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最終更新：1999年05月13日
・作成者は1998年度後期の現代史学演習参加者である。
・清書稿本作成にあたっては、極力原文に忠実に稿をおこすことにしたが、漢字は新字体にあらためた。また読者の便宜のため、濁点、半濁点を加えるとともに、文の切れ目には句点、読点を適宜おぎない、必要な箇所で改行、改段をおこなった。なお、□は判読できなかった文字であり、〔 〕内は校訂者による注記である。
なお、JＩＳ第１、２水準にない漢字の表示は、
e漢字プロジェクトの漢字フォントを使用した。ここに記して謝意を表したい。
○大正十年二月八日火曜日旧暦元旦。
○午前十時後仙石政敬審査局ニ来リ宗秩寮ノ用務ヲ謀ル。予昨夜木村英俊来訪ノ状ヲ告グ。且ツ木村ガ伏見宮ノ言ヲ久邇宮二伝ヘタルノミナラズ自己ノ意見ヲ言上シ、此事ハ既ニ上聞二達シタルモノト思フ二付、久邇宮ハ成ルべク速二辞退セラル方宜シカルベキ旨ヲ申述べタル趣ナルガ、是ハ速了二失シタル嫌アル旨ヲ告グ。仙石其事二付テハ自分（仙石）二責任アリ。自分ヨリ木村二対シ成ルベク久邇宮殿下ノ決心ヲ助クルコトヲ勧メ置タルコトアリト云ヒ、仙石又昨今ノ事情ヲ知ラザルガ、或ハ大臣ハ既二辞表ヲ出シタル二非ズヤト思フ。若シ右ノ如キ事トナリ居ラバ自分（仙石）モ此事二付テハ初メヨリ久邇宮ヨリ辞退セラルベキモノト思ヒ、且ツ自分ハ久邇宮トノ姻族関係モアル故、本件ノ成行ニ因リテハ時機ヲ失セズ官ヲ退クノ必要アルニ付、様子分リタラバ之ヲ内報シ呉ヨト云フ。予之ヲ諾ス。
○午前十一時後金井四郎来リ、昨日大磯ヨリ帰リ、今日復タ大磯ニ行キ、明日妃殿下ニ随ヒテ京ニ帰リ紀元節マデ妃殿下ト共ニ東京ニ居リ、其日復タ大磯ニ赴ク旨ヲ告グ。予、先日妃殿下ヨリ鰤ヲ贈ラレタルコトニ付挨拶ス。金井、謝書ハ之ヲ受領シ、妃殿下ニ意ヲ致シタリト云フ。金井、又仏国ニ在ル東久邇宮殿下ニ、式部職ヨリ羅馬尼国ニ行カルルヤヲ問ヒ合セタルモ、殿下ハ之ヲ拒絶セラレタリ。此事ハ承知シ居ルヤト云フ。予、先日在仏国溝口某ヨリ仙石宛ノ電信達シ、仙石ヨリ之ヲ示シタルトキ、電信ノ趣意ハ分カリタルガ、殿下ニ羅馬尼行ヲ勧メタル事情分ラズ。外務省ヨリ交渉シタルコトカト思ヒタルモ、外務省ヨリ宮内省ニ交渉セズシテ直接ニ殿下ニ交渉スル訳ナシト思ヒ省内ヲ取調ベタル処、式部職ヨリ殿下ニ交渉シタルモノナリシ由、宗秩寮ニ之ヲ通知セザリシハ不都合ノコトト思フ。殿下ガ羅馬尼ニ行クコトヲ拒絶セラレタルハ至極宜シカリシコトト思フ,ト云フ。金井又、良子女王御婚約ノコト、新聞ニ記載スル様ニナリタルハ、困リタルコトナリト云フ。又宮内大臣辞職ノコトモ新聞ニ出テ居レリト云フ。予、予ハ宮内次官ニ任ゼラルル趣ナリト云フ。金井、次官ニ非ズ、大臣ナリト云フ。予、否、次官ナリト云フ。金井、然ラズ、昨日ノ萬朝報夕刊ニハ大臣ト出テ居リタリト云フ。金井ト、木村英俊ノコト、北白川宮及朝香宮洋行ノコト、等ヲ話ス。
○午前十一時後、石原健三ヲ其ノ事務室ニ訪フ。大谷正男、南部光臣、浅田恵一等在リ。石原、中村雄次郎ノ官房ニ入ル。浅田、予ニ経済会議ノ書類ニ印ヲ捺スコトヲ請フ。予之ヲ捺シ中村ノ官房ニ入ル。正親町正実在リ、中村在ラズ。石原復タ其事務室ニ返ル。予正親町ト話ス。既ニシテ石原復タ来リ、中村亦隣室ヨリ返ル。
中村、奥繁三郎ガ衆議院議長ノ資格ニモ非ズ、一己ノ資格ニモ非ズ、曖昧ナル資格ニテ来リタリトテ、良子女王ノ婚約ハ之ヲ廃棄セザルコトヲ望ム。議院ニテ此事ニ付質問スルトノコトナリシモ、是ハ国政ニ非ザル故政府ヨリ答弁スルコトヲ得ズ、トテ質問ヲ留メ置キタルモ、先日内務省ニテ読売新聞ノ発表ヲ禁止シタルコトアルヲ以テ、其理由ヲ質問スベシト云フ者アリ。此質問ハ道理ニテハ、之ヲ留ムルコトヲ得ズ。種々懇談ノ末、自分（奥）ヨリ、原総理大臣ト宮内大臣トニ、議員ノ希望ハ、数年前ニ御決定アリタル御婚約ハ変更セラレザルコトヲ望ムコトヲ通知シ呉ヨ、トノコトナリ。右様ノ次第ニテ資格ハ不明ナルモ今日ハ其事ヲ通知スル為メニ来レリト云フ。依リテ自分（中村）ヨリ、然ラバ眼ノ故障アル不純ナル血統ハ皇室ニ入リテモ差支ナシトノ意見ナリヤ、ト問ヒタルニ、奥ヨリ、其点ニ付イテハ何モ談ナキニ付何トモ答フルコトヲ得ズト云ヘリ、ト云フ。
時既ニ午ニ近シ、午後更ニ会談スルコトヽシテ予ハ審査局ニ返リ正親町ハ侍従職ニ返リタリ。午後一時頃中村給仕ヲシテ予ヲ召ハシム。乃チ往ク。一戸兵衛正ニ話ス。石原予ヲ其事務室ニ誘ヒ一戸ガ去ルヲ待チ余ノ意見ヲ問フ。予、予ハ初メハ仮令多数ガ解約ハ反対スルモ必ズ解約セザルべカラザルモノト信ジタル故枢密院ニ諮詢セラルルコトニハ反対シタレドモ、事此ニ至リ宮内大臣トシテ解約ノ手段ヲ執ルコト能ハザルコトヽナリタル以上ハ、枢密院ニ諮詢セラルルコトヲシ居り。一面ニハ紀元節ニハ何事カ為ス計画ナル由ナルモ、其計画ハ分ラズ。明治神宮ニ集マリテ祈願スル計画モアリトカ云フコトナリト云ヘリト云フ。
中村、一戸ノ話ヲ紹介シタル後、如何ニ処置シタラバ宣シカラント云フ。予、石原ニ話シタル通リ、初メハ枢密院ニ諮詢セラルルコトニ反対シタルモ、今日ニテハ之ヨリ外ニ工夫ナシト云ヒ、石原モ之ニ賛シ、中村モ然ラバ其事ニ決スベシト云フ。予、更ニ、枢密院ノ決議ハ何レニナルヤ逆賭シ難シ、諮詢セラルル上ハ何レニナリテモ其通リニ決行スル決心ナカルベカラズ。今日ハ解約スレバ、大事ヲ引起ス懸念アリトテ躊躇スルモ、枢密院ニテ、解約ニ決シタリトテ世間ノ反対ハ鎮マル訳ニ非ズ。其時ハ反対アリテモ之決行スル決心ナカルベカラズト云フ。中村、或ハ大事ヲ起コスヤモ斗リ難キモ已ムヲ得ズ。之ヲ決行スルヨリ外ナシ。予、又、枢密院ニテ反対ニ決シタラバ如何スルヤ。中村、自分ハ官ヲ辞シ[是迄ノ始末ヲ公ニシテ世間ノ諒解ヲ求ムベシ]テ後任者ノ処置ニ任スベシト云フ。
予、亦、枢密院ニ諮詢セラルルコトヲ話タル後、中村ヨリ、今日奥ガ来タリテ衆議院ノ議員ノ多数ガ解約ヲ望マズトノコトヲ通知シタルガ、其事ハ自分ガ解約ヲ遂行シ難キ事情トシテ、是迄ノ自己ノ考ヲ中止シテ官ヲ辞スル理由ト為スニ足ラザルヤト云フ。予足ラズト云ヒ、石原モ足ラズト云フ。中村、又、平田東助ノ意見ノ如ク世上ニ物議アリ、解約ヲ断行セバ由々シキ大事ヲ引起シ、其結果累ヲ皇室ニ及ボスノ虞アルヲ以テ、之ヲ止ムルト云フコトハ、理由トスルニ足ラズヤト云フ。予、解約ナラバ既成ノ事実ヲ変更スル故、世間ニテモ之ヲ知ルコトヲ得レトモ、解約ヲ止ムル方ナラバ何モ変更ナキ故、世人ハ如何ナルコトニナリ居ルヤヲ知ルコト能ハズ。矢張リ物情ヲ鎮定スルコトヲ得ザルベシ。加之仮リニ之ヲ知リ得ルトスルモ、宮内大臣ハ何ノ為メニ此ノ如キ事ヲ引起シ、何ノ理由モナク、之ヲ止メタルヤトノ非難ヲ免ガルルコトヲ得ザルベシト云フ。中村、自分（中村）官ヲ辞シタル上ハ、是マデノ始末ヲ発表シテ、自分（中村）ノ所信ヲ明カニスベシト云フ。
之ニ対シ石原ヨリ理由乏キコトヲ主張シ、更ニ医按ヲ徴シ、色盲ハ精神並ニ視力ニ関係ナキコトヲ確カメザレバ、後日ニ至リ無責任ノ譏ヲ免レザルベシト云フ。予及ビ中村之ニ反対シ、中村ハ精神等ニ異状ナキモ、自分ハ之ヲ皇統ニ入ルルコトニハ反対ナリト云ヒ、石原モ然レバ已ムヲ得ズト云フ。種々論議ノ末一度ハ枢密院ノ諮詢ヲ奏請スルコトニ決シ、夫レニ付テハ予ヨリ、其結果ハ予期シ難キニ付、予メ皇族ニモ之ヲ言上シ、且元老ニモ通告シ置ク必要アル旨ヲ述ベ、是モ異議ナカリシガ、尚ホ談合ノ上、諮詢ノ事ハ平田ハ絶対ニ反対シ居レリ。然レバ平田ヨリ山縣ニ反対ノ意見ヲ述ブベク、山縣モ同意セザルコトヽナルベシトノ説出デタルニ、中村モ自分ガ先日山縣ニ話シタルトキハ諮詢デモシテ速ニ決定セヨトノコトナリシガ、其後平田ニ対シテハ諮詢スルコトハ自分（山縣）ガ主張シタル譯ニ非ズ、中村ガ其ノ処置ヲ取ルナラバ宜スイカラン云ヒタルマデナリト云ヒタル趣ニテ、山縣ノ意見モ当テニナラズト云フ。
中村ヨリ田中義一ガ中村ニ贈リタル書状ヲ示ス。其書状ハ枢密院ニデモ諮詢シテ解決スベク有耶無耶ニ処置シテハ三元老（山縣松方西園寺）ノ信用ハ地ニ堕チ、今後政治上ニハ勿論、皇室ノコトニモ容喙ノ出来ザル様ナルベキコトヲ告ゲタルモノニテ解約断行ヲ勧メタルモノナリ。然ルニ中村ハ色盲ノコトヲ公表シ自己ノ立場ヲ明ラカニスルコトハ、中村ニハ都合ヨキモ後任者カ御婚約ヲ実行スルコトヽナレバ瑕瑾アル妃ヲ納ルルコトヲ公表スルコトヽナリ、穏当ナラザルベキ旨石原ヨリ主張シ、予モ其理由アルコトヲ認メ、結局中村ハ官ヲ辞スルマデニテ始末ヲ公表セザル方然ルベシトノコトヽナリ。又其手段モ枢密院ヘノ諮詢ヲ奏請セズ、単ニ大事ヲ惹キ起スノ虞アリトノコトニ止ムルコトヽ決シ、先ツ之ヲ元老ニ謀リ、元老ノ中ニテモ西園寺松方ハ異議アルベシトモ思ハレザルニ付、山県ノミニテ之ヲ謀リ、其上ニテ皇族ノ承諾ヲ求メ、然シテ皇后陛下ニ申シ上クルコトニ決シ散会セリ。時ニ三時後ナリ。
午後三時福岡秀猪ヲ宗秩寮ニ訪ヒ、明日学習院官制改正案ニ付調査課ニテ会議スルコトヲ申シ来リタルモ、予ハ少シモ研究シ居ラザルニ付研究シ置呉度旨ヲ告グ。福岡之ヲ諾シ、仙石政敬ヨリ福岡ハ既ニ研究シ居ル旨ヲ語リ、且仙石等ヨリ意見ヲ述フベキニ付之ヲ聴キ呉ヨト云フ。予仙石ヲ誘ヒ総裁室ニ到リ、今朝ヨリ午後ニ到ルマデ結婚問題ニ付中村、石原ト評議シタル次第ヲ告グ。三時四十分頃ヨリ退省ス。午前石原ノ処ニテ入江為守ニ遇フ。
【欄外】昨日入江ガ審査局ニ来リタル趣ナルモ予ガ不在ナリシコトニツキ挨拶ス。
○二月九日水曜午前十時後ヨリ学習院官制改正案ニ付南部光臣ノ室ニテ会議ス。会スル者予、南部光臣仙石政敬、福岡秀猪、渡辺信、浅田恵一、金田才一ナリ。浅田ヨリ原案ノ趣旨ヲ説明シ次回ニハ学習院ノ職員ヲ招キ、其意見ヲ問フコトヲ約シ、決スル所ナクシテ散会ス。時ニ十一時三十分頃ナリ。
○午後一時ヨリ枢密院事務所ニ行キ、陪審法案特別委員会ニ列ス。今日マデニテ質問会ヲ終ハリ、四時後散会シ本月十四日午後一時三十分ヨリ特別委員ノ法案大体ニ関スル評議会ヲ開クコニ決ス。午前十一頃南部光臣ノ事務室ニテ会議散会後仙石政敬ヨリ、先刻東伏見宮付事務官某来リ、大竹貫一等六人ヨリ東伏見宮ニ上リタル書ヲ持参シテ之ヲ示シタリ。其書ハ、既ニ御成約アリタル上ハ、色盲ノ系統ガ皇統ニ混スルモ已ムヲ得サルニ付、此儘御遂行アル様皇族方、和熟シテ取斗ハレンコトヲ望ムトノ趣意ニテ大竹等ヨリ山縣二贈リタル書モ、参考トシテ添付シアリタリ。然ルニ、此書面ハ未ダ東伏見宮ニハ示サズトノコトナリシ故、此ノ如キ重要ナル書面ハ供覧スル必アル故、其取斗ヲ為シ、其上ニテ宗秩寮二廻ワスベキ旨ヲ話シ置タリト言ウ。予、其通リニテ宜シキ旨ヲ答フ。南部光臣、昨夜深更迄執務シタルコトヲ話ス。予、帝室制度審議会ノ会議ナリシヤト言フ。南部、然ラズ、懲戒問題ナリト言フ。予、侵入事件ナリヤト言ウ。南部、然リト言フ。予、予ハ侵入者ノ名ヲ知ラズ。先日、某事件ト言ハレ之ヲ解スルコトヲ得ズシテ困リタりト言フ。南部、自分モ氏名ハ確認セズ。松永吉五郎ナリシナラント言フ。彼ノ件ハ司法処分ニ付セザルコトニ決シタリヤト云フ。南部、然リ、起訴猶予ノ処分ヲ為シ、小笠原島ニ送リタリト云フ。
○午前十時後、仙石政敬、審査局ヘ来リ、昨日告グベキ筈ナリシモ其機ヲ得ザリシガ、昨日ノ事務官会議ノトキ、渡辺直達、会議室ニ来リ、帝国劇場ノ某ヨリ渡辺ニ話シタル趣旨ハ、今般世界ニテ有名ナル（ヴハイリン）技術者来リ、帝国劇場ニテ演奏スルニ付皇族方ノ臨場ヲ請ヒ度モ、劇場ヨリ之ヲ願フハ恐多キニ付、渡辺ヨリ之ヲ伝ヘ呉ヨトノコトナリト云ヒタルニ、事務官会議ニテハ臨場ノ可否ヲ決シ兼、宗秩寮ノ意見ヲ聴キ度トノコトナリシ由ナリ、昨日ハ自分（仙石）会場ニ在ラザリシ故、酒巻ヨリ之ヲ聴キタリ、如何アルベキヤト云フ。予、芸術ハ必シモ下卑ナルモノニ非ズ、殊ニ帝国劇場ニハ慈善演劇ノ節ニハ既ニ臨場セラレタルコトモアル故、希望ノ方カ臨場セラルルハ差支ナカルベシト思フ。是マデ例ナキコトナラバ一度大臣ニ話ス必要アルベキヤト云フ。仙石、自分モ同意見ナリ、大臣ニ話ス必要ナカルベシト云フ。 予、劇場ニ対スル心得等ハ各自ノ考ニ任セテ宜シカルベシ、皇族方ハ段々ニ自治ノ御考ヲナサルルコト必要ト思フト云フ。 仙石、通リナリト云フ。
○午後零時後、伊夫伎準一ヨリ先刻小原
吉カ来リ訪ヒタルコトヲ告ゲ、青山操ヨリ昨日西園寺八郎ガ来リ訪ヒタルコトヲ告グ。両人トモ予カ不在ナリシ為メ、何事モ言ハザリシ趣ナリ。
○午前南部光臣ト話シタルトキ、南部ヨリ松永吉五郎ハ大正九年十二月一日夜、竹橋通リノ塀ヲ越ヘテ侵入シ、同月三日ニ至リ捕ヘラレタルコト、吉五郎ハ御沙汰ニ依リ学資デモ頂戴シ度様ノコトヲ申述ヘ居ルモ、当テニハナラサルコトヲ話タリ。
