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最終更新：2006年2月17日 金曜日
作成者：永井 和、冨永 望
清書稿本作成にあたっては、極力原文に忠実な翻刻をめざしたが、漢字は通行の字体にあらためた。また、原文にはほとんど句読点がないが、読者の便宜を考え、適宜これをおぎなった。さらに、原文の記載記事の切れ目を表す「○」の直前で改行し、適当なところで、改行、改段をおこなった。日記本文の行側に倉富本人が加えた注記やルビは、内容上いちばん近いとも思われる本文の箇所に〈 〉で括って挿入した。表紙や欄外に記された注記は「原注」「欄外追記」として本文内に付記した。
なお、□は判読できない文字であり、〔 〕内は校訂者による注記及び訂正である。
また、表示できない一部の漢字に、島根県立大学e-漢字フォントの漢字フォントを使用した。記して謝意を表したい。
本翻刻は、日本学術振興会科学研究費補助金による事業である。基盤研究（B)（２）課題番号：16320086
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○七月一日午前七時三十分ヨリ東京駅ニ到リ、皇后陛下ノ沼津ニ行啓シタマフヲ奉送ス。休憩所ニテ一戸兵衛ニ遇フ。一戸、予ニ対シ日露戦後頃金沢ニ奉職シタルコトナキヤト云フ。予金沢ニハ奉職セス。其頃ハ大坂ニ在リタリト云フ。一戸先日旧記ヲ検シ居リタルニ、君ニ遇ヒタルコトノ記事アリ。然レハ大坂ニテ遇ヒタルモノナラント云フ。
又波多野敬直ニ遇ヒ、先日波多野ヨリ話ヲ聞キタル権藤成卿ニハ未タ面会セサルモ、宋秉畯ヨリ権藤ガ著シタル皇民自治本義ヲ贈リタリ。君ノ序文モ一条実輝ノ上表モ本人カ作リタルモノナラント云フ。波多野其ノ通リナリ。権藤ハ君ノ兄ニハ逢ヒタルコトアルモ、君ニハ逢ヒタルコトナシト云ヒ居リタリト云フ。予、予モ成卿ノ兄二人及ヒ弟ハ知リ居ルモ、成卿ノミハ之ヲ知ラスト云フ。
歩廊ニテ石原健三ヨリ伊勢ニハ行クニ及ハサルコトヽナリタルヤト云フ。予行クヘカラサルコトヽナリタリト云フ。石原其方ガ宜シカラン、初メヨリ勅任官総代ト致シ置キテ宜シカリシナリト云フ。予親任官総代トシテハ正親町実正ガ行クコトヽナリタルヤト云フ。石原親任官総代ハ立消ヘテ誰モ行カサルコトニナレリト云フ。
八時四十五分皇后陛下発車シタマフ。直ニ宮内省ニ出勤シ、石原ヲ其事務室ニ訪ヒ、皇族ノ降下ニ関スル施行準則ノ御裁可アリタルコトハ宮内大臣ヨリ枢密院ニ通知シタリヤト云フ。石原自分（石原）ヨリハ通知スヘキコトヲ話シタルコトナシ。多分通知セサリシナラント云フ。予枢密院ニテ可決シタル侭ニテ其後ノ結果ヲ通知セサルハ不都合ナルヘク、殊ニ近々事実問題ヲ諮問セラルヽトキニ之ヲ通知シ置カサレハ標準ナカルヘシト云フ。石原成ル程之ヲ通知スル必要アルヘシト云フテ、給仕ヲシテ南部光臣ヲ召ハシム。南部来ル。石原、準則御裁可ノコトヲ枢密院ニ通知シタルヤヲ問フ。南部之ヲ通知セス。之ヲ通知セサルハ皇族会議令ニ枢密院ニ通知スヘキ場合ニ付テハ其旨ヲ規定シアルカ、準則ノ場合ハ之ニ当ラサル故通知セサリシナリト云フ。予成ル程会議令中ニ其規程アルモ、準則ハ元来諮詢ヲ要スルモノニ非ス。然ルニ之ヲ諮詢セラレタル上ハ其結果モ之ヲ通知スル必要アルヘク、殊ニ準則ハ公示セラレサルモノナルヲ以テ、之ヲ通知セサレハ枢密院ニテハ全ク其結果ヲ知ルノ途ナキモノナリト云フ。南部モ石原モ之ヲ通知スル方宜シカラント云フ。石原、更ニ一応二上兵治ニ打合セタル上通知スル方然ルヘシト云フ。南部其事ニスヘシト云フテ去ル。
予石原ニ対シ、昨日王世子邸ヨリ四月以後ノ手当ナリトテ金一封ヲ贈レリ。予、高羲敬ニ対シ予ガ宗秩寮御用掛トナリタルニ付テハ宮内省ヨリ手当ヲ給スルニ付、此上世子邸ヨリ手当ヲ受クル訳ナシト云ヒタル処、高ハ此事ニ付テハ宮内当局トモ打合セ、当局モ承知シ居ルコト故、是非ニ受領セヨト云ヘリ。果シテ然ルヤト云フ。石原其通リナリ。受領シテ宜シカルヘシト云フ。
石原ヨリ皇族会議々事録ノコト殊ノ外面倒トナリタリ。其話ハ聞キタルナラント云フ。予之ヲ聞キタリ。然シ南部光臣ガ伏見宮ニ行キタル模様ハ未タ聞カスト云フ。石原、南部カ伏見宮ニ行キ事情ヲ話シタル処、伏見宮ハ久邇宮ハ（趣）ガアリテ剛情ヲ主張スル者ナル故、自分（伏見宮）ヨリ話シテモ承諾スルコトナシ。故ニ久邇宮ニ話スコトハ断ハルト云ハレタル由。（趣）トハ（他ノ趣意アルト云フコトナリ）。依テ南部ハ久邇宮ニ行キ縷々説明シタルモ、ドーシテモ附箋ヲ除クコトヲ承知セラレサルヨリ、山田春三ヲ訪ヒ、山田ヲシテ久邇宮ニ説カシメントシタルモ山田ノ病気ハ予想ヨリモ重ク、山田ヲ久邇宮邸ニ遣ル訳ニ行カサル故、南部ハ復タ久邇宮邸ニ行キ、懇ニ説明シタルモ終ニ附箋ヲ除去ルコトヲ承諾セラレサリシ由ナリト云フ。予、議事録ハ宮内大臣ノ職権ニテ作製スルモノニ付他ニ意見アリテモ之ニ拘ハルニ及ハス。殊ニ久邇宮ノ附箋ヲ為サレタルハ草案ナル趣ニ付、正本ニハ附箋セスシテ之ヲ蔵シ置キ、参考トシテ附箋アル分モ保存シ置タラハ夫レニテ宜シカラント云フ。石原夫レニテ宜シカルヘキモ、久邇宮ニハ正式ニ附箋ノ趣意ヲ採用セサルコトヲ通知シ置ク必要アルヘシト云フ。予之ヲ通知スルコトハ宜シキモ、議事録ハ前大臣ガ作製セサルヘカラス、而シテ通知ノミ現大臣ヨリ為スハ適当ナラサルヘシト云フ。石原夫レハ前大臣ヨリ引継キタルコトニテ宜シクハナキヤト云フ。予然レトモ議事録ノ調製ノ日ハ前大臣奉職ノトキニ遡リテ之ヲ追記セサルヘカラス。然レハ形式ヨリ云ヘハ議事録ハ確定シタル上ニテ皇族ニ草案ヲ示シタルコトヽナルナリト云フ。石原其辺ハ何トカ工夫アルヘシト云フ。石原ヨリ議事録ノ話ヲ始メタル為メ世子邸ヨリノ手当ノコトハ其侭ニテ止メタリ。
○午前十時頃武田尚来リ、先日ハ王世子ニ対シ訓話ヲ為サレタル由、誠ニ結構ナルコトナリ。伊藤公（博文）、末松子（謙澄）等カ世子ノ世話ヲ為サヽル様ニナリタル後ハ、誰モ右様ノ話ヲ為ス人ナシ。就テハ御参考ノ為メ気附キ居ルコトヲ話置度シ。世子ハ実ニ循良ナル性質ニテ申分ナシ。但シ意思ハ強キ方ニハ非ス。故ニ他ヨリ惑ハサレル懸念ナキニ非ス。其辺ニ付十分ノ注意ヲ請フト云フ。予、予モ世子自身ニ間違ヒタル考ヘヲ起サルヘシトハ考ヘス。然レトモ世情ニ熟セサル人ハ兎角人言ヲ信スルモノナリ。人言ヲ信スルハ当然ニテ、固ヨリ善事ナルモ世子抔ニ話ス人ハ何カ自己ノ目的ヲ有スル人多シ。其ノ為メニ欺カレテハ困ルニ付、予ハ先日モ濫リニ人ニ接セサルコト、人ノ話ヲ聞クトキノ心得ニ付少シ許話ヲ為シ置ケリ。李
公抔モ畢竟人ヨリ欺カレタルモノナリ。李太王ニシテモ他ヨリ欺カレタルコト少ナカラス。人ヨリ欺カルルハ彼ノ如キ人ノ通有弱点ナル故、其点ニ注意スルコトカ最モ必要ナリト思フト云フ。
武田、宋秉畯抔ガ時ニ世子邸ニ行キテ話ヲ為スガ、宋ハ其性質放縦ニテ随分世子ヲシテ聞カシムルニ適セサルコトヲ云フコトアリト云フ。予宋ノ話ハ其通リナラン。然シ宋ニハ話ヲ止ムルコトハ出来難シ。故ニ如何ナル話ヲ聞キテモ其ノ取捨ヲ誤ラサル丈ケノ素地ヲ作ルヨリ外致方ナシ。然シ是ハ固ヨリ容易ノコトニ非スト云フ。
○予ガ武田尚ト話シ居ルトキ仙石政敬来リ、今日午後一時ヨリ李太王碑文ノコトニ付、調査課長室ニテ会議アルニ付出席シ呉ヨト云フ。予之ヲ諾ス。午前十一時前ナリシナリ。
○午前十一時頃南部光臣来リ、南部ガ皇族会議々事録ノコトニ付伏見宮及ヒ久邇宮ニ行キ、交渉シタル顛末ヲ詳説ス。其要旨ハ前ニ石原健三ヨリ予ニ話シタル所ト異ナルコトナシ。南部ハ又今日北白川宮ニ議事録ノ案ヲ示ス筈ナルカ、北白川宮ニハ意見ナカルヘシ。朝香宮ハ多分意見アラント云フ。予意見アリテモ夫レニ頓着セス、原案ノ通リニ決スルヨリ外致方ナシト云フ。予、久邇宮ノ附箋ハ如何ナルモノナルヤト云フ。南部之ヲ示ス。三ヶ所ニ附箋アリ。一ヶ所ハ全ク誤写ニテ司法大臣ヲ誤リテ内務大臣ト書シタル誤ヲ正スモノ。一ヶ所ハ久邇宮自身ノ演説カ事実ニ違ヒ居リタリトテ二三百年ノ間ト云フ年数ヲ四五百年ノ間ト訂正スルコトヲ求ムルモノ。最後ノ分ハ議長ノ宣告ハ議事録ノ原案ノ如キモノニ非ストテ、宣告ヲ変更スルコトヲ求ムルモノナリ。
南部ハ又皇族ノ現状ハ憂フヘキコトニテ、云ハヽ増長セラレタル訳ナリ。然シ宮内当局ノ措置ニモ多少不行届ノコトアリタル様ニ思ハル。久邇宮ノ此節ノ体度モ皇族降下ノ問題ノミニモ非サル様ナリト云フ。予久邇宮ニハ本邸火災後賜金ノ要求アリタルモ、意ノ如クナラサリシ為メ之ヲ銜ミ居ラルルニハ非サルヤ。又宮附職員ノコトニ付テモ意ニ満タサル様ノコトアルニハ非サルヤト云フ。南部夫等ノコトアル様ナリ。其内ニテモ火災後ノ賜金ノコトガ重モナルモノナラント云フ。
○十二時前田中遷来ル。其話ハ昨日話シタルコトト異ナルコトナシ。予、李王ガ三年ノ喪ニ服セラルルハ固ヨリ結構ナリ。然レトモ表面ヨリ云ヘハ一年ニテ既ニ喪ヲ除カレタル訳ナリ。王ガ喪ヲ除カサレハ世子ガ結婚セラルル訳ナシ。然ルニ尚〔昌〕徳宮ニテハ心喪ニ非ス、外局ニ向テモ公然喪中ナルコトヲ吹聴セラルヽ様ニ聞クガ、果シテ然ルヤ。夫レニテハ世子ノ体度ト不釣合ナル故、尚〔昌〕徳宮ニテモ心喪ノ積リニセラルヽ方カ宜シクハナキヤト云フ。田中、太王薨去後先日始メテ総督及政務総監ト食膳ヲ共ニセラレタリ。其節モ白衣ヲ著ケ居リテ失礼ナルモ、之ヲ諒セヨトノ趣意ニテ招カレタリ云々。田中ノ話ニテモ矢張リ喪中ナルコトヲ公言シ居ル様ナリ。予ガ此事ヲ田中ニ話シタルモ、田中カ馬関ニテ新聞記者ニ対シ尚〔昌〕徳宮ハ喪中ナル故云云ト話シタルコトヲ高羲敬ヨリ聞キタル故、田中ニモ注意ヲ促ス為ナリシナリ。田中ハ自分（田中）ハ王ガ上京セラルル様ノコトハ話サヽリシモ、新聞ニハ誤リテ王ガ上京セラルヽ様ノコトヲ書キ居リタリト云ヘリ。
○午後一時ヨリ調査課長室ニ到ル。誰モ在ラス。既ニシテ酒巻芳男来ル。又少時仙石政敬来リ、会議ハ大臣ノ応接所ニテ開キ、大臣カ会議ニ加ハルコトトナリタル故、応接所ニ往キ呉ヨト云フ。乃チ往ク。議題ハ李太王ヲ明成皇后ノ洪陵ニ会葬シタルカ、碑石ニ高宗太皇帝ト書スルコトヲ許スヤ否ノコトナリ。結局前韓国高宗皇帝ト書クコトハ適当ナラサルモ、朝鮮ノ統治ニモ関係アルコトニ付、前韓国ノ字ヲ加ヘテ高宗皇帝ト書スルコトハ許スコトトナサレ、碑陰ニハ少シモ太王トナリタルコトヲ記シ居ラス。是ハ不都合ナル故其事ヲ加ヘシメ、若シ之ヲ聴カサレハ全部碑陰記ヲ削ルコトヽスヘシト云フコトニ協議セリ。
仙石ヨリ近日皇族会議ヲ開キ、芳麿王降下ノ事ヲ議セラルヘキカ、其辺ノ参考ノ為メ一言致シ置キ度シ。会議前何等ノ内談モナク突如会議ヲ開カルルコトハ感情宜シカラサル故、大臣ハ其前各宮ニ就キ十分ニ諒解ヲ求メ置カルル方宜シカルヘク、先日皇族会議々事録ノコトニ付南部君ガ懇ニ説明セラレタルニ拘ハラス、終ニ久邇宮ノ承諾ヲ得ラレサリシモ、跡〔後〕ニテ聞ク所ニ依レハ久邇宮モ南部ニハ気ノ毒ナリシト云ヒ居ラレタル由ナリ。故ニ十分手続ヲ尽クセハ必シモ諒解ヲ得ラレサルコトニモ非サルヘシト云フ。石原夫レモ必要ナルヘキモ、若シ内談シテ種々ノ注文ヲ出サレテハ困ルヘシト云フ。予モ一タヒ内意ヲ問ヒ、希望ヲ出サレタル上ニテ之ヲ容レスシテ議案ヲ提出シタラハ、尚更感情ヲ害スヘシ。自然ハ掲ケモ卸シモナラサル様ノコトニ立チ至ルヘシト云フ。仙石及南部ハ内交渉ヲ為シテ掲ケ卸シ出来サル様ノコトヽナルト云フナラハ、内交渉ヲ為サスシテ会議ヲ開キテモ同様ノ結果トナルヘシト云フ。予皇族ノ降下ガ正面ノ諮詢ニテ降下後ノ待遇ハ問題ニ非ス。故ニ議場ニテ論議セラルヘキコトニ非ス。殊ニ降下ノコトガ決シタル後ニ至リ待遇ノ振合ヲ奏請セラルヽ手続ナルヘキニ付、大臣ヨリ会議前ニ内談ヲ為スニハ奏請ノ心組トシテ話スヨリ外致方ナシ。既ニ御裁可ノアリタル後ナラハ此以上ノ待遇ハ出来サル旨ヲ云フコトモ出来タレトモ、奏請前ニ希望ヲ聞キテ絶対ニ之ヲ拒絶スルコトハ出来難キコトナルヘシト云フ。仙石、大臣ハ此以上ノ奏請ハ出来難キ旨ヲ云ヒ得サルコトナカラント云フ。予仮リニ侯爵ノ奏請ヲ為ス積リト云ヒタルトキニ、公ニセヨトノ希望アリタリトセシニ、大臣ハ公爵ハ云々ノ人ニ授ケラルヽ心組ニ付侯爵ヨリ奏請シ難シト云フ説明ヲ為スコトハ出来サルヘシ。然レハ十分ニ諒解ヲ得ル様ノ説明ヲ為スコトハ出来サルヘシト云フ。夫々種々論難ノ末仙石ハ内相談ヲ為スノ趣意ニ非ス。大臣ノ腹案ヲ十分ニ説明シテ諒解ヲ求ムル方宜シカラントノ趣旨ナリト云フ。結局石原ヨリ懸念ハアルモ、大臣ガ皇族ニ就キ予メ内談ヲ為スコトニ致ス方宜シカラント云フテ、其事ニ決シタリ。
○午後三時ヨリ王世子邸ニ行キ、昨日世子ヨリ手当ヲ賜リタルコトヲ謝ス。高羲敬ニ面シ其言ヲ致サシム。高、世子正ニ邸ニ在リ、或ハ面接ヲ望ムコトアルヘシ、試ニ之ヲ問ハント云フ。既ニシテ世子正ニ事アリ、面接シ難キ旨ヲ報ス。
高、国分象太郎ガ李王職官制改正ヲ求メ高等官一等ニ進ム途ヲ開カントスルハ、自ラ謀ルコト厚クシテ長官トノ権衡ヲ失スルモノナリトノ非難アリ。官制ヲ改正シタルモ条文不備ニシテ、国分ノ陞叙出来サリシハ李王職々員中ニハ却テ之ヲ喜ヒタル者アリタリ。又内鮮人ノ待遇ヲ同一ニスルコトヽナリタルモ、俸給不足ナリトテ尚ホ俸給ヲ区別シ居ルニ拘ハラス、特ニ李王職長官及賛侍ノ韓相珠〔龍〕（名ノ字ニ誤アラン）ノミ内地人官吏ト同一ノ俸給ヲ給スルコトヽ為シタルハ不当ナリトテ、非難スル者多シトノ話ヲ為セリ。
予ハ帰途梨本宮ニ過キリ、昨日世子邸ヨリ梨本宮ガ予ニ贈ラルル手当ヲ致シタルヲ以テ、帳簿ニ署名シテ謝ヲ表セリ。四時後家ニ帰ル。
○安ハ明日ヨリ学校ノ試験アリ、今日ハ他ノ組ノ試験ニテ安ノ課業ハ休ミナル様ニ云ヒ居リタル故、内子ハ安ヲシテ留守セシメ、今朝鎌倉ニ行キ、広津直人ヲ訪フ積リニ致シ居リタル処、安ガ今日モ学校ニ行クト云ヒタル為メ内子ハ鎌倉ニ行クコトヲ止メタリ。安ハ学校ニ行キタルモ、課業ナカリシヲ以テ直ニ帰リ来リタル趣ナリ。
○七月二日午前九時十分前ヨリ賢所前参集所ニ行キ、平和克復奉告祭ニ参列ス。穂積陳重、予ニ対シ陪審制度ノ綱領ハ審議会ニテ全会一致ニテ可決セント思ヒ居ラサリシカ、不思議ニ通過セリ。是ハ原案ガ簡短ニ差障リノナキ様ニ出来居リタル結果ナリト云フ。予、案ノ文字ニ現ハレタル所丈ハ一同異議ナキモ、少シク説明ヲ加フレハ忽チ意見ノ相違アリ。先日江木衷ガ一寸説明シタル為メ忽議論ヲ惹キ起シタリト云フ。穂積其通リナリト云フ。
予裁判所構成法改正案ノコトハ能ク秘密ヲ保タレテ今日マテ新聞ニ出テサリシカ、今日午後枢密院ノ会議ニ付セラルルヤト云フ。穂積緊急事件トシテ請求アリ。今日議ニ付セラルルコトヽナレリ。臨時議会ニ提出スル為メナルヘシト云フ。予、全体臨時議会ニ提出スル程急速ヲ要スルモノナルヘキヤト云フ。穂積夫レハ問題ナルモ、一タヒ新聞ニ出テタル上ハ兎モ角緊急事件ナルヘシト云フ。
予又参集所ニテ股野琢ニ伺餘ノ作法ヲ掲ケタル書アルヤヲ問フ。股野知ラスト云フ。石原健三ヨリ昨夜予ガ電話ニテ李太王ガ太皇帝タリシコトアルコトヲ報シタルコトヲ謝シ、十分知リ居リタルコトナルニ、気附カサリシナリ。兎角彼ノ如キコト多シト云フ。予予自ラ驚キタリト云フ。十一時前参拝シ十一時後家ニ帰ル。
○午後一時後ヨリ内子三越呉服店ニ行キ物ヲ買フ。四時後帰リ来ル。
○七月三日内子午前八時前ヨリ桐村克己ニ就キ義歯ヲ修ム。
○午後八時安ヲ一ツ木郵便局ニ遣ハシ、振替貯金ニテ金二十円ヲ日本魂社ニ送ラシム。又公債利子二円五十銭ヲ郵便貯金ニ払込マシム。通帳余白ナキニ至リタルヲ以テ、通帳ヲ郵便局ニ渡シ、新通帳ノ交付ヲ請求ス。
○午前九時前安ヲ赤坂区役所ニ遣ハシ、旧雇人トク、モト、キミ、三人ノ退去届ヲ出サシム。トクハ本人ヨリ届ケ居ルトテ区役所ヨリ届出ヲ返戻セリ。区役所カ本人ノ届ヲ受ケタラハ、之ヲ予ガ家ニ通知スヘキ筈ナルニ、之ヲ怠リタル為メ予ヨリ之ヲ届ケタルモノナリ。
○午前十一時頃宗秩寮ニ到ル。仙石政敬在ラス。酒巻芳男ニ対シ本月一日李太王碑文ノ事ヲ議シタルカ、其時ハ甚タ不注意ナリシニ付、其夜石原健三ニ電話シ置ケリト云フ。酒巻、石原ヨリ之ヲ聞キタリ。甚タ疎漏ナリシト云フ。仙石亦返リ来ル。乃チ共ニ話シ文献備考ヲ示シ、韓国ニテ碑文ヲ廃シ又之ヲ復興シタル沿革ヲ告ク。仙石太王ハ太皇帝ト称シタル時代アルモ、明成皇后ハ太皇后ト称シタル事実ナシ。然ルニ太皇帝ヲ認ムルト同時ニ太皇后マテ之ヲ認ムルハ如何ト云フ。予、予ハ皇后マテ太ノ字ヲ加フル積リニ非ス。皇后ノ方ハ一昨日ノ協議ノ通リ太ノ字ヲ削リ、単ニ明成皇后トスル積リナリト云フ。仙石、夫レハ次官ガ誤解シタルヤ、又自分（仙石）ガ聞キ誤リタルヤ、皇后モ原案ノ通リ太ノ字ヲ加フルコトニ朝鮮総督府職員ニ告ケ置キタリト云フ。予夫レハ予ノ趣意ニ非スト云フ。仙石皇后ノコトハ宮内省ニテ問題ト為スモノニ非サル故、李王家ニテ太ノ字ヲ加フルナラハ強ヒテ之ヲ削ルニモ及ハサルニハ非サルヤト云フ。予夫レニテモ宜シカルヘシト云フテ別ル。
○内閣ノ下閣〔下條〕康麿ヨリ昨二日郵便ニテ其訳書労資協調ノ鍵ヲ贈リ来リタルニ付、予ノ名刺ニ謝意ヲ書シ、給仕ヲシテ之ヲ下條ニ致サシメタルニ、下條ハ今日議会ニ行キ居ル故、内閣ノ属官ニ名刺ヲ託シ置タル趣ナルコトヲ、西野英男ヨリ予ニ報告ス。是ハ午前十一時後ノコトナリ。
○午前十一時前林恭次郎出勤シ、昨年発病当時ノ事情ヲ何人ニカ詳シク聞キ度ト思ヒ居リタルモ、其話ヲ聞クコトモ不快ノ感ヲ催フス故、是マテ見合セ居リ、昨日始メテ親族ノ者ヨリ話ヲ聞キタルニ、長官モ夜中役所ニ来リ、種々配慮シ下サレタル由、誠ニ感謝ニ堪ヘスト云フ。予其時役所ヨリ順天堂分院マテ護送シタル医師アリ。其人ニ対スル謝儀ハ同僚ヨリ之ヲ為スモ適当ナラス、君ノ親族ヨリ謝儀ヲ為ス方宜シカラントノコトニ伊夫伎準一等ト協議シ、伊夫伎等ヨリ親族ノ人ニ其旨ヲ伝ヘタル筈ナルガ、謝儀ハ済ミタルヘキヤト云フ。林不行届ナカラ一応ハ其手続ヲ為シ置タル由、尚ホ自分（林）カ今少シ回復シタラハ往テ謝スルコトヽナスヘシト云フ。
○午前十一時頃西野英男ヨリ昨日白根松介来リ、平和克復奉告祭ニハ勅任官及親任官待遇ノ総代トシテハ伊勢及畝傍桃山ニハ誰モ参拝セサルコトヽナリタル旨ヲ告ケタルコトヲ報ス。
○内子ハ桐村克己ノ家ヨリ十時頃ヨリ帰リ来リタル由ナリ。
○内子ノ腕痛稍々強シ。
○七月四日午前十時頃ヨリ長濱直哉、尾本良三ノ為メニ字ヲ作ル。
○午前八時ヨリ内子ハ桐村克己ノ家ニ行キ、義歯ヲ作ルノ準備ヲ為ス。十時後帰リ来ル。
○午前十一時永島巌来リ訪フ。其長男ハ妻子ト倶ニ伊豆ノ大島ニ移住シ、牧畜ヲ為スコトヲ話ス。永島又加太邦憲ノ知人ニテ画ヲ善クスル者アリ。自分ハ其人ニ画ヲ嘱シタリトテ、予ニモ之ヲ嘱スルコトヲ勧ム。予之チ永島ヨリ予ガ為メニ之ヲ嘱スルコトヲ依頼ス。話スルコト三十分ニシテ去ル。
○午後零時後、有馬秀雄ヨリ電話ニテ午後一時又ハ一時三十分頃往訪セント欲ス、差支ナキヤト云フ。予差支ナキ旨ヲ答ヘシム。二時後有馬来ル。久留米ノ勤王家ニ対スル贈位ノ事ハ高橋光威ニ話シタル処、未タ取調ヲ為サス。然レトモ贈位スヘキ人ハ之ヲ精選セサルヘカラス。久留米ヨリ申立テ居ル如ク多人数ハ出来難キ旨ヲ話シタル故、島田義太郎ニ書ヲ贈リ、人数ヲ減スルコトヲ申遣ハシ置ケリト云フ。
有馬又久留米市長カ上京シ居リ。水天宮守札ノコトモ大概落著〔着〕シタルニ付、橋爪慎吾ニ勧メ、先日市長ヲ百尺楼ニ招キ、饗応シタリ。其時ハ水天宮関係ノ人ノミヲ会シ、水天宮関係人ノ招待トシテ有馬家ニ関係セサルコトヽ為シ〔タ〕ル旨ヲ話ス。
予、有馬頼寧ハ台湾ノ植林ハ止ムル様ノ話ヲ為シ、予モ同意致置タルカ、果シテ止メタルヘキヤト云ヒタルニ、有馬ハ橋爪ノ話ニテハ頼寧ハ之ヲ止メ度ト云ヒタルモ、橋爪ハ尚ホ之ヲ取調フル必要アリトシ、頼寧ト共ニ其処ニ行キ問ヒ合セタル処、費用ハ頼寧ノ話ノ如ク増ス訳ニ非ス、却テ減スル位ナリト云ヒ居リタル故、之ヲ止メル訳ニハ非サルヘシト云フ。
有馬宮内大臣ハ山県有朋ノ推薦ナリヤト云フ。予然リト答フ。有馬又有馬聡頼ノコトハ如何ナリタリヤト云フ。予彼ノ事ハ予ハ最早世話スル必要ナシトノ意見ナリ。先日頼寧ノ話ニテハ橋爪丈ケノ考ヘニテ処置スル積リナルモ、イツマテモ埒明カサル故、最早橋爪ヨリ自分（頼寧）ナリ倉富ナリニ話ス旨ヲ本人（聡頼）ニ告クルガ宜シキニ非スヤト云ヒ置キタリ。他ヨリ（本家）補助ヲ受ケ居リナカラ、毎月八十円モ費シテ妾宅ヲ構ヘシメ置クハ不都合ナリト云ヒ居リタリト云フ。
有馬ハ床ニ西郷南洲ノ書人無気節不可処重難云々ノ幅ヲ見テ、此幅ハ自分（有馬）モ林田守隆モ有シ居リ。余リ多クシテ偽物ナルノ疑アリ。自分（有馬）ハ樋口典常ヨリ買受ケタル故、之ヲ売リ戻サヽルヘカラスト云ヘリ。話スルコト三十分許ニシテ去ル。
○内子ノ腕痛昨日ヨリ重シ。
○七月五日午前十時後西野英男ニ嘱シ、予ガ本月九日中村雄次郎ノ招ニ応スルコトヲ総務課員ニ報セシム。
○午前十時後仙石政敬審査局ニ来リ、芳麿王ノ臣籍ニ降下スルコトヲ請フノ願書及武彦王ノ添書ヲ示ス。予小松輝久ノ願書ノ例ヲ問フ。仙石小松ノ分ニハ何モ書類ナシ。書類ノ存スルモノハ貞愛親王ヨリ博恭王ヲ継嗣ト為スコトヲ請ハレタルトキノ願書アルノミト云フ。予彼ノ願書ハ伊東巳代治ガ草シタルモノナル趣ナルカ、彼ノ願書ニハ皇族ニモ家ヲ認メ、其家ノ継嗣ト為ス趣旨ニテ、現在皇族ハ一家ニテ家モ相続人モナシト主張シ居ル趣意トハ相違シ居レリ。其頃マテハ矢張リ家ヲ認ムル考ヘアリタルモノナラント云フ。仙石此節モ武彦王ノ添書ヲ附クルニ付、自然ト何故ニ之ヲ附クルヤトノ論アルヤモ計リ難シト云フ。予只今見タル武彦王ノ添書ハ全ク弟ノ願意ヲ允許セラルルコトヲ請フノ趣意ニテ、家主ノ関係トハナリ居ラサル故、其事ニ関シ議論ヲ生スルコトハナカルヘシト云フ。仙石ハ直ニ去ル。
○午後一時後将ニ厠ニ行カントス。食堂ニ過リ、南部光臣ト話ス。予皇族会議々事録ハ北白川宮ノ閲覧ハ済ミタルヤト云フ。南部閲覧ハ済ミタリ。但北白川宮ハ議長ノ宣告ハ議事録記載ノ通リニアルヘキ所ナルモ、予（北白川宮）ハ事実ガ果シテ記載ノ通リナリシヤ、又ハ久邇宮附箋ノ通リナリシヤ、其点ハ記憶セスト云ハレタリ。是ハ他日此事ニ付皇族間ニ問題ヲ生シタルトキ、宮内省ニ対シ言質ヲ与ヘ置クコトヲ避ケラレタルモノナラン。自分（南部）カ朝香宮ニ行キタル処、朝香宮ハ久邇宮附箋ノ如キ問題ヲ生スルハ畢竟議長カ決議ヲ取ラサリシヨリ生シタルコトナリト云ハレタル故、自分（南部）ハ決議ハ確カニアリタリト云ヒタルニ、朝香宮ハ自分（朝香宮）ハ決シテ起立シタルコトナシト云ハレタリ。依テ自分（南部）ハ、起立ハ議決ノ一ノ方法ナリ起立ニ依ラスシテ議決スルコトハ屡々アルコトニテ、数百人ノ会議ニテモ別段異論ナケレハ其侭ニテ議決スルコトアリ。先日ノ会議ニテモ載仁親王殿下ノ意見ニ賛成アリ、之ニ対スル反対意見ナカリシ故、載仁親王殿下ノ意見ノ通リ決セラレタル訳ナリト云フ。朝香宮ハ載仁親王ノ意見ニ反対アリタルニ非スヤト云ハレ、自分（南部）ハ反対意見ニ非ス、質問アリタルノミナリト云ヘリ。久邇宮ヨリ朝香宮及ヒ博恭王ニ対シテハ親展書ヲ発セラレ居ル趣ニ付、朝香宮ハ必ス久邇宮ト同様ニ主張セラルルコトナラン。自分（南部）ヨリ渡シタル議事録案ハ之ヲ熟覧スルニ付、之ヲ留メ置クト云ハレタリ。博恭王ニハ議事録案ヲ写シテ之ヲ送リ、別ニ事務官ニ詳細ノ話ヲ為シ、事務官ヨリ書状ヲ出サセ置タリ。博恭王ハ久邇宮ノ意見ニ賛成セラルルコトハナカラント思フト云フ。
予、芳麿王ニ賜ハル爵、家名及財産ハ決定シタリヤト云フ。南部未タ決定セス。山階宮ニテハ山階ヲ以テ家名ト為シ度トノコトナルモ、今後華族ニ列セラル人数人アリ、総テ山階ト云フテハ混シ易、徳川ハ同氏ノ者多キモ是ハ宜シカラサル例ナリ。依テ先日石原健三トノ話ニテ他ニ家名ヲ選フコト丈ケハ決シタルモ、夫レ以上ノ話ハ決シ居ラス。中村雄次郎ニ問ヒタル処、何モ聞キ居ラストノコトニテ困リタル故、今日電信ニテ石原ニ交渉シ置ケリト云フ。
○午後二時高羲敬審査局ニ来リ、先日世子邸ニ御出ノトキ世子ニ差支アリトノコトニテ会見セラレサリシガ、其後侍女ニ如何ナル差支ナリシカト問ヒタルニ、世子ハ昼寝ヲセラレ居リタリトノコトナリ。自分（高）ヨリ世子ニ其話ヲ為シタル処、（夫レハ）ト云ハレタリ。世子ハ明後七日妃ト共ニ沼津ニ天機伺ノ為メ行カルル筈ナリ。又中旬頃ニハ演習ノ為メ出張セラルルコトトナルヘシ。然シ是ハ未定ナリト云フ。予今年末ヨリ陸軍大学ニ入学セラルルコトナラン。左スレハ只今ヨリハ幾分ガ暇アル訳ニハ非サルヤト云フ。高然ラサルヘシ。大学ニ入ラレタル後ハ各所ノ軍隊ニ見学トシテ行カルルコト多キ模様ナリト云フ。
○午後五時二十分ヨリ浜町一丁目錦水楼ニ於ケル穂積陳重ノ招宴ニ赴ク。臨時法制審議会ノ委員会ニテ陪審制度ニ関スル要綱ヲ議了シタル為メ、穂積カ其労ヲ慰スル為宴ヲ開キタルナリ。横田国臣、予ニ対シ先日清浦奎吾ニ遇ヒタル処、自分（横田）ニ対シ君ヨリ倉富ヲ枢密顧問官ニ推薦シタルコトハ富井政章ヨリ聞キタリト云ヘリ。自分（横田）ハ富井ノ考ニテ推薦セシムル積リニテ富井ニ話シタル処、富井ハ自分（横田）ヨリ話シタルコトヲ清浦ニ告ケタル模様ナリ。自分（横田）ガ清浦ニ話スコトハ訳モナキコトナレトモ、夫レテハ面白カラサル故富井ニ嘱シタル処、矢張リ行違ヲ生シタリ。清浦ハ此節ノ補欠ニハ倉富ヲ入ルヽコトハ出来難カラント云ヒ居リタリト云ヘリ。来リ会スル者一木喜徳郎、横田国臣、平沼騏一郎、富谷鉎太郎、松室致、江木衷、花井卓蔵、原嘉道、馬場鍈一、小山松吉、松田源治、飯島喬平及穂積陳重、其子重遠等ナリ。十時前家ニ帰ル。
○七月六日午前七時後内子鎌倉ニ行キ、其兄直人ヲ訪フ。
○午前八時後安ヲ一ツ木郵便ニ遣ハシ、為替金六十円ヲ受取ラシム。金ハ先月予ガ咸一郎ニ貸シタルモノヽ内、昨日咸一郎ヨリ返シ来リタルモノナリ。
○午前十一時後宗秩寮総裁室ニ到リ、金井四郎カ事務官会議ノ為メニ来リ居ルヤ否ヲ問フ。金井来リ居ラス。仙石政敬、工藤一記等ト雑話ス。仙石十分間許予ト談シ度事アリト云フ。予差支ナシト云フ。仙石審査局ニ来リ、近時人心ノ変化ハ実ニ甚シク、如何ナル事体ヲ生スルヤモ計リ難シ。故ニ宮内省ニ於テモ適当ノ人ヲ選ミ、世間ノ風潮ヲ研究シ適宜ノ処置ヲ取ル必要アリト思フ。先年富山県ニテ食料問題ニテ騒擾ヲ起シタルトキ、自分（仙石）ヨリ次官（石原健三）ニ対シ食料問題ハ軽視シ難シ、若シ二重橋前ノ広場ニ多衆集合シ食ヲ与ヘヨト叫フ様ノ事ヲ生シタラハ如何、若シ其時当直ノ書記官ノ外誰モ居ラサル様ノトキナラハ、必ス其処置ニ窮スヘシ。故ニ予メ大体ノ方針丈ケハ定メ置キ、臨機ノ処置ヲ為シ得ル様致シ置ク必要アルヘシトノコトヲ話シタルモ、次官ハ夫レハ難問題ナリトテ終ニ何事ヲ為サスシテ止ミタリ。難問題ナルニハ相違ナキモ、難問題ナリトテ放任シ置クヘキコトニ非サルヘシト云フ。予其通リナリ。今日ノ風潮ニテハ皇室ヨリ進ミテ時勢ニ順応セラルル必要アリ。去リトテ余リ急劇ニスレハ下ノ望ム所ハ限リナク、忽チ施コスヘキ手段ナキニ至ルヘシ。故ニ晩ニ失セス、早ニ過キス適度ノ処置ヲ為サヽルヘカラス。夫レニハ協議会ノ如キモノヲ設ケテ、講究スルコトカ必要ナルヘシ。皇室ノ方針決スレハ之ヲ各皇族ニ伝ヘ、皇族モ時勢ニ違ハサル様注意セラルル必要アリト云フ。会々浅田恵一来リ、仙石ヲ召フ。仙石乃チ去ル。
午後二時前仙石復タ来リ、今少ク先刻ノ話ヲ補足スヘシ。近来皇族ノ体度倨傲ニ過キルトノ話ヲ屡々聞ク様ニナレリ。皇族ト姻族関係アル華族ヨリ皇族ヲ招待スルトキノ接待方法ヲ問ヒ合ハスル向、少ナカラス。其都度自分（仙石）ハ心附キタル事丈ハ話シ居レリ。例ヘハ皇族ノ休憩所ハ別ニ設クルコト、余興デモアルトキハ観覧所ハ正面ノ処ニ設ケ、皇族ヲ一所ニ置クコト、食堂ニテハ中央ニ席ヲ設クルコト等ナリ。然ルニ主人側ノ人ハ夫等ノコトハ大概心得居ル故、其通リ取計フモ皇族ハ特別休憩所ニ入ラルレハ其処ニ集マリ、他ニ出ラレス。挨拶ニ行キテモ別段ノ話モナク、余興場ニテモ皇族丈ケノ一団トナリテ、他ノ者ハ疎外セラルル傾アリトテ、多クノ場合ニハ不平ノ声ヲ聞ク様ナリト云フ。
予、予モ其事ハ予テ感シ居ルカ夫レモ無理ナラヌコトヽ思フコトナキニ非ス。皇族ハ今日ノ世間ノ模様ヲ知ラサル方多カルヘク、畢竟世間ノ事情カ分ラサル為メ思ハス尊大ニナラルル訳ナルヘシ。現在ノ宮附職員ハ寧ロ皇族ヲ尊大ニスルコトノミヲ心掛ケ、時勢ニ順応セシムル方ノコトハ之ヲ告クル人ナキ様ナリ。昨年東久邇宮ノ当番ニテ皇族講話会ヲ開カレタルトキ、殿下ノ注文ニテ現今人心ノ傾向ト云フコトニ付桑木巌翼ヲシテ講演セシメラレ、予ハ演題ノ選定適当ナリト思ヒタルニ、其後ニ聞ク所ニテハ皇族講話会ノ演題トシテハ不適当ナリト云ヒタル人モアリタル由ナリ。右ノ如キ次第ニ付、平生皇族ノ気ニ入ル様ノ事ノミ申上ケ居ルコトハ推察スルコトヲ得ヘシ。宮附職員ノコトニ付テハ予ハ人ヲ批評スル様ニテ甚タ心苦シク思ヘトモ、前大臣及次官ニハ幾度カ予ノ感想ヲ話シ、大臣次官トモイツモ同感ノ語気ハ洩セトモ、別ニ手段ヲ施コ〔ス〕模様ハナキナリ。有馬家ハ屡々皇族トノ姻族関係ヲ生シタル家ニテ、只今ノ伯爵嗣子ハヨク北白川宮ニ行キ、二荒伯爵抔ト共ニ成久王殿下ニ対シテモ随分思ヒ切リタルコトヲ申上クル趣ニテ、御内端ノトキハ至極御親密ナル様ナルモ、少シク表立チタルトキハ全ク親族ノ待遇ナキ様ニ思ハル。伯爵嗣子ハ寧ロ時勢ニ応シ過キル方ニテ、自分（予）等ハ常ニ其方ニ過キサル様注意シ居ル所ナリ。先日ハ北白川宮殿下、有馬頼寧（嗣子）ノ経営シ居ル貧民夜学校ヲ御覧ニナリタル趣ナリ。其時ハ殿下ハ初メヨリ学校ニテ其事ヲ知リ、準備ヲ為シテハ面白カラストテ、有馬家ヘ御出テアリ、夫レヨリ突然学校ヘ御出アリタル趣ナリ。殿下方モ貧民ノ状況ヲ御覧ナサル位ハ宜シカルヘシト云フ。酒巻芳男来リテ仙石ヲ召フ。仙石先刻自分（仙石）ヨリ話シタル事ハ尚ホヨク考ヘ置キ呉ヨトテ去ル。
○午後二時後南部光臣ノ事務室ニ行ク。小原
吉正ニ在リ。予臣籍ニ降下セラルル皇族ノ成年ニ達セラルルヲ待タサレハ、後見人ヲ附クル等ノ面倒アレトモ、成年ニ達セラルルヲ待テハ、又貴族院ニ列セラレ、議席ヲ定メ降下ノ上ハ直ニ議席ヲ変更セサルヘカラサル面倒アリ。孰レニシテモ都合悪シト云フ。南部夫レハ致方ナシ。皇族会議々事録ハ博恭王ハ閲覧済ニテ、原案ノ通リニテ少シモ誤ナキ旨ヲ南部ニ伝フヘキ旨ノ書状ヲ宮附職員ニ贈ラレタル由。朝香宮ハ尚ホ閲覧済マス。此方ハ先日御覧ニ入レタルトキ既ニ意見アリタル故、必ス注文アルヘシ。博恭王ヨリ返リ来リタル議事録ノ謄本ハ、只今皇太子殿下ノ御覧中ナリ。皇太子殿下ハ別ニ御発言モナカリシ故、御覧ノ必要ナカラント思ヒ居リタルモ、御覧アル旨申来リタル故、差出シ置ケリト云フ。予殿下ヨリモ自然ハ太夫等ガ会議ノ状況ヲ見ル必要ヲ感シタル為ナルヤモ計リ難シト云フ。
南部、芳麿王降下ニ関スル皇族会議ノトキハ皇太子殿下ガ議長ト御成リナサルル方宜シキヤモ計ラレスト云フ。予、予ハ夫レハ不賛成ナリ。其節ハ殿下ハ御出席モナキ方ガ宜シキヤニモ思ハルル位ナリト云フ。小原モ皇太子殿下ハ先日ノ降下ニ関スル準則ノ会議ノトキモ御出席ナカリシ方宜シカリシ様ナリ。久邇宮殿下ガ既ニ準則カ決シタル上、尚ホ些細ノ事マテ種々ノ故障ヲ述ヘラルルハ実ニ不都合ナリ。彼ノ如キコトハ銘々（小原等）ニテモ云フヘカラサルコトナリト云フ。南部其通リナリ。実ニ困リタルコトナリ。自分（南部）ハ今一度久邇宮ニ行カサルヘカラス。甚タ閉口ナリト云フ。予最早殿下カ如何様ニ云ハレテモ夫レニ拘ハラス、原案ノ通リ決スルヨリ外致方ナキニ付、何ト云ハレテモ関係セスシテ宜シキニ非スヤト云フ。南部自分（南部）トシテハ行掛上、今一度久邇宮ノ附箋ヲ取リ去ルコトヲ請ハサルヘカラスト云フ。
夫レヨリ羅馬尼皇太子ガ箱根ニ行キタル模様、鷭猟ニ行キタル模様等ニ付、小原ヨリ話ヲ為シ居リタルトキ、木村甚三郎ガ中村雄次郎ヲ導キ、宮内省ノ各部局ヲ過リ来ルニ会フ。中村カ南部ノ事務室ヲ去ルトキ、予モ中村ト共ニ審査局ニ返リ、審査官及審査官輔ヲシテ中村ニ面セシメ且ツ他ニ二人ハ出張シ居ルコトヲ告ク。中村直ニ去ル。
○午後三時後二荒芳徳来リテ仏国ル・タン新聞ノ抄訳ヲ予ニ交ス。其文左ノ如シ
仏国巴里発刊ル・タン、ニ掲載せられる電報
〈註ル・タン、は仏国中最信用あり且紙面多き新聞なり〉
大正九年四月二十五日
東京発電報
日本皇帝は過般来御病気なり。皇帝は倦怠を感せられ、気候より来る健康不例の状態に因する足部
衝を起せらる。而も此の如きに拘はらす国内の風説には驚愕の色なし。
摂政を置かるゝの組織は未た公表せられす。
皇太子は憲法の条章になき一時的の措置として英国大使、チヱツコスロウアク共和国公使を引見せられたり。
予ハ此ノ訳文ヲ写取リ、三時三十分前直ニ其抄訳ヲ二荒芳徳ニ返ス為メ調査課ニ之キ、之ヲ返シタリ。
浅田恵一ニ対シ武某ノ病候ヲ問フ。浅田、武ハ昨日調査課ニ来リ、本人ハ最早快シト云ヒ居ルモ、医師ハ却テ重クナリタリト云ヒ、六百六号ヲ三回使用シタルモ効ヲ奏セス。脳ヲ犯シタル上ハ薬効ヲ奏スルコト難シト云ヒ居レリト云フ。
二荒ノ机上ニ榊原昇造ノ昭憲皇太后ヲ昭憲皇后ト称スルコトヽナスヘキコトニ関スル意見書アリ。予、予ハ榊原ハ朝鮮ニテ知リ居ルモ、一個ノ軍人ト思ヒ居リタルノミニテ学者タルコトハ知ラサリシト云ヒ、夫レヨリ榊原ノ意見書ハ先日之ヲ一覧シタルモ、内務省ノ告示ニテ明治神宮ノ祭神ハ明治天皇、昭憲皇太后トアルヲ其侭ニシテ昭憲皇后ト称スヘキコトヲ主張スルハ無理ナリト云フ。浅田、宮内省ノ一部ニハ今日ニテモ矢張リ皇太后ト称シテ宜シト云フ人モアリト云フ。二荒、榊原ハ宮内省ニテ皇后ト称ススルコトヽナサヽルナラハ、他ニ同志者モアル故相当ノ処置ヲ取ルト云ヒ居ル由ナリ。自分ハ曽テ榊原ニ一二度逢ヒタルコトアリ。此節ハ久シク逢ハサルカ、同人ノ意見書ハ昨日送リ来レリト云フ。午後三時四十分退省ス。
○午後五時四十分頃内子鎌倉ヨリ帰ル。
○午後二時前仙石政敬ガ再ヒ審査局ニ来リタルトキ、大臣、次官カ自ラ新聞雑誌ヲ閲シテ現今ノ風潮等ヲ研究スルコトハ実行出来サルヘキニ付、若手ヲシテ之ヲ担当セシメ、必要ナル所ノミヲ示スコトヽナサバ宜シカラント云フ。予参事官モアリ宗秩寮ノ事務官モアル故、此等ノ人ヲ指定シテ研究セシメハ夫レニテ宜シカルヘク、又方針ヲ協議スルニ付テモ別段官制等ヲ設クルニ及ハス。適当ノ人若干名ヲ集メテ協議スルコトヽ為シタラハ夫レニテ事足ルヘシト云フ。仙石モ夫レニテ宜シ。但シ担当者ヲ定メ置カサレハ同シ新聞ヲ検閲シテモ無責任トナルヘシト云ヘリ。
○七月七日午前十時後南部光臣来リ、芳麿王臣籍降下ノ情願ヲ為サレタルニ付、枢密院ニ諮詢セラレ、同院ニテ今日午後一時ヨリ下調会ヲ開クコトヽナリ、説明ノ為自分（南部）ト仙石政敬ト出席スルコトヽナレリ。右ニ付芳麿王ノ情願ハ先日定メラレタル施行準則ニハ関係ナク、皇室典範増補第一条ニ依リタルモノト説明シテ差支ナキヤト云フ。予然リト答フ。南部又準則ニ、皇族身位令第二十五条ニ定メタル年齢ニ達シタル後情願ヲ為サヽルトキハ勅旨ニ依リ華族ニ列ストアリ、此規定ニ依レハ満十五年ニ達シタル後情願ヲ為サヽレハ直ニ勅旨ニ依リ華族ニ降下スヘキモノヽ如シ。枢密院ニテハ此点ニ付質問ハナカリシヤト云フ。予其質問ハアリタリ。然レトモ十五年ニ達シタリトテ直ニ華族ニ列スル趣旨ニハ非ス。事情ニ因リ適宜ノトキニ華族ニ列セラルル積リト答ヘ置ケリ。皇族ノ協議会（伏見宮邸ニテ催フサレタルトキ）ニテモ其質問アリ。予ヨリ十五年ニ満チタリトテ直ニ華族ニ列セラルル趣旨ニ非スト答ヘタル処、然ラハ六十歳ニナリテモ七十歳ニナリテモ宜シキヤト極端ナル言モアリタリ。此時モ矢張リ適当ノ時期ニ奏請スル積リナル旨ノ答ヲ為シ置タリ。
全体予一己ノ考ニテハ十五年以上ニナラサレハ情願ヲ為スコトヲ許サス。情願ヲ為サヽルトキニ非サレハ勅旨ニ依リ華族ニ列スルコトヲ得ストノ規定ニハ不同意ナリ。何トナレハ二三男ノ降下ノトキハ尚ホ格別ノ不便ナキモ、宮ノ本系ニ当ル人カ降下セラレ其弟ニ十五年未満ノ人数人アル場合ニハ其人カ十五年ニ達スルマテハ之ヲ待〔チ〕、一人一人ニ華族ニ降下セラレサルヘカラス。是ハ甚タ不便ナルコトナリ。故ニ此ノ如キ場合ニハ十五年未満ニテモ情願ヲ為ス途ヲ開クカ、又ハ年齢ニ拘ハラス勅旨ニ依リ降下スル途ヲ開クカノ必要アリト思ヒ、其意見ヲ述ヘタレトモ賛成ヲ得ス。準則ノ如ク決定シタルナリト云フ。南部夫レハ不便ナリト云フ。予不便ナルニ相違ナキモ本系ノ降下ハ早ク今後数十年後ノ事ナリ。而シテ予ノ考ヘニテハ皇室典範ノ四世親王ノ制モ到底改正セスシテハ済マサルヘキニ付、其内ニハ何トカナルコトナルヘシト云フ。
予芳麿王ノ降下ニ付テハ如何ナル待遇ヲ賜フコトニ内定シタルヤヲ問フ。南部一家創立費トシテ金三十五〔万〕円、世襲財産トシテ金百万円ヲ賜ヒ、侯爵ニ叙シ山階ノ家名ヲ賜フ積リナリ。家名ノコトハ山階宮ニテハ山階ト称スルコトヲ懇望セラレタルモ、同氏同爵ノ人数多出来ルハ不便ナル故、南山階トカ東山階トカ称スル方宜シカルヘシトノ内議アリタルカ、次官ハ其事ニ付テハ大臣ニハ何ノ話モ為サスシテ伊勢京都ニ行キ、甚タ当惑シタル故、京都ノ次官ニ電信ニテ交渉シタル処、結局次官ハ山階宮ノ希望ニ従フコトニ決心シ居リナカラ、其事ヲ大臣ニハ話サスシテ旅行シタル模様ナリ。大臣ハ今朝閑院宮ニ到リ、芳麿王降下ノコトニ付内申シタル処、殿下モ是ハ当然ノコトナリトテ別段ノ御話モナク、唯三十五万円ノ創立費ニテハ随分困難ナルヘシト云ハレタルモ、是ハ他ノ振合ニモ影響スルコトナリトテ別ニ注文ハナサレサリシナリ。午後一時三十分ニハ大臣ハ久邇宮ニ行キ、芳麿王ノコトヲ内申スルコトニナリ居ル由ナリ。伏見宮及東伏見宮ニハ石原健三ニ大臣ヨリ電報シ、石原ヨリ一応芳麿王ノコトヲ内申シ置くクコトヲ申遣ハシタリ。伏見宮、東伏見宮御帰京ノ上ハ大臣ヨリ更ニ内申スル積リナリ。多嘉王ニハ事務官ヨリ内申スル様申遣ハシ置ケリ。賀陽宮ハ姫路ニ滞在セラレ居リ、皇族会議ニハ出席セラルル趣ナルモ、其前内申スル手続ナシト云フ。
予準則御裁可ノ事ハ枢密院ヘハ通知シタリヤト云フ。南部通知セリ之ヲ通知シタルコトハ殊ノ外枢密院ノ好感情ヲ引キタル模様ニテ、議長ヨリ通知書ヲ拝受セリ云々ト丁寧ナル答書ヲ贈リ来リ居レリ。此事ハ御注意ニテ大ニ好都合ナリシナリト云フ。
南部又皇族ノ次第ニ増長セラルルハ困リタルコトナルカ、表面宮内大臣ノ体度ガ倨傲ナリトカ何トカ苦情ノ理由ハアレトモ、真ノ原因ハ結局金銭ノ渡方御希望ニ満タサルコトナリ。故ニ自分ハ各宮ニ対シ相当ノ資金ヲ賜ヒ、只今ノ如ク事務官抔ヲ附属セシムルコトヲ止メ、一切各自ノ処置ニ任セ、以後ハ皇室ヨリ何事モ御関係ナキコトヽスル方宜シクハナキヤト思フト云フ。予現在ノ宮附職員ノ制度カ宜シカラサルコトハ度々前大臣ニモ次官ニモ話シタルコトナリ。宮内省ヨリ職員ヲ附ケ置キテ、其職員ハ宮内省ノ悪口ヲ言ヒ、皇族ヲ尊大ナラシムルコトノミヲ務メ居レリ。此ノ如キコトニテハ段々尊大ニナル計リナリト云フ。南部北白川宮カ先般ノ五十万円ノ賜金アリタルトキ此ノ如キ端シタ金云々ト云ハレタル話ヲ聞キ驚キ居リタル処、其後仙石政敬ヨリ聞キタル所ニテハ、事務官山辺知春カ矢張リ右ノ如キ考ヲ持チ居ル趣ナリ。困リタルコトナリト云フ。南部自分（南部）ハ此上相当ノ資金ヲ賜フガ宜シカラント思ヘトモ、梨本宮ノ如キハ只今手本ニモ若干ノ貯蓄アリ。表ノ会計モ幾分ノ裕余アリ。此上賜金ノ必要ナシト云ハルルナラント云フ。予梨本宮ハ御自身臣籍ニ降下セラルルコトハ出来サルヤ、左スレハ規子女王ニ相当ノ婿ヲ迎ヘラルルコトモ出来、団欒ノ楽ヲ享ケラルルコトモ出来テ好都合ナルヘク、此クナレハ此上資産ヲ増サルルコトモ必要トナルヘシ。左モナケレハ如何ニ貯蓄セラレテモ、遺産相続財産トナルノミナル故、賜金抔ヲ望マルル訳ナカルヘシト云フ。南部其事ハ自分（南部）モ考ヘサルニ非サレトモ、何分其人ノ降下ノコトニハ今日マテ申上ケタルコトナシ。其決心サヘ出来ウレハ金銭ノ希望モ出ツルコトハ確カナリ。梨本宮ハ他ノ宮ト違ヒ親子ノ重情非常ニ厚キ故、右ノ如キコトヽナレハ最モ好都合ナリト云フ。
予又朝香宮ハ尚ホ議事録ノ閲覧ヲ終ハラレサルヤト云フ。南部未タ終ハラス。何ヲ為サレ居ルヤ分ラスト云フ。予朝香宮ハ久邇宮ノ帰京ヲ待チ居ラレタルニハ非サルヤト云フ。南部或ハ然ルヤモ計リ難シト云フ。予、石原ハ久邇宮ニ対シテハ、正式ニ議事録ニ付テハ殿下ノ意見アルモ、宮内省ニテハ之ニ従フコトヲ得サル旨、書面ヲ以テ通知シ置ク必要アリト思〔フ〕旨話シ居リタルモ、議事録ハ前大臣ノ名義ニテ調製スルモノナル故、右ノ通知ノミ現大臣ノ名義ニテ発スルモ都合悪シ。石原ハ引継事件トシテ現大臣ノ名ニテ通知スルコトヲ得ヘシト云フモ、議事録ハ前大臣在職中ニ確定シタルモノトスレハ、其後ニ皇族ノ閲覧ヲ請ヒ之ニ関シ今頃通知ヲ発スヘキ訳ナシト思フ。尤モ現大臣ハ会議ニ出席セス、其状況ヲ知ラサレトモ、考ヘ様ニテハ現大臣ガ議事録ヲ調製スルコトモ出来サルコトニハ非サル様ナリ。議事録ハ之ヲ公ニセサルモノナル故、前大臣ノ名義ニテ日月ヲ遡ラセテ調製スルコトニ出来ウレトモ、若シ之カ公表スヘキモノナラハ現大臣ガ調製スルヨリ外致方ナシ。職務ノ関係ニテハ此ノ如キ事ヲ生スルハ已ムヲ得サル事ナル様ナリ。然シナカラ此節ノ議事録ハ今頃現大臣ノ名義ニテ之ヲ調製スルハ事実不都合ニ付、矢張リ前大臣ノ調製トナスヨリ外致方ナシ。左スレハ石原ノ考ノ如ク書面ヲ以テ久邇宮ニ通知スルコトハ其方法ナキ訳ナリト云フ。南部自分（南部）ハ朝香宮ノ閲覧済ミタル上、只今一度久邇宮ニ行キ交渉スル積リナルモ、是ハ先日ノ約束ニ基クノミノコトニテ、先日既ニ自分（南部）ヨリ宮内省ニテハ殿下ノ附箋ニハ従ヒ難キ旨ハ断言シ置ケリ。此以上書面ヲ以テ通知スルコトハ手続上出来難カラント云フ。話スルコト三十分許ニシテ去ル。
○午前十時後西野英男ヲシテ牛乳代五円四十銭ヲ金庫ニ払ハシム。
○晩餐後安身体健ナラス、脳ノ工合悪シキニ付暫ク休学シテ回復ヲ図リ、然ル後勉学セント云フ。予是ハ擅ニ決スヘキコトニ非ス。父母ニ相談シテ決セサルヘカラス。兎モ角著手中ノ試験ハ勉強シテ之ヲ受ケ、試験済ミタラハ適当ノ医師ヲシテ診察セシメ、其都合ニテ方針ヲ決スヘキコトヲ申聞ク。
○昨今暑気甚シ。
七月七日午前、尿一瓶ヲ多納栄一ノ病院ニ送リ、之ヲ検スルコトヲ嘱ス。先日坂田稔ヲシテ検尿セシメタルトキ糖分アリタルヲ以テナリ。
○七月八日午前八時頃ヨリ内子桐村克己ノ家ニ行キ、義歯ヲ作ラシム。
○午前十時後南部光臣審査局ニ来リ、昨日枢密院書記官長及書記官カ芳麿王降下ノ件ニ付下調ヲ為シ、自分（南部）ト仙石政敬ト説明ヲ為シタルカ、別段ノ異論モナク書記官等ハ枢密顧問官中ニハ降下後ノ待遇如何ヲ懸念シ居ル人アリ、如何ナル内議ナリヤト云フ。依テ待遇ノコトハ降下ノ事ガ決定シタル後始メテ御裁可ヲ奏請スヘキモノナル故、今日ノ処固ヨリ決定シタルコトハナケレトモ、宮内省ニテ下調ヲ為シ居ル所ニテハ爵ハ侯トシ、一家創立費三十五万円、世襲財産百万円ヲ下賜セラルル様ノコトナルヘキ模様ナリ。然シ固ヨリ確言ノ出来ルコトニ非スト云ヒタル処、如何計算ニテ百万円ト定ムルヤ、先年小松輝久侯ニ賜ハリタル金額ハ非常ニ少ナカリシ趣ナルカ如何ト云フニ付、自分（南部）ヨリ小松侯ニ賜ハリタル金額ハ十三万円位ニテ如何ニモ少ナカリシモ、小松家ノ資産ハ必シモ少ナカリシニ非ス。故彰仁親王ノ遺産ヲ相続シタル為メ、之ヨリ生スル収入年ニ四万六千円許アリ。之ニ十二万円ヨリ生スル収入ヲ加ヘ、侯爵ノ体面ヲ保ツヲ得ヘキ実況ナル故、此節モ百万円ノ資産ヨリ年五万円ノ収益アリタラハ一家ノ維持出来ルナラントノ見込ナリト云ヒタルニ、夫レナラハ小松侯位ノ方モ不都合ナキ様ナリ、芳麿王ヘノ賜金モ宜シカルヘシト云ヘリ。但芳麿王ニ対スル勅書案ニ芳麿王ノ肩書ニ故菊麿王第二子芳麿王トアリシヲ単ニ芳麿王ト書スルノミニテ宜シクハナキヤトノ論アリタルカ、是ハ小松侯降下ノ時ノ文例ニ依リタルモノニテ若シ万一同一ノ名ノ人アル場合ヲ想像スルトキハ矢張リ所生ヲ書キ置ク方宜シカルヘシトノ説明ヲ為シ、結局其侭ニテ宜シカラントノコトヽナレリト云フ。
南部又昨日朝香宮邸ニ到リ、鳩彦王ノ皇族会議々事録案ニ対スル考ヲ問ヒタルニ、議長貞愛親王ノ宣告ノコトニ関スル邦彦王ノ附箋ハ附箋ノ方ガ無理ニテ、原案ノ方カ事実ニ適シ居ルト思フガ、原案モ載仁親王ノ意見ニハ賛成アリ而シテ他ニ意見ナキ故其通リ決スル旨記載アルモ、甚タ不明ナリ。載仁親王ノ意見ニハ明確ナル賛成ナカリシニ非スヤ、又他ニ意見ナシトアルモ、議事録案ニ依リテモ種々ノ意見出テ居ルニ非スヤト云ハレタル故、載仁親王ノ意見ニハ成久王ノ賛成アリ。其他ニハ質問トシテハ種々ノ御説アリタルモ、意見トシテ提出セラレタルモノハナク、又固ヨリ賛成セラレタルモノモナカリシナリ。全体此ノ如ク不明確ノ終局トナリタルハ、畢竟殿下方カ議場ニテハ議論スルコトハ止ムヘシ、結局ハ表決ヲ為サヽルヘシトノ御協議アリタル為メニシテ、今更議事録案ニ付彼此御注文アルヘキコトニ非サルヤニ非スヤト云ヒタル処、全体議論ヲ為スコトヲ止メラレタルハ自分（鳩彦王）ハ不賛成ナリシト云ハレ、議事ハ意見カ出テモ賛成者ガナケレハ表決セサル抔、中々面倒ナルモノナリ。自分（鳩彦王）抔ハ右様ノ事ハ知ラサリシナリ。議長モ多分同様ナリシナラン。右様ノ事ハ初メニ教ヘ呉レサレハ困ルト云ハレタリト云フ。予夫レハ実際知ラサリシナラント云フ。南部然シ此方ニテハ右様ノ事ヲ知ラレサルコトヲ知ラサリシ故、致方ナシト云フ。南部又鳩彦王ハ議事録案ノ終リヨリ少シ前ノ処、博恭王ヨリ載仁親王ノ意見ニ対シ不服ヲ云ハレタル項ノ前ニ、自分（鳩彦王）ト成久王トノ一問答ヲ脱シ居ルカ、是ハ余リ意見ガ多クテハ議長ガ他ニ意見ナシトノ宣告ヲ為スニ都合悪シキ為メ、南部ガ故ニ之ヲ除キタルモノナラント云ハレ、余程不平ナル模様ナリシモ、実際自分（南部）ハ之ヲ記憶セサル故、決シテ右ノ如キ趣意ニテ故ラニ之ヲ除キタルニ非ス、如何ナル趣意ノ御質問ナリシヤト云ヒタルニ、殿下ハ成久王ヨリ各自利害関係アルニ付議案全体ニ付表決セサルヲ可トストノ意見出タルモ、議員ハ案ノ可否ヲ議スル為メ召集セラレタルモノナルニ、之ヲ議セサルハ不都合ニ非スヤト、仮リニ利害関係アリトスルモ夫レハ案ノ附則丈ケノコトナリト云フ趣意ノ問ヲ発シタルナリト云ハレタルニ付、成久王ヨリハ如何ナル答ヲ為サレタルヤト云ヒタルニ、成久王ノ答ヘハ固ヨリ曖昧ナルコトニテ要領ヲ得ス、自分（鳩彦王）ハ初メヨリ答ヲ聴ク考モナカリシ故記憶セスト云ハレタリ。君（予）ハ此事ニ付記憶ハナキヤト云フ。予記憶ナシ。其時浅田恵一カ作リタル議事録案ノ第一稿ハナキヤ、之ヲ検シタラハ分ルナラン。鳩彦王ガ問ヲ発シタリト云ハルルモ、成久王ガ如何答ヘラレタルヤ之ヲ質シタル上ニ非サレハ其問答ヲ挿入スルコトハ出来サルコトナリト云フ。
予南部ニ対シ先日仙石政敬ヨリ聞キタルカ、君（南部）ト仙石トノ間ニハ宮内省ニテ今日ノ思想問題ヲ研究シ、対応策ヲ講究スル必要アルコトヲ話合ヒタリトノコトナルカ、予モ此事ハ必要ナリト思フト云フ。南部其事ニ付テハ前大臣ニハ話シタルコトアリ。其趣意ハ先年マテハ危険思想ト云フテモ（マルクス）抔ノ書籍ヲ直訳スル位ノコトニテ、少シク思慮アル者ハ之ニ惑ハサルルコトナカリシモ、其後次第ニ具体化シ、今日ニテハ矢張リ一般ノ賛成ヲ得ル為メ皇室ヲ中心トシテ社会政策ヲ立テ、一個人ノ資産ハ三百万円以下、一会社ノ資本ハ三千万円以下、土地ハ総テ皇室有ト為シ、在郷軍人ヲシテ管理ヲ為サシムト云フ如キ、誰レニモ耳ニ入リ易キ様ノ説ヲ立ツルニ至リタルハ甚タ関心スヘキ事ニテ、其形ヲ云ヘハ維新ノ手段モ此ノ如キモノナリシナリ。其時ハ皇室カ民衆ト共ニ時ノ権力者ヲ倒サレタルモノナリ。天智天皇ノ革新モ輔導者ノ助ヲ得テ権勢者ヲ黜ケラレタルモノナリ。天智天皇、明治天皇ノ時ノ主動者ハ尊王ガ唯一ノ目的ナリシモ、現今ノ主張者ハ他ニ真目的ヲ有シ、其手段トシテ皇室ヲ中心トスルモノナル故、最モ恐ルヘキコトナリトノ趣意ヲ述ヘ置タリ。自分（南部）カ調査課ノ事務ヲ執ル様ニナリタル後、二荒芳徳カ右様ノ研究ニ趣味ヲ有シ居ル故、同人ヲ内務省ニ遣ハシ思想ニ関スル新聞雑誌ノ記事ニ付、宮内省ニ注意スヘキ事アリタルトキハ之ヲ報告セシムルコトヽ為シ、既ニ報告モ来ル様ナレリ。又其外地方官ニ地方ノ出来事ヲ報告セシムルコトヽ為セリ。是丈ケガ最近ノ処置ナリ。此ノ如キコトニテ協議会テモ開キ、新聞記者抔ニ嗅キ附ケラルル様ノコトアリテハ不都合ニ付、成ルヘク目立タサル様ニシテ必要ナル場合ニハ研究スルコトト致シ度ト云フ。南部又危険ナルモノハ危険ナルモノトシテ之ヲ知リ、危険ナラサルモノハ危険ナラサルモノトシテ之ヲ知リ、適当ニ処置スル必要アリ。然ルニ何事モ知ラス、世間ハ如何ナル事ニナリ居ルヤ無頓著ニ過コス様ニテハ困リタルモノナリト云フ。
予昨年皇族講話会ニテ東久邇宮殿下ノ注文ニテ桑田〔桑木〕巌翼カ思想問題ヲ講和〔話〕シタル処、其後ニ至リ演題ノ選ヒ方適当ナラストテ非難シタル人モアリタル由。右ノ如キ考ヘニテハ困リタルモノナリト云フ。南部先日北白川宮ニ行キタルトキ、用事済ミタル後殿下ヨリ社会政策ノ話ヲ為サレタルニ付、自分（南部）モ多少話ヲ為セリ。殿下ハ今少シ労働者ノ所得ヲ増ス必要アル旨ヲ説カレタル故、自分（南部）ハ国際競争ガ止メテハ夫レニテ宜シキカ、殿下ハ競争ハ止ムモノト御考ヘ成サヽルルヤト云ヒタルニ、殿下ハ夫レハ止マサルヘシト云ハレタリ。依テ自分（南部）ハ夫レナラハ日本トシテハ国力ヲ涵養セサルヘカラス。然ルニ土地モ狭ク、資金モ乏ク、事業経営ノ便否ハ外国ト比較シ、然ルニ労働者ノ所得ヲ増スコトノミヲ主トスレハ、到底事業ノ発達ハ期シ難カルヘシト云ヒ、殿下ハソウ云ヘハ夫レモソウナレトモト云ハレタリ。余リ一足飛ヒノ考ヘヲ起サレテモ困ルト云フ。予北白川宮ニハ二荒及有馬頼寧抔ガ時々行キテ右様ノ話ヲ為スコトアル趣ニテ、先日殿下ハ貧民夜学校ニ行カレタルコトモアル様ナリト云フ。南部、二荒モ今少シ著実ナル考ニナル必要アリト云フ。
予十二日ニ羅馬尼皇太子ヨリ晩餐ノ案内アリタリヤト云フ。南部案内ナシ。全体先日ノ勲章ノ贈リ方ニシテモ前大臣ニ何モ贈ラサルハ周旋方ノ不行届ナルヘシ。此節ノ準備ハ悉皆前大臣ガ為シタルモノナリ。聞ケハ先日勲章ヲ贈リタル人ノ外追加スル趣ナルニ非スヤト云フ。予之ヲ知ラス。若シ追加スルナラハ接待ノ準備委員ニ贈ルモノナラント云フ。南部山崎四男六抔ハ既ニ礼ヲ云〔ハ〕レタリトノコトナリ。未タ勲章ヲ貰ハサルニ礼ヲ云フハ早過キル様ナルモ、早過キテモ宜シトテ云ヒタリトノコトナリト云フ。此時給仕来リテ大臣ガ南部ヲ召フ旨ヲ告ク。南部乃チ去ル。時ニ十一時三十分頃ナリ。
○十二時前南部光臣ノ事務室ニ行キ、南部正ニ仙石政敬ト話ス。其事柄ハ朝香宮カ議事録ノ脱漏ヲ云々セラレタルコトナリ。南部ガ先刻予ニ話シタル所ト異ナルコトナシ。談既ニ終ル。南部今朝大臣ガ久邇宮ニ行キ、芳麿王降下ノコトヲ内申シタル処、万事好都合ニテ爵モ賜金モ少シモ異存ナカリシ趣ナリト云フ。
○今朝南部光臣ガ審査局ニ来リ、朝香宮ヨリ議事録ノコトニ付注意セラレ〔シ〕コトノ中、宮内大臣ガ博恭王ノ問ニ対スル答ノ中、多数ニテ御決議ニナレハ本員ヨリ異存ノ申上様モナキ旨ノ記載アルモ、此処ノ趣意ハ不明ナリ。又末段ニ上奏シテ適当ナル措置ヲ取ルヘシトアルモ、其時ハ上奏スヘシト云ヒタルノミニテ適当ナル措置云々ハナカリシト云ハレタリ。依テ多数云々ノ処ハ、若シ載仁親王ノ意見ノ通リ御決議ニナレハト云フ趣意ナリト説明シ置ケリト云フ。予其点ハ若シ云々ト修正シテモ差支ナク、又末段ハ適当ナル措置ヲ削リテモ宜シカラント云ヒ置ケリ。
○内子義歯ヲ嵌メ十時頃帰リ来ル。
○午後六時前橋爪慎吾ヨリ電話ニテ八時前後ニ往訪シ度差支ナシヤト云フ。予差支ナキ旨ヲ答ヘシム。
○午後林恭次郎使ヲシテ鰹節七本（箱入）ヲ贈ラシム。其名刺ニ発病ノ際御厚意御礼ト記ス。昨年十月頃林ガ宮内省ニテ突然脳溢血ヲ起シタルトキ、予ガ世話シタルニ酬ヒタルナリ。
○午後八時後橋爪慎吾来ル。有馬家ノ負債償却ノ為メ正金銀行、朝鮮銀行等ノ株券ヲ売却スルコトハ先日相談会ノ議ヲ経タレトモ、売却出来ス。依テ東京電灯五百株、新五百株、台湾製糖百株、鐘淵紡績全部二百五十株ヲ売却セント欲スト云フ。予異議ナキ旨ヲ答フ。
橋爪有馬家職員ノ旅費額ヲ改正セント欲ストテ第三表ノ案ヲ示ス。予移転料ハ実際必要ナキニ非スヤト云フ。橋爪之ヲ削ルヘシト云フ。橋爪水天宮守札代ノ事ニ付、久シク久留米水天宮ト東京水天宮トノ間ニ紛議アリタルモ、福岡県庁ヨリ久留米水天宮ニ対シ信徒総代ノ議ヲ経テ、予算ヲ提出スヘキコトヲ命シタル結果、社司樋口某モ信徒総代ノ意見ニ従ヒ、東京ヨリ二千二百円ノ守札代社司ノ上京費三百円ヲ贈ルコトニテ決定セリ。先日久留米市長石津利風ガ上京シタルトキ、其条件ニテ社司ヲシテ履行セシムルコトヲ引受ケテ帰県セリト云フ。
橋爪先日頼寧君ヨリ台湾ニ於ケル植林計画ヲ止ムルコトニ付貴君（予）ニ相談セラレ、貴君（予）モ異議ナキ旨ヲ答ヘラレタル趣頼寧君ヨリ自分（橋爪）ニ話サレタルカ、自分（橋爪）ハ折角計画シテ種々手数ヲ掛ケタル事ニ付、台湾総督府ヨリ願書ニ附箋ヲ為シテ一応下ケタル丈ケノコトニテ忽チ計画ヲ止ムルハ早計ナリ。兎モ角十分事情ヲ確メタル上決定スヘキコトナルヘシト云ヒ、予テ植林ノコトニ付周旋シ呉タル農科大学教授川瀬善太郎ニ交渉シ、事情ヲ聞キ度旨ヲ告ケタル処、川瀬ヨリ成ルヘク頼寧君モ一緒ニ話ヲ為ス方便利ナラント云フニ付、頼寧君同伴ニテ川瀬ヲ訪ヒ、種々ノ話ヲ聞キタル処、最初五千甲ノ植林ヲ願ヒタルニ対シ、千甲丈ケ許可セラルル内議ナルモ是ハ四五年後ニハ更ニ追加ヲ許サルルコトハ間違ヒナク、此節ノ地割モ其附近ニハ他ヨリ手ヲ出サレサル様ノ割リ方ニナリ居レリ。又地所代ハ最初カ一甲一円ナリシヲ一甲二円五十銭ニ増加シタルモ、是テモ十甲ニテ千五百円丈ケノ増加ニ過キス、植林費ノ割合ガ先ノ話ヨリ増シ居ルモ、是ハ費用丈ケヲ時勢ニ応シテ増加シ、現在伐採スルコトヲ得ル材木代ハ時価ニ引直サス非常ニ低価トナリ居ル故、此売価ヲ引上クレハ寧ロ先ノ計算ヨリモ費用少クシテ済ム位ナルナリトノ説明ヲ聞キ、頼寧君モ更ニ前計画ヲ遂行スルコトニ決セラレタリ。此事ハ頼寧君ヨリ何事モ話シ居ラレサルニ付、自分（橋爪）ヨリ話シ置クヘキ旨ヲ命セラレタリト云フ。予植林ノコトハ元来頼寧君ノ思ヒ立ニテ、予等ハ之ニ同意シタルニ過キス。然ルニ総督府ニテ最初ノ約ニ違ヒ、種々ノ条件ヲ変更シ且競争者モ多ク余程運動セサレハ出来難カルヘキ旨ノ話モアリ、自分（頼寧）ハ左程迄ニ熱心ナラサル故、止度トノコトニ付自分（予）モ同意セリ。其時ノ頼寧君ノ話ニハ山ノ番人ノコトモ大分面倒ニテ、徳川頼倫ノ植林ハ大学林ノ番人カ兼テ世話スルモ、有馬家ノ分ハ之ニ依頼スル訳ニ行カス、旁不便ナリトノ話ナリシカ、其事ハ如何ナルヤト云ヒタルニ、橋爪ハ其事モ徳川家ノ分ト同様ニ出来ル旨川瀬ハ話シ居リタリト云フ。
橋爪又頼寧ノ夫人ノ生母岩浪稲子ガ十一年許リ前ヨリ青山ノ世話ヲ為シ居リタル処、此節辞表ヲ出シタル故、頼寧君ノ意見ヲ問ヒタル処、是ハ是非解決シ呉ヨトノコトナリ。稲子ハ最早自分（稲子）モ自家ニ帰リ、老後ノ計ヲ為スノ必要アリト云ヒ、稲子ヨリ頼寧夫人ニ話シタル処、夫人モ稲子ノ考ニ賛成セラレタル由ナリ。稲子ヲ青山ニ入ルルコトハ最初有馬秀雄カ周旋シタルコトニ付、有馬ニ相談シタル処、有馬ハ頼寧君夫妻ノ稲子ニ対スル体度ガ変ハレハ取成方モアレトモ、是ガ変ハラサレハ致方ナシト云ヘリ。依テ稲子ヲ返スコトヽナルヘキカ、多少ノ心附ハ必要ナルヘシ。依テ加寿山ノ例ヲ取調ヘタル処、老女ノ職ヲ解クニ奥向ノ顧問ト云フ名義ニテ月二十円ノ手当ヲ給シアリタル故、自分（橋爪）ヨリ稲子ニ対シ今後ト雖モ青山ノ奥向ノ事ハ注意シ呉ルル様相談セリ。然ルニ稲子ハ後ノ関係ハ之ヲ断チ度ト云ヘリ。然レハ名義ノ附様ナシ。如何スヘキモノナルヤト云フ。予稲子ハ加寿山トハ異ナリ稲子ガ何事モ為サヽルモ、夫人ノ生母タル廉ヲ以テ相当ノ取計ヲ為サヽルヘカラス。尤モ稲子ノコトハ北白川宮ヨリ世話セラルヘキ筋合モアリ、本人ガ有馬家ニ行クトモ宮家トノ関係ハ如何ナリ居ルヤ、宮家ヨリ世話アリテモ有馬家ヨリモ何トカセサルヘカラス。宮家并ニ夫人手元ヨリノ手当ヲ集約シテ何トカ処置シタラハ宜シカルヘシト云フ。橋爪一応宮ノ事務官ト打合セ見ルヘシト云フ。
橋爪又有馬聡頼カ妻ト為シ居ル者ハ新橋ノ芸妓ト云フコトナリシカ、二度人ヲ横浜ニ遣ハシ探索セシメタル処、芳原ニテ娼妓ヲ為シ居リタルモ〔ノ〕ナル由。聡頼ハ愈々乱妄トナリ其嫡母ニ対シ妾ヲ本邸ニ入ルルコトヲ請求シ、自分（橋爪）ニ対シテハ華族ヲ止メテ自由生活ヲ営ムコトヲ望ムト云ヘリ。近日中境豊吉ガ今一度聡頼ヲ諭シ見ル積リナリト云フ。
橋爪又敏四郎ハ頼寧ノ許ヲ得テ婚約ヲ為シ居ル栃木県ノ某家ニ一週間許リノ滞留ノ積リニテ行キ居ルコト、頼寧ガ住宅建築ノ望ヲ起シ居ルコト、伯爵ハ先日来ノ腫ノ工合悪シ、一週間許リ修善寺ニ行キ居リタルコト等ノ話ヲ為シ十時後帰リ去レリ。
○七月九日午前十時後西野英男ニ嘱シ、羅馬尼国皇太子カロールヨリ本月十二日霞ヶ関離宮ニテ晩餐ヲ催フスニ付、接伴員吉田要作ガ贈リタル案内状ニ対シ病気欠席ノ答書ヲ贈ラシム。
○午前十一時頃仙石政敬来リ、国分象太郎ヨリ仙石ニ贈リタル書状ヲ示ス。書状ハ李王妃尹氏ノ父侯爵沢栄カ百数十万円ノ負債ヲ生シ、王家ニテ救済出来サルニ付、自分関係ヲ断ツコトヲ李王職長官李載克ヨリ朝鮮総督府ニ報告シタルコトヲ報スルモノナリ。予之ヲ一覧シ、往テ之ヲ仙石ニ返ス。仙石正ニ高羲敬、田中遷ト話シ居レリ。予亦之ニ加ハリ、尹沢栄ノコトヲ談ス。予今日ノ新聞ニ尹カ支那ニ行キタルコトヲ掲載シ居レリト云フ。仙石之ヲ閲ス果シテ其記事アリ。
○午前十時後田中遷審査局ニ来リ、持地六三郎ハ本郷区旭山町十一番地ニ住スルコトヲ話ス。予今日ノ東京朝日新聞ニ李太王諡号ノコトニ付、昌徳宮ニテ協議シタルコトヲ掲載シ居ル旨ヲ告ク。予ガ国分ノ書状ヲ仙石ニ返ス為メ宗秩寮ニ行キタルトキ、田中等ハ新聞ヲ開キ其記事ヲ観居リタリ。
○高羲敬、王世子ハ今日ハ一夜宿リニテ演習ニ行カレタリ、今夜ノ宿所ハ確カナラス。長野辺ナルヘキカ十二日ニハ羅馬尼皇太子ノ晩餐ニ行カレ、十三日宮中ノ午餐ニハ加ハレサルヘシ。十四日頃ヨリ十日間許リ三島ノ別邸ニ行カレ、其後ハ演習ニ行カルル予定ナリト云フ。
○午後五時二十五分頃ヨリ築地精養軒ニ行ク。
支那革情
大総統徐世昌ハ直隷
段祺瑞ハ安徽 安福倶楽部ハ国会ノ多数党ニシテ安徽派ニ属ス
墺国旧王家ハツプスグルグ家
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