駩吉来リ松田正之カ宮内省ニ奉職スルトキ自分カ関係シタル為メ先日神谷初之丞自分ニ対シ、松田ハ官ヲ辞スルト云フモ、試験準備ノ為メ休暇スル必要アラハ休暇シテモ差支ナシ。辞表ヲ出スコトハ見合ハスル方宜シカラント思フト云ヘリ。依テ自分（小原）ヨリ此事ハ既ニ決定シ居ル様ニ聞キ居レリ。然シ折角君（神谷）ガ左様ニ云フナラハ、一応倉富君ニ相談シテ答フヘシト云ヒ置ケリ。然ルニ只今神谷ガ来リ居ル趣ナリ。如何答フヘキヤト云フ。倉冨日記研究ホームページ-->このページ｜5月の日記|7月の日記｜
最終更新：2006年2月16日 木曜日
作成者：永井 和、冨永 望
清書稿本作成にあたっては、極力原文に忠実な翻刻をめざしたが、漢字は通行の字体にあらためた。また、原文にはほとんど句読点がないが、読者の便宜を考え、適宜これをおぎなった。さらに、原文の記載記事の切れ目を表す「○」の直前で改行し、適当なところで、改行、改段をおこなった。日記本文の行側に倉富本人が加えた注記やルビは、内容上いちばん近いとも思われる本文の箇所に〈 〉で括って挿入した。表紙や欄外に記された注記は「原注」「欄外追記」として本文内に付記した。
なお、□は判読できない文字であり、〔 〕内は校訂者による注記及び訂正である。
また、表示できない一部の漢字に、e漢字プロジェクトe-漢字の漢字フォントを使用した。記して謝意を表したい。
本翻刻は、日本学術振興会科学研究費補助金による事業である。基盤研究（B)（２）課題番号：16320086
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○六月一日午前四時後神田三崎町旅人宿森田館ニ電話シ、村山咸一郎ト話セント欲ス。電話機ヲ操ルコト一時間館終ニ通セス。乃チ止ム。六時後咸一郎森田館ヨリ電話ス。予一時間館電話通セサリシ旨ヲ告ク。咸一郎亦之ヲ通セス。森田館ノ電話機ニ故障アリシ旨ヲ答ヘ、又予定ノ通リ昨日宇治山田市立高等女学校生徒ノ修学旅行監督ノ為メ上京シタルコトヲ告ク。予先日ノ書状ニテ明二日夜ニ予ガ家ニ来ルヘキ旨報シ居ルモ、二日及三日夜ハ予家ニ在ラス。今夜来ルコトハ出来サルヤト云フ。咸一郎今夜ハ東京ノ旧生徒及旧職員森田館ニ来訪スル約アリ。自分（咸一郎）ハ午後五時三十分ニ森田館ニ帰ル予定ナル故、其時刻ニ往訪シ、七時頃ニハ森田館ニ帰ルコトニスヘシト云フ。予然ラハ其積リニテ来訪ヲ待ツヘシト云フ。
○内子尚ホ褥ニ在リ。
○午前十一時頃波多野敬直ヲ其官房ニ訪ヒ、李堈公カ東京ニ住スルコトハ既ニ決定シタリヤト云フ。波多野本人ヨリ東京住居ヲ欲セサル旨ノ書状ヲ出シ居ル故、斎藤実カ帰任スルトキ篤ト本人ノ考ヲ聞キ、東京居住ヲ望ムナラハ宜シキモ、左モナケレハ強ヒテ移住セシムルニハ及ハサルヘシト云ヒ置キタリト云フ。予此方ノ為メニハ東京ニ来ラサル方宜シカラント云フ。波多野其通リナリト云ヘリ。
予又世子妃カ仏語ヲ学フ希望アルモ、迂闊ニ外国教師ヲ附クルハ懸念アリ。梨本宮御用取扱澤田某カ仏語ヲ善クスル趣ニ付、之ヲシテ授ケシメタラハ安心ナラント思フト云フ。波多野夫レハ宜シカラン。若シ是非トモ外国人ガ宜シトノコトナラハ、牧野伸顕カ東宮殿下ノ教師ニ宜シカラントテ勧メタル人アリ。其名ヲ一寸思出サストテ少時思案セリ。予海軍ノ人ニハ非サルヤト云フ。波多野海軍ノ人ナリ。予自殺シタル人ノ寡婦ニハ非サルヤト云フ。波多野左ニ非ス。義五郎ノ寡婦ナリ。其氏ハ尚ホ思ヒ出サスト云フ。予義五郎ナラハ予モ其名ハ聞キタル人ナリ。予モ氏ハ思ヒ出サスト云フ。既ニシテ予伊東ナラント云フ。波多野伊東ナリ。其寡婦ハ仏国人ナルモ現ニ男爵ノ寡婦ナル故宜シカラント牧野ハ勧メタリト云フ。予其寡婦カ東宮殿下ニ教授スルコトハ既ニ決シタリヤト云フ。波多野、浜尾新カ未タ承知セス。牧野ハ語学ハ日本人ニテハ駄目ナリトテ其人ヲ勧メタルナリ。本野一郎ノ長男ノ妻ハ伊東義五郎ノ娘ナリ。陸軍ニモ一人ノ寡婦アリ。白耳義救恤ノ義援等ノ事ニ奔走シタル人ニテ度々面会シタルコトアリ。然シ此方ハ其人ノ地位カ如何アルヘキヤト云ヘリ。波多野ハ其人ノ氏モ話シタルモ、予之ヲ記憶セス。
予又皇族ノ降下ニ関スル実際問題ハ今暫ク之ヲ延ハスヤト云フ。波多野山階宮ノ二男ハ七月カ成年ナル故、成年式ハ之ヲ延ハシ、実際ハ成年ニ達シタル後ニ降下セラルヽ様致シ度旨宗秩寮ヨリ申出テ居ルニ付、其事ニナス積リナリ。枢密院ニ諮詢セラルルトキハ直接ニ皇室典範増補第一条ニ依リ云々ト云ヒ、準則ノコトハ云ハサル積リナリト云フ。予ハ勿論夫レニテ宜シキコトナリト云フ。
予又王公家規範案ハ尚ホ決シ難キヤト云フ。波多野先日伊東巳代治ニ催促致シ置タリト云フ。予先日話シ置タル如ク、委任法律ヲ作レハ直ニ解決スルコトヲ得ルモ、伊東ハ承知セサルヘシト云フ。
予又世子妃ノ女王ノ称号ノコトニ付伊東ヨリ石原健三ニ苦情ヲ云ヒタル趣ナリト云フ。波多野伊東ハ自分（波多野）ニモ話シタルモ、自分（波多野）ハ皇室典範ノ規定ニ依リタルニ非ス。女王ガ臣籍ニ嫁セラルヽトキニモ女王ノ称ヲ有セシメラルヽコトアル故、況ンヤ王族ニ嫁セラルヽ場合ニハ之ヲ有セラレサル理ナシトノ理由ニテ女王ノ称ヲ有セシメラレタルモノナリト云ヒ置ケリ。伊東ハ当然殿下ノ称アルニ付女王ノ称モ当然アルヘキモノト云フ意見ナリト云フ。予仮令ヒ王族ハ臣籍ニ非ストスルモ、当然女王ノ称ヲ有セシムルコトノ出来サルハ明瞭ナリト云フ。波多野伊東ハ当然皇族タル地位ヲ失ハサルモノト為シ置カサレハ、万一離婚ヲ為シタル場合ニ実家ニ復帰セシムルコトヲ得スト云ヘリ。自分（波多野）ハ此説ハ無理ナルコトナラント思フト云フ。
波多野今日ハ華族会館ノ記念日ナル故同館ニ行カントス。予乃チ去ル。時ニ十一時二十分ナリ。
○午後零時後予正ニ食ス。小原駩吉来リ松田正之カ宮内省ニ奉職スルトキ自分カ関係シタル為メ先日神谷初之丞自分ニ対シ、松田ハ官ヲ辞スルト云フモ、試験準備ノ為メ休暇スル必要アラハ休暇シテモ差支ナシ。辞表ヲ出スコトハ見合ハスル方宜シカラント思フト云ヘリ。依テ自分（小原）ヨリ此事ハ既ニ決定シ居ル様ニ聞キ居レリ。然シ折角君（神谷）ガ左様ニ云フナラハ、一応倉富君ニ相談シテ答フヘシト云ヒ置ケリ。然ルニ只今神谷ガ来リ居ル趣ナリ。如何答フヘキヤト云フ。
予数日前松田ヨリ書状ヲ以テ辞表ヲ出シタル処、神谷ヨリ休職ヲ勧メ其方カ他日職ヲ求ムルトキノ便宜アルヘシト云フカ、如何スヘキヤト申来リタル故、自分（予）ハ休職ナリトテ職ヲ求ムル為便宜アリトハ思ハス。然シ神谷ガ左程休職ヲ勧ムルナラハ是非トモ之ヲ拒絶スル必要モナカルヘキ旨申遣ハシ置ケリト云フ。小原然ラハ最早休職ト為シ置ク必要ナカルヘシ。神谷ニ対シテハ本人ノ希望ノ通リニ致シタラハ宜シカラント答フヘシト云フ。予然ルヘク取計ヒ呉ヨト云フ。
○十二時前予ガ波多野敬直ノ官房ヨリ審査局ニ返ルトキ、局前ノ廊下ニテ金井四郎ニ遇フ。金井東久邇宮殿下ハ明日仏国マルセーユニ達セラルル予定ナルモ、或ハ今日同処ニ達セラルルコトアルヘシト云フ。金井又殿下ハ途中ニテ乕狩ヲナサレタル処、狼ト外一物ヲ獲ラレタル趣ナリト云フ。
○午前十時後西野英男ニ嘱シ宗秩寮ニ到リ、高羲敬カ宗秩寮ニ出勤スルハ何曜ナルヤヲ問ハシム。西野返リテ、定日ナキモ大概隔日位ナリ、昨日ハ出勤セサリシニ付多分今日ハ出勤スヘシト云ヘリ。出勤シタラハ宗秩寮ヨリ自分（西野）通知スルコトニ約シ置ケリト云フ。午後三時前ニ到リ、西野ヨリ高ハ今日ハ出勤セサル由明日ハ大概出勤スヘシトノコトナリト云フ。
○午後六時後咸一郎来ル。共ニ飯ス。其身事及家事ヲ話ス。八時頃辞シ去ル。
○六月二日午前十時後、宗秩寮ヨリ西野英男ニ高羲敬カ只今出勤シタルコトヲ報シ来ル。西野高ヲ召フヘキヤト云フ。予之ヲ嘱ス。高来ル。予先日世子妃ニ仏語ヲ授ケシムル人ノコトニ付予ヨリ南部光臣ニ話シ、南部ヨリ梨本宮殿下ニ話シタル処、殿下モ別ニ異議ナカリシ由ナリ。然シ予ヨリ南部ニ話シタルハ決定シタルコトニハナカリシ故、最早愈々澤田某ヲシテ妃ニ仏語ヲ授ケシムルヤ否ヲ決シ、夫レカ定マリタラハ正式ニ梨本宮殿下ニ言上シ、且澤田本人ニモ交渉スル必要アリ。予ハ海軍ノ伊東義五郎ノ寡婦ノコトモ聞キタリ。是ハ仏国人ナルモ、日本ノ男爵ノ寡婦トナリ居ル故、之ヲシテ仏語ヲ教ケシムルモ差支ナカルヘシトノコトナリ。故ニ世子殿下妃殿下ガ是非外国人ヨリ教ヲ受ケ度シト考ヘラルルナラハ、伊東ノ寡婦ヲ取調ヘ見ルコトモ宜シカルヘク、伊東ノ寡婦ハ皇太子殿下ノ仏語ノ教師ニ適当ナラント推薦シ居ル人モアル趣ナリト云フ。高、然ラハ今日世子殿下并ニ妃殿下ノ御都合ヲ問ヒタル上更ニ答フヘシト云フ。
予、又予ガ世子邸ニ行ク日時モ世子ニ問ヒタル上通知シ呉ヨト云フ。高是モ今日同時ニ問フコトニスヘシ。イツレ軍隊ヨリ退出セラレタル後ノコトニ致ス外時間ナキ様ナリ。毎日午後七時ヨリ軍学ノ稽古アリ。土曜ハ午後ヨリ其稽古アル故軍隊退出後晩餐マテノ間ナラサルヘカラスト云フ。
高又小書ヲ出シ、朝鮮ヨリ此書面ノ人々ガ観光ノ為メニ来リ、今朝自分（高）ニ面シ世子ニ拝謁スルコト出来ヘキヤ、若拝謁出来サルナラハ帳簿ニ署名テモ致スヘキヤト云フ。依テ自分（高）ハ今朝ハ其侭返シ置タリト云フ。予其人名ヲ見ルニ、参与官二人郡守三十余人ナリ。予此等ノ人ナラハ世子ニ謁見セシメテ宜シカルヘシ。此ク多人数ノ謁見ナラハ少シモ懸念ナシ。一人二人ノ謁見カ注意ヲ要スト云フ。高、然リ妃殿下ノ謁見ハ如何アルヘキヤト云フ。予夫レモ差支ナカルヘシト云フ。高又先年郡守二人ニ外ハ無官ノ者十人計リ上京シタルトキ、謁見ヲ許サヽルコトアリ。此節ノ人ハ是迄世子ニ謁シタルコトアル人モ混シ居ル故、此節ノ人ニ謁見ヲ許サレテモ先年ノ分ト不権衡ハナカルヘシ。兎モ角一応朝鮮総督府出張所ニ交渉シ、其都合モ聞キタル上ニ決定スヘシト云フ。予其方カ宜シカルヘシト云フ。話スルコト十四五分許ニシテ去ル。
○午前十一時後秋山源蔵来リ、只今東久邇宮邸ヨリ電話ニテ王殿下ノ御乗船ハ五月三十日午後ニマルセーユニ著シタル旨陸軍省ニ電信達シタル趣ニテ、同省ヨリ通知シ来レリ。外務省ニハ通信ナキ趣ナルコトモ通知シ来レリト云フ。
○午後一時後ヨリ司法大臣官舎ニ行キ、臨時法制審議会主査委員会ニ列ス。坂下門外ニテ金井四郎ニ逢フ。金井ハ車上ヨリ話ス。東久邇宮妃殿下産後ノ肥立宜シキコトヲ告ク。既ニ司法大臣官舎ニ到ル。横田国臣、予ヲ別室ニ誘ヒ、君ハ枢密顧問官タルコトヲ望ムヤト云フ。予之ヲ望マサルニ非スト云フ。横田、其事ニ付先日来十分考慮シタル処、結局清浦奎吾ヲシテ其気ニナラシメサレハ効ヲ奏セス。然ルニ清浦ハ何事テモ自分（清浦）カ為シタルコトトシテ恩ヲ被セサレハ承知セサル男ナリ。故ニ此事ニ付テハ自分（横田）ヨリ清浦ニ話スハ訳モナキコトナレトモ、夫レテハ成功ノ見込ナシ。波多野敬直ヲシテ話サシメントモ思ヒタレトモ、夫レモ矢張リ面白カラス。種々考ヘタル末、君ヨリ直接ニ清浦ニ話スカ一番宜シカラント思フト云フ。予、夫レハ予ニハ困ル。予ハ自分ノ事ニ付依頼シタルコトナシト云フ。横田夫レハ困ルヘシ。然シ話シ様ニ因リテハ左程笑シキ訳モナシ。直接ニ話ス方カ宜シカラント云フ。予一応考ヘ見ルヘシト云フテ別レタリ。
今日ノ主査委員会ニテハ、弁護士ヨリ証人被告人ニ対シ直接ニ訊問スルコトヲ許スヤ否ノ論アリ。花井卓蔵、鵜沢総明、原嘉道等ハ直接訊問ヲ主張シ、予ハ之ニ反対セリ。結局此事ハ陪審制度ノ要項ニ非ストテ、之ヲ除クコトニ決シタリ。今日ノ会議ニテハ、公判手続ハ直接審理ヲ原則トスルコトヲ決定シタル外、決シタルコトナシ。四時三十分散会ス。
此日予ハ司法大臣官舎ヨリ直ニ逓信大臣官舎ニ赴キ、野田卯太郎ノ招ニ応セントス。野田ノ招ハ六時ニテ、時尚ホ早シ。故ニ都合ニテハ途、中川孝太郎ヲ訪ヒ、時ヲ費サント思ヒ居リタレトモ、四時三十分ニ散会シタルニ付、中川ヲ訪ヒテモ、若シ中川ガ家ニ在ラサレハ尚ホ早キニ過クルヲ以テ、一タヒ家ニ帰ルコトニセリ。五時前家ニ帰ル。
内子、車夫ヲシテ司法大臣官舎ニ行カシムルトキ、中川ニ贈ルヘキ藍胎漆器ヲ車夫ニ渡スヘキ処、之ヲ忘レタリ。今朝杉野（人力車屋）ノ老爺ニ、車夫カ官舎ニ行クトキハ、持チ行クヘキ物アルコトハ命セラレ居リタルモ、老爺モ之ヲ忘レテ車夫ヲ遣ハシタリ。故ニ車夫カ官舎ニ行キタル後、老爺ハ更ニ藍胎漆器ヲ持チテ官舎ニ行キタル所ナリト云フ。既ニシテ老爺ハ予ガ既ニ官舎ニ在ラサリシヲ以テ、藍胎漆器ヲ持チテ帰リ来レリ。
○午後五時三十分ヨリ野田卯太郎ノ招ニ赴ク。会スル者、仁田原重行、有馬秀雄、境豊吉、橋爪慎吾、隈本繁吉、菊池剛太郎、後藤武雄、中村厚次郎、山崎達之輔、吉原正隆、小倉敬止外数名ナリ。予、野田ニ村山咸一郎ヲ福岡県内ノ高等女学校長ニ転任セシムルコトニ付、周旋ヲ依頼スル旨ノ小書ヲ交シ、又其小書ノ末ニ、木村重任等ノ贈位ノ事并ニ林田守隆叙位ノ事ニ付テモ周旋スヘキ旨ヲ書キ加ヘ置ケリ。食後吉原ニ小書ヲ野田ニ渡シ置タルニ付、君（吉原）モ周旋シ呉ヨト云ヒ、又野田ニ対シテモ之ヲ話シタルニ、野田ハ贈位セラルルニ適当ナル人丈ケヲ選ミ呉ヨト云フ。予乃チ有馬ニ其旨ヲ告ケ、高橋光威ニ人名書ヲ渡シ置タル故、君（有馬）カ高橋ニ逢ヒ、人名書ヲ見タル上、取捨シ呉ヨト云フ。有馬近ク高橋ニ面会スヘシト云フ。八時後一同ニ辞シ去ル。九時前家ニ帰ル。
○安電信達ス。
○六月三日午前八時頃村山咸一郎来リ、電車中ニテ金ヲ掏取セラレタリトテ金十円ヲ借リ、直ニ辞シ去ル。
○午後四時頃宮内省ヨリ帰ル。内子新宿御苑ヨリ苺実一籠ヲ届ケ来リタルコトヲ報ス。甚美ナリ。之ヲ有馬伯ニ贈ラント欲ス。乃チ橋爪慎吾ニ電話シ、伯カ今日石井光次郎ノ招ニ帝国ホテルニ赴クヤ否ヲ問フ。橋爪赴ク旨ヲ答フ。予又伯ハ自動車ニテ行クヤト云フ。橋爪然リト云フ。予又今日新宿御苑ノ苺ヲ賜フ。頗ル美ナリ。之ヲ伯ニ贈ラント欲ス。使ヲ遣スハ甚タ遠シ。予モ今日帝国ホテルニ赴クニ付、同所ニ持チ行キ、伯カ帰ラルルトキ之ヲ交セント欲ス。如何ト云フ。橋爪大ニ好シト云フ。
五時三十分ヨリホテルニ赴ク。予未タ石井光次郎ヲ識ラス。始メテ之ニ面ス。予カ行キシトキハ伯及ヒ有馬秀雄、橋爪慎吾、境豊吉、津留崎某、長浜某既ニ在リ。既ニシテ余興トシテ貞山カ荒木又衛門カ渡辺数馬ノ復讐ヲ援クル談ヲ聴ク。食後伯将ニ帰ラントス。予苺ヲ橋爪ニ交ス。伯ノ自動車ナシ。誤リテ空車ニテ帰リ去リタルナラン。伯ハホテルノ自動車ニテ帰リタリ。今日会シタル者ハ前記ノ外、有馬頼寧、有馬泰明、隈本繁吉、倉岡彦助、元田作之進ナリ。
予伯ニ、先頃明治二十一年ノ有馬家ノ紛議ニ関スル書類中、尚ホ有栖川宮ニ残リ居リタルモノヲ渡辺直達ヨリ受取リ置タルコトヲ告ク。有馬頼寧ヨリ先日橋爪ヲシテ相談セシメタル夜学校ニ関スル費用支出ノコトヲ話ス。予之ヲ聴キタリ。有馬家ノ家計ニ関係セサルコトニ付、相談会ヲ開ク必要ナカルヘク、金額ハ三千円位ニテ宜シトノコトナリシカ、夫レニテ宜シキヤト云フ。頼寧其位ニテ宜シト云フ。
長浜ヨリ先日軸物ヲ貴家ニ持チ行キ置タリ。彼ノ画ノ事ニ付、文ニテモ詩ニテモ歌ニテモ宜シキ故、何カ書キ呉ヨト云フ。予軸物ハ見タレトモ何ノ為メニ持チ来リタルヤ分ラサリシナリ。画ニ関スルコトハ既ニ本荘季彦ガ文ヲ作リ居ルニ付、予ガ書ク必要ナカルヘシト云フ。長浜是非作リ呉ヨト云フ。予然ラハ其積リニテ更ニ画ヲ見ルコトニスヘシト云フ。津留崎、石井、頼寧ヲ送ル為メ自動車ヲ備ヘタル故、予モ之ニ同乗セヨト云フ。予自家ノ人力車アルヲ以テ其必要ナキ旨ヲ答フ。九時前家ニ帰ル。
○夜雨ル。
○六月四日午前七時三十分後安帰ル。
○午前十時後西野英男ニ嘱シ今日午後零時後皇后陛下ノ沼津ニ行啓セラルルヲ奉送スルトキ、自動車ニ乗ルコトヲ調度寮ニ謀ラシム。西野調度寮ニテ之ヲ諾シタルコトヲ報ス。
○午前十一時小原吉ヲ其事務室ニ訪ヒ、昨日新宿御苑ノ苺実ヲ送リ来レリ、何処ニカ謝ヲ述フヘキモノナリヤト云フ。小原其侭置テハ腐敗スルカ又ハ徒ラニ食スルニ過キサル故、大臣ヲ始メ配達スル様ニ致シタルノミ。謝ヲ述フルニ及ハスト云フ。審査局ニ返ルトキ局前ノ廊下ニテ木村甚三郎ニ遇フ。予波多野敬直ハ何日ヨリ沼津ニ行クヤヲ問フ。木村、石原健三ガ五日ニ帰京シ六日ニハ波多野ト石原ト打合ヲ為シ、波多野ハ七日ヨリ沼津ニ行ク予定ナリト云フ。
○午後零時三十分ヨリ宮内省ノ自動車ニ乗リ、仙石政敬ト共ニ東京駅ニ到リ、皇后陛下ノ沼津ニ行啓セラルルヲ奉送ス。駅ニテ野田卯太郎ニ遇フ。予一昨夜ノ饗ヲ謝ス。野田其節嘱セラレタル村山転任ノ件ハ福岡県知事ニ申遣ハス必要アリト思ヒ、知事ニ申遣ハシ置タリト云フ。予知事ヨリ申出テサレハ行ハレ難シ。知事ニ交渉スルコトガ必要ナリト云ヘリ。山県伊三郎ニ遇フ。其旅順ニ赴任スル期ヲ問フ。山県十日前後ナラント云フ。皇后陛下一時ニ発車セラル。直ニ宮内省ニ返ル。
○六月五日午前十一時頃西野英男来リテ伊夫伎準一ノ書状ヲ示ス。鈴木重孝忌引ノ事ニ付西野ニ通知シタルモノナリ。
○十二時退省ス。
○六月六日（日曜）午後三時ヨリ内子ト倶ニ寺内寿一ノ家ニ至リ、其母多喜子ノ告別式ニ会シ、焼香シテ直ニ帰ル。香一箱ヲ贈ル。
○六月七日朝新聞ヲ閲シ、昨日島津忠重カ園遊会ヲ開キタル記事ヲ見テ、予ガ招ヲ受ケ居リテ之ニ赴クコトヲ忘レタルコトヲ知ル。
○午前十時後石原健三ヲ其事務室ニ訪ヒ、前日予ガ石原ヨリ借リタル皇族制度ニ関スル沿革概要ヲ返ス。会々南部光臣、仙石政敬亦在リ。共ニ皇族ノ降下ニ関スル実行問題ヲ話ス。皇族ガ成年ニ達セラルヽヲ待チ、成年式ヲ挙行スルコトハ之ヲ延ハシ置キ、本人ヨリ降下ノ情願ヲ為サシムルガ適当ナルヘク、勲章ハ降下前身位令ノ規定ニ依リ旭日桐花大綬章ヲ賜ヒ、居宅ハ代価ニテ賜ヒ、位ハ降下後従四位ヲ初叙ト為スガ宜シカルヘシ等ノ事ヲ話シ合ヒタリ。
予ガ審査局ニ返ラントスルトキ、南部光臣ヨリ先日君ヨリ話サレタル世子妃ニ澤田某ヲシテ仏語ヲ授ケシムルコトハ梨本宮殿下モ夫レハ宜シカルヘシト云ハレタリ。澤田ニハ世子邸ノ方ヨリ相談スルヤト云フ。予其事ハ高羲敬ヨリ世子并ニ妃殿下ノ意向ヲ問ヒ、澤田ニテ宜シトノコトナラハ更ニ君ニ相談シテ、君ヨリ梨本宮ノ御都合ヲ伺ヒ、澤田ニモ世子邸ヨリ交渉スル筈ニテ、高ヨリ世子并ニ妃ノ都合ヲ通知スルコトニ約シ置ケリト云フ。南部又梨本宮妃殿下ハ自身（妃）カ仏語ヲ学ハレタル（ソフィーア）ト云フ仏国人ガ宜シカラント話サレタルコトアル趣ナルモ、其人ハ性行宜シカラサル様ニ聞キタルコトアリ。夫レハ宜シカラサルヘシト云フ。予、予モ其話ハ聞キタレトモ性行ノ点ニテ懸念ノコトアリトノコトニ付、澤田ノコトヲ考ヘタル次第ナリ。若シドウーシテモ外国人ニ限ルトノコトナラハ、伊東義五郎ノ寡婦ガ宜シカラントノコトナルモ、高ノ考ヘニテモ世子ノ英語モ日本人カ授ケ居ルニ付、妃ノ仏語モ差向キ日本人ニテ宜シカラント云ヒ居リタリト云フ。
○午前十時後鈴木重孝ヨリ予ニ贈リタル名古屋昨日発ニテ今朝達シタル電信ヲ西野英男ニ交ス。電信ハ鈴木ガ広島ヨリ昨日名古屋ニ返リタルコトヲ報スルモノナリ。
○午前十一時後予西野英男ヲシテ宗秩寮ニ行キ、高羲敬ヲ召ハシム。高来リ、先日君（予）ヨリ話サレタル澤田某ヲシテ世子妃ニ仏語ヲ授ケシムルコトハ、世子殿下ハ自分（高）カ君（予）ト相談シテ定ムルコトナラハ異存ナシトノコトナリシ処、桜井某ガ澤田ニ満足セス。澤田ハ仏語ヲ話スコトハ出来ルモ、正式ニ学修シタル者ニ非サル故、人ヲ教授スル資格ナシ。澤田ヨリモ寧ロ森政子ノ方可ナルヘシ。森ハ曽テ学習院女学部ニテ仏語ノ教授ヲ為シタルコトアリ。只今ハ学習院ニハ勤仕セサルモ、梨本宮規子女王ニハ尚ホ仏語ヲ授ケ居レリ。自分（桜井）ニテモ幾分仏語ヲ話スコトハ出来ルモ、人ニ教ユル資格ナシ。澤田モ矢張リ同様ナリト云ヘリト云フ。予世子妃ノ仏語ハ左程仰山ニ稽古セラルヽ必要ナシト思ヘトモ、内端ニ異論アリテハ不可ナリ。澤田ノコトハ暫ク見合セ、尚ホ森ガ宜シケレハ其人ニテモ固ヨリ差支ナシ。其人物等ヲ取調ヘ見ルヘシ。梨本宮妃殿下ニ仏語ヲ授ケタル（ソフィア）ト云フ者ハ性行宜シカラサル様ニ南部光臣モ話シ居レリト云フ。
高、世子邸ノ事ハ実ニ面倒ナリ。昨日モ桜井ヨリ自分（高）ニ対シ自分（桜井）ノ懇意ナル人ヨリ自分（桜井）ニ朝鮮婦人ニテ丁某ト称スル者ヲ紹介シ来レリ。丁某ハ朝鮮ニテ門地アル人ニテ、東京ニ来リ医学ヲ修メタルモ、高等学校ノ科程ヲ修メ居ラサリシヲ以テ、試験ヲ受クルコトヲ得サリシヲ以テ今年モ試験ニ応セントテ勉強シ居ル所ナリ。丁ハ朝鮮ニテモ度々宮中ニ出テ謁見モ致シタル人ナル趣ニ付、自分（桜井）ガ面会シタル妃殿下ニモ謁見セシムル方宜シカラント云フニ付、自分（高）ハ不審ニ思ヒ其年齢ヲ問ヒタル処、二十四五歳ナリトノコトナリ。依テ自分（高）ハ右ノ如キ人ヲ知ラス。只今二十四五歳ナル人カ世子殿下ニ朝鮮ニテ謁見シタリト云ヘハ十歳前後ノ事ナリ。十歳前後ニテ宮中ニ出入スヘキ筈ナシ。君（桜井）ハ本人ノ紹介ニテ面会セラルヽナラハ夫レハ勿論随意ナルモ、若シ丁ヨリ妃殿下ニ謁見スルコトヲ申出テタラハ、断然拒絶シ呉ヨト云ヒ置タリ。昨日来丁ノ身上ヲ聞キ合セタル処、其父ハ京城ニテ独立運動ニ加ハリ、警察ノ注意人物ト為リ居ル由ナリ。又丁ガ自分（丁）ノ従兄弟ナリト云フ文（閔）其実丁ノ夫ナル由ナリ。丁ハ何ノ目的アリテ桜井ニ面会スルコトヲ望ムヤ相分ラサルモ、何ガ必ス希望アルモノナルヘシ。桜井ガ紹介者ノ言ヲ信シ、妃殿下ニ謁見セシメントスルモ、其心情ハ成ルヘク朝鮮人ノ歓心ヲ得度トノ考ヨリ出テタルコトニ相違ナキモ、若シ迂闊ニ右ノ如キ人ヲシテ謁見セシムル様ノコトアリテハ如何ナル不都合ヲ生スルヤモ計リ難シ。実ニ懸念ノコトナリ。
貴君（予）カ世子ニ面謁セラルル日ハ世子ニ其日ヲ問ヒタル処、尚ホ差支ナキ日時ヲ考ヘタル上答フヘシトノコトナリ。先日朝鮮ヨリ来リタル郡守参与官ハ世子并ニ妃殿下ニ謁見シ、イツレモ満足シタルガ、自分（高）ニ対シ種々ノコトヲ問ヒ、世子邸ニ朝鮮人ノ侍女アリヤト云フニ付、妃殿下ガ朝鮮語ヲ十分ニ解セラレサル故、一々通訳ヲ用ヰテ使役セラルヽハ不便ニ付、只今ハ朝鮮人ノ侍女ヲ用ヰ居ラス。妃殿下ガ十分ニ朝鮮語ヲ解セラルヽ様ニナリタラハ、其時ハ朝鮮人モ雇使セラルヘシト云ヒ、又彼等ハ妃殿下ハ朝鮮語ヲ学ヒ居ラルヽヤト云フニ付、自分（高）ハ熱心ニ学ヒ居ラルルト云ヒ、彼等ハ誰ガ教ユルヤト云ヒ、自分（高）ハ只今ハ世子殿下ガ師ナリト云ヒ、彼等ハ世子殿下ハ朝鮮語ハ忘レラレタルヘシト云ヒ、自分（高）ハ然ラス、諺文モ絶ヘス学ハレ居ルト云ヒ、彼等ハ世子殿下ハ洋書ヲ読ムコトヲ得ルヤト云ヒ、自分ハ日本ノ仮名交リ文ニテ学ハレタルモ、洋学モ知リ居ラルヽト云ヒ、彼等ハ世子殿下ハ結婚シテモ日本人トナラレタルニハ非サルヤト云ヒ、自分（高）ハ然ラス、妃殿下カ世子殿下ニ嫁セラレタルニ付、妃ノ方カ朝鮮人トナラレタルナリト云フ。彼等ハ夫レナラハ結構ナリト云ヘリ。
右ノ如キ有様ニテ朝鮮人ハ内端ニハ種々ノ疑念ヲ懐キ居リ。郡守等ノミナラス、先日上京シタル李王職長官抔モ実ハ世子殿下ニ直接申上度事アリタル模様ナルモ、其機会ヲ得スシテ帰リタル様ナリ。郡守等ノ話ニテモ今日ハ表面丈ハ一ト先折合ヒ居ルモ、内実ハ十分ノ不平アリ。中々油断ナラサル模様ナリ。先日話シタルコトアル自分（高）ノ従弟某ハ、上海ノ仮政府ノ役員ヲ為シ居リ。先日上京シテ自分（高）ノ留守宅ニ来リ、今日自分（高）カ李王家ノ用ヲ勤ムルハ愚ナルコトナリ。早ク之ヲ止ムルガ宜シト云ヒ、自分（高）ノ子供等ハ之ニ対シ激シク議論シタル趣ナリト云フ。予世子殿下自ラ方向ヲ誤ラルヽコトハナキモ、種々誘惑アル故其点ニハ十分ニ注意セサルヘカラス。此事ガ一番大切ナル事ニテ一番ニ難キコトナリト云フ。
高、君（予）ガ世子ニ謁セラルヽトキハ時々ハ世子ノ為メニナル様ノ事モ話シ呉ラルヽコトヲ希望スト云フ。予、予モ固ヨリ其積リナリ。森政子ノ事ハ尚ホ取調ヘ見ルヘシト云フ。高既ニ去ル。予審査局ノ旧帳簿上学習院女学部ノ教師トシテ森政子ノ名ナキヤ取調フルコトヲ西野英男ニ嘱ス。西野一二ノ帳簿ヲ検ス。其名ナシ。会秋山源蔵、森政子ハ自分（秋山）同郷ノ者ニテ其人ヲ識リ居ルト云フ。予之ヲ問フ。秋山ハ旧教（カソリツク）信者ニテ仏語ヲ善クス。曽テ学習院女学部ノ仏語教師トナリタルコトアルモ、暫時ニテ罷メタリ。一度モ結婚シタルコトナシ。四十歳以上ノ人ナリト云フ。
予秋山ノ話ヲ聞キ、高羲敬ヲ宗秩寮ニ訪フ。高正ニ総裁室ニ在リ。予其処ニ到リ、森政子ガ旧教信者ナル趣ヲ告ケ、之ヲシテ妃殿下ニ仏語ヲ授ケシムルハ適当ナラサルヘシト云フ。高夫レハ勿論適当ナラスト云フ。予又南部光臣ヲ食堂ニ訪ヒ、澤田某ヲシテ世子妃ニ仏語ヲ授ケシムルコトハ桜井某ガ不同意ナル趣ニ付、今暫ク話ヲ見合セ置呉ヨト云フ。南部、桜井ハ何ノ為メニ不同意ナリヤト云フ。予、澤田ハ正式ニ学修シタル人ニ非ス。教師タル資格ナシト云フコトナル趣ナリト云フ。南部夫レ程六ケシキ学問ヲナサルニハ及ハサルコトナリ。澤田ニハ今日マテ何モ話シタルコトナシ。然ラハ先日君ヨリ話サレタル伊東義五郎ノ寡婦宜シカルヘシト云フ。予、森政子ト云フ者モアルモ、是ハカソリツク信者ナル趣ニ付適当ナラサルヘシ。要スルニ何モ急クコトハナキ故今少シ考ヘタル上ノコトニスヘシト云フ。南部承知ノ旨ヲ答フ。
○午前十一時頃東久世秀雄来リ、大正十年度修繕費及新築費ニ関スル予算金額ニ依リ、経常費ト臨時費トヲ区分スル標準及経常費ノ中小工事費トシテ使用スル金額増加ノ事ヲ協議ス。予異議ナキ旨ヲ答フ。午後二時後東久世来リ、合議書ニ捺印ヲ請フ。予其写ヲ取リ且今日石原健三カ林恭次郎ノ病状ヲ問ヒ、予既ニ先頃ヨリ出勤シ居ル旨ヲ答ヘ置タルヲ以テ、林ヲシテ合議書ニ捺印セシメ置カント思ヒ、其書類ヲ預リ置ケリ。三時頃謄本出来タルヲ以テ林ト共ニ本書并ニ謄本ニ捺印シ、本書ハ西野英男ヲシテ之ヲ東久世秀雄ニ返サシム。
○午後六時頃有馬頼寧電話ニテ八時三十分頃往訪セント欲ス、差支ナキヤト云フ。予差支ナキ旨ヲ答フ。八時二十五分頃有馬来ル。有馬先年有馬家ニテ台湾ノ土地払下ヲ受ケ、殖林〔植林〕スルコトニ決シ願書ヲ出シ置タル処、其千甲以上ノ払下ハ許可セサル故、願書ヲ訂正スヘキコトヲ申来リ。訂正ノ上更ニ出願致シ置タル処、此節更ニ一甲ノ借賃四銭ニテ殖林〔植林〕ヲ終ハリタル後、払下クルトキハ一甲ノ代金二円ト為スコトニ変更シタル旨申来リ。初ノ話ヨリ倍ノ高価トナレリ。石井光次郎ハ其間ニ運動シタラハ幾分好都合トナルヘキニ付、払下ク置ク方宜シカラント云ヒ居ル趣ナレトモ、自分（有馬）ハ夫程マテニシテ台湾ノ土地ヲ得ル希望ナシ。経費ハ十五年間ニ八万円許ノ事ニ付格別ノ事ハナケレトモ、払下ヲ止メント思フカ如何ト云フ。予此事ハ初メヨリ確カナル見込アル訳ニ非ス。台湾ノ当局者ハ信用アル人カ台湾ニテ事業ヲ為スコトヲ望ムト云フ様ナルコトニテ、云ハヽ先方ヨリ依頼スル様ノ話ニテ、有馬家トシテモ計算面ニテハ数十年ノ後ニハ相当ノ資産トナル様ノ訳ナリシ故、之ヲ試ミテモ宜シカラント云フ位ナリシ処、先方ニテ度々条件ヲ変更シ且少シモ特別ノ取計ヒモ為サヽル様ナラハ、之ヲ止メテモ宜シカラント云フ。
有馬、稲田邦植〔邦稙〕ノ話ニテハ実業家等ヨリ出願ヲ為シ居ル者多キニ付、総督府ノ意向モ之カ為メ変更シタルニハ非サルヤト思ハルルト云ヒ居レリト云フ。有馬又自分等ノ経営シ居ル夜学校ノ事ハ印刷ヲ請負ハセタル印刷屋ニ千七百円ヲ貸与シ、其金ガ固定シタル為メ非常ニ困リ、先日橋爪慎吾ヲシテ特別金ノ融通ヲ相談セシメタル次第ナリ。印刷屋ハ金主ヲ探カシテ此方ニ金ヲ返シ、関係ヲ絶ツコトヲ計画シ居ル趣ナルガ、其事ガ出来レハ此方ニモ好都合ナリト云フ。
有馬又橋爪慎吾ハ有馬秀雄トハ正反対ニテ秀雄ハ余計ナル金モ使ヒタルコトアルモ、橋爪ハ少シク節約ニ過ギル傾アリ。先日自動車ヲ買ヒ入レタルトキモ先方ノ申出代価ヨリ五百円ヲ値切リタリ。夫迄ハ宜シキモ、運転手ト仲人トニハ買主ヨリモ幾分ノ心附ヲ為スハ普通ノ慣例ナル処、橋爪ハ先ツ運転手等ヲシテ売主ニ対シ幾許心附ヲ為スヤヲ確カメシメ、売主ニテ運転手ト仲人トニ二百円宛計四百円ノ心附ヲ為スト云ヒタル趣ニテ、此方ヨリハ僅カ計リノ心付ヲ遣ハシ、結局九百円ハ賤ク買入レタリトテ得意ニナリ居レリ。然ルニ自分（有馬）ノ考ヘニテハ右様ノ事ヲ為シテハ其金ヨリモ大ナル損アリハセサルカト思フト云フ。予、予モ其事ニ付テハ多少心附タルコトアリ。既ニ橋爪ニ注意ヲ促シタルコトモアリ。水天宮ノ神楽殿ヲ改築スル為メ寄付金ヲ募リタル如キモ、実際必要ナキコトナリ。又水天宮ノ経費カ嵩ムトテ守札ノ値上ケヲ為サントシ居ルコトヲ聞キタル故、若シ経費カ不足スルナラ有馬家ニ収入スル分ヲ減シテモ差支ナシ。値上ハ止ムル方宜シト云ヒ置ケリ。尚ホ機ヲ見テ注意ヲ促シ置クヘシト云フ。
有馬又宮内省ニテ華族制度ヲ改メ、爵ノ逓下ヲ為ス様ノ内議アリヤト云フ。予先皇族ノ降下ニ関スル内規ヲ設ケラレタルヨリ、世上ニ右ノ如キ説ヲ為ス者ヲ生シタルモノナルヘク、宮内省ニハ今日ノ処右ノ如キ詮議ヲ為シ居ルコトヲ聞カスト云フ。有馬此事ニ付テハ自分（有馬）ハ二荒某ト意見ヲ異ニシ、二荒ハ逓下説ヲ主張スルモ、自分（有馬）ハ理想トシテハ華族廃止カ適当ナルヘク、然ラサレハ一代華族ト為スカ宜シク、逓下説ハ最悪ノ説ナリト思フ。爵ハ人ニ賜フモノニ非ス。家ニ賜フモノナルヘク、然ルニ父ト子ガ爵ヲ異ニスルハ謂レナキコトナリ。加之逓下説ヲ実行スレハ、貴族院ノ組織ハ非常ナル混雑ヲ生スヘシト云フ。予貴族院ノ組織モ結局改正ヲ要スヘク、公侯爵ノ当然議員タルコトノ不可ナルト勅選議員ノ終身ナルノ不可ナルコトハ之ヲ改ムル必要アルヘシト云フ。有馬貴族院ノ組織サヘ改正セラルレハ、華族ハ別ニ廃止スル必要モナキコトヽナルヘシト云フ。
有馬又華族抔カ下情ニ通スルト云フハ全ク間違ヒ居リ、下情ト云フハ全ク野卑ナルコトヽ思ヒ居リ。狭斜ノ巷ニ出入スル事等ヲ以テ下情ニ通スト思ヒ居ル者多シ。自分（有馬）モ其一人ニテ全ク誤リ居リタリ。或ル人ヨリ野卑ナル事ヲ為シテ是カ平民主義ト云ハレテハ平民ガ迷惑ナリト云ハレタルコトアリ。是ニハ実ニ愧チ入リタリ。松平伯爵（直之）、奥平昌恭抔モ慥ニ其方ナリト云フ。予松平伯ハ一時平民生活モナサレタルコトアレトモ、真ノ下情ニハ矢張リ通シ居ラレサル様ナリト云フ。
有馬、是ハ秘密ナレトモ北白川宮成久王殿下ハ明晩玉姫小学、同情園、自分（有馬）等ノ夜学校モ御覧ニナル筈ナリ。殿下方ノ御出ガアルト云ヘハ兎角準備ヲ為シ、真面目ハ分カラサル故、此節ハ橋場ノ有馬邸ニ御出テニナルコトヽシ、其序ニ突然各所ニ御出テニナルコトヽナシ置タリ。殿下方モ余リ窮屈ナルコトトセス、少シハ世上ノ事モ御承知ナサルル様ニナス必要アリ。此事ニ付テハ自分（有馬）ハ疾クヨリ主張シテ、竹田宮大妃殿下、北白川宮妃殿下カ貧児撫恤ノ事ヲナサル様ニ望ミ居レトモ、兎角種々ノ故障アリテ行ハレス。北白川宮ニ縁故アル自分（有馬）、二荒某、上野某等ガ菊友会ナルモノヲ組織シ居ルニ付、其会ニテ貧児救恤ノ事ヲ為ス様ニ致シ居レリト云フ。予成久王殿下ハ先頃ノ皇族会議ニ付テハ余程御尽力アリタリト云フ。有馬其事ハ内々ニテ少シ計リ承ハリタリト云フ。
有馬又松田正之辞職ノ件ハ既ニ辞表ヲ出シタルヘキヤト云フ。予辞表ハ疾ク出サレタルモ、博物館ノ主任者カ旅行中ナリシ故、其侭ニ相成リ居リ、主任者帰京後留任ヲ勧メ又ハ休職ヲ勧メ、休職トナリ居ル方他日職ヲ求ムルトキノ便宜アルヘキ旨ヲ申シタル趣ニテ、其後ヨリ松田君ヨリ予ニ書状ヲ贈リ、休職トナルノ得失ヲ尋越サレ、予ハ休職ナリトテ職ヲ求ムル為メ別ニ便宜アルヘシトハ思ハサルモ、左程休職ヲ勧ムルナラハ是非トモ之ヲ拒絶スル程ノ必要モナカルヘキ旨ノ返書ヲ出シ置タリ。然ルニ其後小原吉ヨリ松田君ノ事ニ付、博物館ノ神谷初之助ガ辞職ノ理由ナキ旨ヲ述ヘテ、自分（小原）ニ相談スル故、一応ハ此事ハ既ニ各方面トモ内議ヲ遂ケ辞職ニ決シ居ル趣ナルコトヲ申聞ケタレトモ、折角神谷カ相談ニ来リタル故、一応君（予）ニ相談シタル上返答スヘキ旨ヲ申聞ケ置タリ。今ハ又神谷ガ来リタリトノコトナルカ、如何返答スヘキヤト云フニ付、予ヨリ松田ニ対スル返書ノ事ヲ告ケタル処、小原ハ同シ罷メタルモノナラハ休職トナス必要ハナカルヘシ。神谷ニハ本人ノ希望通リ処置スル方宜シカラント答ヘ置クヘシト云ヒ居リタル故、最早辞職ヲ聴許セラルルコトヽナルヘシト云フ。
有馬又橋爪ハ聡頼ノ非行ヲ弥縫セントシテ種々心配致シ居レトモ、聡頼ガ橋爪ニ話シタル所ト狎妓ガ橋爪ニ話シタル所トハ余程異リ居リ。妓ノ方ハ間モナク聡頼ノ妻トナル積リニ考ヘ居ル由ナリ。本家ヨリ補助ヲ受ケ居リナカラ、妾宅ヲ構ヘサセ居リ、虚言ヲ以テ糊塗スル様ノ事ニテハ致方ナキ故、最早橋爪モ自分（有馬）ナリ、君（予）ナリニ話シテ処置スル旨ヲ本人ニ話シタラハ宜シカラント思フ、聡頼ハ子爵ヲ止ムルコトヲ決心シ、妓ト結婚スルナラハ夫レニテ宜シ。子爵家ニハ弟宗嗣モアル故、夫レニテ宜シカラント思フト云フ。予、予ハ先頃橋爪ヨリ話ヲ聞キ、最早聡頼ヲ保護スル必要モナク、又其考モナキ旨ヲ話シ置タリト云フ。
有馬又父ノ住居モ改築出来タルニ付、自分（有馬）モ転居致シ度ト思フ。現在ノ住居ハ南ノ方ニ二階家ヲ建テラレ、日光ヲ遮ラレタリ。左リトテ其地所ヲ買入レントスレハ坪百円位ヲ要スヘク、三百坪ヲ買ヘハ三万円ヲ要シ、其上家ノ代モ払ハサルヘカラス。故ニ駒場農科大学ト橋場ノ学校ニ通フ為メノ便利ヲ図リ、牛込カ番町辺ニ適当ノ処アラハ其処ニ転居シ度シ。地所ハ手ニ入ラサレハ借地ニテモ差支ナシ。今後ハ簡易生活ヲ為シ度。夫レニハ西洋家屋ニテ人数ヲ減スルコト必要ナリ。現在ノ家屋ヲ売却シタル代金ヲ以テ建築スル事ハ出来ルナラント思フト云フ。予適当ナル敷地ハ到底手ニ入ラサルヘシト云フ。有馬二百坪モアレハ夫レニテ間ニ合フヘシ。土肥慶蔵ノ所有地ノ不用ナル所アリト聞キ居ルガ夫レハ如何ナリタルヘキカ、又境豊吉ノ住居ノ辺ナラハ宜シト思フト云フ。予二百坪位ナラハ或ハ手ニ入ルコトモアラント云フ。
予昨年松田男爵結婚ノ時、帝国ホテルニテ渡辺直達ヨリ明治二十一年ニ起リタル伯爵家紛議ニ関スル書類ノ有栖川宮邸ニ残リ居リタルモノヲ伯爵ニ渡シ、伯爵ヨリ予ニ渡サレ、予ガ之ヲ保存シ居レリ。其後渡辺ヨリ尚ホ少許ノ書類カ有栖川宮邸ニ残リ居リタリトテ之ヲ予ニ渡シ、是モ予ガ保存シ居レリ。書類ハ伯爵ノ為メニハ格別面白キモノニ非ス。且必要ト云フ程ノコトモナケレトモ、折角残リ居ルモノニ付之ヲ棄ツルハ惜ムヘキ所アリ。其内君（有馬）ニ渡シ置クヘシト云フ。
予又伯爵家ノ会計事務ノ運ハサルニハ少々閉口セリ。水野光衛カ会計事務ニ熟セサルコトハ林田ヨリ初メニ申来リ居ル故、今更咎ムル訳ニハ参ラサレトモ、極メテ簡短ナル会計ナル故最早少シハ手ニ入ルヘキ筈ト思ヘトモ、中々了解出来サル様ナリ。橋爪モ会計ノコトハ案外不分ナリ。夫レニシテモ津留崎某、長浜直哉等ハ以前ヨリ会計事務ニ関係致シ居ルニ付、彼等ガ正実ニ補佐スルナラハ今少シハ敏速ニ運フナラント思ハルルカ、彼等ニハ何カ感情ノ面白カラサル事デモアルヘキカト云フ。有馬秀雄ノ時モ人カ不足ト云ヒ居リタルカ、橋爪モ同シク人カ不足ナリト云フ。是ハ自分（有馬）ニハ分ラス。畢竟勉強セサル為ナラント思フト云フ。予モ其事ニ聞キ居ルカ、其原因ハ伯爵ノ随行カ多キ為メ人カ不足スト云ヒ居リタリト云フ。
○有馬カ橋爪ガ節約ニ過キルコトヲ話シタルトキ、自動車買入ノ事ヲ話シタル後、先般家丁カ死亡シタルトキ手当トシテ金二百円ヲ給シタルニ、秀雄ハ自分（有馬）ニ対シ余リニ少額ナリトテ非常ニ不平ヲ鳴ラシタリ。其時ハ自分（有馬）ヘ橋爪カ先例等モ調査シテ是ニテ宜シト云フニ付、其以上ノ取調ハ為サス、適当ノ事ト思フテ決裁シ置ケリト云ヒ、秀雄ハ左様ナリヤト云ヒタリ。自分（有馬）ハ家丁ニハ高等学校ニ入リ居ル男児アル故、一時ノ手当ヨリモ其学資ノ補助ノ方大切ナル問題ナラント思ヒ居ルト云ヘリ。予、予モ其当時話ヲ聞キタルガ橋爪ハ規則上其以上ハ支出シ難シト云ヒ居リタリト云フ。有馬、秀雄ハ規則ガアリテモ之ニ拘ハラス、適当ニ支出シ居リ。橋爪ハ規則通リニスル故、右ノ如キ相違ヲ生スルナリト云フ。予、予ハ規則ヲ取調ヘサリシモ秀雄ハ何円以上トアル故規則ニテモ差支ナシト云ヒ居リタリト云フ。
有馬ハ一時間許ニシテ去ル。時ニ九時二十五分ナリ。玄関ニテ予ヨリ頼春ノ喘息ノ近状ヲ問ヒタルニ、岡田某ヲ召ヒ一週間ニ一度宛正坐ヲ為サシメ居ルガ其為メ体力ガ増シタル為メトノ関係ナルヤ、此節ハ四十日位ニ一度位ノ外発差〔発作〕セサル様ニナリシナリト云フ。
○六月八日午前十時後、牛乳代ヲ宮内省金庫ニ払フコトヲ西野英男ニ嘱ス。
○午前西野英男ヨリ鈴木重孝ノ書状ヲ致ス。之ヲ西野ニ示ス。
○午前十時後、金井四郎来リ、東久邇宮邸ノ別邸ノ地ヲ小田原ニ定ムルコトハ南部光臣ガ帝室林野管理局長官タリシトキヨリノ問題ナルカ、今日マテ決定セス。一応山崎四男六ニ促シ呉ヨト云フ。予之ヲ諾ス。予妃殿下ノ清祓ハ何日ナルヤト云フ。金井本月十一日ナリ、其日ニハ酒肴料ヲ贈ラルヽ筈ナリト云フ。予尚ホ右ノ如キ関係アリヤト云フ。金井御妊娠当初周旋セラレタル故、此節マテハ其関係アリト云フ。
○午後零時後、山崎四男六ヲ食堂ニ訪ヒ、東久邇宮ノ別邸予定地ノ事未タ決定セサル由、速ニ決スル様取計ヒ呉ヨト云フ。山崎ハ自分（山崎）ハ何事モ聞キ居ラスト云フ。吉田平吾亦食堂ニ在リ。吉田ハ帝室林野管理局在勤中其事ニ関係シ居リタルヲ以テ、予之ヲ呼ヒ、予ト山崎トノ談ニ加ハラシム。吉田其事ハ自分（吉田）ガ管理局ヲ去ルトキ既ニ決定シ居リタリ。今日マテ未決ノ筈ナシト云フ。予尚ホ未決ナリ。兎ニ角急ニ決スル様取計ヒ呉ヨト云フ。山崎之ヲ諾ス。
○午後一時三十分ヨリ歩シテ土肥慶蔵ノ家ニ到リ、黒子ヲ療ス。土肥復タ（ラジユーム）ヲ用ユルコト三十分。予内子ノ腕ニ（ラジユーム）ニテ灼傷シタル所数ヶ所アル故、少時療ヲ止メ居レリ。先頃（マツサージ）ヲ為シ腕ノ痛ヲ起シタル故、今日マテ（マツサージ）ヲ止メ居ルガ、最早舒ニ之ヲ始ムル方宜シカルヘキヤト云フ。土肥今暫ク之ヲ見合セヨト云フ。予腕ヲ動カスコトハ甚タ不自由ナリト云フ。土肥、本人自身カ少シ宛腕ヲ動カシテ之ヲ慣ラス様ニナスヘシト云フ。三時頃家ニ帰ル。
○午後水口敏子来リ訪ヒタル由、予家ニ帰リタル後内子ヨリ之ヲ報ス。
○午後七時後長浜直哉来リ、田村象湖ノ画宝祚無窮ノ稿本ニ関スル書ヲ作ランコトヲ請フ。画稿ハ先日予ガ不在中長浜ガ持チ来リ、予ガ家ニ預ケタルモノナリ。予書ヲ作ルコトヲ諾シ、画稿ヲ長浜ニ返ス。但シ画稿ニ関シ本荘季彦ガ作リタル文アリ。其文丈ケハ参考ノ為メ預リ置ケリ。八時後長浜辞シ去ル。長浜明治三十九年マテ茨城県庁ニ奉職シ、其時新潟県ニ共進会アリ。県ノ委員トシテ出張シタルトキ、象湖ヲ知シ、其後大坂〔大阪〕ノ共進会ニテ之懇意ト為リ、明治三十九年ヨリ朝鮮ニ行キ、木浦ニテ三浦直次郎ノ下僚ト為リ、大正二年ニ内地ニ帰リ、其後有馬家々職ト為リタル由。象湖ハ新潟県人ナリト云フ。
○六月九日昨日来内子ノ腕痛特ニ増ス。今日褥ニ在リ。
○午前十時後、高羲敬来リ、朝鮮人某徐相漢爆発物取締規則違犯ノ事件ヲ今日新聞ニ掲載シタルコトニ付話ヲ為シ、困ル事ナリト云フテ去ル。
○午前十一時頃、仙石政敬ヲ宗秩寮ニ訪フ。在ラス。仙石ガ石原健三ノ事務室ニ在ルヘキヲ意ヒ、将ニ事務室ニ行カントス。廊下ニテ仙石ニ遇フ。乃チ今日ノ新聞ニ出シタル如キ事件アリタルトキハ速ニ警察官ヨリ宮内省ニ報告セシムル必要アリト思フ。総裁ト協議シテ相当ノ手続ヲ為シテハ如何ト云フ。仙石今日ノ新聞ニ出テタルコトハ世子結婚ノ十日計リ前ナリシカ、不図聞込ミタルコトアリタルニ付、警視庁ニ行キテ其事実ヲ聴キ取リ来リ、宮内大臣、次官、世子邸、梨本宮ニモ一ト通話シ置タリ。然シ是モ警視庁ヨリ通知シタル訳ニ非ス。通知ノ事ニ付テハ熟考スヘシト云フ。
○午前十一時後、白根松介来リ、判任官ノ進級上申ノ中、西野英男ノ分ハ少シク早ニ過キサルヤ、一般ハ大概二ヶ年ニテ多忙ナル所ニテ一年半位ナリ。此事ハ伊夫伎準一ニ話スヘキコトナルモ、不在ナル故直接ニ話スト云フ。予別段ノ理由ハナキモ、時節柄テモアリ、且勉強シ居ル故申立タルナリ。高等官ノ方ハ如何ト云フ。白根未タ調査セサルモ、鈴木重孝ハ一年ニ満タス、早ニ過クル様ニ思ハルト云フ。予、鈴木ハ一年未満ナルモ、昨年九月ニ転官シタル故、今年十二月マテ待ツコトトスレハ一年以上トナル。且鈴木ノ俸給ハ判任官ノ高級ナル者ヨリ少キニ付此際昇級セシメ、今後ハ進級期ノ月数ノ半端ニナラサル様ニ致シ度ト云フ。白根尚ホ調査スヘキ旨ヲ告ケテ去ル。
○午前西野英男ヲ召ヒ、審査局ニハ従来判任官ノ出勤簿アルノミニテ高等官ニハ出勤簿ナシ。強ヒテ出勤簿ヲ作ル必要ナキモ、出勤欠勤ヲ見ルヘキモノハ作リ置度旨ヲ告ク。西野自分（西野）カ当局ニ来リタルトキハ何モナカリシモ、昨年ヨリ自分（西野）ノ手元ニ帳簿ヲ作リ之ヲ記シ居ル旨ヲ答フ。
○午後一時三十分頃ヨリ司法大臣官舎ニ赴キ、将ニ臨時法制審議会主査委員会ニ列セントス。途上先日大木遠吉カ司法大臣ト為リタルニ付予ニ挨拶状ヲ贈リタルモ、予ハ未タ返書ヲ出サヽリシコトヲ思ヒ出シタルニ付、主査委員会場ニ行ク前、司法大臣秘書官室ニ到リ、原夫次郎ニ逢ヒ、名刺ヲ致シ、大木ニ就任ヲ賀シ、且ツ予ガ返書ヲ出スヲ怠リタルコトニ付挨拶スルコトヲ嘱ス。原之ヲ諾シ且姑ク待チ呉ヨト云フ。既ニシテ原予ヲ大木ノ室ニ誘フ。予大木ノ就任ヲ賀シ且予ガ返書ヲ出サヽリシコトヲ挨拶シ、予ハ遠吉ノ父喬任カ司法大臣タリシトキ司法省ノ生徒ト為リ、先年朝鮮ニ行キタル後司法省ニ奉職セサルモ、尚ホ委員ノ職ニアルコトヲ話ス。大木立法ノ状況ヲ問フ。話スルコト五六分許ニシテ去リ、主査委員会場ニ入ル。
既ニ会ヲ開キタルトテ横田国臣来ル。予横田ニ話セント欲スルコトアリタルモ、閉会後ニ之ヲ話スルコトヽ為セリ。然ルニ主査会ハ今日マテニテ陪審制度ニ関スル要綱ヲ議了シ、報告書ヲ整理スル為メ予ト江木衷、花井卓蔵ヲ整理委員ト為シ、閉会後直ニ整理会ヲ開ク。日時ノ協議ヲ為シ横田将ニ帰リ去ラントス。依テ予ハ一寸協議ヲ延ハスコトヲ求メ、横田ヲ追フテ之ヲ別室〔ニ〕誘ヒ、先日横田ヨリ予ガ直接ニ清浦奎吾ニ枢密顧問官ニ予ヲ推薦スルコトヲ求ムルコトヲ勧メタルモ、予自ラ之ヲ求ムルコトヲ欲セサル旨ヲ告ク。横田然ラハ機会アリタラハ自分ヨリ清浦ニ話シ置クヘシト云ヒ、横田ハ猶ホ他ニ話スコトアル模様ナリシモ、予ハ整理委員会ノコトニ付協議ノ必要アル旨ヲ告ケテ去リ、更ニ委員会場ニ到リ、本月十六日午後四時ヨリ整理委員会ヲ開クコトヲ約シテ帰ル。
○此日委員会場ニテ山内確郎〔確三郎〕ニ対シ、山内ガ司法省ノ法律調査委員トナリタルコトハ一昨日特ニ通知シ来リタルモ、全体調査委員ニハ誰々ガ為リ居ルヤ、先頃ハ予自身ノ事ノミヲ通知シ来リ居リ、他ノ委員ノ事ハ少シモ分ラサル旨ヲ話ス。山内之ヲ聞キ、其旨ヲ調査会ノ幹事ニ話シタル為メ今日臨時法制審議会ノ委員会場ニ調査委員ノ氏名書ヲ持チ来リテ之ヲ委員ニ渡シタリ。
○午後六時前安ニ対シ安ガ何カ不治ノ病アル如ク思ヒテ心配シ居ル趣ナルガ、如何ナル症候アルヤヲ問フ。安冬ヨリ春ニカケ其症状アルモ、只今ハ一寸見ルヘキモノナシト云フ。予然ラハ其症状ノ顕ハレタルトキヲ待チ、医ノ診察ヲ受クルコトヽシタラハ宜シカラン。但シ遺精カ頻発スル様ナラハ是ハ速ニ療スル方宜シカルヘク、又尿ノ検査ハ何時ニテ〔モ〕為シ見ルカ宜シカラント云フ。既ニシテ晩食ノ時トナル。食後安ヨリ只今ハ別段ノ症候ナキモ医ヲシテ診セシメ見タシ。必ス病アルコトヲ発見スルナラント云フ。予症状ナキトキ診セシメタラハ医ハ病ナシト云フナラン。左スレハ汝ハ其診断ニテ安心スルコトヲ得ルヤト云フ。安必ス症アリト思フ。若シ病ナシト診断スルナラハ夫レハ医カ看破シ得サルナリ。仮令病ナシト診断スルモ、安心スルコトハ出来ズト云フ。予然ラハ何ノ為メニ診察セシムルヤト云フ。安早ク病症ヲ確メテ適当ノ治療ヲ為スコトヲ望ム為メナリト云フ。予汝ノ父ヨリ汝カ無益ニ心配シ居ルニ付、予ヨリ心配セサル様ニ諭シ呉ヨト云ヒ来リタリ。然レトモ病気ノコトハ予ガ何ト云ヒタリトモ、汝カ安心スル訳ナキ故、若シ相当ノ医師ヲシテ診察セシメ病ナシト診断スレハ、夫レニテ安心ストノコトナラハ診察セシムル理由アルモ、診断ノ如何ニ拘ハラス安心セスト云フナラ、診察セシムルモ無益ナリ。汝モ最早成年ニモ達シタルコトニ付、自身ノコトハ自身ニ処置スル考ニナリ、医師ニ診断セシメスシテ徒ニ心配スルカ又ハ診察セシメテモ病ナシト云ヘハ、矢張リ心配スルカ、兎モ角自身ノ考ヘ通リニ致シタラハ宜シカラン。同シ診察セシムルニシテモ、汝ノ如キ考ニテハ他ヨリ医師ヲ選ミテモ汝ハ其医師カ気ニ入ラサルヘシ。故ニ何事モ自身ニ〔テ〕処置スルカ宜シカラント云ヒ、予ガ自身ノ事ニ付同様ノ心配ヲ為シタル事ヲ話シタリ。予ガ安ニ説諭シタルハ強五郎ヨリ説諭方ヲ依頼シ来リタル故、之ヲ試ミタルモ、少シモ安心スル模様ナシ。
○午後一時後、司法大臣官舎ニ行カントシテ廊下ニ出テタルトキ、二荒芳徳第二予備金支出ニ付経済会議ニ諮詢スル議案ヲ持チ来リ捺印ヲ求ム。予乃チ審査局ニ返リ、書類ヲ検ス。其費用ハ明治神宮ノ御霊代トナル鏡ノ製造費其供献費及鴨場ノ竹薮ニ関スルモノナリ。予明治神宮ハ国ニテ経営スルモノナリ、其御霊代ハ勿論皇室ヨリ備ヘラルルガ当然ナルヘキモ、此書類中ニテハ皇室ヨリ備ヘラルヽニ至リタル順序ヲ見ルヘキモノナシ。予ハ只今ヨリ司法省ニ行クニ付、其事ヲ取調ヘ、明日予ニ報スヘキ旨ヲ告ケ、其書類ニ捺印シテ之ヲ返シタリ。
○午後石原信之ノ妻八重子来訪シタル由内子ヨリ報ス。
○六月十日午前十一時前、南部光臣ヲ其事務室ニ訪ヒ、先日改正セラレタル宮内官内国旅費令第十条ト旅費令施行規則第四条ノ二トノ矛盾（旅費令ニハ同居家族ニ限ラサル如キ規定アリ。施行規則ニハ同居家族ニ限ル規定アリ）及施行規則第十一条ノ改正明瞭ナラサルコトヲ詰ル。南部篤ト取調ヘタル上答フヘシト云フ。
○午前十一時後、二荒芳徳来リ、昨日予ヨリ問ヒタル明治神宮御霊代奉献ノ事ハ、明治二十八年ニ勅裁ヲ経テ決定サレタル内規アリトテ、其書類ヲ示ス。其書類ニ依レハ、神社ヲ創建シテ官国幣社トナルトキハ、御霊代ハ皇室ヨリ奉献セラルルコトヽナリ居レリ。其事ハ分明シタルモ、其奉献ハ主務官庁ノ申請ニ依ルコトヽナリ居ルニ拘ハラス、明治神宮ノ御霊代ニ付テハ内務省ヨリ申請シタルコトヲ見ルヘキ書類ナク、其点ハ二荒ニ分ラスト云ヘリ。午後ニ至リ二荒復タ来リ、御霊代奉献ノコトニ付内務省ヨリノ申請アリ。其書類ハ掌典部ニ在ル趣ニ付、之ヲ取寄セテ示スヘシト云ヒ、其後調査課ノ属某来リテ、宮内大臣ヨリ内務大臣ノ照会ニ対スル回答案ヲ示セリ。但シ内務大臣ヨリノ照会書ハ添附シアラス。
○午後内蔵寮ヨリノ財本部ノ証券異同ノ報告書ヲ観ル。勧業債券ノ償還ヲ受ケタル金額、額面ニ満タサル二三アリ。之ヲ林恭次郎及根岸某ニ問フモ、明瞭ナラス。根岸ヲシテ内蔵寮ニ就キ之ヲ質サシム。根岸返リテ以前ハ債券額面ノ金額ヲ受領シタルコトニテ報告シ居リタルモ、初メ債券ヲ購入シタルトキハ額面以下ニテ財本部ノ帳簿ニモ額面以下ノ価格ヲ記載シアル者アリ。此等ハ財本部ノ帳簿ト一致スル価格ニテ報告スル様、青山操ヨリ希望シタルニ付、今回ヨリ其事ニ改メタリト、内蔵寮ニテ答弁シタル旨ヲ報ス。
○午後判任官ノ進級辞令四枚ヲ総務課ヨリ送リ来ル。明日各自ヘ交付スヘキモノナリ。
○午後白根松介ヨリ今月ニ一般職員ニ対シ恩賜金アルヘキコト及其割合ヲ通知シ来ル。
○午後三時後、南部光臣五月十五日ニ開カレタル皇室会議々事録案ヲ持チ来リ、一覧ノ上訂正スヘキ所アラハ明日マテニ訂正シ呉ト云フ。予之ヲ諾シ案ヲ持チ帰リ、晩餐前ニ一読シテ十六七個所ニ修正意見ヲ附ス。
○六月十一日本月八日午後土肥慶蔵ヲシテ黒子ヲ療セシメタルトキ、黒子ノ小ナルモノ六個ハ塩酸液ニテ灼キタル処、其中三個ハ潮紅腫起シ、後黒色ノ痂ヲ生シ今日ニ至ルモ未タ剥離セス。
○午前十時後、西野英男吉田源太郎ニ増俸辞令書ヲ交ス。又秋山源蔵藤野宗治ノ増俸辞令書ヲ西野ニ交ス。秋山等ガ出勤セサルヲ以テナリ。
○午前十時後南部光臣ヲ其事務室ニ訪ヒ、皇族会議々事録案ノ修正ヲ告ク。南部予ノ意見ニ従フ。
○午前十一時頃石原健三ヲ其事務室ニ訪フ。石原正ニ一戸某ト話ス。後刻ヲ期シテ去ル。
○午前十一時後仙石政敬来リテ山県有朋ヨリ送リ来リタル皇別取調書ヲ付シ、且山県ハ近日中皇族ヲ集メ皇族ノ心得ニ付、意見ヲ述ヘ度ト云ヒ居ル趣ナルコトヲ告ク。
○午後零時後石原健三ヲ食堂ニ訪ヒ、今月一般職員ニ対シ恩賜セラルル旨ノ達牒ヲ受ケタリ。然ルニ判任官ノ高給者ト高等官ノ下給者トノ毎月賜金ハ判任官ノ方多額ナルニ付、此ノ不権衡ハ六月ノ賜金ニテ斟酌スル旨先頃ノ部局長官協議会ノ席ニテ石原ヨリ話シタルコトアリ。其時予ヨリ其趣旨ハ高等官ニ告ケ置キテモ差支ナキヤヲ問ヒタルニ、差支ナシトノコトナリシ故、予ハ既ニ之ヲ告シ置タリ。然ルニ此節ノ賜金ノ割合ニテモ、矢張リ判任官ノ方多キ者アリ。先頃ノ話ニ相違シ居ルコトヲ詰リタル処、石原ハ高等官ニ対スル恩賜ハ政府トノ権衡アリ、毎月ノ割合ヲ増スコトヲ得ス。故ニ六月ニハ政府ニ拘ハラス、別ニ恩賜ノ取計ヲ為スコトヲ話シタルマテニテ、判任官トノ権衡マテヲ云々シタルニ非スト云フ。食堂ニハ小原吉、吉田平吾等モ居リテ、イツレモ先頃ノ石原ノ話ハ予ヨリ云フ通リナリシコトヲ主張ス。会々井上通泰来リテ石原ヲ訪フ。石原其室ニ返ル。少時ニシテ石原復タ食堂ニ来ル。予復タ前言ヲ申。又此時ハ山崎四男六モ食堂ニ在リ、此節ノ恩賜ニ関スル方法ハ満足セサルモ、石原ガ山崎ノ意見ヲ容レサリシニ付、已ムヲ得ス案ニ捺印シタルコトヲ話ス。
食堂ニテ吉田平吾ヨリ、調度寮ニテ奨励ノ為メ買上ケタル菓子ヲ頒ツ。予亦少許ヲ食ス。既ニシテ石原将ニ其事務室ニ返ラントシ予ヲ誘フ。予乃チ入ル。石原、山県ヨリ送リ来リタル書類ハ受領シタリヤト云フ。予先刻仙石ヨリ受取リタリト云フ。石原、山県ハ皇族ヲ集メ各国ニテハ皇室ノ維持ニサヘ困リ居ル際ナルニ、皇族ガ先頃ノ皇族会議ニ述ヘタル如キ誤リタル考ヲ懐キ居ルハ不可ナル旨ヲ話シ度ト云フ。自分ハ話ヲ為スコトハ宜シカルヘキカ、只今ハ宮内大臣モ在ラサル故、大臣カ返リタル後ニ致シ、且単ニ皇族ノ心得ノミヲ話スハ余リ角立ツヘキニ付、天皇陛下ノ御病状ヲ話シ、此際特ニ皇族ノ忠誠ヲ要スル趣旨ヲ話シ、夫レヨリ目的ノ事ヲ述ヘタラハ宜シカラント云ヒタル処、大臣ハ不在ニテモ差支ナシ。話ノ事ハ陛下ノ御病状ヲ説クハ差支ナシト云ヒタリト云フ。予山県ガ皇族ヲ会スル訳ニハ行カサルヘシト云フ。石原、其事ハ伏見宮ニ依頼スルトノコトナリト云フ。予宮内大臣ハ沼津ヨリ帰リタル上ニテ山県ヨリ話ス方宜シカラント云フ。石原山県ヨリ話ヲ為ス丈ケニテハ余リ愛想ナカルヘシ。宮内大臣ヨリ晩餐テモ供シタラハ如何ト思フト云フ。予大臣カ皇族ヲ招ク例アリヤト云フ。石原ハ例ハナキモ差支ハナカルヘシト云フ。予平常ナラハ宜シキモ、先日ノ皇族会議ノ終ハリタル後午餐ノ用意アリタルニ拘ハラス、皇族ノ多数カ午餐ヲ喫セスシテ帰去ラレタル事ヨリ考フレハ、大臣ヨリ晩餐ヲ供ストノ案内ヲ出スモ来ラレサル人多キヤモ計リ難シ。山県ヨリ伏見宮ニ依頼シ皇族ガ集マラレタル上ニテ午餐ナリ晩餐ナリヲ出スコトハ宜シカルヘシト云フ。石原大臣ト打合セテ処置スヘク、迂闊ナル事ヲ為シテ不都合ナル結果ヲ生シテハ取リ返シノ附カサル事ナリト云フ。石原又恩賜金ノ事ハ具合ノ悪シ所アルモ、夫レニテ我慢シ呉ヨト云フ。予之ヲ承知ス。
○午後東久邇宮邸ヨリ服部武夫ヲシテ、妃殿下分娩後清祓ニ付祝餅料金十円ヲ贈ラシメタル。予退省後内子ヨリ之ヲ報ス。
○午後三時頃津村静子来リ訪ヒ、其子康カ金沢ニ在勤スルヲ東京又ハ横浜ニ転セシムルコトヲ司法省ノ当局者ニ依頼スルコトヲ嘱シタル由、予帰宅後内子ヨリ之ヲ報ス。
○六月十二日午前九時三十分ヨリ東久邇宮邸ニ到リ、昨日祝餅料ヲ贈ラレタルコトヲ謝ス。金井四郎ハ子供病気ノ由ニテ出勤シ居ラス。片岡久太郎ニ意ヲ致スコトヲ嘱シ、将ニ去ラントス。片岡、妃殿下ニ予ガ来リタルコトヲ報セント云フテ去ル。既ニシテ永山千香子来リ、妃殿下ガ予ヲ引見セラルルコトヲ報ス。乃チ永山ト共ニ妃殿下ノ室ニ入ル。妃殿下ハ正ニ盛厚王、師正王ト共ニ在リ。予妃殿下ニ分娩及王殿下無事仏国ニ達セラレタルコトノ賀辞ヲ述ヘ、又先日及ヒ昨日祝品ヲ贈ラレタルコトヲ謝シ、二王子ト二三語ヲ交ヘ、且二王子ノ為メニ独楽ヲ廻ハシ、辞シ去ル。盛厚王、又御出テユックリ御出テト云ハレ、妃殿下能出来タト云ハレタリ。
途大審院ニ過キリ、横田国臣ニ面シ斎藤十一郎カ死去シタル故、内地ノ裁判官ニ欠員ヲ生シタリ。渡辺暢ヲ内地ニ転任セシムルコトヲ工夫シ呉ヨト云フ。横田其事ハ既ニ考ヘ居リタルガ、内地ニハ内地ニテ補欠ヲ待チ居ル人アルニ付、頗ル困難ナリト云フ。予渡辺ハ斎藤ノ後任トシテ直ニ大坂〔大阪〕控訴院長ト為ルコトヲ得レハ好都合ナルモ、若シ夫レカ出来サルナラハ、他ノ控訴院長又ハ大審院ノ部長ニテモ宜シカラント思フト云フ。横田、実ハ大坂ノ控訴院長ト為スカ宜シキモ如何アランカ、弟カ（五郎）今日朝鮮ヨリ上京スル筈ニ付、之ニモ話ス積リナリト云フ。予夫レハ好都合ナリ。令弟ヨリ司法省ニ交渉セシムル方或ハ宜シカラントモ思ハルト云フ。横田、自分（横田）ヨリハ何事モ云ハサル方宜シカランカトモ思ヒ居ル所ナリト云フ。横田陪審制度ヲ設クルコトハ実ニ愚ナルコトナリ。無用ナル丈ナラハ宜シキモ、有害ナリト云フ。予、江木等ノ考ヘハ実ニ解スヘカラス。江木カ憲法制定当時陪審ヲ置クコトハ予定シアリタル様ニ云フハ、全ク事実ニ相違シ居ルコト等ヲ話シ、話スルコト二十分許ニシテ去ル。予ガ大審院ニ行キタルトキ、横田ハ正ニ斎藤十一郎ノ子ニ贈ル弔書ヲ作リ居リタリ。予カ行キタル後、望月良彦ガ斎藤ノ大坂〔大阪〕ノ住所及子ノ名ヲ報シ来リタルニ付、予モ弔書ヲ贈ル為メ其住所ト子ノ名トヲ書留メ来レリ。十一時前宮内省ニ達ス。
○十二時前東久邇宮邸服部武夫審査局ニ来リ、封金一ヲ予ニ交シ、是ハ昨日ノ祝餅料ト共ニ贈ラルル筈ノ処、片岡久太郎カ他ノ処ニ置キタル為メ取漏ラシ、依テ之ヲ斎ラシタリト云フ。予祝餅料ト此金トハ如何ナル別アルヤ、祝餅料ノミニテ宜シキニ非サルヤト云フ。服部是ハ清祓ニ付旧職員タル閣下ニ贈ラルルモノナリト云ヒ、且先刻既ニ謝辞ヲ述ヘラレタルニ付、此分ニ付テハ別ニ謝辞ヲ述ヘラルルニ及ハスト云フ。予之ヲ受ケ且復タ謝ヲ述フル為メ参邸セサルコトヲ告ク。予此ノ分ハ清祓ノ祝ナリト云フニ付、二円五十銭乃至五円位ノ酒肴料ナラント思ヒ居リ、帰宅後之ヲ検シタルニ二十五円ヲ入レアリタリ。左スレハ是ハ妃殿下妊娠ノ初予ガ宮務監督タリシ労ヲ慰スル為メノ贈ナルヘシ。
○内子近日ハ褥ニ在ルコト多シ。
○六月十三日午前、児弟等ニ贈ル書ヲ作リ、午後長濱直哉カ嘱シタル書ヲ作ル、成ラス。
○午後五時頃徳永格其長男勝ヲ携ヘ来リ、勝ハ実母ノ死後其外祖父母（草野半一夫妻）ニ托シ置タルモ、最早生長シ、現ニ小学第五年ニ進ミ居ルニ付、本年五月公務ニテ下ノ関ニ行キタルトキ日田ニ過キリ、勝ヲ携ヘテ京ニ帰リタリ。然ルニ青山師範学校ノ附属小学校モ、暁星学校ノ小学部モ、学期ノ半ナル故入学ヲ許サス。学習院ノ教師ヲ知ル人カ自分（徳永）ノ友人ナル故、其友人ニ嘱シ学習院ノ教師ニ学習院ニ入学スルコトヲ得ルヤ否ヲ問ハシメタル処、華族ノ子弟ナラハ学期ノ半ニ入学セシメタル例アルモ、華族以外ノ者ノ子弟ニハ其例ナシ。来年三月ノ入学試験期ヲ待チ試験ヲ受ケタラハ宜シカラント云ヒタル由ナリ。依テ君（予）ヨリ学習院ノ担当者ニ話シ、入学ヲ許ス様取計ヒ呉ルル事ハ出来サルヤト云フ。予学習院ニ華族ニ至ラサル者ノ入学ヲ許スハ其人ノ為メニ非ス、華族ノ子弟ノ利益ヲ図ル為メナル故、非華族ノ子弟ノ入学ニ付テハ仲々面倒ナルコトヲ云ヒ、入学試験モ随分六ケシキ様ニテ、予ノ子供モ試験ヲ受ケタルモ不合格トナレリ。右ノ次第ニ付入学期ニ至リ、試験ヲ受ケテ入学スルコトナラハ口添ヘノ出来サルコトハナキモ、学期ノ半ニ入学セシメ呉ヨト云フハ無理ナルコトニテ、之ヲ云ヒテモ無益ナルヘシト云フ。徳永其事情ナラハ結局望ナカルヘキニ付、他ニ工夫スルカ又ハ九月ノ入学ヲ許ス学校ニ入学セシムルコトニ致シ、九月マテ休学セシムルコトトスヘシト云フ。話スルコト十四五分許ニシテ去ル。
○午後五時頃（カチイ）ナル者ヨリ（ツツシミテオンレイモウシアグ）トノ電信達ス。（カヂイ）ナル者ヨリ電信ヲ受クル所以ナシ（カヂイ）ハ（フヂノ）ノ誤ナルヘキカ、藤野宗治ハ一昨十一日増俸シ、只今地方ニ出張シ居リ。出張先ニテ増俸ノ通知ヲ受ケタルモノナリ。
○六月十四日午前ヨリ午後マテ陪審制度ノ要綱ニ付、臨時法制審議会主査委員会ニテ決議シタル案ヲ整理ス。
○午後一時頃厠ニテ白根松介ニ遇フ。予先日高橋其三ノ増俸上申ハ当該寮頭ヨリ提出セスト〔ノ〕コトナル故、然ラハ高橋ヨリ六ケ月後レテ高等官三等ニ進ミタル伊夫伎準一ノ増俸モ、今期ニハ出来難カルヘキ旨君（白根）ニ話シ置タルガ、果シテ増俸ノ上申ナキヤト云ヒタルニ、白根其上申ハ余程後レテ提出セリ。依テ伊夫伎ノ増俸モ次官ニ持チ出シ見ル積リナルモ、或ハ君（予）ヨリモ次官ニ話シテ貰フ必要アルヤモ計リ難シト云フ。予成ルヘク尽力致シ呉ヨト云フ。白根ト共ニ廊下ヲ歩スルトキ、白根ヨリ鈴木重孝ハ増俸後一年ニ満タサル故、或ハ今期ハ増俸出来サルヤモ計リ難シ、先年酒巻芳雄カ十一ケ月目ニ増俸ノ申出アリタルトキ、一年未満ナリトノ理由ニテ拒絶シタル先例アル故、或ハ行ハレ難キヤモ計リ難シト云フ。予已ムヲ得サルコトナルヘシト云ヒタリ。
○午後二時前南部光臣ノ事務室ニ到リ、皇族会議々事録ハ整理シ終リタルヤヲ問フ。南部先日君ヨリ話サレタル通リ原案ヲ修正シテ、次官ニ示シ、次官モ修正ノ通リニテ宜シカルヘシト云ヒ、只今謄写中ナリト云フ。市来政方正ニ在リ。山階宮芳麿王降下ノ事ヲ話ス。予亦之ニ加ハル。東久世秀雄来リ、追加予算ニ関スル書類ヲ南部ニ示シ、捺印ヲ求ム。予亦其室ニ在リタルヲ以テ東久世ヨリ予算書ノ謄本ヲ予ニ渡シ、本書ニ捺印ヲ求ム。予之ニ捺印シテ返ス。
○午前左ノ眼下ニ在ル小黒子ノ痂ヲ剥離ス。少シク癒ヘサル部分アリ。
○午後三時頃白根松介ヲ其事務室ニ訪フ。白根総務課長室ニ在リ。事務ヲ執ル。乃チ其室ニ到リ、六月ノ賜金ニハ高等官ニ厚クシテ毎月鈴木重孝、梶田文太郎等カ判任官ヨリ少額ノ賜金ヲ受けケ居ル不権衡ヲ補フ旨次官ヨリ話シ、予ハ其旨ヲ鈴木等ニ伝ヘ置タル処、此節ノ賜金モ矢張リ判任官ノ方多額トナリ居リ甚タ閉口セリ。次官ニハ其事ヲ申シタルモ、既ニ夫々通知シタルニ付其侭ニ致シ呉ヨト云ヒ、已ムヲ得サルコトナリ。右ノ事情モアルニ付鈴木ハ前ノ増俸後一年未満ナルモ、賜金ノコトモ斟酌シテ増俸セラルヽ様取計ヒ呉ヨト云フ。白根、自分（白根）モ賜金ノコトハ高等官ノ方ニ厚クスヘキモノト思ヒ居リタルモ、如何ナル訳カ平等ニ決セラレタリト云フ。
○午後六時ヨリ東京駅ニ行キ、山県伊三郎カ関東州ニ赴任スルヲ送ル。大屋権平、池田十三郎、宇佐美勝夫、野田卯太郎、石塚英蔵、向井巌等ニ遇フ。七時三十分家ニ帰ル。
○午前十時後、臼井光子来リタル由、内子ヨリ之ヲ報ス。
○六月十五日午前十時後、石原健三ノ事務室ニ到ル。山崎四男六亦在リ。石原ヨリ皇室有ノ株券売却ノコトハ予テ決シ居ルニ付、其売却方ヲ日本銀行ノ井上準之助ニ依頼シ置タル処、大坂〔大阪〕ノ鴻ノ池某カ世襲財産ヲ設定スル為メ株券買入方ヲ井上ニ依頼シ、井上ヨリ夫レナラハ纏マリタル株券アル旨ヲ話シ、百五十万円計リ買入ルヽコトヽナリタルニ、鴻池銀行ニテハ此際百五十万円ヲ株券買入ニ用フレハ、銀行ノ金ニ不足ヲ来タストテ反対ヲ唱ヘ、一時買入ヲ見合ハスコトヽナリ居リタリ。然ルニ結局鴻池ノ主人カ銀行ノ金ハ減シテモ、此際買入ヨト云ヒ、再ヒ買入ノコトヲ交渉シ来レリ。代価ハ一株百八十円計リニテ、時価ヨリハ二十円計リ高クナリ居レリ。如何シタラハ宜シカルヘキヤト云フ。
予及山崎モ其事ニ付一二語ヲ交ヘ居リタルトキ、波多野敬直出勤シ、石原ヲ其官房ニ召ヒタリ。予ト石原トハ尚ホ株券ノ事ヲ談シ十分間計リ待チ居リタルモ、石原カ返リ来ラサル故、予ハ審査局ニ返リ、給仕ニ金井四郎ガ宗秩寮ニ来リ居ルナラハ呼ヒ来ルヘキ旨ヲ命ス。金井来ル。予、東久邇宮邸ヨリ本月十一日服部某ヲシテ祝餅料金十円ヲ贈ラシメラレタルニ付、翌十二日予ハ参邸シテ妃殿下ニ謁シ謝ヲ述ヘテ返リタリ。然ルニ服部ガ間モナク審査局ニ来リ、此ノ一封ガ取リ漏ラシニナリ居リタリトテ、更ニ一封ヲ予ニ致セリ。予何カ間違ニハ非サルヤト云ヒタルモ、服部ハ間違ニ非スト云フニ付、予ハ御清祓ノ酒肴料トシテ千疋モ封シタルナラント思ヒ、帰宅後之ヲ開キタルニ二十五円ヲ入レアリタリ。彰常王命名ノ時十五円ヲ贈ラレ、御清祓ノ日ニ十円ヲ贈ラレ、更ニ二十五円ヲ贈ラルルハ余リ重複ナルカ何カ間違ニハ非サルヤト云フ。金井決シテ間違ニ非ス。実ハ十一日ニ祝餅料ト同時ニ届クヘキ筈ノ処、一封ヲ漏ラシタルカ、間違ナク二十五円ハ彰常王胎中ニ在ラルルトキ宮務監督トシテ尽力セラレタル慰労ナリト云フ。
予正ニ金井ト話スルトキ、波多野敬直給仕ヲシテ予ヲ召ハシム。乃チ金井トノ話ハ草卒ニシテ波多野ノ官房ニ到ル。山崎四男六正ニ在リ。波多野ヨリ予ニ対シ、折角宮内省ニ来リ貰ヒタルカ自分ハ辞表ヲ呈スルコトヽナリタル故、其事ヲ承知シ呉ヨト云フ。予イツレ事情アルコトナルヘキカ、何カ原因ナルヤ。矢張リ先日ノ皇族会議ノ事ニテ右様ノ事ニナリタル訳ナルヤト云フ。波多野全体カ不行届ナルヘキモ先ツ皇族会議ノ事カ近因ナル様ナリ。山県ヨリ皇族ハ降下ノ必要ナル事由ヲ諒解シ居ラレサル模様ニテ、到底此侭ニハ致シ難キ様ノ話ヲ聴キタリ。既ニ元老ノ間ニテ決定シ居ルコトヽ思ヒ、自分（波多野）ハ何事モ問ヒ返サス、松方ニ面シ辞表ノ手続ヲ打合セ、松方カ辞表ヲ持チテ沼津ニ行ク筈ナリ。侍従長ヲ経テ辞表ヲ呈セントモ思ヒタレトモ、イツレ陛下ヨリ内大臣ニ御下問アルコトニ付、初メヨリ内大臣カ持チ行クカ便宜ナルヘシト思ヒ、其事ニ相談セリト云フ。
予皇族会議ノ事ニ付テハ随分皇族ノ諒解ヲ求ムル手続ハ尽クサレタルモ、先方カ諒解セラレサルコトニ付致方ナシ。予ハ先年一タヒ官ヲ罷メタル位ニ付、何時官ヲ辞シテ差支ナシト云ヒタル処、波多野ハ君等ハ勿論勤続シテ貰ヒ度シ。松方侯（正義）ハ君ニ内大臣秘書官長ヲ勤メ貰ヒ度ト云ヒタル故、自分（波多野）ハ宮内省ニテハ従来表ノ職務ト奥ノ職務トハ兼ネサル慣例ニナリ居ル旨ヲ話シタル処、松方ハ審査局長官ノ職ハ誰レニテモ勤マルヘシト云ヒ居リタリト云フ。
此時山崎ハ自分（山崎）ハ林野管理局ノ事ヲ兼ネ居ルカアレハ如何スルヤト云フ。波多野、林野ノ整理ヲ終ルマテ君ヲシテ兼ネシムル積リナリシニ付、長官ノ候補者ハ他ニモアレトモ断ハリ置タリ。宇佐美ノコトモ他ヨリ申込アリタレトモ断ハリ置タリト云フ。予宇佐美勝夫ナリヤト云フ。波多野然リト云フ。予宇佐美ハ朝鮮ニ行キ居リタリ、何人ヨリノ推薦ナリヤト云フ。山崎、宇佐美ハ山県ノ者ナル故平田（東助）ノ推薦ナルヘシト云フ。波多野、平田ナリト云フ。波多野ヨリ辞表ノ案ヲ示シテ添削ヲ請フ。予少シク朱ヲ加フ。山崎モ之ニ同意ス。話スルコト二十分許ニシテ去ル。予、波多野ニ宮内大臣ノ後任ヲ問フ。波多野自分モ之ヲ知ラス。松方ハ中村ナラン、然レトモ自分（松方）ト話シタルコトハ誰レニモ告クル勿レト云ヒタリト云フ。予中村ハ雄次郎ナリヤト云フ。波多野然リト云フ。予大分意外ノ人ナリト云フ。波多野然リト云フ。
○午後一時頃石原健三審査局ニ来リ、大臣ノ話ヲ聞キタリヤト云フ。予之ヲ聞キタリト云フ。石原山県公ヨリ召ハレタル故往訪シタル処、兼テ波多野ノ執務不行届ノコト多シト思ヒ居リタル処、先日ノ皇族会議ノ事ニ付テハ皇族ハ少シモ事情ヲ諒解シ居ラレス。此ノ如キコトニテハ其侭ニ致シ難シ、波多野ノコトニ付他ノ元老ニモ相談シタル処、イツレモ同意シ、初メ波多野ハ自分（山県）カ推薦シタルモノナル故、自分ヨリ勧告セヨトノコトナリ。依テ本人ニ勧告シ置ケリ。辞表ハ如何シタルヘキヤト云ヘリ。自分（石原）ハ辞表ノコトハ昨日松方侯ト相談シ、松方侯ヲ経テ差出スコトヽナリ居ル趣ナリト云ヒタル処、山県ハ侍従長ヲ経テ差出シテ宜シキニ非スヤト云ヒ、自分（石原）ハ侍従長ヨリ差上ケテモ矢張リ内大臣ニ御下問アルヘキニ付、内大臣ヨリ差上クル方カ便利ナラント云ヒ、山県ハ夫レナラハ夫レニテ宜シト云ヒ、後任ノコトハ何モ話ナク、唯タ新シキ人ニヤラセルカ宜シカラント思フカ、某某抔ヲ話シ見テモ矢張リ他カ承知セスト云ヒ居リタリト云フ。
予後任ハ中村雄次郎トノコトナリ。是ハ波多野カ松方ヨリ聞キタルコトナルカ、松方ハ此事ハ自分（松方）ガ話シタルコトハ誰レニモ告クル勿レト云ヒタル趣ナリト云フ。石原、山県ヨリ波多野ニ対シ枢密顧問官ニテモナリタラハ宜シカラント云ヒタル処、波多野ハ当分休息シテモ宜シト云ヒ居リタル旨ヲ話シタリ。依テ自分（石原）ヨリ此節ノ退官ハ別ニ不都合アリタル訳ニ非ス、渡辺千秋ノ時抔トハ異ナルニ付、相当優遇ノ途ヲ講セラルル方宜シカラント云ヒ置ケリ。矢張枢密院ニ入ル方廉立タスシテ宜シカラント思フト云フ。予夫レハ宜シカラン。但シ末席ニ就クコトハ穏当ナラサルヘシ。特旨ヲ以テ席次ヲ定メラルル必要アルヘシ。石原夫レハ必要アルヘシ。末松抔ノ次席位ノ処ガ適当ナラント云フ。石原又大臣ノ辞表ハ見タリヤト云フ。予之ヲ見タリ少シク修正ヲ加ヘ、云々ヲ恐ル云々ヲ覚フトアリタル重複ヲ削リ、云々トシタリト云フ。石原夫レニテ宜シクナリタリト云フ。
石原又後任ノコトニ付テハ自分（石原）ヨリ清浦（奎吾）カ平田（東助）ニシタラハ宜シカラント云ヒタル処、山県ハ清浦ヲ枢密院ヨリ取ラレテハ自分（山県）カ議長ヲ辞セサレハ勤マラサルコトヽナルト云ヘリ。清浦ヲ大臣ト為シ平田ヲ副議長トナセハ宜シキニ、山県ハ尚ホ清浦ヲシテ内閣ヲ組織セシメ度希望ヲ有シ居ル様ナリ。然シ政界ノコトハ最早意ノ如クナラス。宮内省丈ケニテモ固メ置ク方宜シカラント思フト云フ。
石原又山県ハ松方ノ分ラヌ事ヲ頻リニ攻撃シ、昨日松方ヨリ面会シ度旨申来リタル処、昨日ハ自分（山県）ノ誕生日ニテ人ヲ招キ居リタル故、面会ヲ断ハリタルモ是非面会シ度トノコトニテ面会致シ見タル処、松方ハ宮内大臣問題ニ付自分ヨリ話シ置タルコトハ何事モ云ハス、伊集院彦吉ガ話シタル趣ニテ陛下御病気ニ付急ニ摂政ヲ置ク必要アルコトヲ話セリ。一寸人ヨリ話ヲ聞ケハ直ニ其方ニナリ、右ノ如キ事ヲ申シ来ルハ困リタル人ナリ。松方ハ内大臣ヲ辞スルト云ヒ居ルモ、直ニ辞スル積リニハ非スト云ヒタリト云フ。
石原ハ話スルコト十分許ニシテ去ル。此時石原ヨリ大臣ニ対シテハ気ノ毒ノコトナルモ、実ハ已ムヲ得サルコトナリ。先般決定セラレタル皇族ノ降下ニ関スル準則ハ皇族ノ全体ニ関スルコトニ付、親王又ハ宮号ヲ有セラルル人ノミナラス、中学校ニ入リ居ラルル位ノ年齢ノ皇族ニハ之ヲ示シ置ク必要アリト思ヒ、宮附職員会議ノ時其意ヲ伝ヘ事務官ヨリ親王及宮号ヲ有セラルル方ニ其旨ヲ伝ヘシメタル処、邦彦王抔ハ彼ノ準則ハ何モ役ニ立タヌモノナリ、其侭ニ致シ置テハ夫レニテ宜シト云ハレタル由、仙石政敬ヨリ話シ居レリ。皇族カ右ノ如キコトヲ云ハレル様ニナリテハ何事モ出来サル故、大臣ノ更迭ハ已ムヲ得サルヘシト云ヘリ。
○午後二時頃石原健三ノ事務室ニ到リ、石原ヨリ波多野敬直ニ枢密顧問官タルコトヲ勧メタリヤト云フ。石原話シ置タリ。波多野ハ辞表ヲ持チテ松方正義ノ家ニ行キタリト云フ。此時石原ヨリ前皇后ノ御追号ヲ照憲〔昭憲〕皇太后トナシタルハ当時ノ間違ヒニテ、明治神宮ノ霊所ハ明治天皇ト照憲〔昭憲〕皇太后ニテハ不都合ナリ。之ヲ皇后ト改ムルニハ如何スレハ宜シキヤト云フ。予当時ノ告示ヲ改メテモ宜シキニ非スヤト云フ。石原、榊原昇造カ書キタル意見書二冊ヲ予ニ渡シ、之ヲ一覧シ呉ヨト云フ。
○六月十六日午前十一時頃市来政方来リ、宮内大臣カ辞職スルトノコトナルカ知リ居ルカト云フ。予多分其事ニナルヘシト云フ。市来皇族会議ノ事ニ原因スルヤト云フ。予、予モ原因ハ知ラサルモ彼ノ事ニ関係ハアルナラント思ハルト云フ。市来君ニハ大臣ヨリ話シタリトノコトナルカ、委細ハ知ラサルヤト云フ。予君ハ何人ヨリ聞キタリヤト云フ。市来昨日大臣ヨリ聞キタリ。大臣ハ辞表ヲ示シ、之ヲ差出ス積リナリト云ヘリ。依テ自分（市来）ヨリ君（予）ニハ話シタリヤト云ヒタルニ、大臣ハ話シタリト云ヘリト云フ。予、君（市来）大臣ヨリ直接話ヲ聞キタラハ予モ之ヲ秘スルニ及ハス。予モ大臣ヨリ話ヲ聞キタリ。予ハ辞表ノ文句ニ付相談ヲ受ケ、少シ計リ意見ヲ述ヘ置タリト云フ。
此時白根松介来リ、伊夫伎準一増俸ノ事次官カドウーシテモ承諾セス。君ヨリ次官ニ話シ呉ヨト云フ。予乃チ市来ニ急用アル旨ヲ告ケ、直ニ石原健三ノ室ニ到リ、極メテ小問題ナルモ予ノ本務ニ関スルコトナリ、伊夫伎準一ノ増俸ハ是非承諾セヨ。一年ニテ増俸スルハ先例アリ。何モ違例ニ非スト云フ。石原、伊夫伎カ先年高橋其三、五味逸平ニ後レタリトテ是非右ノ二人ニ追附カセントスルハ理由ナシト云フ。予何モ之ヲ取戻スト云フ計リノ趣意ニ非ス。伊夫伎ハ相当ノ技倆アリ。且勉強シ居ル故増俸セヨト云フ次第ナリト云フ。石原、高橋、五味ニ付テハ増俸ノ必要ヲ認メタルモ、伊夫伎ニハ之ヲ認メサリシニ付区別ヲ生シタルモノ故、之ヲ同一ニスル訳ニ行カスト云フ。予君カ高橋等ノ区別アリト云フハ近藤久敬ノ話ヲ信シ居ルモノナルカ、近藤ノ意見ハ公平ニ非スト云フ。石原頗ル激シタル模様ニテ近藤ハ公平ナル人ナリシナリ。只今ハ尚ホ決定シ居ルニ非ス。尚ホ詮議スヘシト云フ。予伊夫伎ハ林恭次郎病気ノ為メ主事ノ代理モ為シ居リ。十分勉強シ居ルニ付是非増俸セヨト云フ。石原一時多用ナリシコトハ賞与ノ問題ニテ増俸ノ問題ニ非スト云フ。
予直ニ白根松介ノ処ニ到リ、石原カ承諾セサルコトヲ告ケ、尚ホ尽力シ呉ヨト云フテ去ル。午後零時後、白根審査局ニ来リ、次官ハドーシテモ承知セス。大臣ノ処ニテモ他ノコトハ総テ決定シ、伊夫伎ノコトハ今一度次官ヨリ君ニ話シテ止ムルコトトナリ。大臣ハ将ニ退省セントシ居レリ、君ヨリ直ニ大臣ニ話シ呉ヨト云フ。予直ニ波多野ノ官房ニ到リ増俸ヲ請求ス。波多野、石原ヲ召フ。石原、白根モ一年ニテ増俸シタル例ナシト云ヒ居レリト云フ。予直ニ白根ヲ召ヒ来リ、高橋、五味等ハ一年ニテ増俸シ居ルニ非スヤト云フ。白根四等ヨリ三等ニ進ムトキハ一年ニテ進ミタル例アレトモ、三等二級ヨリ三等一級ニ進ムトキハ一年ニテ進ミタル例ナシ。伊夫伎カ高橋等ニ後レタル為メ之ニ追附カシムル為メ一年ニテ進ムル必要ハ認ムルモ、其理由ニ依ラス一年ニテ伊夫伎ヲ増俸セシムルハ適当ナラサルヘシト云フ。石原ハ断シテ承知セスト荒々シク戸ヲ鎖シテ去ル。波多野ハ六ケ月後ニ出来ルコトナラハ已ムヲ得ス、夫レ位議論多キコトナラハ今年末マテ待チタラハ宜シカラント云フ。予乃チ止ム。
○午後三時頃石原健三ノ事務室ニ到リ、波多野カ枢密顧問官タルコトハ如何ナリタリヤト云フ。石原今日ハ話サヽリシカ、今朝松方ヨリ波多野ニ前官待遇ヲ与ヘラルルコトハ出来ウヘシトノ話ヲ為セリ。依テ自分（石原）ヨリ其事ハ後任大臣ニ話シ置キ呉度、自分（石原）ヨリ話スヘキコトニ非スト云ヒ置キタリ。或ハ枢密顧問ヨリ前官ノ待遇ノ方カ宜シキヤモ計ラント云フ。予以前ハ波多野ノ家計ハ十分裕カニハナカリシモ、今日ニテハ其憂ハナカルヘシト云フ。石原、宮内大臣ハ費用少キモノニ付、貯蓄出来ルヘシ。此節モ必ス相当ノ賜金ハアルコトナラント云フ。石原又松方ハ自分（松方）モ辞職スル積リナリシモ、致方ナキニ付暫ク見合ハスコトヽスヘシ。併シ暑中休暇前ニハ是非罷メ度ト云ヒ居レリト云フ。予暑中休暇前ト云ヘハ間モナキコトニテ暫ク思ヒ留マルト云フ程ノコトニ非サルニ非スヤ。西園寺侯ハ宮内大臣ノ更迭問題ノ為メニ上京シタルモノナルヘキカ、最早興津ニ帰リタル趣ナリト云フ。石原東京ニ居リテハ面倒ナルコト多キニ付、直ニ返リタルモノナルヘシ。然シ自分（石原）カ松方ニ居ルトキ西園寺ヨリノ書状来リ、今月廿日後ニハ上京スル旨ヲ申来リ居タリト云フ。
○予今日午前十一時頃伊夫伎準一増俸ノ事ニテ石原ニ遇ヒタルトキ、石原ヨリ今朝松方ヨリ召ハレテ往訪シタルニ、宮内大臣後任ハ昨日君ガ話シ居リタル通リ、矢張リ中村雄次郎ナル由、然シ本人ニハ打合セアリ居ルニ非ス。昨夜山県公ヨリ中村ニ話スコトヽナリ居リタルカ、多分中村ハ承諾スルナラントノコトナリシト云ヘリ。又午後三時頃石原ニ遇ヒタルトキ、波多野カ辞表ヲ出シタルコトヲ伊東巳代治カ聞キ知リ、昨夜波多野ヲ訪ヒ、元老カ君ヲ圧迫シテ辞職セシメタリトノコトナルカ、言語同断〔道断〕ナリト云ヒ、波多野ハ圧迫セラレタルニ非ス、忠告ハ受ケタリト云ヒ、伊東ハ辞職ノコトハ後藤新平ヨリ聞キタリト云ヒタル由ナルカ、後藤ト云フハ其真偽分ラサルモ兎モ角何事モ早ク聞キ出スハ驚クヘキモノナリ。伊東ハ屹度波多野ヲ煽動スル積リニテ訪問シタルモノナラント思ハルト云フ。予何処ニカ通信機関ヲ有シ居ルモノナラン。平田東助カラデモ聞キタルモノナランカト云フ。石原平田ト云ヘハ、平田ヨリ電話ニテ正親町実正ガ自分（平田）ニ面会シ度ト云ヒ来レリ、正親町ハ波多野ノ辞職ノ事ヲ知リ居ルヘキヤ、正親町カ知リ居ルモノヲ自分（平田）カ秘スルモ不都合ナリ。又正親町ニ秘シ居ルモノヲ自分（平田）ガ話スモ不都合ナリ。イツレナルヤト云ヒ来レリ。依テ自分（石原）ハ自分ヨリハ話シ居ラス。大臣ガ話シタルヤ否ハ分ラスト云ヒ置タリ。伊東カ聞キタルハ或ハ大臣ノ所ニ出入スル新聞記者アリ、其記者ニハ大臣ハ隠サス話ス模様ニ付、或ハ夫等ノ者ヨリ話シタルコトモアルヘシト云ヒタリ。
○午後四時前将ニ司法大臣官舎ニ到リ、臨時法制審議会主査委員会ノ小委員会ニ列セントス。予今日ハ歩シテ行ク筈ナリシ処、風雨殊ニ甚シ。給仕ヲシテ人力車ヲ雇フヘキモノナルヤ否ヲ問ハシム。給仕ナキ旨ヲ報ス。乃チ歩シテ行ク。桜田門ニ行クマテノ間ニ蝙蝠傘ハ風ノ為メニ其骨ヲ曲ケラレ、衣ハ非常ニ湿ヒタリ。小委員ハ六時後ニ到リテ閉会シ、今朝迎車ヲ司法大臣官舎ニ遣ハスコトヲ命シ置タルニ付、其車ニ乗リテ帰リタリ。今朝出勤スルトキ今夕ハ食事ノ準備ヲ要セサル旨ヲ告ケ置タル処、委員花井卓蔵カ支那公使館ノ晩餐ニ招カレ居ルトテ、六時後ニ閉会シ、官舎ニテ食事ヲ為サヽリシ為メ内子ハ遽カニ食事ノ準備ヲ為セリ。
○出勤前ヨリ陪審制度要綱ヲ整理ス。
○宇佐川一正ノ子ノ告別式ニ会セント思ヒタルモ果サス。
十六日朝石原ニ遇ヒタルトキ、宮内省告示ニ昭憲皇太后トシタルヲ改メテ皇后トナスヨリ外致方ナカルヘキ旨ヲ告ク。榊原ノ意見書二冊ヲ返シタリ。
○六月十七日午前十時後、審査局員ニ対シ六月ニ臨時ニ恩賜金アルコトヲ告知ス。
○午前十一時後林恭次郎ヲ召ヒ、伊夫伎準一鈴木重孝ノ増俸ハ石原健三カ承知セサルコトヲ告ク。
○午後三時頃厠ニ行キ返ルトキ、廊下ニテ南部光臣ニ遇ヒ、之ト倶ニ其事務室ニ到ル。南部皇族会議々事録ハ今日伏見宮ノ覧ニ供シ置タリ。之ヲ示スハ議場ニテ発言セラレタル方ノミニテ宜シカラント思フト云フ。予夫レニテ宜シカルヘシト云フ。南部、昭憲皇太后御追号ノコトハ内務省ニテ明治神宮ノ祭神ニ関スル告示ヲ改ムルコトヲ交渉シタルモ、内務省神社局長ハ其告示ヲ出ストキ皇后トナスコトヲ主張シタルモ、宮内省ヨリ出タル委員カ絶対ニ反対シタル為メ終ニ皇太后ト為シタル訳ニテ、今更告示ヲ改ムルコトハ当時皇后説ヲ主張シタル委員ニ対シテモ出来難シト答ヘ来レリ。石原ハ更ニ内務省ヨリ宮内省ニ照会セシメ、祭神ノコトハ祭文等ニハ皇后ト称シテモ差支ナキヤト云フコトヲ申来ラシメ、宮内省ヨリ差支ナキ旨ヲ答ヘ、其事ヲ宮廷録事トシテ官報ニ掲載スルコトニシ度ト云ヘリ。内務省カ果シテ之ニ応スルヤ否ハ疑ハシキモ、交渉シ見ルコトヽスヘシト云フ。
南部又元老等ハ先日ノ皇族会議ノ結果ニ付不満ヲ唱ヘ居ル模様ナルガ、夫レモ不都合ナリ。兎ニ角元老等モ其結果ニ付テハ予メ諒解シ居リナカラ、今更不満ヲ唱ヘテ宮内大臣ヲ責ムルハ余リニ我侭ナリ。右ノ如キコトニテハ今後宮内大臣トナル者ナカルヘシト云フ。五味逸平来リテ法規整理委員ニ対スル手当ヲ給セラルル様、周旋スルコトヲ南部ニ謀ル。南部六月ニ手当ヲ給スルコトハ到底出来難キ模様ナリト云ヘリ。
○午後二時三十〔分〕後ヨリ司法大臣官舎ニ行キ、陪審制度要項整理案ヲ議ス。五時後議了ス。六時後家ニ帰ル。
○午後梨本宮邸ヨリ使ヲシテ銀製花瓶一個ヲ贈ラシメラル。使ノ口上書アリ。予カ方子女王殿下ノ結婚ニ付種々配慮シタルニ付、其配慮ニ対シ贈ラルルトノコトナリ。
○午後二時後ヨリ内子土肥慶蔵ノ家ニ行キ腕痛ヲ療ス。
○六月十八日午前九時三十分ヨリ梨本宮邸ニ到リ、帳簿ニ署名シテ昨日ノ贈ヲ謝シ、十時三十分頃宮内省ニ達ス。今日中村雄次郎宮内大臣ト為ル。十一時頃官房ノ隣室ニ到リ、中村ニ面ス。中村新任ノ挨拶ヲ為ス。十二時前ヨリ伊藤博邦、仙石政敬、吉田要作ト共ニ東京駅ニ到リ、皇后陛下ノ沼津ヨリ還啓セラルルヲ奉迎ス。駅ノ控所ニテ清浦奎吾、予カ年齢ヲ問フ。予之ヲ告ク。清浦年少ノ時四五歳ノ差ハ非常ニ違フ様ニ思フモノナリトテ、石黒忠悳、股野琢ニ対シ清浦カ宜園ヲ去リタルトキ（各地ニ騒擾アリ宜園ヲ鎖シタルトキ）、倉富君ノ父親倉富八兵衛号篤堂ヲ訪ヒタルトキ、即座ニ詩ヲ作リテ贈ラレタルコトアリ。其詩ハ纔聴園名乃欣然ト云フ如キコトニテ初対面ノ人ナルモ、同シ宜園ニ学ヒタル人ト聞キテ喜ハシト云フ意ナリシナラム。其時篤堂翁カ倉富君ノ兄ト倉富君ヲ紹介シ、豚児二人ト云ハレタルコトアリ。其時ノ事ヲ思ヒ、倉富君ト自分（清浦）トハ年齢ニ非常ノ差アル様ニ思ヒ居ルモ、今聞ケハ僅カノ差ナリト云ヘリ。石黒ヨリ先考モ宜園ニ学ハレタル人ナリヤト云ヒ、清浦然リト答ヘ、清浦ハ予ニ対シテ先考モ十八才子ノ一人ニハ非サリシヤト云フ。予然ラスト答フ。清浦然ラスト云フモ時代ハ大概彼ノ時ナルヘシト云フ。予十八才子ノ時ヨリ少シク後レ居レリト云フ。予又林外カ早ク死シタルコト抔ヲ話シ、林外ノ文ニ長三洲カ詩ヲ焚クノ序、横井忠直ニ与ヘテ文ヲ論シタル文ヲ近日見出シタルコトモ話シ、石黒ハ左スレハ横井モ宜園ニテハ優等生ナリシト思ハルト云ヒ、清浦然リ都講トシテ評判宜シカリシ人ナリト云ヘリ。
清浦カ先考ノ詩ナリト云フハ先考ノ詩ニ非ス。或ハ石井南橋ノ詩ナランカ、先考ノ詩ハ懐君無錫西洲路□打□袈裟跼蹐行ト云フ転結ニテ、起句ハ処々関門殺気慎ト云フ様ナルコトナリシ様ニ記憶ス。然レトモ予此詩ヲ云ヘハ、清浦当時僧ナリシコト分カルニ付予ハ此事ヲ話サス。清浦ノ話スコトヲ聞キタルマヽマニ致シ置ケリ。
○午前十一時後東京駅ニ行ク前、南部光臣ノ事務室ニ到リ、昨日梨本宮ヨリ花瓶ヲ贈ラレタルコトヲ告ケ、梨本宮殿下ニ南部ヨリ謝ヲ陳ヘ置呉ヨト云フ。南部之ヲ諾ス。予皇族会議々事録ノ事ヲ問フ。南部昨日伏見宮ノ覧ニ供シ置タル処、今朝親王殿下ヨリ自分（親王）ノ記憶シ居ルコトハ一モ漏ラサス記載シアリ。一字モ訂正ヲ要セスト云ハレタリ。依テ閑院宮殿下ノ覧ニ供シ、閲覧済ミタラハ電話ニテ通知セラルルコトニ約シ置タリト云フ。
此時仙石政敬来リ、南部ト王世子妃ニ対スル化粧料ノコト、李王家ヨリ妃ニ渡ス小遣、梨本宮ト世子邸ノ贈賜ノ振合等ヲ話ス。予先刻高羲敬ヨリ妃殿下ノ化粧料ナリトテ之ヲ渡サレタリトテ一封ヲ示シタリ。予ハ李邸ノ家計ニ関セサル故、其金額モ問ハサリシト云フ。仙石ハ世子邸ノ方他ノ宮家ヨリ総テノ事カ派手ナルニ付、既ニ宮家ト親族関係ヲ生シタル上ハ権衡ヲ失ハサル様ニスル必要アルヘシト云ヒ、南部ハ梨本宮ノ方ハ余リ控目過キルニ付寧ロ今少シ派手ニスル必要アリト云ヘリ。
○午後一時波多野敬直高等官ニ対シ在職中ノ挨拶ヲ為シ、浜尾新答ヲ為セリ。
午後一時後廊下ニテ有馬純文ニ遇フ。有馬園芸雑誌ニ君ト同姓ノ人カ時々菊科植物ノコト抔ニ付投書シ居レリ。令息ナリヤト云フ。予ハ雑誌ヲ見ス、之ヲ知ラスト云フ。有馬其人ノ名ハ一字ナリト云フ。予豚児ノ名ハ隆ナリト云フ。有馬夫レニ相違ナシト云フ。予豚児ハ病身ナル故郷里ニテ遊ハセ居ルト云フ。有馬然ルカト云フテ別ル。
○午後三時後南部光臣ノ事務室ニ到リ、旅費令ノコトニ付先日話シタルコトハ取調ヘタリヤト云フ。南部先日来取紛レタルコト多クシテ失念シ居リ、其後参事官ニ取調ヘシムルコトヽナシ置ケリト云フ。夫レヨリ宮内大臣ノ更迭ニ付南部ハ元老カ無理ナリ抔ノ話ヲ為セリ。
○六月十九日午前十時後金井四郎審査局ニ来リ、雑話。東久邇宮妃殿下ハ今年ハ自ラ進ミテ伊香保ニ避暑セラルヽ予定ナルニ、先頃侍女ノ菊枝ヲ解雇セラレタル処、菊枝ハ大奥ニ縁故者アリ（菊枝ノ妹カ千種ノ侍女ナリシトカ）。夫等ノ人ヨリ自分（金井）ノ事ニ付種々ニ云ヒ触ラシ、評判宜シカラサル模様ナルコト、大奥ニテハ王殿下ノ評判モ宜シカラサルコト、溝口某ヨリノ書状ニテ外国船ニ乗ルコトハ不便ナリ、以来注意スヘシト申来リタルコト等ヲ話シテ去レリ。
○午前西野英男特別手当金七百円ヲ渡ス。是ハ物価騰貴ニ付俸給補足トシテ此節始メテ給セラレタルモノナリ。
○午後一時後ヨリ内子土肥慶蔵ノ家ニ行キ腕痛ヲ療ス。
○午前十一時後南部光臣ヲ其事務室ニ訪フ。南部在ラス。予将ニ石原健三ノ室ニ到ラントス。廊下ニテ南部ニ遇フ。乃チ共ニ南部ノ室ニ到リ、皇族会議々事録ハ前宮内大臣ノ名ニテ之ヲ調製シタリヤト云フ。南部自分モ其事ヲ考ヘタレトモ未タ皇族ノ閲覧済マサル故、前大臣ノ署名ヲ了スルニ至リ居ラス。如何シタラハ宜シカランカト思ヒ居ル所ナリト云フ。予皇族ノ閲覧済ミタル後、本月十八日ノ日附マテ前大臣ヲシテ署名セシメ置タラハ夫レニテ宜シカラント云フ。南部其事ニ取計フヘシト云フ。
南部又自分（南部）ハ梨本宮殿下ヨリ方子女王婚儀ノコトニ付、前大臣及次官并ニ君等ノ家ニ行キ謝辞ヲ述フルコトヲ命セラレ居レトモ、少々風邪気ナル故少々延行スヘシ。其事ヲ含ミ置呉ヨト云フ。予予ハ謝ヲ受クル理由ナシ。謝ヲ受クルナラハ此処ニテ受ケタルコトヽスヘシト云フ。夫レヨリ石原健三ガ頑固ニ過キ、時トシテ執拗ナルコトアルコト、年功加俸ニ関スル規定不備ナルコト、国分象太郎ガ高等官一等ニ進マレサルハ気ノ毒ナルコト、宮内省ニテ内儀ヨリ賜与セラルル様ノコトハ甚タ公平ナラサル等ノ話ヲ為セリ。
○六月二十日内子気色悪シク褥ニ就ク。
○午前十時頃横田五郎ノ代人電話ニテ横田カ明日晩餐ノ案内ヲ為シ居ルカ来リ呉ルヽヤト云フ。予昨日承諾ノ返書ヲ出シ置タル旨ヲ答フ。代人未タ返書ヲ見サリシ故電話シタリト云フ。
○午前十一時前村山咸一郎昨日発ノ書状達シ、其末子勇一週間許リ前ヨリ腹胃悪シク、終ニ赤痢ノ症状ト為リ姉君モ感染セラレタル模様アリ。是ヨリ赤十字社病院ニ入ルコトヽセリ。若干ノ金ヲ送ルコトヲ請フ旨ヲ申来レリ。直ニ安ヲシテ金百円ノ郵便為替ヲ作ラシメ、書留郵便ニテ之ヲ送ル。
○午後一時頃ヨリ電車ニ乗リ、波多野敬直ヲ訪フ。会石原健三来リ話ス。予ヲシテ別室ニ待タシム。十分許ニシテ松室致、小林芳郎亦来ル。予ト同シク待ツ。幾クモナク石原戸ヲ開キ、予等ヲ誘フ。予等乃チ入リ、一応ノ挨拶ヲ為シ雑話ス。石原帰リ去ル。予波多野ノ辞職ニ付両陛下ノ状ヲ問フ。波多野皇后陛下ハ涙ヲ□シテ辞職セサルヲ得サリシヤト云ハレタリ。後ニハ汝ノ性質トシテハ已ムヲ得サリシナラント云ハレタリト云フ。波多野ハ尚ホ皇族邸ニ行ク積リト云フニ付、三人トモ辞シ去リ。予モ小林等ト共ニ司法省ノ自動車ニ乗リテ帰ル。小林ハ薬研坂ニ其子ガ居ルニ付其処ニ行クト云ヘリ。
○森田実ヨリ其著最近世界ノ外交一冊ヲ贈リ来ル。
○波多野ニ行クトキ坂田稔ノ家ニ過キリ、三四日前ニ嘱シタル検尿ノ結果ヲ問フ。坂田糖ノ痕跡アリ、格別ノコトナシ。明日ニモ今一度検スヘシト云フ。此コトハ先刻安ヲシテ問ハシメタルモ、予ガ其門前ヲ過キルニ付更ニ之ヲ問ヒタルナリ。
○午後六時十分咸一郎十九日発ノ第二書達ス。勇ノ病症モ未タ赤痢ト決セス姉君ハ赤痢ニ非サルコトヲ報ス。乃チ復タ返書ヲ出ス。
此以下ハ日記ニ非ス
エドガークラモンド氏ハ銀行会館ニテ講演シテ左ノ如ク推算セリ（倫敦ロイテル特電、大正九年六月八日発）
戦費 英 三十五億磅 仏五十四億五千万磅
伊 十九億磅 白 五億磅 独 八十七億磅
各自国ノ実力ニ対スル割合
英 一割二分七厘 仏 二割分部 伊 二割 独 二割六分
英ノ富ハ四百四十億八千万磅ナリ 千九百十年ノ富ハ二百四十九億八千六百万磅 現在ノ年収ハ七十六億午前万磅 千九百十年ノ年収ハ三十三億千二三百万磅 ト推算セリ
露ノボルセヴィキ
独ノスパルタカス
愛蘭ノシン、フェイン
米ノ（ＩＷＷ）ｉｗｗ
英ノ労働党
ボルセヴィキ（即チマキシマリ〔ス〕ト）即チ過激派（レニン派）メンセヴィキ（即チミニマリスト）即チ穏和派（ケレンスキイノ派）
愛蘭ノ（シン、フェーン党）
レニンノ本名ハウリアノフ
ニコラエウスクノ惨殺 パルチザン〈遊動隊ノ意〉一派ハ北樺太ノ首府アレキサンドロウスクヲ根拠トスル特殊ノ団隊ニシテ之カ為惨殺サレタル邦人約六百人〈六百五六十人ナル様ナリ〉（大正九年六月七日、時事新報ニ依リテ記ス）
伊国飛行家フェラリシ中尉マシエロ中尉
伊太利ゼノアノマルコボーロカ千二百七十五年ニ支那ニ来リテ最初ニ日本ヲ西洋ニ紹介ス其後ニ支倉六右衛門ガ伊太利ニ行キタリ マルコボーロノ著シタル旅行記ニ依リコロンバスガ日本ヘ来ラントシテ却テ新大陸ヲ発見セリ（大正九年六月七日時事新報ニ依リテ記ス）
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李太王追号ノコトハ七月一日二十七葉表七月二日三十葉裏七月三日三十一葉裏
大正九年日記
六月二十一日ヨリ七月九日マテ但七月九日ハ未完
○大正九年六月二十一日午前八時三十分ニ放下シタル尿ヲ坂田稔ノ家ニ遣ハス。之ヲ検セシムル為メナリ。四五日前坂田ヲシテ尿ヲ検セシム。坂田少シク糖分ヲ混ス。更ニ之ヲ検スルヲ要スト云フ。故ニ今日之ヲ嘱シタルナリ。
○午前十時後、伊夫伎準一ニ伊夫伎ノ増俸行ハレス。又高等官判任官ニ対スル臨時手当ノ率同一トナリ、鈴木重孝、梶田文太郎ノ手当少カリシ事情ヲ話ス。伊夫伎ハ先日来木曽地方ニ出張シ居リ、一昨日帰京シタル趣ニテ今日出勤シタルナリ。
○午後二時前小原
吉来リ、京都ニ出張シ居リ、昨日帰京セリ。不在中ニ大臣ノ更迭アリタリトテ前大臣ノ辞職ハ皇族会議終了後直ニ為シタル方宜シカリシト云ヒ、新大臣ハ如何ナル人ナルカ、何人カ之ヲ推薦シタルカ、宮附職員ヲ選択スル要アルコト、前大臣次官トモ皇族ヲ誤解シ居リタルコト等ノ話ヲ為セリ。
○午後五時後ヨリ横田五郎ノ招ニ帝国ホテルニ赴ク。横田国臣予ニ、君ヲ枢密顧問官ニ推薦スルコトハ本月廿五日皇后陛下ノ誕辰奉祝ノトキ宮中ニテ清浦奎吾ニ遇フヘキニ付、其時話サント思ヒ居ルカ、自分（横田）ヨリ話スヨリモ富井政章ヲシテ話サシムルカ宜シカラント思フ。或ハ富井ヨリモ穂積陳重〔ヲ〕シテ話サシムルカ宜シカランカト云フ。予穂積テモ富井テモ宜シカルヘク、或ハ一木喜徳郎テモ宜シカラント云フ。横田一木モ宮中ニ来ルヘキヤト云フ。予多分来ルナラント云フ。食卓ニテ横田国臣ト並ヒ座ス。広瀬林外ノ詩文等ノコトヲ話セリ。食後山内確三郎ニ予ガ一応寄留令ヲ調査シタル所ニテハ、雇人ヲ雇ヒ入レタルトキハ世帯主ヨリ寄留届ヲ為スコトヽナリ居ルモ、雇人カ退去シタルトキハ世帯主ヨリ退去届ヲ為スヘキコトヲ命シタル規定ナキ様ナリ、如何ト云フ。山内家屋ノ管理人カ寄留者ノ退去後二十日内ニ、市区町村長ヨリ退去届ヲ受附ケタルコトノ通知ヲ受ケサルトキハ、管理人ヨリ退去届ヲ為スヘキ旨ノ規定アリタル様ニ記憶スト云フ。予其規定ハアレトモ是ハ世帯主ニ関スルモノニ非スト云フ。山内成ル程世帯主ニ関スルコトハ規定セサリシナリ。其時ハ世帯主ヲシテ届出シムル必要ナカラント思ヒタルモ、国勢調査抔ガ始マリタルニ付テハ少シク事情カ異リタリト云フ。
予又平沼騏一郎、大城戸某、鈴木喜三郎等ト朝鮮ノ司法事務ハ内地ト共通シ、裁判所構成法ヲ朝鮮ニモ施行スル方宜シキ旨ヲ話ス。平沼ハ検察事務ノ監督ヲ総督ヨリ奪ヒ去ルハ事情ニ適セサルヘシト云フ。予総督ノ監督権ハ名義ノミノ事ニテ、実際ハ之ヲ奪フモ差支ナキ旨ヲ話ス。
予又松村真一郎ニ対シ法制局員ノ偏固ナルコトヲ話ス。九時後家ニ帰ル。予他ノ帰ルヲ待ツコト多時ナリシモ、誰モ辞シ去ラサルニ付予ガ最先ニ辞シ去リタルナリ。
○六月二十二日午前十時後、石原健三ヲ其事務室ニ訪ヒ、山県公ガ皇族ニ対シ皇族ノ心得方ニ付話ス事ハ如何ナリタリヤト云フ。石原話ハ為シタル趣ナルモ、格別ノ事ニハ非ラサリシ趣ナリ。主トシテ陛下御病気ニ付御親族トシテ今少シ御注意アリ度コト、人心ノ変動カ最モ注意ヲ要スルコト等ニ付十分ニ話ヲ為シ、皇族ノ降下ニ関スルコトハ簡短ニ話シタリトノコトナリ。山県公ハ昨日宮内省ニ来リタルニ付、其話ヲ聞キタリ。皇族ノ降下ニ関スルコトハ山県公ヨリ話ヲ為シタル貞愛親王、載仁親王、依仁親王ハ内心ハ兎モ角表面ニテハイツレモ賛成ノ方ナルニ付、別ニ話シ様モナカリシコトナラント云フ。
石原又波多野敬直ノ枢密顧問官問題ハ山県公ヨリ本人ニ問フタルモ、判然答ヘサリシ趣ニ付、丁度君等ト波多野ノ処ニ出逢ヒタルトキ、自分（石原）其事ヲ波多野ニ謀リタル処、波多野ハ既ニ前官ノ待遇ヲ賜ハリタル故、此以上ノコトナシ。顧問官トナレハ他ノ顧問官ノ後ニ従テ御前ニ出テサルヘカラス。是モ当然ノコトニテ我侭ヲ云フ様ナレトモ、面白クナキ様ニモ思フ。今暫ク間地ニ居リ度トノコトナリシ故、夫レナラハ夫レニテ宜シカラン、自分ヨリモ山県公ニ其旨ヲ告ケ置クヘシト云ヒ置キ、之ヲ山県公ニ話シタル処、夫レナラハ宜シトノコトナリシナリ。賜金ノコトハ土方、田中ニハ三万円宛賜ハリ居ルカ、金ノ価値モ異ルニ付其倍額或ハ七万円位賜ハ〔リ〕タラハ宜シカラント、松方侯爵ニ話シ、侯モイツレニテモ宜シト云ヒタリ。七万円賜ハリタラハ宜シカラント云フ。
○午前十一時頃高羲敬来リ、王世子ハ昨日習志野ヨリ帰ラレタリ。少シク眼ノ充血アリ。今日ハ自邸ニテ休養セラレ居レリ。来訪セラルルコトハ出来サルヤト云フ。予今日ハ青山ノ斎場ニ行ク積リナリト云フ。高、明日ハ世子ハ梨本宮ニ答訪セラルル予定ナリト云フ。予然ラハ今日午後三時後ニ往訪スヘシト云フ。高今日ナラハ終日在邸セラルヽ故、何時ニテモ宜シト云フ。予又妃殿下ノ運動場不足トノコトナルモ、差向キ致シ方ナシ。度々外出セラルルハ宜シカラス。狭クトモ庭内ニテ運動成サルルカ宜シト云フ。
○午前十一時西野英男ニ嘱シ、本月廿四日夜舞神楽陪覧ノ案内ニ対シ内子ノ不参届ヲ出サシム。
○午前十時後西野英男ニ嘱シ、明日羅馬尼亜皇太子ノ旅館ニ往クトキ自動車ヲ貸スヤ否ヲ調度寮ニ問ハシム。西野自動車ヲ給スルコト出来ル旨ヲ答フ。
○午後一時二十分ヨリ青山斎場ニ行キ、小川賢之助ノ葬ニ会ス。中村雄次郎、仁田原重行、石原健三等ニ遇フ。中村宮内大臣トナリタルモ万事不慣ニ付宜シク頼ムト云フ。予ハ総務課ノ食堂ニテ午餐ヲ喫セサル故、面接ノ機会少キ旨ヲ告ク。三時前家ニ帰ル。
斎場ニテ石原ニ対シ、昨日石原ヨリ松方侯カ波多野ノ辞表ヲ 陛下ニ呈シテ御裁可ヲ願ヒタルトキ、終ニ此クナリタリヤトノ御言アリ、松方ガ驚キ何人ヨリ予メ内奏シタルモノアルヘキヤト疑ヒタリトノ話ヲ聞キタルニ付、其前皇族ニテ沼津ニ行カレタル人ナキヤヲ石原ニ問ヒタルニ、石原ハ誰レモ行カレタル人ナシ。 陛下ノ御辞ハ全ク偶然ニテ別段ノ御趣意アル訳ニハ非サリシナラント思ヒ居レリト云フ。
○午後三時頃ヨリ王世子邸ニ到リ、先ツ高羲敬及武田尚ト話シ、次テ世子ニ面シ、濫リニ人ニ面スヘカラサルコト及人ノ言ヲ聞クニ付注意スヘキコトヲ告ケ、文中子ノ中聞謗而怒者云々ノ一節及郁離子ノ中直言人皆知其為忠云々ノ一段ヲ示シ、其義ヲ話ス。四時後家ニ帰ル。
○六月二十三日午前十一時二十分ヨリ小原吉、仙石政敬及内匠寮技師某ト共ニ宮内省自動車ニ乗リ、霞関離宮ニ到リ、帳簿ニ署名シテ羅馬尼皇太子ニ敬意ヲ表ス。
○午後二時二十分白根松介審査局ニ来リ、本月二十六日（土曜）午前十時手当ヲ給セラルヽニ付、総務課ニ来リ呉度、若シ差支アラハ代理ヲ立ツルニ付一寸其旨ヲ通知シ呉ヨト云フ。手当トハ宗秩寮御用掛ニ対スルモノナラン。
○六月二十四日午前十時後西野英男ニ嘱シ、予ガ今夜舞神楽陪覧ヲ辞スル届出ヲ式部職ニ致サシム。
○午前九時頃尿ヲ坂田稔ノ家ニ致シ検査ヲ嘱ス。
○六月二十五日午前十時頃宮内省ニ出勤シ、審査局判任官判任官待遇職員ヨリ皇后陛下誕辰ノ賀辞ヲ受ケ、書面ニテ其旨ヲ言上ス。十時三十分頃ヨリ宮中西溜ノ間ニ到リ、十一時後皇后陛下ニ謁シ且誕辰ヲ奉賀シ、豊明殿ニテ酒饌ヲ受ケ、十二時頃審査局ニ返ル。西溜ノ間ニテ穂積陳重、一木喜徳郎、清浦奎吾、有松英義、平山成信、仁田原重行、横田国臣、富井政章、岡野敬次郎、白仁武、波多野敬直、鈴木喜三郎、高羲敬等ニ遇ヒ、豊明殿ニテハ岡野、白仁及川島令次郎ト食卓ヲ同フス。
○十二時後退省。皇子御殿ニ到リ、帳簿ニ署名シテ雍仁親王殿下ノ誕辰ヲ奉賀ス。
○西溜ニテ金井四郎ヨリ梨本宮ヨリノ返礼ナリシカ、確カニ記憶セサルモ、君ニ届クヘキ金銭ヲ預リ居レリ。其内届クヘシト云フ。
○午後三時五分前ヨリ霞関離宮ニ到リ、羅馬尼ノ太子（カロル）ニ面接ス。四時前家ニ帰ル。
○午前十時後西野英男ニ大正七年度会計審査成績書ノ一部ヲ謄写スルコトヲ命ス。西野審査局ニ保存スル積リニテ謄写シタルモノ一本アリ、其一部分ヲ取リ保存用トシテハ後日之ヲ補写スルコトヽスヘシト云フ。予夫レニテ宜シト云フ。西野校正シタル上之ヲ提出スヘシト云フ。午後零時後西野明日マテニハ提出出来ル旨ヲ告ク。予ガ謄写ヲ命シタルハ、中村雄次郎ヲシテ皇室財産概略ノ状況ヲ知ラシムル為メ之ヲ示サント欲スルナリ。
○六月廿六日午前十時後、西野英男ヨリ昨日金井四郎来リ之ヲ届ケ呉ヨトテ別封ヲ渡サレタリト云フ。予之ヲ見ルニ梨本宮ヨリ贈ラレタルモノトシテ金十七円余ヲ入レアリ。一昨年方子女王ノ結婚アル筈ニ付、東久邇宮附職員一同ヨリ祝儀ヲ贈リタルコトアリ。之ニ対スル宮家ヨリノ答礼ナルヘシ。然ルニ金額過多ナル故、南部光臣ヲ其事務室ニ訪ヒ、梨本宮ヨリ各宮家ニ対スル答礼ノ振合ヲ問ヒタルニ、南部祝儀ヲ贈ラレタル人ニハ夫々返礼セラレタルニ付其位ノ分ケ前ニナルヘシト云フ。
○午前十時後中村雄次郎ヨリ帝室制度審議会委員ノ手当及宗秩寮御用掛手当ノ二封ヲ交ス。
○午前十一時前大正七年度会計審査成績書謄本ノ抜書ヲ中村雄次郎ニ交シ、之ヲ一覧スレハ皇室財産ノ状況大略分カルヘキ旨ヲ告ク。
○午前十一時前西野英男ニ嘱シ、今日中村雄次郎ヨリ渡シタル手当ヲ金庫ヨリ受領セシム。
○午前十一時頃給仕ヲシテ東久邇宮邸ニ電話シテ、金井四郎ト電話シ度旨ヲ告ケシム。金井ニ伊勢ニ行キタル旨ヲ答ヘタル由ナリ。
○午後一時後ヨリ土肥慶蔵ノ家ニ行キ、黒子ヲ療ス。途坂田稔ノ家ニ過キリ、検尿ノ結果ヲ問フ。坂田第三回ノ検尿ニハ糖分ヲ認メス。然レトモ第一回ノトキ些少ナカラ糖分アリタルニ付、自分（坂田）ノミナラス他ノ人ヲシテ念ノ為メ検尿セシメ置ク方宜シカラン。宮内省ノ侍医寮ニ嘱スルモ宜シク又ハ多納栄一郎ノ病院ニテ検尿セシムルモ宜シカラン。多納ニテ検尿セシムルナラハ、一寸其事ヲ自分（坂田）ニ通知シ呉度、左スレハ予メ電話ニテ多納ニ其事ヲ話シ置クコトヽスヘシト云フ。土肥ハ今日更ニ（ラジユーム）ニテ黒子ヲ灼キタリ。右眼下ノ黒子ハ先日塩酸ニテ灼キ、大概除去リタルモ、尚ホ微黒アルニ付、今日更ニ塩酸ヲ塗リタリ。内子モ今日土肥ニ就キ腕痛ヲ療シタリ。内子ノ腕痛ハ（ラジユーム）及ヒ電光線ニテ暖ムルモ、未タ効ヲ奏セス。今日モ同一ノ療法ニ依レリ。三時後家ニ帰ル。内子ハ予ニ先ツコト少時ナリシナリ。
○六月二十七日午前八時ヨリ内子ト倶ニ桐村克己ノ家ニ行キ、内子ハ義歯ヲ嵌ムルコトヲ謀リ、予ハ齲歯ヲ抜去ルコトヲ謀ル。桐村内子ノ為メニ義歯ヲ作ル準備ヲ為シ、予ノ齲歯ヲ抜ク。出血多ク午後三時頃マテ未タ全ク止マス。家ニ帰リタルハ午前十一時前後ナリ。予カ桐村ニ行キ居リタルトキ、王世子邸ヨリ電話ニテ今夕七時三十分ヨリ世子邸ニテ活動写真ヲ示スニ付来リ見ルヘキ旨ヲ申来リタル由、予カ帰リタル後安ヨリ之ヲ報シ、且予ガ帰リタル後往否ヲ答フヘキ旨ヲ告ケ置タルコトヲ告ク。
○午後三島太郎ノ子一夫ニ太郎ノ死ヲ弔スル書及香料金五円ヲ贈ル。
○午後松平直之ヨリ三越呉服店ヲシテ（ハンカチーフ）一打ヲ送ラシム。予ガ先日直之ノ母ノ死シタルトキ香一箱ヲ贈リタルニ報フルナリ。
○午後二時後内子ヲシテ電話ニテ、王世子邸ニ予ガ今夕往テ活動写真ヲ覧ルコトヲ報セシム。
○午後七時ヨリ王世子邸ニ行キ、世子幼時ノ活動写真ヲ観ル。梨本宮及妃両殿下、規子女王殿下、世子及妃両殿下李
公ノ子勇吉、宋秉畯、南部光臣、高羲敬、金応善、小山善、武田尚、桜井某、其他梨本宮世子邸ノ男女職員十余人同ク観ル。九時頃活動写機損シタル趣ニテ急ニ映写スルコトヲ得ス。遂ニ其侭映写ヲ止メタリ。時ニ九時後ナリ。宋及南部等ト麦酒ヲ斟ミテ帰ル。十時後家ニ達ス。此夜雨甚シ。
○六月二十八日臨時法制審議会ヨリ今日総会ヲ開クニ付、本月二十三日ニ出席スルヤ欠席スルヤヲ報スヘキ旨ノ書状ヲ送リ居リタレトモ、之ヲ報スルコトヲ忘レ居リ。今朝六時ニ出席スル旨ノ端書ヲ出セリ。
○午前十時後、大正四年ノ帝室統計書ニ依リ世伝御料及普通御料ヲ検ス。世伝御料ハ九十四万四千六百五十九町五反四畝〇一歩ニシテ、普通御料ハ百十三万二千六百四十一町三反五畝二十二歩、合計二百〇七万七千三百町八反九畝二十三歩ナリ。
○午前十一時前西野英男ヨリ林恭次郎ニ小川大三ノ書状ヲ交ス。林其人ヲ知ラスト云フ。西野東宮武官長ノ相続人ニテ先日香料ヲ贈ラレタル謝状ナリト云フ。予会々傍ニ在リ、依テ西野ニ先日西野ニ嘱シ多喜沢節ノ葬ニ会シ香料ヲ贈リタルモ、遺族ヨリ何トモ申来ラサルコトヲ話ス。西野誰レニカ話シテ内々問合セ見ルヘシト云フ。
○尚ホ大正六年度帝室林野管理局ノ統計書ニ依リ御料ヲ調査シタルニ、世伝御料ハ三十一万千二百四十七町外ニ見込反別一万九百三十五町、普通御料九十九万千百十一町、外ニ見込反別二十二万九百五十一町、合計一百三十万二千三百五十八町、外ニ見込反別二十三万千八百八十七町トアリ。見込反別トアル外ニ実測町数ニシテ見込反別トアルハ未タ実測ヲ経サルモノナルヘシ。此ノ統計ノ方カ新ナルモノニ付、前ニ掲ケタル帝室統計書ノ方ハ誤ナルヘシ。帝室統計書ノ方ハ台帳ノ町数ヲ記載シタルモノナルヘキカ、夫レニシテモ林野管理局ノ統計トハ余リナル差異アリ。疑フヘシ。
○午後一時頃南部光臣ヲ其事務室ニ訪ヒ、帝室林野管理局統計ニ掲ケタル御料地ノ町数ハ実測ニテ、見込反別トアルハ未タ実測ヲ経サルモノナルヤヲ質ス。南部然リト云フ。会々白根松介来リ、予ニ対〔シ〕来月五日六日七日八日ノ神宮畝傍及桃山陵ニ対スル平和克復ノ奉告祭ニ親任官総代トシテ参列スルコトヲ得ヘキ、勿論未タ其評議アル訳ニ非サレトモ、自分（白根）ノ考ヘニテ様子ヲ聞キ置度ト云フ。南部之ヲ聞キ夫レハ困ル、皇族ノ降下ニ関スル実際問題ニ付枢密院及皇族会議ニ諮詢セラルヘキ事件アリ。次官ハ奉告祭ニ参列スル趣ニ付、是非倉富君ニ説明ヲ請フ積リニ致シ居ル所ナルニ、倉富君ガ旅行セラレテハ他ニ之ニ代ハルヘキ人ナシト云フ。予其事ハ予ハ特命アレハ格別、先頃ハ規則ノ諮詢ナリシ故説明員トナリタルモ、実際問題ニ付予ヨリ説明スルハ不倶〔具〕合ナリト云ヒ、白根ニ対シテハ家事上少シク顧慮スルコトアリ、明日マテ返答ヲ猶予セヨト云フ。白根夫レニテ差支ナシト云フ。
山口鋭之助来リ、畝傍陵附属地買入ノ事ニ付、南部ト予トノ意見ヲ問フ。予山口ヨリ申述ヘタル如ク、先頃買入レタル地所ノ一部ト此節買入レントスル地所トヲ交換スルコトハ、先頃ノ売主ガ必ス不平ヲ唱フヘシ。先頃ハ帝室ニ必要ナリトテ無理ニ買ヒ上ケ置ナカラ、忽チ之ヲ他ノ者ニ交付スルハ不都合ナルコトナリト云フ。山口ガ交換ノコトヲ持チ出シタルハ、奈良県知事ガ買入ノ局ニ当リ、先頃買入レタル代価ヨリ高価ニテ此節ノ分ヲ買入ルレハ、先ノ売主ガ代価ノコトニ付不平ヲ唱フルニ付、地所ト地所トノ交換ト為セハ代価分ラス、其不平ナシト云フ故、其意見ニ従ヒタルモノナル趣ナリ。然レトモ予ハ代価相違ノ不平ヨリモ、買上ケタル地所ヲ他人ニ交付スルコトノ不平ノ方ガ道理アル不平ニテ、夫レハ実行出来サルコトナリ。今少シ時ヲ経タル後、矢張リ金銭ニテ入用ノ地所ヲ買上クル方宜シカルヘシト云フテ去ル。
○午後三時四十分ヨリ内閣総理大臣官舎ニ行キ、臨時法制審議会委員総会ニ列ス。陪審制度ニ関スル綱領及信託制度ニ関スル諮問ヲ審議ス。陪審制度ニ関スル綱領ハ主査委員ニテ審議シ、委員長ヨリ総裁ニ報告シ、総裁ヨリ総会ノ議ニ付シタルモノ、信託制度ノコトハ総理大臣ヨリ新ニ審議会ヘ諮問シタルモノ、陪審制度ニ関スル綱領ハ総会ニテ全部主査委員会ノ原案ヲ可決シ、信託制度ノコトハ主査委員ニ附託スルコトニ決シ、其委員ハ追テ総裁ヨリ指名スルコトニナリ、九時後散会ス。
○二十八日午後七時総理大臣官舎ニテ晩餐ヲ喫シタル後、横田国臣予ヲ招キ、人ナキ処ニ之キ、君ヲ枢密顧問官ニ推薦スルコトハ本月二十五日富井政章ニ話シ、富井ヲシテ清浦奎吾ニ説カシムルコトニ致シタル処、富井モ至極賛成ニテ、平常其事ハ考ヘ居リタル所ナリト云ヘリ。而シテ今日富井ヨリ今日清浦ニ話シタル処、清浦モ大層好ク引受ケタリト云ヘリ。果シテ出来ルヤ否ハ分ラサルモ、一応之ヲ報スト云フ。予之ヲ謝ス。
○六月二十九日午前十時後、白根松介ヲ総務課ニ訪フ。白根正ニ石原健三ノ室ニ在リ。乃チ追ヒ到ル。予白根ニ山田及ヒ京都ニ行クコトハ差支ナキコトヲ告ク。石原、枢密院ニ皇族降下ノコトヲ諮詢セラルヽニ付君ニ説明ヲ嘱スル必要アリ。平和克復申告祭ノ参列者ハ大森鍾一ニスル方便宜ナルヘシト云フ。予枢密院ノ説明ハ実際問題ニテ予ヨリ説明スルハ適当ナラサルヘシト云フ。石原然ラハ枢密院ノ会議ヲ来月九日又ハ十日ニ延ハスヨリ致方ナカルヘシ。兎モ角白根ヨリ一応大森ニ相談致シ見ヨト云フ。白根去ル。
予、久邇宮ヨリ皇族会議々事録ニ付異議アリ、夫レハ議長ノ宣告ハ議事録記載ノ如キ趣旨ニ非ス、載仁親王ヨリ利害関係アル故表決セサル方宜シトノ意見ヲ出シ、之ニ賛成者モアレトモ本案ニ付テハ何事モ表決セスト云ヒタルモノトノ附箋ヲ為サレタル趣ナリト云フ。石原夫レハ間違ナリ。議長ノ宣告ハ明カニ載王〔仁〕親王ノ意見ニ決スト云ハレタルナリト云フ。予、議事録ハ宮内大臣ノ職権ニテ調製スルモノナル故、異議アリテモ之ニ拘ハラスシテ差支ナシト云フ。
○午前十一時前白根松介来リ、平和克復申告祭参列員ノコト大森鍾一ニ交渉シタル処、皇后陛下七月一日ニ沼津ニ行啓アリ。十日ニ還京セラルル予定ナリ。然ルニ申告祭ニ参列スレハ殆ント供奉スル日ナキコトヽナル故、此節ハ参列ヲ断ハリ度ト云フ。依テ迷惑ナカラ参列シ呉ヨト云フ。予之ヲ諾ス。白根、随行ハ西野英男ニスルヤト云フ。予西野ニスヘシト云ヒ、西野ヲ召ヒテ差支ナキヤヲ問フ。西野差支ナキ旨ヲ答フ。予石原健三ノ随行員アルヘキニ付、万事其随行員ト協議スヘキコトヲ命ス。白根伏見宮殿下ハ山田ニテハ油屋ニ御宿リアルコトニ定マリ居ル故、参考ノ為之ヲ告ク。参列人多数ナルトキハ其旅館等ハ式部職ニテ周旋スル例ナレトモ、此節ハ参列者少キニ付、式部ニテハ此等ノ周旋ヲ為サス、各自ノ取計ニ任カス趣ナリト云フ。
○午前八時後鈴木重孝来リ訪ヒ、一昨日出張ヨリ帰リタリト云フ。予六月ノ臨時手当ノ率、先頃君等ニ告ケ置キタル所ト相違シ、判任官ト同率ニナリタル故、抗議シタル〔モ〕率ヲ改ムル訳ニ行カス、気ノ毒ナリ。又君ノ増俸モ六月ニハ行ハレス、是ハ従来一年未満ニテ増俸シタル例ナシトノコトニテ致シ方ナシト云フ。鈴木出張中弟ノ死ニ遭ヒ、郷里ニ行キタルコトニ付種々配慮ヲ煩ハシタリト云フ。鈴木ヨリ薩摩焼菓子器一個ヲ贈ル。話スルコト二十分許ニシテ去ル。
○午後二時前白根松介来リ、平和克復奉告祭ニ付親任官総代トシテ参列セラルルコトハ自分（白根）ハ勿論差支ナキ積リナルモ、式部職ニテハ真ノ親任官ニ非サレハ不可ナリト云フ。昨年朝鮮李太王ノ葬儀ニ列セラレタルトキハ矢張リ親任官ノ総代ニハ非サリシヤト云フ。予其時ハ勅任官総代ナリ。予モ昨日予ハ親任官総代タル資格ナシト云ヒタル次第ナリト云フ。白根式部職ノ意見ノ如クスレハ参列スヘキ人ナシ。尚ホ交渉シ見ルヘシト云フ。予決定次第通知セヨト云フ。白根去ル。少時ニシテ復タ来リ西園寺八郎ガドウシテモ承知セス。石原健三モ厳格ニ解釈スレハ親任官トアル以上ハ待遇ハ包含セス、西園寺ノ云フ通リニ付其方ニスル方宜シカラント云フニ付、甚タ不都合ナカラ其事ニ承知致シ呉ヨト云フ。予止ムル方ナラハ少シモ差支ナシト云フ。白根将ニ其旨ヲ西野英男ニ告ケントス。予西野ニハ予ヨリ之ヲ告クヘシト云ヒ、西野ヲ召ヒ旅行ヲ止ムルコトヲ告ク。
○午後三時頃西野英男ヨリ昨日話サレタル多喜沢節ニ贈ラレタル香料ノコトニ付、今日主馬寮ノ河原作ニ就キ自分（西野）カ名代トシテ会葬シタルコトニ付、万一多喜沢家ニ届キ居ラサル様ノコトアリテハ困ルニ付、自分（西野）ノ含マテニ当時ノ取扱振ヲ聞キ度ト云ヒタルニ、河原ヨリ会葬ノ挨拶ハ其節直ニ取計ヒタル筈ナリ。香料ノ挨拶ハ七月九日ガ四十九日ニ付其節長男秀雄ガ大坂ヨリ来リテ夫々取計フコトニ致シ居レリ。万一会葬ノ挨拶カ漏レタラハ、夫レハ甚タ不都合ナリシナリト云ヘリト云フ。
○午後時事新報ニテ山本盛重ノ母ノ死亡広告ヲ見ル。盛重ノ次ニ山本権兵衛ノ名アリ。権兵衛ノ為ニモ母ナルヤ又ハ権兵衛ハ親族トシテ名ヲ出シタルモノナルヤ明カナラス。依テ鈴木重孝ニ問フ。鈴木モ之ヲ知ラス。鈴木ヨリ之ヲ市来政方ニ問フ。尚ホ明カナラス。予又之ヲ下條康麿ニ問フ、知ラス。宗秩寮ニ到リ、権兵衛ノ母アルヤ否ヲ近藤某ニ問フ。近藤、権兵衛ノ戸籍内ニハ母ノ記載ナシト云フ。然レトモ権兵衛ハ三男ト記載アルニ付、其兄アルコトハ推測セラレ、盛重ガ其兄ナルヤモ計リ難シ。近藤ハ尚ホ他ノ記録ヲ調査シテ通知スヘシト云フ。既ニシテ近藤来リ、西野英男ニ他ノ記録ニテモ不明ナルコトヲ報シタル旨西野ヨリ報告ス。午後三時頃ニ至リ鈴木重孝ヨリ死亡者ガ権兵衛ノ母ニ非サルコトハ間違ヒナキ趣ナリト云フ。鈴木ハ誰ニカ問合セタルモノナルヘシ。
○六月三十日午前八時ヨリ内子、桐村克己ニ就キ義歯ヲ嵌ム。十時ニ至リ帰リ来ル。予乃チ宮内省ニ出勤ス。給仕先刻王世子邸ヨリ電話ニテ、今日退省ノトキ来邸セラレ度ニ付其旨ヲ伝ヘ呉ヨト申来レリト云フ。予、給仕ヲシテ世子邸ニ電話セシメ、予自ラ電話ス。邸人、世子ヨリ贈ラルヘキモノアルニ付今日退省ノトキ来邸ヲ請フヘキ旨高事務官（義敬）ヨリ申聞ケタリ。高ハ今日ハ宮内省ニ出勤シ居ルト云フ。予然ラハ高ト談合スヘキ旨ヲ告ケテ、電話ヲ止メ、十一時頃高ヲ宗秩寮ニ訪ヒ、世子邸ヨリ電話ニテ往訪ヲ求メ来リタルカ、今日往キタラハ世子ニ面スルコトヲ得ヘキヤト云フ。高、世子ノ帰邸ハ其時刻ノ早晩分リ難シ、往訪ヲ求メタルハ世子ヨリ半期ノ謝ヲ贈ラレ度ニ付、之ヲ交付セントスル為メナリト云フ。
予高ヲ誘ヒ審査局ニ返リ、予ハ宮務監督タリシトキヨリ宮ヨリ報酬ヲ受クルコトヲ適当ナラストシ、其事ニ付テハ度々宮内大臣次官ニモ意見ヲ述ヘ置タリ。然レトモ此事ハ従来ノ例ナルノミナラス、他ノ宮務監督ニモ関係スルコトニテ終ニ其侭トナレリ。然ルニ予ガ宗秩寮御用掛トナリタルニ付テハ宮内省ヨリ若干ノ手当ヲ給スルコトヽナリ居リ。世子邸ヨリ報酬ヲ受クル理由ナキノミナラス、先頃モ申シ置タル如ク、予ハ世子邸ノ事務ヲ執ル訳ニモ非サル故報酬ヲ受クルコトハ之ヲ辞シ度ト云フ。高、宮内省ヨリ若干ノ手当アルコトモ承知シ居ルカ、是ハ余程少額ナル由世子邸ノ分モ極メテ少額ニテ真ニ印迄ナリ、此事ハ予メ宮内当局トモ協議シ、夫位ナラハ宜シカラント云ヒタルモノニテ、辞退セラルル程ノコトニ非ス。今日往訪ヲ求メタルハ一寸此趣旨ヲ話シ置カント思ヒタル為ナリシ処、此処ニテ之ヲ話シタル上ハ最早来邸ヲ求ムル必要ナシ。世子邸ヨリ使ヲシテ届ケシムルコトヽナスヘシ。梨本宮ヨリモ酒肴料ガ来リ居ルニ付、是モ同時ニ届クルコトヽスヘシト云フ。予梨本宮ヨリハ是マテ度々贈リ物ヲ受ケタリ。此節モ亦贈ラレタリヤト云フ。高是ハ世子邸ヨリモ宮ノ職員ニ贈ラレタル故、結局交換ナリト云フ。高又世子ヨリノ報酬ハ四月以後ノ分ナル故、極々少額ナリ。此事ハ李王職ニモ協議シ、同職ヨリモ同意シ来リ居ルモノナリト云フ。
高又李王殿下ハ今尚ホ喪服ヲ著ケ、往訪者ガアリテモ喪中ノ故ヲ以テ面接セラレサルコト多ク、先日秋山大将ガ訪問シタルトキハ面接ハセラレタルモ、食膳ハ共ニセラレス、単ニ食膳ヲ供セラレタル由。又水野練太郎カ此節上京スルニ付テハ、喪中ナカラモ特別ニ食膳ヲ共ニセラレタル旨新聞ニ記載シ居レリ。李王殿下カ喪ニ居ラルルコトハ朝鮮人ハ之ヲ誉メ居ルガ、之ニ反シ世子殿下ガ結婚セラレタルコトハ朝鮮人ハ之ヲ非議シ居レリ。朝鮮ニテモ少シハ世子殿下ノコトモ考ヘ呉レザレバ困ルト云フ。予、王殿下ガ古礼ニ従ヒ三年ノ喪ニ服セラルルハ固ヨリ差支ナシ。然レトモ表面ニテハ一年ニテ既ニ喪ヲ除カレタルコトニ付、心喪ニ止メラルルガ相当ナリ。若シ王殿下カ喪ニ居ラルルナラハ、世子殿下ガ結婚セラルヘキ筈ナシ。此事ハ李王職々員ガ注意スヘキコトナルモ、長官初メ矢張リ王殿下ノ服喪ヲ希望スル訳ナルヘキニ付、長官等ヨリ申上クルコトハ出来難カルヘク、総督府ヨリ無理ニ除喪セラルヘキコトヲ云フモ適当ナラサレトモ、総督府ニテ之ヲ含ミ居リタラハ幾分注意スル位ノコトハ出来サルコトモナカルヘシ。今後機会アリタラハ予ヨリ水野ニ話シ置クコトヽスヘシト云フ。
高、田中遷カ今日著京スル趣ナリト云フ。予何事ニテ来ルヘキヤト云フ。高多分公用ナルヘシ。田中ガ馬関ニテ話シタルコトナリトテ新聞ニ出シ居ル所ニテハ、新聞記者ヨリ世子ハ結婚後朝鮮ニ行カルルヤトノ問ヲ出シ、田中ハ尚〔昌〕徳宮ハ喪中トナル故、世子渡鮮ノ期ハ未定ナリ。喪期満チタル上ハ李王殿下上京セラルルコトモアルヘシトノ趣意ナリ。是ハ田中ノ話ヲ新聞記者ガ誤解シタルモノナルヤモ計リ難〔ケ〕レトモ、世子殿下ノ帰鮮セラルルガ当然ニテ、之ニ先ケ李王殿下ガ上京セラルルト云フ如キハ尚ホ更世子ニ対スル朝鮮人ノ感情ヲ悪クスルモノナリト云フ。予其事ノ如何ハ分ラサレトモ、田中モ只今尚〔昌〕徳宮ハ喪中ナリト云ヒタルコトハ間違ナカルヘシト云フ。
高又先夜ノ活動写真ノコトモ何人ガ話シタルヤ分ラサルガ、蓄音機入ニテ活動写真ヲ為シ、晩餐会モ開カレタル様ニ長々ト東京日々新聞カ記シ居レリ。此等ハ固ヨリ事実ニ相違シ居ルカ、此ノ如キコトハ非常ニ朝鮮人ノ感情ヲ悪シクスルモノナリト云フ。高又昨日（日確カニ記憶セス）水野練太郎ハ世子邸ニ来リ、朝鮮モ近年平穏ナリト云フニ付、然ラハ世子殿下ガ渡鮮セラレテモ宜シキヤト云ヒタルニ、夫レハ考ヘモノナリト云ヘリト云フ。予未タ平穏トハ云フヘカラス。此節モ水野ニ爆弾ヲ投ケントシタルモノアルニ非スヤト云フ。高又世子ノ学友其他ニテ朝鮮軍人五六人東京ニ居ルモノ世子妃ニ謁センコトヲ望ムモノアリ。差支ナカルヘキヤト云フ。予夫レハ勿論差支ナカラント云フ。高其内世子ノ都合宜シキトキ夫婦ニテ引見セラルルコトニスヘシト云フ。予、李勇吉ノ状ヲ問フ。高世子邸ノ傍近ニ住シ、属官一人及学習院教官タリシ佐藤（氏ハ確カニ記憶セス）家庭教師トナリ居レリ。学校ノ成績ハ宜シキ方ニテ只今初等科三年ナルヘク、十三番目ニナラレタル趣ナリ。李
公モ昨年上京セラルル筈ナリシ処、李埈公ノ寡婦大病ノ為メ延期セラレタリト云フ。予二人トモ右ノ如キ風ニテ修業セラレタラハ好結果ヲ得ルナラント云フ。高、李公ハ東京ニ移住スルコトハ好マレサル模様ナリ。先日秋山大将ガ京城ニ行キタルトキ李公ヨリ使ヲ南大門駅ニ遣ハサレタル故、秋山ガ公邸ニ訪ヒタル処、事務官等ヨリ都合アリテ引見セラレ難シト云ヒ、秋山ハ挨拶ヲ伝フルコトヲ嘱シテ帰ラントシタルニ、公ハ戸ヲ開キテ突然顔ヲ出シ、秋山ヲ呼ヒ掛ケラレタル由、兎角右ノ如キコトヲ為サレテ困ルコトアリト云フ。
○午後二時前田中遷来リ、昨日上京シタル旨ヲ告ケ、此節ハ朝鮮人官吏ニ分限令ヲ適用スル途ヲ開クコト、総督府設置後李王職ニ勤務スル者ハ恩給年限ニ通算スル途ヲ開クコト（是ハ政府ニテハ既ニ其途ヲ開キ居ルモ、李王職ノ分ハ漏レ居レリ）、朝鮮人官吏ニ対シテハ官等ニ相当セサル俸給ヲ給スルコトヲ得ル特別規定ヲ設ケアルモ、是ハ久シク実行シ難キコトナル故、之ヲ廃スルコトヲ協議スル為メ上京セリト云フ。予朝鮮ノ事情ヲ問フ。田中、人心ハ兎角険悪ナリト云フ。予、政務総監ニ爆弾ヲ投セントシタルモノアルニ非スヤト云フ。田中今朝水野ヲ訪ヒタルニ、先頃大邱ニ行キタルトキノコトナリヤ又ハ此節上京ノトキノコトナリヤ、自分ニハ分ラスト云ヒ居リタリト云フ。予田中ニ対シ、王世子ノ結婚ニ対スル朝鮮人ノ感想ヲ問フ。田中別ニ聞ク所ナシト云フ。
会々山口鋭之助来ル。田中乃チ去ル。山口ハ小工事費ハ一廉五百円以内ニ限ル処、大正九年度予算ノ執行上五百円以内ニテハ到底出来難キモノ二ヶ所アリ。其一ハ山形県ニ在ル御陵ノ修繕ニシテ、他ノ一モ某県ニ在ル御陵ノ修繕ナリ。二者トモ地方庁ニ工事ヲ委托スルモノナリ。聞ケハ内匠寮ノ小工事費ハ千円迄ニ協議済ミトナリ居ル由、諸陵寮ノ分モ千円迄同意ヲ請フト云フ。予内蔵寮ニテハ異議ナキヤト云フ。山口、内蔵寮ノ東久世秀雄ニ対シ五百円以内ニテハ出来サル旨ヲ話シタル処、内匠寮ニテハ協議ノ上千円迄ニ増額セリト云フニ付、協議ニ来リタル訳ナリト云フ。予鈴木重孝ヲ召ヒ、山口ノ趣意ヲ告ケ山口ノ協議ニ応スル旨ヲ答フ。
山口、君ハ陵墓令案ノ調査ニハ関係ナキヤト云フ。予関係ナキ旨ヲ答フ。山口歴代天皇ノ遺詔ニ国忌ヲ置カス、山陵ヲ興スヘカラサル旨ヲ告ケラルルコトノ例ナルニ、自分（山口）等ハ一個ノ例ニテ別段ノ意味ナキモノト考ヘ居リタル処、研究ノ結果其必要アル様ニ思ハルルコトトナレリ。国忌トハ寺ニテ法会ヲ修スルコトナリ。山陵祭ニハ荷前〔ノサキ〕ヲ供ヘラルル必要アリ。然ルニ国忌ヲ置キ、荷前ヲ供ヘラルルコトハ十代ト限ラレ、新帝即位ノ後旧キ所ハ国忌荷前ヲ除キ、新キ所ヲ加ユルノ例ナルモ、天智天皇以下（光仁、光孝、桓武其他二帝）ハ特別ノ事由アルヲ以テ永久ニ之ヲ除カサルコトヲ定メラレタリ。故ニ其後ニ到リテハ自身（崩御セラルル天皇）ノ為メ国忌荷前ヲ置ケハ、前掲六代ノ天皇以外ノ天皇ノ国忌荷前ヲ除カサルヘカラス。之ヲ除クハ情ニ於テ忍ヒストテ自身ノ国忌荷前ヲ置クヘカラサルコトヲ遺詔セラレタルモノヽ如シ。皇后陵ハ三陵ノ中一陵丈ハ順ニ之ヲ除キ、自身ノ母后ヲ加ヘラルル例ナルカ如シ。天皇ハ遺詔シ皇后ハ遺命セラレサルモ、余程不権衡ナル様ナリ。兎モ角前代ノ国忌等ヲ除クコトヲ憚リテ自己ノ国忌ヲ置カレサル慣例トナリ、孝明天皇マテ其例ニテ来リタルモノヽ如シ。歴代天皇ノ遺詔ハ此ノ如キ類ナルニ、先般帝室制度審議会ニテ遺詔ヲ以テ財産処分ヲ為サルルコトヲ認ムルコトヲ主張スル法律家アリタルハ実ニ不思議ナリ。自分（山口）ハ法律ハ知ラサルモ、前天皇ノ遺詔ヲ以テ現天皇ヲ拘束スヘキ法規ヲ作ルコトヲ主張スルハ其意ヲ解スルコトヲ得ス。別ニ打合セタル訳ニモ非サルヘキモ、宮内省関係ノ委員カ総テ遺命論ニ反対シタルモ、不思議ナリト云フ。予ハ皇室典範ニ於テ遺命ヲ以テ大傅ヲ任スルコトヲ定メタルコトモ不可ナリトシ、制度審議会ニテ其事ヲ述ヘタル為メ非常ニ攻撃セラレタルコトアルモ、今日ニテモ矢張リ同様ニ考フルト云フ。
○午後五時頃王世子邸ヨリ使ヲ遣ハシ、金百二十五円及ヒ梨本宮ヨリ贈ラレタル金十七円五十銭ヲ致サシム。其事由ハ今日ノ日記ニ詳カナリ。世子邸ニ対シテハ同邸ヨリ送リ来リタル領収証ニ捺印シ、梨本宮ヨリ贈リシモノニ対シテハ御品料一封ノ領収証ヲ渡ス。但世子邸ノ領収証ニハ月日ヲ記入スルコトヲ忘レタリ。
