林ノ名ニテ謝ヲ贈ルハ相当ナルヘキモ、審査局員ヨリ贈ルハ不穏当ナルヘシトノコトニ決ス。
○午後六時頃金井四郎電話ニテ今日磐瀬某〔雄一〕ヲ訪ヒ、妃殿下旅行ノ事ヲ謀リタルニ、磐瀬ハ医学上ヨリ云ヘハ懐妊ノ初期ニテモ旅行差支ナシト云ヘリ。依テ更ニ片山芳林（侍医頭）、鈴木愛之助ニ会見シ其意見ヲ問ヒタル処、医学上ノ論ハ別トシ宮内省ノ如ク何事ニ因ラス議論多キ所ニテハ、単純ナル理論ノミニテ妃殿下ノ十月末ノ旅行ニ賛成スルコト能ハス。八月中ノ受胎トスレハ十一月三四日頃ニ至レハ受胎後十二週ヲ経過シ、医学上ヨリモ安心ノ理由アルニ付其頃ノ旅行トナサルルコトヲ望ム。鈴木カ迎ヒノ為メ金沢ニ行クコトハ差支ナシト云ヘリ。僅ニ数日ノ差ニ付其意見ニ従ハルルヽ方宜シカラント思フト云フ。
予其方宜シカラルヘシ。但明日出勤ノ上一度波多野敬直ニ話スヘキニ付、其上ニテ金沢ニ電報ヲ発スル方宜シカルヘシト云フ。金井、金沢ニハ書状ヲ出ス積リナリ。宗秩寮ニハ話ス方宜シカルヘキヤト云フ。予、予ガ波多野ニ話シタル模様ハ直ニ電話ニテ通知スヘク、宗秩寮ニモ話シ置ク方宜シカルヘキカ、此方ハ君ヨリ話ス方相当ナルヘシト云フ。金井明日宮内省ニ行キテ話スコトニスヘシト云フ。
○午後内子神田ニ行キ懐中電灯ノ電池ヲ買フ。
○十月十日午前六時後理髪ス
○午前八時前岩下清周来ル。
岩下自分（岩下）ノ被告事件ノ事ニ付テハ自ラ之ヲ弁解セス。上告審ニテ原判決ヲ破毀シ、之ヲ他ニ移スコトヽナルヘキ模様ナリ。而シテ之ヲ東京控訴院ニ移スコトニ付テハ大審院検事モ同意シタル趣ニ付、多分其事トナルヘシ。
依テ自分（岩下）ヨリ依頼シ度ハ、控訴院長カ検事長カニ真面目ニ裁判スル様一言伝ヘ呉度。自分（岩下）ノ罪状トシテハ弁護士鵜沢総明、花井卓蔵等ノ話ニテハ、自分ガ銀行ニ在ルトキ、行員カ誤テ二千五百円ヲ不足セシメタルコトアリ。其時自分ハ之ヲ重要ナルコトヽ思ハス。行員ヲ庇護スル為メ自分カ使用シタルコトニ致シ置ケト命シタルコトアリ。此事ガ横領罪ヲ構成シ、其外ニハ罪トナルヘキ行為ナシトノコトナリ。依テ常識アル人カ正当ニ裁判スレハ何テモナキ事ト思フ。
渡辺驥ノ寡婦ハ非常ニ心配致シ是迄モ幾度カ君ニ依頼スルコトヲ勧メタルモ、自分ハ遠慮シテ来ラサリシモ寡婦モ余リ心配スル故、前述ノコト丈ヲ依頼スト云フ。
予富谷鉦［鉎］太郎モ河村善益モ懇意ノ間柄ニテ話ハ出来サルコトハナキモ、職務上ノ事ニ付他ヨリ喙ヲ容レラルヽハ気色宜シキモノニ非ス。殊ニ裁判ノコトハ監督官タリテモ法規上ニテハ干渉ヲ許サス。又掛リ裁判官モ予定セラレ居リ。事件ニ依リテハ之ヲ変更スルコトヲ許サヽル故、予ヨリ内談スルコトハ却テ有害ナルヘク、何カ好機会アルトキ先方ノ感情ニ障ラサル位ノ程度ニテ話スコトハ出来サルコトナケレトモ、固ヨリ效能アル訳ニモ非ス。
寧ロ弁護人ヨリ職務上又ハ職務外ニテ意ヲ通スル方宜シカラント云ヒ、尚ホ先日木内重四郎ノ被告事件ニ付其友人ヨリ同様ノ話アリタルモ、矢張リ同様ノ理由ニテ之ヲ断ハリ置タリトテ其時ノ事ヲ略説ス。
岩下貴意ハ十分領解セリ。自分カ被告人トナリタルトキ、渋沢栄一初メ友人ガ連署シテ自分ヲ弁護スル為陳情書ヲ出シタルコトアリタルカ、自分ノ為メ非常ニ不利益ナリタリト云フ。
岩下又大坂〔阪〕控訴院斎藤十一郎ハ被告事件ノ内容モ知ラスシテ、新聞紙有罪ノ意見ヲ発表シタルノ故、弁護士中ニハ嫌疑ノ為裁判管轄ヲ移ス申請ヲ為サントノ意見ヲ懐キタルモノモアリタルモ、鵜沢ハ却テ感情ヲ害スヘシトテ之ヲ止メタリ。自分ハ大坂〔阪〕ノ富豪藤田某ノ感情ヲ害シタルコトガ此事件ヲ起シタル原因ニテ、新聞ハ総テ之ヲ買収シ、其他ニモ余程金ヲ費ヤシテ有罪トナサントシタルナリ。自分ノ事件ガ結了シタル上ハ、此事ハ発表スル積リナリ。要スルニ自分ノ事件ニ付テハ君ノ同情ヲ得レハ夫レニテ満足ナリ。
自分ハ当時原敬ノ関係シ居リタル新聞社ニ金ヲ貸附ケタルコトモアリ。其時ハ政友会イヂメノ目的ニテ事件ヲ起シタル訳ナリ。併シ今日原ガ司法大臣ヲ兼ネ居レトモ、自分ハ往訪セサルハ勿論、書状モ贈リタルコトナシ。
自分ハ自分ノ為メニ非ス、自己ノ経験ヨリ一般ノ為メ切ニ陪審ノ必要ヲ感スルニ付、此事ニ付テハ是非成立スル様尽力ヲ請フト云ウ。
岩下ノ子ハ大学ヲ卒業シ鹿児島高等学校ノ教員ニテ私費洋行中、娘一人ハ英国龍動滞在中ト云ヘリ。
岩下ハ自分ノ事件ハ商業ノ心得アル者ナレハ少シノ疑念モナク、正当ノ行為タルコトヲ信スヘシ。此辺ヨリ考フレハ陪審ノ必要ヲ感スト云ヘリ。九時頃帰リ去ル。
○午前十時後波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ、昨夜橋爪慎吾ヨリ依頼シタル媒妁ノ事ヲ謀ル。波多野自分ハ媒妁ノ事ハ確カト依頼ヲ受ケ居ラスト云フ。予伊達某ニ媒妁ヲ依頼セントノ話アリタルモ、松田ノ寡婦ハ是非君ニ依頼シ度ト云ヒタル様ニ聞キ居リ。且寡婦ハ既ニ依頼シタルコトノ様ニ考ヘ居ル模様ナリト云フ。
波多野自分ハ内端ノ世話ハ勿論為スヘキモ、媒妁トナル積リニハ非サリシモ、従来ノ関係モアルコトニ付、媒妁トナルコトハ辞スルニハ非スト云フ。
予然ラハ結婚ノ期日ハ君ノ差支ナキ時ニ定メサルヘカラサル故、其時期ヲ聞キ度ト云フ。波多野確カナルコトヲ約スル訳ニハ行カサルモ、十一月二十日頃大演習ヨリ御還幸アルヘキニ付、其後更ニ行幸アルトシテモ多少ノ時日ハアルヘキニ付、二十日後二十四五日迄ノ間ナラハ多分差支ナカラント思ハル。臨時ニ差支ヲ生スルコトナキヤハ予知シ難シト云フ。予然ラハ其趣ヲ通知シ置クヘシト云フ。
判任官増俸運動ノコト利益ノ分配不平均ナルヨリ不平ヲ醸スコト等ヲ話シ、宮内省ニハ今日マテハ運動ケマシキコトヲ為ス模様ナク、政府ニテ増俸スル時期ニ到レハ宮内省ニテモ勿論増俸スヘク、
宮内省ニテハ今日テモ増俸スルコトヲ得レトモ、政府ノ迷惑トナリテモ不都合ニ付、単独ニ之ヲ決行スル訳ニハ行カスト云フ。
予審査局ニ返リ、電話ニテ橋爪慎吾ニ媒酌ノコトニ付波多野ト話シタル概略ヲ告ク。橋爪之ヲ謝ス。
○予ガ岩下清周ト話シ居ルトキ、金井四郎ヨリ電話ニテ妃殿下ハ十一月三日金沢ヲ発シ帰京セラルヽコトヽ決シタル旨ヲ報ス。予之ヲ承知シタル旨ヲ答ヘシム。
○午前伊夫伎準一ニ明日ノ蜂須賀正韶ノ園遊会ニハ高帽ヲ著クルニ及ハサルヘシト思フガ、総務課ノ白根松介ニテモ問ヒ合セテハ如何ト云フ。伊夫伎問ヒ合セ見ルヘシト云フ。少時シテ白根ニ問ヒ合セタル処、総務課ニテハ高帽ノ方可ナラントノ意見多シ。尚ホ午餐ノトキ談シ合ヒタル上通知スヘシト云ヒタル旨ヲ報ス。
午餐後白根来リ、木村甚三郎ノ意見ニテハ外国人モ来会スル故高帽ノ方宜シカラントノコトナリト云フ。
白根又土岐某ハ母ノ病ノ為メ文官試験ヲ受クルコトヲ二日目マテニテ止メタルコトヲ話ス。
○午後二時後波多野敬直ヲ訪ヒ、将ニ東久邇宮妃十一月三日金沢ヲ発シ帰京セラルヽコトニ決シタルコトヲ告ケントス。波多野己ニ退省シ居リタリ。
宗秩寮ニ到リ仙石政敬ニ之ヲ告ケント〔ス〕。仙石モ既ニ歯痛ノ為メ退省シタリト云フ。乃チ井上勝之助ノ室ヲ窺フ井上亦在ラス。
○午後二時三十分頃将ニ雨ラントス。予傘ヲ有セス。又人力車夫ヲシテ来リ迎ヘシメサルコトニ命シ置タルヲ以テ雨ノ甚シカラサル中ニ退省セリ。三時頃家ニ達ス。
広津直人妻正ニ在リ。話スルコト四五分許ニシテ去ル。
○午後四時頃迅雷予ガ家ヲ距ルコト五六町ノ処ニ震シタルナラン。
○午後四時後橋爪慎吾ニ電話シ、明日ノ園遊会ニハ宮内省ノ者ハ大概高帽ニテ行ク模様ナルコトヲ報シ、且故頼匡ノ墓前ニ建ツル手水盤ニハ予モ加入スルニ付、然ルヘク取計ヒ呉度旨ヲ嘱ス。
○此日雷ハ甚シカリモ雨ハ甚シカラス。
○午後久徳宗昭来リテ先頃托シ置タル衣類ノ中ヨリ洋服ヲ取リテ去リタル由、予ガ家リタル後内子ヨリ之ヲ報ス。
○午後七時十五分頃金井四郎ニ電話シ、今朝金井ヨリ電話シタルトキハ折悪シク差支アリ。自ラ電話スルコトヲ得サリシ旨ヲ告ケ、電話ノ趣旨ハ之ヲ領シタルヲ以テ宮内省ニテ波多野敬直、井上勝之助、仙石政敬ニ電話ノ趣旨ヲ告ケント欲シタルモ、皆退省後ニテ之ヲ果サス。
又明日ノ蜂須賀ノ園遊会ニハ宮内省ノ人ハ大概高帽ニテ行ク模様ナルニ付、為念之ヲ報スル旨ヲ告ク。
○微雨夜ニ入ルモ尚ホ休マス。
○午前宇佐美富五郎ヲシテ東洋拓殖会社新株第二回払込金ヲ朝鮮銀行ニ払込シム。
○十月十一日午前八時前高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。
○午前十時後波多野敬直ヲ官房ニ在ラス。木村甚三郎ニ波多野カ返リ来リタラハ、東久邇宮妃殿下ハ十一月三日ニ金沢ヲ発シテ帰京セラルヽコトニ決シタルコトヲ報スルコトヲ嘱ス。
又仙石政敬ヲ其事務室ニ訪フ在ラス。酒巻某、仙石ハ今日出勤セサル旨ヲ告ク。乃チ井上勝之助ヲ訪ヒ、東久邇宮妃殿下十一月三日金沢ヲ発シ帰京セラルヽコトニ決シタル旨ヲ告ク。井上、金井四郎ハ金沢ニ行カスシテ決定シタルヤト云フ。予然リ、金井ヨリ電信ヲ発シ又書状ヲ出シ、金沢ヨリ電信ニテ決定ヲ通知シ来リタル由ナリト云フ。
井上、十一月三日マテ金沢ニ滞在セラルルコトガ必要ナリヤト云フ。予先日金井ヨリ話シタル如ク純医学上ヨリ云ヘハ其必要ナシトノコトナルモ、侍医寮ニテハ純理ヲ外ニシテ受胎後十二週間ヲ経過シタル後、旅行セラルヽコトヲ希望スルニ因リ、其事ニ決シタルマテナリ。只今ノ処十一月三日マテ滞在セラルヽ必要アリトモ云ハレサルヘキモ、又滞在セラレテ悪シキコトモナカルヘキ模様ナリト云フ。井上之ヲ領ス。
○午前内子一ツ木郵便局ニ行キ恩給金ヲ取リ、為替二通ヲ作ル。一ハ鈞ニ贈リ、一ハ隆ニ贈ルモノナリ。
○午前十時後西野英男ニ嘱シ牛乳代ヲ宮内省金庫ニ償ハシム。
○午後一時前ヨリ蜂須賀正韶ノ園遊会ニ三田綱町ノ邸ニ赴ク。
石渡敏一ニ逢ヒ、柳田国男ト徳川家達トノ関係如何ナリタルヤヲ問フ。石渡、柳田ハ九月ニ至レハ辞職スル旨ヲ言明シ居リタルモ、近来ニ至リテハ之ヲ変更シ、辞職セスト云ヒ居レリ。柳田ハ中々執拗ナリト云フ。
蜂須賀邸ニテ能及ヒ阿波踊ヲ観ル。此日会スル者千四五百人ナルヘシ。四時食堂ヲ開ク。四時後帰途ニ就キ五時頃帰ル。
蜂須賀邸ニテ有馬頼寧ニ逢ヒ、松田正之結婚媒妁ノコトニ付波多野敬直ト話シタル状況ヲ告ク。此事ハ橋爪慎吾ニ告ケ置キタリ、同人ヨリ之ヲ聞キタリヤト云フ。有馬概畧之ヲ聞キタリ。誰レカ今一度波多野ニ媒妁ノコトヲ依頼スル必要アルヘキヤト云フ。予波多野ハ媒妁ハ辞スル訳ニハ非スト云ヒ、其差支ナキ日マテモ話シタルニ付、大概之ヲ承諾シタル訳ナルモ、今一度之ヲ依頼シ置ク方確カナルヘシト云フ。有馬、正之自身ニテ依頼シテ宜シカルヘキヤト云フ。予初メ寡婦ヨリ依頼シタル様ニ聞キ居レハ、寡婦ヨリ依頼シテ宜シカルヘク。松田男ヨリ依頼シテモ差支ハナカルヘシト云フ。
蜂須賀ノ園遊会ニテ井上孝哉ニ逢ヒタルトキ、井上ヨリ朝鮮ニ在ル堀部広ヲ内地ニ採用スルコトヲ依頼ス。
○午後八時頃金井四郎ヨリ電話ニテ、私用出来、今夜十時ヨリ旅行シ、明後日午前二時頃ニ帰京スルコトヽナルヘキニ付含ミ置キ呉ヨト云フ。
予之ヲ諾シ、且ツ今日波多野敬直ニハ面会スルコトヲ得サリシニ付、木村甚三郎ニ嘱シ東久邇宮妃殿下十一月三日金沢カラ帰京セラルヽコトニ決シタルコトヲ告ケシメ、井上勝之助ニハ予自ラ之ヲ告ケ、井上ハ矢張リ本月九日ニ話シタルトキノ如ク、妃殿下カ来月初頃迄金沢ニ滞在セラルヽ必要アリヤ、金井ハ金沢ニ行カスシテ帰京ノコトヲ決セラレタルヤ、東京ヨリ医師ハ行カサルヤ等ノ事ヲ云ヒタル趣ヲ告ク。又仙石政敬ハ今日ハ風邪ニテ出勤セサリシニ付、之ヲ告ケサリシコトヲ告ク。
蜂須賀邸ニテ石渡敏一ニ法律取調ニ関スル行賞ノコトヲ談ス。
○十月十二日午前八時頃、金井四郎電話ニテ昨夜旅行スル旨ヲ告ケ置タルモ、自ラ行カサルモ用ヲ弁スルコトヲ得ヘキ模様ナルニ付、一応旅行ヲ止メタリ。尚ホ都合ニ因リテハ旅行スルコトモアルヘキ旨ヲ告ク。
○午前九時後内子安ト倶ニ三越呉服店ニ行キ、安ノ帽子、巻紙、状袋、朗子ノ手遊等ヲ買フ。
○午前自ラ小包郵便ニテ刀ヲ郷里ニ送ル為メ用ユル箱ヲ作ル。
○午後六時後ヨリ内子ト倶ニ宮松座ニ行キ、小清ノ義太夫ヲ聴ク。十時後家ニ帰ル。
○十月十三日午前七時後高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。
○午前十一時頃西野英男ニ嘱シ、本月十一日園遊会ニ招カレタル謝ヲ致ス為メ、名刺ヲ蜂須賀正韶ニ送ラシム。
○午後二時三十分ヨリ部局長官会議ニ列ス。
問題ハ本年七月ニ判任官以下ニ対シ特別手当ヲ給セラレタルガ、其時ハ給与金ノ半額ニ止メアリ。其半額ハ之ヲ何時ニ給スルヲ相当トスルヤト云フニ在リ。七月ニ手当ヲ給シタルトキ、此際ハ半額ヲ給スト云フ趣旨ニナリ居ルヲ以テ、残リ半額ハ他日之ヲ給スト云フ趣旨ハ明瞭ナルニ、近藤久敬ガ残リ半額ヲ給スルヤ否ハイツレトモ決シ居ラスト云ヒタルヨリ、之ニ反対スル者多ク、又之ヲ給スルナラハ只今カ相当ナル旨南部光臣ヨリ提議シ、小原
吉モ同様ノ意見ヲ述ヘ、馬場三郎ハ十二月ヲ可トシタルモ、其他ニハ十二月ヲ可トスル意見ナシ。
小原ハ更ニ今後判任官等ニ手当ヲ給スル様ノトキハ、一応部局長官ニ内議シテ決スルコトヲ望ム旨ヲ主張シ、其理由ハ現在ノ支給金額ヲ標準トシテ手当金額ヲ定ムルハ、職務ニ因リ実際ニ適セサルコトアリ。七月ノトキモ支給金額ノミニ依リタル為メ、大ニ困リタルコトアリト云フニ在リ。
又年末賞与金額ノ分配ハ現在員ノ俸給額ニ依ラス、俸給予算ノ分配額ニ依ルコトニ致シ度シ。従来ハ俸給予算ヲ標準トシタルニ昨年末ハ遂ニ現支給額ニ依リタル故、大ニ見込違ヒトナリタリト云フ。
又省丁ハ各部局ニ属シ所属ヲ変更スルコトナキ慣例トナリ居レトモ、部局ニ依リ収入ノ多少アリ。従テ各自ノ幸不幸ヲ生スル故、今後一年位ニテ転セシムルコトヽナス方針ニ決シタルヲ以テ、之ヲ領セラレ度ト云フ。
山口鋭之助ヨリ三大節等ノ時ノ給仕人ハ宮内省ノ膳手ノミニ非ス、他ヨリ臨時ニ雇ヒ入レラルヽ趣ナリ。所属官庁ノ判任官以下ハ宮殿ニ出入スル機会ナク、給仕ニテモ従事スルコトヽナラハ喜ンテ従事スヘキニ付、大膳寮ニテ之ヲ使役スルコトトセラレ度ト云フ。上野喜〔季〕三郎、膳手ノ不足ニハ困リ居ル所ナルニ付、只今ノ希望ハ大ニ之ヲ歓迎スル所ナリ。成ルヘク多数ノ希望者ヲ得ルコトヲ望ム旨ヲ答ヘタリ。四時十分頃ニ至リ散会ス。
吉成ルヘク人力車ノ使用ヲ減スル希望ヲ述フ前記ノ外小原吉ヨリ行幸啓等ノトキ、各部局ニテ人力車ヲ使用スルコト多シ、今後成ルヘク自動車ニナシ度希望ヲ述フ。
夜中川孝太郎家族ヨリ只今松茸ヲ小包ニテ送リタルコトヲ報ス。然ルニ松茸ハ其前既ニ達シ居レリ。電話ノ過誤ナルヘシ。松茸ハ中川カ京都ヨリ送リタルモノナルヘシ。
○午後零時後渡辺驥ノ寡婦来リ、先日予ガ岩下清周ニ面会シタルコトニ付挨拶シ、栗実三升許ヲ贈リタル由。内子ヨリ之ヲ報ス。
○十月十四日午前十時後金井四郎来リ、妃殿下金沢ヨリ帰ラルヽニ付鈴木愛之助（侍医）ハ護謨ノ蒲団ヲ要スト云ヒ、昨日又其旨ヲ祖式某ニ話シタル由ナルモ、自分（金井）ハ左程ノ必要ヲ認メス、如何スヘキヤト云フ。予今一応鈴木ノ意見ヲ問ヒ、鈴木ガ必要ヲ主張スルナラハ兎モ角之ヲ購求シ、之ヲ使用スルト否トハ其時ノ都合ニ因ルコトヽナスモ差支ナカルヘシト云フ。代価ハ五十円ノモノト九十円ノモノトアル趣ナリ。
金井又王殿下金沢御引上ノ時ハ、師団長連隊長等ハ転任後日浅キモ（カフス）釦ヲ賜ハリ、語学ノ教師某々及医師某々々等ニモ同品ヲ賜ハリ、知事、前田家ノ世話方某ニモ同品ヲ賜ハリ、某ハ決シテ洋服ヲ着サル故、之ニハ銀盃ヲ賜ハリ、知事ノ妻等ニハ菓子ヲ賜ル都合ニ致シ置タリ。予若宮方ノ御相手ヲ為シ居ル独逸人ノ子ニハ何カ賜ハル必要ナキヤト云フ。金井表向ニハ其必要ナキモ、是迄菓子抔賜ハリタルコトアリト云フ。予矢張菓子位ハ賜ハル方宜シカルヘク。器物抔ハ適当ナラサルヘシ。前田家ヘノ賜品ハ既ニ出来タルヤト云フ。金井既ニ出来居レリト云フ。
金井又鈴木愛之助ハ今日ハ出勤シ居ラス、今夜当直ナル趣ニ付明日デモ来リテ相談スルコトヽナスヘシト云フ。
○午後五時頃中川孝太郎ノ家族ニ電話シ、松茸ヲ贈リタルコトヲ謝ス。
○午前内子三越呉服店ニ行キ物ヲ買フ。渡辺驥ノ寡婦及娘ニ逢ヒタル由。
○十月十五日午前七時三十分ヨリ高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。
○午後一時後金井四郎来ル。予波多野敬直ヲ官房ニ訪フ。波多野先日ヨリ一両度給仕ヲ遣ハシ、君ヲ召ハシメタルモ君ニ逢ハスシテ返リ来レリト云フ。予先日依頼シ置タル東久邇宮殿下転任ノコトヲ陸軍大臣田中義一ニ謀リ呉タルヤヲ問フ。
波多野之ヲ話シタリ。機動演習モ既ニ済ミタル由ニ付、速ニ転任ノ取斗ヲ成シ呉ヨト云ヒ、田中ハ直ニ之ヲ取斗フヘシト云ヘリト云フ。予機動演習ハ未タ済マス。来月八日マテニ済ム趣ナリ然レトモ此事ハ陸軍ニテハ分カルコトニ付間違ハ之アルマジト云フ。
夫レヨリ政府ニテ陪審制度ヲ設クル意向ヲ漏ラシタルニ付、其論ガ大分喧シクナレリ。其結果ハ如何アルヘキヤト云フ。波多野イツレ之ヲ実行スルコトヽナルヘシト云フ。予是マテハ民間ニテハ其アリタルモ、政府ニテハ其意向ナカリシニ付格別ノコトナカリシモ、此節ハ之ヲ実行セスシテハ済マジト云フ。波多野司法省ノ意向ハ如何ト云フ。予司法省ハ矢張リ反対ナルヘシト云フ。
波多野委員会ノ模様ハ如何ト云フ。予委員会ニテハ未タ審議セス。予等モ陪審制度ヲ設クル結果ニ付テハ懸念スルモ、近年検事ノ執務振リハ余リニ極端ナル様ニ感スルコトモナキニ非スト云フ。波多野、検事ハ管轄ヲ守ラス何処マテモ行キテ執務スル様ニナリ居レリト云フ。予少シク重要ナル事件アレハ検事ヲ派遣シテ執務セシムルハ近来ノ慣例ノ様ニナリ居レリト云フ。
波多野田中ノ話ノ趣ハ王殿下ニ申上呉ヨト云フ。予之ヲ謝シテ返ル。
食堂ニ過キル。山崎四男六、馬場三郎、市来政方アリ。馬場先日ノ部局長官会議ニテ判任官以下ニ対スル特別手当ヲ此際支給スヘシトノ意見多カリシモ、生計困難ナリトノ声アリトテ直ニ手当ヲ給スル様ニナリテハ際限ナシ。此際之ヲ支給スルハ適当ナラスト思フト云フ。
予此事ハ実際問題ニテ実際多数ガ困リ居ルナラハ、之ヲ支給スルヨリ外致方ナキニ非スヤト云フ。馬場此際之ヲ給スレハ間モナク之ヲ給セサルヲ得サルコトヽナルヘシト云フ。予或ハ然ラン。然レトモ元来事情ニ因リ特別ニ詮議セラルヽモノナレハ、幾度ニテモ致方ナキニ非スヤト云フ。
審査局ニ返リタル後、王殿下転任ノコトニ付予ト波多野ト話シタル次第ヲ金井ニ告ク。
金井ヨリ物価騰貴ノ為メ宮附職員カ困リ居リ。田村某ヨリ宮家ニテ購買組合ノ如キモノヲ設ケラルレハ職員ノ為メ好都合ナリト云フニ付、自分（金井）ハ此事ハ自分ヨリ発言スヘキコトニ非サルニ付差控ヘ居リタルモ、君等一同ノ希望ナラハ宮務監督トモ相談シ見ルヘシト云ヒ置タリト云フ。
予幾分カ市場ノ相場ヨリ廉ク売ルコトヲ得ヘキヤト云フ。金井醤油ハ親族ニ之ヲ鬻クモノアル故原価ニテ之ヲ売ルコトヲ得ヘシ。其他ノ品ニテハ仮令価格ハ格別ノ差ナキモ、一時ニ全部ノ価ヲ償ハスシテ品物ヲ買フコトヲ得レハ非常ニ好都合ナリト云フ。予物品ノ種類ハ極メテ之ヲ少クシ、日常ニ必要ナルモノ即チ米、醤油、味噌等ノモノニ限ルコトヽナシ、宮家ニハ結局損失ナキ工風〔夫〕アラハ之ヲ計画シ見ルコトニ致シテハ如何ト云フ。金井資本ノ利子丈ハドウシテモ損失トナル訳ナリト云フ。予利子ハ固ヨリ差支ナシト云フ。
金井カ購買組合ノコトヲ話シ出サントスルトキ、予ヨリ先日君カ鈴木愛之助ニ遇ヒタル模様ヲ聞キ度ト云ヒタルニ、金井、鈴木ハ妃殿下金沢ヨリ帰京セラルヽトキハ用心ノ為メ是非護謨ノ蒲団ヲ備ヘ度ト云ヘリト云フ。予然ラハ兎モ角之ヲ用意スルコトニ為ス方宜シカルヘシト云フ。金井モ医師ガ此ク云フニ付之ヲ買ヒ入ルヽコトヽナスヘシト云フ。
○午後三時後柳田国男来〔ル〕予未タ帰ラス。柳田去ル。
五時頃予正ニ食ス。柳田復タ来ル。予食ヲ終ハラスシテ之ニ面ス。
柳田曰ク、予ノ辞職ノコトハ疾ク決心シ其準備ヲ終ハリタルモ、石渡敏一ヨリ何等ノ事ヲ申来ラサル故、岡野敬次郎ニ書ヲ贈リ、此侭経過スルコトハ徳川議長（家達）ノ為メ不利益ナルニ付、何トカ解決ノ方法ヲ講セサルカト申遣ハシ、岡野ヨリ此事ニ付テハ何カ行違アルト思フニ付、熟談致シ度一度来訪セヨト申来リ。
予（柳田）ヨリ更ニ書ヲ贈リ、君（岡野）ヨリ話度コトアルヘキモ自分（柳田）ヨリ此事ニ付君ニ面会スルコトハ迷惑ナリト申遣ハシタリ。然ルニ其後何方ヨリモ何タルコトモ申シ来ラサルニ付、更ニ徳川ニ書ヲ贈リ、聞ク所ニ依レハ君ハ近日支那ニ行カルヽ由、自分（柳田）ノ問題ヲ解決セスシテ支那ニ行カルレハ、君ノ為メ不利益ナル故支那行ヲ止メ、此重大問題ヲ解決セラルヽ方宜シカルヘキ旨ヲ申遣ハシ、又徳川ニ書ヲ贈リタル丈ケニテハ徒ラニ徳川ヲ困〔ラ〕シムルコトヽ思ヒタル故、石渡ニモ書ヲ贈リ、徳川ニ書ヲ贈リタル始末ヲ報シ置タリ。
自分ヨリモ黒田副議長（長成）ニ此事ヲ話サントハ思ヒタルモ、是モ黒田ヲ困〔ラシ〕ムルノミト思ヒ見合セ置タル処、徳川ヨリ直ニ黒田ニ話シタル趣ニテ黒田ハ非常ニ困リ居レリ。今日トナリテハ自分（柳田）ヨリ何等カノ廉ナクシテ辞スル訳ニ行カサル故、辞職セサルコトニ決シタリ。左リトテ此次ノ議会ヲ此侭ニテ過スコトハ議長モ困ルヘシ。議長ハ五週間位ニテ帰ル趣ニ付兎モ角夫迄ハ此侭経過スル積リナリ。
本年五月石渡ト話シ合ヒタルトキ自分（柳田）ハ君（予）ニ話シタル通リ石渡ニ対シテモ徳川ヨリ謝スレハ直ニ辞スル旨ヲ告ケ、石渡ヨリ何トカ通知スルコトニ約シ置タリ。其後聞ク所ニテハ石渡ヨリ岡野ニ対シ徳川ヨリ謝スルコトニスル様相談シ、岡野モ之ニ同意シタリトノコトナリ。依テ自分（柳田）ハ石渡ニ対シ君ハ中口ヨリ此事ニ関係シタル故徳川ヲシテ謝セシムルコトモ出来サル訳ニハ非サルヘキモ、岡野ハ右様ナルコトガ出来〔ル〕訳ニ非スト云ヒ置タリト云フ。
予先日蜂須賀ノ園遊会ニテ石渡ニ逢ヒ此事ノ話ヲ為シ、石渡ハ九月ニ至レハ君（柳田）カ辞職スルコトニナリ居リタル処、其事ガ又変更セリト云ヒ居リタリ。若シ予ガ仲間〔中間〕ニ立チテ話ノ取次ヲ為シタラハ、必ス行違ノ責任ヲ負ハサルヘカラサル所ナリシモ、君等ガ直接ニ話シタル故予ハ責任ヲ免レタリト云フ。
夫レヨリ時勢談ヲ為シ、柳田ハ宮内省内丈ハ確カナルカト云フ。予宮内省ト云フテモ雑仕小者ニ至リテハ労働者ト同様ニテ、而カモ此等カ多数ナルニ付何時不穏ノ事ヲ為スヤモ斗リ難ク、油断ハ出来スト云フ。柳田自分等ノ考ヘニテハ現在ノ状勢ヲ変スル為メ正面ヨリ手ヲ著クルハ宜シカラス。何カ方法ヲ以テ人心ヲ転換セシムルカ得策ナリト思フ。是迄ハ戦争カ至便ノ手段ナリシモ、今日ニテハ夫レハ出来スト云フ。話スルコト三十分許ニシテ去ル。
○今日山本辰六郎ガ送リタル松茸一箱達ス
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「大正八年十月十六日以降 日記十六 十一月六日マテ」
【原注】
皇族処分問題十月二十一日 十五葉表 十六葉
十月二十三日 二十二葉表
十一月一日 三十五葉表
尹徳栄等辞爵ノコト 十一月十一日 三十六葉表
○十月十六日午前七時後仙石政敬ヨリ電話ニテ、八時頃往訪セント欲ス差支ナキヤト云フ。
予今朝ハ一寸他ニ廻ハリテ宮内省ニ出勤セント思ヒ居ル所ナリ。宮内省ニテ面会シテハ如何ト云フ。仙石何時頃出勤スルヤト云フ。予十時頃ニナルヘシト云フ。仙石左程急ク用ニモ非サル故、宮内省ニテ話スコトニスヘシト云フ。
○午前八時三十分頃ヨリ内子ト倶ニ神保町ニ行キ草花ヲ買ハントス。可ナルモノナシ。乃チ之ヲ止メ帰途魔法瓶ヲ買フ。予ハ直ニ宮内省ニ出勤ス。時ニ九時三十分頃ナリ。草花ハ寺内正毅カ病ニ臥シ居ルヲ以テ明日之ヲ訪ヒ、之ヲ贈ラント欲シタルナリ。
予宮内省ニ達シ、仙石政敬ヲ其事務室ニ訪フ。仙石予カ室ニ到リテ談スヘシト云ヒ直ニ来ル。仙石、桑原孝長（子爵）カ姦通ノ末其婦ヲ殺シタル旨、警察官ヨリノ報告アリ。有爵者トシテ恕スヘカラサルコトニ付、宗秩寮審議官ノ議ニ付シ、爵ヲ返上セシムル手続ヲ取ラントス。但本人ハ兇行後逃走シ未タ捕ニ就カサルヲ以テ、殺人犯人ト断定スルコトニ付躊躇シ居ル所ナルカ、貴意如何ト云フ。予桑原ノ素行ニ付他ニ爵ノ返上ヲ命セラルヘキ事実アレハ夫レニテ宜シキモ、警察官ヨリノ報告ノミニテ殺人ノ犯罪アリトテ爵ノ返上ヲ命セラルヽコトニハ同意シ難シト云フ。
仙石及酒巻某（酒巻ハ仙石ヨリ後ニ予カ室ニ来レリ）、審議会ハ裁判所ニ非ス、宮内大臣ガ事実ヲ認定スルニハ警察官ノ報告書ノミニテモ可ナルニ非ズヤト云フ。予、行政官ノ認定ハ夫レニテ可ナルヘシ。試ミニ問ハン、宮内大臣カ殺人犯ナリトテ爵ノ返上ヲ命スル処分ヲ為シタル後ニ至リ、裁判所ニテ無罪ノ言渡ヲ為シタラハ君等ハ如何スル積リナルヤト云フ。仙石其時ハ宗秩寮総裁及ヒ自分（仙石）ハ腹ヲ切ルヘシ（腹ヲ切ルトハ辞職スルノ謂）。予大臣如何、仙石、大臣モ同様ナリ。予君等カ腹ヲ切リテモ爵ヲ失ヒタルモノハ如何スルヤ、復爵ノ途アルヤト云フ。仙石復爵ハ出来スト云フ。予行政官ノ懲戒令ニモ体面又ハ信用ヲ汚セハ懲戒スル旨ノ規定アリ。然ルニ農商務書記官山田某カ鈴木弁ヲ殺シタル事件ニ付、政府ハ懲戒ヲ為サス、休職ト為シ居ルハ如何ナル訳ナルヤ。山田某ハ自認モ致シ居リ、事実モ明瞭ナルニ拘ハラス、尚ホ殺人犯トシテ処分セサルハ、裁判確定セサルカ為メナルニ非スヤト云フ。仙石等始メテ悟ル所アリ、尚ホ研究スヘシトテ別レタリ。
午前十一時頃鈴木重孝ノ博物館実況審査復命書ニ付、審査官会議ヲ開ク。午後ニ至リ将ニ終了セントス。
宗秩寮ノ酒巻某来リテ、桑原孝長処分ノ件ニ付石原カ相談シ度コトアリト云フ旨ヲ告ク。予審査官会議ハ審査官ノ決スル所ニ任セ、石原ノ事務室ニ行ク。石原正ニ波多野ノ官房ニ在リ。仙石政敬酒巻某亦在リ。仙石ヨリ桑原孝長ノ礼遇停止ノ件ヲ宗秩寮審議官ノ議ニ付スル案ヲ出シ居リ、石原ヨリ桑原ノ非行ハ殺人ノコトヲ除クモ爵ノ返上ヲ命スルモ妨ナキ様ナルカ如何ト云フ。予其案ヲ検スルニ、桑原ノ行状甚タ悪シキモ之ノミニテ失爵セシムルハ稍々酷ニ失スル嫌アリ。然レトモ殺人ノ件ハ裁判手続ヲ経サルノミニテ事実ハ疑ナキコトナリ、加之処分未済前孝長ヲ自殺スレハ当然襲爵セシメサルヘカラサルニ付、幾分カ其事ヲ斟酌シテ、予モ爵ノ返上ニ同意シ、明後十八日審議会ノ議ニ付スルコトヲ決セリ。但シ処分前孝長カ自殺シタルコト分明スレハ、之ヲ処分スルコトヲ得ス。仮令之ヲ処分シタル後ニテモ、其前ニ死亡シ居リタルコト明カナレハ其処分ハ無効ナルヘキコトヲ告ケ置タリ。
○予波多野敬直ニ対シ寺内正毅ノ病状ハ新聞紙以外ニ聞ク所ナキヤト云フ。波多野今日恩賜ノ葡萄酒ヲ持チテ属官ヲ遣ハシ置タル故、明白ニナレハ容体分カルヘシト云フ。
○波多野ノ官房ヨリ帰ルトキ、石原ノ事務室ニ過キル。石原参事官ニ合議スヘキ事件ヲ定ムル訓令案ヲ示ス。予一二ノ文字ニ付喙ヲ容レタルノミニテ、別ニ意見ヲ云ハス。又波多野敬直ノ官房ヲ窺フ。波多野正ニ片山芳林ト話ス。予乃チ入ラスシテ返ル。
○午後三時後ヨリ伊夫伎準一ノ提出シタル皇后宮職ノ実況審査復命書ニ付審査官会議ヲ開ク。二十分許ニシテ終ハル。
○午後四時前波多野ノ官房ニ行ク。石原健三正ニ在リ。参事官ニ合議スヘキ事件ヲ定ムル訓令案ヲ相談シ居レリ。波多野皇族会議ニ関スル事項、経済会議ニ関スル事項、学術等ノ奨励ニ関スル恩賜ノ項等ヲ削除シ度意見ヲ述ヘ居リタルモ、予ハ別ニ其議ニ加ハラス。
石原トノ談正ニ尽キタルヲ以テ、波多野ニ対シ先日田中義一ニ対シ東久邇宮殿下ノ機動演習ハ既ニ結了シタル旨ヲ話シタル趣ナリ。演習ノ事ハ陸軍省ニテハ之ヲ詳知シ居ル故、話カ間違ヒニテモ差支ハナキモ、機動演習十一月八日マテニテ終ハルコトヽナリ居ル趣ニ付、田中ニ面会スル序アラハ、為念正誤致シ置呉ヨト云フ。波多野先日田中ニ殿下転任ノコトヲ話シタルトキ、田中ハ直ニ取計フヘシト云ヒタル故、直ニ発表スルコトヽ考ヘ居リタルモ、今ニ発表セサル故勿論演習ノ終ハルヲ待チ居ルヘシ。併シ序ニ間違ヲ話シ置クヘシト云フ。
○午後西野英男ニ嘱シ明十七日ノ神嘗祭ニ参拝セサル旨ノ届出ヲ式部職ニ出サシム。
○午後六時後内子ト倶ニ一ツ木町ニ行ク。内子ハ将ニ朗子ノ巾着ニ着クル小ナル鈴ヲ買ハントスルナリ。意ニ適スルモノナシ。菓物屋（千疋屋）ニ過キリ菓物ヲ買フ。文旦二個価二円四十銭、梨実五個一円五十銭、葡萄三房一円五十銭、林檎等ヲ加ヘ計七円五十銭ナリ。不廉ナルカナ。菓物ハ寺内正毅ニ贈ルモノナリ。千疋屋ヲシテ之ヲ予カ家ニ届ケシム。内子又武蔵屋ニ過キリ子供ノ褞袍ヲ買フ。
帰宅後褞袍ヲ検シタルニ、形紙続キ目断アリ。会々水口敏子一ツ木ニ行ク乃チ之ヲシテ他ノ褞袍ト取換ヘシム。
○十月十七日神嘗祭予参拝セス。
○午前七時後ヨリ内子ト倶ニ新橋停車場ニ赴キ、大磯ニ行ク。寺内正毅ノ病ヲ問フ為メナリ。
車中久邇宮附事務官木村俊英〔英俊〕ニ逢フ。木村亦宮ノ命ヲ帯ヒ寺内ノ病ヲ問ハントスルナリ。十一時前大磯ニ達ス。木村ト同シク寺内ノ家ニ到ル。寺内寿一、児玉秀雄、中村雄次郎ニ逢ヒ、寺内ノ病候ヲ問フ。重体ナルモ危篤ト云フ程ニ非ズト云フ。十一時後木村先ツ去リ、予等亦次テ去リ、十一時五十四分大磯ヲ発シ午後二時前新橋ニ達シ、木村ニ別レ、二時後家ニ帰ル。
○午後三時後高成田渉ノ家ニ行キ、咽喉ヲ療セントス。今日ハ神嘗祭日ナルヲ以テ高成田往診シテ家ニ在ラスト云フ。空シク帰ル。
○午後端書ヲ山本辰六郎ニ贈リ、其松茸ヲ贈リタルヲ謝ス。松茸ハ本月十五日ニ達シタルモノナリ。
○此日寺内正毅ニ菓物一籠ヲ贈ル。
○十月二十一日午前七時後橋爪慎吾ニ電話シ有馬頼寧カ日本魂ニ掲ケタル文章ハ趣意ハ必シモ悪カラサルモ文字ニ不穏ナル所アリ。予ハ当初ヨリ気附キ居リタルモ格別ノ事ニモ非サル故其侭ニ致シ置タル処矢張リ人ノ目ニ附クト見ヘ予ニ注意シタル人アリ。今後本人ニ於テ注意スル様話シ置ク方宜シカルヘク。君（橋爪）モ一度日本魂ヲ観ルヘキ旨ヲ告ク。橋爪之ヲ諾ス
橋爪松田正之ノ結婚ハ十一月二十四日ニ決シ正之ノ受験モ昨日マテニテ済ミタル故波多野敬直ニハ正之自ラ媒妁ノ事ヲ依頼シ松田ノ寡婦ニハ自分（橋爪）ヨリ婚期ヲ告クルコトニ話シ合ヒ置ケリ。日比谷大神宮ノ方カ非常ニ込ミ合ヒ殆ント明キ居ル日ナク二十四日ノコトモ早ク決セサレハ繰リ合セ出来サルコトヽナル故寡婦ニハ相談スル暇ナク数日前ニ二十四日午後二時ニ挙式スルコトニ大神宮ノ方ニ申込ミ置キ寡婦ニハ自分（橋爪）ヨリ都合ヨク話ス積リナリト云フ
予松田ノ家ハ如何ナリタルヤト云フ。橋爪未タ見出サス恰好ナル所ナケレハ一時現在ノ借家ニテ間ニ合ハスルコトニ話シ蜂須賀ノ方モ異議ナキコトヽナリ居レリト云フ
十月二十二日頃（二十一日ナリシヤモ計ラレス）五味逸平審査局ニ来リ石原健三ノ意ナリトテ御歴代ノ代数年紀及院号ニ関スル調査沿革ト題スル冊子ヲ交シ之ヲ閲ミシ置キ呉ヨト云フ。是ハ午前ノコトナリ
○午前十一時後石原健三ヲ其事務室ニ訪ヒ十月四日ニ石原ヨリ予ニ交シタル南部光臣ガ提出シタル皇室経費ト皇室財産ト題スル意見書ヲ石原ニ返ス
予先日井上勝之助ヨリ井上カ皇族子弟ノ教育方ニ関スル意見書ヲ宮内大臣ニ出シタルコトヲ聞キ其意見書ノ趣意モ大概聞キタル故君（石原）カ京都ニ行キ居リタルトキ波多野ニ対シ井上ヨリ皇族子弟ノ教育ニ関スル意見書ヲ提出シ居ル趣ナルカ皇族処分ノ方針ヲ定メスシテ意見書ノ如ク各宮ニ傅育官ヲ置キ宗秩寮ニ傅育官ノ監督者ヲ置ク如キ仰山ナル事ヲ為スハ皇室ノ基礎ヲ固クスル所以ニ非ス故ニ先決問題トシテ皇族処分ノ方針ヲ決セサルヘカラスト云フ。波多野其通リナルカ自分（波多野）ハ未タ其意見書ヲ見ズ次官ガ之ヲ持チ居ルナラント云ヘリト云フ。石原之ヲ持チ居ルモ皇族処分問題ガ決セサル故其侭ニ致シ居レリト云フ
予君ハ其意見書ヲ以テ皇族処分ヲ迫マリテハ如何ト云フ。石原波多野モ既ニ皇族処分ノ急ヲ要スルコトヲ知リ居ル故之ヲ迫マル訳ニモ行カス山県公ニ逢ヒタルトキ皇族処分ノコトハ如何ナリタルヤト云フニ付其経過ヲ話シタル処山県ハ彼ノ問題ヲ制度審議会ニ諮問スルガ悪シト云ヘリ。依テ自分（石原）ヨリ正式ニ諮問シタルニ非ス皇室典範ノ主義ニ関スル問題アリ内協議ヲ為サスシテ枢密院ノ議ニ付スレハ議論多キニ付内協議ノ為メ伊東巳代治ニ話シタルマテナリト云ヒ置キタリ何事ニ限ラス叱カ〔ラ〕ルヽコトノミト云ヘリ
予侍医療ノコトハ一ト通リ解決シタルニ非スヤト云フ。石原三浦謹之助ガ如何シテモ承知セス。三浦モ池邊棟三郎ヲ侍医頭トナシテ宜シト云ヒタル趣ニテ已ｃムヲ得ス其事ニ決シタル訳ナリト云フ。予前侍医頭片山芳林ヨリハ優ルナラント云フ。石原幾分ガ優ルナラン然レトモ尚ホ十分ノ信用ナシ故ニ陛下ノ拝診ハ三浦ガ担当シ其事ニ付テハ池邊ハ三浦ノ指揮ヲ受ケルコトヲ諾シテ就任シタル訳ナリト云フ
予土屋岩保カ洋行スルコトヽナリタルハ池邊カ侍医頭トナリタル事ニ関スルヤ土屋ハ片山ヨリ伎倆ハアル様ナリト云フ。石原土屋ハ伎倆ハアルガ人ヨリ嫌ハレ居レリ又予テ洋行ヲ望ミ居ル故其事ニナリタリ。然シ今直ニ出掛ケテハ人不足ニ付暫ク延行スルコトナラント云フ
石原又陛下ノ御病状ハ早晩之ヲ発表セサルヲ得サルヘシ到底之ヲ秘シ置キ難シ天長節祝日ニモ観艦式ノトキモ勅語ハナキコトヽナリ居レリト云フ。予外国人関係ノコトサヘナケレハ夫レニテ宜シキモ此事ガ一番困ル訳ナリト云フ。石原夫レカ困ル。既ニ今日モ外国人ノ御陪食アリトテ席次表ヲ示シタリ。話スルコト二十分許
○石原健三ノ事務室ニ行クトキ廊下ニテ仙石政敬ニ遇フ。予松田正之ヲ宗秩寮ニ採用スルコトハ如何ナリタルヤト云フ。仙石先日井上勝之助ニ話シ井上ヨリ波多野ニ話ス筈ナルカ波多野ト石原ト同席ノ時ニ話スコトヽナサヽレハ石原ガ反対シタル後ニ波多野ニ話スハ面白カラサル故其好機会ヲ得テ話ス様ニ相談シ置キタリト云フ。予実ハ先日偶然ノ機会アリテ波多野ニ話シタル処波多野ハ宗秩寮サヘ異議ナケレハ之ヲ採ルコトヽ為スト云ヒタリト云フ。仙石其事モ聞キ居レリ。夫レ故尚更同席ノ処ニテ話ス方ガ宜シカラント思フト云フ
○午餐後審査官会議ヲ開ク二時ニテ終ハル
会議後青山操ヨリ本月十八日予ガ宗秩寮審議会ノ後午餐ノ為メ枢密院顧問官ノ控所ニ行キ居リタルトキ池邊棟三郎カ侍医頭ニ任セラレタル挨拶ニ来リタルコトヲ報ス
○午前内子坂田稔ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス
○十月二十二日秋季大掃除ヲ為ス
○午前八時前高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス
○午後青山操ノ林野管理局東京支局実況審査ニ関スル推問ニ対シ支局ヨリ提出シタル弁明書ニ付審査官会議ヲ開ク。三時後議了ス
○大掃除早ク終ハル。大掃除ノ為メニ雇ヒ入レタル消防夫由蔵其他ノ者ヲシテ浴室椽台ヲ作ラシム
○十月二十三日午前九時前家ヲ出テ東京駅ニ至リ天皇陛下海軍大演習統裁ノ為メ行幸アラセラルヽヲ奉送ス
十時頃宮内省ニ出勤ス東京駅ニテ仁田原重行中西〔橋？〕徳五郎富井政章野田卯太郎原敬清浦圭吾等ニ遇フ山県有朋床次竹次〔二〕郎高橋是清等亦在リ然レトモ之ト言ハス
○午餐後林恭次郎カ為シタル調度寮ノ実況審査ニ因リ発シタル推問ニ対スル弁明書ニ付審査官会議ヲ開ク。午後三時三十分ニ至リテ終ハル
○午後六時後橋爪慎吾電話ニテ水天宮神楽堂改築ノ為メ別邸ノ一部ヲ他ニ移築スル必要アリ其経費当初ノ見積リハ二千八百円余ナリシモ請負人ヘ交渉ノ上二千二百円許ト塀ノ新設費二百円余ニ減スルコトヽナレリ。此費用ノ支出ニ付先頃特別ノ積金ヨリ支出スル積リナリシニ君ノ反対アリタルニ因リ此節ハ通常会計ノ剰余金ヨリ支出スル積リニテ特別積立金ヲ雑収入ニ繰リ入ルヽ手続ハ他ニ譲ルコトヽナセリ。右ノ追加予算案ヲ明朝使ヲ以テ差出ス故承認シ呉ヨト云フ。予之ヲ諾ス
橋爪又先頃君ヨリ注意セラレタル頼寧君ガ日本魂ニ掲ケタル文章ノコトハ未タ頼寧君ニ面会スル機ヲ得ス近日中面会ノ上話シ置クヘシト云フ。予君ハ文章ヲ見タリヤト云フ。橋爪橋場ニハ雑誌ナシ未タ之ヲ見スト云フ
橋爪又松田正之ノ住宅ハ駒止橋ノ辺ニ恰好ナルモノヲ見出シタル処地主カ急ニ地代ヲ引上クルト云フニ付家主ヲシテ地主ニ交渉セシメ居ル所ナリ。是迄ハ一坪十三銭ナルモノヲ二十銭以上トナサントスル故引上クルニシテモ二銭位ヲ上クルコトニ相談セシメ居レリ。其相談出成スレハ家ノ売買ノ談ヲ進ムル積リナリト云フ
予松田ノ試験ハ如何ナリタルヤト云フ。橋爪昨日マテニテ済ミタルカ成績ハ昨夜法制局ノ人ヨリ内聞シタルニ不合格ト決シタル由ニテ本人ハ非常ニ失望シ居レリ
結婚ノコトニ付テハ明日本人カ麻布ノ寡婦ヲ訪ヒ波多野敬直カ海軍大演習ノ供奉ヨリ帰リタル後松田自身ニ波多野ヲ訪ヒ媒妁ノコトヲ正式ニ依頼スル積リニ相成リ居レリト云フ
○午前十一時後石原健三ヲ其事務室ニ訪フ
会々山崎四男六近藤久敬白根松介等政府ニテ判任官四級俸以下ノ者ニ是迄給シ居ル本俸五割ノ臨時手当ノ外ニ更ニ二割ノ手当ヲ給スルコトヽナリタル故宮内省ニテモ之ト同様二割ノ手当ヲ給スヘキヤ否ヲ議シ居リ。白根山崎等ハ政府ニテハ是迄判任官以下ニハ五割以上ヲ給シ居ルモノナシ故ニ此節更ニ二割ヲ給スルモ総計七割ニ上ルモノナシ。然ルニ宮内省ニテハ判任官待遇者及ヒ雑仕等ニハ既ニ九割十割ヲ給シ居ルモノアリ此上二割ヲ給スレハ十二割ニモ上ル者アリ夫レモ手当トシテ給スルマテハ宜シキモ政府ニテハ来年度ヨリ只今ノ手当ヲ俸給ニ引直ス趣ニテ宮内省ニテモ同様ノコトニナルヘク然レハ現在ノ俸給ニ十二割モ加ヘタル俸給令ヲ制定セサルヲ得サルコトヽナリ都合悪シキニ付此際ハ既ニ七割以上ヲ受ケ居ル者ニハ手当ヲ給セス五割ノ手当ヲ受ケ居ル者ノミニ二割ヲ給スルコトヽナス方適当ナルヘキ旨ヲ主張セリ
予ハ石原ヨリ意見ヲ問フニ付是マテ七割以上ヲ受ケ居ルトテ此際此等ノ者ヲ除クハ穏当ナラス。此等ノ薄給ハ云ハヽ労働者モ同様ナルモノニテ如何様ナルコトヲ仕出スヤモ計リ難シ寧ロ平等ニ二割ヲ給スル方相当ナルヘシ。俸給令改正ノコトヲ云々スルモ俸給令ヲ改正シテ本俸トナセハ其上ニ手当ヲ給スルコトハナキ故只今十五円ノ本俸ノ者カ三十円又ハ三十円以上ニナル位ノコトハ相当ニテ困ルコトハナキニ非スヤト云フ。石原ハ議半ハニシテ他室ニ行キ人ニ応接シ其室ニ返リタルトキハ既ニ各自ノ意見ヲ述ヘタルトキナリシカ白根ヨリ其経過ヲ報シ石原モ平等ニ月給五十五円以下ノ者ニ二割ヲ給スル方宜シカルヘシト云フ。予先日部局長官会議ヲ開キタルトキ寮頭ノ一二ノ者ヨリ手当等ヲ給スルトキハ一応寮頭ノ意見ヲ徴シ呉度旨ノ希望ヲ述ヘ居ルニ付此節ハ一応之ヲ聴キタル上決スル方宜シカルヘキ旨ヲ述ヘ初メハ石原其他ノ者ハ其必要ナカルヘキ旨ヲ主張致シ居リタルモ終ニ調度頭主殿頭及林野管理局長官ニハ予メ協議スヘキコトニ決セリ。時已ニ正ニ十二時ヲ過ク故ニ予将ニ去ラントス石原一寸話シ度コトアリト云フ。山崎等去ル
石原波多野敬直ニ対シ皇族処分ノコトハ山県松方ヨリ催促セラレタリ如何スルヤト云ヒタルニ波多野ハ伊東巳代治ニ話シテ進行スト云ヒタリ。話ス積リノ様ニハアレトモ如何アルヘキヤト云フ。波多野ハ伊東カ余リ面倒ナラハ審議会ヲ廃シテモ宜シト云フモ今之ヲ廃スルコトハ出来ル訳ニ非スト云フ
予先日君ノ意ナリトテ五味逸平ヨリ御歴代ノ代数等ニ関スル調査書ヲ持チ来タリ彼ノ調査書ハ審議会ノ委員全体ニ配付シタリヤト云フ。石原然ラス波多野ト君丈ケニ交シ之ヲ閲シタル上他ノ委員ニモ交シテ宜シキ様ナラハ其コトニスヘシ一応之ヲ閲ミシ呉ヨト云フ。会々小原吉来予即チ去ル
○午餐後二時頃東久邇宮ヨリ電話ニテ本月二十五日午後皇族講話会アルモ御出席ナカルヘシト思ヒ之ヲ断ハリ置キタリ
又十一月二日ニ東伏見宮殿下ノ御催ニテ芝離宮ニ皇族懇親会ヲ開カレ当宮ニモ殿下方初メ宮務監督事務官モ参会セラルヽ様申来リ居ルカ出席セラルヽヤト云フ。予殿下方御出席アレハ出席スルモ宜シカルヘキモ自分（予）等ノミ出席スルハ如何ト思ハルヽニ付断ハリ呉度旨ヲ答ヘタリ
○十月廿四日午前十時後ヨリ伊夫伎準一ノ提出シタル実況審査復命書ノ結果ニ因リ発シタル推問ニ対シ諸陵寮ヨリ提出シタル弁明書ニ付審査官会会議ヲ開ク午後一時後ニ至リテ終ハル
○午後一時四十分ヨリ総理大臣官邸ニ到リ臨時法制審議会総会ニ列ス総裁穂積陳重政府ヨリ出シタル諮問第一号第二号ニ付主査委員各十人ヲ命ス予ハ第二号諮問ノ主査委員トナレリ第二号ハ陪審制度ヲ設クルノ可否之ヲ可トセハ其要項如何ト云フモノナリ主査委員ヨリ委員長ヲ互選シ一木喜徳郎ヲ委員長トナセリ午後四時後会ヲ閉ツ直ニ家ニ帰ル
○午前七時後橋爪慎吾使ヲ遣ハシ追加予算書及ヒ故ミヨ（伯爵ノ生母）ノ法事ノトキ予ガ贈リタル菓子代ノ受取書ヲ致サシム予算書ニ捺印シテ之ヲ返シ且菓子代金三円ヲ償フ
〔欄外追記〕（午前八時後高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス高成田、左ノ耳ニ風ヲ送ル風始メテ通ス）
○十月廿五日午前九時三十分ヨリ宮内省ニ出勤シ十時後判任官以下ニ臨時手当ヲ給セラルヽニ付一同ニ対シ不穏当ノ行動ヲ為スヘカラサルコトヲ訓示ス
○午前十一時前ヨリ東京駅ニ到リ天皇陛下ノ海軍大演習ヨリ還リタマフヲ奉迎ス。仁田原重行ト話シ有馬秀雄ノ近況ヲ問フ。仁田原昨夜小倉敬止ノ二女ノ婚姻披露会ニテ有馬ニ遇ヒタルカ元気ナルコトヲ話ス。予有馬ハ天竜川ノ水力電気会社ヲ起スコトニ奔走シ居ル様ニ伝聞セリト云フ。仁田原其様ノ話ハ聞カサリシト云フ。十一時二十分天皇陛下還リタマフ。直ニ家ニ帰ル
○午後七時村山咸一郎辞シ去ル其家ニ帰ルナリ
○十月二十六日午前八時後高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。高成田左右耳ニ風ヲ送ル両耳トモ通ス
○午前十時頃柳田直平電話ニテ退職判事判事千谷泰次郎死去セリ特旨叙位又ハ賜金ノ典アルヘキヤト云フ。予双方トモナカルヘキ旨ヲ答フ
○午後零時後ヨリ大井町伊藤博邦ノ家ニ行キ故博文ノ霊ニ拝ス。博邦予ヲ其養母ニ紹介ス。茶菓ヲ喫シタル後博文ノ墓ニ賽ス。博邦ノ家ニテ小川平吉ニ遇フ。小川陪審制度制定ノ至難ナルコトヲ説ク。佐竹義準鈴木穆井上勝之助末松謙澄白根松介大森鐘一等ニ遇フ。墓所ニ行ク途中ニテ伊東巳代治ニ遇ヒ帰ル途中ニテ野田卯太郎ニ遇フ
帰途汽車中ニテ宋秉畯ニ遇フ。宋朝鮮ノ近事ヲ談シ併合ト云フ以上ハ内鮮人ヲ混用スレハ宜シキニ鮮人ヲ用ヰサルハ不可ナリ。内地ノ内務部長位勤メ居リタル者ヲ局長トナスモ用立ツモノニ非ス。閔丙
尹徳栄ノ辞職ニ付テハ閔尹トモ非常ニ怒リ居ル故之ニ原因シテ何事カ起ルナラント思フト云ヘリ
○十月二十七日午前八時頃柳田直平電話ニテ退職判事ノ葬儀ニモ勅使ヲ受クルコトハ出来ルヤト云フ。予ハ夫レハ出来ル筈ナリト云フ。柳田昨日ハ日曜ニテ司法省ニ交渉スルコトヲ得ス。今日是ヨリ交渉シテ宮内省ニ届クル都合ナリト云フ。予既ニ明日告別式ヲ行フ旨ヲ広告シ居レリ。随分急ナル様ナリ。司法省員ノ出勤ハ遅キニ付鈴木喜三郎ノ出勤前私宅ニ行キテ交渉スル方便ナルヘシト云フ。柳田君カ宮内省ニ出勤シタル上勅使ヲ遣ハサルルコト出来ルヤ否ヲ取調ヘテ通知シ呉ヨト云フ。予之ヲ諾ス
午前九時頃柳田復タ電話シ葬儀ノトキ勅使ヲ辞スルコトヲ得ルヤニ聞クガ果シテ然ルヤト云フ。予勿論之ヲ辞スルコトヲ得ル趣ナリト云フ。柳田其手続ヲ問フ。予之ヲ知ラス。勅使ヲ辞スレハ幣帛丈ケヲ賜フ様ニ聞キ居ルト云フ。柳田誰カ宮内省ニ行キ問ヒ合ハ〔ス〕レハ分ルナラント云フ。予勿論分カルヘキ旨ヲ答フ
○午前八時頃隣家尾崎某方ヨリ其家ノ塵芥箱ノ中ニ予カ門ニ掲ケ置タル名札ヲ入レアリタリトテ之ヲ届ケ来ル。蓋シ何人カ之ヲ取去リテ箱中ニ入レタルモノナルヘシ
〔欄外に追記〕
○午前十時後白根松介ヲ総務課ニ訪フ。白根未タ出勤セス。乃チ属古河某ニ就キ勅任官死亡ノ場合ニ於ケル遺族ノ申告手続及勅使ヲ辞スル手続ヲ問フ。某書式ヲ作リ之ヲ交ス
局ニ返リ柳田直平ニ電話シ申告文例ヲ告ク。柳田既ニ使ヲ宮内省ニ遣ハシ不分リノコトアラハ君ニ問フヘキ旨ヲ命シ置ケリ未タ来ラサルヤト云フ。予未タ来ラサル旨ヲ答フ
○午前十時後官吏死亡シタルトキノ賜金ニ関スル規定ハ法令輯覧中ノ何ノ部ニ編入シアルヤヲ西野英男ニ問フ。予今朝法令輯覧ヲ閲シタルモ之ヲ見出サヽリシヲ以テナリ。瓦田元良其規定ハ俸給令ノ中ニ在リト云フテ之ヲ予ニ示ス。予ハ単行ノ規定ナリト謂フテ之ヲ探カシタル故之ヲ見出サヽリシナリ
○午前十一時頃宗秩寮ヨリ本月二十四日使ヲシテ送ラシメタル堀田正亨懲戒ニ関スル書類ヲ検ス。商法ノ適用ノ部ニ第二百六十一条第一項第一号ト書スヘキヲ誤リテ第二号ト書シ居レリ。宗秩寮ニ行キ酒巻某ニ之ヲ告ク。局ニ返リタル後其他ニ（払込ミ）ヲ（払入レ）ト書シタル誤アリ。又体面ヲ汚辱シ失行ノ甚シキモノト云ヒテ制裁ハ最軽ノ礼遇停止ヲ選ミ居ルハ不穏当ナルヘキ旨ヲ仙石政敬ニ告ク
又明二十八日雨天ナレハ観艦式ヲ二十九日ニ行ハルヽコトヽナリ居ルカ夫ニ拘ハラス二十九日宗秩寮審議会ヲ開クヤヲ問フ。仙石若シ明日ノ観艦式ヲ延ハサルヽ様ナラハ審議会ノ期ヲ延ハスコトノ取計ヲ為スヘシト云フ
○予カ第一回ニ宗秩寮ニ行キタルトキ高羲敬ト立談シ朝鮮近況ノ情況ヲ話シ又昨日宋秉畯ニ汽車中ニテ遇ヒタルコトヲ話ス
○午餐後審査官会議ヲ開ク二時後終ハル
○午後二時後西野英男大正九年ノ日記帳ヲ購入スルヤヲ問フ。予之ヲ購入スルコトヲ嘱ス。日記帳ハ宮内省ニテ作ルモノニテ一部ノ価大概八十銭位ナリト云フ
○午後六時頃柳田直平ニ電話シ勅使辞退ノ手続ヲ問フ為メニハ誰モ予カ処ニ来ラサリシコトヲ告ケ且明日ノ千谷泰次郎ノ告別式ニハ予カ行クコトヲ得サルコトヲ千谷ノ遺族ニ伝フルコトヲ嘱ス
○十月二十八日午前四時後起喫飯後直ニ新橋駅ニ行ク。馬場三郎ニ遇フ共ニ電車ニ乗リ横浜桜木町ニ赴ク。将ニ観艦式ヲ陪観セントスルナリ。七時後桜木町ニ達シ直ニ人力車ヲ賃シ税関波止場ニ行キ小艇ニ乗リ御召艦摂津ニ赴ク。九時後 天皇陛下臨御艦ヲ行ク艦艇列繋ノ間ヲ廻リタマフ。予等亦之ニ陪ス。時ニ雨フル衣帽雨ニ湿フ。十一時頃巡閲終ル。一時頃艦内ニテ宴ヲ賜フ。初メ陛下ノ艦ニ乗御シタマヒタルトキ親任親任待遇者及ヒ神奈川県知事ニ謁ヲ賜ヒ午後宴ヲ賜ヒタルトキ海軍大演習ニ関係シタル海軍将官及親任待遇以上ノ陪観者及神奈川県知事ニ盃ヲ賜ヒタリ。三時後還幸予等宴ヲ辞ス。波止場ヨリ桜木町マテ人力車ヲ賃セント欲シタルモ之ヲ得ス。已ムヲ得ス徒歩シ桜木町ヨリ電車ニ乗リ新橋ニテ市内電車ニ転乗シ五時後家ニ帰ル。
摂津艦内ニテ山本権兵衛財部彪山川健次郎平沼騏一郎八代某（海軍大将）仁田原重行坂谷芳郎波多野敬直元田肇井上孝哉川島令次郎等ト話ス。又原敬長谷川好道、野田卯太郎東郷平八郎岡喜七郎田中義一加藤友三郎等ニ遇フ別ニ之ト話セス
○午後五時前山根武亮来ル。予未タ帰ラス。山根後刻電話ヲ掛クヘキコトヲ約シテ去リタル旨家人ヨリ之ヲ伝フ。午後七時頃山根電話ニテ往訪シテ差支ナキヤ否ヲ問フ。差支ナキ旨ヲ答ヘシム
八時前山根来リ某家ノ長男行状好カラス。之ヲ廃嫡シタルニ其弟亦行状好カラス。其父之ヲ憂ヒ其処置方ヲ自分（山根）等ニ嘱セリ。如何之ヲ処スレハ宜シキヤヲ謀リ父某ノ遺言ニテ相続人タル某カ相続ノ上行状不可ナレハ禁治産ノ宣告ヲ申請スルコトヲ命シ置タラハ如何ト云フ。
予禁治産ノ宣告ヲ為スニハ心神喪失ノ常況ニ在ルコトヲ要シ遺言アリテモ其状況ナケ〔レ〕ハ之ヲ宣告スルコトヲ得ス。其状況アレハ遺言ナキモ之ヲ申請スルコトヲ得ル故遺言ヲ為シ置クモ効能ナシト云ヒ父ノ生存中相続人ヲ廃除シ其子ヲ相続人ト為スコト、又ハ華族ナリトノコトニ付世襲財産ヲ設定スルコト等ヲ勧ム。皆聴カス。結局遺言ニテ相続人タル某ガ相続ヲ為シタル後財産浪費ノ行為ヲ継続スルナラハ準禁治産ノ宣告ヲ申請スヘキコト。某々ヲ以テ此遺言ノ執行者ト為スヘキコト。財産ノ中遺留分ヲ除キ残余ハ孫四人（男孫二人女孫二人）及妾腹ノ子数人ニ分与シ其管理者モ遺言ニテ之ヲ定メ置クコトニ致シタシト云フ。
予準禁治産ノコトモ禁治産ノコトト同シ別段遺言ノ効能アリトモ思ハサルモ害モナカルヘシト云フ十時三十分帰リ去ル
○十月二十九日午前八時後高成田渉ノ家ニ行キ咽喉ヲ療ス。両耳ニ風ヲ送ル通 ス
○午前八時後明道会ニ電話シ勤王叢書第一編送配ノ遅延ヲ詰ル。少時ノ後会ヨ リ書籍ハ一昨廿七日郵便ニテ発送シ置タルコトヲ報ス
○午前十一時後高羲敬、田中遷ヲ伴ヒ来ル。田中ト李王家ノ近事ヲ話スルコト 四五分許高等辞シ去ル
○午後一時ヨリ宗秩寮審議会ニ列ス。議題ハ子爵堀田正亨礼遇停止ノ件ニテ浜 尾新少シク反対ノ意ヲ漏ラシタルモ結局原案ニ決シタリ。議事終ハリタル後浜尾 ヨリ前回ニ議決シテ処分済ミニナリタル桑原某ノ生死取調ノ始末ヲ問フ。酒巻某 答フル所アリ。浜尾議決ノ軽率ナリシ様ノ口気アリ。一木喜徳郎之ヲ駁ス。予亦 次テ意見ヲ述フ。浜尾稍々不平ノ語気アリタルモ其侭ニテ済ミタリ。午後三時後 散会ス
○内子感冒後今夕始メテ浴ス
○十月三十日朝唾液ヲ嚥下スルトキ喉壁ニ微痛アリ。乃チ八時三十分ヨリ高成 田渉ノ家ニ行キ之ヲ告ク。高成田薬ヲ塗布ス然レトモ全ク癒ヘス
○午後三時後調査課ニ過キル
杉栄三郎林野管理局ニテ神宮建築材ノ伐リ出シニ関スル費用ニ付第二予備金支 出案経済会議ノ議ヲ経タルモ貴官ハ臨時法制審議会ニ出席セラレタル日ナリシヲ 以テ捺印ヲ請ハスシテ決了シタル旨ヲ報ス
○午前総務課ヨリ月俸五十五円以下ノ職員ニ特賜セラルヽ手当率ヲ増シ本月ヨ リ之ヲ賜フ（本月分ハ十一月ニ賜フ）旨ヲ通知シ来リタルヲ以テ五十五円以下ノ 職員ヲ集メテ其趣旨ヲ伝達シ執務方ヲ注意セリ
○午後三時後宗秩寮ニ到リ仙石政敬ニ遇ヒ閔丙奭尹徳栄 カ辞職シタルコトニ付寺内正毅ヨリ長谷川好道ニ意ヲ伝ヘ長谷川ヲシテ李太王ニ 説カシメタルコトアルモ太王ガ之ヲ諾セサリシ故其事ヲ秘スル為メ尹徳栄閔丙 奭等ノ太王ヲ毒殺シタリトノ風説アリトノ話ヲ聞キタルモ寺 内ヨリ長谷川ニ話シタリト云フ事柄ヲ聞カス君ハ之ヲ聞キタルコトナキヤト云フ 。仙石之ヲ聞カス明後日田中遷カ来ルコトニナリ居ル故之ヲ問ヒ見ルヘシト云フ
仙石ノ話ニ閔等ハ辞爵願書ヲ出シ同時ニ授爵ノトキ賜ハリタル十万円ノ公債証 書ト其以後ノ利子モ併セテ返上スル旨ヲ申出テ居ルトノコトナリ
○十月三十一日天長節祝日ニ付午前十時後ヨリ宮内省ニ行キ十一時審査局判任 官以下ノ拝賀ヲ受ケ
次テ宮中西一ノ間ニ到リ休憩シ十二時前鳳凰間ニテ天皇陛下ニ拝賀シ十二時後 豊明殿ニテ御宴ニ陪シ午後一時後家ニ帰ル
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